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検索対象: 小説新潮 2016年12月号
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1. 小説新潮 2016年12月号

た。代理睡眠室の人口に「代眠中」のプレて、同級生はみんなこのくらい寝ていると 思えるでしようか ートをかけ、机のわきのカーテンをひら思っていた。放課ごや休日に友人と遊んで 「そう感じてもらえるように努めます」 いるときには眠くならなかったので、だれ 代理睡眠はひとりにつき週に一回、最長き、私はべッドに横たわる。べッドはマッ も私がひとりのときにずっと眠っていると サージ用の飾りのないシンプルなものだ。 で三か月まで受けることができる。 期限が決められている理由は、代理睡眠枕もとのポットでラベンダーのアロマオイは思わなかったようだ。 過眠は高校時代もつづいた。中学のとき は、クライアントが眠れない状況におちい ルを温め、名刺を凝視し、ナカムラモエル は耳に人らなかった、家族からの私への不 っている原因を根本てきに改善するまでのさんのために眠った。 満が聞こえるようになってきた。眠ってば 応急処置だとされているからだ。ナカムラ かりいてなにもしない、将来の夢もなにも さんの場合は、残業を減らし、心労の原因 である上司との関係を改善し、ペットの体私が過眠症を発症したのは中学生のときない怠け者で、高校を卒業したらどうなっ 調が安定することが必要だ。それらすべてだった。小学生のころは活発で、毎日暗くてしまうんだろうと両親は思っている じっさい、勉強は得意ではなくて大学には が三か月で解消されるとはとても思えないなるまで近所の子たちと外で遊んでいた。 けど、会社の福利厚生に代理睡眠サービス田舎で育ったので道路も空き地もみんな遊行けそうもなかった。高三のときに、いま からでもがんばれば人れる大学もあるとは を取り入れる場合、そういう規則になってび場だった。夜も弟とアニメを観たりゲー いるのだからしかたがない。じっさい、そムをして夜ふかしをし、睡眠時間が足りな教師にいわれていたけど、私の胸の中には どうしてか、自分は受験勉強をしなくても いことで親に叱られつづけていた。 の制限がなければ代理睡眠依存におちいっ それが、どういうわけか中学からは正反いいという確信のような、熱く輝くものが たであろう社員を何人も見てきた。このナ カムラさんは愛情深くて心優しく、しかし対の体質に変わってしまった。授業中はなあった。親や教師を納得させられるように 理論立てて説明はできないから、なにもい 甘える対象には自制心がきかなくなるタイんとか居眠りせずにもちこたえるものの、 士 プのようで、こういう人は代理睡眠にはま帰宅するやいなや眠らずにいられない。いわなかったけど。 眠 りがちだ。 ったん眠ると朝まで目ざめず、はじめはタ両親は美容院を経営していて、高校三年 私たち睡眠士は、あくまでクライアント食のときに起こしにきていた家族もあきらの二学期に、母が近所の常連さんに施術をみ が自分自身でじゅうぶんに眠れるまでのおめて、私のぶんだけが残されるようになしながら私のことをしゃべっているのが聞や こえた。進学する気はないし、かといって 手伝いをする役目。ナカムラさんは「よろり、それが翌朝の食事になった。このとき しくお願いします」と頭をさげて退室しの私は自分が眠りすぎだという自覚は薄く就職にも熱心じゃない。ほんとうにどうし盟

