針が易々と六〇〇〇回転を超えていく。 「絶対に突き止めましよう。奴の首根っこ かしている。捜査を続ける過程で、古賀は 「古賀はだいぶ慌てているようですね」 を押さえるまであとわずかです」 常に冷静な男だということが判明した。そ 後部座席から、小堀は古賀が乗ったタク 日頃は冷静沈着な今井の声がわずかに上の古賀が慌てている。普段と違う行動。ハタ シーのテールランプを見つめた。つい一分ずっていた。 ーンを取るとき、冷静で冷徹な男であって ほど前、首都高五号線に近い江戸川橋の古今井の言う通り、首尾は万全だった。三も絶対に隙が生まれる。古賀が見せるであ い分譲マンションから背広姿の古賀が飛び知のとなった佐知子とともに、古賀に触ろうわずかな空白を捉え、突破口を開くの 出してきた。 る直前までの策を練った。 だ。小堀は助手席の縁を強くつかんだ。 「佐知子さんとの連絡は大丈夫ですか ? 」 「このままタクシーを追尾します」 小堀ら三知の一行と佐知子は、五日前に 小堀が訊くと、助手席の今井がスマホを ハンドルを握る巡査長が低い声で告げ最終的な作戦を決めた。 取り出した。 た。半年前まで第一機動捜査隊に所属し、 Z 0 のイベントに出席する古賀にタイ 「我々が提供したスマホで常に連絡を取れ覆面車両で日夜都内を走り回っていただけミングを合わせる形で、佐知子が出張を決 る状態にしてあります。今は飯田橋のホテに、運転技術に間違いはない。 めた。これは一気に捜査の網を手繰り寄せ こぐれ ルに木暮さんと一緒にいます」 「佐知子さんでなければ、なぜ古賀はあれるためのもので、ケリをつけると言い換え 「古賀と連絡を取っているわけではないのほど慌てていたんだ ? 」 ることもでき一た。 ですね ? 」 小堀が自問自答すると、すかさず今井が古賀との生活に限界を感じていた佐知子 「それは絶対にあり得ません」 口を開いた。 は、小堀と今井が驚くほど大胆な行動に出 そう言うと、今井がスマホの画面を小堀「よほど大事な客ではないでしようか。佐た。今まで触ったことのなかった古賀の仕 に向けた。無骨な今井の掌にある画面で、知子さんが突然いなくなったのに、駆け出事鞄に手を人れたのだ。佐知子は最新の手 木暮と紅茶を飲む佐知子の姿があった。小 していくのですから」 帳をコピーし、新たなを送ってくれ さなスピーカーから二人の会話が聞こえ「相手が判明すれば、新たな証拠につなが た。新たに送りつけられた新しい資料は、 る。 るかもしれません」 時効が成立していない古賀の金融犯罪をつ 「これは木暮さんのスマホからのリアルタ タクシーを追うスカイラインは、新目白ぶさに裏付ける内容だった。 イム動画です。首尾は万全、心配は一切あ通りを竹橋方面へ猛スピードで走る。交通三田電機に絡む最新の不正を示す資料 りません」 課の白・ハイが付近にいたら、間違いなくタに、小堀や今井はメールが届いた直後、密 「では、古賀はどこへ行くのでしよう ? 」 クシーを検挙するほどの速度だ。古賀が急かに小躍りしたほどだった。 282
ほか、青山や表参道、六本木界隈でモダンザイナーが素材に惚れ込み、なんども来日 アートのギャラリ 1 を主催する若手オーナして打ち合わせを行い、三年越しで製品化 最終章光明 、出版社で芸術系の媒体を担当する編集にこぎつけたのだという。 表立って金融の仕事から手を引き、六年 者らが参加している。 二〇一六 ( 平成二八 ) 年九月上旬、東京「古賀さん、今回のコラボ企画は大成功でが経った。今は断りきれない仕事のみを引 す。スポンサーになってくださって感謝しき受け、あとはずっと Z 0 の仕事を手伝 都新宿区。 