いたのと同じだ。任意同行だから沙理に厳 くには彼が必要だと。 とだけ言った。 重な身体検査はしなかったのだろうか、と あの日、要の喉から手を離した真俊は、 真俊と引き離されたくなかった。女手一 要は場違いなほど悠長に思った。 呻くよ、つに一一一口った。 つで育ててくれた母への感謝はある。だが 「全部あんたのせいだー もう、会えないのか 説得しきれないとはわかっていた。母を、 と 押さえつけられながら、沙理が絶叫した。 殺すほかなかった。 「トシちゃん、最初はあたしに頼んだの要は答えられなかった。 真俊は無言で手を伸ばした。 よ ! ちくしよ、つ、馬鹿にしやがって ! 母の七枝は驚くほど正確に素早く、彼ら彼はスクールバッグからボウイナイフを なんであたしがあんたのためにそんなことの関係を理解した。ただの暴力ではない。 抜くと、代わりに自分のバタフライナイフ またた しなきゃいけないのよ ! 断ってやったお互いに望んだ濃密な時間であると、瞬くを要に手渡した。 ら、「わかった、金で兄貴に頼む』って間に呑みこんだ。 うなすきあい、彼らはそれぞれに帰途を 彼女は要の携帯電話のアドレスから真俊たどった。 おえっ 語尾か嗚咽でばやけた。 の番号を入手し、彼に告げた。 樋田くんはあの夜の、ほくのアリ 「本気だと思わなかった ! 間抜けの隆之「息子には二度とかかわらないで」 イを作る気だったのか くら なんか、なにやらせたって失敗するに決ま「あの子は転校させますー ナイフを交換し、凶器の出所を晦ます意 おおやけ ってるのに ! 全部あんたのせいよ ! あ「あなただって公にされたくないはずよ。図だとはわかっていた。だが真俊はさらに んたのせいでトシちゃんは死んだんだからまだ若いんだし、いまなら引き返せる」 一段、保険をかけようとしていたのだ。 ね ! この : : : この人殺し ! 」 録音された母の声は硬く、かすれてい 要が入手し、要と真俊の指紋のみが付い せつな その刹那、要はすべてを理解した。 たナイフで真俊が傷つけられれば、誰もが 真俊の体にボウイナイフの刃を突き立て翌週、要は校舎裏へ真俊を呼び出した。「いじめられっ子の反撃 , だと思うだろう。 はため たのが誰か。そしてなぜ彼が死ななければ彼から呼び出すのははじめてのことだっ要には真俊を刺す動機も機会も、傍目には ならなかったのかを。 た。要はスクールバッグの内ポケットに隠十二分にあった。 樋田くんと、まともに言葉を交わししたナイフをちらりと見せ、 だが沙理は真俊の思惑に気づき、拒ん たことはほとんどなかった。 「明後日、塾の帰りに、母の会社へ向かだ。代わりに真俊は異母兄に頼んだ。しか おじけ だが一目でわかった。彼にはばくが、ば し土壇場で怖気づかれたか、もしくは渋ら 、」 0
中に金くさい血の味が広がる。飲みこんだ やがて真俊は、夜にはナイフを持ち出す ばくがこの手で殺したかった。 っ うが 途端、吐き気が衝きあげた。 ようになった。柄にいくつものホールが穿誰かに殺されるくらいなら、その前にば 顔をあげると、真俊の背後で校庭の桜並たれ、スリットから刃が見える細工のバタくが 木が薄紅の雲のように連なっていた。頬をフライナイフだ。月光を弾いて、夜気に銀要は目を閉じ、唇を噛んだ。 っ 引き攣らせ、大歯を剥き出して笑った真俊いろに光っていた。 二週間前にネットショップから届いた、 まな・つら の顔と、いちめんの花霞。対比となって、 真俊はけして、衣服の上から見えるとこ ハンティング用のボウイナイフが眼裏に浮 いまもあざやかに脳裏に焼き付いている ろに深手を負わせはしなかった。ただ頬なかんでいた。 