を知りあって近づけるんだよ荻原 ! 位置にあるというのに、遺伝や生まれ育った。殺す気か。おれを殺す気か荻原 た環境のちがいでこんなに異なった方向に午後の授業のあいだもニュースレターを 「もっとおれに質問したらいいのに。さい 読んでいた。「ドラマみたいなシチュエー きんなにがおもしろかったかとか、休みの伸びていくものだとは 日はどうしてるとかいがいと共通点あるそこで午後の始業チャイムが鳴った。あションやセリフ」はさすがに無理だった ちこちに散っていた生徒たちがぞろぞろとが、ふたりの相性占いをしたことをあっさ かもしれん」 り彼に告げることができたのは、天秤座の 「あー」荻原は気乗りのしなさそうな声を廊下に流れこんでくる。 「こんやも行ってかまわない ? , と、おれ金星ふうの「ライトな愛情表現」が自分な だす。「そういうのは、おいおいしぜんに りにできたってことではないのか ? と自 は教室にもどりながらたずねる。 わかるのでは」 己採点する。 「じゃあ、いままでおれのどういうことが「きようはバイト」と、荻原。 それでいて、ふたりの相性が一般てきに 「そう・ : ・ : 」 わかった ? 」 おれの声が沈んだのを察したように、彼はよくないとしても、それを乗り越えてい 「えーと、兼古は」荻原はえーとえーとと けるという気持ちを廊下のかたすみで確認 はふりかえる たよりなくくり返し、「つむじが深い , しあえたのは蠍座の水星と火星らしかっ 「も、つ一日貸そう」 「は ? 」 「髪が立ってフワッとしてて、つむじのうそういって彼は、おれのプレザーの胸ポた。 せいざんいつばっ 「ーーもう一篇、この青山一髪に似た言葉 ケットに鯛焼きカイロをすべりこませた ずが深い 別れぎわに優しい荻原に、おれはここでを使った詩を知らないか ? 兼古くんーま 「不思議君かおまえは」 舟 おれはおたがいに質問したりされたり、 も翻弄される。にやけそうなのを必死でこと、壇上からおれを当てる声がした。 雪 おれは端末の画面を教科書に切り替えて すきなひととはとにかく言葉のコミュニケらえてい、つ らいさんよう 群 立ちあがり、「頼山陽でいいですか . ーションがしたい。おたがいのことを教え 「心臓が守られるみてえ」 星 流 あいたいし、いまの気持ちを伝えあいた「心臓はそんなに左じゃないよ」と彼は笑「いいよお、吟じて」 し彼はそうではないようで、おれのことって、おれの胸の真ん中あたりを優しくノ長身の古典教師は厚い胸の前で太い腕をり 組み、長い足を肩幅にひらいて、ほくほくり ックするよ、つに触れた をおしゃべりだといって笑うし、じっさい ゅ した顔でいう 話すと着眼点が謎なことをいう。知性とか「わ、わかってるけど」 すいてんほうふつ コミュニケ 1 ション能力をしめす水星は、 不意のボディータッチにときめきが激し「雲か山か呉か越か水天髣青 あまくさなだ おれと彼は誕生日が至近なためほばおなじすぎて、そう強がるのがせいいつばいだつ一髪万里舟を泊す天草の洋煙は篷 295
「まあな」 て、その中のユニークな知識を解説してく り朝早く家を出て行く。 ださい 確かに私はこだわり過ぎている 「頑張ってね」 「でも落語は笑えるわねー 「たくさんあるなあー 「大丈夫だよ。帰りはちょっと赤羽へ寄っ 「落語はすごいよ。ストーリー の宝庫だ」 「スタジオは川口のほう。遠いけど、いてくる」 「古いこと、いろいろ教えてくれるしね」 「あ、そうね。お義姉さんによろしく 「それもある」 「車で行きますから 「わかった」 妻の従弟にテレビ局で教育番組を制作し「地図を描くからー 話は少し遡るが、私は大学を卒業するま ている雨宮さんがいて、彼は私のよき理解と、すぐに具体的な話になった。 