言わ - みる会図書館


検索対象: 小説すばる 2017年1月号
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1. 小説すばる 2017年1月号

「それもデスクを守るためだろう。数字が の『ニュースイレプン』に生きているか ? 「ど、つかね : : : 」 取れなければ、デスクの立場も危うくなる 「その言い方こそが皮肉なんじゃないかし「だから : : : 」 鳩村は言葉を探した。「何とかしようとし、番組自体もなくなるかもしれない。編 成はスポンサーと広告代理店の顔色しか見 そう言われて、鳩村は少しばかり反省す踏ん張っているんです」 ていない 。どんな老舗の番組でも簡単に切 「どんなふうに踏ん張っているんだ ? 」 る気になった。 「皮肉を言うつもりはない。だが、はっき「たしかに『ニュースイレプン』は数字がられる時代だ。そうならないために数字が り言わせてもらう。栃本は視聴率至上主義取れなくなってきました。だからといっ必要だと、栃本は言っていただけだ」 だ。数字を取るために『ニュースイレプて、報道の姿勢を崩しちゃいけない。数字「俺を守るためですって : : : 」 ン』を変えようとしている。俺はそれが許を取るためにバラエティーにする必要なん「そうだ。だが、いつもデスクのほうが突 つばねていたんだ。デスクと栃本が、報道 てないんですー せないんだ」 恵理子が何か言おうとした。だが、彼女「栃本が『ニュースイレプン』をバラエテの客観性について議論したのを覚えている ィーにしたいだなんて、一言だって言ったか ? は言葉を呑んでしまった。彼女より早く、 ことがあったか 「ええ、たしかそんなことがありましたね」 鳥飼が発言したからだった。 「あのとき、栃本は言った。客観性も大切 「そのデスクの頑固さが、番組の風通しを「え : ・ 「俺も最初は警戒したよ。東京の報道番組だが、もっと大切なのは人間性だと。そのと 悪くしてるんじゃないのか」 に関西の要素を持ってきてどうするんだっきデスクは何を言ったか、覚えているか ? - 鳩村は目を丸くして鳥飼を見ていた。 ・ : 。だけど、栃本は真剣だった。本気「さあ : : : 。何を言いましたか : : : 」 意外な方向から斬りつけられた気分だって : ・ 「人間性というのは、お笑いのことかそ た。鳩村は鳥飼の味方だった。だから、向で『ニュースイレプン』のことを考えてい う言ったんだ」 るのがわかったんだ」 こうも自分の味方だと思っていた。 鳩村は何をどう言えばいいのかわからず「真剣に『ニュースイレプン』のことを考鳩村は、あっと思った。栃本と議論して えている : いて頭に血が上っていたのだ。 に黙っていた。 「そんなことを言ったかもしれません」 鳩村は思わす聞き返していた。そして、 鳥飼が言葉を続けた。 「デスクはいつもジャーナリストの理念を鳥飼が言ったことを考えてみた。「でも、 , 「それでも栃本は腹を立てず、笑いが取れ 吾る。それはいい。 それが報道番組の骨だ栃本は何かと言えば数字のことばかり言っれば御の字だと言った。そのときに俺の気 持ちは固まった」 ということもわかる。じゃあ、その理念が今ていたんです」 ら」 おん 85 アンカーーー今野敏

