人 - みる会図書館


検索対象: チャタレイ夫人の恋人
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1. チャタレイ夫人の恋人

「でも、あなたは恋愛を信ずるのではありませんか ? 」 「君は愛らしい青年だね ! 」とトミ 1 が言った。「いやわが天使君、十中の九までは否定だ しり ね ! 現代では恋愛は間抜けな芸の一つなんだ。腰をゆする男と、男の子のような小さな尻 でジャズを踊る少女の交接。そういう種類の恋愛のことかね ? それとも、共同財産と、立 身出世と、わが夫、わが妻といったような種類の恋愛かね ? いや、君、僕はまったくそう いうものは信じていないよ ! 」 「でも何かを信じているでしよう ? 人 恋「僕か ? 僕は頭では、善良な心情と、きりりとしたペニスと、生き生きとした知識と、婦 くそ 人人の前で《糞 ! 》と言うだけの勇気をもっことを信じているね」 イ 「じゃ、あなたはぜんぶもっているじゃないですか」とべリーが言った。 レ タ 1 ・デュークスは大声で笑いだした。「君は天使だよ。僕はそんなものはもっていな ャ ばれいしょ チ いよ ! 僕にはないよ ! 僕の心は馬鈴薯のように黙りこんでいるし、僕のペニスは垂れ下 がったきりで頭を上げないのだ。僕は母や伯母の前で《糞 ! 》と一一一一口うぐらいならペニスを切 って捨てるね。二人ともほんとうの貴婦人なんだよ、君。それに僕はほんとうの知識人では ない。ただの《精神生活者》にすぎないんだ。知識人だというのはすばらしいことなんだ。 口に出して言える部分、言えない部分のすべての部分で生き生きとしていることなんだ。ほ んとうの知識人に向かっては、きっとペニスが頭を上げて、《ごきげんいかが ? 》と言うに きまっている。ルノア 1 ルはペニスで絵を描いたと言っている : : : ほんとうに描いたんだ、

2. チャタレイ夫人の恋人

彼女は、もしもクリフォードに絶対に知れないことであり、 るか、ということを見てとった。 , 彼がそれを自分の眼で見るようなことでさえなければ、彼女がデミ・ヴィエルジであろうと デミ・モンド ( 高級娼婦 ) であろうと、彼にとってはどうでもいいのだということを知って いた。眼の見ぬもの、心の知らぬものは、存在しない、というわけなのだ。 コニーはもう二年近くもラグビー邸にいて、クリフォ 1 ドと彼の作品に埋没するという漠 然たる生活をしていた。二人の興味がいっしょになって彼の作品に注がれないというような ことは一度もなかった。二人で話し合い、創作の苦しみに骨を折り合ってはいたが、何事か 人 が起こりかけているのを、ほんとうに空虚の中で起こりかけているのを、彼らは感じていた。 人 そして、こういうこともやつばり生活ではあった。空虚の中だが生活であった。それ以外 夫 イ : だがそれは影 のものは非実在だったのである。ラグビー邸はそこにあった。召使なども : レ タだけで、実在していないものだった。コニーは、庭園や、それに続いた森の中へ散歩に出か かっしよく チ けて、孤独と神秘感を味わい、秋の褐色の葉を足で蹴り、また春の桜草を摘んだりした。だ かしわ がそれはみな夢に似ていた。というよりもむしろ実在物の影に似ていた。彼女にとっては槲 の葉は、鏡の中を舞い落ちる槲の葉のようであり、自分自身もだれかが読んでいる小説の中 の人の姿であり、桜草を摘むということはただの影か記憶か、または言葉にすぎなかった。 ただあるのは、 彼女もほかの何物も、実体をもっていないのだ : : : 触感も手ごたえもないー クリフォードとの生活、マルカム卿が、その中はからつばだ、長続きはしないと言ったあの 小説、意識の委曲の物語の網をはてしなく織ってゆくことだった。なぜその中に何かがなけ

