298 のですわ。でもあの人の父親の命令で子供のころから炭坑に入ったんです。二十歳以上にな ってからでは、やめることは容易ではございませんわ」 「炭坑をきらっているようなことを言っていましたの ? ゝえ、一度もそんなことは申しませんでしたわ ! きらいなものがあるなどと言ったこ ともありませんでしたの。ただおかしな顔をするだけでした。物事を気にしない性質だった のです。喜び勇んでまっさきに戦争に行って、たちまち殺されてしまった青年たちのようで した。むつかしい考えかたをするような人ではなく、ただ何も気にしない人だったのですの。 人 恋ムよ ) つも申していたものですわ、『あなたという人は、何事にも、だれにも、気を使わな の - 一不冫し い人なのね』って。でもその人が気を使いだしたんです ! 私が最初の子供を産んだ時の、 イ あの人のじっと身動きもせずにいた様子。お産が終ったとき私を見ていた命がけのような眼 レ タ つき ! 私はお産にずいぶん苦しんだのですけれども、その私があの人の方を慰めてやらね ャ チばなりませんでした。『心配ないのよ、あなた、心配することはありませんよ』と言ってや りましたの。そしたらあの人は例の妙な笑いを顔に浮かべて私の方を見ましたの。そして何 も言いませんでした。でもその後は、夜私と寝ても悦びを果たさないのでした。あの人は終 わりまでしませんでした。私はよく言ってやりましたの『出してもいいのよ』とーーー私あの 人にはときどき露骨に言ってやったものです。あの人はなにも申しませんでした。それでも あの人は終わりまでしませんでした。できなかったのです。もう私に子供を産ませたくなか ったらしいのですの。私はあの人のお母さんがあの人を部屋にばかり押しこめておいたのを よろこ
445 もしなかった。が、しかし、コニーは男に関してある程度のことを彼女に話さなければなら なかった。 「あの人、あの人とあなたが言ってる人は、なんという名なの ? あなたはいつもただあの 人って言うだけじゃないのーとヒルダが言った。 「私、名前なんかであの人を呼んだことないわ。あの人もそうなの。考えてみると妙なこと ね。ジェイン夫人とかジョン・トマスとか言い合ってはいるけれど。だけどその人の名前は オリヴァー・メラーズっていうの」 人 恋「で、どうしてチャタレイ夫人をやめてオリヴァー・メラーズ夫人になりたいの ? 」 「好きだからよ」 イ コニーにはもう何を言ってもだめだった。だがともかくも、その男は、四、五年間、イン レ ちゅうい タ ドの軍隊にいて中尉だったというからには、多少見苦しくない人間にちがいない。たしかに ャ チ 性格の強い男らしかった。ヒルダは少し気分がほどけてきた。 「だけど、しばらくすれば飽きてしまうわ」と彼女が言った。「そのときになってその人と 関係したことを恥じるわ。労働者とかかわりつづけることはできないものよ」 「だけどあなたは社会主義者でしょー いつも労働者の味方じゃないの」 「政治的な危機のときは彼らの味方かもしれないわ。だけど、味方してみると、あの人たち と生活をともにするなんて、とてもできないことだとわかったの。気取りで一言うのではなく て、本当に全体の調子が違うのよ」
300 おそ 「あなたには布ろしいことだったでしようねえ ! とコニ 1 が言った。 「ええ、奥さま ! はじめはどうしてもほんとのことだとは思われませんでしたわ。ただ 『なぜあなたは私を残して行ったのですか ? 』と言っているだけでしたのーーー私はそう言う よりほかに言いようがありませんでしたわ。でもなんだか私はあの人が戻ってくるような気 がしていました 「でもご主人はあなたを残してゆくつもりではなかったのでしよう」とコ、ニーが言った。 ただ思わずそういう泣きごとが口から出ただけですの。そして私はずつ 「ええ、奥さまー 人 恋とあの人の帰るのを待つような気でおりましたわ。ことに夜になりますとねえ。