2. 小説すばる 2017年1月号

げたようだった。 ンは黄色い果実に手を伸ばしていた。半分だが、楊敕は馬琳が考えているよりはし 「ご期待に添えるのは難しゅうございまほど皮がむいてあるところにかぶりつく たたかな男であった。官界で出世している す。ジラフアは遠方の国から友好の象徴と楊敕は酒のお代わりを要求している。褐だけはある して贈られたものです。それを差しあげる色の肌を惜しげもなくさらした奴隷娘が、 翌日、馬琳は楊敕がラージャ・ガネーシ というのは、贈り主に対して非礼にあたり壺を持ってきて、杯に酒を注ぐ。 ヤと密会するのに同行を命じられた。 ます。偉大なる皇帝陛下は礼を重んじる御「おお、ありがたいー 「この国は、スルタンより宰相の権力が強 かんじよ 方とうかかいますから、ご寛恕いただける楊敕が腰に手を回しながら礼を言う。そい。どちらを説得すればよいか、明らかで のではないでしようか , こまで馬琳は訳さなかったが、娘には通じあろう。私と宰相の関係なら、必ずうまく 正確に訳しつつも、馬琳は驚愕を抑えらたようで、はにかんだ笑みを浮かべる。ラいく」 れすにいた。見かけによらず、このスルタ ージャ・ガネーシャが声を張って言った。 たしかに、ラージャ・ガネーシャはスル かいらい ンは頭が切れる。このように言われながら「ここからは無礼講ですかな。難しい話はタンを傀儡とみなしている。あるいは簒奪 重ねて要求すれば、貪欲で礼儀知らずだと抜きにして、宴を楽しんでください。通辞まで視野に入れているかもしれない いう印象が強調されてしまう。 殿もさあ、お飲みください」 スルタンの死に関わっているという噂もあ ラ 1 ジャ・ガネーシャも目を瞠っていた「いえ、私はお気持ちだけいただきます、った。明の使節団は、鄭和の方針でそうし が、今は苦い表情になっている。政治の実馬琳は断って、小用に立った。戻ったとた事前の情報収集を欠かさない。内政に干 権を握る宰相として、王が才を見せたことき、楊敕の姿はすでに消えていた。 渉して、明に有利な政権をつくった例もあ に警戒しているのだろう。 った。 楊敕は鷹揚にかまえていた。 楊敕はやはり麒麟には執着していなかつ「将来のラージャ・ガネーシャ朝を支持す 「そうかでは、いったん忘れてくれ た。酒と女を楽しめればそれでいいのだ。 るとまで言いますか ふんまん 通訳するのに、一瞬の間があいた。それ馬琳は懣を抱えて床についた。こうなつ重要なことだから、事前に確認しておい でも、馬琳は動揺を抑えて職務を果たしたら、楊敕の要求だと嘘をついて、もう一たほうがいいだが、楊敕の反応は鈍かっ 度談判してしまお、つかとさえ思、つ。しかた。 「お聞き入れくださって感謝しますー し、それを実行するほど厚顔ではなかっ 「ん ? とういうことだ」 礼を訳し終わらぬうちから、若いスルタた。卑劣漢にはなりたくない。 「ですから : : : 」 さんだっ

