けっこうたくさんあるということですか 池谷まさにそう。これは人間だけでなく 微生物も同じようです。クレイグ・ヴェン ター博士というアメリカの分子生物学者 は、遺伝子を一から合成し、先ほど話題に 挙げたマイコプラズマを初めて人工的に作 りました。 地球上で最もシンプルなマイコプラズマ でも、五百個以上も遺伝子をもっていま す。ヴェンター博士は「これらの遺伝子は 本当に全部必要なのか」と疑問をもちまし た。「これは要らないんじゃないの」「あれ も要らない と、遺伝子を一つずつ削る実 験をひたすら地道にやっていったのです。 中村ははは。ダルマ落としみたいに遺伝 子を引き算していって、それでも正常に生 きられるか調べていったんだ。 池谷そして「これは絶対必要た」 遺伝子を一〇〇個くらいまで絞ることに成 功しました。そこで必要な遺伝子だけをつ なげてゲノムを作成したところ、その人工 マイコプラズマは生きることができません でした。必要最小限の遺伝子を残しただけ では、生物は生存できないのです。 中村無駄なものをギリギリまで則ぎ落と したアスリ 1 トみたいな生物が、なんで死 んじゃったんですか。 池谷おそらくリダンダンシ (redundancy " 冗長性、余剰 ) です。一 見不要に見えても、必要なものがあるので す。たとえば < とという遺伝子が一一つ併 存している場合、 < を取っても、が代替 してくれる。一方、を取っても、 < が代 替できる。この場合、 < も CQ も不安たと判 断されます。でも、 < と両方を取ってし まったら死んでしまいますよね。これを < と CQ はリタンタンシーたといいます。 中村遺伝子同士の緩やかな相補によっ て、生存が決まっていく。 池谷ヴェンター博士はものすごく辛抱強 い研究者でして、どのコンビネーションが 生存のために必要なのか、あらゆる可能性 を一から調べ直しました。そして、生存の ために必要な四七三個の遺伝子のセットを 見つけたのです。これで全ゲノムを合成し たら、この人工マイコプラズマは生存しま した。これが現時点でもっともシンプルな 生物の世界記録です。 中村ひえ 1 。どれだけ労力をかけたん 池谷この話がどこに着地するかという と、遺伝子は一つくらい欠落していても、 たたちに生ム叩を脅かさないことか多いので % す。一つや二つ欠けているものがあって も、ほかの遺伝子が役割を代償してくれる ので大丈夫なのです。 中村遺伝子が七〇〇〇しかない「最小人 間」が誕生したりして。 池谷ちなみにヴェンタ 1 博士が突き止め た四〇〇余りの遺伝子のうち、一四九個は 機熊がまだわかっていません。午がこれ ほど進しているのに、わからないことが ますます増えているのです。 中村リダンダンシ 1 ーー何が冗長で かは、わからない 池谷遺伝子がコードしているタンパク質 には酵素が多く含まれています。酵素とい うからには何か化学反応を媒介しているわ けです。ただどんな化学反応を起こしてい るのかは十分に解明されていません。何を やっているかわからないけれど、試験管の 中でイ天ロ成しているうちに、確かに生き ている生物ができちゃった。一番シンプル な生物はが作ったのではなく、ヴェン タ 1 博士が創造したものです。でもその生 物がなぜ生存できているのかは、高度な科 学技術を誇る人間にも理解できていないの です。
時代の人がこれからワニの話をするときに は、脳裏に浮かぶのはイモリです。これは 弊害ですらあります。私たち人間も、往々 にしてこういう罠にハマってしまっている と思うのです。 中村宀工由人の姿なんて、 いくら想像して もせいぜいタコとかイカです。目や鼻もあ ったりして、人間の亜流、またはほかの生 物の亜流の域を出ない。 池谷そうなんですよ。宀工由人は、僕らが 生物と聞いて想像するような細胞もゲノム ももっていないかもしれません。生命を維 持する化学反応のシステムも違うと思いま す。当然ながら知能の宀嚢もまったく異な るでしよう。なのに私たち人間は、人工知 能を相手にしたとき、人間のマネをさせて 楽しんでいるだけです。 でも人工知能って、実は人マネ以外の演 算もきっとできるはずなんですよ。