私は眠らず 私の感 人に考えておりましたの、なぜあの人はいま私と寝床の中にいないのだろう、とー 青があの人の死んだことを信じていないようでした。あの人が戻ってきて私により添って寝 タたり、私が手で触れたりすることができるようになるはずだと思っていました。あの人が私 チ のそばにいるという暖かい感じだけを、私は望んでいました。そしてあの人はもう決して戻 ってこないのだと考えるようになるまでには、ずいぶんつらい思いをしました。何年も何年 もかかりました」 「旦那さんの感触ね」とコニーが言った。 「それなんでございますの奥さま、あの人の感触なんです ! 今でもまだそれを忘れられま せん。いつまでも続くと思いますの。そしてもし天国というものがあるならば、あの人はそ こにいて、私といっしょに横になって、私を眠らせてくれるんですわ」 だんな
487 ありません。とうとうメラーズさんは、トム・フィリップといっしょに森の家に行って、 家具や夜具を大部分持ち出したんですの。そしてポンプの手もはずしてしまったので、あ の女はしかたなく出て行きました。ですがスタックス・ゲ 1 トには戻らないで、べッガリ ーのスウェイン夫人のとこへ行って泊まりました。というのはあの女の兄のダンのおかみ ばあ さんがあの女を嫌ったからです。あの女は彼を捕えようとして、メラーズお婆さんの家へ かよいつづけています。いまに彼は森の家でわたしといっしょに寝ることになるとロ汚く 言ったり、あの人に扶助料を払わせようと弁護士のところへ行ったりしています。あの女 人 ふと 恋は前より肥ってきています。そしていままでよりももっと下品になり、牡牛のように強く 人 なっています。あの人のことで、もっといやなことをあの女は言い歩いています。森の家 夫 イ に女をつれこんでいたとか、二人が結婚していた当時、あの人が自分にどんなことをした レ タ かとか、自分に下品な獣みたいなことをしたとか、そんなことですが、全部はわかりませ ャ チ ん。いちど女がしゃべりだしたら最後、女がやる悪さというものはおそろしいものですわ。 どろ 女がどんなに下品でも、その女を信ずる人がいるのですし、泥もすこしはくつつくんです。 たしかにメラーズさんが女にたいしてそんな下品な獣のような人であったというあの女の 言い方は、人をびつくりさせるものです。世間というものは、誰かの悪口となると、とく にそれがこういう種類のものとなると、やすやすと信じこんでしまうものです。あの女は あの人が生きているあいだは決してあの人を離さないと宣言しました。けれど私が言いた いのは、あの人がほんとにあの女にたいしてそんな獣のような人だというなら、なぜあの きら おうし
437 さからったら、それでおしまいです。もしその男が好きであるなら、その人が本当にしつか り決心しているときは、その人にゆずらなければなりません。自分が正しかろうが、そうで なかろうが、従わなければなりません。が、本当にテッドはときどきは私にゆずりましたの。 私がなにか決心をしていると。しかも間違っていたときなどでも。両方ともあいこだったと 思いますわ 「患者さんたちにもそうするの ? 、とコニ 1 は訊ねた。 「あら、それは違いますわ。そんな気づかいは少しもしませんわ。私は患者たちにどうすれ 人 恋ばいいか知ってます。わからなければ知ろうと努力を。ーーで、私はその人たちのいいように 人 と、工夫して世話しますの。本当に好いている人にたいしてするのと同じにではありません 夫 イ わ。まったく違っています。一度ある人間を好きになった経験のある人なら、もしほかの人 レ タゞや ャカせひとも自分を必要とすれば、ほとんどだれにでも親切になれますわ。が、それは同じも チ のじゃありません。それは本当の愛情ではないのです。本当に誰かを愛した後、もう一度別 の男を本心から愛せるとは私は思いませんわ この言葉はコニーを驚かした。 「人間はたった一度だけしか愛せないものなの ? 」と彼女は訊いた。 「でなかったら、決して愛することなんかできないのですわ。たいていの女は決して愛しま せんし、愛そうともしません。それがどういう意味か知らないのです。男もそうですわ。し かし、本当に愛している女の人を見ると、私はその人のために心から味方になってしまいま
