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検索対象: 小説新潮 2016年12月号
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1. 小説新潮 2016年12月号

夢と現との狭間で、窓の外の景色にポン「漢方 : んだけど、じゃあ、そもそも将門が大怨霊囲 ャリと視線を移せば、田園風景の中にも民「将門のことを聞こうと思って電話した。 と呼ばれるようになったのはなぜ ? いっ 家の数がかなり増え、大きなスー。ハーマ 1 そうしたら、薬局の午後休みに電話をくれからなの」 ケットのような建物も見える。ストンと寝るってー 多分 : : : と、漣は顔を上げた。 落ちしている間に、もう千葉駅を過ぎたの「漢方薬局に、将門のことを尋ねたの ? 」 「大正以降ー だろう。 響子は眉根を寄せて漣を見た。「どういう「大正 ! 」響子は驚く。「そんなに最近の こと 前の座席を見れば、漣の姿が見えない。 ことなの」 たきやしゃ 荷物はそのままだったから、トイレにでも「薬局に変わった人がいて、色々と教わっ 「もちろん江戸時代にも、瀧夜叉姫の話な 行っているのかと思っていると、やがて無てる」 んかも含めて将門は『怨霊』として扱われ 言のままデッキから戻って来て、響子の前と答えて口を閉ざす。 ているけど、それは謡曲や、歌舞伎の世界 に腰を下ろした。 漣が「変わった人」と言うからには、生の話だから脚色が多い。でも今、分かって 「ちょっと思いついたから」尋ねてもいな真面目を絵に描いたような大学教授のようる確かな具体例は、大正十二年 ( 一九二 いのに、携帯をしまいながら言う。「電話な人物か、それとも漣を超えて変人か。ど lll) 以降」 してきた」 ちらかなのだろう。しかし漣は、今はそれ「大正十一一年 : : : 」 「どこへ ? 」 に関しては余り細かい説明をしたくなさそ そうだよ、と漣は言うと・ハッグから資料 何気なく尋ねる響子から視線を外して、 うだったので、響子は質問を変えた。 を取り出した。そして、時折それに視線を 漣は答えた。 「ねえ、漣。今までの話とはまた別に、ち , 落としながら説明する。 「薬局」 よっと訊きたいことがあるんだけど」 「大正十一一年九月一日、関東地方に大地震 「え ? 」響子は首を傾げて漣を見る。「ね「なに」 が起こった。いわゆる、関東大震災。その え、あなた、しよっちゅう薬局がどうのこ「将門の祟りのこと」響子は漣を見る。 ために、将門塚は崩れてしまって、当時の うのって言ってるけど、どこか具合でも悪「確かに今までの話を聞いていると、将門大蔵省も全焼してしまう。そこで、それら いの ? いえ、無理に答えなくても良いけには怨霊になるような要素が見当たらなかの復興に当たって将門塚の調査を行うこと おおくまよしくに ど、私も一応医療関係の仕事に就いている った。そして、将門好きな江戸っ子も、将になり、十一月には工学博士の大熊喜邦ら からーー」 門を調伏した成田山を嫌ってはいなかつによって、塚が発掘された」 「漢方薬局」 た。それだけでも私、色々と混乱している「発掘って」響子は驚いてしまった。「そ うつつ れん