3. 小説すばる 2017年1月号

を見る目があるのか ? 会ったばかりの室も、少しでも長く練習がしたいんだろうか た。カーテンも夏物の薄い生地で、べッド 谷さんや、話したこともない内田さんを信「早く帰ったほうがいいよ。風邪引いちゃには夏掛けが敷いてあり、制服の夏服のシ じて、野々宮のほうが誤解していると言い う」私か言うと、野々宮は素直に「はい」ャツがハンガーにかかっている 切ることができるのか ? と答えた。駐輪場のときみたいに怒った 一方で、あっきの部屋に入るときにいっ 私が黙り込むと、野々宮も黙った。電話 り、言い返したりしてくれればいいのに、 も感じていた、部屋自身が持ち主の不在に の向こうは不自然なくらいしんとしていと私は思った。 戸惑っているような不思議な感覚はいつの る。 倉庫とバス停で過ごした短い時間に、やまにか消えていた。まるで、「もう諦めた 「野々宮君、今どこにいるの ? っと野々宮にちょっとだけ近づけたと思っんだ」と部屋が言っているような気がした。 「家です , た。微かな信頼感のようなものが、芽生え 自分が何を探しているのかもわからない 声はすごく遠く聞こえた。声が小さいと始めたような気がしていた。それなのに私まま、本棚に並んだ本の背表紙を眺める か聞こえにくいとかじゃない。でも遠くかは野々宮がまた一瞬で、自分の殻のなかに上のほうに少年マンガのコミックスを集め ら響いてくる。まるで地球の反対側にいる閉じこもろうとしているのを、どうするこたコーナーがあり、あっきの大好きだった みたいにはるか彼方から。地球の反対側っともできずに眺めている。しかも私の無神『レフェリーは笑わない』というタイトル てどこだっけ。プラジル ? チリ それ経さと能天気さのせいで。 のコミックスが並んでいた。趣味でアマチ とも海 ? イメージが浮かばない。 「とにかく、室谷さんは謝るって。直接話ュアサッカ 1 のレフェリーをやっている冴 「家って、自分の部屋 ? したいって。だから、もしその気になったえない探偵を主人公にした作品だ。一巻か 「倉庫ですー ら、連絡して」 ら十巻まではちゃんと本棚に収まっていた 私は寒々とした倉庫でパックを空中ドリ 届かない言葉を重ねれば重ねるほど、 が、その上にのつけるようにして、まだビ プルしていた野々宮を思い浮かべた。 野々宮の気持ちが離れていくような気がしニ 1 ルを開封していない最新刊が置いてあ る。 「まさか、あそこでいつも寝てるわけじゃて怖くなり、私はそう言った。 ないよね ? 」 発売日は七月二十五日だった。試合が終 「夏はここで寝ますよ。蚊がひどいけど。 電話を切ったあと眠れなくなり、あっきわったら読もうと楽しみにしていたのだろ 冬は無理ですね。寒くて凍死します , の部屋に行った。十二月だというのに、あう。 家の居心地が悪いんだろうかそれとっきの部屋だけ、まだ季節が夏のままだつ新刊はそのままにして、なんとなく五巻

4. 小説すばる 2017年1月号

「今年は区切りだから、いつもよりちょっろう。これから部活の朝練でもあるのか、「ねえ : : : 会わなければよかった、って思 ったりしない ? と豪勢にやろうかお料理も、ふたりで一お揃いの大きなスポ 1 ツバッグを提げた、 緒に作ろ、つ」 ふたり組の女の子だった。そうして少し先誰と。誰が。誰に。彼女はそれを口にし わたしが一言うと、彼女は「いいわね」とまで行ってから振り返り、ふたりで同時になかった。言われなくてもわかっているこ とだから。 大きく頷いた。「じゃあわたしも、今年は「あ、すみませんーと謝ってきた。 ちょっと早めに家出してきちゃおうかな」 わたしたちは首を振って「いいのよー 「ないわ , とわたしは答えた。彼女はそれ 「大丈夫 ? 言ったからには、彼女は本当と、やはり同時に言って微笑みかけた。 を聞いて、安心したように頷いて、また階 にそうするだろう。わかっていても訊いて とても仲良さそうなふたり。顔立ちも、段を上がって行った。 みた。「あの人も、さすがにごねるんじゃ髪形も、よく似ていた。彼女たちに、わた でも、それは嘘だった。これまで数えき ないの ? 」 しと舞子はどう見えているのだろうか。それないほどに思った。もちろん、今でも考 「平気よ。難癖をつけるネタはまだいくつう思って傍らに目をやると、彼女もわたしえる。もしもあの舞い散る桜の下で、彼女 も用意してるから。あれでしょ : : : それかへと目を向けてきた。なぜだか嬉しくなっと出会いさえしなければ、わたしはどうな っていただろうと。 らあれも」 て、握った手に少しだけ力を込めた。 右手で指折り数えながら、彼女は楽しげそうしてまた歩き出す。わたしも舞子他人がわたしのことを「かわいそうな に言った。道彦もかわいそうに。とは思っも、もう何も言わなかった。そうして駅前女 , と見ていることは知っていた。夫を寝 たけど、同情する気にもなれなかった。わにたどり着くと、どちらからともなくそっ取られ、仕事しかすることがなく、このま たしを捨ててこんな厄介な女を選んだのだと手を離す。ここから彼女は階段を上り、 ま年老いても手の中には何も残らない。あ から、それも自業自得だ。 道彦のいる家へと帰ってゆく。わたしは地あ、たぶんわたしは世間一般には「不幸 , なのだろう。それはよくわかっている 大通りに出て駅が見えてくると、早朝で下鉄の階段を下り、仕事場へと向かう もしも彼女と出会わなければ、きっとわ もいくらか人通りがある。それでもわたし「じゃあね、君香。来月、また」 たちは、お互いの手を離さずにいた。ばた「そうね。来月、また」 たしはそれなりに幸せに生きていたかもし ばたという足音が聞こえてきたので、歩道 小さく手を振って、舞子は背を向けた。れない。道彦とだって、あの女癖の悪さに 脇へと避けて足を止める。するとわたしたそうして数段上がったところで振り返り、愚痴をこばしながらも、どうにか夫婦を続 ちの横を、ふたつの小さな人影が元気よく 聞こえるか聞こえないかほどの声で訊いてけていただろう。あるいは彼以外の誰か 駆け抜けていった。たぶん中学生くらいだきた。 と、普通に寄り添って生きていたか。どち 138