その日を皮切りに、要は毎日のように真り腕なり、薄皮一枚を切り裂いてくること 俊に呼びだされるようになった。 は珍しくなかった。 自動販売機の取り出し口からコーヒーの き、っち すす 真俊は不良の取り巻きを連れていること校内では何度か階段から突き落とされ紙コップを取り出し、木内はひとくち啜っ もあった。だがたいていは一人だった。むた。かと思えば、河原で大をけしかけられて顔をしかめた。 かれつ たこともあった。 しろ殴打は、彼一人のときのほうが苛烈だ 相変わらずひどい味だ。だが糖分とカフ った。 大に押し倒されたあのときも、要は仰向ェインを一緒に摂れる飲み物といえば、署 場所はたいてい校舎裏か、もしくは人気いた視界に真俊の顔を見た。 内にはこれしかない ひらめ のない河原であった。 大型大の荒く臭い息と、閃く黄みがかっ 酒が無理なら、せめてカフェインで 真夏のむっとする草いきれ。アスファルた牙。その向こうに、真俊の愉悦の表情がも摂らなきややってられん。 かげろう すすき トに揺らめく陽炎。秋には薄が金色の波をあった。大の牙が要の肩に打ちこまれた瞬子供が被害に遭う事件は苦手だった。何 つくり、日中なら燃えたつような陽が、夜間、真俊は箍のはすれた笑い声をあげた。年刑事を勤めようがそれは変わらない。た なら冷えた月が彼らを見おろしていた。 いったい誰が、樋田くんを殺したんとえそれが、どんなにたちの悪い不良少年 にろ、つ であってもだ。 最初のうちは、殴る蹴るだった。 真俊の拳が頬に、爪先がみぞおちにめり要は思った。 樋田真俊。青葉台中学三年一一組、満十五 こんだ。地に這い、苦悶にのたうつ要に真ばくは殺していない。それだけははっき歳。 俊は声を上げて笑った。一片の疑いなく、 りしている。でも、それなら誰がやったと 彼が刺殺体で発見されたのは、月曜の零 たの い、つの、か 彼は愉しんでいた。 時四十五分頃であった。陸橋の下に転がっ たが
しもだ くてごめんね、と謝られた。 「いえ。隆之は下田署の警官に、深夜徘徊恋人の西野沙理もまた、素行のよくない 母さんが謝る筋合いのことじゃなと暴行で補導されていました。下田の歓楽少女である。中学一年から真俊と付き合っ 街のゲーセンで喧嘩騒ぎを起こしたそうでていたそうで、中学生にしては長続きして いるカップルと言えるだろ、つ。 そう言ったが、母はかぶりを振るばかりす。西野沙理は友達の家で発見されまし だった。 た。二人とも、いまこちらへ向かわせてい 沙理は真俊にぞっこん惚れこんでおり、 母が真俊に電話したと知ったのは、数日ますー 腕のいたるところにカッターナイフで彼と 自分の名を並べて彫りこんでは、 後のことだ。真俊は彼を校舎裏へ呼びだ「そうか」 し、ものも言わずに彼を殴った。そしてス木内はうなずき、ねぎらいをこめて後輩「早く結婚して彼の子供を産みたい」 マートフォンをかざした。 の腕をかるく叩いた と公言していたという。だがここ最近は 流れてきたのは母の声だった。彼は、母樋田家は父、母、隆之、真俊の四人家族うまくいっておらず、喧嘩ばかりだったと だ。だが話を聞くだに、河石家をはるかにの証言が複数ある との通話のやりとりを録音していた。 しの すべて聞かせ終わると、ふたたび真俊は凌ぐ複雑な家庭であった。 また隆之は過去に真俊と何度か金銭トラ 要を殴った。 まず隆之と真俊は母親が違う。隆之は父プルを起こしていた。兄弟間によくある金 ロの中が切れた。要は血とともに、「ご親の最初の妻が産んだ子で、真俊は一一番目の貸し借りとはいえ、金額が大きい。彼ら めん」と謝罪を吐きだした。しかし返答代の妻の子だ。 