2. 小説新潮 2016年12月号

『婦系図』と『瀧の白糸』がありますが、 てくるような名前じゃありません。二世松 はなやぎしようたろう だんじゅうろう 2 ともに花柳章太郎さんにとっての当り役で 川団十郎の助六なら別ですが」 した」 「そういえば、あなたが一時使っていた芝 かん 「それを、あなたが、やるわけですか ? 」 「どうして、すぐ、訊問しないんですか ? 翫というのは、大きな名前なんでしよう ? 「とんでもない。今回、『下町のお巡り向うも承知していたのに ? 」 よく、使わせてくれましたね ? 」 さん』という喜劇をやるんですが、下町と、亀井が、別れたあとできいた。 十津川がきくと、嵐好三郎は、明らかに のおばさんが出来る女優さんがいないの 「一週間、調べたいことがあるんだよ。そ戸惑いの色を見せた。夕食に、天ぶらを食 で、ぜひ、私にという話を頂きました。私の答えを見つけてから、嵐好一二郎に話を聞べながらの、和気あいあいとした話し合い は喜んで、やらせて頂くことにしたのできたいと思っている」 と思っていたのに、急に、難しい話になっ と、だけ、十津川はいった。 たと、感じたのだろう。 「実は、今までの事件について、ぜひ、あ 五月十日までの一週間、十津川は、ほと「先日も申し上げましたが、あれは、中村 はしのすけ なたに聞きたいことがあるので、時間をとんどひとりで家に閉じ籠り、一日だけ、琴橋之助さんが、八代目中村芝翫を継ぐまで って頂きたいのですがね。退院したばかり電に乗るために四国へ出かけた。 の間、ご無理をいって、使わせて頂きまし なのに申し訳ありません。ご都合いかがで そして、五月十日。午後六時。 た。私は先代の中村芝翫さんの芸が好き しようか」 新宿西口の超高層ビルの四十階にあるで、あこがれていたので、少しの間でも、 「それなら、いつでも構いませんよ。今い『天とじ』の個室で、夕食をとりながら十その名前を借りさせて頂きました。今回中 った公演は、一ヶ月後ですから、明日で津川と亀井は、嵐好一二郎に会った。まだ太村橋之助さんが、襲名されるので、お礼を も」 陽は沈んでおらず、黄昏時とでもいう時間 いいながらお返しいたしました」 だった。 「じゃ、一週間後にして下さい」 「実は、このあいだ、成駒屋に聞いてみた と、十津川は、注文をつけた。 「新派に移ったあなたを、何と呼んだらいんですが、芝翫の名前を使うことを、許可 嵐好三郎は、変な顔をして、 いんですか ? 今まで通り、嵐好一二郎でいしたことはないといっているんですよ。そ いんですか ? 」 「それなら、一週間後の五月十日に」 の点は、どうなんですか ? 」 と、納得した。 と、まず、十津川がきいた。 「しかし、芝翫の名前で舞台にあがって 場所と、時間を決めて、十津川は嵐好一一一嵐好三郎は、箸を動かしながら、 も、何もいわれなかったので、喜んで使わ 郎と別れた。 「今のままで結構です。歌舞伎十八番に出せて頂いたんですがーー」

3. 小説新潮 2016年12月号

2 ~ 日第 = 部 のプラ、の憂鬱 帝国ノ 第六 + 五回アメデオ・モルナール 佐藤優 ミランは、「社会主義と今後のチェコの〃 関係については、マホべツッと会って話を 聞いてみたらいいと思う」と言った。 「マホべツッと会えるのか」と私は尋ね ( 0 「会える。フロマートカ生誕 10 。周年記 念学会で、マサルと話をしたことを喜んで いる。よかったら、今、電話をしてアポイ ントを取りつける」 「よろしく頼む」 ミランは電話をするために席を外した。 加分くらいで戻ってきた。 「喜んで会いたいということだが、ホテル は人目があるから嫌だと言っている」とミ ランが伝えた。 「ビロード革命でマホべツツの側は勝利し たのだろう。どうして人目を気にするの か」と私は尋ねた。 「今までマホべツツを迫害した人が、友人 のように擦り寄ってきて『ほんとうによか った。ビロード革命おめでとう』と言われ るのがマホべツツには嫌なのだろう。明 日、自宅で会いたいと言っている」 「それは構わないけれども、通訳を連れて いかないと意思疎通が十分にできない」