っている。モダンアートや伝統工芸に馴染 プロジェクターから投射された画像を見ておりますー ながら、古賀は目を細めた。二〇〇インチ古賀の横の席で、おかつば頭の中年女性みはなかったが、実物に触れるうち、次第 のスクリーンには、北欧スウェーデンのデが頭を下げた。佐知子の長年の友人で、アに職人や作家の持っ感性の鋭さや作品の良 ート系のイベントに強い広告代理店の社員し悪しが分かり始めた。それにつれ、裏方 ザイナーが描いたポップな動物の柄をまと の仕事を率先して手がけるようになった。 った有田焼のティーポットが映っている。 「とんでもない。若いアーティストの皆さ古賀の目の前で、目まぐるしくスクリー 「こちらのポットですが、このほどニュー ンの画像が切り替わった。その度に、日本 ヨークのモダンアートを紹介するギャラリんの感性が素晴らしいからです。私はあく の古い工芸品の職人と海外デザイナーの協 ーでの展示が決まりました。主催者が広報まで裏方でお手伝いしただけですよ」 「あちこちの企業に企画を持ち込んだので業が映し出された。 したところ、ニューヨークの新聞や地元テ 今度は、やはり奥会津の山ぶどうの皮を レビが早速事前取材に動き始めたとの連絡すが、即答で応じてくださったのは古賀さ なめして作られたショルダ 1 ・ハッグが映し んだけです」 がありました」 「私は芸術やらモダンアートの知識があり出された。雪国の手間仕事として発達した スクリ 1 ン横では、刈り上げ頭に黒縁の メガネをかけた青年がタブレット端末に目ません。ただ、若い才能が埋もれるのが嫌細工物の籠を、スペインのデザイナーが新 なだけです。こうして皆さんに喜んでいたたな感性で肉付けしたカ作だった。 をやり、懸命にプレゼンを展開していた。 「古賀さんご自身のサポートのほかに、ジ 西新宿の老舗ホテルの・ハンケットル 1 ムだいてなによりです」 ャ。ハンメールの協賛までいただくなんて、 で開かれた z 0 法人「コールアート」が古賀はそう言ってスクリーンに目をやっ ちょま 共催したイベントには、会場の定員いつばた。今度は奥会津の苧麻という希少な紬をこんな幸運はありません」 「古い知り合いにお偉いさんがいるという いの約二〇〇人近い参加者が詰めかけた。使ったネクタイが映っていた。 司会役の青年によれば、ミラノの新進デだけです。それに彼らとしても、内外の文 伝統工芸に携わる若い世代の職人や作家の 279 不発弾
しれない。顎を引き、まっすぐに自分を見うなことをしに来たのか。古賀が黙っていが事細かに綴った備忘録のようだった。〃 所々に自分の名や、の大牟田合同 据える両目は鈍く光っていた。鳥肌が両腕ると、母が口を開いた。 から首元まで這い上がってくるような感覚「古い事務所やけど、こげん東京のど真ん信金の担当営業マンの名前がある。古賀は 中で商売しとるなんて、あんたは大したも さらに目を凝らした。 に襲われた。 「なぜこんな物を ? 」 「そげんつまらんことを言うためにわざわんたい」 周囲を見回した母が、今までとは違う声古賀が訊くと、母が薄ら笑いを浮かべ ざ東京へ来たと ? 」 音で言った。 古賀は唾を飲み込み、母を睨みつけた。 「なにが狙いね ? 」 「あんたがさっさと帰った日、あん人が託 すると、母は首を左右に振った。 「それとも、店を取り上げられたけん、腹古賀が訊くと、母がもう一度真っ赤なロしていったと」 「託す ? 」 元を歪ませ、笑った。 いせに嫌味でも言いたかと ? 」 「詳しいことは知らんけど、金融コンサル 目の下にどす黒いくまを宿した荒井の顔 「幸い、うちん店は無事たい」 が浮かんだ。 