た。でも恨めしく思ったのは、そんな男に夜を、眠って過ごしてしまうのがもったい 「なあに、それ ? 本気になった自分の愚かしさだ。だから舞ない気がして。でもこのままでは、明日の舞子がくすくすと笑いながら、先を促し 子に捨てられた男たちが、わたしのもとへ仕事は辛いことになりそうだった。 てきた。見えはしないけれど、彼女がどん と許しを乞、ってきたことがあっても、もう 六畳の寝室には大き過ぎるダブルべツな顔をしているかはわかっていた。いっか 相手にする気も起きなかった。所詮はそのド。結婚していた頃に住んでいた部屋のものように興味深そうに目を輝かせて、大き 程度の男でしかないと、彼女が教えてくれのは、ほとんどそのまま道彦にあげてしまな瞳の中で何かを揺らして。 たのだ。そんな男にあなたは渡さない、 ったが、 唯一これだけは引き取ってきた。「えっと : 、わたしと同じ課の、八歳下 と。そんな彼女のわたしに対する執着を、わたしの匂いが色濃く残っているものは、の子なんだけどね。とても真面目で優秀だ いとおしくさえ思った。 きっと舞子も使いたくなかっただろうか けど、ちょっと融通の利かないところがあ 次第にわたしは男を作るたび、彼女が奪ら。 って、最初はよくぶつかってたりもしてた いにやって来るのを心待ちにするようにも「ねえ : ・ : ・君香 の。だから向こうもわたしのことがずっと なっていった。今度はどんな風にわたしか闇の中で、背中合わせのままで、舞子が気に入らなかったみたいなんだけど、この ら奪ってゆくのか、どんな手管で男たちのわたしを呼んだ。 間彼の出した企画をあと押しして通してあ 無様さをさらけ出してくれるのかと、いつ「あなたはもう、結婚しないの ? げたことがあって」 の間にか楽しんでさえいた。そうやって彼「さあ、どうかしらね : : : するかもしれな 一緒に遅くまで残業して細部を詰めて、 女がわたしを独り占めにしようとするのいし、しないかもしれない 全部彼の名前で上に提出した。別に恩を着 を。彼女の純粋で剥き出しの欲望を。わた しごく曖昧な物言いなのはわかっているせようと思ったわけではない。 一応わたし人 しは、いっそ美しいと感じていたのだ。 が、こればかりはそうとしか答えられなかは課長なのだから、部下の手柄は自動的に村 った。さすがにもうすぐ四十ともなれば、わたしの実績にもなる。わざわざ自分の名 相手も限られてくるし。 前を入れる必要がなかっただけだ。けれど 「しようかな、って考える相手もいない ? 彼は、それを何か違う形に受け取ったようら 深夜を過ぎても、舞子は寝付けないよう わたしは少しだけ迷って、それから打ちだった。 だった。暗闇の中でも、それは気配でわか明けた。 「そのことをずいぶんと感謝されちゃって る。それをわかっているわたしも、同じよ「実は会社の後輩くんがね、ちょっとわたね、それ以来 : : : わたしを見る目が、なん うに眠りに就けずにいた。このまま最後のしのことを気にしてるみたい だかね ,
まっちゃ、つじゃないですか」 場面が変わる。シュンスケはまた、遠く 「たぶん、辞退することになるってさ」 から試合を見ている。心臓の鼓動が早くな 嘘だ ! と、菜々美が泣きだし、その場 る。応援しているチームのフォワードが、 にしやがみこんだ。彩子も、目の奥がっ スロ シュートを放った。心が躍る。だが、 ん、と引きつり、顔が紅潮していくのがわ水が流れる。彩子は、手を洗う。 ーモーションのようにゆっくりと飛んでい かった。 父親に「汚いと言われた彩子が、洗面くボールは、ゴールポストに直撃する。あ 「嘘ですよね ? 」 所に向かおうとして踵を返すと、目の前と、十センチくらい右にずれていたら、間 「さあなあ。でも、タバコの燃えカスみた に、 1 という数字の書かれた、シュンスケ違いなく決まっていただろう いなのを目の前に出されてさ。もう、頭つの体があった。思わず手を前に出し、ぶつ悔しい、辛い。 から犯人扱いだからな。