さんと黒崎さんが恨めしそうにこちらを見イフを送りたいとのこと。遊んで遊んで遊ぞ。心配していたら最初に堪忍袋の緒が切 しみず び倒してその後は真面目に就職活動に打ちれたのは先輩ではなく、同じ一年生の清水 ていたからだ。 だった。 こむのだそうだ。 ふたりは飛鳥さんから撤退したくせに、 「あんたたちいい加減にしなさいよ。いっ 遠巻きながら存在をアピールしてくる。瀧 二週間が過ぎるころには練習へよくやったいなにしに邦楽部に来てんのよ」 さんは箏でいい加減なメロディーを気持ち よさげに弾いたあと、黒崎さんは尺八でろてくる部員の名前も覚えたし、ばくら以外清水は箏パートの小柄な子だ。小柄だけ れど厚みのある体つきをしていて、瀧さん に一年生がふたりいることもわかった。 くに音も出ていないのに格好つけて吹いた 問題は瀧さんと黒崎さんがまったく練習と黒崎さんの採点では六十五点と辛口だっ あと、お互いに親指を立て合う。「いいね、 おまえ天才、とか「いい感じじゃねえのーしないこと。和室にやってきて楽器に触りた なんて口にしながらサムズアップをくり返はするが、五分も経たずに投げ出して先輩「なにしにつて見りゃあわかるだろう。尺 八を吹きに来てんだよ」 す。飛鳥さんの視界に入りたくてわざと大部員に話しかける。女子と親しくなりたい 袈裟にやる。ほかの部員の反応などおかまだけで選んだ邦楽部だ。練習などするはず黒崎さんが小ばかにした口調で返す。 がない。また、瀧さんは黙ってさえいれば「嘘言わないで。練習なんか全然してない いなし。自己満足と身勝手の極致だった。 おめでたいふたりであることは承知してそこそこ格好がいい。先輩女子の中には憎くせに。どうせあんたたち邦楽部に女子が からず思っている人もいるようで、サムズ多いからってんで来てんでしよう」 いた。けれど、そのおめでたさはサッカー 選手の、特に得点に対してエゴイスティッアップがこっそり流行っていた。なにかあ「そ、そ、そんなことねえよ。なに言って んだよ」 クであることを要求されるフォワードだつると親指を立てて褒め合うのだ。 図星過ぎて黒崎さんがしどろもどろにな たから許される性分だった。雅やかな世界ふたりがおしゃべりばかりするせいで、 尚 である邦楽部において、いまやふたりは目引っ張られて練習をさばる先輩も出てきる。代わりに瀧さんが言い返した。 関 た。おしゃべりにつき合ってもらって邦楽「おれたちはもともと体育会系の人間だか を覆いたくなるほどの異分子だった。 部に受け入れられたと勘違いしたふたりはらよ、やるときはばっちりやるんだよ。集 「サッカーは大学でやらないんですかー 音 ふたりに尋ねたことがある。するとふたさらにやりたい放題となった。大声で騒中力が違うんだ。サッカーやってたおれたの りはもう練習漬けのきついサッカー人生はぐ、プロレスごっこをして襖を破る、みんちの集中力をなめんなよ。あっという間に うまくなってやらあ こりごりなのだという。一浪の末に希望のなが練習している中いびきをかいて眠る また無茶苦茶なことを言っている。清水 大学に入ったからには楽しいキャンパスラ調子に乗っていると先輩から雷が落ちる