たった今、ただれた関係を持ち続けた男タントちゅう商売は信用が一番たいねー 「当たり前たい」 「″俺に万が一のことがあったら、これを の死について、恨み言を言った母は同じロ で幸いと告げた。愛人の死を悼み、店の運古賀が返答した途端、母がハンドバッグ使え〃そう言うとったと。うちは頭が悪い から茶色い表紙の古びた革手帳を取り出しけん、詳しい中身はようわからんけど、あ 転資金を毟りにきたのかと思ったが、どう んたがあちこちにいかがわしい商品を売っ やら違う。母は昔と少しも変わっていなた。 とったんはわかったばい」 「これ、なんか分かるね ? 」 い。荒井についても、金づるの一人でしか なかったのだ。 テープルに手帳を置くと、母が気味の悪母が言う通り、手帳のいたるところに自 分の名が記されていた。また、 0 の 財務局の検査は依然続いている。多忙をい笑みを浮かべた。 「なんね ? 」 担当者らとともに、九州各地の信金関係者 極める職員は、検査対応と理事長の突然の と接待ゴルフに出かけたことにも荒井は触 死によって混乱を極めているはずだ。母は古賀は手帳を手に取り、ページをめくっ 荒井の死によって、店の金をいきなり回収た。すると、見覚えのある金釘文字が目にれていた。死してもなお、荒井の悪あがき は続いた。しかも、よりによって母を使っ される心配はなくなり、闇金同然で借りて飛び込んできた。 てまで自分を苦しめるとは。とっくに縁を いた分も帳消しになったのだろう。 「まさか、荒井さんの : : : 」 それならばなぜ、わざわざ顔を見せるよ古賀は勢いよくべージをめくった。荒井切ったはずの故郷の亡霊が、薄気味悪い白
は一台前を行くタクシーの車種と法人名、人念に古賀の行確を行ってきた今井でさえ この日、佐知子が突然別れを告げるメー 把握していない行き先とはどこか。 ルを古賀に送り、その後、スマホの通信をそしてナンバ 1 を素早く伝えた。 タクシーとスカイラインは日比谷公園の 一切遮断した。小堀が予想した通り、古賀「どこへ行くのでしようか ? 」 は西新宿のホテルから慌てて抜け出し、自今までの快活な声がやや曇っている。こ横を通り過ぎ、次の交差点も真っ直ぐ進ん だ。フロントガラスの右側に財務省の古い 宅マンションに戻った。この間、小堀と今の間、スカイラインは皇居前を通過する。 井はスカイラインの中から慎重に古賀の様右手には広大な皇居前広場と一一重橋、左前建物が見え始めたとき、ダッシュポード下 のスピーカーからくぐもった声が響いた。 方には日比谷や有楽町のホテルやビルのシ 子をうかがっていた。 〈二号車、合流完了。追尾します〉 佐知子が理由もなく出て行き、古賀が動ルエットが見える。 「よろしく」 〈二分以内に合流します〉 揺し切っている段でマンションを訪れ、一 気に任意同行を求める算段だった。しか今井の手元のスピーカーから別車両の捜今井がそう返答した直後だった。小堀の 視線の先で、タクシーがウインカーを出し し、この日初めて古賀は予定外の行動に出査員の声が響く。 ( 0 た。 「近づきすぎるな。慎重に行け」 タクシーのテールランプを凝視したま「右折だ。注意しろ」 「まもなく大手町を抜けます。タクシーの 〈了解〉 車線をみるに、霞が関方向かと思います」ま、今井が短く指示を飛ばす。 いわいだばし タクシーは内堀通りの祝田橋交差点を直古賀を乗せたタクシーが経済産業省と大 ハンドルを握る巡査長が低い声で告げた 進する。片側五車線を突っ切ると、左側に手生命保険会社のビルに挟まれた小路へと とき、小堀は我に返った。 「今までの古賀の行確履歴で霞が関方向に日比谷公園、右側には検察庁があり、その右折した。 