「ま、待ってくれ ! 」 ケツをまくって上司が狼狽すれば、これは気分がいい だが、ケツをまくることのできる部下は少なく、引き止める上司となればもっと少ない。 だから、じっとガマンをする。 「キミの営業成績は今月も最下位じゃないか」 「申しわけありません」 「私にペコペコやったって売り上げは伸びないんだよ」 「来月は必ず」 「ロは重宝だねえ」 「てめえ ! もういっぺん言ってみやがれ ! 」 とケツをまくる度胸はもとよりなく、「すみません」「申しわけありません」と、お詫びの 常套句を交互にロにし、ひたらすら″米つきバッタ〃になってしまう。このときは必死で、 怒る余裕はない。 怒りが沸々と湧き上がってくるのは、事態を何とか回避し、一段落してか らである。「俺だって足を棒にして営業しているんだ」「なんでえ、課長の野郎、エラそうに おきび くすぶ しやがって」 飲んでも酔えず、怒りは熾火のように心の奧底で燻ることになる。
わけである。 「悪いけど、三年ほど地方支社で辛抱してくれないか」 上司が部下に言う。 「島流しですか」 「悪いようにはしない」 「呼びもどしていただけるということですか ? 」 「悪いようにはしないと言ってるじゃないかー 私の口からそこまで言わせるのか ! 」 「申しわけありません」 かくして部下は、「悪いように」の中身を自分の都合のいいように推測し、納得して左遷 されていくことになるのだ。 抽象論で責めれば相手は逃げられない ミスしておいて、反省の欠片も見せない。 146
という批判になってしまう。 それで兄イはあせり、 「ま、ほどほどにな」 とか何とか言い置いて、その場を急いで立ち去ったのだと君が笑う。 この手法は大いに参考にすべきだ。 「まったく、近ごろの若いャツは、挨拶もろくすっぽできやしない」 とイヤ味を言われたら、 「申しわけございません。礼儀については、新人研修で専務からさんざん叩き込まれたので すが、私が至らないばかりに : : : 。決して上司の指導が足りなかったのではなく、私が悪い のです」 こう切り返せば、 「おいおい、私はキミの上司を批判しているんじゃないんだよ」 相手はあせることになるのだ。
「いえ、そういうわけじゃ」 「じゃ、どういうわけだ」 「申しわけありません」 と一歩引いたので、 「いまから急いで書いてタ方までにメールで送るから」 私も一歩下がると、 「よろしくお願いします ! 」 け彼の弾む声を聞きながら、「怒り」は変化球でストライクを取ることによって人間関係は ぶうまくおさまるということを、私は再認識したのである。 で 球 変 答えず、怒らず、話術で矛先をかわす は 怒 3 「どっちなんだ ! 」 第 傲慢な態度で返答を迫られ、
侮辱の言葉を言われたら″冷静に″怒れー 「バカ野郎ー おまえの頭は蟻の脳ミソか ! 」 上司に罵倒されて平静でいられる人間はいない。 「申しわけございません」 と頭を下げつつも、 ( そこまで言うか ! ) はらわた 腸は煮えくり返る。 仕事のミスは自分の責任だ。それはわかっている。だが、寝食を忘れて頑張ったことを上 司は知っていながらバカ呼ばわりするのか。 ( 倍返し、いや十倍返しだ ! ) 半沢直樹の決めゼリフが脳裏をよぎることだろう。「失敗すれば部下のミス、成功すれば 自分の手柄」というのが身勝手な上司の保身術で、こんな上司に仕えている限り、何度も煮 あり
たとえばガンガン叱責しておいて、 「次から気をつけろ ! 」 「今回だけは目をつむってやる」 「今度、ドジを踏んだら指詰めだぜ」 と、叱責のトドメを刺すのは三流。 「申しわけありませんでした」 や、悪いとは と殊勝に謝っては見せるが、本心から「自分が悪かった」とは思わない。い 思っても、頭ごなしに叱責されたという恨みのほうが強くなる。だから三流というわけだ。 一流は、頭ごなしに怒るところは同じであっても、そのあと、たとえばこんな一語をつけ くわえる。 「おめえらしくねえな」 と自尊心をくすぐるか、 「ドシ踏んだことを怒ってるんじゃねえ、怠慢を怒ってるんだ」 といったレトリックで、怒鳴られて当然という気にさせるか。どっちに転んでも、限みは 残らず、 132