4. 小説新潮 2016年12月号

ところが塚は、以前に一度発掘されていた頷いた。「今のところは、彼の意見に反論 「よろしく頼む。できる限りの情報を」 上に、改めて発掘した本人の博士は天寿をしづらい」 と辰巳が答えた時、 全うし、国会議事堂建設に関与した人は「だったら」と漣は言った。「このことを、 「いえ : : : 」と野々宮が、沈痛な面持ちで 「祟り」で亡くなった。 犯人に教えてあげて」 口を開いた。「今ここで、ぼくがお話しし 「えつ」 ましよう」 というより、将門自身が怨霊ではないの に、その塚に呪いがかかっているはずもな「犯人はきっと、将門が怨霊だと思い込ん い。その証拠に、茨城県の塚も大手町の塚でいるから、ひょっとすると、その力を借えつ、と全員の視線が、野々宮に集中す も、開けっぴろげに存在している。 りて犯行を重ねてるつもりになってるかも となればーー・漣の説はともかくとして知れないから。でも将門は怨霊じゃないか そこには呪いや祟りといった抽象的なら、そうなると犯人のやっていることは、 「どうして、野々宮くんがーー」 モノではなく、もっと具体的な「何か」が ただの自分勝手な殺人になってしまう」 唖然とする猿橋の隣で、野々宮は漣を見 あったと考える方が論理的だ。突如とし「 : : : だな」 つめながら言った。 て、実に理系的な話になってきたではない笹岡は苦笑しながら首肯して、部屋は沈「彼の話も、犯人に伝えておきます。こ 黙で満たされた。 の、負の連鎖を止めるために」 そんなことを考えていると、 その時、またしても笹岡の携帯が鳴っ 「やはりきみは」笹岡は、突き刺すような 「まあ、根拠のない話はその程度にしておた。笹岡は「失礼」と断って耳に当てる。視線で野々宮を見る。「野々宮由美子さん いた方が良いな」笹岡が言った。「そこまそして、短い話を終えると、辰巳たちに告の、息子さんですな。そして、この事件の げた。 でだ。多方面から色々な誤解を招く」 犯人も知っている」 でも、と響子が割って人った。 「野々宮由美子が倒れて、人院したらし「きみ自身が、犯人なのか ? 」 「今までの漣の話で、将門は全く怨霊とはい。いや、事件性は見られないようだか勢い込んで尋ねる辰巳に野々宮は、 言えないことだけは理解していただけたでら、おそらく心因性のストレスだろう」 「いえ、決して」静かに首を振った。「し しよう。私個人的には、まだ細かい疑問が その言葉に頷く辰巳たちに、笹岡は言かし、犯人が誰なのかは知っています」 残っていますけど、取りあえず将門怨霊説う。 何だと ! と辰巳は叫んだ。 は、誤謬だったと」 「我々も、明日明後日には京都に戻るか「じゃあ、犯人は誰なんだ。そしてきみ 「そう : ・ : だねー笹岡は困ったような顔でら、彼女の体調を見て事情聴取してみる」は、どうしてそのことを知って : : : ああ、 ゝ 0 る。