なんも言えねえからないようにする。手が、シュンスケの 心臓に爪を立てるような痛みを感じなが よ 体に触れた瞬間、不思議なことが起こつら、最後に見えたのは、ユニフォームだ。 「だって、先輩が喫煙なんかするわけない 背番号が書かれていない、無地のユニフォ じゃないですか ! 」 言葉では言い表せない感覚。無数の映像 ーム。アイロンが押し当てられる。背番号 「まあな。そりや、タバコなんか吸わねえがぐるぐると頭の中を巡り、同時に、感情川番。 よ。走れなくなっちゃうしな。でも、俺がそのものが、彩子に流れ込んでくるようだ 彩子の頭の奥に吸い込まれるようにし 吸わねえってことはさ、・俺か、神様にしかった。直感で、これがシュンスケの記憶やて、脳内に渦巻いていたものは、姿を消し わからないんだよね 感情なのだ、ということかわかる。 た。目の前には、シュンスケが立ってい みんなに申し訳ないな、と、来栖先輩は映像は、断片的なものだ。サッカーポー て、おい、大丈夫か ? と、屋訝そうに彩 ため息をつき、じゃあな、と、弱々しく手ル。それを蹴る足。小さい足だ。やがて、子を見ていた。 はつらっ を振った。いつもの、漫溂としていて、自中学か、高校の部活動のような風景が見え大丈夫、とだけ返して、彩子は洗面所に 信に満ち溢れた来栖先輩の姿は、どこにもてきた。目の前で、試合が行われている。閉じこもった。今見たものが、いったい何 なかった。 だが、シュンスケは、それを少し離れたとなのか、何が起きたのかがわからなかっ 「ねえ、アヤ」 はっきりとわかったこともあ ころから見ている。ピッチの中には、背番たたカ る 「なに」 号川をつけた選手がいた 、」 0 「助けてよ、超能力者 ! 」
「まあな」 て、その中のユニークな知識を解説してく り朝早く家を出て行く。 ださい 確かに私はこだわり過ぎている 「頑張ってね」 「でも落語は笑えるわねー 「たくさんあるなあー 「大丈夫だよ。帰りはちょっと赤羽へ寄っ 「落語はすごいよ。ストーリー の宝庫だ」 「スタジオは川口のほう。遠いけど、いてくる」 「古いこと、いろいろ教えてくれるしね」 「あ、そうね。お義姉さんによろしく 「それもある」 「車で行きますから 「わかった」 妻の従弟にテレビ局で教育番組を制作し「地図を描くからー 話は少し遡るが、私は大学を卒業するま ている雨宮さんがいて、彼は私のよき理解と、すぐに具体的な話になった。 で赤羽の家に住んでいた。ときどき祖母ち 者だ。一月ほど前のこと、 「若い人相手だから、らくな服装でー ゃんを迎えていたのもここである。私が研 「落語に含まれてる有益な知識、高校生く 「ネクタイなんか、なし ? 究所に勤め、兄が結婚し、父が亡くなり、 らいを相手に話してくれませんか。このと「もちろん。そうしてください 私は住まいを東京へ移した。赤羽の家屋敷 ころ若い人たちに、お笑い、はやってます妻に話すと、収録の前日になって、 は兄が半分ほどを相続し、家族ともどもず から 「これ、着てって。私からのプレゼント。 っと暮らしていたのだが、遠からす大がか 「ええ ? お祝いよ りな区画整理が始まるらしい しろし 「落語家とはべつな立場から : 「なんのお祝い ? 」 「売るぞ、家も土地も」 ろおもしろいことあるでしよ」 「テレピ、初出演でしよ」 「家はいくらにもならんでしょ 高 田 私の日ごろの雑談に興味を示してくれ「大げさな」 「もちろん」 刀 すてきなシャツを贈ってくれた。べージ その兄は名古屋に本社のある家電メーカ阿 「そりや、ありますけど ュの長袖で、襟と袖ロと、それから左の胸 ーに勤めているから、ゆくゆくは名古屋に一 て 「本気で考えてください」 ポケットが、美しい茄子紺に染まってい住まねばなるまい。兄の妻が、 し 「はい」 る。とてもシックなデザインだ。 「土蔵にあなたのほしいもの、残っている妖 て 「来月あたり でしょ 「いい男に映るわよ」 し 「いいですけど。どうすればいいんです「上等、上等」 私に言って寄こしたのである 怪 おおいに気に入った。 「ないよ」 「二十分の番組。おもしろい落語を紹介し収録は土曜日の午後四時。妻はいつも通「本なんか、本棚にいつばい並んでいるわ ねえ