私たち 人間には理解できなくても、その新たな機 能たって知能の一つのあり方である可瞽 がある。それと同じことで、宀工由からやっ てきた生命体が知的生物だったとしても、 彼らの知性を人間には知性だと感知できな いかもしれないのです。 中村フワフワしたワケのわからない生き 物が空や海を漂っていたときに、彼らが独 自の知性や一一一口語体系をもっていることに、 人間がまったく気、ついていない可瞽があ る。「わかったような気になる」って、も のすごい落とし穴なのかもしれないな。 池谷我々が想像できないようなすごい文 明を地球外生命体が発達させ、彼らの文明 はすでに現在の地球に到達しているかもし れません。彼らは一生縣大叩人類に向かって 話しかけ続けているのに、人間は「知性を もった生命体である」とろついてあげられ ていないだけかもしれないのです。 ・ニ一のロポット 中村の研究は、障圭暑や足の悪い高 齢者が世景行を楽しめるとか、ゲーム以 外に フ分野に役立っと思いますか 死を待つばかりの人のために、人生の最期 ( し ( 夢を見てもらうこともできそう。 池谷一気にプレークするとすれば、たぶ ん風俗の分野からじゃないかと言われてい ます。単純に儲かるからです。 中村モテない童貞は、すぐさまその のを買うだろうな。 池谷ダッチワイフの「南極 2 号」が人間 に必要たったのと同じで、エロは人間 にとって必要とも言えます。心身の障害者 を含め、どんな人にも性は必要です。 中村でもそんなものが開発されてしまっ たら、ご飯も食べず朝から晩まで一日中ハ マる人が続出しそうだなあ。風俗と違って 誰かに会う必要がないし、「ネトゲ廃人」 ならぬ「廃人」になっちゃいそう。 池谷工ロに続いて、お金持ち高齢者向け のかいい商売になるでしようね。若い ころのように楽しくサ 1 フィンをやった 高齢者の需要は、確実にあります。 中村肉体的に衰えてしまって体が自由に 動かないけれど、に投資するお金はあ る。は医療には役立ちそうですか 池谷心理カウンセリング、医の手術 トレーニングなどに使うのは現実的です。 リハビリに使うのも良さそうですよ ね。私みたいに ) 難病で急に歩けなくなった 人にを装着して、歩き方を思い出させ るとか。カナヅチの人に泳ぐイメージを教 えるのもいいと思 - フ 也谷よ、。。、 ーしノイロットはすでにシミュレ ーターを使って操縦の練習をしていますよ ね。を教育に使うのもいいですね。専 門職の訓練だけでなく、小学校や幼稚園に まで広けても、 しいと思います。立体図形の イ 98
ご葬儀は事前一 葬儀は突然やってくるもの。慣れてい る人なんていません。皆さん、いざ葬儀 になったら何をすればいいんだろう ? 葬儀代金ってどうなっていて、いくらか かるんだろう ? アイエムでは、ご自身のまたは、お身 内の方についての様々な不安を安心に 変えていただくために、専門スタッフに よる個別事前相談を承っております。 ださい。 まずはフリーダイヤルにてお尋ねく など ・もしものときの心構えができる ・葬儀費用の目安がわかる 把握できる ・葬儀の流れについて事前に ■事前相談のメリット こ相談する時代 ! 139 事前相談をさせていただいても、アイエムで必ず葬儀をする必要はありません。ご安心ください。 東京都中央区京橋 2-8-1 八重洲中央ビル 6 階 0120 01-727 こ弊儀。・お第お仏壊 アユム葬儀本部直通ダイヤル なんでもご相談ください
し者にしたことを詫びさせようと打ち負かす言葉を用意し た。ポケットから出した携帯には「野見」と出ていた。 〈三十三歳の無職男性を取り調べてるって本当ですか ? 〉 話しかけるより先に野見の声が聞こえてきた。珍しく興奮 している。 一課長宅で大学生の事情聴取が警察のお手つきだと感じた ことも、その後、立川署に出向いたことも野見には伝えてい なかった。署長にすべてを聞いた後、その場で本社に電話を し、夕刊デスクに報告した。それ以降は記事を書くことに専 念した。 本音を言えば、早く書き終えることに必死になったから伝 えなかったのではない。野見の顔は浮かんだ。だがやつの底 は知れた。調子のいいことを言うのは上っ面だけで、状況が 悪くなると簡単に敵に寝返る。