精神生活 - みる会図書館


検索対象: チャタレイ夫人の恋人
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1. チャタレイ夫人の恋人

433 「最高の喜び ? ーと彼女は彼を見上げながら言った。「そういう馬鹿らしいことが精神生活 の最高の喜びなの ? しいえ、結構よ ! 私は肉体をとるわ。肉体の生活は精神の生活より もずっと大きな現実だと思うわ。肉体がほんとうに生活に目覚めたときは。でも、あなたの 素敵な風車のような人々は、精神を自分の屍体に縛りつけているだけなのよ」 彼は驚いて彼女を見た。 「肉体生活などは」と彼は言った。「動物の生活みたいなものだ」 うそ 「でも学者気取りの、屍体同然の生活よりはましよ。それは嘘よ ! 人間の肉体はいまよう 人 恋やく真の生命に近づいて来ているのよ。ギリシア人はそれに愛すべき光を与えました。とこ 夫ろが、プラトンやアリストテレスが肉体を殺し、キリストがさらに息の根をとめてしまった よみがえ イ のよ。それでも、 いま、肉体はほんとうに蘇ろうとしているのよ。ほんとうに墓穴から起き レ タ あがろうとしているの。で、人間の肉体の生活は、美しい宇宙の中で、それはそれは楽しい ャ チ 生活になろうとしているのよ」 「え、あなたはまるで、肉体生活の到来の先触れみたいな口をきくね。そう、これから休暇 に出かけようとしているのだからね。だが、そんなことを不作法に得意がらないでもらいた ほんとうだよ、ともかく神は、単なる人間を、より高いもっと精神的なものに進 ぞうふ 化せしめるために、臓腑や消化器官を人間から徐々に除去しようとしているのだよ」 「クリフォード、神様ってどんなものか知らないけれど、神様はようやくあなたのいわゆる 臓腑の中で目を覚まして、暁のように幸せそうに息づいているのよ。私にあなたの言葉が信 したい

2. チャタレイ夫人の恋人

デュークスはソクラテスのことで引きずりまわされたくはなかった。 というのはほんとうだ」とハモンドが言った。 「批評と知識は同じものでない、 「もちろんそれはそうですね」と色の黒い内気な青年のべリーが口をはさんだ。彼はデュ 1 クスに会いにきて今夜泊まっていたのである。 驢馬が物でも言ったように皆が彼を見た。 「僕は知識のことを言っていたのではない : : : 精神生活の話をしていたのだよ」とデューク スが笑いだした。「真の知識は意識の全体から、頭脳や精神からも、腹とペニスからも出て 人 恋くるものだ。精神というものはただそれを分析し、合理化するだけのことだ。精神と理性を 夫ほかのものすべての上におけば、批評することと相手をほろばすことしかできなくなる。で きることはただそれだけなんだ。これはたいへん重要なことだ。いやはや世界じゅうが批評 レ タ を欲している : ・ : ・批評で殺してしまうことを。だから精神的に生き、悪意をはびこらせ、腐 ャ チ った古い見世物の正体をあばくがいいんだ。だが注意しておくが、生きているかぎり、われ われはあらゆる生命をふくんだ大きな有機体のようなものなんだ。ところで、精神生活とい りん′」 うものを始めた人間はもぎとられた林檎のようなものだ。林檎とその樹のあいだにある有機 的なつながりは引き離されてしまう。だから精神生活ということしか知らない人間は、もが れた林檎のようなものだ : : : 樹から離れて落ちたのだ。もがれた林檎が腐ってゆくように、 そういう人間が憎悪をいだくようになるのは理論上当然のことなんだ」 彼ことってこれはまったくのたわごとだった。コニ 簡クリフォ 1 ドは眼を大きく見開いた。 , し

