クリフォ - みる会図書館


検索対象: チャタレイ夫人の恋人
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1. チャタレイ夫人の恋人

のだった。 コニ 1 の父がラグビー邸にほんの数日滞在したとき、彼はそっと娘に言った。クリフォ 1 ドの作品、あれはスマ 1 トなものだ、だが中はからつほだよ。とても長続きはしないー しようがい と。コニーは、その生涯をみごとに乗り切ってきたこの頑丈なスコットランド人のナイト爵 士をながめた。すると彼女の大きな、つねに何かをいぶかっているような眼がばんやり曇っ てきた。からつば ! 《からつば》というのはどういう意味だろう ? 批評家が賞賛し、ク リフォ 1 ドの名は著名といっていいぐらいになり、金がはいってくるようになっているのに 人 恋 : 父が、クリフォードの作品をからつばだと言ったのはどういう意味だろう ? ほかに何 の 夫があるべきだというのか ? イ というのは、コニーは若い者の立場から見ていたからだった。つまりいま現にあるものが レ タ 何より重大なのであった。しかもその現在というものは、必ずしもたがいに関連することな ャ チ しに次々とやってくるものなのだ。 彼女の父は言った。 彼女がラグビー邸に来てから二度めの冬だった。 , 「コニ 1 、おまえが状況の犠牲になってデミ・ヴィエルジ ( 半処女 ) で通すことを私は望ん でいはしないよ」 「デミ・ヴィエルジですって ! 」とコニーはあいまいな答えかたをした。「なぜなの ? な ぜいけないの」 と父は急いで言った。彼は 「もちろん、おまえの方で好きこのんでのことならべつだよー しやく

2. チャタレイ夫人の恋人

ちがったところがある。これは憎悪と嫉視だけに根をおろしているのだ。果実によって樹を 知れ、だ」 「僕たちはそう憎悪をいだきあっているとは思わないがね . とクリフォードが抗議した「 「ねえ、クリフォード、われわれがたがいに相手のことを言うときの調子を考えてみたまえ。 僕自身がなかでもひどい方だけれども。というのは僕は、まぜものをした菓子類よりも生粋 の憎悪の方がずっと好きなんだ。前者がもっと害になるからなんだ。もし僕がだね、クリフ オードは何という良い人間だろう、などと言いだしたら、クリフォ 1 ドの方がかわいそうだ 人 恋 よ。きみたちも、みなお願いだから僕のことは悪く言ってくれたまえ。そうすれば僕も諸君 の 人にとって何者かであるということが明らかになってくる。甘い調子で言われるようなら、僕 イはもうだめさ」 タ 「だがわれわれはみな仲よしなのは間違いないと僕は思うね」とハモンドが抗議した。 ャ チ 「そうでなければならないところだがね : : : われわれはそこにいない人間のことはおたがい にひどいことを言っているんだからな。なかでも僕がいちばんひどいがー 「だが、きみは精神生活と批評活動を混同していると思うよ。あのソクラテスが、批評活動 に大きな出発点を作ったことでは、きみに同意するよ。だが、きみはそれ以上のことをして いる」とチャーリ 1 ・メイかいくらかもったいぶって言った。この仲間はうわべでは礼儀正 ェクスカセドラ しかったが、その下には妙な尊大さをかくしていたのである。それはずいぶん権威主義的な けんそん のに、謙遜さをよそおっていたのだった。 しっし きっすい