5. 小説すばる 2017年1月号

移した。その横顔はやはり女性にも男性に「え、光栄だなあ。また会いたいと思って気持ちになっている。沙月が誰かに対して も見える。 くれるんだ。今度は私がどんな姿になっての怒りを抑えていると、メデューサの瞳の 「このお守りは本当に威力があるからね。いるか分からないけど、会えると思うよ。色が深みを増して輝き始める。嵐の前の暗 い力を秘めた黒い海のようだ。白目の部分 楽しみにしてて。貴女に悪意を持っている正義か悪魔か、ね , 相手なら、相当なダメージ与えても、罪悪「どんな姿でもあのドーナツは作れる ? まで充血が増した気がする。沙月はその瞳 感少ないでしよ。しかも、自分の手は汚さあれ、また食べたい」 と見つめあい、自分の心に問う。「どうす ないというね。私はこの子を『メデューサ「気に入ってくれたんですね。良かった。る、やる ? ーと。 やってもいいし、やらなくても、 ちゃん』と呼んでいますが。ね、美しいでまた作りましよう」 しよ、つ」 「良いお年を」 しばらく見つめあううちに、心が凪いでい 「なるほど。で、この目玉はいくらな「佳き呪いをありがとう。貴女もね」 く。「そのうち、たつぶりとお返しさせて もら、つからね , とこっそりと微笑む。いっ 「それはサービスで。で、使い方ですが、 義眼は本当に上質なものなら、かなり高でもできると思えば、不思議と寛容でいら はため 相手にこっそりと向けて、呪文的なものを価なのでこのお守り込みで一万円なら相当れる。最近の沙月は傍目にはそこそこ「い 何か言っていただければ。何でもいいですに安いパフォ 1 マンスだったのかもしれない人ーに見えているのではないだろうか あの日のことはどこまでが本当でどこ内面はともかく。 よ、決めておけば。戻れ、とか去れ、みた いな。 Back!! とか、 Leave!! とか House!! までが冗談だったのか、分からない。この 沙月は千円で手に入れた「百二十年に一 手に義眼が残っていなかったら、全部夢だ度の幸運の年 , を楽しもうと思う。次回、 でもいいし」 ったと思ってしまいそうだ。ただ占い師のもし占い師に会うことがあったら。その時 「割といい加減なのね」 「あ、そうそう。十二年に一度の幸運の年端正な横顔や笑い声、逆回転した木馬の不はどんな姿を見せてくれるだろうか王か もあと少し残っているから、ちゃんと楽し思議な音楽、そしてドーナツの香りなどを魔術師かそれとも悪魔かどれでもいい。 とにかく、楽しみだ。 んでね。何かしてみたほうがいいよ何も時折思い出す。 しないと退屈するし、退屈だと幸せな気が「メデューサちゃん」が占い師の言うとお 沙月はメデューサの眼と微笑みあう。澄 りの効果を持つものか、未だ検証していなんだ青が輝く。晴れた日の海のように。 しないでしよ」 いので分からない。だが、 ちょっと信じる 「心がけます。で、また会える ? 」 、、 0 ( 了 ) 316