3. チャタレイ夫人の恋人

143 なま の訛りがあったが、ゆっくりした正確な英語を使った。そしていままで何年ものあいだ病気 の坑夫の世話をしてきたためか、自分をかなり高く持していて自信をもっているように見え た。つまり、彼女は、この狭い村の中では、とても尊敬され、重んじられている人間の一人 」っ一」 0 「そうでございますね、チャタレイ奥さまはあまりお顔の色がすぐれていらっしゃいません ね。どうしたんでございましよう。以前にはほんとうにお元気でいらっしゃいましたのに。 冬がいけなかったの , でございましようね。たいへんでございますわ。お気の毒なクリフォー 人 恋ド殿さま ! 戦争というものはなんてまあひどいものでございましよう ! 」 人 そしてポルトン夫人は、シャードロウ博士がひまをくれさえすれば、すぐにラグビー邸へ 夫 イ まいりましようと言った。規則では彼女はもう二週間、教区看護婦としてとどまっていなけ レ タ ればならないのだったが、これは代りさえ見つかれば何でもないことだった。 ャ チ ヒルダはシャードロウ博士に会いに出かけた。そして次の日曜日には、ポルトン夫人がト ランクを二つ持ってリ 1 ヴァの馬車でラグビ 1 邸に来た。ヒルダは彼女と話をした。ポルト あおじろほお ン夫人は話好きだった。彼女はその蒼白い頬に紅潮を見せたりすると、まったく若々しく見 えた。彼女は四十七歳だった。 彼女の夫テッド・ポルトンは、二十二年前に炭坑で死んだ。二十二年前のちょうどクリス マスの日だった。そのとき彼女には子供が二人あって、一人はまだ赤ん坊だった。今ではそ のときの赤ん坊ーー・イ 1 ディスーーーがシェフィールドの組合薬局に勤めている男の細君にな

4. チャタレイ夫人の恋人

135 いをたずねた。トミー・ デュークスですら、彼女が悪いところはないと一言うのにもかかわら ず、コニーは病気だと主張した。コニーは不気味な白い墓石を怖れはじめた。それは庭園か ら見えるテヴァーシャル教会の丘の斜面にあって、ひどく陰気で醜い、妙に白いカララ大理 石でできていて、なんとなく入れ歯のようにいやらしかった。この入れ歯を思わせる、身の 毛のよだつような丘の斜面の墓石は、何ともいえないほど怖ろしかった。彼女は自分がそこ に埋められ、このうすぎたない中部地方の墓石や記念碑の下に横たわる死人の一人になるの が、そう遠い将来のことでないように感じてきた。 人 恋彼女には救いが必要だった。自分にもそのことがわかってきた。それで彼女は、短い心の 人叫びを姉のヒルダに書き送った。 イ 「このごろからだのぐあいがよくありません。自分でもどうしたのかわからないのです」 レ タ ャ ヒルダは、そのころ住んでいたスコットランドから駆けつけてきた。三月に、軽快な二人 チ 乗りの自動車を操縦してひとりでやってきた。彼女は邸内の車道をかけ上り、警笛を鳴らし ぶな ながら丘の斜面をのばってきた。それから二本の巨大な野生の山毛欅の生えている芝生のロ ータリーをまわって、家の正面に車をつけた。 コニーは階段のところまで走り出した。ヒルダは車から、おりてきて妹に接吻した。 「まあ、コニー」と彼女は叫んだ。「いったいどうしたというの ? 「なんでもないのよ ! , と何か恥ずかしげにコニ 1 が言った。 だがヒルダにくらべて自分がどんなに弱っているか彼女は気がついた。この姉妹は二人と せつぶん

5. チャタレイ夫人の恋人

378 犬はマットの上で落着きなく溜息をついた。火は灰に埋もれて消えかかっていた。 「私たちは二人とも戦い敗れた戦士ね」とコニ 1 が言った。 「あなたも敗れた ? ーと彼が笑った。「それが、今また戦場に戻ろうとしている 「そうよ ! ほんとに怖ろしくなる 「そう ! 」 ぬぐ 彼は立ち上がって彼女の靴が乾くようにし、自分の靴も拭って、両方とも火のそばに置い た。彼は朝になったら墨を塗るつもりだった。彼は厚紙の灰をできるだけ火の中から掻き出 人 まき 恋した。「こいつは焼けてもまだ汚ない」と言った。それから薪を持ってきて、朝使えるよう ろ′」うし 人に炉格子にのせておいた。そして彼は犬をつれてしばらく散歩に出た。 イ 彼が戻って来たとき、コニーは言った。 レ 「私もちょっと歩いてきます」 やみ チ 彼女はひとりで闇の中へ歩いて行った。頭上には星が輝いていた。夜気の中に花の匂いが 漂っていた。湿っていた靴がいっそう湿ってきたような気がした。彼女は彼からも、またあ らゆる人間からも、今すぐ逃げてゆきたいような気がした。 寒かった。彼女は身震いして家へ戻った。彼は消えかかった火に向かって腰かけていた。 「おお ! 寒い と彼女は身震いした。 彼は薪を火にくべ、さらにもっと運んできた。やがて燃え立っ炎は煙突までのばっていっ さざなみ た。小波のように走る黄色い焔は、二人の魂と顔を暖め、二人をともに幸せな気持ちにさせ ためいき うず