隣は厚生労働省など中央官庁が入居する大「保険屋の仕事か ? 」 足跡は ? 」 助手席で今井が唸った。たしかに大手生 小堀が訊くと、助手席の今井が首を振っきなビル、合同庁舎がある。 ( 0 「神谷町あたりの外資系企業か、あるいは命保険ならば運用部門がある。どのような 種類の損失かは知らないが、古賀が暗躍す 新たな顧客でしようか 「 : : : ありません」 いつの間にかメモ帳を取り出し、猛烈なる下地は十分にある。 短く答えたあと、今井がダッシュポード 「通過します」 脇にあるマイクを手に取り、警視庁本部かスピードで今井がペ 1 ジを繰っていた。 だが、小堀と今井の思いとは裏腹にタク 「タクシー、依然直進を続けます」 らスカイラインに合流しようと走り出して シーは生保ビルを通り越した。 いた別の捜査車両に指示を飛ばした。今井巡査長の言葉に小堀は唾を飲み込んだ。 283 不発弾
化事業の支援を通じて、社会貢献の宣伝がジネスのロゴが付いた名札をつけた人が列ど聞いた古い友人の名前が古賀の記憶の。へ 8 をなしていた。 できるというメリットもあります」 ージをめくり始めた。 陶芸や木工、染色などのコラボ製品の絵「先日、シティズン証券グループの杉本会杉本とは、今では年に一、二回ランチを 柄が変わるたび、スクリーンの右下にはイ長と会った際、古賀さんによろしくとおっ 共にする程度だ。独身貴族を貫いてきた杉 ジャ・ハンメール べントのメーンスポンサーである日本逓信しやっていました」 本が結婚したとの話は、テレビの情報番組 のロゴ、〈〉が現れた。 古賀が名刺を差し出すと、通販サイトので知った。相変わらず自分のことを語ら 個人向けの営業を担当していた元証券マ広報部長と名乗った女性が言った。 ず、周囲を驚かせる男だった。 ンとしては、がこのような民間のイベ 「以前、金融界にいたときにお世話になり 元上司の中野とは一六年前、東京地裁の ントに協賛しているのが信じられなかつました。杉本会長はお元気でしたか ? 」 法廷で互いに顔を合わせたきり、一度も会 た。 「ビジネスは順風満帆ですし、人気の女子っていない。かって o で中野の部下 zee やに続き、日本逓信は最後のアナとご結婚されたばかりで、すこぶるご だった運用担当者から、下高井戸で小さな 民営化案件であり、持ち株会社となった機嫌な様子でした」 有機食材の店を始めたと聞かされたが、一 本体のほか、傘下の銀行や保険の計三社「それは結構なことです」 度も訪れていない。古賀が顔を見せても、 が株式を東証に上場したばかりだ。中野に 「古賀さん、実は今度弊社で今回のコラボ中野が喜ぶとは思えなかった。まして、中 引っ張られて法人担当に異動していなけれに協賛したセール企画をやらせていただこ野の大胆な転職の背後に、娘のことがあっ ば、今ごろは国民証券のどこかの支店長とうと思っております」 たとは全く知らなかっただけに、のこのこ して、株の客への新規配分に苦労して 「素晴らしいお話です。しかし、私は単なと顔を出す心境にはなれなかった。 いたかもしれない。 る裏方です。実務は全て法人の担当 事務局の青年から酌を受けている 「古賀さん、ご挨拶をよろしいでしよう者に任せてありますので、どうかそちらにと、背広のポケットの中でスマホが微かに ご相談をー 震えた。愛想程度にビールに口を付け、画 スクリーンに映った漆塗りのスマートフ古賀は愛想笑いを浮かべ、ネット通販広面に目をやった。佐知子からのメールが入 っていた。 オンケースを見ていると、サマ 1 ニット姿報部長との会話を切り上げた。 の女性が名刺を差し出していた。胸元の名次は六本木の最新商業ビルでギャラリー 〈長い間お世話になりました〉 札をみると大手通販サイトの社名があつを営む青年だった。当たり障りのない会話メールを開くと、たった一行だけメッセ た。その後ろには、同じようにネット系ビ・を続け、次々と名刺交換をこなす間、先ほ ージが入っていた。