の父親は子供に金だけ与えて放任するタイ わりに降ってきたのは、容赦ない真俊の蹴しかしいま家にいるク母クは、どちらのプらしく、兄弟は日ごろから羽振りがよか りであった。 母親でもなかった。父が娶った三人目の妻った。トラブルのもとになった金額は、合 だからだ。歳はまだ二十二歳。十七歳の隆計で五十万を超えるという話だ。 セプンスター一本分の休憩をとって木内之とは五歳、真俊とは七歳しか離れていな 沙理との痴情のもつれ。隆之との金銭問 が署内へ戻ると、廊下を息せき切って後輩い継母である。父とは、県庁所在地の風俗題。 むろんもっとも疑わしいのは河石母子だ が駆けてきた。 店で知り合ったそうであった。 グレるのも当然 : : : とは、言っちゃが、この二人の線も十二分に有り得る 「木内さん、樋田隆之と西野沙理が見つか いかん、か りました」 木内は廊下を戻る足を速めた。 木内は頬を歪めた。 「どこでだ。一緒にいたのか」 めと はいかい
むいた。 要は手を止め、緩慢に振りかえった。 樋田くんは、ばくを殺す気だ。 いらだ 苛立たしげな仕草で、刑事が蛇口をひね要と視線が合う。 要は確信した。 一瞬にして沙理の顔が歪んだ。 覆いかぶさった真俊の双眸で、油膜のより水を止める。静寂が落ちた。 婦人警官を振りはらい、少女が駆けてく 「もういいだろう。戻るぞ」 うに浮いた殺意がぎらついていた。 とっさ 死ぬ。自分はここで死ぬ。丈高い雑草に若い刑事が顎で廊下を指した。白茶けたる。要の背後についた刑事も咄嗟に反応で きなかった。迫ってくる沙理の顔を眺めな 囲まれて、藪の中で人知れず死んでいくの顔で、要はうなすいた 冷えた廊下へ出てすぐ、少女が婦人警官がら、ああそうか、と要は思った。 死体はいつ見つかるだろう。この陽気でと言い争っているのが聞こえた。「これじ彼女は今日ばかりは樋田くんでなく、 ゃないって言ってるじゃん」、「あたしこんくを待っていたのか は、皮膚も肉もじきに腐り落ちるだろうか へきえき 陽射しがひどく眩しかった。眼球が焦げなの使わないからね」。婦人警官が、辟易ばくが洗面所から出てくるまで時間をか せぐ必要があったのか。なぜって した様子で顔をしかめている。 つきそうだ。 沙理が体ごとぶつかってきた。 少女の横顔に見覚えがあった。要は目を 要はうつろにひらいていた眼を閉じた。 胸に衝撃と、熱い痛みが広がった。 本気で、死を覚悟した。真俊の汗が彼の顔すがめた。 要は己の体を見おろした。ナイフの柄 ーー西野、沙理。 にしたたり落ちる。塩辛い。 真俊の彼女だ。生理用品らしき箱を挟んが、不気味な角度で胸から生えていた。婦 しかし真俊は、彼の喉から手を離した。 要は激しく咳きこみ、草むらを転がつで、婦人警官にしきりと絡んでいる。口調人警官が悲鳴を放った。 た。さっきまであんなに渇望していた酸素と裏腹な、その倦んだ表情にも馴染みがあ刑事が慌てて沙理を引き剥がし、床へ押字 し伏せるのが見えた。 が、肺に急激に雪崩れこんで彼を痛めつけった。 櫛 た。彼は咳きこみながら嘔吐した。苦し不満の有無にかかわらず、彼女はああや要はその間、棒立ちだ 0 た。シャツがみ一 喉が焼けるように痛む。顔中が涎と涙って手あたり次第、暇つぶしに因縁を付けるみる赤く染まっていく。ゆっくりと、く る癖があった。多くの場合は真俊を待っ間ずおれるようにその場に膝をついた。 と洟でぐしゃぐしやだ。 で ん ハタフライナイフだった。 のことで、標的は若い教師や女子生徒たち そうして頭上から、真俊の声が 死 柄にいくつものホールが穿たれ、スリッ だった。そう、ただの時間つぶしの 「おいー トから刃が見えるデザイン。真俊が持って 視線に気づいたか、沙理が肩越しに振り 夢想を刑事の声が破った。 ゃぶ まふ
