第 7 章原爆の放射線被害とは何か 安全対策と予防法の進展 広島・長崎の原爆被害と放射線 ヒロシマ原爆の被害の実態とは 原爆の放射線による障害 晩発影響と遺伝的影響への誤解 【コラム】「崩壊 , と「核分裂ー 第 8 章チェルノブイリと *00 の場合 チェルノブイリ原発事故 特徴は「放射能漏れ」 ガン発生は予測より軽度だった 事故の内容と規模 特徴は「放射線漏れ」 【コラム】放射線の測りかた
「正しく怖がる」・ : いきなり結論めいたことをいうようだが、これが放射線・放射能に 対するときの正しい姿勢なのだといわれる。 日常生活のなかで放射線や放射能といった言葉を聞くときは、大抵の場合が事故や災害 といった人的な被害にかかわるケ 1 スだから、クとにかく布いものクというイメージがあ っても不思議ではない。実際に、放射線関連施設はどれも立ち入り禁止だし、その管理方 法は見るからに厳重を極めている。 その一方で、放射線は日常的な存在でもある。 じつのところ、この地球上に棲むすべての生物は、これまでク放射線ゼロの生活環境 きで生きてきた経験を持たない。この宇宙が誕生したいきさつから、ありとあらゆる物質に え放射性物質が含まれていて、生命活動を行っているかぎり放射線や放射能との縁は切りよ ま 、つ、かかよい 0 ま、んかき
その一方、診断や治療へのエックス線利用が進むなかで、放射線によるさまざまな障害 が患者に現れだした。ェックス線を発生させる実験の追試では、医師や研究者などのエッリ クス線を扱う人たちにもさまざまな障害が発生してきた。 初期に見られたものとしては、日焼けや火傷に似た障害、皮膚炎、脱毛などであった。 ェックス線の発生装置が未成熟であったことから、体表面に多くの放射線を受けたものと みられる。 その後、多くの放射性同位元素が発見された結果として、これらから出る放射線によっ て障害が発生することもわかってきた。 一九〇〇年、べクレルがラジウムをもって移動したとき、それに接した人体の部位に火 傷のような症状が見られたとのエピソードは有名だ。これをもって、ラジウムによる皮膚 障害の最初であると紹介する記録もある。 ェックス線による障害やべクレルが受けたような障害は、放射線を外部から受けたこと による障害だ。もうひとつのケ 1 スとして、放射性物質が体内に取り込まれた結果、障害 を生じる例も古くから散見された。 その当時は原因不明の奇病などと見られていたが、放射線や放射能の性質が知られるに
射性物質があって、アルファ線を放出することが知られている。 「放射線漏れーならば、放射性物質は外部に出ていないのだから、その物質をすみやかに 隔離すれば、それ以上の放射線漏れは起こらない。 ところが「放射能漏れ」が起きると、 つまり放射性物質が外部に拡散してしまうと、その物質からの放射線の放出が長いあいだ つつくことになる。 ヨーロッパ各国で食物の流通や摂取を制限したのは、食物についた放射能が体内に入る と「体内被曝ーを起こすためである。放射性物質が体外に排出されるか放射能をなくすま 合 場で、食べた人が過度の放射線にさらされる可能性がある。 もちろん、土壌中などに留まった放射性物質からも放射線は出され、体外被曝の原因と リなる。だが、 その場を離れれば被曝せずにすむ、という性質のものでもある。ところが体 イ プ内に入った放射性物質は、どこまでもついてくる体内被曝をよぶため問題となる。 チェルノブイリ原子力発電所の事故現場で働いていた人びと、そして消火のためにかけ 工 チ つけた消防士の人びと、彼らは大量の ( 放射能ではなく ) 放射線を浴びた。そのため急性で 章 8 強度の放射線障害を発生させることになって、死亡したり重傷を負った。それは痛ましい 事実なのだが、これに加えて事故を大きくしたのが放射性物質が漏れて、大気中に広まっ 167
こうしたことから、大量の放射線を冾びた結果、まもなく障害が出る「早発影響ーにつ いては、最初の十数年ほどのあいだに力なり知られるようになった。しかし、年月がたっ てから症状が現れる「晩発影響」については、知られるまでに時間がかかった。 在職中はなにごともなくエックス線の作業をしていた作業者が、退職してから皮膚炎に 悩まされ、そのうちの何人かは皮膚ガンとなった。また放射線を扱う医師が白血病などの 間が必要だった。 ガンになる、といったことがわかるまでに「は - 十年、一・一・年 - ・経・験期 初期の認識不足によるこうした障害を乗りこえるかたちで、現在見られるようなさまざ る まな放射防護の方法や発想が発展してきた。その結果として、人工放射線の技術は日常的 れ 現 な存在となりながら、放射線影響に関する安全対策によって、私たちの生活は人工放射線 害 障の影響から守られているのである。 き と 自然でも人工でも性質は同じ ん ど これでわかるように、その性質から見た場合、自然放射線と人工放射線の違いはまった 9 第 くない。それにもかかわらず、人工放射線のほうが何となく怖い存在に思われてしまいか