指導は懇切丁寧だった。しかしながら、 三味線は構えたときの姿勢がよくないとて、素早く撥先を走らせて絃を上から叩 く。絃を引っ掻くのではなく叩いて駆け抜どこまでも淡々としていた。よくもまあこ 正しく弾けないという。最初の三日間は姿 れだけ熱を込めずに指導できるもんだ。お 勢の指導に終始した。正座した右膝の上にける。 ばくは何度やっても、つまくいかなかっかしな感心をしてしま、つくらいだった。 三味線の胴を置き、その胴の上に右腕を置 さお この人は大笑いしたり人を罵倒したりす いて固定する。うまく固定しないと棹は寝た。無様な音ばかりした。飛鳥さんが言、つ たり前へ逃げたりする。右手は同時に撥をには腕全体に力が入っているからだといるのだろうか。冷淡というわけじゃない あくまで感情の振り幅が小さい。よく言え 握らなければならない。握り方も独特で自う。 分の不器用さに苛々した。そう言えば幼い「太鼓だって叩くときは、撥をずっと強くば奥ゆかしい。悪く一言えば反応が薄い。目 ころ箸の持ち方が正しくできなくて頭がこ握っているわけではないでしよう。基本的の焦点だって別次元の世界で結ばれている んがらがったつけ。 に脱力していて叩くときにぎゅっと握るよんじゃないかと思うようなときがある。そ 四日目からは撥での弾き方を教わった。ね。あれといっしょだよ。三味線も瞬発力れでいて、いや、それだからこそ、少しで 手始めに自由に弾いてみろと言われてやつで弾くの」 も微笑んでくれるととてもうれしかった。 たら、飛鳥さんは表情を変えすに「ノンノ手首の使い方も難解だった。手首と腕は「そろそろ足を崩して休憩していいよ。で ンーと首を振った。彼女はほとんど表情が切り離して使えという。ばくは撥を動かすも、崩せるんだったらね 変わらない。抑揚も緩急もないしゃべり方と腕全体がいっしょに動いてしまう。 飛鳥さんは抑揚なく言ってばくのふくら をする。 「うちわだよ、うちわ。うちわで自分を扇はぎを人差し指でつついた。慣れない正座 ぐときを思い出してみて」 でばくの足は痺れまくっていて崩すことさ 「三味線は絃楽器だけど同時にリズムを刻 む打楽器でもあるんだよ。絃を弾くとい、っそう言って飛鳥さんは和室の隅から本当えままならなかったのだ。飛鳥さんはそれ を見抜いて意地悪してきたようだ。 にうちわを持ってきた。扇いでみる よりも叩く感じでやってみて」 撥を握る右手の動かし方はさらに難しか「ほら、できているじゃない。手首から先「ひいいい ちょう だけ動かして扇いでるでしよう。腕全体を痺れが頭頂部にまで駆け上がり、悲鳴か った。撥は公孫樹の葉に柄を繋いだような 形をしている。葉と柄のつなぎ目あたりを使って扇いだりしないよね。要領はいっし出た。飛鳥さんが笑みを浮かべる。悪戯を そっと握る。ややもすると取り落としてしよ。三味線を弾くときは腕も肘も肩も動かしたあとの子供のような目つきだ。そのか まいそうなくらい軽く握るのだそうだ。でさないの。手首で分断してその先だけで弾わいらしさに目が奪われ、はっと我に返っ て視線を彼女から無理やり引き剥がす。瀧 も、撥先まで神経は通わせること。そしくの」
あるが感情のこもったいい演奏だったぜ、えた。その後は目を閉じての完全無視。結飛鳥さんは目を閉じて楽譜も見ずに弾い 果、ふたりは三味線から、いや、飛鳥さんていく。右手に握られた撥は黄色い三本の なんて褒め合っているのかもしれない 絃をためらうことなく正確にとらえ、左手 そんな浅はかなふたりの振る舞いのせい から撤退したというわけだった。 で、和室には迷惑と苛立ちの空気が立ちこ ふざけて体験入部したふたりに対し、飛の指の運びは恐ろしいほど軽やかだった。 めていた。ばくは申し訳なさに体を縮こめ鳥さんが一貫して無表情だったのは不可思白くて細い指が絃を次々と押さえていく。 て尺八を吹いた。こちらはこちらで音の出議な光景だった。けれど、痛快でもあっその様子は、「手」という別個の白い生き ない難しい楽器で、それでも無理やりふうた。身勝手で強引でわがままな瀧さんと黒物が踊っているかのようだ。 