5. 小説新潮 2016年12月号

0SHlA' う、ど 00 [ 心、 って、今でも子どもの頃のことを嬉 主人の父方の祖母は、 % 歳と長生理由にして、行かないこともあった。 きだった。名前は「セルマ」。私が次に訪ねた時に「今週どうだっしそうに話してくれる。中でも彼女 子 た ? 」って聞くと、おばあちゃんはの作る「グリルドピーナツツバター 羊結婚でミシガンに渡った当時、代 後半で、老人ホームで暮らしていた。 「さみしかった」ってよく答えていサンド」が、何よりも好きだったそ 、、つナ .0 う。彼女の家に泊りに行くと、山盛 ノ、主人の実家で季節ごとに開かれるナ 食ムには、いつも義父の送迎でや心がチクっと痛んだけど、それでりのアイスクリームを出してくれた 、 J ョってくる。赤やプルーのパキ 0 としも毎週会いに行くことはなかなかでなんて、楽しそうに話してくれたこ し J" も亠のる オノた色の洋服に身を包み、短い銀髪はきなか 0 た。 上品にまとまっていて、「オシャレ程なくして息子の一茶が生まれ、 主人の家族によると、セルマの作 ス セなおばあちゃん」というのが私の第それからは 3 人 + 1 匹で訪ねるようるご飯は「まあまあ」だったそうな ′ヒ↓ / ノ になった。おばあちゃんは、一茶のので、楽しい思い出は料理の隠し味 オ 一度、若い頃の【を見たことが ことを「リトル・ジャスティン ( 主になるんだなあとう。 フ おばあちゃんにもしもう一度会え あるけど、タイトスカートに立ち襟人の名前 ) 」と呼んで、愛おしそう のジャケットを羽織って、大きなサに手を重ね合わせていた るなら、主人の様子を伝えてあげた ングラスをしていた。まるでヒッチその後、育児でにしくなったこと コックの映画に出てきそうなカッコを言い訳に、訪ねる頻度は 3 週間に 今でも「これは。、。、 { ノノカ子どもの 1 度くらいになっていった。 頃、一番好きな食べ物だったんだ」 女性たっこ。 主人と、彼女の住む施設にもよく そして、一茶がよちょち来一きを始って、息子にグリルドサンドを作っ めた頃、おばあちゃんは亡くなった。てあげること。夕食後に「ママには 足を運んだ カ お手伝いさん付きのマンションの私たちが最後に伝えた言葉は、内緒だよ」って、アイスを山盛りに よそってあげ・ること。それからおば ような感じで、初めて訪ねたときは「またすぐに来るよ」だったと思う。 その豪華さに驚いたほどだった。 沢山の時間を過ごしたわけではなあちゃんの夢を見て、今でもたまに 大も入館 OE だったので、いつも いけれど、私には彼女の思い出がい泣きながら目を覚ますこと。 つばいある。 愛大のマルを連れて行った。 そんな些細だけれど、彼女が人生 で成し遂げた「勲章」みたいなこ 木曜の仕事後に訪ねるって決めておばあちゃんっ子だった主人は、 いたけど、他に予宀が入ったことを「グランマの作るご飯は最鳳だった」と、伝えてあげたいと思う。 523

6. 小説新潮 2016年12月号

びにおかしいと思う。 今、世間を賑わせている事件ーー介護老人施設の元職員 が、施設に放火して人所者十五人を焼き殺した事件や、いじ めと教師の暴力で中学生が自殺した事件、そして、小学六年 生の女の子を誘拐して、四年間も自宅に監禁していたサラリ ーマンの事件等々ーーいずれも犯人の異常さや手口の悪質性 ばかりが報じられる。世間は一様に眉をひそめ、犯人を憎 み、状況を一面的に納得して、断じて許せないと憤ってい る。そして、被害者側には無制限の同情を呈する。 久礼子も以前はそのようにしか考えなかった。しかし、毒 虫のような心は今、彼女に問いかける。ほんとうに犯人の行 為には、理解の余地はないのか。犯人にもいいところや、気 の毒な側面があったのじゃないのか。逆に、被害者にも落ち 度や批判されるべき点があったのではないか。 さらに心は久礼子にささやく。 ー悲惨な事件や悪辣な犯罪の報道には、蜜より甘い悦楽 が潜んでいるんだ。みんな目を背けながら、それを舐めてい るのさ。 久礼子は鏡の前に立ち、自分の鏡像に言う。 少し考えればわかることね。世の中にいい人なんかい ないし、立派な行いも、尊い犠牲なんかもない。思いやりと か平和とか、安心とかも、みんな自分のためだものね。美し く着飾った利己主義よね。 指導医のセクハラが公になって以来、外科医局ではさまざ まな噂が飛び交った。新しい指導医は女性だったが、久礼子 には腫れ物に触るかのような対応しかしなかった。あの夜の ことについて、いろいろ詮索する者もいた。そういうことが 煩わしくて、久礼子は臨床研修期間の終了を待たずして大学 病院をやめた。 臨床研修を終えなければ、ふつうの医師としては働けな い。そこで久礼子は風俗嬢になることにした。久礼子は美人 だし、身体もきれいで、二十四歳なら年齢的にも遅すぎるこ ともないだろう。ネットの風俗求人を見ると、未経験者でも 問題なさそうだった。通勤の楽そうなソープランドにメール で応募すると、すぐ面接に来てほしいと連絡があった。 店の事務室で、店長を名乗る三十代半ばの気の弱そうな男 性が待っていた。ホック式の蝶ネクタイの片方をはずして、 首元に垂らしている。 「応募メールの前職の欄に、『医師』って書いてありました けど、本当ですか」 「はい」 「何か証明するものがありますかー 「今はこれしかありません」 久礼子はスマホにメモしてある医籍登録の番号を告げた。 店長がそれを書き写し、ほかに何かと言うので、膵臓がんの 手術の術式と、術後に使う抗がん剤を列挙した。店長は急に そわそわしだして、ハエのように両手をこすり合わせた。 「どうやら本物らしいですね。それだったらソープなんかで乃