で赤羽の家に住んでいた。ときどき祖母ち 者だ。一月ほど前のこと、 「若い人相手だから、らくな服装でー ゃんを迎えていたのもここである。私が研 「落語に含まれてる有益な知識、高校生く 「ネクタイなんか、なし ? 究所に勤め、兄が結婚し、父が亡くなり、 らいを相手に話してくれませんか。このと「もちろん。そうしてください 私は住まいを東京へ移した。赤羽の家屋敷 ころ若い人たちに、お笑い、はやってます妻に話すと、収録の前日になって、 は兄が半分ほどを相続し、家族ともどもず から 「これ、着てって。私からのプレゼント。 っと暮らしていたのだが、遠からす大がか 「ええ ? お祝いよ りな区画整理が始まるらしい しろし 「落語家とはべつな立場から : 「なんのお祝い ? 」 「売るぞ、家も土地も」 ろおもしろいことあるでしよ」 「テレピ、初出演でしよ」 「家はいくらにもならんでしょ 高 田 私の日ごろの雑談に興味を示してくれ「大げさな」 「もちろん」 刀 すてきなシャツを贈ってくれた。べージ その兄は名古屋に本社のある家電メーカ阿 「そりや、ありますけど ュの長袖で、襟と袖ロと、それから左の胸 ーに勤めているから、ゆくゆくは名古屋に一 て 「本気で考えてください」 ポケットが、美しい茄子紺に染まってい住まねばなるまい。兄の妻が、 し 「はい」 る。とてもシックなデザインだ。 「土蔵にあなたのほしいもの、残っている妖 て 「来月あたり でしょ 「いい男に映るわよ」 し 「いいですけど。どうすればいいんです「上等、上等」 私に言って寄こしたのである 怪 おおいに気に入った。 「ないよ」 「二十分の番組。おもしろい落語を紹介し収録は土曜日の午後四時。妻はいつも通「本なんか、本棚にいつばい並んでいるわ ねえ
ンションだった。 痛風持ちで、年に三、四回は発症する。ス「あほいえ。飲酒運転やろ」 ーツにサンダルを履いて署に出てくるのは「くそっ、しもたな。車なんぞ乗って来ん塀際に車を駐めて、マンション横の鉄骨 くるぶし いいが、踝が倍ほどに腫れあがっているかったらよかった」 階段をあがった。二階、 202 号室をノッ のを見ると、いっしょに訊込みにも行けな案外に上坂は本気だ。真夏の昼下がり、 クする。はい、と返事があった。さっき電 と、つ そのくせ、発作どめの薬は服まないの訊込み中にビールを飲んだのは一度や二度話した泉尾署の新垣と上坂です だ。副作用で鼻血が出る、といって。 ではない。新垣も共犯だが。 ぞ、開いてますーー。失礼します 「何キロや」 「石垣島、ほんまに行きたいな。嫌という ドアを開けた。広さ十二畳ほどのワンル 「体重ですか , ほど古酒が飲めますわ , トム。独り者の住まいにしては片付いてい る。 「八十五キロか」身長は百六十五。それは「好きにせい 知っている。 シートベルトを締めた。 「どうぞ、入ってください 「それは一年前ですね。この夏、大台を超 大迫は流し台のそばにいた。新垣は靴を えましたわ」いまは九十一キロだという ゴ 1 ャチャンプルと鰹出汁のソ 1 キそば脱いであがる。リノリウムの床は足裏が冷 「もったいないやろ。スーツ代もばかになは旨かった。商店街の喫茶店に入って、上たい。勧められて、ダイニングテープルの らんぞ」 坂に薦められた漫画本を読みながらホット椅子を引き、上坂と向かいあって座った。 「遼さん、ばくはね、生まれてこのかた、 コ 1 ヒーを飲み、煙草を四、五本灰にして「コーヒーはインスタントしかないんやけ 肥満児でなかったことはないんですわ。ば店を出たときは一時前だった。