運動会 - みる会図書館


検索対象: 小説すばる 2017年1月号
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1. 小説すばる 2017年1月号

玉井レイは一年間の契約社員として、株式会社運動会屋に採用された。 社長の海野日く、レイには夢の実現に大事なクパッションかあるという。 な成績で。そんなことも知らないのか ? 「だって、あたし理系ですから , 反論してやった。 ンンン : 「私だって理系だぞ。寄生虫の研究をしていた。卒論のテーマは 朝の空に花火が鳴り響く。まさに今日、運動会が開催されるこ『野ネズミの内部寄生虫の変遷』だ」 とを知らせているのだ。 「ウェッ 振り仰いだレイの目に、白い煙がゆっくりと溶けていくのが映「きみの専攻は ? 「数学です , った。そうして上空は、再び雲ひとつない真っ青だけになる。 そう、自分の人生は数学とともにあった。なのに、こよなく愛 「さわやかですね」 と口にしてみた。まったくそんな気分じゃなかったけれど、せする数式と離れて久しい。そして、今はこんなことをしている。 めてそう言葉にすることで自分を盛り立てようとしたのだ。それ運動会の準備を。ある事情から、レイは一年間、運動会屋で働く なのに、 羽目になったのだった。 「クさわやかツは秋の季語だ。春の今はクうららかクという」 渡された紹介状と履歴書を手に株式会社運動会屋の事務所を訪 しまけんいち 島憲一がめげさせるように混ぜっ返す。 ねていくと、即社長面接を受ける運びに。 うんのかい 「きみは一応、大学院の修士課程を終えてるんだろ。しかも優秀「海野快だ」 運動会屋上野歩 画・おとないちあき へんせん 154

2. 小説すばる 2017年1月号

す。ク運動会を終えたあと、選手たちは違 う自分に出会うクって島さんが言ってまし た。しかしそれは、本当の自分を知ったう えでのことなんです。新しい組織に生まれ 変わるためには、等身大の会社の姿を知る 必要があるんです , 「そんなもんかね ? 「そんなものです ! だから、営業一課さ んの真の姿を皆さんに分かってもらう運動 会にしたいんです ! いわば運動会は営業 一課さんの存在証明の方程式なんですリ」 「おまえ、なんかやたら熱くなってネ ? 「え ? 」 あたしが熱くなってる ? 「まあ、落ち着けよー そう言われて、なんだか照れ臭くなる 自分らしくないなと思いつつ、レイはひと 息つくとパソコンに向かって進行表を作成歩 「だけどよ、熱くなっていけないわけじゃ ないわな、そりや」 カケルがなおもひとり言のようにつぶや会 なんとなく、ふたりして気まずくなって 黙りこくっていた。