クラスメイトの樋田が殺害されたのは、月曜の夜だったという。 要は思った。誰かに殺されるくらいなら、その前にばくが 格子の嵌まった窓の外は、重苦しい曇天だった。 かわいしかなめ ひじ 河石要は取調室のテープルに両肘を突いて座っていた。まぶ 「自殺も、樋田に殺されるのも勘弁だぞ。いやだって言えないの たをなかば閉じ、組んだ両指に顎をのせた姿勢で待つ。 はわかるよ。でもできるだけ逃げまわれよな、河石 , そうぼ - っ おび 誰を待っているのかは、自分でも判然としなかった。 そう言った神田の双眸には怯えが浮いていた。級友の死への怯 ふつうに考えれば刑事だろう。日焼けした中年の刑事一一人に任えではなかった。在校中に事件が起こり、推薦入試に影響が出る 意同行を求められ、おとなしく彼はうなずいてこの警察署へやっ可能性を彼は純粋に恐れていた。 て来た。だが不安や焦燥はまるで感じなかった。指で、わずかに けれど現実には、死んだのは樋田くんのほうだった。 眼鏡を持ちあげる 要が樋田真俊にはじめて校舎裏に呼びだされたのは、二年生の ひだまさとし クラスメイトの樋田真俊が殺害されたのは、月曜の夜だったと始業式が終わってすぐのことであった。 し、つ 当然のように真俊は彼に向かって顎をしやくり、 要と真俊は、去年ーーーっまり中学二年の春に同じクラスとなっ 「おまえ、放課後ッラあ貸せよ た。彼らが通う中学は三年次のクラス替えがなく、今年も同じ顔 と一言った。 ぶれのまま繰りあがった。 拒むという選択肢はなかった。要は帰宅する生徒たちを横目に かんだ 三年になって早々、名簿ですぐ後ろの神田という生徒に「おま校舎裏へ向かい、真俊からしたたかに殴られた。 え、死ぬなよ」とささやかれたことを、要ははっきり覚えてい 要は倒れた。だが引き起こされ、さらに拳を見舞われた。ロの 死んでもいい櫛木理宇 る 画・わたべめぐみ こぶし
一当 飲め、と真俊は繰りかえした。生きたま ま飲みこむんだ、と。 要は目を閉じた。もし言われるがまま飲 みこんだら、どうなるだろう。胃の中で蛇 は暴れるのだろうか。胃液で溶かされる前 に、腹を食い破って出てこようとするので はないか。 蛇が皮膚を突き破って頭をもたげる、あ りえないイメージが脳裏に浮かぶ いま一度要は首を振った。今度は平手で 叩かれた。頬が痺れる。熱い。二度、三度 と頬を張られた。 要は真俊を見あげた。 逆光になった彼の顔は、粘い汗を浮かべ ていた。日焼けした肌の表面に産毛が光っ ていた。腕を振るたび、盛りあがった肩の しゅんどう 筋肉とともに筋彫りの龍が蠢動する 理 龍が歪んでばやけ、母の泣き顔に変わっ木 母さんは、知ってた。 樋田真俊の名前も素性も、いつの間にかも ん 知っていた。泣きながら問いつめられた。 死 もっと早く知っていれば転校させたの に、と詰られ、仕事仕事で気づいてやれな ゆが
それも自分のバタフライナイフではな掴みかかってきやがったのさ。だからおれ蛇口から流れる冷水をすくい、掌で幾度 のほ、つも、つし も顔に叩きつける。 く、河石要のボウイナイフで ? 冷たい、 とは思う。でもそれだけだ。 はやる気持ちを抑え、木内は平静な声音隆之は頭を掻いて、 で問うた。 まるで現実感がない。いま自分が警察に 「だからさ、わかるだろ ? こんなもんど 「いやだったなら、どうして引き受けたんう考えたって事故じゃねえかいや正当防いるという現実も、樋田真俊が死んだとい 衛か ? とにかく刺すつもりじゃなかったう事実も。皮膚の感覚だけでは、とても胸 んだ。なあ、普通に考えてみろって。あんた 隆之が鼻を鳴らす。 に迫ってこない。信じられない なら、たった十万ほっちで人を殺すかよ ? 