こ 0 ルタントはぼんやりと小堀の指先を見つめ効いているのは間違いない。 「熱心にお調べになったのですね」 ている。これで言い逃れはできない。い「捜索令状に載る容疑は、金融商品取引法 書類と写真を交互に見たあと、古賀がや、司法警察員として言い逃れなど決しての虚偽記載幇助です。古賀さん、そろそろ 観念したほうがいいと思いますよー 淡々と答えた。 許してはならないのだ。 「三田電機は三代前の社長の頃から利益を 三田電機は不適切会計を認め、過去に遡そう言うと、古賀がようやく顔を上げ 不正にかさ上げし、六年間で計一五〇〇億って多額の損失を計上し直した。その中でた。 主力業務の一つ、原発事業は最後まで減損「証拠を固めた、そう判断なさるならばご 円もの粉飾に手を染めていました」 自由にー 「新聞や雑誌でそのような記事を読んだこ処理が遅れた。 とはあります」 。ハソコンや家電の不振を隠していた一五古賀は冷静な口調で言った。なぜ動揺を 顔色一つ変えずに、古賀が告げた。己の〇〇億円分に加え、三田電機は原発事業の見せないのか。古賀に逮捕歴はない。それ 以前に、金融庁や証券取引等監視委員会の 眉間に皺が寄ったのを感じながら、小堀は減損二〇〇〇億円を後に計上した。だが、 言葉を継いだ。 実態は世間に発表した分よりも一〇〇〇億事情聴取を受けたこともない。捜査や検査 「三田電機ですが、原発事業について未だ円多い、つまり本当の減損は三〇〇〇億円の強力な権限を持っ側の怖さを知らないの 減損処理を行っていない部分があります」だったのだ。この一〇〇〇億円分を海外企か。小堀は再び今井に目をやった。する 小堀は古賀の眼前にある資料の一点、一業の合併・買収に見せかけて隠すよう助言と、今井が別のファイルを手渡しした。 「古賀さん、お母様はどうされました ? 」 〇〇〇億円と書かれた部分を人差し指で叩したのが眼前にいる古賀に他ならない。 「どうしました ? あなたが自らへルマン ファイルにある文字を一暼し、小堀は切 いた。古賀の表情は変わらない。 「このメモの出所はあなたの手帳です。覚証券東京支店に話を持ちかけたこともこのり出した。 えがないとは言えないでしよう」 メモによって明らかになっています。ヘル「交通事故で死にました」 こう告げれば、佐知子がなぜ消えたのかマンについても、近く裁判所から令状を取今までと全く同じ調子で古賀が答えた。 察しの良い古賀は瞬時に全てを悟るだろり、 小堀の手元には、大牟田署が残した現場検 正式に捜索することにしています」 う。同時に、逃げ道が既に塞がれているこ 自分の指先を見つめ、古賀に向け、小堀証の写真がある。小堀はファイルの向きを発 とも理解する。小堀は黙って古賀を見つめは最後通牒を突きつけた。目の前にいる古変えると、古賀の母親が無残に押し潰され 続けた。目の前のいかがわしい金融コンサ賀は依然として黙りこくっている。相当にた写真を見せた。
