粉飾決算をめぐるオプション発想 顧問先の会社で、先代の社長の「不正行為」が発覚したことがあった。 創業者の先代社長は、マスメディアを使っての巧みなキャンペ 1 ンで売上を伸ばした。だ が、現社長になって、売上のかなりの部分に問題があることが発覚した。売上とはいうもの の、数割が「返品自由」の条件つきである。また、ペ ・カンパニ 1 をつくり、その会 社が借り上げた倉庫に、売上を仮装した商品を移動していた。悪質な手口である。監査法人 も嫌気がさして辞任していた。 新社長が社内に調査委員会を設置したころから、先代社長の反撃が始まった。つき合いの あるマスメディアに反撃の記事を書かせ、役員の多数派工作を行い、 組合を懐柔にかかる 2 自分に「発想の自山ーを確保する、ーオプションは自由を意味する
たのは幼児や子供かなど、もろもろの状況によって、答えは微妙に変わってくる。 詳しい事情がわかれば答えは出しやすい。だが、この場合は設問自体が曖味なため、答え も多様になってしまう。 つまり、この設問は、 的な回答ができるほど十分な事実を開示していない。有罪か無 罪かを判断するのに州加聞調いみ・だがら、さらに詳細な事実の調査をしなくては結論 は出ないのである。 しかし、実務では、十分な情報のないまま回答をせざるを得ないことが多い。従って「具 体的状況により、有罪も無罪もあり得る」とする経験一〇年以上の弁護士の意見も、実際の 役には立たない。銀杏を拾った場所、拾った量を仮定した二 5 三の典型例をあげ、有罪と無 罪を論じればさらによいであろう。 たとえば、次のように分けて考える。 ①境内で大量に拾った場合 ②境内でごく少量を拾った場合 ③境外で大量に拾った場合 ④境外で少量を拾った場合
ところが、日本企業はそもそも立ち入り調査権などの考えになじんでいない。 条文を入れることにしばしば拒絶反応を示す。 日本企業同士のライセンス契約でも同様である。ライセンサーの立ち入り調査権などをド ラフト ( 草案 ) に入れると、相手から感情的な拒否反応が返ってくる。ライセンサー自身が、 と言い出す始末である。ライセンシ 1 が虚偽のロイヤリティ 「そこまで入れなくても : ー報告書を提出した場合、検証手段がなくてどうするのか、という発想がまるでない。 裁判という強制力に裏打ちされない契約は、紙切れにすぎない。そのような契約の履行は、 相手の善意に頼るほかはない。善意に頼るのなら、はじめから契約などいらないだろう。 英米の弁護士にとっては、誠意協議条項は不可解なだけではなく、非論理的でもある。 & < の情報戦 >od< ( 企業の合併、買収 ) の場合、デューデリジェンス (due diligence) といって、買収 する相手企業を事前に調査する。 相手の信頼性を調査するのは、建前としては、「相手を信用すれども、検証する」という ことであるたか、 。。 ' 、英米企業の本音は「信用できるかどうかわからないから検証する」「信 このよ、つな
無、所有者の確認、投資の形態 ( 土地保有会社を設立するか否か ) 、関係税法の調査など、膨 大な作業が必要である。 調査には数カ月かかったが、よい物件が見つからない。こんな思いっきの指示がうまくい くわけはなく、うやむやのうちに幕切れとなった。専務の指一小は、社内に多くの混乱をもた らし、会社は調査のための多額のコストを負担することとなった。 ②フィリピンの会社買収 社長から「フィリピンの取引先の株を今週中に買ってくれ。価格は三億円以内ーとの指示 が法務部に下された。ここ数年取引している相手だし、創業者は株を売りたがっているから、 簡単に買えるはすだというのである。 しかし、五日内に買収するのは手続き的にも無理である。取締役会の承認がいるし、フィ リピン政府への手続きも必要である。相手の財務内容はまったく不透明だし、簿外債務、裏 保証もありそうだ。従業員のモラルは落ちているようだし、訴訟も数件抱えているらしい 確認すべき点は多い。 財務調査をしたところで、相手は裏帳簿を見せるはずがない 「三億 円くらいは安い買い物」というのは安易である 法務課長が「五日以内に買収は無理です。最低二カ月は必要です。買収の仮合意書なら可
用できないから検証する」に近い ところが、日本では買収する際に、相手の詳細な調査をする習慣がなかった。「トップ同 士がよく知っているから」とか、「業界第二位に浮かび上がる」「自分が新会社のトップにな れそうだ」というような思惑が優先した。だから、買収してみたら予想以上に相手の財務状 態が悪かったり、深刻な訴訟を抱えていて、予期しない事態に直面することもまれではなか ったのである。 そこに英米流のデューデリジェンスがもち込まれて、様相は一転した。具体的に相手企業 るの価値を把握しないことには、よい買い物はできない。買ってみたら傷物だったから返す、 す A 」い、つわ亠ノこよ、、 。 ( ( し力ないのである 選 相手企業の現状をできるだけ正確に把握し、それを評価した上で、買収するか否か、買収 価格をどうするかなどの買収条件を決めるようになった。 拠 根 話調査する項目は、従って、一般的な資産や財務の調査だけでなく、多岐にわたる。 嶂①不良在庫はないか 第 ②簿外負債はないか