「 : : : ふうん」と答えたきり、舞子はしば「ええ。知らせるわ、きっと」 のくように離れて、そしてどちらからとも らく黙り込んだ。そうしてたつぶり一分、 わたしがそう答えると、べッドのスプリなく笑い出してしまった。 二分。そのまま眠ってしまったのか、と思ングが柔らかく揺れた。舞子が寝返りをうその瞬間、気づいたのだ。ああ、これは いかけたところで、ようやく彼女はロを開ってこちらに向いたのだろう。わたしも静違うと。わたしと彼女の関係は、こういう かに体を入れ替え、彼女のほうへと転がつのじゃない。こんな手垢のついた、ありき 「その人と、付き合うの ? た。すると、もう息がかかるほどの距離にたりのものじゃない。もっと単純で、もっ 「わからないわよ。歳だって離れてるし、彼女の顔があった。 と複雑で、もっと割り切れない何かだと。 まだわたしの気のせいかもしれないし「ねえ、君香。キスしようか ? どうやらそれを彼女も同時に感じたらしか 舞子が言った。わたしは一瞬迷い、それった。 「・ : : ・そう」 でも小さく首を振る きっとわたしたちは不安だったのだ。わ 舞子は安堵するような、あるいは失望し「しない」 たしにとって彼女は何なのか。彼女にとっ たかのような息をほうっと漏らした。 「・ : ・ : だよねえ , てわたしは何なのか。わたしたちって、い 「でももし付き合うようになったら、わた 彼女もそう言って、またほっとしたようったい何。それがわからなくて、試しにい しにも知らせてね。きっとよ」 に、けれど少し残念そうに笑う。それはわちばん手つ取り早い型の中に押し込んでみ そしたら、また舞子は彼を奪いに来るのたしも同じだった。ちゃんと断れたことようとしたわけだ。わたしたちの関係に、 だろう。いつものように道彦を捨てて、あが、断れてしまったことが、良かったと思わかり易い名前をつけようとした。そして らゆる手を使って落としにかかるに違いなう反面、惜しくもあった。でもたぶん、こそれに失敗した。以来わたしたちは、お互 い。彼女が珍しく何年も同じ相手と一緒にれでいいのだ。 いにそれを試すのを止めた。 いるのは、結婚などという面倒臭いものを舞子とは一度だけ、キスをしたことがあ今でもときどき考える。舞子はわたしに してしまったためだ。それでも必要とあらる。あれは高校三年生の、卒業間近の頃だとって何なのかと。親友。恋人。仇敵。伴 ば、きっとあっさり捨てる。そのときのこ ったか。ふたりしてとても緊張して、けれ侶。どんな言葉を使ってみても、違和感し とを考えると、ちょっと胸が熱くなる。もど期待に胸をどきどきさせながら、しつか かなかった。そうしてわたしは、いつも途 しかしたらわたしも、舞子があんな男と一りと手をつなぎ、指を絡ませて、目を閉じ中で考えることを放棄する。きっとどんな 緒にいるのが気に入らないのかもしれなかて顔を近づけた。けれどお互いの唇がほん言葉を使っても、わたしたちの関係を言い った。 の少しだけ触れた次の瞬間に、同時に飛び表すことはできないだろう。けれどそれ
通りに飛んだ。あと一瞬遅かったら、止め感心して言った。でも、そうかもしれない。 谷さんを信じるということは、野々宮の言 られてた」 「そしたら、野々宮の返事は、あんたからうことを信じないということだったのに。 「私も , 思わず言った。「私も楽しかったまつつーに伝えて」 室谷さんの言葉をそのまま伝えて、内田さ ですー 「まつつー ? んも加えて三人を引き合わせて誤解をとけ あの瞬間。しまったと思ったけれど、覚「松村だよ。あんたまつつーの彼女なんでば、全部が丸く収まるような気がしてい 悟を決めてからは布くなかった。気持ちがしょ ? 」 た。でもそんな単純な話じゃなかった。 