「たしかに、酔っ払い運転の暴走車の事故で三〇〇万円を渡しましたが、彼女の用途まえのやった非道なことはすべてお見通し の巻き添えとなられたようですね」 は違ったようですね」 だ。そのつもりで母の不審死を調べ、かっ 「それがなにか ? 」 小堀の言葉に、古賀がわずかに首を傾げ子供を思う母親らしい一面をぶつけた。こ 飼っていた小鳥が死んだ。それがどうした。 れで古賀の心が確実にこちら側に陥ちるは たのか、とでも言いたげな口調だ。 「この資料を見つけた部下の捜査員によれずだ。小堀が見つめると、ゆっくりと古賀 「あなたは、母親の死の直前に三〇〇万円ば、古賀良美さんは中古のマンションを買が顔を上げた。と同時に、深いため息を吐 を渡しています。間違いありませんね ? 」うつもりだったようです」 いた。今の仕草は、完全に落ちた、という 「ええ、たしかそんなことがありました」 「それがなにか ? ことに他ならない。 「どういう意味でお金を渡しました ? 」 「不動産業者によれば、あなたや妹の睦美「小堀さんは花粉症ですか ? 」 「寂れた街なので、スナックの経営が芳しさんがいっ訪ねてきてもいいように、準備「はあ ? 」 されていたようです」 くないので助けてくれと言われました」 いきなり突拍子もないことを古賀が言い 「そうなのですか ? 」 「知りませんね」 始めた。 「ええ、嘘を言っても仕方ありませんか 小堀が言い終えぬうちに、古賀が早ロで「花粉症うんぬんについては、私の質問に ら」 言った。 答えてからにしてくれませんか。あなたは ここまでは小堀が予想した通りだ。小堀「彼女は決していい母親ではなかった。だ数々の企業の決算を歪める行為に手を染め はファイルの。へ 1 ジをめくった。 が、最後は改心して子供たちとわずかでもてきた。直近の三田電機だけでなく、やは 「こちらはどう考えられます ? 」 一緒の時間を作りたかった、部下の調べで り株式の上場廃止を免れたゼウスにして 小堀は地元の不動産業者と古賀良美が交はそのような結果が出ています」 も、あなたは海外 & を通じて損失を隠 わした書面を古賀に向けた。 小堀は古賀の目を見ながら、言った。す蔽する工作に加担した。残念ながらゼウス 〈不動産売買仮契約書〉 ると、古賀が俯いた。ここで潮目が変わっ分は時効が成立してしまいましたがね」 一瞬だが、書類の写しを見た古賀の眉根た。小堀は今井に目を向けた。二課のべテ過去の損失飛ばしで仕組債を悪用したよ が寄った。 ラン捜査員も頷いていた。何人もの先達かうに、 & を隠れ蓑にするやり口も熟知 「あなたと母親、そして荒井理事長の関係ら言われたように、被疑者の全てを丸裸にしている。もうあきらめろ、両目に力を込 は把握しています。あなたは手切れ金目的して、逃げ道を塞ぐことが肝心なのだ。おめて小堀は古賀を睨んだ。
しました。しかし、私のような例外もいる で話し始めた。 「花粉症を患う人が急増している要因の一 のです」 っとして、世の中が清潔になりすぎたとい 「私は金融界に棲みついた寄生虫そのもの 「例外を認めるわけにはいきませんー う説があるそうです。その中で、寄生虫がです」 強い口調で小堀は言い返した。このまま ほとんどいなくなったという話を聞きまし「なぜそのようなことを ? た」 「ヤクザが消えた夜の街はどうなりましたでは古賀のペースに乗ってしまう。ここで 古賀は先ほどと同じように、淡々と話しか ? 半グレというルール無用の犯罪者集どちらがこの場の主であるかを理解させる た。気でもふれたのか。今井に目をやる団が増えてかえって治安が悪くなりました必要がある。 「三田電機の原発事業の減損に話を戻しま と、しばらく話を聞けとその顔が言っていよね」 た。 古賀の言葉を聞き、小堀の両腕が一気にす。あなたは三田電機の幹部たちと共謀 し、原発事業のロスを低く見せかける助言 粟立った。花粉症や寄生虫というキ 1 ワー 「従来はだれの体の中にも寄生虫がいて、 これが抗体のような役割を果たしていたそドに加え、ヤクザという言葉は、蛎殻町のを行い、実際に不正取引を仲介する金融機 うです。