7. 小説新潮 2016年12月号

プもやってないんだし、お前暇だろ」電話ロでそう言われて、夏 休みが始まる前のテスト明けの休日さえ持て余していた俺はすん なり了解した。先輩の仕事場の前は何度か通ったことがある。小 「どういうことっすか ? 」 さな事務所と倉庫があり、よく鉄板や支柱などの資材が運び込ま あまりに驚いて俺が声を上ずらせるのに、先輩は、 れている。きっと、荷物の積み下ろしゃ梱包作業の手伝いをする 「だから、一ヶ月、こいつの面倒見てくれたらいいってこと」 のだろう。それなら、俺でもできると思ったのだ。 と平然と言った。 「簡単、簡単。朝九時過ぎからタ方まで一緒に遊んでくれたらい 「こいつって : : : 」 いだけだからさ。な、鈴香」 目の前には小さな子どもがちょこんと座って、おもちゃの車を 「遊ぶって、何して : : : 」 動かしている。頭も手も足も何もかもが小さくて、子ども自体が 車に飽きた子どもは、次はおもちゃのフライ。ハンをひたすら揺 人形みたいだ。 すっている。とてもじゃないけど、一緒に楽しめそうにない。 すずか 「鈴香って言います。今一歳十ヶ月で、今度の九月で二歳です。 「鈴香は勝手に遊んでるから、お前は隣にいてくれたらいいだ よろしくおねがいしますー け。寝転がってテレビ見ながらでいいしさ」 女の子をまじまじ見ている俺に、先輩の奥さんが子どもの頭を 先輩はのん気に笑っているけど、そんな簡単なわけがない。ば ペこりと下げさせながら言った。女の子の細くて茶色い髪の毛が かな俺にも子どもの面倒を見る責任の重さは、十分わかる。 ふわりと揺れる。一歳の子どもなんて間近で見たことなかったけ 「ごめんなさいね。無茶なお願いだってわかってるんだけど、急 ど、まだこんなにも小さいのだ。赤ちゃんに毛が生えたような子きょ切迫早産で人院になってしまって。昨日の健診で診断され どもの面倒なんて、見られるわけがない。 て、今日一日、ゆうよばもらえたものの明日の朝には人院で 「いやいや、無理っすよ。俺、バイトって、てつきり先輩の会社 。あまりに急で、保育園や託児所を探す間もないし、私たち の手伝いかと思ったからやるって言っただけで」 駆け落ち同然で結婚したから親には頼めなくて : なかたけ 昨日の晩、中武先輩から・ハイトしないかと電話があった。俺よ 先輩の奥さんが大きくなったお腹をさすりながら言った。奥させ り三歳上の先輩は、今俺が通っている高校を一年で中退し、その んとは初対面だ。先輩が自分とはまったく違うまじめな人と結婚齪 したといううわさを聞いていたけどそのとおりのようで、黒い髪 後一年ほどふらふらしていたものの今は建築資材を扱う会社で働 が いている。 を一つにまとめて、化粧つけのないつやつやした顔は、健康的で夏 「そんな難しい仕事じゃないし、・ハイト代はずむぜ。どうせクラ清潔感が漂っている。妊娠しているせいなのか、母親だからなの