カーソンが調査を始めたとき、このような食物連鎖や生物連鎖は知られていなかった。ま さか因果が殺虫剤まで行きつくとは予想もしなかった。 カーソンがいかに繊細な感性をもっていたかがわかる 『沈黙の春』に衝撃を受けたケネディ大統領は、科学諮問委員会に調査を命じ、八カ月後、 委員会は農薬企業と農務省を批判する調査書を公表した。『沈黙の春』は文明諸国に衝撃を 与え、自然保護と環境保護運動の先駆となった。一〇年後の一九七二年、アメリカは有機合 成殺虫剤の使用を全面的に禁止した。 目の前に生起する現実の中には、目をこらさないと見落としてしまう小さなシグナルが埋 め込まれている。 将来を洞察するのにシグナルを読むことは決定的に重要である。だが、現実にはシグナル に気づく人と、気づかない人とがいる。シグナルを感受するには研ぎ澄まされた五感 ( 小さ な感覚 ) が必要である。そのことを私は『沈黙の春』から学んだ。 ◎ , ーー合理的思考も感性が支える 母のマリアはカーソンに、自然の美しさや神秘を観察することを教えた。地球上のあらゆ 208
点セットの調査は、その他の不正行為を推測するシグナルである。 最初の相談の時点で、若手と私とでは、この案件がどう展開するかについての見通しが異 なる。若手は「アルバイトは就業規則違反か否か」の視点から考えるが、私は「この事件の 根はもっと深い、ほかにも不正行為をやっているに違いないと当たりをつける。 調査の力点の違いにより、表れてくる事実は大幅に異なってくるものである ◎・ーー水山の一角と全体像 では、若手の判断と私の判断の違いはどこからきたのであろうか たまたまわれわれが入手したシグナルは、氷山の一角にすぎない。当初から全体像が表れ ることはまずない。そういう基本的な認識が違う。 第一に、週末に、個人のパソコンで、個人のメ 1 ルアドレスを使ってアルバイトするのと、 週日に、会社のパソコンで、会社のメールアドレスを使って販売をするのとではまったく意 味合いが違う。 週日にアルバイトをすれば、昼休み時間中だけに限られないことは火を見るより明らかで ある。 216
るにすぎない。泥棒は目先のことしか考えず、悪事をしたら罰せられることも予見できない が、泥棒はたとえ話にすぎない。アランは物事の筋道を考えて思いめぐらす人が少ないこと を、泥棒に託したのであろう。 ◎ーーー思いっきで未来を台なしにする人たち ほうふつ アランのいう警視総監を彷彿とさせる話がある いずれも日本の一部上場企業の例である。 る①タイの土地購入 す専務から「タイの土地を三週間以内に買う」との指示が企画室に下った。「工場を建てる 選ために土地を買う必要がある」。 亠ま だが、今まで誰も下調べの指示を受けていない。ライバル・メーカーがタイに進出するの を 根で、専務は先手を打ってタイに進出するつもりらしい の しかし、日本でも二 5 三週間で工場用地を買うのは無謀である。外国では権利関係も複雑 嶂で、政府の規制も簡単にはクリアできない。電力、通信、水道、道路などのインフラの調査、 第 国や地方自治体の土地利用の規制、土壌汚染の調査、土地面積の測定及び確定、担保権の有 1 一口
のでしようか」というのが相談だった。 こういう相談を若手に任せると、たいていつぎのような助言をする。 ①同僚数名から、もっと具体的な証言を集めること。いつごろ、どんな内容の画像を見てい たかをできるだけ具体的に聞きとる ②その上で、本人に事実を確認する ③就業規則では社員のアルバイトを原則禁止しているが、昼休み時間中のことなので懲戒処 分にできるか否かは微妙である る え 植 しかし、私が助言する場合は違う。同僚からの聞きとりだけでなく、念のため、つぎの三 庭点セットの調査を行う。 来①交際費をあらう を ②出張費をあらう の③社用のパソコンや携帯電話の使用歴をチェックする 日 今 これが不正調査の出発点である。出張報告書、交際費報告書に添付された領収書をあらう 章 と、白紙の領収書に本人が金額を書き込む例がしばしば発見される。社用のパソコンを私的 第 な娯楽に使っている例や、社用の携帯電話でゲ 1 ムをしている例は枚挙にいとまがない。 215
バル化の時代になぜすぐできないのだ。仮合意書で 能ですがーと上申すると、「このグロー は不十分だ」と叱責が返ってくる。 だが、これは社長に非がある。健全な会社かどうかを調査せすに買収価格が決まるはずは ない。今のトップ同士の友好関係も、三年後には変わっているだろう。そのときにビジネス 目の前のプロジェクトに夢中になるから、一歩踏み はどうなるか、そこまで考えていない。 とどまって将来を考えることができない。 、つよ、ごよ′、せつ 紆余曲折の末、数カ月を経て結局五億円で買収することに落ち着いた。しかし、帳簿が るまったくでたらめで、取引先の会社に五億円の価値があるかはきわめて疑わしい。紛争の火 す種は先送りされたままで、数年後に問題が顕在化するだろう。 選 あえて行動しないことの大切さ 亠よ を 拠 根 以上の例は、トップが相手や相手国の事情をまったく考慮しない点で、驚くほど似ている 話まず関連する事実を調査し、それから具体策を検討するのが筋である。 、トップが方針を最初に決めてしまえば、それが唯一絶対になってしまう。 第 海外がらみの事案を二週間 5 三週間の短期で処理できるわけはない。だが、思い込みや意