436 そうお思いになりません、奥さま ? 」 「私は経験不足のような気がするの」 コニーは仕事の手を休めた。 「あなたのご主人でも、あなたは世話をやいたり、赤ん坊のようにすかしたりしなければな らなかった ? 」と彼女はポルトン夫人を見上げながら訊ねた。 ポルトン夫人も手を休めた。 「ええ ! , と、彼女は言った。「少しばかりなだめたり、すかしたりはしなければなりませ 人 恋んでした。でも、あの人は私がなにを言いたがっているか知っていました。本当でございま 人す。それで、あの人はたいがい私にゆずりましたわ」 イ 「では気難かしい人ではなかったの ? 」 レ タ 「気難かしくはありませんでした。でも、ときどきあの人の眼にそうした様子が見えました ャ わ。そのときは、私の方が従うことにしました。でも、いつもはあの人が私にゆずってくれ ました。いい え、気難かしい夫ではありませんでした。私も気難かしい女ではありませんで した。あの人ともう和解できそうもなくなったときは、そのときは私がゆずりましたの。と きどき私には苦しいことがありましたけれど」 「で、最後まで張りあったらどう ? 「まあ、知りませんわ。私、けっして言い張りませんでした。あの人が悪いときでさえ、が んばれば私はゆずりましたわ。ええ、私は仲たがいしたくなかったんです。もし本当に男に
「おれはかまわない。、 とうしようとかまわない」 「気がすすまないのね。なぜ ? お金のことはだいじようぶよ。私には年に約六百ポンド入 るの。私は手紙でそのことは頼んでおいたわ。多くはないけれど充分でしよう ? 」 「おれの眼からすればたいへんな財産だ」 「ああ、どんなに楽しいでしようね ! 」 「しかし、おれは離婚しなければ , ーーあんたもそうだ , ・ーーでないと、面倒にまきこまれてし まう」 人 恋考えなければならないことがいろいろあった。 夫別の日、彼女は彼のことをいろいろと訊ねた。二人は小屋にいて、外は雷雨だった。 イ 「あなたは中尉で、将校で、紳士だったときも幸福ではなかったの ? 」 レ タ 「幸福 ? ああ、幸福だった。おれはあの大佐が好きだった」 ャ チ 「あなたはその人が好きだった ? 」 「ああ、好きだった」 「で、その人は ? 」 「そう、ある意味でおれを好いてくれた」 「その人のことを話して」 「なにを話せまゝ 。しいかな ? 大佐は兵卒から出世した人だった。軍隊を愛していた。一度も 結婚したことのない人だった。おれより二十歳も上だった。非常に教養のある人で、そうい 398 ちゅうい
うんでい Ⅷに戦慄するような喜びを感じていた。ほんとうに、坑夫の細君なんかとは雲泥の差だった。 彼女はそれを幾度も口に出して言った。だがチャタレイ家の人たちにたいするうちとけがた いもの、上の人たちにたいするうちとけがたい感情が、やつばり彼女に現われていた。 「そうでございますとも、奥さまには荷がかちすぎることでございますわ。お姉さまがいら して心配してくださってよろしゅうございました。男というものは気のつかぬものでござい しもじも ますから。それは上のかたでも下々の者でも同じことで、女のしてくれますことをみなあた りまえだと思うものですからね。坑夫たちにそのことは幾度となく話してやったんでござい 人 恋ますよ。でもクリフォードの殿さまも、おみ脚が悪くていらっしゃいますからたいへんでご 人ざいますね。こちらの殿さまがたは代々気ぐらいの高いかたがたで、当然なことですけど気 レ弓いかたでございましたわ。それがどうでしよう、こんな目におあいになるなんて ! でも、 つろ タ チャタレイ奥さまもお辛うございますわね。奥さまの方がもっとたいへんだと存じますわ。 ャ チ おいたわしいことですわ ! 