3. 小説すばる 2017年1月号

そう名乗るのを聞き、冗談かと思った。 そして今日、何度目かの運動会のスタッれる片腕的存在だ。島が受験した当時は国 「今、運動会みたいな名前だと思ったろ」 フとしてレイは加わっていた。 家公務員—種と呼ばれていた難関を突破 ひげ面で年齢が判別しにくいが、どうや「じゃあ、このメジャーに沿ってラインカし、文科省に入省したエリ 1 トが、しか ら三十代半ばといったふうの海野社長が面ーを走らせろ」 し、なぜこうして運動会屋にいるのか ? 白そうに口を緩め、こちらに視線を向けて島の指一小に従ってトラックの内側の芝のそんな疑問はともかく、ラインカーを押 くる。太い眉。細い目が厳しい フィールドにドッジボ 1 ルコ 1 トをつくしていた自分も腰を伸ばし、深呼吸する 「しかし、そっちも運動会屋にはびったりる。球技でもクイズでも競えるものはすべ朝露に濡れた芝の匂いがした。 の名前じゃねえか。玉井レイとはな」 て運動会の種目だというのが社長の海野の 「やー 、玉入れ ! 」小学校の時、よくか持論である。また実際、男女入り混じってあっという間に開会時刻になる。選手入 らかわれたつけ。よりにもよって大っ嫌い身体にポールを当てつこするドッジボール場。本部テントの音響機材につながったス な運動会に引っ掛けて。だが、給食をお代は盛り上がるのだ。 ピーカーから晴れやかな行進曲が流れる。 わりするのにやりがいを見せるくらいのそ石灰を積んだラインカ 1 はとても重い。 そして、フィールドの向こうから前進し うした連中は、運動会では違った。光り輝自分のように非力で不慣れな者は、どうしてくる男女混成チームの選手団は、さっき く存在になった。 ても真っ直ぐに進めず、ラインがぶれてし島が「さわやか」と表現を修正した今朝の 運動音痴の自分は、体育の時間はすべてまう。小学校の時にもライン引きを手伝わ空気とまったく不似合いだった。キャパ嬢 仮病で見学にしたかった。運動会の前日とされ、石灰で手がかゆくなった。石灰は重とホスト氏らである。動きやすい服装とい もなれば、ひたすら雨が降ることを願った いし、手がかさかさになるので今も嫌いうことで、だいたいはジャージ、スパッ し、校舎が丸焼けにでもなって中止になれだ。 ツ、ジーンズを身に着けているが、女性の 中には、お尻がはみ出しそ、つなショート。、 しいと本気で祈ったものだ。 「さわやか、かーー」 このたびはその名前のおかげかどうか、 島が空を見上げ、ふとつぶやく。そしてンツや店のコスチュームらしいバニーガー レイは一年間の契約社員として運動会屋に深呼吸した。 ル姿のコもいた。男性もファストファッシ 採用された。運動会の企画、運営から会場「レイちゃんの言うとおり、今朝の空気はヨンプランドのルームウェアだったり、な の確保、設営、撤去、備品の貸し出し、スそっちの言葉がびったりなのかもしれんにを考えてのことなのか白いスリーピース 姿もいる。驚いたことに、ジャ 1 ジを着て タッフの派遣までをワンストップサ 1 ビスな」 で提供するこの会社に。 海野よりも一一、三歳上の島は、社長の頼いても、男性の足もとは大半が先のとんが たま 156

4. 小説すばる 2017年1月号

歩みは、シンプルで実直であるような気が「しかしなレイ、このまんまだと、一課にきつけた。 さがみはらしやりよう はつば した。 発破をかける運動会なんてもんじゃ済まな「相模原車両さんに行ったらクお宅の沼 野課長に、これをなんとかしてほしいクっ 仕事が増え、機械が増え、従業員が増くなるぞ」 てよ」 え、工場の規模が拡大してゆく。従業員は「それって ? 沼野は課長席を外している 心の中に芽生えていた不安が前面に出て 地元の新卒の高校生を中心に採用するよう 今日もレイはフジモリ製作所の営業部に になった。それが、専門学校生になり、短くる。 大生になり、大学生へと範囲が広がってゆ「全社を挙げて、一課を吊るし上げるよう顔を出していた 小西が鼻先に突きつけられた図面をひっ な運動会になりかねないってことだ」 かたぎ 、ん、ん、ど、つしよ、つ : たくるように受け取ると、広げて眺めた。 職人気質で旋盤に向かうのみの岩田や沼 なにやら古い図面で、紙が茶色く変色して 野にも、納品や客先との折衝、新規開拓の「おまえの責任重大だな」 いる って、あたしの責任なんですか 営業を託すようになった。 「なんの部品です、これ ? 」 「だって、おまえが担当した会社だろ」 「イワさんを営業本部長に、ヌマさんを営 小西の質問に、営業マンが露骨に迷惑そ 業部長にという腹づもりでいたんですが、「じゃ、カケルさんは ? うな顔をして見せた。 「俺はただの教育係だし」 私の構想は甘かったようです」 そんな : ・ 「知らねえよ ! そっちで訊けよ ! こっ 藤森が寂しげな表情を見せた。 ちは新規の営業で行ってるつつーのに、 「ところで、フジモリ製作所運動会のオリ 課の雑用の使い走りをさせられちまって 「つまり、藤森社長の思惑をよそに、沼野さジナル種目は決まったのか ? 」 よいい迷惑だぜ」 カケルにそう催促され、 んは課長職から出世できないってわけか」 歩 吐き捨てるように言うと、再び部屋を出野 社に帰って報告すると、カケルが感想を「ただいま考案中、です」 ていった。それを見計らって小西のもとに 力なく応えるしかない自分がいた 述べた。 歩み寄る。あまり一課に接近すると、一緒屋 レイは頷いて、 4 に怒鳴られそうだ。かといって情報を得な会 「一課をめぐる職場の雰囲気は最悪です」 ければ、運動会の企画も立てられない 「だよな」 「なにかの図面なんですか ? 「おい小西、これ , 彼も自分が顔を出した際の営業部を思い 出しているようだった。 帰社してきた二課の営業マンが図面を突訊いてみる。

