放射線の基本的な作用とは 地球のどこにいても、何をしていても、いや何もしていなくても、私たちは放射線の流 れと無縁でいられないのがわかっただろうか 外出すれば地面から、屋内にいれば建物から、さまざまな放射線が私たちめがけて飛ん でくる。あるいは、呼吸をすれば放射線が出る物質を、何か食べたり飲んだりしても放射 線が出る物質を、体内にとりこむことになる。 こうしたことが日常的な現象であるのは、理解してもらえたと思う。自然界には放射線 があふれ飛んでいる。だからといって、それによって私たちの身体や健康が被害を受ける ことは、自分たちの経験からいっても日常生活のなかではめったにない。 また、平均的な放射線の量にくらべて二倍も三倍もの量を浴びる土地があるが、そこに つまり自然放射、 住みつづけている人びとが具体的な害を受けているというものでもない。 より・ ルでは、少ても増、のか問題となるけもなけば し、ものでもなさそうなのである。 で危が高くオ
では、日常的に周囲から浴びせられる放射線は、私たちの身体に対して何の作用も及ば していないのか。自然放射線は人体に何の影響も与えていないのだろうか エネ 飛んでくるといっても音がするわけではない。線といっても見えるわけではない。 もちろん匂い ルギーをもっているといっても、熱や圧力として肌で感じるほどでもない。 もないから、何の現象も起きていないと考えても不思議ではない。 日常的な存在、どこにでもある ぜ ところが、放射線はそれほど「ヤワ」な存在ではない。 は自然放射線ではあっても、身体の組織に何の影響も与えていないわけではない。特有の作 な 用をもっているのは、事実なのである。 気 0 光速で飛ぶ光子であったり、高速の粒子の流れであるのが放射線だから、物質に当たっ 浴たときには無視できないほどのエネルギ 1 をもっている。そして、分子や原子の構造とく 線らべても、きわめて小さな粒子であり、きわめて小さな波長をもっ波でもあるから、私た 倣ちの身体に簡単に進入し、場合によっては突き抜けたりという現象が起きる。 自 そればかりか、人体に進入してからの行程や道筋のなかで、私たちの身体をつくってい 章 3 る細胞や微細な組織に、何らかのダメ 1 、、をていく可能性もきわめて高い。 その代表的な作用が「電離作用ーと呼ばれるものである。
起という現象を引き起こす。 いってみれば、は、原子核の周囲を回る電子に必要以上のエネルギーを与えて、 平常時よりレベルの高い軌道を走らせること、である。当然、電子は落ち着きを失ってし まうことになり、余分なエネルギ 1 を吐き出そうとする。このエネルギーか発光現象を起 こしたのがオーロラとい、つわけだ。 オ 1 ロラを光らせる粒子は、地球磁場を突き抜けるだけのエネルギーをもっていない。 比このため、地球表面に近づけるのは磁カ線が地表近くまで下がっている地点、つまり北極 や南極でオーロラが観察されやすい。ところが太陽からくる放射線が多くなると、磁気嵐 のが発生して地球の磁場が変化する。こうなると、緯度が低い地帯でも観察されるのだ。 海 の このように、字宙の誕生から今にいたるまで、宇宙空間も、太陽系も、そして地球も、 線 射さまざまなレベルで放射線にさらされてきている。放射線の海のなかで字宙が誕生し、生 命が生まれ、人類まで進化してきた、と表現しても決して過言ではないことになる。 生 一見、私たちの日常とは何の関係もないように思える放射線だが、じつのところ、私た しまだかってない。空気と水は黙 2 ちの生命活動が放射線なしで成立した時代というのは、、 っていてもついてくるという一言葉があるが、じつは放射線も、黙っていても私たちの生活
についてくるとい、つわけだ。 さて、そうしてみると、「宇宙が誕生したときから存在している放射線ーそして「日常生 活のなかにあふれている放射線ーに対して、私たちは漠然とした「怖さ」を抱いてきたの かもしれない、 とい、つことになる 健康への影響をいわれるいつほうで、生命活動や日常生活のなかにある放射線。あまり に異なる二つの顔のあいだで、私たちの身体はいったい、どのように放射線を受けいれて いるのだろうか 【コラム】放射線と放射能 放射能汚染、放射能の雨など、「放射能」というだけで怖いものと思われがちだ。たぶん、 放射能は原爆と結びつけられることで、恐ろしいというイメージで固まってしまったのだ ろう。 そうしたこともあってなのか、「放射線」と「放射能」の違いについても、一般的にあ
細菌やウイルスのなかには、人体に感染する能力をもっ種類が数多く存在する。だから といって人体は彼らに感染されっ放しというわけではなく、感染を予防する手段、感染被 害をやわらげる手段、感染によるダメ 1 ジを修復する手段など、さまざまなレベルの対処 法をもっている。たとえ火傷や外傷を負っても、被害を最小限にとどめ、ダメージから少 しでも早く立ち直ろうとする。傷を受けて組織や細胞の一部が欠けた場合には、細胞増殖 によって傷跡を治す機能が働く。私たちが経験ずみのこうした現象が、放射線を浴びたと きのメカニズムとしても働くのである。 の まず、 1 の「活性酸素が発生しない予防手段 , には、私たちに欠かせない呼吸機能が大 気 0 きくかかわっている び 浴 いうまでもないが、呼吸とは酸素を体内に取り入れる行為だ。細胞は酸素によってブド 線ウ糖を酸化することで、必要なエネルギ 1 を得ている。じつは、このブドウ糖の酸化プロ 倣セスのなかで、活性酸素が大量に生成される。その量は、自然放射線によって体内につく 自 られる活性酸素の量より、ずっと多い。 とい、つこ 3 それにもかかわらず、活性酸素発生による人体被害は、ほとんど見られない 第 とは、私たちの身体には最初から「活性酸素の発生を予期した機能ーが備わっている、と