8. 小説新潮 2016年12月号

、一勢いで小岩行きを断ってしまった亮平たが、心は揺れていた今 姉弟の幸せ「稲垣先生への想い、そして自分の未来ーー 一一一 ~ 迷 0 た末に ( 目黒 0 佰父、電話で相談を持ち 0 ける ' 、 0 、一・一 ~ ( じ頃 ( 守見子が会議員へ立候補するという噂が流れ あぐみ園夏 高杉良 ケッソクヒデキ画

9. 小説新潮 2016年12月号

しんだほうがずっと簡単だし、リスクか少 ないです。の技術はどんどん進して いますから、相当リアルなものが実現する と思いますよ。 中村あと五年もしたら、ゲ 1 ムをやって いる成見で世景行ができるかも。 池谷今年は「元年」と言われていま す。 中村をやっているときは自分のダメ なルックスや運動オンチを忘れて、イケメ ンや美人、ス 1 パ 1 スターの生活をリアル に味わえる。まわりの人から見たら、サン グラスみたいな大きなメガネをかけて寝転 んでいるだけかもしれないけど。 池谷「今見ているものは仮想世界だ」と う意識を捨てられれば、は現実と同 じくらいリアルに感じられるはずです。 呂分のれちゃった私 中村最近、今までの人生について書いた 「あとは死ぬだけ』という新刊を出版した んですよ。【をたくさん載せたいと編集 者が言うので古いアルバムを引っ張り出し てきたら、「誰これ ? 」と本気で思っちゃ ったんです。 池谷それって、もしかして整形前の自分 の顔を忘れちゃったってことですか 中村そう。个ョに自分の顔を忘れちゃっ 。「私ってこんな顔だったかな。ずいぶ ん悪意のある蓍じゃないか。写りが 特別に悪すぎる」と思ってるんだけど、そ れはかっての自分の顔たっていう。 池谷そういうことが本当にあるんです ね。もしかすると、のをくつつけ てバーチャルな世界を長い時間楽しんでい たら、本来もっている自分の蹙見や記憶が ごちゃせになってわからなくなってしま うかもしれません。 中村現に私の場合、何回も顔を整形した り豊胸手術を受けてきたわけですよ。整形 後の顔やオッパイが当たり前になると、整 形前の顔や翦なオッパイがニセモノに思 えちゃう。の世界に長いことひたって いたら、アナザ 1 ワ 1 ルドのほうがホンモ ノだと信じこんでもおかしくありません。 池谷今目の前で生まれているリアリティ や実態、「これこそホンモノである」とい う成覺は、脳の眼則頭皮質の活動が関与 しているようです。の実証実験を進め ていけば、脳の不思議について思わぬ発見 があるかもしれません。 中村私はよく「ツッコミ小人と表現す るんですけど、醒めた目で自分を客観視し ている「もう一人の自分」がいます。整形 したり買い物依存症になったり、 絽歳でデ リへル嬢になったりハチャメチャなことを しながら、必ず私の中に棲む「ツッコミ小 人」が他人事のように私を見つめているん です。 也谷 - フさぎさんのよ - フに「ツッコミ小 人」がいるタイプの人は、のなり <—を外側から装着しても、簡単には同化 しないかもしれません。催眠術にすぐかか る人とかかり・にくい人かいますけど、 その 違いとも関係があると思います。 中村前に催眠術をかけてもらう企画があ ったんだけど、ほかの人はコロッとかかる のに私だけは全然ビクともしませんでし た。なにしろ私の中には「ツッコミ小人」 が棲んでいるから、「催眠術なんかかかる わけねえだろ」と内、い冷静にツッコミを入 れちゃ - フ。 池谷や <—の研究が進んでいけば、 催眠術をすんなり受け入れたり、はじいて しまう脳のメカニズムについて新しい知見 かわかってくると思います。 帛国の人父 492

