【コラム】「崩壊」と「核分裂」 放射性物質が「崩壊」するときに放たれるのが放射線だが、「核分裂」によっても放射 線が生まれる。 「崩壊」という文字からは、もとの原子がバラバラになってしまうような印象をうける。 しかし実際のところ、原子核の基本的な構造は、ほとんど形を変えないまま残る。大工ネ ルギーの放出であるアルファ線の場合でも、大きな原子核から一一個の中性子と一一個の陽子 が出るにすきない。 と これに対して「核分裂」は、文字どおり原子核が引き裂かれて分裂する現象である。ウ 被 ランなどの核分裂の引き金になるのは中性子。原子核にとって余分な中性子が外から入り 線 射込んでしまうと、原子核のなかに余分なエネルギーがため込まれてしまう。そのエネルギー のを外に出そうとして、自らをほぼ半分に引き裂いてしまうのが核分裂だ。 原 そしてこの分裂によって、中性子線やガンマ線が生まれるとともに、さまざまな種類の 章 核分裂物質もっくられる。核分裂物質の多くはエネルギー的に不安定のため、放射能をも 第 っことが珍しくない。そして、そこからは放射線が出されることになる。 161
子状のものもある。つまり、ウランの核分裂はペレットのなかで起こるのだから、核分裂 生成物はペレットのなかに閉じこめられる。あるいはペレットから出てきても、その周り をとりまく燃料被覆管のなかに閉じこめられる。 したがって、「ふつうなら」燃料の周囲にある冷却水に漏れ出ることはない。だから、核 分裂生成物は、水が蒸気となって出ていくタービン部分や復水器にまで出ることはない。 では、建物や復水器のなかには、放射性物質は存在しないといえるのだろうか。じつの ところ、核分裂によって生まれる放射性物質のほかにも、原子力発電所では放射性物質が る 生まれてくる。ウランの核分裂によって発生する中性子が、核分裂生成物ではない放射性 出物質をつくるのだ。 線 ウランが核分裂するとき、熱を出すだけでなく、二 5 三個の中性子も飛びだす。この中 射 放性子が他のウランに吸収され、別の核分裂を起こさせるのだが、つねにウラン原子に当た るとはかぎらない。原子炉は水のなかに燃料が漬かっている状態だから、中性子の一部は 発 原 水のなかの酸素などに吸収される。するとその酸素は、放射性の窒素に変化する。これを 章 「放射化生成物ーという。そして、この放射性の窒素は、原子炉のなかで発生した蒸気と 7 第 ともに配管を通って、タービンまで運ばれることになる。
では、チェルノブイリ事故と O O 事故では、かなり異なっている チェルノブイリ原発事故では、この臨界が暴走状態になって、ついには原子炉どころか 建物ごと吹き飛ばす、といった事態にまで発展していった。このため、臨界現象の主役を はたした核分裂物質そのものが、外部に拡散してしまっている。つまり、「放射能が漏れた」 のである。 外部に飛び出した放射能 ( 放射性物質 ) は、空中を漂っただけでなく、土壌や草木にと りついて、牛など家畜の餌に混じって体内に入った。もちろん呼吸で大気を吸った人間に も入り込んだと思われる。そうなれば、どの程度かは別として、体内被曝の問題が発生す ると考えなければならない。 では、事故ではどのような状態だったのかといえば、大量の放射性物質が飛散す る、といった事態には幸いにしていたらなかったのが特徴といえる 臨界現象とはウランの核分裂が継続的に起きることで、核分裂にともなって発生する中 性子やガンマ線、核分裂の副産物としての生成物からの放射線などが発生する。このため 事故でも、核分裂によって生まれた放射線が施設から外部へ放出された。 その一方、タンクのような装置の内部で核分裂が起きたことから、発生した放射性物質 176