、、。清らかで澄んだ響き ふう吹いていたら酸欠でくらくらした。 崎さんを、彼女は顔色ひとっ変えないで退紡がれた音もしし のあとに、びーんと深い振動音が続く。聞 休憩を取って八畳間の様子を眺めているけたのだ。 と、瀧さんと黒崎さんはもはや三味線に飽すごい人なのかもしれない 目をつぶつ いていると胸が揺さぶられて落ち着かなく きたのか放り出し、「飛鳥さんは何年生なて三味線を構える飛鳥さんをばくはまじまなった。和楽器特有の日本人であることを んですか , とか「美しい飛鳥さんに三味線じと見つめた。いかにも文化系サークルら思い起こさせてくれる音と言ったらいいだ ろうか。郷愁に似た切なさを宿らせていく は似合いますねえ」なんて本来の目的をあしい日焼けしていない白い頬と、ノースリ らわにし出していた。 ーヴの青いワンピースから伸びるほっそりのだ。 演奏は十五分ほど続き、余韻をたなびか とした白い腕 「君たちさー、もう少し練習しようよ」 怒るでもなく飛鳥さんは淡々と言った。 じろじろ観察していたら失礼になるかせて終わった。飛鳥さんが目を開ける。ば 「いや、おれたち天才なんで三味線なんかも。なんて考えたそのとき飛鳥さんが小さくは拍手を送りたいところを堪えて、「三 すぐに弾けるようになりますよーと瀧さく息を吸った。演奏が始まるのだ。思わず味線を教えてください」と丁寧に頭を下げ , 皮女みたいになりたいと思ったのだ。 ん。「それよりおれたちは飛鳥さんについ ばくも息を吸った。彼女は目を閉じたままた。彳 てもっと知りたいなあ , と黒崎さん。不穏撥先を走らせ、最初の一音を奏でた。 その演奏はすばらしかった。ばくは音楽ばくらは毎日邦楽部に顔を出した。瀧さ な空気がまた一段と濃度を増した。ほかの 部員からの視線が鋭くなっている。 に関してずぶの素人だ。楽器は弾けないしんは箏パートを選び、黒崎さんは尺八パー トを選んだ。それぞれのパートに目当ての いったいどうなってしまうんだろう。は五線譜も読めない。音楽そのものに疎い らはらしながら見守っていると、飛鳥さんしかし、そんなばくでも彼女の演奏のレベ先輩を見つけたようだ。ほくは飛鳥さんに 教えを乞うた。 がくるりとふたりに背を向けて三味線を構ルが高いことはわかった。 ばちさき かけらの音ーー関口尚
まだデータが公表されていないらしい。とてきて、邦楽部の体験入部へと強引に巻きそっと正座してみた。手を合わせて頭を下 げる。わがままな瀧さんと黒崎さんにつき もかく、女子とお近づきになりたい瀧さんこんだのだ。 と黒崎さんには邦楽部は格好のターゲット 大学に入ったいま一浪したふたりとは同合わせてしまってごめんなさい だった。 学年だ。立場は対等のはす。なのにふたりふたりの飛鳥さんへの態度は本当にひど は先輩風をそよそよと吹かしてくる。どちかった。三味線について説明してくれてい 「おい、モンちゃん。チェンジ 瀧さんが怒りながらばくを手招きする。らかと言えば現役で合格したばくのほうがるのに、「まあまあ、話よ、、、 ⅱーししカらと勝 もんま ほくは苗字が門間だからモンちゃん。中学偉いくらいなのに。体育会系の上下関係と手に弾き始めた。と言ってもふたりは初心 校のときのあだ名をいまだに呼ぶのは瀧さ いうやつは、期限切れのない厄介なものら者だ。》弾けるはずもなく、不快な音をまき んと黒崎さんくらいだ。、ふたりとも中学校 , しい。刃向かわすに簡単にイエスと答えてト散らし、ー ( 邦楽部の面々の顔をしかめさせ のときのザ ~ 々部の先輩なのだ。 しまう自分が悪いのはわかっていおを・で、 . な。