野々宮の三年分の痛みを、私は全然わかっ 張りつめ、全身が神経になったような、キ「違います凵私は全力で否定した。 ンと研ぎ澄まされる感覚。快感だった。や「冗談だよ。古沢に勝てよ。予選の決勝はていなかったのだ。 るかやられるかの、シュータ 1 との真剣勝塩野とやりたい。じゃあな」 「違う違う。野々宮君を信じないとかじゃ 負。思い出すだけで胸がワクワクする。ア室谷さんは軽く片手をあげ、バッグとスないよ ! ただもしかして、あの人たちの イスホッケーが好きだ。そしてゴ ーリーとティックを持ち直して、駐車場のほうへ歩いうように、事故っていうか、はすみだっ い、つポジションが大好きだ。 いて行った。 た可能性もあるかもって」 「久々に興奮したよ。だってさ、ああいう 「はずみ ? 」野々宮はオウム返しに言って のが楽しくて、俺たちこのスポーツやって「それじゃ、さくやさんは、あいつを信じから、少し笑った。「はずみ、ね るわけでしよ。俺は強いゴ ーリーと勝負しるんですね」 野々宮が笑うのは、傷ついたときや投げ たいし、常に緊張感のあるゲ 1 ムがやりた私が話し終えると、電話の向こうの野々やりな気持ちになったときなんだ、とその ときやっと気がついた。 宮は静かに言った。 子 「わかります , 「え ? 「ケガさせるつもりなかったとか、ごめん 「自分たちだけ強くても意味がない。見に 「さくやさんなら、俺を信じてくれるかとなさいとか、そんなのは大人に対するポー千 河 来てくれる人も、一方的な試合なんか見た思ったのに」野々宮の声は少し震えているズなんです。そんなのあとからなら、いく くないだろ。みんなどっかで、強いやつがように聞こえた。 らでも言えますー 音 負けるのを期待してるんだよ : : : 少なくと「 : ・ ゴール前にきたパックをクリアし室谷さんは嘘をついているようには見え も、時々はね ようとしたら、味方に当たって跳ね返ってなかった。それは確かなのに、今野々宮の 無 室谷さんはそう言って、ニャッとした。 きたような衝撃だった。 感情を抑えた声を聞いていると、なんだか 「そこまで考えたことなかったです」私は どうして気づかなかったんだろう ? 室自信がなくなってくる。私にはそんなに人
りをし続けてきた心の奥底の感情に、菜々さ、結局、それで、私に来栖先輩のものを まにか、彩子の目からは、涙が溢れてい 触らせよう、ってことなんでしょ ! 」 た。ありがとう、とだけ言って、彩子は自美の言葉がぐさりと刺さった。 しいじゃない、助 「だって親友でしょ ! 「そう、なのかな」 分のカバンからハンカチを取り出した。 菜々美は、また本をめくり、黄色い付箋けてくれたって ! 」 「思い出しちゃった」 彩子と菜々美が、人でなし ! このばっ 「なんかさ、辛くない ? 毎日手を洗わなのついたペ 1 ジを見せた。題名のところに つんポプ ! と言い争いをしていると、教 いといられないって」 は、「」なる英語が載っている 「辛いとか辛くないじゃなくて、気持ち悪「調べたんだけど、これやると、治るらし室のドアが乱暴に開けられた。うるせえ ぞ ! という怒鳴り声が教室に響く。見る いよ、潔癖症」 くて、洗わないとやってられないから」 と、岡田が眉間にしわを寄せて立ってい 「なにこれ。ど、つい、つこと ? 「気持ち悪いって思わなくて済むようにな ったら、楽じゃない ? 「まずさ、アヤが汚い、って思うものを触た。陸上部の練習が終わって、校舎の見回 りに来ていたのだろう 「それは、そうかも、しれないけど って、手を洗うのを我慢するの , 「下校時間、とっくに過ぎてるだろう 「アタシはさ、部のみんなの汗、好きなん「いや、絶対無理だよ、そんなの」 だよね。部室とか、超汗くっさいけど。で「汚い手で、絶対触られたくないものつが ! 」 も、それってさ、努力してるってことじゃて、なんかある ? 」 「すいませーん」 ん ? 「基本全部嫌だけど、、 ペッドは絶対やだ。 