だから女は譲歩しなければならなかったのだ。男というものは、腹をへらした子供のよう なものだ。女は男の求めるものを与えねばならなかった。でなければ男は機嫌を損じ、背を 向けてしまい、せつかくの楽しい関係を台無しにしてしまう。ただ女というものは、自分の 内部の自由な個我を失うことなしに男に譲歩することができる。セックスについて歌ったり 書いたりした連中は、このことを充分に考慮に入れていなかった。女は、ほんとうは自分を 譲ることなしに男を受け入れることができるものなのだ。まことに女は、男の力に支配され ることなしに男を受け入れる。むしろ男を支配するためにセックスを利用することができる。 人 恋 というのは、セックスの交わりにおいて、女は控えめにしていて、自分が虎びに達せずに、 の そしてそののちも、女はその結合を持続して男をただ 夫男だけを終わらせ消耗させればいい。 〕の道具にしておき、自分の興奮と悦びを作りだすこともできるのだ。 タ 戦争が始まるまでにこの姉妹はどちらも恋愛を経験していた。戦争になって、二人は急い ャ チ で帰国した。二人とも言葉の上での接近、つまりお互いに話し合うことに深い興味を感じて いなかったならば、男と恋愛に陥ることはなかっただろう。ほんとうに頭のいい青年と何カ 月ものあいだ、毎日のように熱情的に何時間も話し合うということには、驚くべき、深遠な、 信じられないような喜びがあった : : : 彼女らもこのことは実際直面してみるまではわからな なんじ かった ! 《汝に語り合う男性を与えん ! 》という楽園の約束が告げられたわけではなかっ た。彼女らはそんな約束のことを知らぬまま、すでにそれを味わっていたのである。 だから、これらの生き生きした、魂を明るくするような議論から生まれた親密さのあと、 よろこ
「あなたはクリフォ 1 ドを憎んでいるでしよう ? , と彼女がとうとう言った。 「嫌うということはないよ ! 嫌ってかっとなるには、僕はあまり多くああいう種類の人間 を見てきた。ああいう人を好きになれないとあらかじめ決めているので、ただほっておくだ けのことだ」 「彼ってどういう種類の人間ですの ? 」 「あんたの方がおれよりよく知っている。女じみた若づくりの紳士というもので、玉がない んだ」 人 「なんの玉 ? 」 こうがん 人「玉って男の睾丸のことだ ! イ 彼女はそれを聞いて考えこんだ。 レ タ 「でもそれがこのことと関係があるの ? 」と彼女は少し当惑して訊いた。 ャ チ 「ばかな男のことを能なしと言うだろう。下劣な男のことを情愛がないと言うだろう。臆 びよ , っ 病な男は腹がないと言うだろう。勇気らしいものをもっていない男のことは、玉を持ってい ないと言うわけだ。飼い馴らされたような男のことさ」 彼女は言われたことをよく考えてみた。 たず 「で、クリフォードは飼い馴らされた人なの ? 」と彼女は訊ねた。 「飼い馴らされているうえに、汚なく立ちまわるんだ。ああいう人間はみな同じことだよ。 そばへ寄ってみれば」 361 たま
た。そして男根は無理やり彼女の中に入りこんできたのだ ! 恐怖におそわれていた彼女は いかにそれがいやであったことか ! しかし本当はいかにそれを望んでいたことか ! それ が今わかってきた。魂の底で、基本的に、彼女はこの男根による猟り出しを必要としていた。 ひそ 秘かにそれを望んでいた。だがそれを得るこ七はないだろうと信じていたのだった。ところ がいま突然一人の男が、彼女の究極の赤裸々な姿を彼女と共有しているではないか。彼女の 羞恥心ははぎとられていた。 詩人もその他の連中も、何という嘘つきだろう ! 彼らは人間には感情が必要だと信じさ 人 恋せる。ところが人間が最も強く求めているのは、この貫くような、消耗するような、怖ろし あえ 人いほどの肉の感覚なのだ。それを敢てなし、恥も、罪も、最後の疑いも感じない男がここに イいたのだー もし男が後になってそれを恥じ、女にも恥じさせたなら、それは何という怖ろ タ しいことか ! 