6. 小説すばる 2017年1月号

情と関心や、あらゆる素敵なオファ 1 と富 あなたの魅力か開花 が殺到するのです。 愛されキャラにー さて、乙女座の方。 2 017 年のあな 乙女座の人はうぬばれ屋ではありませオ こは、こうした「魅力的で恵まれ ん。周囲と見比べながら自分の身の丈を測た人になっていく定めにありま り、いつも「役に立つ人間でありたい」とす。 もし「私はすでにそうですよ」というこ 真摯に思っているほうです。だからこそ、 大して優秀でもないのにーー・事実かどうかとでしたら、 2017 年は雪崩のように 「豊かさ」が押し寄せてくるでしよう。「あ は別として、あなたにはそう見えます 恵まれている人を見ると、世界は不平等だなただからこそ ! 」とラブコールや拍手を 贈られ ) 巨万の富を手にするかもしれませ ワ朝生まれなと思 0 たりもします。 しかし、そうした人物はたいてい魅力的ん。後継者として指名されたり、とても貴 です。「あの人にまた会いたいー「あの人の重なものを譲り受ける暗示もあります。所 有している株や金融商品が、驚きの利益を おな ~ いダ ) 一当話を聞きたい」「あの人の喜ぶ顔が見たい , 、技物 0 三 . 第一れ ( 、、一「 = 0 「あの人とるとなんだか ( , ピー」と思生み出す可能性も。仕事も前半を中心にま わせる何かーーー人間的美点と言えるかもしたとない稼ぎ時。 一方「まだ、魅力的で恵まれているとは れませんーーーをたつぶり持っていて、人か ら愛され、人生の「美味しいところ」をい言いがたい、と思う人は、自分かっ ただくことにまったく抵抗がありません。 いていない魅力や能力に気づい 世の中に「能力の高い人はけっこうたく ていく期間になります。きっと、あな たが最も関心を注いでいる分野で、たび さんいますが、「魅力的な人 , はそんなに いませんから、彼らは常に争奪戦の的。そたび豊潤な時間を味わうことになります うして、彼らの価値はどんどん上がり、愛よ。 乙女座 0 新