・いを・ ( ・→ ひんしゆく 瀧さんは多摩地区で名の知られた夫型フ一も、・、揉めるのがいやで言いなりになってし 1 当の・ふたりは顰、蹙を買っていることを ォワードで、強豪校にスカウトされて高校まう。・事なかれ主義なのは重々承知だ「 気づいているくせにまるで無視弾いて悦 に入っては親指を立てた握り拳を互いに見 でもサッカーを続けた。黒崎さんもフォワ「チェンジだって言ってんだろう」 ードでこちらはテクニシャン。高校でもサ黒崎さんがやってきて、ばくの手から尺」せ合った。・サッカー選手がよくやるサムズ ッカー部に入った。ばくは右のサイドバッ 八をむしり取った。体験入部という名目でアップと呼ばれるジェスチャーだ。得点に クだ。サッカーは中学校でやめた。高校がやってきた以上、表面上でも楽器に取り組結びつかなかったがゴール前にいいパ 進学校で勉強に手一杯だったのと、余ったむ姿勢を見せようと尺八を手に取っていたよこしてきた選手へ、・パスの受け手が賛辞 時間を読書に回したかったからだ。ばくはのだ。 を送るときなどにする。「いまのよかった よ」「いい試みだったよ」「グッジョブだ サッカーから離れ、それとともに瀧さんと「三味線はモンちゃんに任せるよ」 も黒崎さんとも疎遠になっていた 瀧さんがばくの背中を押し、自分はさっぜーなんて意味合いだ。腕を伸ばして高く ところがなんの因果か大学でまたいっしさと箏パートの先輩たちの元へ向かってい掲げるといかにもサッカーでのジェスチャ ーって感じになる く。まったく身勝手なふたりだ。 ょになった。ふたりは一浪して同じ大学に 瀧さんと黒崎さんはめちゃくちゃに三味 合格したのだ。しかも同じ文学部。再びつ奥の八畳間では飛鳥さんがほっんとひと るむようになり、昨夜も深夜一時に電話もり残されていた。三味線を構えた彼女はあ線を掻き鳴らしては、お互いに何度も親指 メッセージもなしでほくのアパートへやっ いかわらず目を閉じている。ばくは正面にを立て合った。技術面で至らないところは
邦楽部の体験入部に強引に巻き込まれたモンちゃん。 そこで、飛鳥さんが弾く三味線に魅せられて・ : あすか なぜか飛鳥さんは怒らなかった」・・・一瞬だけあきらめの色が瞳に その純邦楽を演奏する邦楽部へばくらは体験入部にやってき 浮かんだようにほくには見えた。彼女は正座のまま百八十度くる た。場所は大学会館の二階。邦楽部は十畳の和室を使っていた。 りと方向転換すると、傍らにあった三味線を手にして構えた。 隣接する八畳間を茶道部や華道部が使用していない日は、あいだ の襖を取り払って大広間として使えるという。ばくらが訪れた日 「飛鳥さーん。おれたちへの指導が途中っすけど も大広間となっていた。 背を向けられた瀧さんが困惑の笑みを浮かべる 「そろそろおれたち次のステップに進みたいんすけどねえ」 ほんの三十分前のことだ。瀧さんと黒崎さんは和室に来るな くろさき 黒崎さんの口調からは苛立ちが感じられた。しかし、飛鳥さんり、奥の八畳間にいた飛鳥さんの元へすっ飛んでいった。いちば んきれいな人だったからだ。しかし、あっさり拒まれていまに至 は目を伏せて微動だにしない。演奏前の精神統一だろうか る。悪いのは瀧さんと黒崎さんのほう。 「ねえ、飛鳥さんってばーと黒崎さんが飛鳥さんの正面に回る。 すると彼女は静かに目を閉じた。雑音はシャットアウトといった そもそも瀧さんも黒崎さんも純邦楽になど興味はない。ふたり ふうだった。 の目的は女子部員だ。女子と親しくなりたい。彼女を作りたい。 三味線や尺八や箏などの和楽器による音楽を純邦楽と言うらしそのためにふたりが前もって各サークルの男女比まで調べてい い。邦楽という言葉が洋楽に対しての和製ロックやポップスを差て、女子の比率が圧倒的に高かったのが邦楽部だった。 男子は大学院生がひとりだけ。あとはすべて女子。四年生が八 すようになったので、伝統的な日本の音楽は純邦楽と呼ぶように なったそうだ。 人、三年生が六人、二年生が五人。一年生に関しては七月の現在 たき こと かけらの立日関口尚 画・泉雅史