5. 小説すばる 2017年1月号

、」 0 そんな沈黙を破るように、 う、これがあたしにとっての絶対領域って すいそう 「ところで、露店の希望はあるのか ? 」 「カケルさん、ヨ 1 ョ 1 釣り用の水槽っところか カケルが訊いてくる。 て、業者の人に頼んだら貸してもらえるで やってきた島が、 きよう しよ、つか ? 」 「綿アメと焼きそばの屋台を出してほしい 「美しいラインを引くのは運動会屋の矜 そうです」 「ああ、露天組合のおやっさんに掛け合え持だ。うまく引けたぞ、レイちゃん」 モニタから目を離さずにレイは応えた。 ばなんとかなるだろ。だけど、なんに使、つ声をかけてくれる 運動会屋では、客先の希望によって屋台んだよ ? 」 フィールドをぐるりと取り囲むトラック 店を出したり、閉会後にバ ーベキューのオ「フジモリ製作所運動会のオリジナル種目を見回す。四〇〇メートルトラックは広 プションを用意したりする。海野が馴染みです」 、。いつ見てもそう感じる。競技場の外に の精肉店から上質の牛肉を仕入れてくるお自分の中に、再び熱さが満ちてきた。 は里山の緑が望める。空が青く晴れ渡って かげで、運動会屋のバーベキューは評判が いた。レイは髪をきゅっと結び直す。今日 いいのだ。 も運動会が始まる。 黒田興行の運動会では、たこ焼きとヨー レイは芝のフィールドにドッジボ 1 ルの ヨー釣りの屋台が出た。キャパ嬢もホスト レイはここまでの得点を集計すると得点 氏もたこ焼きをおいしそうに頬張り、無邪コートをつくっていた。ラインカ 1 は押す板に表示した。赤組の 640 点に対して白 気にヨーヨー釣りを楽しんでいた。屋台はのに力がいるし、ガタガタ揺れる。それを組が 680 点。そして、あと二競技を残す 無料で利用できる。ひなの三人の子どもた安定させるには、持ち手の根もとを握るよのみとなった。 ちは、水に浮かんだヨーヨー風船を飽かずうにすればいいのだと気がついたのだ。押「点差か 釣っていた。お祭りや縁日の露店では、力している姿は前かがみで不格好だが、こう とレイの隣の役員席で、藤森が面白そう ギのついたこよりが切れたらおしまいなのすれば真っ直ぐなラインが引ける。 に一言った。 に、いくらでも続けられる。夢のような世石灰は重いし、手がかさかさになるのですると、その隣に座った岩田が、 界だろう。そう、運動会屋はさまざまな夢嫌いだ。でも、きれいなラインが引ける「いや、社長。アタシは実のところ、一課 また を演出するのだ。 と、足で跨いではいけないような気にさせはほかの部署からの信頼が得られず、チー その時、レイの中であるイメ 1 ジが走っられる。まるで聖なる領域のように。そムの統制が取れなくて、もっと得点差が開 170