7. 小説すばる 2017年1月号

相手はようやく富田係長の携帯電話番号「相模原署も座間署も、決して協力的とはそばの官舎で、最寄りの駅は横浜線の 相模原だった。 言えないですね」 を言った。 「ありがとうございます。それと、捜査の「まあ、よそ者が自分のところの事案をほ家の外に何人かの記者の姿がある。課長 ほどではないが夜回りがいるのだ。 じくり回そうというんだ。面白くはないだ 記録を見せていただきたいのですが : 谷口がインタ 1 ホンのスイッチを押す 「そういうことは、捜査共助課とか警察庁ろう。それに、どこの所轄の連中も忙し 継続捜査なんかに、今抱えている事案と、その記者たちが注目した。インターホ を通して正式に申し入れてもらわないとい ンから男性の声で返事がある の捜査を邪魔されたくないんだろう」 「これがきっかけで、向こうの未解決事件「はい 「こちらの借りということでいいですよ 「警視庁の黒田と谷口です」 何かあったときには、あなたに無条件に協も解決できるかもしれないのに : 「こういう事件は解決しない。そう考えてその言葉に記者たちが反応する 力します インターホンからの声がこたえた。 いるんだ。時間も人手も限られているから 「何かあったらね : 「どうぞ、お入りくださいー 相手は間を取ってから言った。「わかりな」 ました。明日までに書類をそろえておきま黒田はそう言いながら、携帯電話を取り玄関に進もうとすると、記者が声をかけ 出した。まず、相模原署の富田係長に電話てきた。 す。ただし、持ち出しは厳禁ですよ」 「警視庁の方ですか ? 何かあったんです をするよ、つだ。 「わかっています , 短いやり取りがあり、黒田は電話を切っか」 谷口は電話を切ると座間署にかけた。 黒田は何もこたえずに玄関のドアを開け 同じようなやり取りがあり、こちらも当た。 た。谷口も無言だった。 時の事件のことを知っている刑事の連絡先「これから会ってくれるそうだ」 「え : : : 。神奈川県ですよね」 を教えてくれた。 一一人を出迎えたのは、髪をきちんと刈っ野 た、典型的な警察官の風貌をした男だった。 今は県警本部の刑事部刑事総務課にいる「それがどうした」 たかしまこうじ 「まあ、どうぞー 高島弘治という名の警部だった。 「もう、十時ですが : ・・ : 」 玄関を上がるとすぐに小さな応接セットカ 座間署にも事件の資料をそろえてくれる「刑事に時間なんて関係ないー ン があった。そこで記者への応対をするのだ それから二人はすぐに出かけた。 ように頼んだ。 ア ろう。課長以上になると、自宅にたいてい 電話を切ると結果を黒田に報告した。そ 富田係長が住んでいるのは、相模原署のこうした場所がある して、谷口は一言付け加えた。

8. 小説すばる 2017年1月号

先に済ませてしまいたかった。死因に直接室谷さんの顔つきからも、言い方から 出入り口から少し離れた階段の下で待っ関係ないとわかってからも、あっきの頭のも、その言葉が本心だと伝わってきた。本 ていると、防具バッグとスティックを持っ傷のことはずっと心に引っかかっていたか当に会ってないんだ、と私は田 5 った。 室谷さんは脱いだキャップをどうしたら た銀嶺学園の選手たちがぞろぞろ出てくるらだ。 いいのか思いっかなかったようで、つばの 「弟 ? ー画面をのぞきこむ室谷さんの態度 のが見えた。室谷さんは私に気づくと、一 緒に出てきた仲間と別れ、私の立っているや表情には特に変化はないように見えた。先を、汚れが気になるかのように右手の人 差し指と親指でこすった。「ええと、その 場所のほうへゆっくりと歩いてきた。スケ動揺とか身構える感じはない ートセンターの青白い照明の下では、室谷「悪いけど記憶にない。人違いじゃな い ? しばらくじっと見てから、室谷さん「いいんです . 私は急いで言った。「会っ さんの表情はよく見えない てないなら。私の勘違いだと思いますー 「お疲れ様です」私は言って、頭を下げはスマートフォンを私に返した。 、 ) 0 正直、ほっとしていた。涙が出そうなく 「ほんとに、会っていませんか ? 」 「話って何 ? 」室谷さんはぶつきらばうに「覚えてないな。弟さんが、俺に会ったつらい。あっきは暴力を受けたのではなさそ 、つだ。少なくとも、この人には。もしこの 言った。疲れた様子であまり機嫌がよさそて言ってるの ? 」 うではない。 「わからないんです。弟はその二日後に亡人があっきにほんの少しでも傷をつけてい たら、それがあっきの死に一ミリも関係な 私は緊張してひどく早口になった。「七くなったんで」 室谷さんは一瞬固まった。それから眉間くても、私は絶対に許さなかっただろう 月二十六日のことをお聞きしたいんです。 けれど同時に、なんだか急に、理由のわ にしわをよせ、何か思い出そうとした。 定期新人戦の一一日前です . 「あ、じゃあ、あの亡くなった塩野高校のからない空しさにも襲われて、その場にし 「ずいぶんピンポイントだな」 やがみこんでしまいそ、つになった。 ー丿ーって、弟さん ? 「うちの弟が、あなたに会いに来ませんでゴ したか ? •- 私はあっきの写真を自分のスマ私がうなすくと、室谷さんはなぜかかぶ「なんで ? ー室谷さんが言ったので、私は 我に返った。 ートフォンに表示して差し出した。室谷さっていたキャップを脱いだ 「なんか気になるんだけど。あんたはなん んはバッグとスティックを地面に置いた。 「そうか。今年塩野高校に入ったゴー丿 1 怖くて手が震えて、渡すのに手間取った。 は優秀だって、松村が言ってたんで、対決で、弟が、面識もない俺に会いに来たと思 あっきと野々宮。両方とも気が重い話だするのを楽しみにしてたんだけど。残念だったの ? 」 私は一瞬飛びかけた意識を何とか取り戻 ったが、 二つを比較してより重いほうを、よ」