私はテッドとはたった三年しかいっしょに暮らしませんでした。 でもほんとうに、あの人と暮らしていたときは、もう忘れることのできない夫というものを もっていたのでございました。あの人はそれは良い人間で、明るい生質でございました。ど うして死ぬなどと考えられましたでしよう ? なんだか今になってもほんとうのような気が いたしません。私は自分であの人の屍体を洗ってやったんですけど、死んだなどとはどうし ても思えませんでした。だって、私にとってはあの人は一度も死んでしまった人ではありま せんでしたもの。私はそれを信じきることができませんでしたわ」 せんりつ したい
522 です。あの人が頭が高いというので、クリフォードはいつもいやがっていたのですわ」 「クリフォ 1 ドもその点だけは勘が働いていたようだね」 マルカム卿にがまんのならないことは、自分の娘の密通の相手が森番だった、という醜聞 であった。彼は密通はあってもかまわないのだった。だがこういう醜聞が気になった。 「私はその男のことはなにも心配していない。その男がおまえをうまくたらしこんだのはは つきりしている。だが、世間の噂のことを考えてごらん ! おまえの継母が、それをどう取 るか考えてごらん ! 」 人 恋「それは考えていますわ , とコニ 1 が言った。「噂は怖ろしいものですわ。社交界の人にと 人っては特別に。それであの人も、自分の妻とぜひ離婚しようと考えています。私、子供の父 は誰かほかの人だということにしてメラ 1 ズの名前を全然出すまいと思っていますの」 タ 「ほかの男だって ! どんな男かね ? ャ チ 「ダンカン・フォーブズかだれか。あの人はずっと昔からの友だちですから。それに画家と しても名前が知れていますし、私を好いてもいます」 「おやおや ! ダンカンがかわいそうに。それで彼になにか得があるのか ? 」 「わかりません。でも彼は、そんなことがかえって好きかもしれませんわ」 「そうかな ? だがもしそんな役をやってくれるというのだったら変な男だな。それでおま えはあの男との関係は一度もなかったのか ? 」 「ないわ ! でもあの人は本当はそういうことをしたいのではないの。ただ私にそばにいて
彼よ召使たちにはまことにうるさい男だった。しかし、冬 ないという不運を背負っていた。 , 冫 に軽い卒中に見舞われたので、いまは前より御しやすくなっていた。 この家は満員だった。マルカム卿と二人の娘のほかに七人の客がいた。やはり二人の娘を 連れたスコットランド人の夫婦と、若いイタリアの伯爵未亡人と、ジョルジア国の若い公爵 と、肺炎で、健康のためにアレグザンダー卿のチャプレンとなっている若いイギリス人牧師 とだった。公爵は一文なしの美男子で、図々しさもちゃんとあるから、立派に運転手として もっとまりそうだった。 それだけ言えばいいだろう ! 伯爵未亡人はどこかになにかた 人 恋くらみでもかくしているような感じの小さな静かな娘だった。牧師はバッキンガム州の牧師 夫館から来た単純な男だった。幸いにも彼は、妻と二人の子供を家に置いてきていた。四人家 イ 族のガスリー家は堅実なエディンバラの中流階級で、あらゆることを堅実にたのしみ、危険 レ ヤなことには手を出さないが、あらゆることを試みるという一家だった。 チ コニーとヒルダは公爵はすぐ問題外とした。、 カスリー家の人々は質実で、多少は二人に近 いところがあったが、退屈だった。その娘たちは夫を持ちたがっていた。牧師は悪い男では なかったが、あまりに丁寧すぎた。アレグザンダ 1 卿は軽い卒中に見まわれてからは、陽気 さのなかに重苦しさが混るようになったが、若いきれいな婦人が大勢いるので喜んでいた。 クーパー夫人は静かな意地悪い人で、あまり人生を面白く過してはこなかった。もはや習性 となった冷たい警戒するような眼で、他のどの女をも見ていて、冷酷に、淫靡な、つまらぬ ことを言ったりした。そのことは彼女がすべて人間性についていかに低俗な意見しか持ち合