2. 小説新潮 2016年12月号

風邪ひとっ引いたことがない。 ね。座頭さんの手を煩わせる必要はなさそに晴れ間も見えていたが、急速に雲行きが ゃいとなら幼い頃に父から折檻で背中にうだ」 悪くなってきている。濃い灰色の雲が、空 据えられたこともあるが、鍼とはとんと無 「そうか。どこも悪くないなら鍼を打っ必に墨を流したかのように迫ってきている。 縁だった。 要はないな」 「ああ、わかっている」 「六年に亘る辛い修業を経て力量を認めら残念そうな口調で座頭が言う。鍼が打ち だが、和一は何でもないような口調で答 えた。 れ、師のまた師である人江流に人門するた たくて仕方ないらしい。 め、京に向かう途上なのだ」 「だがいずれガタがきたら、世話になる日「通り雨だ。すぐに過ぎる」 「なるほど。苦労してご出世されたわけでがあるかもしれない。名前を聞いておきま「へえ、どうしてそんなことがわかるん すね」 しよう。ええと、杉山 : : : 」 だ」 「まあ、そういうことだ。昨晩も藤沢宿の「和一だ。いずれ名を成すから、よく覚え「雨には匂いがある。目明きにはわからん 旅籠屋で、二人連れの武家の片割れを診てておくといい」 だろうがな」 やった。年を食って痛くて挙がらなくなっ鷹揚な様子で、その杉山和一という座頭なるほど、目が見えないと他の感覚が研 た肩が、数本の鍼でたちまち良くなったとは答えた。 ぎ澄まされるのだろう。 喜んでおった」 「山二つ」と呼ばれる、ひょうたん型に隆「もう一つ、気づいているか ? 」 ほくそ笑むように座頭は言う。 起した江ノ嶋のちょうどくびれの部分に差和一が言った。 「腕が良いんですね」 し掛かった。初めて岩屋に訪れる者なら、 「ああ」 「人足はカ仕事だから足腰が痛むだろう。左右から切り立っ崖の狭間に海が広がるこ 少し驚きながらも、定十郎は返事をし 何なら後で診てやってもいいぞ」 の絶景に、額の汗を拭いながら感嘆の声をた。 定十郎は世辞のつもりだったが、座頭は上げるところだが、盲人である和一は、定 天の理だけでなく、人の気配にも敏感に 十郎にはよくわからない鍼の講釈をあれこなるらしい。 早速、そんなことを言い出した。 まるで剣術の修業を始めたばかりの者れと話し続けている。歩きながら、定十郎 ずっと後を尾けてきている者がいる。 が、やたらに仕合をしたがるのと同じようはそれを適当に受け流していた。 最初は定十郎らと同じく、岩屋に参詣に な雰囲気があり、鵜呑みにできない。腕に 「座頭さん、ひと雨きそうだ」 行く者だと思ったが、どうも妙だ。 自信のある者なら、自分から「診てやる」 小休止に路傍の石に腰掛け、汗を拭いな 上り下りが続き、幅も細く、けして足下 などとは普通は言い出さないものだ。 がら定十郎はそう言った。 の良い道ではない。盲人を連れている定十 「幸い、体が頑丈なことだけが取り柄で負越場で和一を渡した時には雲の切れ目郎の歩みは、さらに普通よりも遅かった。 518

3. 小説新潮 2016年12月号

ほかの住民にも話を聞いたが、返って来「二階に移ってもらった。動揺がひどくてしていた。 「足跡はいくつかあるが、犯人のものかど たのは、資産家であること、奥さんに先立話が出来ん」 たれたこと、膝を悪くして最近はあまり出宮下が布団を取り除き、みなで死体を見うかはわからん。室内には見当たらないの 歩かなくなったことなど、差し障りのないた。頭部に激しい出血があり、頭蓋骨にはで、靴を脱いで上がったんだろう」 答えばかりだった。町内で迂闊なことは言鉄の棒のようなもので殴られた陥没の跡が鑑識課長の説明が続く。昌夫は聴きなが ら、死体をのぞき込んだ。毎度のことなが いたくないのだろう。 見受けられた。凶器は見つかっておらず、 鑑識から許可が出て、五係の全員が家の争った形跡はないが、そもそも高齢者なのら覚悟のいる瞬間であるが、見ると使命感 で、襲われても満足な抵抗は出来ないものが湧いた。殺人犯を社会に放っておいてい 中に入った。まずは死体との対面である。 いわけがない。 と思われた。 各自白い手袋をはめ、靴を脱いで上がる。 隣で岩村が喉を鳴らした。岩村が殺人事 「ホトケさんの氏名と年齢は ? 」 岩村だけが手袋を持参していなかった。 「馬鹿野郎。ポケットに手を人れてろ。ど「山田金次郎、七十五歳。三年前、奥さん件に関わるのは、これが初めてである。 に先立たれて、以来独り暮らし。近所に住「よし、じゃあ順番に家の中を見て回ろ こにも触るんじゃねえぞ」 仁井に小声で叱責され、岩村は青い顔でむ三女が毎朝、おにぎりの朝食を作って届う。鑑識の邪魔にならんよう。見終わった うつむいていた。 けがてら様子を見るのが日課になっていたら家の外に出ろ」 奥の広い洋室に案内されると、まずはクらしい。だから死体発見時間は午前七時宮下が指示し、五係の刑事たちが動い た。昌夫は岩村について来いと目で合図し ーラーが効いていることに驚いた。家具は半。司法解剖に回さないとはっきりしたこ た。新米なので粗相があってはならない。 どれも豪華で、棚には高そうな調度品が並とは言えんが、血の固まり具合等を見て、 台所と勝手口を観察する。とくに散乱し んでいる。なるほど金持ちの暮らしであ死後十一一時間以上は経っと思われる。それ る。そして長椅子とテープルの隙間に男のから見ての通り、室内には物色した跡があてはおらず、犯人が立ち人った様子はなか る。別の部屋に金庫があって、それも開けった。ただ勝手口に鍵はかかっておらず、 死体があり、布団が掛けられていた。 られている。何がなくなっているかはまだ窓も施錠してなかった。東京でも下町は、 「この布団は ? 」昌夫が聞いた。 外出以外は鍵をかけない家が多いので、この 「娘さんがかけたものだ。いたたまれなか不明。また侵人口も不明」 全員で室内を見回す。家具の引き出しもの点は家族の説明を聞く必要がある。 ったんだろう」と鑑識課長。 戸もすべて開いていて、床には書類が散乱続いて仏間に入ると、押し入れが開け 0 「家族は ? 」