3. チャタレイ夫人の恋人

125 たてている。その陶器は中味はからつばだ。だが彼女には、それだけの輝きも失われていた。 ぎまん ぞうお 精神生活 ! とっぜん彼女はこの精神生活というものに狂おしいまでの憎悪を感じた。欺瞞 彼女はうしろにある別な鏡に映っている自分の腰と尻を見た。それは痩せてきていたが、 ぶかっこう 不恰好だとは思われなかった。ふり返るときに腰のあたりの皮膚のよじれたのが、少しわび しく見えた。以前はみごとな形をしていたのだが。 , 彼女の横腹から尻へかけてのなだらかな 線は、輝きと豊満さとを失っていた。なくなった ! それを愛したのはあのドイツの青年だ 人 恋けだ。彼が死んでから十年近くになる。時は過ぎ去る。十年たって彼女はまだ二十七だ。生 人き生きとした、不器用な、欲望をもっていたあの健康な青年。その欲望を彼女はひどくきら つたものだが、今はどこにそれを見つけることができるだろう。それは男たちから失われて よろこ タ しまった。彼らは、マイクリスのような隣れむべき二秒間の悦びをもっているだけだ。血液 ャ チ を暖め、全存在を新鮮にする健康な人間らしい欲望は持っていないのだ。 しかもなお彼女は、自分のからだのいちばん美しいところは、肩の関節からなだらかに下 る横腹をへて、静かな丸い尻のところに達するあたりにある、と思った。それはアラビア人 がいう砂丘のように、長い傾斜をなして、柔らかく下方に伸びていた。そこにまだ生命が、 なにかを望みながら漂っていた。しかしその部分においても彼女は痩せて、成熟せずにしば みかけて見えた。 だがからだの正面は彼女を悲しませた。それはすでに痩せて、たるみはじめていた。そこ あわ しり

4. チャタレイ夫人の恋人

ばならん。一単位にして非有機体であり、等しく欠くべからざるさまざまの部分から成って いるもの、といえば機械のほかにない。各人はその機械の部分品さ。そしてその機械の動力 は憎悪 : : : プルジョアへの憎悪だ。僕はポルシエヴィズムとはそういうものだと思う」 「まったくそのとおりだ ! 」とトミ 1 が言った。「だが僕から見れば、それは工業の理想の 全体を完全に説明したことになるね。それは簡潔に言い現わされた工場主の理想だ。ただ工 場主は動力が憎悪だということは否定するだろうよ。だがやつばりそれは憎悪、生命そのも のへの憎悪だね。この中部地方をよく見たまえ : : : もしもそれがはっきりと描き出されてい 人 恋なかったら : ・ : だがそれは精神生活の一部分にすぎない。その理論的な発展だ」 人「僕はポルシエヴィズムが理論的なものだということには反対だね。それは大前提を拒否す イ る言い方だ」とハモンドが言った。 レ タ 「だが君、それは物質的な前提を許容する。純粋な精神も同じだけれどね : : : 、絶対的に」 ャ チ 「少なくともポルシエヴィズムは底の岩まで到達したね」とチャーリーが言った。 「底の岩だって ! 底なしの底だよ ! ポルシエヴィキは近い将来に世界第一の科学的装備 をした世界第一の軍隊をもっことになるね」 と 「だがこいつは続かないよ : : この憎悪というやつは。きっと反動がやってくるね : ハモンドが言った。 「だがわれわれはもう久しいあいだそれを待っていた : : : まだ待っている。憎悪というやっ はほかのものと同じに成長するんだよ。それは生活に、ある考え、つまり人間の最も深い本

5. チャタレイ夫人の恋人

引クリフォードはますます有名になり、金もはいるようになった。彼に、しにくる人か多く きようおう なった。コニーはほとんどたえずだれかをラグビ 1 邸で饗応していた。それらの人間は鯖で なければ鰊だった。ただたまになにかが混ってきたとしても、ナマズやアナゴぐらいのもの 」っ一」 0 きまってやってくる常連が何人かいた。クリフォードがケンプリッジでいっしょだった連 中である。軍隊にずっと残って旅団長になったトミー・デュークスがいた。「軍隊は僕に思 索する時間をくれるし、生活に骨を折らないですむようにしてくれる」と彼は言っていた。 人 恋星に関して科学的な文章を書いているアイルランド人のチャールズ・メイがいた。作家のハ 人モンドがいた。どれもクリフォードと同年配であり、現代の若い知識人だった。彼らはみな 精神的な生活を信じており、精神生活の完全性を守っていた。精神生活と関係ないことはみ タ しいことだった。だれも他人に向かっていっ便所に入るか な私事にすぎないので、どうでもゝ チ をたずねようとはしない。それは当事者以外の者には何の興味もないことなのだから。 したがって日常生活の大部分も同じことだ : : : 金をどうしてつくるか、妻を愛しているか どうか、女性関係があるかどうかということなどは。これらのことはすべて当事者だけにか かわることで、便所にはいることと同様、ほかのだれにとっても無関係なことだった。 「セックスの問題についての根本的な点は」と細君と子供が二人ありながら、タイプライタ ーを前に仕事ばかりしている、痩せて背の高いハモンドが言った。「それには中心点がない ということだ。ほんとうは問題というものがないのだ。われわれは便所の中の人間にまで関