ちなみに、ここで「具体的な障害が発生する場合」とか、「大量の放射線を一度に浴びた とき」といったように、一見くどい書きかたをしているのにはわけがある まず、これまでの章で紹介してきたように、ふつうの地上環境での自然放射線のような、 つまり、放射線を浴びると必ず目に見える ごく少ない線量では具体的な障害が現れない。 障害が現れる、というわけではない。一定量を越える放射線が当たらないと、ここでいう 障害としては現れない : 変化が現れるのは「し 具体的には、線量がごく少ないときには何の変化も見られなし きい値」 ( 閾値 ) とされる量、すなわち、ある変化を生じうる最低限の量や強さを越えてか らのことで、量の増加にしたがって障害が現れる頻度が高くなる。そしてある線量以上に なると「障害が一〇〇パ 1 セント発生する」ようになる。 また線量が「しきい値ーを越えると、量の増加に比例して障害が重大になる、つまり障 害の程度が重くなるという現象が見られるようになる。このようなかたちで現れる障害を、 ある程度以上の放射線量を浴びると必ず起きるという意味から「確定的影響。と呼んでい る じつは、ひとくちに放射線による障害といっても、この確定的影響のように一定量を越 112
かに放射線に対して影響を受けやすい場面がある。このときに放射線を受けると細胞に大 きなダメ 1 ジがもたらされる。細胞分裂がさかんに起こっていれば、このダメージを受け やすい場面が頻繁にあることになり、結果として受ける影響も大きくなるのである。 しかし、細胞もこのことを知っているかのように、放射線によるダメージを受けた時点 オの時 カおこなわれているのである、してやられつばな 間稼ぎを しにはならない体の神秘的な仕組みがここでも見られるた。 る れ 現 放射線の影響は特異か 害 障 き放射線の影響というと、つい放射線でなくては起こらない症状や障害がある、と思って しまう。ところが、放射線を浴びると現れる現象や症状はあ 0 ても、ー拠躰線でしがあグえー ど な し、つ、も ない′ 章 皮膚が赤くなるのはやゲ当可じ症状 だし、腫瘍になったり組織が欠けてしまうといっ 第 た障害も、ほかの原因によっても発生する。骨髄の疾患として白血病になるという現象も、 一 J 119
放射線の影響にかぎったことではない。消化器粘膜の損傷や出血も、ぼがの病気などで観 察される。後でくわしく触れることになるが、放射線の晩発障害とされる発ガンにしても、 ほかのさまざまな要因で発病することはよく知られている このように、放射線障害という言葉は文字どおり放射線の影響としての障害なのだが、 その内容に躰線特有 0 壁害ど・ば、い・えない。放射線が細胞組織を壊すことによって、ほか の病気でも見られる症状が現れることになる。こうした点から、「放射線影響は非特異的 なものであるーというところが特徴となっている。 なんとなく放射線は布いものだと思い込んでいると、放射線の影響とは、他とまったく 異なる特別な障害に違いないと考えがちだ。特別な後遺症があるとか、放射線の毒が抜け なくなる、といった誤解をしていないだろうか。 実際には、被害がごく軽ければ自然に治るものがあり、少し回復に時間がかかっても完 全に回復するものもある。よくある病気やケガと大差ない経過をたどることも、決して珍 しくない。本来なら浴びるはすがないほどの放射線の量を、万が一の事故などで浴びない かぎり、日常のなかで回復不能な害を受けることはないのである。 念のため、どのくらいの放射線量を一瞬のうちに浴びたら、具体的な影響となって現れ 120
( いわゆる放射能 ) は、一部のガス状のものを除いては、ほとんど装置の内部に留まったま まだった。 この点で、 O 事故はチェルノブイリ事故とは異なる性質のもの、とされる。チェル ノブイリ事故では、放射性物質が外部の環境のなかに大量にまかれる結果となり、その放 射能によって長期にわたる放射線影響が心配されることになった。 では、ほとんど「放射能漏れ」がなく、事故のときに一時的に発生した中性子な どの放射線の影響が、心配の中心となるわけである。 場原子力安全委員会が、事故によって受けた放射線の量を推定している。それによると、 現場で作業していた三名の作業員を除いて、浴びた量は少なく、急性障害のような症状は と 現れなかった。また、今後も慎重に見守られる必要があるものの、将来にわたっての健康 イ プ影響もないと考えられている もちろん O O 事故はとんでもない事故であり、あってはならない事件であるのは間違 工 チ いない。しかし一方で、起きた事故の性質を正しく理解することが、事業者側だけでなく 章 住民の側としても、正確な対処につながることを覚えておきたいものである。 第 合 177
放射能という言葉は「放射線を出す能力ーをさすから、「原爆の放射能による被害」とは 原爆が爆発 ( 核分裂 ) を起こしたときの放射線、分裂によって生まれた放射性物質から出 た放射線、これらの放射線によって受けた被害と読みなおしてもよいだろう。このような 原爆にかかわる放射線が人びとを襲って殺したのは事実だとしても、放射線によって広島 では十万人以上の人が死んだというのは、正しい認識ではないことがわかったのだ。 ヒロシマ原爆の被害の実態とは 何 と ヒロシマ原爆の核爆発によって生じたエネルギーが、どのような姿をもって人びとを襲 被ったか。前代未聞のできごとだけに、その実態をつかむまでには時間が必要だった。 射 さまざまな調査やシミュレーション研究などの結果、原爆の爆発によって放出されたエ 放 の ネルギーの五〇パーセント、つまり半分は猛烈な爆風となり、三五パーセントは熱エネル 爆 原 ギーとなったのがわかった。 章 爆発によって数十万気圧という超高圧がつくられ、周囲の空気が瞬間的に大膨張するこ 5 第 とで爆風が生まれた。その風速は、爆心地付近で秒速二百八十メートル、三・二キロ離れ