3. チャタレイ夫人の恋人

430 えていた。おめえみたいにいいけつの女はいねえ ! あのすごい嵐のなかで彼女はこうい うことを言われたんだとクリフォードに教えてやりたかった。だが、できるわけはない。彼 女は機嫌を損ねた女王の態度を崩さず、着替えのために二階に上がっていった。 その夜、クリフォ 1 ドは彼女と仲直りをしたかった。彼は最近の科学的宗教書を一冊読ん だところだった。彼は内心に一筋の妙な宗教くさいものを持っていた。そして自分の自我を 自己中心的に案じていた。彼はなにかの書物についてコニーと議論を交わすのが習慣になっ ていた。というのは、二人のあいだでは、会話は化学反応的に作り出すほかなかったからで 人 恋ある。二人は頭の中で会話を化学反応的にこしらえあげなければならなかった。 人「で、いったいこれについてどう考えるかね ? 」と、彼は本に手をのばしながら言った。 イ 「もっと時代が進化しさえすれば、雨の中を走ったりして、熱したからだを冷やすような必 レ タ 要もなくなるだろう。ああーーーここに書いてある ! 『宇宙は我々に二つの面を示してい ャ る。一面で宇宙は物質的には消耗しつつあり、他方、精神的には上昇しつつある』ー コニーはそのもっと先を期待して聞いていた。ゞ、 カクリフォ 1 ドは彼女の答えを待ってい た。彼女は驚いて彼を見た。 「で、もし精神的に上昇しているなら、上昇したあと、もとのところには何が残るの ? 」 「ああ ! 」と、彼は言った。「著者が言おうとしているところだけ考えなさい。上昇という のは、彼の場合、消耗と対比させているんだと僕は思う」 「いわば、精神的に爆破されたあとってわけですの ! 」 きげん

4. チャタレイ夫人の恋人

クリフォ 1 ドと二人きりになったときにも、それと同じことを言った。 「コニ 1 がデミ・ヴィエルジでいることは、あれにとっていいことじゃないと思いますがな あー 「半処女ですって ! 」とクリフォ 1 ドはその言葉を確かめるため英語で言いながら答えた。 彼は一瞬間考えてから顔を真赤にした。 , 冫 彼まひどく腹を立てた。 「どういうふうによくないと言われるんですか ? 」と彼は強く反問した。 「あれはだんだん痩せて : : : 骨ばってきました。あれはああいうからだっきの女ではないの 人 恋ですよ。あれは鰊のようにほっそりした女の子ではない。スコットランド産の骨組みのしつ ます 夫かりした鱒なんです」 イ レ 「斑点 ( 醜聞を意するなどはちっともありませんよ ! , とクリフォ 1 ドが言った。 タ 彼はデミ・ヴィエルジということ : : : 彼女が半処女ですごしているということについて、 ャ チ あとで何かコニーに話してみようと思った。だが彼はどうしても自分から言い出せなかった。 それには彼は、彼女とうちとけすぎていたとも言えるし、うちとけかたが足りなかったとも 言えるのだった。精神上のことでは彼は彼女と一つだった。だが肉体上では二人はたがいに 存在していないのだった。それで、どちらからもコ 1 ハス・ディリクタイ ( 他殺死体 ) につ いて話し合うことはできないのだった。二人はきわめて親密でありながら、まったく触れ合 うところがなかったのである。 しかしながらコニーは、父がクリフォ 1 ドに何を話したか、クリフォードが何を考えてい にしん

5. チャタレイ夫人の恋人

346 てみた。それを見ていてコニーは、男というものは大地の上にうつぶせになると、なんと哀 れにも弱々しい小さなものになるものか、と思った。 「私の見たところでは異状ないようです」と彼の苦しそうな声がした。 「君の手におえないみたいだな」とクリフォ 1 ドが言った。 「私には直せそうもありません ! 」と言って彼は身を起こし、坑夫がよくやるように両方の かかと 踵のうえに尻をのせるかたちで坐った。「はっきり壊れたとわかるところはありません」 クリフォードはエンジンをかけて、それからギャを入れた。車椅子は動こうともしなかっ 人 亦」 0 の 人「もう少し強くやってみてはいかがですか」と森番が口を出した。 あおばえ イ クリフォードはそばからロを出されたので腹をたてた。、こが、 / 。 オ彼まエンジンを蒼蠅のよう レ うな タ にぶうんと鳴らした。すると車椅子は咳いたり、唸ったりして調子がよくなりそうになって ャ チ きた。 「よくなってきたようですね」とメラーズが言った。 しかしその時はすでにクリフォードはギャを入れていた。車椅子はたよりなくよろめき、 前へ弱々しく動いて行った。 「少し押したらうまく進むでしよう」と森番は言って車椅子のうしろにまわった。 「手を出すな ! とクリフォ 1 ドが怒鳴った。「大丈夫、進むだろう」 「でも、クリフォ 1 ドー と土手に立っていたコニーが言った。「この機械には重すぎるの