9. 小説すばる 2017年1月号

ドリンクを買い込み、ヒロ子さんが、シロダフルな音楽がシャッフルで流れていて、も、まあ、よく考えたら、こんな時間はリ ウくん飲みなよ今日はわたしが運転するかそれを耳に入れながら、たまにいいかげんアルな青春期にはなかった気がするけど、 な英語で口ずさんだりもしながら、おれとそれはともかく、ミトは高速をどんどん進 ら、と言うので、ほんとは運転してみたい 気もあったのだけど、そう言ってくれるなヒロ子さんは、とりとめのない話を、だかみ、やがて高速を降りて、小さな町を通り ら素直に飲んだほうがいいんじゃないかとら、最近観た映画の話だとか読んだ本の話抜け、田んばや畑のあいだを、それから空 だとか行ったライヴの話だとか、少々の時き地やら荒れ地やら雑木林やらの中を走り 思い、それに、もう一年くらいはハンドル を握っていないのだし素直にヒロ子さんの事トピック、とりわけトランプ氏の大統領抜け、ついには、海に、冬の海に出た。 提案を受け入れて、缶ビ 1 ルも何缶か買っ選勝利についてだとか、それから、おれの「うわ。ほとんど誰もいないじゃん、車を 息子の話だとかをした。それは、繰り返す降りて浜辺に出るとおれは言った。 て、座り心地の良い助手席に乗り込むと、 「ほんと。カモメだけ ヒロ子さんはやけに慣れた手つきと目つきが、ヒロ子さんとの間で交わす、本当に で、シフトレバーをいじりルームミラ 1 で久々の、おそらくは十数年ぶりと思われ「都心からたったの二時間程度で、こんな ほの る、意識の上では魂胆とか暗喩とか仄めかところに来れちゃうなんて知らなかったな」 後方を確認し、ミトを発進させた。 「わたしはよく来てるの , 久々のドライヴは、しかも、小春日和のしとかもナシの、純粋なる、とりとめのな 「え、そうなの ? 」 ドライヴは、さらに、すでに恋心はほとんい話だったのだけど、それでも、そのとり 「うん、シロウくんと会わなかった、この ど抱いていないにせよ、チャ 1 ミングな女とめのなさの中には、十数年前にはなかっ 茂 性とのドライヴは、たとえ助手席だろうとたはずの、哀感やら重めのユーモアやら含三年くらいの間に、よく来てた」 鈴 そんなことには関係なく、おのずと心が躍蓄やらがさりげなく混じり込んでいて、ふ「そんなこと言われると、また泣きそうに井 っと胸が詰まって泣きそうになったり、あなっちゃうよ」 り、おれが大人げなくソワソワ、ウハウハ しているうちに、ミトは首都高速道路をけーそうそう、そのかんじメッチャわかるわ「泣きそうに ? 」ヒロ子さんは笑いながら度 、つ 、なんて言い合って、膝を叩いたり、足おれの顔を見て言う。「どうして ? 」 っこうな高速で走っていた。 : : : 、つんを カーステレオにはヒロ子さんの、何世代をバタバタさせたり。まあ、足をバタバタ「なんていったらいいんだろう だから、つまり、ここ何年かは自分のことル も前のものと思われる iPod クラシックがさせられるのは、運転してないからなんだ レ ア で精いつばいで、そりや少しはサポったけ 繋がれていて、そこから、さすが、ジャズけども。 そんなふうに、中年期における青春時ど、それなりに必死にやってきて、仕事も ・アラバマ の滅多にかからないジャズバ の店主と言いたくなるような、最高にワン間、とでも呼びたい時間を過ごしてる間にそうだし家族のこともそうだし、そんなこ妬