6. 小説すばる 2017年1月号

度の従業員にも目が行き届かなくなって いきみが、きみ自身の夢の実現に近づけると「あー た。これからは、営業と事務を広いワンフ考えたんだろうな。ただ漠然と運動会屋に 思わず声が出る。通りかかった小学校で ロアにするつもりだよ。あ、もちろん社長勤めてるんじゃなく、社長の言うパッショ運動会をしていたのだ。春に運動会を行う 室もやめて、そこに私の机を置くことにすンを燃やして働くことでさ」 学校も多い る」 パッションを燃やして働くことで、自分レイはなんとなくその様子を、フェンス 藤森が日没間近の西の空に目をやり、レの夢に近づける 越しに眺めていた。 イもそちらを眺める 「おーい 、レイ ! 」 三年生くらいだろうか。児童らが徒競走 「私はいつの間にか会社を大きくすること向こうから海野が声をかけてきた。 をしている。五〇メートル走だ。 を急ぎ過ぎていたようだ。もちろん、いた「今日の仕事のあとのビールは、きっとう 順番待ちの女の子がしやがんで、胸に小 ずらにのんびり構えるのがいいとは思わまいんじゃないか さな手を当て、必死に自分の気持ちの高ぶ ん。必要なのは、ゆっくり急ぐってことな レイは大きな声で応える。 りを抑えようとしていた。その子の緊張が んだろうな」 「おいしいビールが飲めそうです ! 」 痛いほど伝わってくる そ、つ言って笑う 「んじゃ、ここ片づけたら、みんなで飲みその子が走る番になった。位置につい レイも微笑み返した。 に行くぞ ! 俺のおごりだ ! 」 て、立ってスタートの構えをとる。ピスト 「社内運動会を終えたら、違う自分に出会 スタッフから歓声が上がった。 ルが鳴ると、瞬間目をつぶったが、すぐに こよい ったような気がするなあ」 明日は休みだ、今宵はゆっくりお酒を楽固まっていた身体の殻を突き破って飛び出 そ、つつぶやくと、 しもう。なんだか、自分が運動会屋の一員した。ただ一生懸命に走っている女の子 になれたように田 5 えた。 「では、失敬ー の姿を見ているうちに、涙があふれてき 去っていった。藤森の背中を見送ってい カケルがこちらを見て笑っている。そのた。 たら、 顔が、グッジョブと言ってくれてるような この涙はなに ? こんな涙は初めてだ。 「レイちゃんも、違う自分に出会ったんじ気がした。 レイは流れる涙に身を任せていた。 ゃないか」 ( 了 ) 声がした。振り返ると島だった。 翌日の昼前、レイは家の近所をぶらぶら取材協力】 z O 法人ジャパンスポ 1 ッコミュニケ ーションズの皆さん 「社長は、種目企画部に配属することで、散歩していた。 174

7. 小説すばる 2017年1月号

飲める仕事をしろ」 という金属加工会社だった。 り固め競争というのがあった。選手たちが 海野が立ち上がった。 ふたりは社長室に案内された。名刺交換コテでセメントの表面を慎重に平らに均し ふじもり 「あとは島さんが説明する」 した相手は、社長の藤森と営業本部長の岩ていく姿を、観衆がしんと見つめている光 景はひどくシュールだったけれど。 そう言い残すと、海野は行ってしまっ田である た。社長室などはない。海野の席は、ほか「この〔種目企画部〕っちゅうのは、なに つるつ禿げの岩田に対して藤森のほうは の社員ーーーといっても全部で六人しかいなをする部署ですかな ? 」 ロマンスグレ 1 の紳士という感じ ( って表 いのだがーーーと横並びだ。三つずっ向かい 応接セットの向かいにいる岩田が、名刺現はちょっと古い ? ) だった。彼は自分の 合わせに置かれたデスクの一番端の席に着を眺めながら興味津々で訊いてきた。耳の執務机に着いて、温厚そうな笑みを浮かべ 上と後頭部にわずかに髪を残しただけで見つつ応接セットの様子を眺めている。 レイは続けた。 島もまた、座ったままそちらのほうを振事に禿げ上がっている り返る。そして、 ソフアの隣に座っているカケルが、肘で「オリジナル種目のご提案も含めて、貴社 「おーい、カケル。ちょっと来てくれない レイのスーツの腕を小突いた。おまえが応独自の運動会をかたちづくるのが、種目企 えろ、とい、つことだ。 画部になります」 「はい と声をかけた。 ここまでの説明について「よおし , とい とレイは、岩田にでもカケルにでもなく すると、社長の斜め向かいでパソコンに 、つよ、つに、カケルが大きく頷いていた。 向かっていた若い男子が立ち上がった。 そう返事すると、 レイは安心して先を続ける。 「弊社ではお客さまのご要望を受けて、オ「そこで、よりよいご提案をさせていただ っ 0 ーダーメードの運動会を手掛けています。くために、ぜひとも貴社を偵察させていた 開会式から閉会式までのプログラムはもちだきたいとーー」 自分や海野が運動会みたいな名前ならろん、たとえば、客先のビジネスや商品を隣でカケルがガクリとしていた ば、彼は箱根駅伝みたいな名前だった。箱盛り込んだオリジナル競技などもご提案さ「て、偵察ですか ねやま 慌てたように岩田が訊き返してくる 根山カケル。先輩社員の彼は、二十三歳のせていただきます」 レイよりひとっ齢上だ。 これまでレイがスタッフとして参加した「あ、じゃない、視察させていただければ 今日、カケルと訪ねたのは、運動会開催中には、引っ越し会社の段ボール組み立てと考えております」 せいさくしょ の依頼があった横浜市内のフジモリ製作所競争があったし、土木会社ではセメント練するとすぐさまカケルが、 か」 ひじ なら