あんなやつに伝える必要はな いと自分に言い聞かせると、浮かんだ顔は簡単に消えた。 小説新潮から 生まれた本 あたしたちは繋がったまま、橋から飛びおリた。 彼ど触れあ・つこどは、きつども・つ、ニ度どない 〈それって昨日僕が報告したことですよね〉 早ロだった野見の口調が急に遅くなった。その分、声が迫 ってくるように聞こえた。 「おまえの情報には、ストーカーであることも、ア。ハートの 住人に見かけられていることも人ってなかった」 植島は突っ撥ねた。俺はライプ会場の防犯カメラに映って いたことも掴んでいる。毛髪もだ。そう言おうとしたが、野 見に機先を制された。 〈僕は、山本が持ってきたネタとも言いましたよね〉 ああ、言ったさ。だが自分の情報と伝えた後で間違ったら 困ると責任逃れをしてきただけだろ。 〈結局、植島さんは、失敗は部下に押し付け、おいしいとこ ろは全部持っていく人なんですね〉 呼び名も〈キャップ〉から変わっていたが、植島にはどう でも良かった。 中脇初枝 沈下橋のかかる川のほとみなそこ りで、その夏を永遠にし た禁断の恋。「きみはいい 子』で注目された著者が 放つ、衝撃の恋愛小説。 進 行 の 者 敗 ◎定価 ( 本体 1500 円 + 税 ) / 新潮社
日本方ゾジヲベル 応募要項 後援 : 読売新聞社 主催 : 一般財団法人新潮文芸振興会 大賞 2017 【募集作品】 ジー小説 【応募資格】 プロ、アマ不問 【応募受付】 日本語で書かれた、自作未発表の創作ファンタ 敬称略・五十音順 森見登美彦 ( 作家 ) 恩田陸 ( 作家 ) 、萩尾望都 ( 漫画家 ) 、 次の選考委員 3 名により決定。 【選考方法】 大賞 1 作賞金 300 万円 【賞と賞金】 新潮社「日本ファンタジーノベル大賞」係 〒 162-8711 東京都新宿区矢来町 71 【原稿送付先】 明記の上、下記宛てに郵送。 生であれば学校名・学年 ) 、住所、電話番号を 入 ) 、年齢 ( 生年月日 ) 、略歴、現在の職業 ( 学 氏名 ( ペンネーム使用の場合は本名を必ず記 【応募方法】 添付のこと。 字程度の作品内容の梗概と、登場人物一覧を 換算枚数を明記。必ず通し番号を振り、 2000 判用紙に縦書きで印字し、 400 字詰原稿用紙 ワープロ原稿の場合は 1 行 40 字 X30 行、 A4 400 字詰原稿用紙 300 枚 ~ 500 枚。 【原稿枚数】 印有効 ) 2017 年 6 月 1 日 ( 木 ) ~ 30 日 ( 金 ) ( 当日消 【出版】 受賞作品は新潮社から単行本として刊行する。 【受賞作発表】 2017 年 10 月末。選考会終了後、直ちに発表。 「小説新潮」 12 月号 ( 11 月発売 ) 誌上に選考 経過を掲載する。 【権利】 受賞作の雑誌掲載権、出版権 ( 電子出版も含む ) は新潮社に帰属する。また、受賞者は受賞作の 映像化等のニ次的使用の管理を新潮社に委託 する。 【注意事項】 ・他の文学賞とのニ重投稿、および受賞作の 他賞への応募は認めません。 ・応募原稿は返却できませんので、必要な方は コピーをお取り下さい。 ・応募原稿や選考に関する問い合わせには応じ られません。 ・応募に関する個人情報は、文学賞の発表・ 連絡以外には利用しません。 【お問い合わせ先】 「日本ファンタジーノベル大賞 2017 」事務局 T E L : 03-3266-5411 ( 平日 10 : 00 ~ 17 : 00 ) 【募集要項 URL 】 http://www.shinchosha. CO. jp/prizes/fant asy/ 488
明します。 そのコロニ 1 を調べてみると働き者というイメ 1 ジ がありながらも、七割のハタラキアリは休んでいるの です。さらに継続的に休み続けるハタラキアリは二割 いて、その半分は一生働きません。こうした働かない ハタラキアリは、餌集めや幼虫や女王アリの世話、巣 の修復といったコロニーを維持するために必要な労働 をほとんど行いません。自分のからだをなめたりあて ′したり、ばうーっとして動かないままだった もなく歩、 りしています。そうでいながらコロニー内でエサにあ りつくわけですから、まさしく生産性マイナスに見え る存在です。