6. チャタレイ夫人の恋人

オードと親友たちは反社会的ではなかった。彼らは多かれ少なかれ、人類を救うとか指導す るとかいうことを頭に置いていた。 日曜日の晩に、話はまた恋愛のことに戻ってきて、ひどく熱してきた。 きずな 「結びの絆に幸いあれ 我らの心をひとつにたばねるその絆に」 ( 訳注ジ「ン・フォーセット ・デュークスが言った。 あつれき 「この絆とはいったい何なんだろう。 ・ : 今われわれを精神的な軋轢の中でたがいに結びつ 人 恋けているこの絆は。そしてそれ以外にはほとんどわれわれを結ぶ絆というほどのものもない たがいに悪口を言い合 夫のだ。別れ別れになれば、世間のすべての知識階級人と同じように、 イっている。そういう点についてはみな同じことだ。だれだってそうなんだ。でなければ、わ タ れわれがてんでに、たがいに感じ合っているいやらしいところを隠して、甘い言葉を口にす ャ ぞうお チ る精神生活というものが、憎悪、消しがたい底なしの憎悪というものに根をおろしているた めに繁茂するというのは実に奇妙なことだね。それはいつだってそうだった ! プラトンの 描いたソクラテスとその仲間を見たまえ ! ことごとく険しい憎悪、だれかほかの人間をこ なごなに粉砕するときのはげしい喜びだけだ : : : プロタゴラスであろうがだれであろうがー けんか そしてアルキビアデスとかそのほかさまざまな弟子の山犬どもがその喧嘩に加わっているー ぼだいじゅ ブッダ 僕は菩提樹の下に静かに坐っている仏陀とか、すこしも精神的な火花を出さずに平和に弟子 たちに日曜の説教をしているイエスが好きだ。いや精神生活というやつには根本的に何かま

7. チャタレイ夫人の恋人

しい精力に満ちた木に生い繁った言葉ではなかった。それらはみな、不毛な生活から落ちて きた枯れ葉の群れにすぎなかった。 これに似たものはどこにでもあると彼女には思われた。テヴァーシャルの坑夫らはまたス トライキの話を始めていた。そしてコニーには、それもまたカの表示ではなくて、戦時に受 けたかくれていた疵が、徐々に表面に出てきて、不安からくる大きな痛み、不満から生じた 無感覚になってきているのだと思われた。その疵は、深く、深く、深くかくれていた : : : 虚 偽であり非人間的であった戦争のその疵は、深い底にかくれていたのだ。彼らの魂と肉体深 人 恋くひそむ疵の、出血から生じた黒い血のかたまりを溶かし去るには、何世代にもわたる生き 夫た血が必要だろう。そしてそのためには新しい希望というものが必要なのだ。 イ 哀れなコニーよ ! 年月がたってゆくにしたがって、彼女を冒していったのは、自分の生 レ タ 活の空虚さにたいする恐怖だった。クリフォ 1 ドと彼女の精神生活はしだいに空虚なものに ャ チ 思われてきた。彼らの結婚生活、完全な生活というものは、彼が言っていたとおり、習慣的 な親密さというものに基礎を置いていた。だがそれがまったく空白であり虚無であると思わ れるような日があった。それは言葉、ただの言葉にすぎないものであった。現実はただ空虚 だけなのだが、その表面が偽りの言葉でおおわれているのだ。 めすいぬがみ クリフォードの成功 ! あの牝犬神というものはあった ! 彼は今では有名人といってよ 彼の写真はいろいろなものに出ていた。 く、本を出せば千ポンドぐらいの金もはいってきた。 , ある美術館には彼の胸像があったし、肖像画を置いてある美術館も二カ所あった。彼はイ

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開いて見せる。それはとてもおもしろいことだった。だが何という冷たい精神だろうー 彼女はマイクリスを彼らよりも尊敬してい それにまたそれは彼女を少しいらいらさせた。 , すじよう たのだが、彼らは彼のことを、素姓も知れない野心家であって、教育のない最悪の成り上り 者として、聞くにたえない侮辱を加えるのであった。素姓が悪かろうが成り上り者であろう が、彼は思うだけのことをやってのけたのだ。幾万の言葉を費やして精神生活を語り、ただ どうどうめぐりをしている連中とはちがっていた。 コニーは精神生活というものが好きだったし、大きな喜びをそれに感じていた。だがどう 人 恋も少し度がすぎると彼女は思った。この親友たちの夜ごとのすばらしいつどい ( と彼女はひ 夫そかに言っていた ) のタバコの煙の中に坐っているのが彼女は好きだった。おしゃべりをす イ るにつけても、彼女がそこに黙って坐っていてくれなくては困るということが、ひどくおも レ タ しろく思われ、またそれに一種の誇りさえ感じていた。思想というものには大きな尊敬の念 ャ チ をいだいていた : : : それに少なくともこの男たちは正直に考えようと努力していた。だが彼 らの議論からは何ものも生まれてこなかった。彼らはみな同じように何かについて話し合っ ていた。だがそれが何であるかは、どうしても彼女にはわからなかった。それはまたミック にもはっきりわからないことだった。 だがミックの方は何かをしようなどとは思わず、ただ人生を乗り切ろうとしていた。そし 彼よまったく反 て他人が彼に押しつけようとするだけのことは彼も他人に押しつけていた。 , 。 社会的であった。クリフォードとその親友たちが彼を好かないのもそのせいだった。クリフ