勤務中に油ど、よろしいか くが痩せるということは、アイデンティテを売ると、あっというまに時間が経つ。上「いや、お気遣いなく。勤務中ですから ィーの消失にほかならんのですー 坂はいつものように映画の話をしていた「あ、そうか。勤務中なんや」 これだ。完全に開き直っている。 が、右の耳から左の耳に抜けた。 比嘉の妻とはちがって愛想のいい男だ。 おおさこきんじ 「喉渇いた。早よう行きましよ、『古酒比嘉工務店の従業員のひとり、大迫欣司齢は三十すぎかスポーツ刈りで首が太 の携帯に電話をすると、部屋にいるといつく、胸板が厚い。快活そうなものいいに好 「ビールはあかんぞ。勤務中に」 た。大迫は大正区の鶴町に住んでいる。 感をもった。大迫は奥へ行き、「比嘉さん 「古酒の一合ぐらいよろしいかな。十年一時ちょうど、鶴町に着いた。バス通りのことですよね , べッドに浅く腰かけた。 物。めちゃくちゃ旨いんやから から一筋西、大迫の住居は四階建の賃貸マ「事情があって比嘉さんを捜してますー 家』」 218
と、ショート女子は、逃げ出しそうに腰と釣りあうのはこういう子だと思ってしま 持ちを抑えられない。 彼の美しい横顔を見つめながら歩き、ふが引けているロング女子の手をつかみながった。負けたと感じて、凍りついてなにも 、らい、つ できなかった自分。 と気づく。 「いいよ」と、なれたようすで荻原は答彼と遊べない日々がつづいてつらく、彼 「もしかして、おれ、ひどい顔してた ? え、おれを見る。 に部屋にいてもよいといわれて舞いあが 荻原は笑って、「うん、なかなか」 いったいおれはどんな顔をしてたんだろり、彼を美少女に連れていかれてまたつら 「ごめん , おれはおまえにつけこんでいるか ? おう。彼は「じゃあ、家でーといい残し、後 嫉妬の感情が体の内側を焼いていくの れはフェアじゃないか ? 胸の中には言葉輩女子に連れられていった。 があふれる。おれもともとは、こんなねち彼の部屋にたどりついたものの、どうやを、床のうえでただ味わっている。たしか っこい人づきあいする人間じゃなかったんって学校からここまで来たのか思い出せなにこれは大量の体細胞を殺していく痛みだ いありさまだった。おれはバイク通学で、なと思う。つらいことならこれまでいろい だよ。もっとドライで、だれかと毎日会わ バイクに乗ってきたというのにその記憶がろ、たくさん、あったはすなんだが。胸に なきや気がすまないとか、相手の気持ちが わからないのに突き進んでしまうとか、そないのだった。危険すぎる。彼のことで動新しい痛みの記憶が刻まれていくのを感じ ながら宙を見あげる。 んな馬鹿なこと自分が望むわけがないし、揺しているときは運転はやめたほうがいい かもしれない 「おれは、嫉妬が、すごいな : するわけがないと思っていた。 いつのまにか泣いていたようで、気づく テ 1 プルには、べべさんがおいていって 「荻原先輩 ! 」 玄関を出たところで、彼を呼びとめる声くれた赤いチェック柄の魔法瓶とロールケと顔がぬれてボワッと腫れている感覚があ ーキ。しかしそのどちらにも手をつける気った。腹の底から震えが起こって大きなく があった。ふりむくと後輩らしき女子ふた になれす、おれは床に転がって空気中の微しやみをした。まだストープをつけていな り組がいた。ひとりは真っ赤になって、つつ かったことに気づく。 むくストレートロングへア、もうひとりか細なほこりを目で追っていた。 はきはきしたよ、つすのショートカットで、 人気者をすきになってしまったのだとわ眼鏡をはずして目をこすり、鼻をかみな 声をかけてきたのはショートのほうだっかっているつもりだった。しかし目の前でがら寝返りをうっと、べッドのしたにオレ 、」 0 かっさらわれることが、こんなにつらいとンジ色の靴下が片方落ちているのを見つけ は。ロングへアの子は可愛くて美少女とい た。裸眼でも気づけたのは、暗がりに小さ 「ちょっと時間いいですか ? お話しした ってもいいくらいだった。外見てきに荻原なほのおが燃えているようだったから。奴 いことがあって」