6. チャタレイ夫人の恋人

446 ヒルダは筋金入りの政治的知識人のあいだで暮らしてきたので、彼女の言うことには残念 ながら反論をさしはさむ余地がなかった。 ホテルで、得体の知れぬ夜がのろのろと過ぎていった。そしてとうとう、二人は得体の知 れないタ食を食べた。それからコニーは小さな絹のバッグにわずかな手回りの物を入れ、も ういちど髪を整えた。 「つまり、ヒルダ」と彼女は言った。「恋愛は驚くべきものよ。たしかに生きているって感 まっただなか じさせてくれるし、創造の真只中にいるって感じさせてくれるわ」ーーーそれは、彼女のやっ 人 恋ていることを自慢しているように聞こえた。 人「蚊だってみんなそれと同じことを感じていると思うわ」とヒルダが言った。 イ 「そう思う ? 蚊はしあわせね」 レ タ この陰気な町でも黄昏はすばらしく澄みきって、光がいつまでもただよっていた。夜じゅ ャ チ う薄明が続くのだろう。怒りのために仮面のような顔をしたヒルダは再び自動車を走らせ、 先刻とは違うポルソヴァを通る道を二人は逆戻りして急いだ。コニ 1 はゴーグルをかけ、変 装用の帽子をかぶって無言で坐っていた。ヒルダの反対のために、彼女はいっそうひどく彼 に味方をした。彼女は終始変わらず彼を守ろうと思っていた。 クロスヒルを過ぎるころに、車のヘッドライトをつけた。切り通しを走って行く小さな電 灯をともした列車が、本当の夜になったことを思わせた。ヒルダは橋のたもとで小道に入ろ うとした。彼女は不意に速力をおとして脇道に入った。光が草の生えた小道を白く照らした。 たそがれ

7. チャタレイ夫人の恋人

252 赤ん坊のために桜草色の小さな上着をこしらえようとしていた。家へ帰ってから晩餐までの あいだに、彼女はそれを裁断しておいたのだ。そして朗読が続くあいだ、彼女はうっとりと して、静かなもの柔らかな気持ちにひたって、縫い物をしていた。 彼女は自分の内部に鳴り渡る熱情を聞くことができた。それは深い鐘の音の余韻のような ものであった。 クリフォ 1 ドは何かラシーヌのことを彼女に話した。その言葉が終わるころ彼女はなんの ことかやっと理解した。 人 恋「ええ ! ええ ! 」と彼女は彼を見上げて言った。「そこはすばらしいところですわ あお 人するとまた彼は、そうして坐っている彼女の眼の深い蒼い輝きと、もの柔らかな静けさに イ 驚くのであった。このように全くもの柔らかで静かな彼女を見たことがなかった。彼女の体 レ タ の香料に酔わされたように、彼はうち勝ちがたい魅力を彼女に感じた。彼はカなく朗読を続 ャ こうおん チ けていった。そのフランス語の喉音が彼女には煙突にうなる風音のように聞こえた。彼女は ラシーヌの一言葉のシラブルの一つも理解しなかった。 彼女は、芽を吹き出そうとする森が、春のほのかに楽しげなため息をはらんでざわめいて こうこっ いるように、自分の柔らかな恍惚感の中に沈み込んでいた。そして自分と同じその世界の中 に、男が、名も知れぬ男が、美しい脚で、また男根の神秘感を漂わせて美しく動きまわって いるのを感じた。そして自分の中に、自分の血管の中に、彼女はその人とその人の子供とを 感じることができた。その人の子供は黄昏のように彼女の血管の中に満ち、拡がっているの たそがれ