10. 小説新潮 2016年12月号

とくたろう 十津川がロにする話を、嵐好三郎は聞き形誠一郎の父、徳太郎が経済援助をして、 を使わせてやってくれないかといったら、 ながら、黙々と箸を動かしていた。それで支えてくれた。その子の誠一郎も、亡くな成駒屋でも、承知せざるを得なかったんじ も聞いていることは、時々、彼の耳がびく った父親の遺志を継いで、歌舞伎の最大のやないか。もちろん、芝翫襲名の時までで びく動くのでわかった。 後援者になった。いわば、尾形徳太郎も、 すよ。成駒屋では、不満だが、歌舞伎界全 「そこで、私が思い出したのは、尾形誠一息子の誠一郎も、歌舞伎にとって、恩人、体のことを考えて了承したのではないかと ろう 郎という名前です。あなたも、よく知ってそうでしよう ? 考えたのですが、違いますか ? 」 いる名前ですよ。六十歳で死んだ。ゲーム十津川は、言葉を切って、嵐好三郎の顔「とんでもない勘違いですよ。第一、私な 機メ 1 カーの社長で、大変な資産家で、個を見た。 んかのために、尾形さんがどうして、力を うたえもん 人資産は六千億円ともいわれた。何より「十津川さんのいわれた通り、尾形さん貸してくれるんです ? 例えば、歌右衛門 も、歌舞伎の最大の後援者だった」 は、歌舞伎にとって、最大の後援者ですさんのような名優のために、尾形さんが、 十津川は、不思議な気がしていた。嵐好が、私みたいな歌舞伎の端にいた人間にと尽力するのならわかりますがー 三郎と知り合ってすぐに、死んでしまったっては、逆に近寄りがたい存在でしてね。 「歌右衛門というのは、亡くなった先代の 男の名前である。それから、ずいぶん時間あまり恩恵は感じませんでしたね」 歌右衛門のことですね ? 」 たまさぶろう が経った気がするのだが、実際には、さほ と、嵐がいう。 「そうです。今なら、玉三郎さんとかです よ ど時間は経っていないのである。 「本当ですか ? 」 「今回の一連の事件は、この尾形誠一郎の「嘘なんか、ついていませんよ」 「なるほど。私も、実は、同じ疑問にぶつ 死から始まったといってもいいのです。彼「しかし、私はここに来て、尾形誠一郎のかりました。歌舞伎の第一の。ハトロンな の父親も、同じように資産家で、歌舞伎の存在を、考え直してみたんですよ。あなたら、今、あなたがいった玉三郎とか、勘九 後援者でした。戦後、占領軍が歌舞伎の演が、芝戳を名乗っていることに、成駒屋は郎とか有名役者に肩人れするのではないか 目の多くを上演禁止にしました。仇討ちの不快に思いながら、黙認していた。松川市と。それなら、芸能ニュースになっている 話が禁止されたんです。考えてみると、歌之介さんも、何もいっていない。今まで、 だろうと思って、調べたんですが、それら 舞伎には仇討ちの話が多い。忠臣蔵もあるその理由がわからなかったのですが、それしい記事は見つからなかった。その代り、 し、石川五右衛門の出てくる話だって、仇をやったのが、尾形誠一郎だったら、どう尾形さんは、『ザ・カプキ』という会を作 討ちの話ですから、それが禁止されて歌舞だろうかと、考えてみたんですよ。尾形誠って、その会を通して歌舞伎全体に、援助 伎が危機に陥ってしまった。そんな時、尾一郎が、嵐好三郎に、しばらく芝翫の名前 していた」 おがたせいいち ろう かんく