沈殿槽は、定められた使いかたをしているかぎりでは、決められた量を越えるウランは 入らない仕組みになっていた。ところが、 ( 許されない行為である ) ステンレス容器を使っ た手作業によって、沈殿槽にウラン溶液を投入するという方法をとっていた。しかも、作 業の効率を優先するあまりに、それ以上の投入が許されないという、制限値の約七倍もの 量を投入したことが事故がよんだ。 濃縮されたウランは、ある量が一定のかたちに集まると、核分裂が継続的に発生する臨 界状態となる。この状態を招かないために、作業には時間をかけて、ウランを少しずつ装 合 場置のなかに入れねばならない。しかしこのときは、製造を急いで大量のウランを一度に投 入したことで、暴走して臨界を招いてしまった。 と この臨界によって、核分裂にともなって発生する中性子やガンマ線、そして核分裂生成 プ物からの放射線などが沈殿槽から発生。これらの放射線が、現場にいた三名の作業員に浴 びせられるとともに、施設の外に放出されたのであった。 工 チ 臨界というのは、本来なら原子炉の内部で起きるもので、核分裂が連続して起こる ( 核 章 分裂の連鎖反応が持続する ) 状態をさす。したがって、周囲から厳重に隔離された原子炉の 第 内部以外で起きてはならない現象である。 171
核分裂では、人工的な放射線として大量の中性子の流れがつくり出される。ウラン 23 5 が核分裂を起こすと、二 5 三個の中性子が放出される。この中性子が他のウラン 235 い 原子に吸収されることで、核分裂が継続、拡大する。このメカニズムのなかで、巨大なエ ネルギーが放出されるわけだ。 このような現象の研究を進めるにあたって、おもに中性子による放射線の影響から研究 者をどのように守るか、が真剣に検討された。そして、担当したマンハッタン・プロジェ クトの保健部門で、「放射線防護、や「線量規制」といった発想と具体的な方法が生み出さ れていった。 少しずつではあるが着実に、放射線に対する安全対策や予防法といった技術が、進めら れてきた。こうした歴史によって、「危ない放射線」は閉じ込められ、私たちの日常生活で は見られないはずのものとなったのである。 広島・長崎の原爆被害と放射線 こうして、「放射線の影響」が「放射線の害」あるいは「放射線障害」となって現れるのは、
スが発生するというのだろうか。もちろん正解は、「発生しない」 原子炉のなかで起きるウランの核分裂は、発生した中性子がウラン 235 の原子核に吸 収され、その結果として原子核が二つに分裂するという現象だ。ウラン 238 というもう ひとつの種類は核分裂を起こしにくく、中性子を吸収するとプルトニウムという新しい元 素をつくりだす。そして、これに中性子が吸収されることで核分裂を起こす。この二種類 の核分裂が起きているのだが、いずれのケースも燃焼ガスが発生するような現象ではない。 それでは、なぜ、煙突があるのだろうか。燃焼ガスを出しているのではないとすれば、 いったい何が出ているのだろうか。じつは、内部の空気である。 原子力発電所へいってみると、運転に必要な機械や配管類をおさめている建物には、窓 がほとんどないことがわかる。窓を開けて外気を室内に取り入れたほうが気持ちがいいと 思うだろうが、原子力発電所ではそれができない。そのため発電所では、建物の吸気口か ら新鮮な空気をとりいれて、排気を例の煙突によっておこなっている。つまり煙突ではな 、建物のなかの空気を換気するための排気筒だったのである。 建物のなかの空気を直接、外部に出せない理由 ( 出さないようにしている理由 ) はどこに あるのか。じつのところ、この排気筒から出ている気体は、建物のなかの空気だけでなく、 184
どこで放射性物質ができるか そもそも、原子力発電所でつくられる放射性物質は、どこでどのように生まれるか。そ のチェックから始めよう 原子力発電に使うウランは、天然ウランに〇・七パーセントほど含まれるウラン 2 3 5 を、三 5 五パーセントほどに濃縮して使われる。粉末状にしたあと、直径一センチほど、 高さも一センチほどの、ペレットと呼ばれる円筒形状に焼き固められる。 このペレットを約三百個ほど、ジルコニウムの合金でできた管 ( 燃料被覆管という ) のな かに密封、さらに数十本まとめて燃料集合体というものをつくる。原子炉のなかには、こ の燃料集合体が数百体はいっている。 ウランの核分裂はペレットのなかで起こる。そして核分裂で生まれる放射性物質は「核 分裂生成物ーと呼ばれている。どのような元素ができるかは、確率的なもので決まったも のではないが、 、 8 ストロンチウム、セ 高い確率で発生する元素としては、クリプトノ 5 、 シウム 13 7 、ヨウ素 131 などがある。こ、ついったものは、ガス状のものもあるし、粒 186