彩子と菜々美は、立ち上がって、そそく薫 触られたら、ほんとに死にたくなる」 「うん」 さと帰り支度を始めた。もう、ずいぶん長行 いこと二人でしゃべっていたらしい。グラ みん「じゃあ、アヤが、自分で触るの。べッド 「アヤだってさ、辛いんじゃない ? ウンドには誰もいない。都会の狭間、ほっ なの汗とか、汚いって思っちゃうことがを。手を洗わずに」 さ。アタシが洗濯してる時とか、すごいし いやあ ! と、彩子の口から金切り声がかりと空いた黒い空間に、点々と街灯の光 メ コ よばんとしてるし。ほんとは、もっとみん出た。 が点っていた。 ィー サ なのために頑張りたいって思ってんじゃな 「無理無理無理無理、絶対、無理ー 「岡田先生 ! 」 アタシ、アヤはそ、つい、つ子だと思っ 「やってみないとわかんないじゃん、無理突然、菜々美が素っ頓狂な声を上げた。キ かどうか。ほら、本にだって書いてあるん何事かと思って視線をやると、窓の外を指キ てる」 さして、目を丸くしている 菜々美は、何も考えていないように見えだから て、時々鋭いことを言う。彩子が見ないふ「なんかちょっといい話つほくしたけど「うるさいな、なんだ」
疇が始まった。私は外の回廊からその様子 を得る場所として神社仏閣に参るのは、と「本気で、ですね ? てもさもしいことではないか。 を眺めたのだが、インパクトは絶大だっ 「ええ。そうです」 ならば、話は違ってくる。こちらも真剣た 神仏あってこその社寺という意識が欠け てしまったら、「ありがたい」とか「お陰に考えよう。 護摩の炎に浮かび上がるご本尊・不動明 様」とか、古臭いけど大事な気持ちが抜け実は、話を聞いている途中から、私の頭王の迫力。炎を受け、両眼が炯々と赤く輝 落ちる。だから、「恋愛に効果がある神社」 にはひとつの寺院が浮かんでいた。 く様は、まるで生きているかのごとくで、 などという言い方が出てきてしまうのだ。 電話を切ったのち、改めて他の社寺を並ご本尊が我々のほうにせり出してくるよう な感じがあった。 「効果 , なんて言うな、馬鹿たれがべても、やはりそこが気にかかる また、ご祈をしている僧侶らの気合 掲載は新年号なので、本来ならば神社の ふさわ とまあ、こ、つ思っているゆえに、私は ほ、つが相応しいのかもしれないか、ここ 真剣さも清々しかった。 趣味と仕事の双方で、私は何度も護摩祈 「パワースポット」なる言葉は嫌いだ。 はひとつ、勘に従おう 単に気持ちの良い森林や公園ならばとも いや、勘というと嘘になる 疇を見ている。が、その中でも狸谷山不動 かくも、神社仏閣は神社仏閣。そして、そ私はときどき厄払いや祈疇の場所を尋ね院の祈疇は力強かった。 ゆえに、私は単純に、ここは凄いと感動 こに赴いて何かいいことがあったなら、 られることがあるのだが、病の相談を受け したのだ。 「効果」ではなく「ご利益 , だ たとき、必ず勧める寺院があるのだ。 なので、話を聞いた途端、私は斜に構え 京都・真言宗修験道大本山狸加えて、入り口近くに記されていたご祈 だにさん てしまった。 谷山不動院。 疇の案内にも驚かされた。 ところか、た 私自身が狸谷山不動院にお参りしたの .. 「ガン封じ」と「悪霊退散」。 編集者は食い下がった。 は、実は十年以上前、それも一度きりだっ 一般的な祈疇に加えて、そのふたつがしイ 運 聞けば、部内の人が病気になったり、親た。しかも、いわゆる観光だ つかり記されていたのだ。 かんば どちらも一歩間違えれば、詐欺だの霊感の 族が病気になったりと、芳しくないことが狸谷山不動院はガイドブックには載って 続いており、運気を好転させるため、社寺いない。しかし、国土地理院の地図には明商法だのと言われかねない文言だ。それを で祈疇を受けたいのだとか 記されている。それで、なんとなく気にな堂々と掲げているということに、私は狸谷 って、訪れてみたというわけだ。 山不動院のプライドと自信を感じたのであ 「ご祈疇 ? 」 「はい 境内を散策していると、たまたま護摩祈る こま たぬき