こいつらは怠け者だということで効率ア ップのために人為的にかれらを排除してみると、なん と働き者だったはずのアリのうちやはり七割は働かな くなります。実は、コロニ 1 の存続のためには七割の 働かないハタラキアリが必要なのです。 説明を簡略化すると、ハタラキアリは皆が同じなわ けではなく、仕事を開始するスイッチが入るポイント に差があります。簡単にスイッチが入るアリもいれば 相当緊迫した状況にならないとスイッチが入らないも のもいるのです。スイッチが入るのが遅いアリは通常 時は働きません。しかし非常時にはスイッチが入り働 きはじめます。自然界では予測不可能なことが生じる ものです。その時に彼らの存在が必要になるのです。 ではなぜ普段は働かないようになっているのか、とい うとアリも人間同様に働くことで疲労が生じるからで す。皆で働いて皆が疲れている状態のときに非常事態 が起これば誰も対応しきれませんが、普段休んでいる 余力たつぶりのアリならばその時に力を発揮できる、 ということなのです。こうして働かないハタラキアリ は働かないことでコロニーの維持に役立っているので す。 さらに面・日いことに働くハタラキアリの中に、フつか りものがいるほうが、コロニ 1 の存続に有利に働くと フ実験もあります。お利口さん集団の中におバカさ んかいるとそのおか、けで - フまくいくことかあるとい - フ わけです。 ひらく この本では広島大学の西森拓教授の研究グループ の分析が紹介されています。あるアリが餌を見つけて 巣まで歩くとフェロモンの道ができます。フェロモン というのは揮発性の物質で、においによって仲間を識 別したりひきつけたりする物質です。そしてそのフェ ロモンが場所と時間のてがかりとなって、ほかのアリ も食料への経路を見つけ行列になるのです。仲間のフも そ ェロモンを正確に追うことができるアリたちは、初め に発見したアリのフェロモンの道をたどって餌に到達
である竜崎が臨席すべきだと思った。何かです。蛇の道は蛇で、非行少年や裏社会の まう。何も身につかないだろう。 最低でも半年、いや一年は滞在して、必問題が起きたときに、すぐに対処する必要連中は独自の情報ネットワークを持ってい ますからね」 死で勉強をする必要がある。それでも何かがあるのだ。 「仇討ちなど許すわけにはいかない。何か 早期解決を望むしかない。 を学ぶには充分とは言えないだろう。 竜崎はそう考え、昼食をとることにし知っていることがあるのならロを割らせる 語学を学ぶだけでも何年かかかるに違い ない。邦彦はポ 1 ランド語を学びたいわけた。業者が仕出し弁当を署に納人していんだ」 「少年係の根岸が、興味深いことを言って ではないはずだ。さらに期間が必要だといる。その弁当を食べることにした。 、つことだ。 いました」 「どんなことだ ? 」 すると、卒業が延びることになる。邦彦 は一年浪人しているので、現役で卒業する 「彼らは、誰かをかばっているのかもしれ 者よりも何年か社会に出るのが遅くなる。 「ギャングの構成員を、何人か引っぱってない。でなければ、恐れているか : : : 」 その何年かを邦彦はどう考えているのだ話を聞きました」 「根岸は実際に彼らに接したのか ? 」 ろう。 午後一時頃、関本刑事課長が署長室に報「ギャングの構成員の多くは少年なんで 家に帰れれば、話ができるのだが : す。引っぱってきたやつらもほとんどが少 告に来た。 「それで : 竜崎は考えた。 年だったので、彼女に尋問を任せるか、立 「みんな同じように口を閉ざしていましてち会ってもらうかしました」 捜査本部は、実質管理官が仕切ってい 根岸がそう言うのなら間違いないだろ る。捜査本部長の刑事部長は多忙なので、 彼女は人一倍少年たちと接している。 捜査本部に腰を落ち着けるわけにはいかな「仲間が殺されたんだ。警察に協力するのう。 が当然だろう」 現在、捜査本部で一番少年犯罪に精通して 伊丹は頻繁に顔を出したがるが、彼は例「ところが、ああいう連中は警察を眼の仇いるのは根岸だ。 にしていますから : : : 。仇は自分たちで討竜崎は直接話が聞いてみたくなった。 外と言っていい。 ちたいと思っているのかもしれません」 根岸の話だけではない。捜査がどの程度 捜査一課長ですら常駐はできないのだ。 管理官に任せて、竜崎も帰宅することは「ばかな : : : 。警察より先に犯人を見つけ進展しているのか、肌で感じてみたかっ こ 0 できる。だが、そうしたくなかった。 られるとでも思っているのか」 もし異動になったら、捜査本部などの現 捜査本部長の伊丹がいない間、副本部長「実際に、しばしばそういうことがあるの 310