をつくり、それを直接タービンに導いてタービンを回す仕組みだ。 もうひとつは「加圧水型原子炉ー ( ) といわれるタイプ。原子炉でつくった熱水を 熱交換器に通し、その熱でつくった蒸気でタービンを回す。両者で放射線管理に関する考 えかたは変わらないが、設備の違いによって方法論に違いがある。ここでは、沸騰水型原 子炉を主にとりあげる。 煙突の不思議 る 出原子力発電所の敷地に、たいへんに高い煙突があるのに気づいたことがあるだろうか 線人によっては不思議に思ったことがあるかもしれない。 放火力発電所では、燃料となる石油や天然ガスなどを燃やし、ポイラーで蒸気をつくって かターピンに送って、発電機を動かすことで電気をつくる。したがって、ポイラ 1 で発生し 原 た燃焼ガスを排気をするために煙突が欠かせない。 章 原子力発電所では、ウランの核分裂で発生する熱を利用するのだから、化石燃料を燃や 第 すということがない。それにもかかわらず高い煙突があるのは、ウランの核分裂でも排ガ 185
しかし、当然のことだが、「危ない放射線から身体、生命をどう守るか」に関する研究も、 放射線研究の幅が広がるなかで進展していった。代表的な例とされるのが、「マンハッタ ン・プロジェクト」をきっかけに広がった「保健物理」という発想だ。 「保健」と「物理」。つながりにくい組み合わせだが、当時は放射線防護のことをわざとわ 「保健物理ーといっていた。これはマンハッタン・プロジェクトの性格、つま り原爆製造を公にできないという事情があったためである。いまでは一般的には放射線防 護といっているが、その名残が放射線防護などを扱う研究学会の名前に残っている。 このように、マンハッタン・プロジェクトは、一般的にはアメリカによる原爆開発計画 何 とされている。しかし実際には、もう少し広い間口をもった計画として「原子工ネルギー 被開放計画」と呼ばれていた。いまからみると、原爆の開発が大きな目的であったことは間 射違いないにしても、当時としては、はたして核分裂によって巨大なエネルギーを得ること のが可能か、といったレベルにあったのだ。 原 著名な科学者アルバ 1 ト・アインシュタインが、「 ( 核分裂の研究は ) 近い将来に、ウラン 7 元素を重要な新エネルギー源に変えうるという期待を、私に与えてくれる」といった意味 の手紙をルーズベルト大統領に送ったことからも、その頃の雰囲気がわかる 149
また、原子炉などをつくっている鉄から生まれる放射化生成物もある。水中で鉄から生 ノ , 6 クロム、鉄といった放射性物質が生ま まれた鉄さびに中性子が当たり、コヾレト 0 、 れる。これらは金属であるため、原子炉とタービンをつないでいる系統のなかを漂い、ポ ンプや配管などに付着する。そして、一年に一回おこなわれる定期検査のときに、分解作 業によって空気に混ざったりする。この結果として、放射線のレベルを上昇させるなど、 作業員の被曝の要因となってくる。 さらに、ウランは天然に存在するので、燃料集合体や原子炉をつくっている鉄などの材 料に不純物としてごく微量に含まれている。このウランに中性子が当たると、ペレットの なかのウランが核分裂したときに生まれるものと同じような生成物が生まれ、蒸気ととも にタービンに運ばれることがある こうしてウランの核分裂は、放射線を出す新たな物質を生み出す。そして、生まれた放 射性物質は蒸気や水とともに、機器や配管のなかを移動する。 このため原子力発電所では、放射性物質を内部に閉じこめようと、建物のなかを放射線 や放射性物質の管理が必要な「放射線管理区域 , に設定している。ここに出入りするには、 人もモノも厳格な管理がなされているのである。 188