大蒜の匂いもするのは、時間があれば作ろ「でも、帰るんだ ? 答えながら、わたしはプイヤべースの中 うと思ってたアヒージョか。食材の用意は「まあ、最初から決めてたしね。今日までの大きな有頭海老に丸ごとかぶりついた。 してあったから、確かに支度は彼女に任せって」 外では絶対できない行儀悪さだが、見てい てもよかった。それでも今日は、できるこ そう言って舞子は斜めにカットしたベビるのが舞子だけなら気にならない。わたし とならわたしが腕をふるってあげたかった ーコーンを口に運び、くすくすと笑った。 が作るよりも薄味で、スパイス強め。彼女 のだが。 今回のお仕置きはこれで終わり、というこの味がした。 そんな悔しさを抱えながら、着替えて食となのだろう。 「でも気を付けなさいよ。あの人謝るとき 卓に着いた。今夜は舞子と過ごす最後の夜彼女の家出の理由は、亭主である道彦のはすつごい真剣に見えるけど、あれ演技だ ほだ だ。明日の朝、彼女は自分の家に帰って行浮気とも呼べない女遊びだった。どこかのから。絆されて許しちゃうと、調子に乗っ キャパクラの若い子に入れあげて、週三回て同じこと繰り返すよ」 「でも、本当にもういいの。許してあげるも店に通いつめ、携帯は営業メールに対す「よくわかってるんだね、君香。さすがは わけ ? 」 る熱い返信でいつばいだった。そのうちの元妻」 「うーん、でもあんまりしつこいから。今一通に妻である舞子への悪口を見つけて、 えっへん、と胸を張ってみせると、彼女 日なんて、一日に携帯に着信二十回よ。ま彼女はそのすべてを削除して家を出たのだ はまた可笑しそうにころころと笑ってくれ った。 るでストーカーみたい た。鈴のようなきれいな笑い声が、心地よ わたしは「あらら」と呆れる。「どうせ「ほんと、あんな水商売の女の子のどこがくわたしの耳をくすぐる。これを聞くため 出ないのわかってるのに、ご苦労様ね。こ いいのかしらね。わたしたちだってそう負なら、わたしはいつだって彼女の道化にな る。 こにいるのはわかってるんだろうから、わけてないと思わない ? たしにかけてくればいいのに 「無理もないわよ。わたしたちはもうすぐ舞子の夫である道彦は、かってはわたし 「まさか。あの人にそんな度胸、ないわ四十よ。男ってのは結局、若い子が好きなの夫だった。三十のときに結婚し、三年一 緒に暮らして、ある日突然離婚を切り出さ そう首を振る彼女の目を覗き込み、わた「あの人、昔からそうだった ? 」 れた。わたしと別れて、舞子と一緒になる しは尋ねる。「それで : : : 話はしたの ? 」 「ん ! ・ : : 前はそういうお店は行ってなかと。どうやら彼女は結婚式のすぐあとくら 「してない。だって口きいたらまたきっとったけど、でも会社の女の子とかにはデレ いから道彦に粉をかけていたらしく、三年 腹立ってきちゃうもの」 デレしてたかな」 かけてようやくそれが実ったというわけら よ