ダイジェスト 、 ~ 蜒『脇坂副署長の長い一日』の短い報告書 「小説すはる」で連載された傑作エンターティンメント『脇坂副署長の長い一日が刊行された。 個性的な登場人物たちの印象的な一言から、本作を振り返る 午前四時 県道五十七号線 小宮山、夜動明けでも、 今日は帰れないと思え 賀江出署・川添博 川添と小宮山は大破したスクーターを発見。 それは病欠していたはずの若い巡査部長・鈴 本のものだった。ここから長い長い一日が始 まる 体裁を繕うのには慣れてるんだよ、 しいカら、 最近の若い連中は。殊勝な顔して指 やれ。 示を聞く振りをしながら、内心じゃ 責任は おれが取る舌を出して上を軽く見てる。個人主 賀江出署副署長・ 義に徹した育てられ方をしてきた 脇坂誠司 鈴本を追うために可能 んで、小さなミスが組織の根底を揺 な限り人を回すよう指示 を出す脇坂。副署長とし るがすという自覚に欠けすぎてる てトラブルを解決しなけ 賀江出署署長・菊島基 ればならない脇坂の決意 が滲んでいる。 百二十人ぬきで警視正に昇進した男、菊島。署員が 東になって押そうと自説を曲げない堅物だ。脇坂の報 告に対しても辛辣な言葉が次々と出てくる。 午前四時半官舎 時 1
ィーで隣に座ったんが最初でしたわ。建設 業やというから、うちのテナントの内装も できるんかと訊いたら、解体です、とい よった。比嘉は建築士の免許、持ってませ んねん , 当時は『比嘉工務店』に三人の社員がい た。解体の仕事が入ると、早朝、マイクロ バスで西成の労働福祉センターに行き、作 業員を雇って現場に送り込んでいた、と知 念はいう。 「解体業とはいうても、ロ入れ屋みたいな もんですわ。比嘉はすっと自転車操業でや ってきたんとちがいますか」 知念の妻がトレイを そこへノック 持って部屋に入ってきた。紅茶のカップを テープルに置き、砂糖とミルクを添える。 「ええ香りですね、アールグレイ」 上坂がいった。知念の妻は微笑んで、出 て行った。 「煙草、よろしいか」新垣はサイドボード 上のクリスタルの灰皿を指さした。 「あ、どうぞ 知念は灰皿をとり、ティーカップの脇に おいた ( つづく ) 21 ゆいまーる一一一黒川博行
と百八十万で、三百七十五万を持ってた。 「そのために、いろいろお訊きしたいんでですか」 「とばけてるふうでもなかったけどね。比そこから二百万を島袋会に振り込んで、五 : なんばになり 「よろしいよ。なんでも訊いてください」嘉んとこは前々から夫婦仲がわるうて、離百七十五万を落札した。 「ます、比嘉が逃走したというのは確かで婚せんのはめんどくさいからやと、比嘉がます」 よういうてましたわ すか」 「三百七十五足す五百七十五で九百五十 「ほんまです。先月の二十五日から連絡が「比嘉の解体業はどないでした」上坂が訊 そこから二百を引いたら、七百五十 つかんのです」 万円ですか」 かりゆし会の入札日で「左前でしたな。なんせ、仕事がない。去「計算、早いですな」 「十月二十五日は、 すよね」 年の春やったか、長いこと働いてた従業員「算数はク 4 クでした」 「体育は」 「十人ほど集まったんですわ。