「おい、まだか。いいかげんにしろ」 「十万出すって言うからさ。まああいつに 背後に立っ若い刑事がうんざりと言う ちょこっと切りつけて十万なら安いもんだ媚びるように、そう上目で木内をうかが と思ったんだよ。、、 だがその声もひどく遠い。世界のすべて へつに切るのもいやじゃってくる あぜん が薄膜の向こうにあるように感じる ねえし。くっそ生意気な、気に入らねえや木内は唖然と彼を見かえした。 つだしな。でも 「なぜだ」 鼓膜の奥でよみがえる声のほうがーー過 去の記憶のほうが、いまはよほどリアルだ。 「でも ? 」 「土壇場で、その、なんていうか」 「なぜ真俊は、きみに自分を傷つけてくれ死ねよ、とあの日の真俊は言った。 要に馬乗りになって、真俊は両手を彼の 言いよどむ隆之に「どうした」と、なるなんて依頼をした ? 喉にかけていた。 「さあな。知るかよ、そんなこと」 べくやさしい声音で木内はうながした。 あらが 隆之は肩をすくめた。そして悪びれず、彼はもがいた。抵抗ではなかった。抗っ 隆之が顔をしかめて、 「 : : : 十万じゃ割に合わねえ、って言って「ただ働きはいやだから , と死体から財布たところで、跳ねのけられないのはわかっ ていた。圧倒的な体格差であり体勢だっ やったんだよ。三十万出せ、そんならやつを抜いて逃げたことを認めた。 けいれん 木内の耳に「河石七枝の死体が見つかった。意志に反して、手足が断末魔の痙攣を てやる、って」 と一言、つ た」との報が入ったのは、それから数分後踊っているだけであった。 録音した母の通話音声を聞かせた直後、 「そしたらあいつ、急に怒り出してよ。のことであった。 真俊は要を殴り、蹴り、首を絞めあげてき 『今日は十万しか用意できないんだ。今夜 洗面所で、要は顔を洗いつづけていた。 やらなきや意味がないんだ』とか言って、 のど
「きれいだったから。それに護身用というも証言があったよ。だがきみは、それ以上らとも連絡が取れていない。二人とも、七 か、お守りになるかなと思いました」 に大きく殺傷能力の高いボウイナイフを手枝と同じく行方不明なのだ。 「ほう、護身ね。誰から身を守るため ? に入れた。樋田のナイフで傷つけられたとーー隆之も沙理も札付きらしい。その手 「ばく、絡まれやすいんです。道を歩いてき、やりかえしてやろうとは思わなかったのやつらの扱いなら慣れてるんだがな。 いても、知らない人に「金を貸せ』とかよのか ? 」 ひそかに舌打ちしながら、木内は顎を撫 でた。 く言われるしー 「思いませんでした」 ひげ 「使ったことは ? 「なぜだね」 伸ひかけた髭が、掌で不快にざらついた。 「ありません」 「腕力に差がありすぎるし、使い慣れてい 「では持ち歩いたことは」 ないから無駄だと判断しました。樋田くん要のまぶたの裏で、きらめく夏の陽がほ 「それは、何度か」 に対しては無抵抗でいるほうが楽だったんむら立っていた。 「どんなときに ? 学校へは持って行っです。やりかえしたら、かえって長引くで あれはどこだったろう。河原ではなかっ た ? 」 しよう。さっきも言いましたが、ただのおた。丈の高い草が生い茂り、群生した野 「たまに」 守り代わりだったんです」 茨が剥き出しの腕や首を刺した。要と、 「樋田真俊の前でナイフを出したこと「樋田は発見当時、財布もバタフライナイ真俊と、ほかには誰もいなかった。 フも所持していなかった。ナイフの行方に陽射しが痛いほど照りつけているのに、 「ありません」 ついてなにか知っているかい ? なぜか仄暗かった。どことも知れぬ底に二 いいえ」 「なぜだね。きみは日常的に樋田に殴られ「 人で落ちこんでしまった気がした。 