8. チャタレイ夫人の恋人

こか優しい、育ってゆくヒヤシンスのそれに似た優しさ、今日のセルロイド製の女性には失 われている優しいところがあった。しばらくのあいだ彼は彼の心で彼女を守ってゆけるだろ う。それも、冷酷な鉄の世界と、機械化された貪欲な金銭の神が、やがて自分と彼女を二人 とも滅ばしてしまうまでのごくわずかのあいだのことだ。 彼は鉄砲を持ち、犬を連れて、自分の暗い住まいへ戻って行った。ランプをともし、火を たまねぎ おこし、パンとチーズと、新鮮な玉葱とビールの夕食に向かった。彼は自分の愛している沈 黙の中にただ一人でいた。彼の部屋は清潔で、きちんとしていたがやや冷たい感じがした。 人 恋しかし、火は燃えて炉は白熱し、オイル・クロスのかかったテープルの真上に下がったラン 人プは明るくもえていた。彼はインドに関する書物を読もうとしたが、今夜は読むことができ なかった。彼はシャッ一枚になって炉辺に腰かけ、タバコは吸わないが、手の届くあたりに タビ 1 ルの入ったコップを置いた。そしてコニ 1 のことを考えた。 チ ほんとうをいえば、彼はこの事件は困ったことだと思っていた。それも、たぶん彼女のた めに困ったことになる、と思っていた。彼は一種の予感力をもっていた。悪とか罪の意識は とが なかった。その点では、良心に咎められるところがなかった。良心というのは、主として社 おそ 会にたいする怖れか、自分自身にたいする怖れの感情だということを彼は知っていた。彼は 自分自身は怖れてはいなかった。しかし実にはっきりと社会というものを布れていた。社会 が、悪意のある半ば狂気の獣であることを本能的に知っていた。 あの女 ! もしも彼女がここに来ることができたら。そして世界には彼ら二人だけしかい

9. チャタレイ夫人の恋人

上の技術的研究ははるかにおもしろいものであった。その領域では人間は、新しい発見と実 践に憑かれた神か悪魔のようであった。こういう研究では人間は数えきれないほどの高い知 能年齢に達していた。だがまさにその同じ人間が、感情的な人間的な生活のことになると十 三歳ぐらいの知能年齢で、まるで子供であることをクリフォードは知っていた。そのへだた りは巨大な、思いも及ばぬものだった。 だがそれはそれとしておこう。感情的な、《人間らしき》精神において、人間一般が馬鹿 になる傾向があったっていいじゃないか。そういうことはどうとでもなれだ。彼が興味をも 人 恋っているのは、現代の炭坑技術であり、テヴァーシャルを窮地から救い出すことだった。 人彼は毎日のように坑内に降りて行った。彼は研究した。総支配人、坑外支配人、坑内支配 イ 人、技師らを、夢想もしなかったような目にあわせた。カ ! 彼は新しいカの意識がからだ レ タ じゅうを駆けめぐるのを感じた。それはこれらすべての人間、幾百とも知れぬ坑夫らの上に ャ 彼ま発見しつつあった。ものごとを把握しはじめていた。 チ及ばされる力だった。 , 。 彼はほんとうに生まれ変わったようになった。新しい生命が、彼の中に湧き出したのだっ た。昨日まで、彼はコニ 1 といっしょに、芸術家として、意識過剰な孤独な生活の中でしだ いに滅びかけていた。もうすべてそういうものは捨ててしまおう。それを眠るがままに眠ら しめよ、であった。彼はただもう生命が石炭から、炭坑から彼の中に飛びこむように感じて いた。坑内の腐った空気ですら彼にとっては酸素よりも好ましかった。それは彼に力の意識 を与えた。力だった。彼は何事かをなしているのであり、またなそうとしているのだ。彼は 195

10. チャタレイ夫人の恋人

172 「ただ、なんですの ? 」と彼女は困惑して言った。 かっこう 彼は妙にこつけいな冾好に帽子をうしろへずらした。 「ただ、ここへ来たときには、一人でいたいだろうと思うね」 「それはなんのためですの ? 」と彼女が腹をたてて言った。「あなたは文明人ではありませ んか ? 私があなたを布れるだろうと思っていらっしゃいますの ? あなたがここにいると かいないとかということを、なぜ私が気にしなければなりませんの ? なぜそれがそんなに 大事なんですか ? 」 人 恋彼は彼女を見て顔じゅうにからかうような笑いを浮かべた。 人「そんなことはございません、奥さま。ちっとも」と彼が言った。 イ 「じゃ、なぜなんです ? 」と彼女が訊いた。 レ かぎ タ 「ではもう一つ奥さまのために鍵を手に入れましようか ? ャ チ ) え、それにはおよびません ! 私はほしくありません」 「ともかくそうするよ。鍵は二つあった方がいいからね」 ′」うまん 「でも私、あなたは傲慢だと思うわ」と、コニーは顔を赤らめて、少し息をはずませながら 言った。 「ちがう、ちがう」と彼は早口に言った。「そんなことを言うもんじゃねえ。ちがう、ちが う。おれはなにも考えちゃいねえ。ただもし、あんたがここへ来て、おれが引き払わねばな らねえとすれば、べつな飼育場を作るのが大仕事ということなんだ。がもし奥さまが、おれ