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検索対象: 無頼のススメ
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1. 無頼のススメ

の苦労は買ってでも ) しいからしなさゝ と同じこと。この教えは長く生きてくるほどに 分かってきます。辛酸と苦節続きでどうしようもなく苦しくて、とてもそうは思えない ときこそ、本当の「個」をつくるために必要な時期で実は恵まれているのだ。そう考え てもらいたいのです。 鉄は熱いうちに打て 時々、若い親御さんから聞かれることがあります。 る 「子どもの教育はどうすればい ) しのでしよ、つ ? 」 え 与 を 私みたいな男に尋ねるのもどうかと思いながら、いつもこう答えます。 苦 「お母さん ( あるいは若いパヾ。 ノてもいいか ) 、ここに友達でもいい 、自分以外の誰かが よいるとしましよう。あなたのお子さんが、そいつが痛がったり、泣いていたりしている わのを見てかわいそうだと感じる。あるいは一緒に泣けたりしたなら、教育の八〇パーセ ントはもう済んでいますから」

2. 無頼のススメ

この当たり前の大原則を心にとめておけば、他人からどう言われようかかまわないだ ろう。他人の評価を気にせず、一人で歩いているうちに、ああ自分の足で歩けるんだ、 という実感を大事にするようになるはずです。 それは真のリべラリズムに近いものだろうと私は思います。 もとより無頼はイ 也人に押しつけるものではない。周囲に合わせてできるだけ平均的に 生きたい、そのほうが安全な人生を送れるだろうと考える人は、それで生きればいい。 人には人、自分には自分のやり方というものがあるから、無理に誰かを引き込もうとは 考えない。それはニヒリズムではなくて、自分はこうだと思うが他人には干渉しないと いうのが、他者との関わり合い方だろうと思うからです。 それでも、最終的にはほどほどに生きてもタカが知れてるぜ、ということは一一一一口えるか もしれない どうも自分は人目ばかり気にして生きている、何だか堂々めぐりの人生で と思、つなら無頼という生き方がある、ということです。 嫌だから何とかしたい、 私は世間では「無頼派作家」と呼ばれているようです。

3. 無頼のススメ

今にして思うと、良い教育だったなと思います。 子どもたちが進学する際には、父の前に正座して「どうか行かせてください」と頭を 下げてお願いするのが決まりごとになっていました。父はその目の前で母親から成績を 聞いてこう命じるのです。「だったら一校だけ、この一番難しいだろうというところを 受けさせる。それで落ちたらもう行くな」。 今は受験というとほとんどの場合、まず本命とスペリ止めがあって、それ以外にも試 験なれするために受けておこうか、みたいなものだという。親の収入が子どもの教育レ ベルに比例するという話もよく耳にします。 でも、昔のほうが家は貧しくてもいい学校に入ることができたのは、一校しか受けら れないという追い込まれた状況があったからこそ、怠け者でも「ここぞ」と頑張って集 中することで、何倍も力が出せたのではなかったか。 九世紀の初め、弘法大師空海はエリート官僚や学僧たちが集まる難しい遣唐使の選抜 にパスして、普通だったら四十年も五十年もかかるような密教の教義を、唐の高僧から

4. 無頼のススメ

たとえ来世があっても一切思いをかけない、死をもって自分は跡形もなくなる。 そう考えているのです。 それでは何だかさびしくはないか。そう思う人もいるだろう。 しかし、こう考えていたほうが、案外楽なこともあるのだよ。

5. 無頼のススメ

「ひどい どうしてあなたはそう疑い深いの」 後になってゴーストライターに無理に曲を作らせていたインチキがハレて家人のほう が頭を下げましたが、 要するに「違和感」があったということです。 似たようなことは、何年か前に民主党に政権がかわった時にもありました。 総選挙の少し前から、私が現在住んでいる仙台近くの山の中まで自民党の候補が連日 やってきてスピーカーで演説をしていた。十五年以上住んでいて初めてのことだったか ら、「ああ、今回は自民党は負けるぞーと言っても家人はピンと来ないようだった。 自分の周りに見たこともないような連中がうろうろしはじめたら、世の中が大きく変 磨 勘わる兆しだと考えなくてはいけない。おそらく戦争もそうだろうと思います。 の て人間は、実際に経験したことから直感が鍛えられていく。 そういう生きものなのだと思います。だから、菜っ葉服 ( 作業着 ) 姿でべ平連や新左 の き翼の言動を眺めていた時に感じたような直感ーーどう見てもこの顔ぶれはまともじゃな 生 いな。でも今からまた沖に出る酒臭いオヤジどもは、爆弾を運んでもとにかく生きよう