ていた。護身用だと言うなら、ます身を守 この受け答えも、数時間前に交わしたも飲め、と真俊は言った。 るべきは彼に対してだろ、つ。なぜ樋田に使のとそっくり同じだ。 差し出された彼の掌の上で、翡翠いろの わなかった ? 脅しのためにすら、見せた まったく、やりにくい餓鬼だぜ 細い小蛇がうねっていた。 ことはなかったのか ? 木内は胸中で慨嘆した。 要は首を振って拒んだ。 うめ 「通用しないと思いました。樋田くんもナ事情聴取すべき真俊の関係者はほかにも真俊の膝が、彼の腹にめりこむ。要は呻 たかゆき にしのさ イフを持っていたし」 二人いる。兄の樋田隆之と、恋人の西野沙 いて、草むらに突っ伏した。青くさい雑草 「バタフライナイフだね。同級生の皆から理である。しかし残念ながら、いまだどちの匂いが鼻をついた。 ひすい
った。共通点といえば長身なことくらいろ ? それくらいは知ってんだ。だから先 としか映らなかった。 に取引しろよ。少年院なんて冗談じゃね 後輩がさらに問いを発しようとした瞬で、真俊より推定四十キロは重いだろう。 ししゅう 金のチェーンといい虎の刺繍入りのシャッえ。別におれだって、やりたくてやったわ 間、急に廊下が騒がしくなった。 木内と後輩だけでなく、沙理までもが肩といい、不良少年というよりはやくざの舎けじゃねえんだっての」 「ほう。ということは、事故だったのか ? 弟じみた身なりであった。 越しに振りかえる 木内が水を向ける。 ドアがひらき、顔見知りの警官が半身を「取引とは ? 「そうだよ、事故 ! 事故だったんだよ、 乗りだした姿勢で「参考人、到着しまし慎重に木内は問いかえした。 事件じゃねえんだ」 隆之が吐き捨てるように、 た」と告げた。 てきめん 木内は無言でうなずきかえした。被害者「とばけんな、そっちのほうが詳しいだ覿面に隆之が食いついた。 「だいたいさあ、あいつのほうから持ちか の異母兄こと、樋田隆之がようやくお出まろ。テレピとかでよくやってるあれだよ、 しらしい あれ。こっちが自白する代わりに、罪を軽けてきた話なんだぜ ? はっきり言って、 おれはやりたくなかったんだよ。面倒なこ 警官の背後で、新米刑事に付き添われたくするとかいうあれ」 どうやら司法取引のことらしい。海外ドとになるってわかってたんだ」 河石要が廊下を歩いていくのが見えた。ど うやら要の再尋問は、隆之の供述を聞いてラマでも観たのか、と木内は頬の内側を噛「あいつ、とは ? 」 「真俊だよ。決まってんじゃんか。あい んで苦笑をこらえた。 からになりそ、つだ。 つ、ご丁寧に手袋とナイフまで用意して 甲「そりゃあ自白の内容によるな」 「 : : : ねえあたし、二日目なんだけど。」 よ。狩りとかに使、つでつけえナイフだよ。宇 事さんタンポン持ってる ? いくらなんで「あ ? どういう意味だよ」 「有益なーーこっちにとって役立つ情報なそんで『これでおれの腕か肩を傷つけてく木 も、トイレくらい行かせてくれるよね ? 」 ふてくさ 沙理が不貞腐れた口調で言った。 ら取引するかもしれない。だがそれにはまれ。ちゃんとナイフは右手で持てよ ? 右一 ず聞いてみなくちやわからない。そうだろ利きって設定なんだ』とか、わけのわかん ねえこと言いやがってーーーー」 「取引するなら話してやるよ」 で ん パイプ椅子にふんぞりかえって、無造作「ふん。適当言ってごまかそうとしてんじ木内の鼓動がどくりと高鳴った。 死 ゃねえよ。おれあもう十七過ぎてる。起訴ーーー真俊が異母兄に頼んだ ? 自分を傷 に隆之は言いはなった。 隆之は異母弟の真俊とまるで似ていなかとか、刑事事件とかいうやつにできるんだっけてくれと ?