第 4 章部下の心を操る一流の怒り方 「どうとおっしやられましても : : : 」 ロごもればあせり、あせれば自分がとんでもない過ちをおかしているような気分になって くるのが人間心理で、最後は「まことに申しわけございませんでした」と深々と心から頭を 下げることになるのだ。 「何イ、契約がとれなかっただと ! 」 このあとに続く怒りの言葉は、 「いったいどんな営業をやっているんだ ! 」 というのではなく、 「キミは営業を何と心得ているんだー いまここでハッキリ言ってみたまえ ! 」 と抽象論で責めるのが、一流上司の怒り方なのだ。 ニ者択一で迫るウラ社会の心理術 「すみませんでした」 1 5 1
とやったのでは、支配人を攻撃することになってしまう。 ひ そうなれば支配人も、おいそれと退くわけにはいかず、 「ご予約の早い方から窓際の席をご用意させていただいております」 とか何とか反論するだろう。 ところが「この野郎は」と限定すれば、「悪いのはマネジャーで、支配人のあんたは悪く ない」ということになる。となれば、支配人は安心してマネジャーに非をおっかぶせ、一件 落着にしようとする。この心理を読んで、幹部は「この野郎は」と限定してクレームをつけ けたのである。 ぶ「申しわけないことをしました」 で 頭を下げる支配人に、 刻「わかった」 幹部は小さく笑って見せ、 怒 「お宅はさすがに話がわかる。実は、この店のサービスは素晴らしいと聞いてきたんだ」 章 「恐れ入ります」 第 支配人は恐縮しつつ、ワインを一本サービスした。
んじゃ」 「たいしたこと考えちゃいないスよ」 と切り返していたら、 「このガキ、いい根性してるじゃねえか」 と脅されていただろう。同門ゆえ、兄貴分に言いつけられでもしたら、ヤキが入ったかも 術 戦しれない。ウラ社会では、上の者に対するイヤ味と軽ロはヤバイのだ。 返そこで君は頭を下げ、こう言ったのだ。 しつけ 立ロ オヤジ 「申しわけありません。組長の顔に泥を塗ってしまいました。躾は厳しくされているんで る 。決してオヤジが悪いわけじゃありません」 すが、自分が至らないばっかりに 黙 これには、ロうるさい兄イもあせった。君は「茶髪Ⅱ組長の躾がなっていない」という を 相図式にして切り返したのだ。 っ この図式でいけば、 カ ム 「なんじゃ、その頭は」 章 という叱責は、 第 「組長はどんな躾をしとるんじゃ」
やから こんな輩ほど腹立たしいものはない。 つらしょんべん 「ああ言えばこう言うで、カエルの面に小便ですよ」 と、某週刊誌の編集長が嘆く。 事件取材でライバル誌に抜かれ、 「何やってるんだ ! 」 と担当者を叱責したところが、 「しようがないでしよう。当事者に取材拒否を食らったんですから」 方 平然と答えたため、それ以上、怒りの言葉が出てこなかったのだという。 怒 の あるいは、知人の某作家が夫婦で老舗の温泉宿へ泊まったときのこと。仲居さんの接客態 流 おかみ る度が悪かったため、女将にクレームをつけたところ、 を「それは申しわけございませんでした」 の 態度こそ丁重だったが、反省はまったく感じられず、うまくいなされてしまったと憤る。 下 部 これらは一例だが、編集長も作家も″責め方〃がヘタなのだ。「何やってるんだ ! 」とい 4 う叱責も、女将へのクレームも感情的になったもので、怒りがまったくコントロールできて 7 第 いない。だから、かえって″責め〃になっていないのだ。