4. 小説新潮 2016年12月号

「本当に仲がいいのね、あなたたちは」 前日も少し口にしていた小説家への文句分の家が一般的ではないと意識もしていな 母親がそんなことを言うのは、さっき旅を、あらためて父親に言い散らしている。 い頃から。 程が一日ずれることに瑤子が反対したと中古の青いサ 1 プの運転席に父親、助手席長野行きは年に二回ほど、母親のスケジ き、「二日も学校を休んだら有夢が怒るよ」に母親、瑤子は。ハックシートに座ってい ュ 1 ルに応じて企画される。せつかく両親 とうつかり言ってしまったからだった。 ともに会社勤めではないのだからと、連休 「学校なんてそんなに真面目に行かなくて 「八十。ハーセントだよ、いや九十。ハーセンや夏休み、正月休みを避けるから、二泊す もいいのよ」 トかも。書き直してくれって。じゃあ自分る場合瑤子は少なくとも一日は学校を休ま いつも言うことを母親はまた言う。瑤子で書けばいいじゃない。しかも締め切りギせられることになる。小学校のときからそ は頷く。 リギリになって言い出すってひどすぎなうだったが、その頃は「学校なんてそんな い ? 」 「有夢ちゃん、許してくれたん・でしょ に真面目に行かなくてもいいのよ」という 、つりー・ 母親の仕事は「フリ 1 ライター」という母親の言葉に瑤子も同意していたから、旅 瑤子は頷く。 もので、有名人にインタビュ 1 したり、町行はいつも楽しみだった。 「あなたのほかにも、有夢ちゃんにお友だやお店に取材に行ったり、本を読んだりし 日曜出発の恩恵か、高速道路は空いてい ちはいるんでしよう ? 」 て原稿を書き、それが雑誌やインターネッて、道幅も空もいつもより広々と見えた。 瑤子は頷く。母親は。ハタリとドアを閉めト上に掲載されることでお金を得ている。梅雨明け宣言はまだだが、今日の空はあか た。 ときどきは自分の名前で薄い本を出したり るくて、ときどき陽も差してくる。 もする。 「ああ、来られてよかった」 日曜日の午前十時過ぎに出発した。 両親はかっては同じ出版社に勤めていた文句を言い終わると母親はそう言って芝 母親は間際まで・ハタバタしていて、朝食が、五年くらい前にまず母親が辞めて、瑤 , 居がかった伸びをした。 ーー食事は原則的に父親が作るーー・も食べ子が小学校を卒業するのと同時期に父親も「あっちは涼しくて、気持ちいいわよ。 退職した。父親は今、週に三、四日スー。ハ なかった。昨夜は徹夜したらしい。 「ほんっと信じらんない。オフレコなんて ーでバイトしつつ家事のほとんどを受け持振り返って微笑みかけるので、瑤子もち ひとっことも言ってなかったんだよ ? すっている。自分の家がそういう家庭である よっと笑って、頷き返した。母親の身勝手 つごい調子良く、自分から。ヘラベラベラベ ことを「隠す必要は全然ないんだからね」 に実際にはまだ腹が立っていたけれど、感 ラ喋ってたくせにさあ」 と瑤子は母親から再三言われてきたーー自情を隠すことはもう癖みたいになってい 126