そう 窓に横たわりてーーー」 かいをくりかえす不調和な家庭から自立しや、自分でも無自覚な部分を表す天体の おれが頼山陽の『天草洋に泊す』をそらて、愛する人と、おたがいを尊重しあうふ「月」と、究極の体験を意味する「冥王星」 んじるのを、無駄にガタイのいい教師は目たりだけの暮らしをつくりたい。 ートナーの が入っている。この配置は、。、 をとじて、つつとりと聴いていた。 おれの七ハウスは水瓶座で、天体は月と色にすっかり染まって相手と双子のように あんしよう 暗誦し終えると、教師はしみじみいう。冥王星が入っている。水瓶座七ハウスの解なってしまいがちなことや、相手の影響で 「兼古くんはさ : ・ 説の中に「常識やぶりな欲求をつきつけて人生が激変する傾向があることを意味して 「はあ」 も受け入れてくれる相手を望んでいる」と 「声がいいよね : いう記述があり、まさに自分のことだと思「荻原の色に染まるおれ : : : 荻原のせいで 教室にどっと笑いが起こる ってどきりとした。おれは荻原に、彼を独人生が激変しちゃうおれ : : : 」 「で、この詩に出てくる太白ってのは、な占したい強欲さや、会いたくなったら深夜枕に顔をうずめて、書いてある言葉にく んだろう」と、教師。 でも押しかけてしまう勝手さや、彼の友人ねくねとする。彼に愛される自分になりた 「金星ーと、おれ。 たちを見くだす傲慢さを備えた自分を、ま し彼とずっといっしょにいられる自分に なりたい。 るごと受けとめてほしいと思っているみた 「はい正解。ありがとう」 着席し、おれはふたたびニュ 1 スレター いなのだ。あまり性格がいいとはいえない わがままな自分をそっくり受け入れてほ に目を落とす。 自分でも彼のそばにいることを認められしいという欲求もあれば、彼のためならい て、安心したいという欲望がある くらでも変わりたいという望みもまた、あ 占い師によっていうこともさまざまで、るのだった。ホロスコープ内では、ある星 一日の終わりに、べッドの中で占星術サ水瓶座七ハウスの性質を「形式にこだわら座に天体が位置し、その反対の性質の星座 イトをチェックするのが楽しい ない結婚観ーとか「三角関係や不倫も平にも天体があるのは当たりまえだ。ひとり 片想いの葛藤まっただなかの身として気」とかいう人もいて、それらはピンとこの人間の中には矛盾する要素がたくさんあ は、気になるのは結婚運やパートナー運をなかった。三角関係なんてぜったいいやるということを明示されたようで、気が楽 しめす、七ハウス。遊びとしての恋愛運をだ。浮気なんかされようものなら相手を殺になる。 しめすのは五ハウスらしいんだが、恋愛がしておれも死ぬみたいな修羅場を演じそ、っそして荻原。彼の七ハウスは牡羊座で、 遊びだという感覚がおれにはない。 一日もな自分がいる 天体は海王星ひとつ。七ハウス牡羊座は、 はやく生活力を身につけ、理解不能ないさそして、この七ハウスには、おれの素顔新鮮で未知数の可能性を感じる関係をこの 296
室谷さんと話しているうちに、だんだん 感情的になりすぎる一歩手前のギリギリのれないけど、それは仕方なかったんですー ところでプレーすることを覚えなければな野々宮のプライベ 1 トな話を他人にしゃ混乱してきていた。野々宮が嘘をついてい らないそうだ。でも「ギリギリ」の感覚はべってもいいのかわからなかったけれど、るわけじゃないのはわかっていた。でも、 室谷さんがまったくのデタラメを言ってい 人によって差が大きいので、教えてもらう黙っていられなくなって、私は言った。 というよりは経験を積んで自分で見つける「本人だけのせいじゃないんです。二歳のるとはどうしても思えない。 もし、室谷さんの話が事実だとしたら ? しかないらしい。もちろん、言うほど簡単ときに、お母さんの再婚でアメリカに行っ なことじゃない。 て、それから十二歳までずっとあっちで暮野々宮の勘違いで、室谷さんの指示でもな く、また内田さんも、野々宮をつぶすつも 「だけど、はずみで後ろからチェックするらしてたんです。