この近くのに訴えられてね。五千万払えと ファミレスにね。待てど暮らせど、座元の「事故ですか」 っ 2 クです」 比嘉が顔出さんのです。こらおかしいとな 「アスベストですわ。中皮腫。マスクもつ「刑事さんは柔道とか剣道するんやないん って携帯にかけたけど、電源切ってますねけんと解体作業させてましたんや」 ですか」 知念はためいきまじりに、「いま思たら、「逮捕術も習います。ピストルも撃ちまっ ん」 十人のうち三人が比嘉の家に行った。事金詰まりの比嘉に座元なんかさせたんがませ」上坂は両手を組み、人差し指で窓を撃 務所にひとはおらず、自宅に妻がいたか、ちがいでしたな。あいつは第一回の入札でつ。 比嘉は二日前から出張で留守にしている、百九十五万を落とした上に、二回目の入札「拳銃て、当たるんですかー といった に向けて振り込まれた百八十万も持ち逃げ「ばくはからきしですね。五メートル先の ドラム缶も外しますわ 「二日前いうのは十月二十三日ですね。ちしよったんですー ようど、その日は島袋会の入札日やった」 入札の第一回目は座元が落札するのが模上坂は眼鏡に手をやって、さもおかしそ うに笑う。知念も笑った。 「比嘉は島袋会で落とした五百七十五万を合のルールだと、知念はいった。 持って逃げよったんです。二十五日のかり 「告訴状には五百七十五万円を拐帯した、 話がずれている。新垣は訊いた ゅし会に出て来んのはあたりまえですわ , と書いてましたよね」 「比嘉とはいっからの知り合いですかー 「比嘉の奥さんはだんなの行方を知らんの「それは付帯事項です。比嘉は百九十五万「十五年ほど前かな。市議会議員のパーテ すー
るよ、つだ。 「ほな、わたしもいただきます」 待って返事があった。 おはようございます。泉尾署刑事課新垣もいった。女はうなずいて応接室を「手広くやってはるんですね」 出ていった。 「どれも小さい建物です」 の新垣といいます。 ーテ 「家賃収入で食えるて、羨ましいですわ」 レンズに向かって一礼した。上坂も低頭「遼さん、アールグレイて、フレー 上坂がいった。 ィーやて知ってました ? 」 する。 「なんや、それ」 「満室ならいいんですがね、昨今、そうい 知念さんが出された告訴状につい て、話をお聞きしたいんですが 「ダージリンとかアッサムとか、紅茶の銘うわけにもいきません」 「新垣 ( しーい。ご苦労さまです。主人柄ゃないんです。紅茶にベルガモットで香熱のこもらぬふうに知念はいい、 遼太郎さん : 沖縄の出ですか」 はおります。 りづけしたんがアールグレイですー 玄関ドアが開いた。白いカーディガンに 「ほう、そうか。ひとっかしこなったわ」 「那覇です。両親がいてます」 しいことを。 「転勤されたんですか。那覇から大阪ヘー ジーンズ、サンダル履きの年輩の女が出てどうでも、 ノック 男が入ってきた。知念で「警察庁採用の上級職は沖縄県警から北海 きて門扉の掛け金を外す。どうぞ、お入り ください ありがと、つごさいます す、と白髪の頭をさげてソフアに座った。道警まで転勤があります。我々は大阪府警 家に入った。案内されて、廊下の右の応赤のポロシャツにグレーのニットプルゾン採用の地方公務員やし、定年まで大阪で す , 接室へ。低い天井に、いまどき珍しいシャをはおっている。 キャリアとノンキャリアの身分の差 ンデリアが吊るされている。知念の両親だ「早速のお越しですな。さすが、泉尾署は 殿様と足軽の差は、一般人に説明しても分 ろう、鴨居に黒縁の写真が掛かっていた。