5. 小説新潮 2016年12月号

ビを消した。 同居して二か月が過ぎた頃、津野田が唐突に言った。 五月晴れの、風の穏やかな昼下がりだった。居間でテレビを観 「その代わり絵が見たい」 ていた美留樹は反射的に「なんで ? 」と訊いた。同居人として受 「完成したら必ず見せる」 け入れ、人間としても魅力的な害のない男だと分かっていたが、 津野田は即答し、後ろ手に持っていた野球帽を被った。それは それでも二人で外出するのは初めてであり、自然と身構える気分日本人の有名選手が在籍するメジャーリーグのもので、外出時の になった。 必需品だった。津野田は踵を返して居間を出ると、足早に玄関に 向かった。 「ちょっと煮詰まってな。気晴らしにぶらぶらしたいんだ」 津野田は弁解するように言い、奥の六畳間を指さした。視線を 向けると、襖の隙間から木製のイ 1 ゼルが見えた。青い表紙のス ケッチブックが載置され、傍らの折り畳み式のテ 1 プルには色と りどりの。ハステルが並んだ木箱が置かれていた。 自宅アパートは古い住宅街の一角にあり、狭い路地や短い私 ( そういうことか : : : ) 道、急な坂道などが至るところで錯綜していた。二人は南西方向 美留樹は胸中で呟いた。津野田は一時間ほど前に図書館から帰 に進み、住宅街を横断する片側一車線の県道に出た。この県道を 宅しており、今は『創作活動』の真っ最中だった。活動内容は境にこちら側が『若葉町一—四丁目』エリアとなり、向こう側が 様々で、外国語で詩を書いたり、五線紙に音符を書き込んだり、 『下鎌田一 5 六丁目』エリアとなった。 毛筆で漢字を書き連ねたりしていたが、おとといからは。ハステル 二人は横断歩道を渡って下鎌田工リアに人った。 を手に、美しい女性の絵を描き続けていた。 津野田は予告通り、ぶらぶら歩きながら『敢えて違うこと』を 「あと、どれくらい ? 」美留樹は視線を前に戻した。 した。。ハステル画が好きな理由や、。ハステル画と水彩画の違い、 「もう少し。最後の仕上げに瞳を描けば終わり。だけどそれが一 今まで描きためた肖像画の枚数などを早ロで語り、それが終わる 番難しい。画竜点睛を欠いちゃおしまいだからな。だから敢えて とフ一フンスの詩人の有名な詩をフランス語で暗誦した。さらに好 違うことをして頭の中をリセットしたいのさ。頼むよミル、付き きなドイツ映画の有名な一場面を説明した上で、主演男優の仕種 合ってくれ」 を再現してみせた。隣を歩く美留樹は初めこそ同意したり、感心 津野田は本当に申し訳なさそうに言い、口元に薄い笑みを浮か したり、大袈裟に驚いたりしていたが、すぐに飽きがきて興味を 失い、途中から無言で視線を向けるだけになった。独演に夢中だ 「分かった」美留樹は小さく息を吐くと、リモコンを取ってテレ った津野田も美留樹の変化に気づいたらしく、古典的ドイツ映画 1 10