6. 無頼のススメ

ろうか。それと同じようにギリシア神話は神でなければ、 いったい誰がどうやって考え だしたのか。そんなことを考えることがあります。 世間では、ト説は才能が生み出すものと考える人は多いようです。 けれど、わが身になぞらえて一 = ロうなら、ほとんどは気力と体力で、かって吉行淳之介 さんに言われたように、そこに宿る何ものかにすがって最後の一行まで書き上げること を繰り返してきたにすぎません。 時々、これは失敗作だな、と自分では思うことがあっても意外と売れることもある。 何とか作家として食べていられるのも、やはり運がよかったのに違いない。

7. 無頼のススメ

芥川龍之介の短編『蜘蛛の糸』ではありませんが、これまで自分がどう生きてきたか を振り返ってみても、自分はあの盗賊カンダタがいた地獄へ行くんだろうな、としか思 えないのです。もちろん、仏様が糸を垂らしてくれるとも思いません。 「来世というのはどんなかしら」 信心深いクリスチャンの家人がときどき一言ったりします。 「ああ、そうだねえ。もし五百年後に俺がゴキプリに生まれ変わったら、お前に出会っ て『やめろ、俺だ ! 』というヒマもなく、スリッパか何かでバーン ! と叩かれて一巻 の終わりかな。そんなことなら生き返りたくないねーー」 ちなみに家人は虫が大の苦手で、ゴキプリ一匹に悲鳴は上げるわ物は投げるわで、虫 頼 てのほうかかわいそうになるぐらいなのです。 っ 「そ、ついうことを言ってはいけません、罰か当たります 舸牧師さんはそう言うけれど、私には私の考え方があって、今さら変えようがない。 ゴキプリならそれでもかまわないし、人生がこんなに虚しいものなら、もう一度は這 187

8. 無頼のススメ

と言われそうですが、当分そのつもりはありません。タバコの美味さを知っているし、 憲法に反しているわけでもないからね。 何かにつけ、行儀のよさばかり求める風潮というのもどうかと思います。「草食系男 子」はベジタリアンの男のことかと思っていたら、要するに、女にガッガッしない、行 儀のいい淡白な若者のことだという。でも、若い男ほどサカリがつくのが自然なので、 ほんとは肉食も草食もないだろうにな、と私は思います。 行儀がよくて清潔なのが今どきの「いい人」だと言われますが、人間というのは何を するか分からない生き物なんだ、ということを忘れてはならない。 「えっ ? なんでこ んなことするの」という場面に置かれたり、「こんなのアリ ? 」という状況に置かれた ときに、「いや、人間なんだから、これぐらいのことやるだろうよ」と思えるかどうか それは、世の中を生きていく上でとても重要なことです。 人間はこれが善い人、あれは悪い人、という具合に簡単に割り切れるものではない。 そもそも、それを誰かどういうモノサシで決めるというのか 706

9. 無頼のススメ

というのもありました。学校というのは出たらそこでおしまいだから、私は同窓会な ど行かないし、世の中に出た大人たちが何をしているか、そちらのほうがよほど面白そ うに見える。とうの昔に卒業した学校の仲間と何年もたってつるんでみても仕方ないだ ろ、つ、と田 5 、つのです 自分が今つきあっている彼氏や彼女のこと。 進路をどうするか、会社の所属部署が気に入らない、取引先とうまくいかない 背が高い、太っている、クセ毛だとか、自分の身体に関すること : 何かもっと他の読者にも通じるような普遍的、相対的な悩みとい、つのは浮かばないの かね、と田ハってしまいます。 も、つ一つ気になるのは、お金を儲けている人イコール偉いのだ、とのつけから信じて いる質問が多くなっていることです。 「世の中で金をたくさん儲けたやつの八割は悪党だと思っておけ」 それが私の理論で、昔も今も世の中では悪党のところに金は行く。金を儲けるやつは

10. 無頼のススメ

のも悪いものもたくさん抱えながら、何とかかんとか生きていく。そうでないと何も教 えられてないのに小説なんか書けるはずがないと思うのです。 書き手の考え方やものの見方が、学校にいた頃から少しも先へ出ていなくて、読者も そうだとしたら、単純さと平たい言い方しか好まない小中学生レベルの感性、人生観が 当たり前になってきているということかもしれません。 学校が教えるのは、人としての感性や本性より規範や論理だから、世間とは常に別も のです。学校というシステムは生きていく上で本質的なことを教えてくれるものではな い。そこで得たものは卒業した時点で一度捨てるぐらいでちょうどいいのです。 成績で人は見抜けない そもそも、子どもの時分から人はこうあるべきだとか、こうして生きるのだとか、そ ういうことをろくに考えてこなかった教師が、、 少々テキストを読んで勉強したぐらいで 子どもの教育なんかできるのかな、とも思うことがあります。 720