6. チャタレイ夫人の恋人

これからというところなのだ。そしてまた、彼が人気についての実に確かな本能をもってい たのは注目すべきことだった。のちに、マイクリスはある戯曲の中で彼を立派な人物にえが きだした。そのためにクリフォ 1 ドは一種著名な英雄扱いされるようになった。とはいえ、 こつけいか 次には反動として彼は滑稽化された自分を見いだすに至る。 クリフォードの「有名」にたいする盲目的な、性急な本能に、コニーは少しびつくりした。 彼は彼自身が理解できない、そして不安さえ感じている、混沌とした世界のなかで有名にな ること、作家として、第一流の現代作家となることを目指していた。立身出世をしおえて年 人 恋とった、気のし ゝい、ほらを吹くことの好きな父のマルカム卿を見ていたので、コニーは、芸 人術家というものは自己宣伝をするもの、自分の商品の値を上げるために骨を折るものである 夫 イ ことを知っていた。ただ彼女の父は、既存の手段、アカデミーの連中が画を売るときに使う レ タ 手段を使っていた。だがクリフォ 1 ドはあらゆる種類の新しい人気とりの手段を発見した。 ャ チ 彼は、自分を低くすることのないように気をつけながら、あらゆる種類の人間をラグビ 1 邸 に招待した。彼は人気という記念碑を早く樹立することを心にきめて、手ごろな物があれば 何でも利用する気だった。 マイクリスは型どおりに運転手と下僕を従えて、すごくきれいな車でやってきた。彼はど だが彼を一見するやいなや田舎者クリフォ こからどこまでボンド・ストリート型だったー : どうもあまり : ・・ : 外から見たところ ードはしりごみを感じた。マイクリスはほんとうは : では、予想したような人間でなかった。クリフォードにとっては、それでもう充分決定的だ

7. チャタレイ夫人の恋人

にすがりあっていた。結婚したとき、彼はまだ童貞だった。そしてセックスのことは彼にと って大きな意味はなかった。二人は、そのことは別にして、とても仲がよかった。コニ 1 は、 セックスの関係以上のものであり、男の《満足》以上のものであるこの仲のよさに、かなり 満足していた。とにかくクリフォ 1 ドは一般の男性よりも《満足》を求める度合いが少なか った。否、仲のよさということは、そのことよりももっと身にしみる、もっと深いものだっ たのだ。そしてセックスというものは、単なる偶然のものか付属的なものであり、退化した 人妙に陳腐な一つの器官にすぎないくせに、まだ肉体にしがみついてわれわれを困らせている 恋もので、ほんとうは不必要なものと思われた。ただコニーは、義姉のエマにたいして自分の 人立場を固めるためにではあったが、子供がほしかった。 イ しかし一九一八年の初めに、クリフォ 1 ドは重傷を負って送還されてきた。しかもまだ子 レ いた タ 供は生まれていなかった。ジョフリー卿はその . ことに心を傷めて死んだ。 ャ チ 第二章 コニーとクリフォードがラグビ 1 邸へ戻ってきたのは、一九二〇年の秋だった。弟の背信 にまだ腹をたてていたエマは、その前に家を出て、ロンドンの小さなアパートで暮らしてい

8. チャタレイ夫人の恋人

250 れば、きっといい結果になるにちがいないと殿さまに申しあげていたのでございますわ」 「ええ、私も行ってよかったと思ったわ。とても妙な、愛らしいきかん気の赤ん坊なのよ、 クリフォ 1 ド」とコニーが言った。「その髪といったら蜘蛛の巣そっくりで、きらきらした だいだいいろ 橙色なんですの。それになんともいえない妙な、気の強そうな、薄青い陶器のような眼を していたのよ。あれもきっと女の子だからでしようね。女の子ってのは大胆なものよ。どん な男の子よりも大胆なものですわ」 「おっしやるとおりですわ、奥さまーーーフリント家の子はきまってそうなのでございますの。 人 恋きっと負けずぎらいで、橙色の髪をした子ばかりですから」とポルトン夫人が言った。 人「ごらんになってみてはいかがですか、クリフォ 1 ド ? あなたにお目にかけようと思って、 お茶に招んでおきましたわ」 レ タ 「だれを ? 」と彼はとても不安そうにコニーを見て訊いた。 ャ チ 「今度の月曜日に、フリント夫人と赤ん坊を、 「あなたの部屋でお茶をあげるといい」と彼は言った。 「あら、赤ん坊をごらんになりたくありませんの ? 」と彼女が叫んだ。 「いや見るさ。だがいっしょにお茶の時間じゅう坐っているのはかなわないね」 「まあ」とコニ 1 が大きく見開いた漠とした眼で彼を見て言った。 彼女はほんとうは彼を見てはいなかった。彼は縁のないどこかの人間にすぎなかった。 「奥さまのお部屋で召しあがったほうがよく落ち着けますわ、奥さま。それにフリントさん