: だろ、つか ここまできても、やつばり放射線は怖い・ 布い放射線もあることはあるが、それは決して私たちの「隣人ーではない。それは、現 代社会を支える技術力の一端を担う存在として、多くのエネルギー源や原材料と同じよう に、その性質にもとづいて管理コントロールされている そして私たちの周囲にあるのは、「水や空気ーと同じように昔から ( 無意識に ) 慣れ親し んできた自然界の放射線が大半。そのレベルを変えない程度に、人工放射線が新たに加わ っているにすぎない。 つまり、存在するから怖いというものではなく、過剰に存在しないかぎりは問題が起き きないという性質をもつもの。本書のタイトルにある「怖いだけじゃない放射線とは、そ とういう意味をメッセ 1 ジとしてもっている。少しでも、これに同感していただければ、と あ 願ってやまない あとが」 221
然や環境から放たれる放射線を浴びていることになる。 この現象を「被ばくーという。漢字では「被曝」っまり放射線にさらされると書くわけで、 爆弾の爆発のようなようものを浴びる「被爆ーとは区別されている点に注意しなければな らない。被曝は、そのままでク危険な現象を示すものではない、と把握することが放射 線を正しく理解するためには必要なのである。 さて、こうして私たちは微量の放射線を浴びる日常を送っている。それも、前述したよ うに、外から飛んでくる放射線だけでなく、自分の身体から出る放射線を自分が浴びてい る ( 匂体褂 ) 。これらの総量は、誰でも同じようなものかといえば、じつは そうでなく、地域や土地によって異なるうえ、場所によってはびつくりするほど高い放射 線が出ている地域があるのが知られている。 放射線量が多いのにガン死亡率が低い ふつ、つ、私たちが日常的に浴びる自然放射線の、っち、最も多、い ' の・ - ば呼吸で、吸入・した・ラ・ドー ンからのもので、そして第二位が地面から放たれる放射線だ。ところが世界は広いという
しかも、呼吸して食事するという基本行動に加えて、温泉に行ったり飛行機に乗ったりす ればク被曝 ( 被爆ではない ) 量は若干だが増える。石畳を歩いただけ放射線の量が上がる、 ということも珍しくない。だからといって、その被害を訴える人が出てくるものではない し、温泉だ旅行だといったレジャーは人生に欠かせない。 つまり、放射線や放射能というもの自体はあってはならないものではなく、存在するこ とが異常事態というわけでもない。だが、 ある値を超えるとク生命に対して牙を剥くク存 在・現象であることも間違いない。 いったい、 このギャップをどう考えたらよいのだろうか。そもそも、ク日常的な放射線ク とみ異常な放射線クとのあいだに、どの程度の距離があるものなのか。どこまでが安心な ( 無視できる ? ) 放射線で、どうなると要警戒 ( そして危険な ) 放射線となるのか。 見えない・ド 瑁こえない・感じない・匂わない : ・ : と、私たちの感覚では量どころか存在 さえも捉えることが難しい。それだけに、放射線情報にどう対応するかという問題では、 その人なりの理解度が問われかねない ク正しく怖がるという言葉は、そのような意味を持っていると考えてもらえばよいだろ う、というのが私の意見であり、本書のテーマでもある。
私たちの身体を通り抜け、ときには地球をも通り抜けて飛んでいく。 地球上のすべての生物は、こうした環境のなかで長い時間にわたる進化を繰り返してき たことになる。太陽は私たちに生命のエネルギーを与えつづけてくれているが、総エネル ギーのなかにはこうした放射線エネルギ 1 も含まれている、ともいえるだろう。 オーロラは何を示しているか ところで、地表に降ってくる放射線の一億倍以上にもあたる放射線の帯が、地球を包み 込んでいるのを知っているだろうか。 「バン・アレン帯とも「放射線帯ーとも呼ばれる一帯がそれで、高度一千 5 六万キロメ ートルのあたりに存在する。おもに陽子と電子が群をなして地球を南北に取り巻いている。 このバン・アレン帯がつくられるくわしい原因はわかっていないが、おもに太陽からや ってくる粒子が地球の磁場にとらえられたものと考えられている。 オーロラも、こうした宇宙線の作用によって形づくられる。宇宙から飛んでくる陽子や 電子の群れが、超高層にある大気の粒子と衝突して、子や原子にエネルギ 1 を与える励
から、進行中の字宙ステ 1 ション計画でもこの点の防御策を研究している。 ちなみに、ここに出てくる「シ 1 ベルト ( ミリシーベルトは一千分の一シーベルト ) と ) う単位は、放射線が人間に当たったときの影響を数値化したもの。同じ放射線でも、人間 が浴びたときの影響は身体の部分によって異なる。たとえば脳は放射線の影響を受けにく く、腸は影響を受けやすいといったように、臓器の種類によって異なる。これを考慮に入 象れて、生体に及ばす影響の程度を数値化したのがシーベルトというわけだ。 ス これであらためて考えてみると、地上で暮らしている私たちが一生涯に受ける放射線は、 シ 寿命が八十年とすると多い人で百九十二ミリシーベルト。宇宙ステーションに滞在すると 「なると、四十週ほどでこの数字に達する計算だ。それにもかかわらす、 Z < < ( 米航空 め字宙局 ) では往復二年かかる火星旅行まで計画されている。 高 を 自然放射線というものは、どこまで私たちに影響を与えているのかわかりにくい、まっ 能 機たく不思議な存在であるともいえるだろう。 生 章 第