中学に入るときに、大好 きだったお父さんから引き離されて日本にりはなかったとしたら ? でしよ、つか ? 「うーん , 室谷さんは言葉を探した。「何帰ってきたけど、日本はほとんど初めて「野々宮はそのままいなくなったから知ら をもってわざとっていうのか、線引きはむで、お母さん以外誰も知らなくて、言葉もないと思うけど、あのあと、一年の父兄か ずかしいな。状況からして、後ろから行っ不安だった。知らない場所で、知らない子ら学校に猛烈なクレームがきてさ、内田を たのは確かだし。みんなパックに気を取ら供たちの中に突然放り込まれて。だから心退部させろって。すごかったな。結局、顧 問が体を張って阻止したけど、その代わり れてたか、自分がカバーしてる相手を見て細かったし、ひとりばっちだったし、誰に て、誰もその瞬間をはっきりとは見てなかも相談できなかったし、すごく怖かったとに、一年がだいぶ退部したよ。だから今年 ったからな。証明しろって言われると困思います。野々宮にとってはホッケーだけの一年は高校からの部員が多い。内田は相 が自信が持てることで、リンクだけがなじ当心理的なダメージくらって、しばらく休 る。でもケガまでさせるつもりは、本当に 子 なかったと思う。内田は体はデカいけど基みのある場所で、だから毎日必死に頑張っ部した。俺もキャプテン下ろされたし。そ 恵 本的には、気が小さくて、人のいいやつなてたんです。普通の人にはただのスポーツうそう、それから、内田は親と一緒に何度千 んだ。 ・ : あのときは、確か直前にちょっかもしれないけど、野々宮にとっては唯一か野々宮の病院に見舞いに行ったけど、河 野々宮の親に追い返されて会えなかったら とした言い合いがあった。野々宮は正直、の居場所だったんだと思います」 音 クソ生意気なガキで、先輩にも遠慮なく注一気にしゃべったせいで息が切れ、私はしいよ。あんたの話を聞く限り、本人は聞 いてないみたいだけどな」 文つけてきやがったからな。それで内田も深く息を吸った。 無 「いろいろ誤解があったのかもな」室谷さ「聞いてないはずです。だから、自分が大 つい興奮して」 木杯でポイントを上げたから、ねたまれて 「野々宮は、確かに生意気に見えたかもしんはつぶやいた。
日ごろ仲のいい夫婦なのに取りつくしま こっそり納屋に入り込み、つづらを開けて し、鏡をつかわそう」 もないほどの争い 尼さんが宥めなが この村にはまだ鏡というものが知れていみれば、 ら事情を聞けば、 なかった。遠い時代においては鏡は大変貴「こりや、なんとー 「この人が女を納屋に隠してる - 自分の姿を見て : : : 女がいるではない 重な、珍しい調度であった。 「ひどい言いがかりだ」 この男の年齢が、父つあんが死んだときか さては私に隠れて、こんなところに尼さんが頷いて、 に近く、加えてこの父子は顔立ちがよく似 「よし、よし。私が確かめてみような」 ていたらしい。お殿様はク子は親に似たる女を囲っていたのか と納屋に入り、つづらを開けた。すぐに いい人だと思っていたのに、とんでもな ものぞと亡き人の恋しきときは鏡をぞ見 戻って来て、 、。亭主が帰ってくると、 よと歌までそえてつかわした、というか 「お前さん、なんてひどいこと、なさ「二人とも喧嘩はやめな。中の女も申しわ ら念が入っている。 けないと思っておるわ。尼になってわびて 男はこの褒美をことさらに誇ることもなるー いる」 く宝物として納屋の奥の、つづらの中に納と、くらいつく。亭主はさつばり見当が とい、つ落ちになる めて、けっして他人には見せない。自分独つかす、 馬鹿らしいけれど、トン、トン、トン、 「なにを怒っている」 りで覗いては、 父つあんがいる 「よくも白っぱくれて。