6. 小説新潮 2016年12月号

ある顔をする。 いじめを受けているという状況にあってリアクションの放 棄には二つの。ハターンがある。ひとつはいじめに慣れすぎて 無感覚になり、体がいちいち反応する必要をなくす。ハター ン。もうひとつは、いじめに屈しないという強い意志で、相 手を喜ばさないために無理矢理反応を抑え込む。ハターン。で も西野の場合はそのどちらとも種類を異にしていた、ように 僕には見えた。まったく別の空間に心を放り投げているよう な顔。それは慣れによる無感覚や強い意志の裏返しとは次元 の違う完璧な無表情だった。西野は自身に対して起こること に一切の興味がないのではないか ? そう僕は疑っていた。 まつおか 松岡一派 ( 西野をいじめている女子グループの主犯格は松岡 といった ) による攻撃を受けているときの表情のない西野は 超然として、奇妙な神秘性すら漂わせていた。 しかし泣きもしない悲鳴も上げない、いじめに耐える様子 すらない西野を、松岡はどうして攻撃し続けるのか。その理 由は後にわかるのだが、このときの僕にはそれが不思議だっ ( 0 それはともかく、そんな松岡と西野の戦争 ( というにはあ まりにも一方的だったが ) を横目に見ながら、日々、教科書 を破られたり水をぶつかけられたりズボンを脱がされたりし てはいちいち狼狽し、悲鳴を上げ、小路を喜ばせている僕は なんとも弱い存在だった。 小路は二年にして男子テニス部のエースにのし上がった男 しようじ で、背が高く眉が太く上向きの鼻が腹立たしかった。一か月 ほど前から僕をターゲットに、数人の手下を引き連れて右に 記したような工夫のない行為を繰り返して喜んでいた。小路 は弱そうなやっから順にターゲットを決めていじめを繰り返 していたので、いずれ自分の番が来ることが僕にはわかって いた。義務みたいなものだ。やられるとわかっているのだか ら覚悟さえすれば問題ない。そのように考えていたが、誤算 はその義務が思ったよりもきっかったことだ。僕は小路の暇 つぶしの道具として毎日のように教科書やノートにしようも ない落書きをされ、破られ、給食のスープに蜘蛛を入れられ るなどの行為によって精神をすり減らされた。スープに蜘蛛 を、というのはまさに今日の出来事だ。小路の指示で僕は小 蜘蛛をミネストローネごと口に人れ、二秒後に廊下に飛び出 して水道の流しに吐き出した。教室から小路ほか数名の笑い 声が聞こえる。蜘蛛はとことこと歩いて水たまりを避けつつ 流しを横断してどこかへ行った。笑い声がしつこく響く教室 に戻ると、一部始終を見ていたはずの担任は、「どしたー、 えびはら 海老原」と言った。担任教師に助けを求めることは無意味 だ。僕はなんとなく西野を見た。西野は午前中に松岡によっ てハサミで前髪を切られたので、眉の上に、弁当についてく るバランを貼り付けられたようなジグザグしたみつともない 髪型で静かに。ハンをちぎって食べている。口を開けるときに 西野のロの中が見える。大歯が大きすぎるせいか、その他の 前歯が圧迫されて、あまり歯並びがいいとは言えない。切れ 83 ( 爆 )