た。ぎちぎちに詰め込まれた服は、全部自 と似ていた。 分が吟味して買ったものなのに、急速に全 服には、その服を着る必然性が要る。 お金持ちのぼんぼんだった。 いまの自分には、仕事着以外はジーンズて色あせて見えた。 お金持ちは、お金がかかる生活をしてい 全部捨てたい、という欲求をこらえて、 る。そんな当たり前なことを知った交際だとシャツだけでいいんだ。 った。 もし、素敵な服が好きでそれが着たいの当面必要な服だけ選り分けた。それ以外の 独身だったけれど、都に結婚を匂わせたならば、そういう服を着る必然性のある生服を大型の紙袋にどんどん突っ込んでいっ ことはなかった。もてないもてないと言っ活をするしかない。 りん子のようにハイファッションの世界高かった服も、大好きでよく着た服も、 ていたけれど、遊んでいる女の子は他にも いた。 に飛び込むか、素敵な服にふさわしい恋人思い出のある服も、ろくに畳まず詰め込ん でいく。ビニールのゴミ袋を台所から取っ を作るか。 大きな地震があって、異常に恐がって、 大きな倦怠感に目を閉じた。考えることてきて、明らかに値がっかなそうなチープ 会社を辞めて関西へ行ってしまった。都は ルやタイツ なものや、色とりどりのストー に疲れてきた。 一緒に来るかとも聞かれなかった。 もまるめて人れた。 住宅やマンションばかりが広がっていた スイッチが人って止まらない。何かに八 窓の外に、いつの間にか緑の割合が増えて都が総菜を買ってきたことに父はとても くる。やがて西日を受けて茜色に染まった喜び、缶ビールを何本も開け、新しい日本っ当たりするような気分で服の袋をいくっ カップ麺の大きなオプジェが視界に人っ酒の封も切って、結局あまり食べずに酔いも作った。 べッドの下に下駄箱に人りきらなかった つぶれるようにして和室で寝てしまった。 て、前から後ろへ流れていった。そのカッ プ麺で有名な食品工場を過ぎると、茨城県母は食欲がないと言って少ししか摘まま靴が沢山置いてあって、それらもゴミ袋へ ず、すぐ自室に引き上げていった。最近、詰め込んでいるとき、部屋の中に電子音が に戻ってきてしまったといつも思う。 いま、地元に住む自分にはどんな服が必父の酒量が増えているように都は感じてい響いた。 る。 はっとして顔を上げる。スマホを手に取 要なのか。 公 ら ってみると貫一からのラインだった。 仕事に着ていく服は仕事先で買う。家に親がふたりとも早く寝てしまったので、 が な まだ起きてんのかよ、 いて家事をしたり、母と病院へ行ったりす都も自分の部屋へ引き上げた。 し え、まだ寝るような時間じゃないけど、転 もしあのワンピースを買ったとしたら、 るときには動きやすくて洗濯がしやすい服 と思って時計を見ると、夜半をとっくに過 が要る。アイロンなんかいちいちかけてい自分の衣装コレクションの中でどう見える られない。あの貫一と並んでしつくりくるだろうと思ってクローゼットを開けてみぎていた。
からうちの署員を差し出せと言ってきたわ「連絡は取れるか ? 」 「いいから、番号を教えてくれー けだ」 「はい : 「ええ、もちろん : : : 」 「何か問題があるのか ? 」 「俺に電話をするように言ってくれ」 竜崎は、笹岡課長が言った番号をメモし 「その捜査員は、昨夜から徹夜で現場に張「署長に直接ですか ? 」 て電話を切った。 り付いていた。休ませる必要がある」 「そうだ」 「部長が部屋にいるというのに、おまえは 「人手が足りないって、どういうことだ。 「あのう : : : 」 勝手にどこかに電話をかけたりするんだな そんなはずないだろう」 「何だ ? 」 「俺もそう思う。おそらく、うちが生安部「田鶴が何かやらかしたんですか ? 」 「今さら驚くことじゃないだろう」 長の言うことを聞かずに鉄道会社と銀行に 叱責されると思っているようだ。 