青春と読書の 本の数だけ、人生がある。ーー集英社の読書情報誌 [ 1 月号 ] 1 2 月 20 日発売本体 83 円 + 税 seidoku. shueisha. co.jp ヵ 亠 第 フ 田中慎弥 習 羽見暑 『美しい国への旅』 社攸朔 パンツのゴム 錬 カゞ創 念 日 ノ以、 廳子響 本多孝好 ツ 本周 セ 年 イ 『 Good old boys 』 歴 願小 う回 説 史画 し、す 二つの " boys " へ し、す をば ーば そ新 生文 世界文学への扉 野谷文昭 し人 き学 リレーエッセイ⑩ ( 最終回 ) 「セルバンテス」 巻 て 物 佐藤賢一 テンプル騎士団④ を 曇り、ときどき 鎌田實 輝いて生きる⑩ 太田和彦 私の東京 原田マハ 。絶対絵画番外編① 梶本修身 最新科学で明らかになった疲労解消術 立′ 世界を動かす巨人たち 池上彰 [ 経済人編 ] ⑤ 矢ロ史靖 まぜるな危険 默医師の森への 竹田津実 訪問者たち④ 北風小説早稲田大学 本若松英輔 藤島大 藤沢周・編著「安吾のことば』 ラグビー部④ む大矢博子 ー原みう。モーツアルト裁判⑨ サンドラ・ブラウン「偽りの襲撃都 見本誌をご希望の方は「青春と読書」の HP 、もしくは、〒 101- 部 50 東京都午代田区ーツ橋 2 与 10 見本誌贈呈 集英社宣伝部「青春と読書」 S 係宛にハガキでお申し込みくたさい。 お申し込みは、郵便番号・住所・氏名・年齢・職業・電話番号を明記のうえ、購読料 1 年分 900 円を郵便局備え付げ の払込取扱票で、振替口座 00140-4-61838 「集英社読者購読係」へお送りください。ご記入いただいた個人 情報は、商品のお届け・お支払確認等の連絡のために利用し、その目的以外での利用はいたしませんの ~ ※内容は一部変更になる場合があります。 2017 」 anua 「 y 巻頭ェッセイ 特集 = = = 29 好評連載 20 0 今月のエッセイ 定期購読者募集
る。 「ねえ、沼野課長」 かき回した。ほんとはインスタントコーヒ 沼野は「ああ , とか「うう」とか低く唸「まったくそのとおりで、市内の同業者の ーにクリープを雪のように積もらせて飲む るようにつぶやいただけだった。 間でも逸早く ZO 機を導入しました」 のが好きなのだ。研究室で論文を書いてい レイは居たたまれないような気持ちにな藤森が立ち上がると、ミルで挽いたコー る時にも、そうやって飲んでいた。 り、一堂に向けて頭を下げるとその場を辞ヒー豆をネルのフィルターに移していた。 「おいしい」 した。 「 ZO 機を入れる前は、私もイワさんやヌ 愛好するインスタントでもなくクリ 1 プ 「やあー マさんと一緒に現場で汎用旋盤を扱ってい入りでもなかったが、ひとロ飲んでの素直 廊下に出ると藤森が立っていた。 ました。もともと私が中心になって、三人な感想をもらす。 ) ッつば 「藤森社長ー で始めた工場なんですー 藤森が満足げに微笑んだ。そして自分も もしかしたら、藤森は外で今のやり取り 「ヌマさんて、営業一課長の沼野さんです力ップを取り上げ、ロに運ぶ。再びカップ を聞いていたのかもしれない かに」 をソーサーに戻すと話を続けた。 「玉井さんでしたね。よろしかったら、私驚いてレイが訊くと、ポットから熱湯を それまで汎用機のみで行っていた作業 の部屋でコーヒーでもいかがですか ? そそぎドリップしながら頷く に、 ZO 機が加わったことで作業効率が大 そう誘われて、社長室に行く。藤森は応「みんな若かった」 幅にアップ。たちまち仕事の手が空いてし 接セットの向かいに座ると、自らミルでコ そういってさらに頷いていた。 まった。そこで藤森は、どんどん仕事を取 ーヒー豆を挽き始めた。 「新しい機械はプログラミングが煩わしくってきた。それを ZO 機でさばく。増えて 「私は凝り性でね , て、持て余してしまう者もいるが、私にはきた仕事に対応するため、二年後には新し そう言って笑う。 