9. チャタレイ夫人の恋人

もう一人の方は奇妙な冷たいあやしむような顔で、彼女がどういう人間であるかを見定める ような眼をした。そして、彼の青い無関心な眼の色の中には、一種の悩みと淋しさ、それで いてどこか暗い様子があるのを彼女は見てとった。だがなんのために彼はこんなに超然とし て、人に近づこうともしないのであろう ? 木戸を通りぬけるとクリフォードは椅子を止めた。男はすばやく礼儀正しく戻ってきて戸 を閉めた。 「なぜあんなものを開けるために走ったりしたのかね ? 」とクリフォ 1 ドは静かなおちつい 人 恋た声できいた。気に入らない様子が見てとれた。「メラーズがすべきことなんだよ」 人「止まらないで通れるように、と思いましたから」とコニーが言った。 イ 「そしてあなたをうしろから走って来させようとした、とでもいうのかね ? 」とクリフォー レ タ ドが一 = ロった。 ャ チ 「でも、ときには走りたくなるんですの ! 」 メラーズは少しも気づかぬ顔でまた椅子に手をかけたが、コニーは彼がずつ。と注意ぶかく すべてを見ているのを知っていた。庭園のやや急な斜面を椅子を押し上げてゆくとき、彼 くちびる きやしゃ の唇が開いて、少し息が早くなったようだった。ほんとうは彼は華奢なほうだった。妙に生 気に満ちて見えたが、すこし華奢で痩せていた。女の本能でそれがわかった。 コニーはうしろに遅れ、椅子を先に進むにまかせておいた。陽はすっかり陰ってしまった。 もや あたりを取り巻いた靄の上に低く見えていた狭い青空は再び閉じ、雲のおおいがおりて、寒

10. チャタレイ夫人の恋人

ればならないのだろう ? なぜそれが長続きしなければいけないのだろう ? 《その日の労苦 がいぼう はその日のみで足りる》だ。現実らしい外貌だけでどの瞬間もいつばいなのだ。 彼まその クリフォードには、友人というよりも知り合いといったようなものが多かった。 , 冫 彼よあらゆる種類の人を招待した。批評家とか作家と 人たちをラグビ 1 邸によく招待した。 , 。 か、彼の作品の良い評判を作りだすような人間を。彼らは、ラグビ 1 邸に招待されることが 気にいって、彼の作品を賞賛した。そのことがコニーにはよく理解できた。それはかまわな いことではないか ? それも鏡の中を走ってゆく影像の一つだ。何がまちがっているという 人 恋のか ? 人 彼女は、大部分は男ばかりのこれらの客人に対して、女主人の役を務めた。またクリフォ 夫 イ 彼女は、優しい血色のいし 1 ドがときどき催す貴族関係の集まりでも、女主人の役だった。 / レ そばかす タ 田園の少女のような顔で、いくらか雀斑があり、青い大きな眼と波打っ褐色の髪をもち、も ャ チ 彼女は、少し古風 の静かな声で、腰のあたりはどちらかといえば強く女性的な感じがした。 , しり な《女らしい》女だと皆に見られていた。胸が平たく尻の小さい少年を思わせる《小さな鰊 のような》感じの女でなかった。スマ 1 トというにはあまりにも女性的な女であった。 それで、これらの男たち、中でももう若いといえない男たちは、彼女にたいしてとても鄭 ちょう 重な態度を示した。だが少しでも彼女の方から男たちになれなれしくすれば哀れなクリフォ ードがどんな苦痛を感ずるかを考えて、彼女は男たちを調子に乗せるようなことはしなかっ 引た。彼女はもの静かにばんやりしていた。男たちとは少しも交渉を持たず、また持とうとも てい