私に隠れて、女を弾むように話が進んで笑えてしまう。 囲ったりして」 初めてラジオでこの落語を聞いたとき、高 そっくりの容姿が懐しくてたまらない 演者がだれだったのか、高校生の興味はそ田 「わからん、わからん」 朝なタなに、 こまでは届かなかった。が、多分、名の知阿 「許せんわー 「父つあん、おはようございますー れた名人上手であ 0 たにちがいない。巧み一 「馬鹿こくな」 「父つあん、今、帰りました」 に少年の脳みそをゆさぶってくれた。もち 大喧嘩になったところへ、たまたま村の と親しんでいた。 し ろん、 この男の女房がかいま見て : : : なにしろ尼さんが通りかかり、 て いくらなんでも鏡を見て、そこに人 「まあ、まあ、まあ」 くわしい事情をなにも聞いていないから、 うちの人、なにしてるのかしら と仲裁に入る。 間が実在してるって : : : 思わないよなあ怪 「こいつめ、気が狂うた」 訊ねても教えてくれない。なにか大変な とは考えたが、それを言っては落語は成 「あんたこそ気い確かか」 秘密があるらしい。亭主の留守を狙って、 なだ
イラストレーターの二宮由希子さんと一緒 ってください〉 ラストレーターと漫画家の境目がなくなっ と書かれたハガキが届いた。これを郵便に「ギャラリー」にいらっしやった。 た理想の時代を作った ) 、「本人術ー ( もは この日、丹下さんは娘のバレエの発表会が 受けで手にしたばくは、「わ 5 や説明不要 ) を発明した芸術家であり・ : やったー ! 」と叫びながら、そのあるとかで在廊していなかった。 え 5 っと、とにかく自分の人生にモロに影た 1 伸坊さんと二宮さんとしゃべることで気 場でめいつばい三回ジャンプした。『あひ 響を与えた人が目の前にいるのだ。 実は、二〇〇三年、初めての個展『人のびき』というのは『アックス』 ( 『ガロ』の持ちがいつばい。ちょうど久しぶりに会う 後継誌 ) に持ち込みして、ボツになった漫大学時代の友達が来ていたが、すごく適当 間』をやった時に、これも記念だと思い 「マスコミ電話帳 , で南伸坊さんの住所を画だったけど、『ガロ』の元編集長であるにあしらってしまった。小一時間ほど歓談 調べて勝手に案内ハガキを送ってみた。当伸坊さんに褒めてもらったので、自分の中して、ばくとしては、もう充分に満足だっ た。記念撮影もした。今日の出来事でこの 然、いらっしやらなかった。そりやそうでは「入選ーにしておいた。 だ。見す知らずの男から変なハガキが届い 〈展覧会見に行きます〉ではなくて〈頑張先三年は頑張れると思った。たまにはいい ってください〉という結びだったので、きこともあるもんだな。 ても、忙しい時間を割いて行くわけない。 出過ぎた真似をしてしまった。恥ずかしっといらっしやらないだろうと思っていた「そろそろ私行きますね」 と二宮さんが言った。ところが伸坊さん い。以来、展覧会のハガキは出すことを控が、予想通りであった。一方的に知ってる だけなんだし。 えた。 「え ? もう帰っちゃうの ? 」 しかし、二〇〇七年「こつけい以外に人でも、このハガキがどれだけ励みになっ と言った。 間の美しさはない』という個展をした時、たかわからない。今もトイレの壁に貼って ( え ? 伸坊さんは帰んないの ? ) 同名の作品集を作ったので、性懲りも無ある。 三人でいると話しやすかったのだが、と : とい、つよ、つなほのかな交流があり、 く、勇気を振り絞って伸坊さんに一冊献本 その後、イラストレーターの集まりなどでっさに出た伸坊さんの言葉に自分と同じ心 してみた。そしたら、 〈すごくおもしろい。