た死体を、会社帰りの O*-Äが発見したので刻印されていた。ショップの売買履歴から「自転車です。一緒に帰る相手 ? まさ ある。 は即クレジットカードが割り出された。河か。女の子じゃあるまいし」 「ではきみの二十時以降のアリバイは誰に てつきり酔っぱらいだと思い通り過ぎよ石要の、母親名義のカ 1 ドであった。 、つとしたものの、 要が真俊のクラスメイトであり、かっ真も証明してもらえないことになるぞ。それ しつよう 「お腹のあたりに血が見えたから、驚いて俊に一年半にわたって執拗にいじめられてでもいいのかね ? 」 ぜっ いた生徒だと判明したときは、捜査班に納凶悪犯相手なら一歩も引かない木内の舌 通報しました」 鋒も、さすがに中学生の少年相手では鈍る 得と、早期解決の安堵の色が広がった。 と彼女は証言した。 しかし河石要は無表情に、 死体のポケットに財布はなく、身分証明「これはきみのナイフだね ? 」 それがほんとうのことですから [ 「はい。 書も見あたらなかった。だが巡査が顔を見「はい。そうです , と首を縦に振った。 知っていた。近隣では有名な少年だ、何度自宅を訪ねた捜査員の質問に、要はあっ しゅこう 「ばくは樋田くんを殺していません。疑わ か補導したことがあると言い、過去の調書さりと首肯した。 からただちに名前と住所、学校名が判明し凶器のナイフに付いていたのは、要と真れる理由があるのはわかっていますが、誓 俊の指紋のみであった。また要は月曜の十って殺していません」 また真俊の死体の傍らには、凶器となっ九時から二十時まで塾にいたことまでは確少年は眼鏡を指で押しあげ、木内に向か たボウイナイフが落ちていた。 、だが、その後二十一時までの動向は不明って言った。 「ー・・ーーでもこんなことになるなら、先に、 死亡推定時刻は十九時から二十一時。揉である。 ばくが殺しておけばよかったですー みあった形跡はあるが、刺し傷は致命傷と要はこう証言した。 理 なった一箇所のみ。ナイフの刃先は肝臓を「家へ帰ったら、まだ母は帰宅していませ 貫いており、死因は外傷性ショック死とみんでした。いえ、母の帰りが遅くなるのは取調室に戻った木内は、ふたたび要と向 られた。 珍しくないので、そのまま食事をとって入かい合って座っていた。 きやしゃ 華奢な少年だった。背ばかり高く痩せつも さいわいボウイナイフは大量生産の商品浴して寝ました」 ではなかった。 「塾を出てからは、どうやって帰ったんだほちで、肌は青白い。眼鏡の奥の瞳は、なん 某ミリタリーショップのネット通販限定ね ? ハスやタクシ 1 などの交通機関は使かば伏せたまぶたで隠されている。こんな 一言いかたはよくないかいかにもクいじめ 品で、かっプレードの根もとに製造番号がった ?