楽しかった」 い ZO 機を買った。それ以後も、ほば二年 「それに、機械好きだと 藤森が淹れたコーヒーをレイの前に置おきに機械を買い足していった。 レイが言うと、藤森の笑顔が大きく広がく。 「増えてきた仕事をそこで終わりにしない った。 「どうぞ」 で、さらに新しい案件を増やしていったの 「イワさんがそう言ってましたか ? 」 「頂きます」 がよかった。まあ、欲張りなんだよね 「ええ」 プラックでは飲めない。それに猫舌でも藤森はそう言って笑うが、けっして欲張 コーヒーのよい香りの中でレイは返事すあるので砂糖とミルクを入れ、ゆっくりとりなどではない。むしろフジモリ製作所の 166
隠すようなことじゃないだろ。一日、二日畑へと抜けるごく普通の生活道路だ。だ『お百度を踏んでいるお婆さんを見たこと のことでもないから、これはだいぶ夫婦仲が、あたりに住宅は見当たらす、学校や神がありますし、それから』と母親は、ため が悪くなったんだな、と : 社に面しているから夜間はかなり暗くならうように付け加えた。『人様に言えない り、おそらく人通りも途絶えるだろう。 ような願掛けをするときに、年寄りが寝入 「ありや、やつばりやられたんだねー 隣でうなすいていた近所の主婦が、不意そう考えると、町の人々の噂が信憑性をつてからお嫁さんがこっそり抜け出して来 に口を挟んだ。 帯びてくる。中林泰之はどこかで、おそらたりしますから』と答えた。 「あんなところで、いきなり凍死するはずく自宅で殺害されるか、あるいは抵抗でき半田明美の姿を目撃したのも、雪の夜に がないさ、いくら東京の人だって。やつばないくらいのダメージを与えられたうえもかかわらず、何か事情があって神社に参 り運ばれて捨てられたんだよ。ここからちで、妻、半田明美に車で運ばれ、発見現場拝していた者なのかもしれない よっと行ったとこの嫁さんが見たって。 に捨てられた。その後、明美は廃業した食篠山町の取材を終えた後、東京に戻った ろいろ面倒だから、ここだけの話だけどー堂の駐車場に車を入れ、自分は暗く人通り長島は高井戸にある中林医院を訪ねた。 おおせんせい の少ない農道を通って帰ったという推理が整形外科は大先生が担当していたが、内 と声をひそめた。 中林泰之の凍死体が発見されたのは、夫成り立つ。 科についてはどこかから若い医師が来て診 ひとけ 婦が借りていた借家から一キロほど離れた ではだれがどこで、住宅も人気もない夜療していた。 ところだが、 それは畑や雑木林の周縁を巻道で、半田明美を目撃したのかちょうど大先生、すなわち中林泰之の父親は、取 いた幹線道路を通った場合で、以前、農道私がその道を県道に向かい引き返してきた材の意図を告げた長島に向かい、「息子が として使われていた林の中の細道を抜けれとき、神社の本殿ではなく、その脇の藪に愚かだったのです」と一言告げただけで、 ば三百メートル足らずの距離だ。中林医師囲まれた稲荷堂の前で、赤ん坊を背負い手それ以上、何一つ語らず、「お引き取り下 さいーとドアの方を顎で示した。 が凍死した夜、そこを急ぎ足で自宅方向にを合わせている若い母親に行き合った。 歩いていく明美の姿を見た者がいる 『よくここにはお参りに来るんですか ? 』 だが自宅にいた母親は取材に応じてくれ 「残念ながらその目撃者の女性に話を聞くと尋ねると、若い母親はうなすいた。商売た。時が経って、悲しみよりは怒りがぶり返 ことはできなかったが、私はその道を歩い繁盛や病気平癒などの願掛けをして、願いしたらしく、堰を切ったように話し出した。 てみた。淋しい山道を想像していたのだが叶うと油揚げを供えに来ることもあると「息子に保険をかけて殺したんですよ、あ が、道幅が狭いながらも舗装され、小学校言う。 の女。根拠がない、と主人は言いますが ね、私はそんなことはないと思います。女 の校庭に沿い神社の境内の脇を通って、桑『たとえば夜なんかは ? 』 せき 122