「だから、所轄なんかにいないで、早く然 詰めていたから、嫌がらせだろう。うちの 「そうじゃない。本部のサイバー犯罪対策るべき部署に落ち着くべきなんだ」 署員をこき使えば、連中のやることも減っ課の課長から連絡があって、田鶴を貸せと 「所轄なんか、なんて言い方をするからキ て、一石二鳥だ」 言ってきた」 ャリアが嫌われるんだ」 「こっちは殺人で忙しいってのに : : : 」 「貸せ : : : 」 「おい、ノンキャリみたいなことを一一一一口うな 「生安部にとっては、サイバー犯罪のほう「まずは、田鶴本人の意向を聞きたい」 よ」 「ああ : が大切なのかもしれない。誰でも、自分の 。わかりました。すぐに電話さ「俺は所轄の署長だ」 専門分野が一番重要だと考えがちだ」 せます」 伊丹はようやく立ち上がった。 「ふん、常識で考えれば、殺人のほうが重「まどろっこしいな。俺が直接電話しょ「何かあったら、すぐに知らせてくれ」 要だろう」 う。番号を教えてくれ号 「わかった」 竜崎は、再び受話器を上げ、生安課にか 「え、署長がですか : : : 」 伊丹が出て行くのを見ながら、竜崎は田 ささおか けて、笹岡生安課長につないでもらった。 「何か不都合があるか ? 」 鶴に電話をかけていた。伊丹が、軽い調子 「はい、笹岡です」 「田鶴が驚くと思いまして : : : 」 で片手を振ってから部屋を出て行った。 「田鶴はどうしている ? 」 「俺が電話したからといっていちいち驚く「はい、田鶴」 「まだ、現場にいると思いますが : : : 」 タイプとは思えなかったがな : : : 」 「竜崎だ」 「徹夜だったんだろう ? 」 「タイプがどうこうという問題ではないと「え、竜崎って、署長ですか ? 」 「そう聞いています」 思いますが : : : 」 「そうだ」
れた小皿の料理をつまむ。べイカー博士も、器用な手つきで 箸を動かし始める。 「今の仕事は、そんなにつまらないのか ? 」 「つまらないですねえ。どうでもいい患者ばかりですよ」 ネットの情報をうのみにして肝臓が悪いと騒ぎ立てた女性 患者のことを面白おかしく話す。べイカー博士は苦笑を浮か べながら聞いていた。 「なるほど、それは悩ましい状況だな」 「ええ。でも、もう悩む必要はなくなりました。僕は研究に 戻ります」 宣言すると、箸を動かす博士の手が止まった。 大学を辞めた経緯を打ち明け、近い将来、自由の身になれ そうだと説明する。 「プランクがあるので、簡単にはいかないと思いますが。人 生をかけて挑戦します」 普段なら恥ずかしくて口にできない台詞が、すらすらと出 てきた。べイカー博士の顔が輝いた。 「それは素晴らしいな。期待しているよ。ただ、もったいな いような気もするね」 「もったいない ? ご冗談を。ノーベル賞を狙うとまでは一言 いませんが、僕は必ず成果を出します。田舎の病院のつまら ない内科医で終わりたくないんだ」 博士が戸惑うような表情を浮かべた。 「君は : 。ノーベル賞学者は内科医より上だと思っている のか ? 」 「それはそうでしよう。革新的な研究成果は、何千、何万の 命を救うんですから」 「それはそうだね。僕も自分の仕事に誇りを持っている。た だし、内科医より上だとは思わない」 さっきの話をしようと博士は言った。 「さっきというと、具合が悪かったときの ? 」 博士はうなずく。 「君を待っているとき、金髪の女の子が僕の前を通り過ぎ た。プルーのリポンを髪に着け、つんと顎を上げて歩いてい た。おしやまなかんじのとてもかわいい子だ。彼女を見た ら、胸が詰まってしまってね」 話がどこへ向かっているのか、さつばり見当がっかない。 べイカー博士は、両手をテープルの上で重ね、淡々と続け ( 0 「僕の母は病弱で若くして亡くなった。母のような人を助け たいと思って、医学部に人ったんだ。母もそれを強く望んで いた。よくある話だな。ところが、博士号を取ろうと足を踏 み人れた研究の道にはまってしまった。適性もあったのだろ う。面白いように成果が出て、三十代でプロフェッサーと呼 ばれる地位についた。自分で言うのもなんだが、成功してい 命 るという確信があった」 使 博士は、苦いものを飲み下すように、ビールをあおった。 「そんな僕の考えが変わったのは、十年ほど前だ。ポストン