男たちは、大多数が、あわれにもすごい見栄つばりで、あさましい。クリフ ャ チ オ 1 ドがそうだ ! マイクリスでさえそうだ ! ふたりとも感覚のことでは見栄つばりで屈 辱的だ。精神の至高の喜びだって ! そんなことが女にとって何になろう ? 実際のところ、 男にとっても何になろう ? 精神の中でだって混乱し、見栄をはっているにすぎなくなる。 精神を浄化し元気づけるためにも、真の感覚は必要なのだ。真の火のような感覚、混ざり物 ではない感覚が。 たいていの男性はみんな犬のよう ああ、神よ ! 男生とは何という貴重な存在だろう ! に、ちょろちょろ歩き、嗅ぎまわり、交尾する。ここに怖れもせず恥じもせぬ男がいるー うそ
522 です。あの人が頭が高いというので、クリフォードはいつもいやがっていたのですわ」 「クリフォ 1 ドもその点だけは勘が働いていたようだね」 マルカム卿にがまんのならないことは、自分の娘の密通の相手が森番だった、という醜聞 であった。彼は密通はあってもかまわないのだった。だがこういう醜聞が気になった。 「私はその男のことはなにも心配していない。その男がおまえをうまくたらしこんだのはは つきりしている。だが、世間の噂のことを考えてごらん ! おまえの継母が、それをどう取 るか考えてごらん ! 」 人 恋「それは考えていますわ , とコニ 1 が言った。「噂は怖ろしいものですわ。社交界の人にと 人っては特別に。それであの人も、自分の妻とぜひ離婚しようと考えています。私、子供の父 は誰かほかの人だということにしてメラ 1 ズの名前を全然出すまいと思っていますの」 タ 「ほかの男だって ! どんな男かね ? ャ チ 「ダンカン・フォーブズかだれか。あの人はずっと昔からの友だちですから。それに画家と しても名前が知れていますし、私を好いてもいます」 「おやおや ! ダンカンがかわいそうに。それで彼になにか得があるのか ? 」 「わかりません。でも彼は、そんなことがかえって好きかもしれませんわ」 「そうかな ? だがもしそんな役をやってくれるというのだったら変な男だな。それでおま えはあの男との関係は一度もなかったのか ? 」 「ないわ ! でもあの人は本当はそういうことをしたいのではないの。ただ私にそばにいて
ヒルダは麻薬にひたるのがいやでもなかった。彼女はいろいろな女たちを眺め、あれこれ おくそく と臆測するのが好きだった。女というものは、夢中になるぐらい女に興味を持つものだ。あ の女はどう見えるか ? どんな男をつかまえたか ? 男とどれぐらい楽しんでいるか。男と いうのは白いフランネルのズボンをはいた大きな犬みたいなものだ。軽く撫でられるのを待 ち、のたくりまわりたがり、ジャズに合わせて女のからだを自分のからだにすりつけたがる。 ヒルダはジャズが好きだった。というのは、男なるものの腹に自分の腹をくつつけて、床 のうえをあちこちと、そのくつつけた腹で動かされて踊りまわり、最後には男と離れて、そ 人 恋の男という『生き物』を捨て去ることができるからだった。男は単に利用されるにすぎなか 人ったのだ。 イ コニ 1 はあまり楽しくなかった。彼女には誰か他の『生き物』と腹をくつつけあわせるこ レ タ となどとてもできなかったので、ジャズはいやだったのだ。彼女はリド島の全裸同然の群衆 ャ チ 彼女はアレグザンダ 1 卿やク がいやだった。海岸は人間で埋まり水も見えないほどだった。 , 1 夫人をきらった。彼女はマイクリスにも、そのほかのだれにもつけまわされたくなか った。 ヒルダといっしょに潟の向こうに出かけるのが、彼女にはいちばん幸福な時であった。彼 さび 女たちは、はるか遠くの淋しい小砂利のある浜へ行って、ゴンドラを砂州の内側に待たせ、 二人だけで水浴することができた。 ジョヴァンニは船頭をもう一人手伝いに頼んだ。そこは非常に遠いところだったし、彼は 479 きよう