10. 小説すばる 2017年1月号

は避けたかった。 彼女の言葉をそこまで聞いて、 iPod のまでのばった。チャイムを押して、数秒待 「まあ、どうして ? スイッチを入れる。シーユ 1 、と呟き、片っとドアがあいた。 芝居がかっている、と言えそうに心配げ手をあげて通路にでる。出会ってまだ間も あけたのは、でも礼那ではなかった。白 な、女の子つほい口調でティファニーは訊ないのに、ティファニ 1 はしきりに逸佳を人の少女だ。部屋を間違えたのかと思い、 き、でもこれがこの人の普段の口調なのだ自宅に招く。ママが会いたがっているから逸佳はあやうく謝りそうになる。が、少女 ということを、逸佳はすでに知っている。と言って。ありがたいと思う反面、逸佳にが、 生粋のナッシュビルっ子だということも、 はややわずらわしい。二つの仕事をかけも「レーナ、誰かきたよ ! 」 と、子供特有のよく通る大声で叫び ( ぎ 二十二歳で、両親と一緒に暮していて、大ちしているだけでも結構くたびれるので、 学院に通っているポーイフレンドの卒業をこれ以上英語で社交はしたくなかった。 よっとするほどよく通る声で、イヤフォン 待って結婚する予定であることも、そのた クポケツツツのあるチャーチストリートかをつけていても聞こえた ) 、すぐに礼那が 川に向ってまっすぐ歩く 川にぶつかでてきた。そのうしろから、白人の少年二 めの資金 ( 「下らないって言われるかもしら、 れないけれど、盛大な結婚式を挙げたい ったら右に行く。それは一番街なのだが、人も。走り回っていたらしく、少年二人は の」 ) を貯めるために、逸佳とおなじく複 lst アヴェニュ 1 ・ノースから lst アヴ笑いながら息をはずませている。状況がの 数のアルバイトをしていることも。 ェニュー・サウスに途中で名前が変り、さみこめず、逸佳はどう反応していいのかわ ーミティジ・アヴェからなかった。とりあえず音楽を切る 「お金がないから」 らに歩くと、今度はハ 単刀直入にこたえると、 ニューに、また名前が変る。おなじ道なの「見つけたよ ! 」 「でも、学生証があればたった十ドルよ」 に呼称が変るのではじめのうちは迷った奥からまたべつな声が聞こえ、黒人の少香 と言われた。 が、いまでは勝手知ったる通勤路なので、年が飛びだしてきた。手にピエロの人形を江 逸佳は地元の人たちのように、大きな歩幅持っている。ヘイリーの人形だ。 「それでもだめなの」 逸佳は頑なに言い、再びイヤフォンをでさっさと歩く。そんなふうに歩けること「彼女が私の従姉のイッカ 合 耳にはめる。ティファニーは首をすくめがうれしい。真白なペンキを塗られたハー ネ那が子供たちに言い、最初にドアをあの ち ミティジ・カフェが見えたら、ヘイリーのけた少女が逸佳の顔を見上げて、 女 「じゃあ仕方がないわね。でも、いっか家アパートはもうすぐそこだ。黒すんだレン「お会いできてうれしいわ、イッカ」 彼 には食事に来てね。でないとママががっかガの古い建物、鍵のない共同玄関。帰って と、こちらの名前つきで礼儀正しく挨拶 りするからー きたと感じる。薄暗い階段を、逸佳は三階した。少年たちは室内に駆け戻る