対応が早い にこりともせず、知念はソフアに片肘をからない。いうだけ無駄だし、胸がわるく 「おかけください なる。 「すんませんー革張りのソフアに腰をおろついた。 した。 「告訴状、読みました。わたしと上坂が担「捜査二係というのは」 「知能犯が対象です。詐欺、贈収賄、選挙 当します」 「お飲み物は」 上坂とふたり、名刺を差し出した。知念違反、企業恐喝、背任横領とかの金銭犯一 「いえ、かまわんです。仕事ですから」 も出す。《ちねんエステート代表知念罪、企業犯罪ですねー 「ばく、紅茶もらいますわ。さっき、コ 1 ヒー飲んだし」上坂がいった。遠慮がな昌雄》とある。名刺の裏を見ると、浪速区「それは心強い。比嘉を逮捕してくださ 桜川と幸町にもテナントビルを所有してい 19 ゆいまる一一黒川博行
がしたからだ。四年生の春から就活をはじず、齢にしては背の高い、上品なひとだっ う相互扶助を『ゆいまーる』というてな、 沖縄からの移住民が多いハワイや南米にもめて、どこからも内定をもらえず、夏休みた。親ひとり子ひとり、生活は上坂の給料 模合文化が残ってる。大阪や東京の沖縄出に大阪府警察官の募集ポスターを眼にしでやっているようだが、母親の遺族年金も 身者のあいだでも模合をしてる連中は多いた 0 泥縄で試験対策本を何冊か読み、採用少なくはないらしい。上坂の父親はの 試験を受けたら、思いがけず合格通知がと吹田機関区で車両の点検保全をしていた みたいやな」 が、定年後すぐ、膵臓ガンで亡くなった。 「座元が飛ぶことて、ようあるんですか」どいた。おれ、警官になるかもしれん 父親に知らせると、黙って電話を切られた大酒呑みだったと上坂はいう。上坂も酒が 「たまにある。デカい金融模合ではな」 が、仕送りがとまることはなかった。あと切れる日はない。 「さすがウチナンチューの遼さん、詳しい で知ったが、 その仕送りは母親が振り込ん「今日はどないします」 ですね」 「そうやな、ます知念の顔見るか」 「うちの親父もふたつほど入ってる。仲良でくれたものだった。 「歩きですか。車ですか」 「おふくろいうのはありがたいな」 し模合や」 「車や。雨が降るー 新垣の両親は那覇の松山通り近くで昆布「急になんですねん」上坂が顔を見る。 煙草を吸い終えた。八時五十分ーー。刑 と塩干物の食品卸をやっている。長男夫婦「いや、思い出したんや」 と前島の二世帯住宅に暮らしているのだ「そら、ありがたいですわ。ばくが好き勝事部屋にもどる。 手できるのは、おふくろがいればこそで が、この二年、新垣は帰省していない 車両係に申請してカローラを借りた。新 「地縁というんかな、沖縄のひとて、他府す 垣が運転して駐車場を出た。 県に出ても結びつきが強いですよね」 「きれいなひとやな、おふくろさん」 —環状線大正駅前、『エアチェック』 「千林小町ていわれてましてん。近所中 「どうやろな。おれの世代はそうでもない のパーキングに車を駐めた。告訴状の住所 んとちか、つカ によると、知念の自宅はテナントビルの裏 新垣が大阪に出てきたのは、東大阪市の「言いすぎや。小町はないで」 一度、千林の上坂の家に招かれてタ食を手にあるようだ。 近畿経済大に入学したからだ。父親は新垣 メッキエ場とマンションに挟まれたプロ の卒業後、長男とふたりで家業を継ぐのをごちそうになったことがある。広くはない 期待していたようだが、新垣は沖縄にもどが、手入れの行きとどいた家だった。七十ック塀の家がそうだった。《知念》の表札 りたくなかった。世間が狭くなるような気前だという上坂の母親は息子に似ておらを見て、門柱のインタ 1 ホンを押す。少し でー