101 分にふさわしい女生には絶対に出逢いっこありません。だが悲しくはありませんよ。僕は女 性が好きなだけでいいんですから。 僕を恋愛や、恋愛の技巧や、性的遊戯をするように 強制できる人間がいるでしようか ? 」 「少なくともそれは私ではありませんわ。でも何かおかしくはありませんかしら ? 「あなたが見てどうか知りませんが、僕としてはおかしいとは感じませんね」 「ええ、私は男と女のあいだのことがなにかしらおかしいような気がいたしますの。女はも う男にとって魅力の対象ではなくなっています」 人 恋「女から見て男はどうですか ? 」 人その質問の裏側を彼女は考えてみた。 イ 「あまり魅力がありませんわ」と彼女は心の真実を言った。 レ タ 「じゃそんなことはほっといて、たがいにりつばな人間らしく上品にあっさりと暮らすので ャ チ すね。技巧的なセックスの強制などはやめてしまうのですね。僕はそれを拒絶しますよ , まったく彼の言うとおりだということをコニーは知った。だがそれを聞いていると、実に さび ひとけ 淋しくたよりなくなってきた。人気のない池に漂っている木片のような思いだった。彼女に とって、またほかのものにとって、何がいったい重要なことなのだろう ? 彼女の中にある若さがいうことをきかないのだった。この男たちは実に老いばれて冷淡だ という感じがした。そしてマイクリスは彼女にみじめな思いをさせた。彼もだめだった。男 たちは女を求めていない。男たちは本心から女を欲していないのだ。マイクリスもその例に
「その他の連中かい、その他なんていうのはないんだ。ただおれの経験では女の多くはそう いうものらしい。女はたいてい男を欲しがっているが、性はのぞんでいない。ただやむをえ ないこととして我慢しているだけなんだ。もっと古いタイプの女たちは、ただじっと横たわ って、男に好きなようにさせているだけだ。終わったあとも平気な顔をしている。それでい て、女たちはあんたが好きだ、などと言う。行為自体は、女たちにとっては、少し下品なこ とという以外の何物でもない。たいていの男はそれで満足している。おれはそれではいやだ。 だがこういう女でも少しずるいのになるとそうでないような顔をしている。感動して悦びを 人 恋味わっているふりをする。だがそれは偽りだ。そういうふりをしているだけだ。 それか 人 ら、なんでもかんでも好きだという種類の女たちがいる。どんな感じでも、どんな寝かたで 夫 イ も、どんないきかたでもゝ しいただ正常なやりかたはごめんだという連中だ。その女たちは、 レ ャ 男を、女のなかにいれさせないままいかせてしまう。それからもっと手ごわい連中がいる。 チ あいつらよ、 ) ゝ 冫しカせるのがたいへんだし、自分でいくのもたいへんだというひとでなしだ。 おれの女房がその種類なんだ。自分が積極的な側にならないと承知しない。 その次はあ の中が死んでいる連中だ。まったく死んでいて、自分でもそれがわかっている。それからも う一種類の連中は、男がいくところまでこないうちにやめさせて、男の腿に腰を擦りつづけ ていくというやつだ。これはたいてい同性愛型の連中だ。同性愛の女は、意識しているのと いないのとを含めて驚くほど多数いる。女はほとんどみな同性愛型だと言ってもいいぐらい 374 もも こす よろこ
る。その、蝶のような言葉ひとつによってピンでとめられていいものだろうか ? もちろん 言葉という蝶は飛び立ってゆくべきものだ。そして次にまた「そうです、とか「いい え」と いう一言葉が発せられることになる。飛びまわる蝶のように。 「あなたの言われるとおりだと思いますわ、クリフォード。そして私に考えられる範囲では、 私も賛成ですの。ただそのために生活がまったく新しい面を見せてくるかもしれませんわ」 「でも生活に新しい面が出てくるまでなら君は賛成なのだね ? 「ええ、そうですとも。