7. 小説新潮 2016年12月号

んな甘いわけがない。がらにもないことをしろい。認めたくはないけど、それを思いで勉強しているだけで、あとはタ・ハコを吸 やると、必ず失敗するんだ。どうしてそれ知った。しんどいし、楽なことはない。だい、ゲームをし、好き勝手しゃべってい を忘れていたのだろう。あの時だって同じけど、体の隅々まで血が通っている。それた。クラブはもっと悲惨で、陸上部と言っ たって、五人いるらしい部員はそろうこと りを感じるのは最高だった。 だったはずだ。中学三年生の夏、無理や 参加した駅伝。その日々が、今の俺をこん駅伝大会が終わった後も、このままでいもなかった。 中学校とは違い、高校に入るときには俺 たい。このままの俺でいるべきだ。そう思 なにもくすぶらせている。 った。今の俺なら、なんとかできる。駅伝たちはふるいにかけられる。そして、高校 小学時代から授業をまともに受けず、タで妙な自信をつけた俺は、残り少ない中学の中でも、クラス分けでさらに分別。こん ハコを吸い、髪を染め、教師に反抗してば生活、必死になって勉強した。今までを取な高校にも特別進学コ 1 、スなんてものがあ って、数少ないまともなやつらはそこに集 かりいた俺は、中学校に入るころにはどう り戻そうと誰よりも努力した。だけど、受 しようもないやつになっていた。でも、俺験には失敗し、何とか人れた高校は希望とめられていた。 俺がいるクラスは、昔の俺と似たような は走りだけは速かった。体育の授業もふはまったく違うところだった。 け、部活にも参加していなかったのに、校人学したのは白羽ヶ丘高校。名前だけはやつでできていた。勉強なんてする気もな 内でも上位に人る走力を持っていた。その立派だけど、不良を引き受けるだけの何のく、その日を遊んで過ごすだけのやつ。腹 魅力もない高校。半数が卒業までにやめてが立てばキレて暴れて、気に人らなければ 力を見込んでか、人数が足りずどうしよう もなかったのか、中学一二年生の時、俺は駅いくという話は中学校でも有名だった。そすねて帰る。そして、ここではそれらはた 伝メン・ハーに引っ張られた。いやいやながれでも、駅伝で走り、ついでに勉強に精をいしてとがめられもしない。 そんなところで何をやれというのだ。ど らも、いや、嫌がっているふりをしながら出した俺は、まだどこか高揚していたのだ も、参加した駅伝は楽しかった。単純に走ろう。制服を着て朝から登校し、陸上部にんなに心を強く持ったって、何もできやし ない。俺は人学三ヶ月で高校生活に見切り ることが好きだし、何一つまともにやってまで人部した。 をつけ、クラブを辞め、私服で昼前に通いら けれど、かっての俺みたいなやつらが、 なかった俺にとって、唯一駅伝練習だけが 走 好き勝手暴れている教室でまともな授業な始めた。何一つ楽しいことはなかった。こを 夢中になれるものだった。 こに来てしまった時点で、俺は終わりなの 俺はプロック大会では区間一一位の走りでんて行われるわけがなかった。空席ばかり 活躍し、県大会にも出場した。何かを真剣の中、何かの間違いで人学してしまったよだ。 同じようなやつらがたくさんいるんだか うなまじめそうなやつらが五、六人、片隅 にやるって、誰かと一緒にやるって、おも

8. 小説新潮 2016年12月号

そう言って目配せすると、小姓が盆に載せ「柘植定十郎は伊賀の生まれだというが、 源之進に助太刀を願いました」 甚四郎は、傍らに座している源之進をちられた包銀を甚四郎に差し出した。思わずその辺りから捜してみてはどうでしよう」 下谷にある高松藩の中屋敷に泊まり、い 目を見開くような額である。 らりと見て言う。 「足りなくなったら、江戸の藩邸でも、高よいよ明朝には仇討ちへと旅立っ仕度を整 流石に甚四郎とは違い、背筋を伸ばして まぶた えた甚四郎と源之進は、酒を酌み交わしな 落ち着いた様子で端座している。瞼を半眼松の国元でも立ち寄って無心するが良い。 がら、先ずはどちらに足を向けるか相談す に閉じ、佇まいなら、その場に座している人を使って届けさせても構わぬ」 藩から籍は消え、甚四郎も源之進も浪人る。さて仇を捜すとはいっても、手掛かり 誰よりも風格があった。 助太刀とは、仇討ちを行う者が剣技に未の身になるが、金はいくらでも自由に使えは何もない。 「いや、存外に江戸に近いところに隠れて 熟であったり、若かったりした場合に帯同ということだ。 いるかもしれぬ 「他に気掛かりはー し、加勢するものである。 少し考える様子を見せてから、源之進は 前野にそう言われ、おずおずと甚四郎は 「承知しました。許します」 そう言った。 助太刀の者も、仇討ちと同様、離藩しな口を開いた。 「聞けば定十郎なる者は、無足人の出だと 「国元に妻と一子がおり : : : 」 ければならない。 「扶持は据え置き。国元にも手厚く処遇すいう」 「他に加勢は必要ですか」 「無足人とは ? 」 通常は難色を示すところを、高俊はさらるように伝えます。それでいいですか」 甚四郎が言い終わらぬうちに、高俊がロ聞いたことのない言葉だった。そのよう に甚四郎に手勢を与えようとした。 な身分は高松藩にはない。 「隠密に動かなければ、果たし合いになるを挟んで話を終わらせた。 まるで、そんなつまらぬことはどうでも「かって伊賀の地にいた、忍びなる者らの 前に察せられて逃げられる恐れがあり申 成れの果てだ。おそらくは人に紛れ、追っ いいというような口ぶりだった。 す。拙者と甚四郎の二人で十分でござる」 手から隠れる術も身に付けているだろう」 甚四郎の代わりに、落ち着いた口調で源再び甚四郎は平伏する。 手筈はすべて整っていた。藩主の免状も源之進は、仇である柘植定十郎がどのよ 之進が答えた。 すでに三奉行に届けられており、仇討ちのうな人物なのか知らない。 「一理ある。わかりました」 検 かきかえ 帳付も済んでいた。書替を渡され、藩邸を甚四郎は一度、会っているが、その時の山 高俊が頷く。 辞した甚四郎がやるべきことは、後は仇を記憶だけが頼りである。 「仕度金として二十五両ある」 まえのすけざえもん 何ゆえに津藩からの客臣の奉公人であっ 高俊の傍らに座していた前野助左衛門が見つけ出して討っことのみだった。