9. チャタレイ夫人の恋人

上の技術的研究ははるかにおもしろいものであった。その領域では人間は、新しい発見と実 践に憑かれた神か悪魔のようであった。こういう研究では人間は数えきれないほどの高い知 能年齢に達していた。だがまさにその同じ人間が、感情的な人間的な生活のことになると十 三歳ぐらいの知能年齢で、まるで子供であることをクリフォードは知っていた。そのへだた りは巨大な、思いも及ばぬものだった。 だがそれはそれとしておこう。感情的な、《人間らしき》精神において、人間一般が馬鹿 になる傾向があったっていいじゃないか。そういうことはどうとでもなれだ。彼が興味をも 人 恋っているのは、現代の炭坑技術であり、テヴァーシャルを窮地から救い出すことだった。 人彼は毎日のように坑内に降りて行った。彼は研究した。総支配人、坑外支配人、坑内支配 イ 人、技師らを、夢想もしなかったような目にあわせた。カ ! 彼は新しいカの意識がからだ レ タ じゅうを駆けめぐるのを感じた。それはこれらすべての人間、幾百とも知れぬ坑夫らの上に ャ 彼ま発見しつつあった。ものごとを把握しはじめていた。 チ及ばされる力だった。 , 。 彼はほんとうに生まれ変わったようになった。新しい生命が、彼の中に湧き出したのだっ た。昨日まで、彼はコニ 1 といっしょに、芸術家として、意識過剰な孤独な生活の中でしだ いに滅びかけていた。もうすべてそういうものは捨ててしまおう。それを眠るがままに眠ら しめよ、であった。彼はただもう生命が石炭から、炭坑から彼の中に飛びこむように感じて いた。坑内の腐った空気ですら彼にとっては酸素よりも好ましかった。それは彼に力の意識 を与えた。力だった。彼は何事かをなしているのであり、またなそうとしているのだ。彼は 195

10. チャタレイ夫人の恋人

しまったのだが、今になってみてわかることは、自信をもち成功したいという人間の欲望が、 いかに強烈であるか、ということだね。この観念はあまりにも発達しすぎている。われわれ の個性と言われるものは、みなそういうふうに発展してきたものだね。そして君のような人 間は、婦人の援助があれば、もっとうまくそれをやりとげられると、考えている。だから君 は嫉妬ぶかいのだよ。君にとってはセックスはそういうものなんだ : : : 君とジュリアのあい だにある、成功をもたらす小さな発電機なんだね。もしも君が成功しそうもなくなれば、成 いろめ 功なんてことに縁の遠そうなチャーリーのように、君も女に色眼をつかうようになるさ。君 人 恋やジュリアのように結婚した人間というものは、旅行者のトランクのようにレッテルが貼ら 人れてるんだよ。ジュリアに貼られているのは、アーノルド・・ハモンド夫人 : : : 汽車に積 イ まれているだれかのトランクみたいなものさ。そして君のはアーノルド・・ハモンド夫人 レ ャ気付けアーノルド・ハモンドというのだ。まったく君の言うとおりだ。君の言うとおりだ。 精神生活というものには、気持ちのいい家庭とうまい料理が必要なのだ。君の言うとおりだ よ。それには子孫というものも必要だ。だがそれはことごとく成功の本能につながっている。 それはあらゆるものが回転する軸なんだよ」 ハモンドはすこしむっとしたようだった。彼は自分が精神的に潔癖であることと、世渡り 上手でないことを誇っていた。にもかかわらず、彼はやつばり成功をもとめていたのである。 「金がないと生活できないというのは全くほんとうだ」とメイが言った。「生活を維持して いくためには、ある程度の金はもたなければならないさ : : : 自由にものを考えるためにだっ しっと