8. 小説すばる 2017年1月号

て、その下に、それぞれ四つのデスクが置「あんたんとこは新規案件の獲得で、すつを機能的に動かせるかの競い合いともいえ かれている。営業マンたちはみんな出払っかり二課に水をあけられとるんだぞ るのです」 すると、 そこまでなめらかに語ってから、 ているらしく、席は無人だ。今いるのは、 それぞれの課長だけ。 「まあまあ本部長、その分うちがしつかり「そうですよね、沼野課長」 と確認をとる。その不敵な笑みは、もは 課員らの机は、両課ともふたつずっ向かカバ 1 してますんで」 や結果は見えているとでも言いたげだっ い合わせに置かれているが、課長席はこちそう取り成したのは二課長だった。 らを向いていた。一課長は、岩田と同じく「お客さまの前で、沼野課長に恥をかかせた。 一方、沼野はいかにも自信なげに無言の らいの年齢で、痩せて小柄な人だった。風なくてもよろしいのでは」 ままでいた。 采が上がらない、という言葉の見本みたい そう言って微笑む。 な人である。 「ほう、部長候補は相手を思いやる余裕が岩田に連れられて他の部署も見て回る 広々とした一階の作業現場に比べて、二階 二課長のほうはだいぶ若い。三十代だろあるっちゅうことかね」 しが 岩田が入れる茶々を歯牙にもかけず、彼の事務フロアは、建て増しを繰り返した しにせりよかん がさっと立ち上がると、こちらに顔を向け老舗旅館のようだった。まるで迷路であ 「ヌマさん、こちら運動会屋さんだ」 る。 岩田が一課長に声をかけた。するとクヌた。 とさか マさんと呼ばれたザ・風采が上がらない 「登坂です。運動会をプロデュースしてく 「さっき登坂が言ってましたが、この運動 れる方々ですね . 会は営業一課と二課を競わせようというの 氏が、 めまの が目的なんですよ。赤組と白組というよ 「沼野ですー 快活に声をかけてくる ばそりと名乗った。 「今度の社内運動会は、我が営業二課が白り、営業一課組と二課組に分かれるんで 組、営業一課が赤組の中心になってチームす」 「今月はどうだい、ヌマさんよ ? 」 岩田がなおも言う。 編成されます。製造部をはじめ総務などの廊下を歩きながら岩田が補足する。 「相変わらず、ですー 事務部門もふたつに分けて、営業一課と一一「だが、社員の中には一課組に振り分けら 課がそれぞれチームを引っ張ります。どちれるのを嫌がる者もいる」 沼野か力なく応えた。 「相変わらずじゃ困るんだよな」 らがよりよいチームワークを発揮できる「とい、つと ? 」 カ ? これは、、、 し力に自分たちが会社組織カケルが訊いた。 岩田がいらいらと小言をぶつける。 ふう

9. 小説すばる 2017年1月号

「相模原車両さまは鉄道部品会社で、うち「すみません」 「えっと、そりゃあフジモリ製作所さんの の上得意です。でも、これ、なんの部品か と再び頭を下げ、起こした沼野の表情はってことだよな」 なあ ? いつになく厳しかった。 「あたしにとって営業一課といえば、フジ そこに沼野が戻ってきた。 「あとで伺いますんで」 モリ製作所さんに決まってるじゃないです 「課長これ , そして、先ほどの図面を携えて部屋を出か ! 」 小西に渡された図面を沼野は眺めていたる。急ぎ足の沼野を小西とレイも追う。 「おいおい、どうしたんだよ ? 」 が、急に面白そうな顔になった。 沼野が向かった先は、作業場の隅に置か帰社してきたレイは胸に決意を秘めてい 「これ、蒸気機関車の部品だな」 れた汎用旋盤だった。 「、ですか ? 「今週末に、機関車を走らせるイベントが「今度の運動会は、営業一課の皆さんが、 思わずレイも声を上げてしまった。 あるそうだ。こいつがないと、動かないん一矢を報いるものでなければなりません」 沼野が珍しく笑みを浮かべて頷く。そしだ。もう外注に出す時間的余裕がない」 すると、カケルが呆れたように、 て自分の席に行くと、電話をかけ始めた。 「どうするんです ? 「あのな、俺たち運動会屋は、勝敗に加担 承知しました。お任せくだ 小西の質問に、ネクタイをさっと外し、するよ、つなことがあっちゃならないんだ さい 脱いだ上着を彼に手渡して、 ぞ。あくまでも公平に企画運営する。それ そう応えて受話器を置いたところに岩田「俺が削る」 が役割だ」 がやってきた。 沼野がワイシャツの袖をまくりながら言「勝負に介入するんじゃありません 「ヌマさんよ。今、経理部から会計報告をつた。 レイは必死に訴える 聞いて呆れたよ。なんだ、この外注費の使 「種目企画部の役目は、客先に合った運動 「あたし、見たんです」 会を考案することですよね ? その問 「すみません」 自分は血相を変えていたに違いない 書類を開いて示している岩田に沼野が謝「見たって、なにを ? 」 「まあな」 けげん 隣の席のカケルが屋訝そうにこちらに目 とカケルは仕方なさそうに応えた。 を向けてくる 「ちょっと一緒に社長室にきてくれない 「客先に合うということは、会社そのもの 「営業一課の方々は、誤解されてます , の姿を客先にも知ってもらう必要がありま か」 る