しかし今時寄生虫を持っている人狭い事務所で相楽が言い放ったことと同じ関まで紹介した。明確な金融商品取引法違 反です。いかがですか、ここで容疑を認め などいない。ですから外的な刺激、たとえだった。小堀はとっさに訊いた。 ば急増する花粉に過敏に反応する人が出て「古賀さん、蛎殻町に行かれたことはありますか ? 」 小堀が告げると、古賀がわずかに首を振 ますか ? 」 きたという説です」 った。ここまで動かぬ証拠を突きつけたの 「それで、寄生虫がどうしました ? 」 「大昔、東証の場立ちをやっていたことが どこかで聞いたことのある内容だと思いあります。兜町と蛎殻町は目と鼻の先ですだ。なぜ古賀は動揺しないのか。今井の手 元にある別のファイルを突きつけ、様子を ながら、小堀は古賀の顔を睨んだ。花粉症から、安い定食屋や一杯飲み屋に行ってい 見た方がいいのか。あのファイルには、三 という主題から外れた話を始めたときかました」 ら、古賀は瞬きをしていない。いきなり取瞬きをしない古賀は淡々と言った。たし田の過去一二代のトップに、・ハイセル取引を かに内外情報通信社の相楽は古賀と面識は使って、不正な利益操作を指示した財界の 調室に連行されても一切の動揺を見せなか 発 った男の表情が、次第に薄気味悪さを増しないと言っていた。だが、なぜ二人の言葉巨魁の存在がある。 不 てきた。 小堀は改めて古賀の顔を見た。口元には が重なるのか。 小堀が黙っていると、古賀が一段低い声「ほとんどの寄生虫は薬品の効能で姿を消薄っすらと笑みが浮かんでいる。依然瞬き囲 さがら かきがらちょう
だ。小堀が顔を上げると、口元に笑みを浮事務所の光景が蘇った。 かべた古賀の顔があった。 去年の晩夏、初めて蛎殻町の事務所を訪「おめでとうございます」 「はっ ? 」 「先ほどまで会っていたのは、東田さんでれたとき、相楽は在京紙の夕刊をテープル すか ? 」 に広げた。どれも三田電機の粉飾決算に触「近い将来、小堀さんは異例の出世をなさ るでしよう。いや、今日のうちに内示があ 「お答えできません。商売上の事柄ですかれたものだった。 らね」 その中に、一つだけ毛色の違う記事があるかもしれません」 古賀は口元を歪ませ、笑っていた。教えった。現首相が戦後七〇年にあたり、談話「どういうことですか ? 」 小堀は両手を机につき、思わず身を乗り られないと答えつつ、その態度は雄弁に東を発表するために有識者会議を開き、意見 を聞くという内容だった。その中に、首相出した。そのときだった。取調室のドアを 田と会っていたと言っている。 ノックする鈍い音が響いた。反射的に振り と握手する大柄な男の写真が載っていた。 東田が急遽古賀を呼び出したとしたら、 あしはら 向くと、今井がドアに向かった。今井の背 理由は一つしかない。日銀のマイナス金利〈座長の東田氏と懇談する芦原首相〉 政策の導人とともに、株式や債券取引で運喉がカラカラに渇いていく。東田の背後中を見ていると、聞き覚えのある声が聞こ 用損が生じているのだ。東田は古賀を頼には、この国のトップが控えている : ; : 無えた。 り、巨額の損失に蓋をしようと画策してい理やり唾を飲み込む。あのときから、相楽「私の予想が当たりましたね」 古賀の声が響く。体勢を元に戻し、小堀 るのだ。東田と古賀の接点はかなり以前かは全てを予見していたのだ。 らあった。この間、古賀は着実に不良債権「話を元に戻しましよう。三田電機の粉飾は古賀の顔を睨んだ。 「どういうことだ ? 