9. 小説新潮 2016年12月号

らしさ」とは、不案理なことにまでスト 1 リーを求めてしまうことでもあるのかな 中村人工知能だけでなく、人間以外の動 物も物語なんて必要とはしません。「自分 は何のために生まれてきたんだろう」なん て考えるのは人間たけです。どこからが人 間的であって、どこから先は非人間的な機 械の領域なのか。池谷先生のお話をうかが いなから、そこの境は「わかっている ようでいてわかっていない」ことが見えて 0 土ー ) 4 。 池谷「わかる」は漢字で「解る」とも 「分かる」とも書きます。時計がどうして 動いているのか。部品を分解して、どこに ゼンマイかついていて針がどう回っていく のかを確かめる。「分蟹によって人は 「わかったような気」になります。 囲碁がメチャクチャ強い人工知能「アル ファ碁」の中身を、プログラマーが確かめ ました。ところがプログラマーが素直にこ う言ったのです。「見てもよくわからな い」。中身を分解したうえで「わからな い」と認めた。人類敗北宣一可でもこれは 人類の大きな進だと私は思うのです。 中村自分で作った人工知能のすごさを、 午者が「よくわからねえんだよ」とお手 池谷人類が事実上敗北宣言しちゃった —の「アルファ碁ーって、やっていること は人間の脳みたいなんですよ。囲碁の打ち 手を考えるときに、決まったプログラミン グではなく敢えて乱数を用いるのです。 中村乱数 ? 池谷乱数を使ってコンピュ 1 タ内で囲碁 のシミュレーションをすると、人類最強の 棋士を倒せるところまで成長するのです。 ーコンピュータをいつばいっ 中村ス 1 パ なげると、「アルファ碁」の読み手は速く なりますか 池谷ええ。計算が非常に速くなり、一秒 間にものすごい数の打ち手を読めます。で もスーパーコンピュータといっても現時点 の計算速度でも不十分で、持ち時間内にす べての打ち手を読みきれるわけではありま 上げしちゃった。 池谷サイエンスの世界は「わかっている こと」よりも「わかっていないこと」のほ うか圧倒的に多いのに、科宀工頃はなかなか 護に認めようとはしません。その点、人 工知能がもっ未知の可能性を畏敬とともに 認めた母工頃はとても偉いと田 5 います。 ・矗矣した せん。というよりも、読めない手のほうが はるかに多いのです。そのくらい囲碁とい うゲ 1 ムは多彩なのです。 ということは、プロ棋士と同じよう にたくさんの打ち手をシミュレーションし つつ、最終的には直観力でもって次の一手 を決めているわけですか 池谷そうです。「アルファ碁」がすべて の手を読みきったうえで試合をするのであ れば、それは強いに決まっていますよね。 チェスではすでに到達しています。 <»--«の 手が正解です。ところが囲碁ではそうはゆ ーコンピュ 1 タであって きません。ス 1 パ 歪兀全な状 も打ち手を読み切れないという 況の中で、どうやら人工知能の中に「直 観」が芽生えてきたのです。 中村 <—が勘で戦っているってすごい でもちょっと布いな。勘って何なんだと。 池谷人間と同じく全部の手を読みきれて いないのに、人間よりも強い。大局観を働 い し かせながら、 <* が人間に勝ってしまうの ま 2 凶 です。すると、またもや「人間らしさって な 何なのだ」という疑間が生まれてきます。ん は 中村「女の勘」とか囲碁の大局観とか、 脳 そのへんのモャッとした成見つて「人間ら 0 しさ」のたったような気もするけど。