ほんとうにそう思ってますわ」 人 みち はなづら 恋彼女はわき路から出てきて、鼻面をあげて軽い小さな声でほえている褐色のスパニエル犬 人を見ていた。その犬のうしろから鉄砲を持った男が音もなく急ぎ足で出てきて、こちらに襲 レいかかるように近づいてきた。だが男はそこで急に立ちどまり、あいさっして丘をおりてい タ ャ った。それは今度雇われた森番だったが、コニーはびつくりした。あまり突然に立ち現われ チ たのでぎくりとしたのだ。前にもその男は急にどこからともなく現われてきて、彼女をびつ くりさせたことがあった。 男は暗緑色のビロードの服を着てゲートルをつけていた。 : : : 古めかしい服装だった。顔 ひげ 色が赤く、髭も赤く、遠い物を見るような眼つきをしていた。男は急いで丘をおりていった。 「メラーズ ! 」とクリフォードが呼んだ。 その男は軽くふりかえって、すばやい小さな動作であいさつをした。軍隊式だった。 「椅子の向きを変えて、はずみをつけてくれないか ? そうするとうまく進むのでね , とク ちょう かっしよく
ればならないのだろう ? なぜそれが長続きしなければいけないのだろう ? 《その日の労苦 がいぼう はその日のみで足りる》だ。現実らしい外貌だけでどの瞬間もいつばいなのだ。 彼まその クリフォードには、友人というよりも知り合いといったようなものが多かった。 , 冫 彼よあらゆる種類の人を招待した。批評家とか作家と 人たちをラグビ 1 邸によく招待した。 , 。 か、彼の作品の良い評判を作りだすような人間を。彼らは、ラグビ 1 邸に招待されることが 気にいって、彼の作品を賞賛した。そのことがコニーにはよく理解できた。それはかまわな いことではないか ? それも鏡の中を走ってゆく影像の一つだ。何がまちがっているという 人 恋のか ? 人 彼女は、大部分は男ばかりのこれらの客人に対して、女主人の役を務めた。またクリフォ 夫 イ 彼女は、優しい血色のいし 1 ドがときどき催す貴族関係の集まりでも、女主人の役だった。 / レ そばかす タ 田園の少女のような顔で、いくらか雀斑があり、青い大きな眼と波打っ褐色の髪をもち、も ャ チ 彼女は、少し古風 の静かな声で、腰のあたりはどちらかといえば強く女性的な感じがした。 , しり な《女らしい》女だと皆に見られていた。胸が平たく尻の小さい少年を思わせる《小さな鰊 のような》感じの女でなかった。スマ 1 トというにはあまりにも女性的な女であった。 それで、これらの男たち、中でももう若いといえない男たちは、彼女にたいしてとても鄭 ちょう 重な態度を示した。だが少しでも彼女の方から男たちになれなれしくすれば哀れなクリフォ ードがどんな苦痛を感ずるかを考えて、彼女は男たちを調子に乗せるようなことはしなかっ 引た。彼女はもの静かにばんやりしていた。男たちとは少しも交渉を持たず、また持とうとも てい
「しかし僕は当事者として加わるつもりです , 「私の言うのは離婚手続きのことよ , はいぶかるように彼女を見つめた。コニーはダンカンを利用する話を彼に言う勇気が出 なかった。 「あなたのおっしやることがわかりませんが」と彼が言った。 「共同被告として名が出てもかまわないと言ってくれる友だちがいるのよ。だからあなたの お名前は出さなくってもいいのよーとヒルダが言った。 人 恋「それは男でしようか ? 「もちろん ! 」 イ 「しかしコニーにはほかに男はいないでしよう ? 」 レ タ 彼はあやしむようにコニーを見た。 ャ チ 「ちがう、ちがうの ! 」と彼女はあわてて言った。「ただの昔からの友だちというだけよ。 単純なっきあいで、愛なんか無関係なの」 「ではどうしてそんな汚名を引き受けるのです ? あなたとどうかしたのでなければ ? 「騎士的な男なのよ。女からなにかを手に入れるなどという気持ちのない男っているものな のよ。とヒルダが言った。 「私の代役ですか。いったい誰ですか ? 」 「私たちがスコットランドにいた子供時分からの友人で、画家な 9 528