ツルゲエネフ原作、お会いした時に挨拶くらいはするようになの動揺を見て取った。 「そうなんです、今日中にやらなきゃいけ 伊野孝行まんが・脚色「あひびき」も「金ったが、ちゃんと話をしたことはなかっ ない仕事があって」 太郎全敗物語」もいいし、スモウもの、マた。それがついに今日 ! と二宮さんはあっさり帰って行き、ギャ ゲもののイラストもいい。全部いいです。 何回も見ました。これからも見そう。頑張伸坊さんは、ばくとの共通の友人であるラリーには伸坊さんとばくの二人だけにな 506
などとドラムは、、 しつものごとく、とい しながらおれは続ける。「良識ある人間は 「ダサすぎてャパくないか ? うか、以前はサポートメンバーだったから みんなそう言ってる」 「ダサい ? 」 「はっきり言うぞ、とおれは言った。大声「その、良識ある人間とやらの名前を出しそれなりに筋が通ってたけど、正式メンバ ーとなった今でも、自分のバンドを他人事 てもらおうか」 で言いたくてたまらなかった。「ダサい 「木塚卓也だろ、米村秀一だろ、サミュエのように評する。 死ぬほどダサい ! 」 それにしても、紅白歌合戦ねえ。ドラム ージェスだろ、下の名前は知らない 「なんでやねん ? 」関西人でもないのに突ル・バ も出世したというか去勢されたというか けど岡部さんだろ、それからーー」 然関西弁を使ってドラムが問う。 まあ、それこそ一般市民に、とりわけキャ 「そりやそうだろが紅白歌合戦に出るよ「ぜんぶ、おまえの友人知人じゃん」 ハクラの女の子とかに自慢できるからいい うになったらロックンロールバンドもおし「名前を出せって言うから出してんだ、ポ けど。デカメロンズでドラム叩いてる上田 まいだ。ノーベル文学賞を受諾した瞬間にケが ポプ・デイランがダメになったのとだいた「シロウの周りの人間になんて言われよう健夫、あいつはおれのマプダチ中のマプダ チでね、昔はいっしょに暮らしてて、よく い同じ と、おれはぜんせん気にならないね , 晩飯とかも作ってやったんだよなあ : 「くそ。一般市民をバカにしやがって」 「ポプ・デイラン、ダメになったのか ? え、サイン欲しいの ? 会わせてほしい ? 「バカにしてるのはおまえのほうだ」 「ダメになったね。地に落ちたね。ノーベ いいよ、今度連れてくるよ : : : みたいな ル文学賞も地に落ちたけど。音楽と文学の「はあ ? 」 違いもわからないアホどものインテリ集「紅白ってのは一般市民が観るもんなんだ「ところで、シロウ」ドラムが声音を変え茂 井 から て言う。「イズミは覚えてるか ? 」 団」 桜 くそっ。なんか違う気がするけど、なん「イズミ ? 「面倒くせ 1 な、相変わらず、シロウは」 ・ = ん ? 誰だ 0 け ? 「イズ一 ミと言われても、おれにはおまえを振った度 「とにかく地に落ちたの、ポプ・デイランか合ってる気もする もノーベル文学賞も。もはや野良大も食わ「ま、来年でデカメロンズもデビュー二十女しか思い浮かばないな」 を 五周年だしさ、ここらでお茶の間にお披露「それだ。そのイズミだ」 ない残飯だ」 「シロウの中では、ってことね、やたらと目して新たなファンを開拓しようっていう「だったら覚えてるよ。覚えてるに決まっル 魂胆じゃないのかな。の売り上げは仕てるじゃん。いい匂いがしたよなあ、彼女ア 落ち着き払ってドラムは言う。「はいはい らつわん 「おれの中だけじゃねえよ、バカやろう」方ないにしても、肝心のライヴ動員数なんは。辣腕弁護士と結婚して二児の母になっ た、とかなんとか週刊誌で読んだけど ドラムの態度と物言いに、さらにムカムカかも、微妙に減ってるっていう話だし」