置によって、老いとは別の覚悟が必要になってくる。老いは受け入れれば ) って勝たなければならない。負ければ死と直面する。 その舞台になるのが病院。この章は、その「病い」についての言葉から。 「癌の告知の是非といいますが、告知してもいい人と、告知してはいけない人の問題で、 是非で論じてはいけません」 ☆さらに言えば、告知できる技術をもった医者が、告知されても受け入れられる能力を もった患者とめぐり逢ったときだけに限られるべきだ。 また、「告知」という言葉もどうかと思う。「宣告」とか「判決」に近い、優しさのな い用語である。しかも、日本の場合、患者当人よりも、なぜか家族に告知する例が圧 倒的に多い。 「そういうわけで、御当人に伝えますか ? 」 これは間違っていると思う。当人に 相談して、「御家族に伝えますか ? 」というべきだろう。そして「告知」の技術が幼 ししか病いは闘
父 永仲間同士で、ガンを告知されたらどうしようって話したことがあるんです。皆が一致 しいだろう。そのうえでどう対応するか、 したのは、告知されたほうが、されないより ) と。まずはびつくりするだろう。そのあとに、急に腹が立ってくるに違いない。なんで 俺がガンなんだって。きっと家族やなんかに八つ当たりして怒りまくるだけ怒っちゃう。 そして怒り疲れて、今度は泣きながら落ち込んでいく。どんどんどんどんね。もう自殺 を考えるところまで行っちゃったほうが、そのあと一歩ずつでも、もう一度生きる気力 か湧いてくるのにはいいんじゃないカ 、とそんな話をしました。 ガンの告知、告知といっているわりには、それをどう受け止めればいいのかという肝心 な部分が、医療の側に欠けているような気がするんです。 山崎ほくらはガンを治らない場合にも伝えていますし、治る場合にはもっと多くの人に 伝えていますけれど、いずれの場合も、まず最初の反応は驚愕ですね。ただ、ある程度 自覚症状のある方の場合には、やつばりそうだったか、と納得されることもあります。 そして、その場で泣き出す人もいますし、その場は淡々としていても家に帰ってか 169
Ⅱ病い 「癌の確率は四人に一人とかいいますけどね。 当人にとってみればゼロか百なんですよね」 「乳癌だけです、自分が第一発見者になれるのは : ・ で触診して異常を発見して下さい」 稚な現実もある。宗教的な背景の有無は別にして、医者たるもの、心優しく現実に立 ち向かう学習をしてほしい。 告知に耐えられる患者。 告知ができる医者。 この両者の関係が成立しないところで、するべきか、どうかと論議されているような 気がする。 ・ : 。だから、自分の乳房を、自分の指
Ⅳイ中間 んがいるから「おじいさん、映画終わりましたよ」って肩を叩くともう死んでいるとい うのが夢だって。 無着でもそうなった後は大騒ぎになるでしようね。殺人事件じゃないかとか、毒を飲ま されていないかとか。そういうふうになりますから、人がいたところで死んだ方かいし んです ( 笑 ) 。 〇 永ところでガン告知の問題がありますけど、淡谷さんは告知された方がいいですか ? 淡谷してもらいたいですね。 永あと何カ月なら、あと何カ月と ? それじゃないと、ちょっと疑わしいから、自分で悩むんじゃないですか。何 火灰犬口ま、。 でもはっきりしたいのね、私は。 山崎医療の現場でも、少なくとも皆さん健康な時には知りたいとおっしゃいますね。で も家族の方が反対しますから結果的には : 永あれは家族が反対したら、当人には言ってはいけない決まりか何かあるんですか ? 141
父 この対談をきっかけに、山崎先生の桜町病院におじゃましてホスピス病棟で話したり、淡 谷さんのシンポジウムに出演していただいたりという交流が続いている。 一九九四年、桜町病院はホスピス病棟が増床される。 一九九三年の暮れから、「癌」を公表して亡くなったアナウンサーの、告知と手術をめぐ ってマスコミがそのトラブルを伝えた。公表の方法や病状の発表など、ワイドショーの肴に された点が不幸だった。 あれでは「癌」という病気だって迷惑である。 「癌という病気になってよかったと思う。だって死期か近ついているのがわかるというの は、生き方として明るいし、正しいですからね」、そう言って亡くなった若い新聞記者がい た。家族も友人も冷静に彼の死を看取った。 死を 9 アナウンサーも新聞記者も友人だが、両方ともよくある話である。ただ病いと闘い、 ゞ、、。おだやかであるべきである。死後、 迎え、その死を悼むとすれば、何より静かな方力しし
山崎それは、医療側というよりも、むしろ患者さん一人一人に関わってくる問題でしょ う。例えばガン告知の問題にしても、本人が自分の病気を引き受けて生きていくという 姿勢を、家族や医師に伝えるようになってくれば変わっていくと思います。 〇 永先日、日本のお年寄りとアメリカ、イギリス、ドイツのお年寄りが、最後の時に何に 頼るかというアンケートを見たのですが、海外は宗教、これが五〇 % でした。ところが 日本は半分以上財産なんですね。それから友達とか家族とかが並んで、信仰・宗教とい うのは全くないといっていいほどで、四 % そこそこでした。この違いというのは、死を 前にしている現場でお感じになりますか。 山崎まず、財産では救われませんね。それから医療だけでも救われませんが、かたい信 仰をもっている人はそれで救われると思います。しかし、日本人は信仰をもっていない 人がほとんどです。結局、患者本人と周りの人たちとの深い友情関係によって出てくる 「愛」の世界によって救われるのではないでしようか。愛の世界というのは宗教に共通 するものですよね。 132