10. 小説すばる 2017年1月号

「さっきもアタシがロにしましたが、一課なんだか選挙対策本部みたいだ、とレイ「なんだ小西、てめえ文句あんのか ? 」 は営業成績が振るわない状態が続いとりまは思う。それは泥臭くもあり、また威圧的「先輩方に対してあまりにも失礼じゃない しろもの す。この運動会の目的は、一課と二課を競な代物だった。そして、一課のほうはと見ですか ! 」 「生意気な口叩きやがって、そう言、つおま わせるというより、一課に活を入れる意味ると、壁には成績表が貼られていなかっ こ 0 えは、ここ数か月で新規案件をいくっ取っ 合いが大きい。そんな一課の組と一緒にな てきた ? 」 って、こてんばんにやり込められるのはか「表を貼っても意味ないからでしょ なわんということなんでしような。いい迷二課の営業マンがひとり、レイの隣にや 小西が黙り込んだ。 ってきていた。 惑っちゅ、つことなんでしよ、つ」 「こっちはよ、一課のべテラン方の高けえ 「このむさ苦しい営業部にかわいい子がい給料まで稼がなけりゃあなんねえんだから ひと通り社内を案内してもらうと、カケるんで、アシスタントを雇ってくれたのかよ ! 」 なと思ったんだ。そしたら、きみ、運動会登坂が二課長席をすっと立ち上がると、 ルは「あとは任せたぞ , と言って、レイだ こちらにやってきた。そして、がなり散ら けを残し帰社した。 屋さんなんだってね している自分の部下の背中をなだめるよう とも思ったが、レイは仕方な 「お邪魔しております」 に撫でさする。そして、一課の面々をゆっ く再び営業部に戻って様子を見ることにすレイはペこりと頭を下げた。 る。なにしろ運動会の台風の目となる部署「まあ、一課があの調子じゃ、なかなかアくりと眺め渡した。その視線の先にいる だった。 シも雇えないわな。二課付きにするって手人々は、黙してうつむいている 夕刻になると営業マンが続々と帰ってきもあるけど、あんまり嫌味でしよ。ただで「こいつの言葉は乱暴かもしれません」 登坂が落ち着いた調子で切り出した。 て、事務所は活気づく。と思いきや、活気さえ一課はご老体ばっかしで、花がないっ 歩 があるのは二課だけで、一課のほうはお通ていうのに」 「しかし、私には彼の言い分も理解できる野 夜みたくしんみりしていた。 確かに一課は平均年齢が高いようだ。四んですよ。うちとしては、こんなに頑張っ 二課の側の壁には四人の営業マンの名前十代後半から五十歳オー ーといった感じてるのにという気持ちがある。一課の皆さ屋 会 である んにも、もう少し覇気を見せてもらえない が記された表があり、名前の横には赤いバ 動 でしよ、つか ? 」 ラの花が並んでいる。どうやら、新たに仕「いい加減にしてくださいー そこで登坂が、一課の机の奥にいる人物 事を獲得してくるとそこにバラを付けるよその一課の中で、ひとりだけ若い営業マ うだった。 を改めて見つめる。 ンかいきり立った。