」 や粉飾決算に関するスキルを磨き、三田電決算についてです」 知らず知らずのうちに、自分の声が萎ん 機のみならず、という巨大な鯨のよう 小堀が声を絞り出すと、古賀がゆっくり でいく。 。そう考えと頷いた。 な金融機関をも取り込んだ・ 「小堀さんがどのようなポストを辿られた た瞬間だった。 「小堀さんはキャリアですね」 〈三田電機の株式は絶対に上場廃止になど「そうです。今は捜査一一課で約四〇名の部のかは知りませんが、千葉や神奈川の捜査 一一課長、あるいは福岡や愛知のような大都発 ならん〉 下を束ねています」 また古賀が意味不明なことを言い出し市にある県警本部のしかるべき職にご栄転 頭の奥で、内外情報通信社の相楽が発し た嗄れた声が響く。同時に、乱雑な相楽のた。その両目はしつかり開き、瞬きもななさるはずです」
査二課の管理官、小堀です。捜査二課の仕差し出した。 と担当支店長が個人として訴追されまし 事はご存知ですか ? 」 小堀は目の前の机にファイルを置くと、 た。そのことはどうお考えですか ? 」 小堀が訊くと、ようやく古賀が口を開い ページをめくり始めた。まずは、軽いジャ 小堀は努めて穏やかな口調で訊いた。 ( 0 プを放ち、古賀の様子を探るところから始「司直の判断がそのように下った以上、私 「小説で読んだ朧げな知識によれば、詐欺める。小堀はファイルから一枚、紙を取りがとやかく意見することはありません」 や横領等々の知能犯捜査を担当される部署出して古賀の前に置いた。 「つまり、あなたは大量に不適切な商品を でしたね」 「一六年前くらいから、あなたは様々な企紹介したということです。道義的な責任を 「その通りです」 業や金融機関が抱えていた損失を海外に飛感じませんでしたか ? 」 小堀は古賀の表情を凝視した。霞が関のばす仲介業を務めてきました」 「私は訴追されませんでした。これ以上な ビルで任意同行を求めたところ、古賀は一 小堀は一覧形式にまとめた表を指した。 にも申し上げることはありません」 瞬だけ驚いた様子を見せたが、あとは素直一つひとつのコマに企業名と紹介した外資その商品は三分前に売り切れました : に応じた。 系企業の名前、海外のタックスへイプン等百貨店の店員が客に説明するような口調 今も気負ったところがなく、商談か打ちに飛ばした損失の概算が並んでいる。すべ で、古賀は平然と言ってのけた。小堀は手 合わせにでも臨むような態度で小堀と向きては佐知子が送ってくれた古賀のメモを参 元のファイルをめくり、次の手札を切っ ( 0 合っている。 考にし、その後に三知の捜査員総出で各企 「はっきり申し上げますが、あなたは被疑業から裏付けを取った。 「こちらはいかがでしようか ? まだ時効 者として警視庁に連行されました。知能犯「金融の仲介ビジネスを生業にしてきたのは成立していません」 としての自覚はおありですか ? 」 は事実です。しかし、取調室で問い詰めら 三田電機に関する資料だった。一週間 「ありません」 れるような違法性のある取引を扱ったこと前、佐知子が隠し撮りして送ってくれた第 は一切ありません」 古賀の口調は変わらない。その声には、 一級のネタだった。古賀はじっと資料を見 見積書の値段では取引ができないとでも言 「たしかにその通りです。時価会計が導人っめている。 うような、どこかビジネスライクな響きが される以前の取引ばかりですから。しか「三田電機とは随分と仲が良いのですね」 ある。小堀は記録係席にいる今井に目をやし、銀行東京支店が公益を著しく 書類に加え、小堀は三田電機の中谷社長 った。今井は机にあった分厚いファイルを害する数々の契約を違法と判断され、法人らと古賀が肩を並べて歩く写真を差し出し