Ⅳ仲 一九九四年一月二十一日、義父酒井祐治が亡くなった。 郵政省で監察局長を最後に退官し、それから弁護士の資格をとって、成田闘争では過激派 の弁護にまわった明治の人だった。 死亡記事はジャン日ルイ・バローと並んでいた。 この義父の場合、一月二十日前後という死は的確に告知されていた。家族は、それなりの 覚をしながら死を迎える準備ができた。医者の言った通りに、大往生。 こうして予告される死に対して、突然、という死に方がある。戦争であったり、事故であ ったり : 。当人も家族も準備のないまま死が訪れる。 坂本九がそうだった。 九は一九八五年八月十二日、航空機事故で死んだ。ようやく四十代半ばにさしかかろうか 間という歳だった。 しかも遺体確認ができない状況ともなると、家族はなかなかその死を信ずることができな から 戦争中に空の遺骨箱を渡された未亡人の思いも同じであろう。 事故直後、私は遺族と一緒に、九が死んだ御巣鷹山へ登った。 ) 0 101
うのは決して死ぬ場所ではなく、最後まで生きるところなんです。だから、ホスピスの 考え方でいけば、淡谷さんのように舞台の上で歌を歌って最期を迎える、というのは非 常に自然なことだと思いますね。 永僕が山崎さんの言葉で忘れられないのは、医療の中にやっとターミナル・ケアが認め られてきたというよりは、ターミナル・ケアの中に医療がなきゃいけないんだというお 考えです。まさにそのとおりだと思うんですよ。でもそうすると、見送り方のセレモニ ーなどいろいろな問題がありますよね。行政はそのことにどう対応しているのですか 山崎今、流れは非常に小さいですけれども、さまざまな検討がなされています。十年か かるか、一一十年かかるか分かりませんが、ホスピスのようなところで最期を迎えるほう が、病院で意味のない治療を受けて頑張るよりはずっと人間らしいという考えが定着す るでしよう。見送る側も、見送られる側も、そこで人間的な交流を残せるんですね。 間永ガン告知の問題などもありますし、僕ら患者側からいうとまだ頼りにならないという か不安なんですよね、病院全部が。医療転換期だということは分かるけれども、どこか 安心して任せられないというこちらの不信感はお医者様として感じますか ? 誰もが安 Ⅳ 心して死にたいように死ねる環境というのかこの国ではできるのでしようか 131
大往生永六輔著 I S B N 4 ー O O ー 4 5 0 5 2 9 ー X C 0 2 5 6 P 5 8 0 E 定価 580 円 ( 本体 563 円 ) 9 7 8 4 0 0 4 5 0 5 2 9 9 大往生 ーし力ない。それなら、 人はみな必す死ぬ。死なないわけにま ) 、 人間らしい死を迎えるために、深刻ぶらすに、もっと気楽 に「老い」「病い」、そして「死」を語りあおう。本書は、 全国津々浦々を旅するなかで聞いた、心にしみる庶民のホ ンネや寸言をちりばめつつ、自在に書き綴られた人生の知 恵。死への確かなまなざしが、生の尊さを照らし出す。 岩波新書から 老いと健康吉川政己著 医者と患者と病院と砂原茂一著黄 生と死の心模様大原健士郎著 信州に上医あり南木佳士著 ー若月俊一と佐久病院ー がん告知以後季羽倭文子著繝 永六輔著 大往生 1 9 1 0 2 5 6 0 0 5 8 0 1 140 岩波新書 329 岩波新書 329
秋山裕一 日本酒 自然科学Ⅲ 小鳥はなぜ歌うのか小西正一 生物進化を考える木村資生孤島の生物たち 野幹雄生命とは何か 岡・鎖目訳 岡田節人 高橋裕からだの設計図 都市と水 栽培植物と農耕の起源中尾佐助 林博神経内科 がんの予防 山田吉彦 小長谷正明ファープル記 ゝポルトマン 林博 がんの治療 人間はどこまで動物カ高木正孝訳 尾山カ 痛みとのたたかい 時実利彦 人間であること 吉川政己スポーツと健康石河利寛 老いと健康 時実利彦 脳の話 柳田友道干潟は生き・ている栗原康 うま味の誕生 よ リ、ビリテーション砂原茂一 藤田恒夫ノ 書腸は考える 星野一正医者と患者と病院と砂原茂一 波医療の倫理 岩 浜田茂幸 現代ウイルス事情畑中正一虫歯は ど、つしてできるか 胃がんと大腸がん榊原宣 神山恵、三 森の不思議 山内逸郎 未熟児 Z << と遺伝情報三浦謹一郎 ポケの原因を探る黒田洋一郎 山内逸郎 新生児 タバコはなぜ 林貞作 宮里勝政ゴマの来た道 やめられないか つくる漁業佐藤重勝 今堀和友サケー 老化とは何か への挑戦 季羽倭文子 がん告知以後 アレルギ 矢田純一 シュレーディンガー (M) ( 1995. 3 )