10. 小説新潮 2016年12月号

イメ 1 ジとか、世界史イベントの現場の再 現とか、英会話の相手とか。 中村逆上がりがどうしてもできない人に できた瞬間のイメージトレーニングをして もらったら、のおかげで早を克服で きそう。浅田真央ちゃんがクルクル三回転 してるときの様子を、フィギュアスケ 1 トで体験できるとか。最近の軍隊は、プ レイステーションみたいなゲームを使って 人殺しの訓練をしているといいます。 池谷そうですね。ただ兵士についていえ ば、で殺人マシーンを養成しなくて も、現代の戦争は無人兵器に重点を置く方 向に向かっています。今やアメリカ軍が中 東で使っているのは、ほとんどがドロ 1 ン のような無人丘 ( 器ではないでしようか 中村無人兵器同士が戦うようになると、 戦争の意味あいが変わってくる気がする な。それって画面の中で陣取りゲームをや っているのと変わりない。 池谷戦国時代には武士だった人はごく一 部です。武士たちはオラが村では戦争はや らず、たとえば関ヶ原などのように、どこ かに戦場を決めて約 ~ 暈のように戦う。民 にしてみれば、勝ったほうに従うしかなか った。武士たちの勝敗に自分たちの運命が 池谷一三年九月、オックスフォード大学 かかっているわけです。これと同じことで す。戦闘ロポットによる代理戦争はますま す増えると思いますが、ロポット開発の技 術が負けただけなのに、その国の人間が敵 の支配下になっちゃう。 中村それってゲームと現実がアベコペに なったような感じですね。 池谷人が死んで家族が悲しんだり、家が 破壊される。地球に優しくない。だから 「戦争は悪いと私たちは聞かされてきま した。ロポット同士の戦争では誰も血を流 さないわけですから、この基準では「戦争 は悪」と言い切れなくなってしまう。 今の戦争では「これ以上戦いを続けたら ウチの民が滅びちゃう」という時点で、ど ちらかが白旗を揚けるわけですよね。ロポ ット兵士の代理戦争となると、どういう基 準で白旗を揚けるか判断がっきません。 中村となると、エンドレスに続くスポー ッみたいに、、 ( つまで経ってもロポット戦 争が終わらない可能性もあるのか。人間か 誰も傷つかないのだったら、そっちのほう が平和的とも言えるな。 ・ < ーに奪爻間の仕事 の人工知能研究者マイケル・ < ・オズボー ン准教授らが「 THE FUTURE OF EMPLOYMENT 」 ( 雇用の未来 ) という 衝撃的な論文を発表しました。この論文に よると、これから一〇 5 一一〇年のうちに、 七〇一一の仕事のうち半分がに取って代 わられるというのです。 中村ひえ 5 。人類の半分が失業しちゃう のか 池谷論文によるとメンタルヘルス・カウ ンセラ 1 は「なくならない仕事 .. の上から 数えて第一一五位、仕事がなくなる可釋は 〇・四八 % です。 リハヒリテ 1 ション・カ ウンセラーは第四七位、〇・九四 % でし た。ところが一五年に「サイエンス」に発 表された論文では、カウンセラーですら人 間がやる必要はなくなるというのです。 中村えつ、オズボーン博士の見立てより もずっと悲観的な予測があるんですか 池谷何かつらいことがあって、い臠科を い し 訪れた人に、受付の人が「今日のカウンセ ま ) 凶 ラーは生身の人間にしますか、それとも人 工知能にしますか」と訊いたときに、人工ん 知能を選ぶ人がもう既にいるのです。なぜは なら、カウンセラーはイライラしない からです。こちらの話にいつまでも真剣に 4