表 1 高速乗合バスと高速ツアーバスの年間利用者数 1985 年 1990 年 1996 年 2000 年 2005 年 2010 年 高速乗合バス ( 万人 ) 高速ツアーバス ( 万人 ) 高速道路延長 (km) 注 ) * は推定値。 1 122 3254 5769 6969 3721 4869 6114 6861 7905 10385 600 * 7389 7895 2011 年 10374 750 8021 出所 ) 国土交通省「高速・貸切パスの安全・安心回復プラン」フォローアップ会議資料 ( 2013 年 ) 、 国土交通省自動車局監修「数字で見る自動車」 ( 2014 年 ) より作成。 うことで、関越道の事故後、高速ツアーバス という運行形態への批判が強まった。 このため、関越道の事故と関係なくすでに 決定されていた、高速ツアーバスを新高速バ スに移行し正規の乗合バス形態の高速バスと 一体化させるという、事業区分変更政策の内 容が若干変更され、制度変更のスケジュール も早められた。当該政策は 2013 年 8 月に実施 されることになった。その内容は、高速ツア ーバスに、以前から求められてきたような乗 客利便の面での規制を課し、運送に関する契 約や責任を明確化させるというものであった。 そのうえに安全確保面での規制も加えられ 高速ツアーバスが量的に急増したのは、貸 切バスで 2000 年、乗合バスで 2002 年に行われ た規制緩和の産物として 2005 年前後と説明さ れることが多い ( 表 1 参照 ) 。確かに時期的 にはその頃であり、背景には、 2000 年の規制 緩和前後 ( 実は規制緩和直後より直前の方が 事業者数増加率は大きい ) に貸切バスに参入 した事業者が新たな仕事を探したという供給 側の理由がある。しかし、事業区分は規制の 強度を調整し、一部のサービスで強い規制を 課すためのものである。規制下で事業区分の 境界領域に新サービスが生まれるということ は、まだ規制が残っているということを示し ている。 4 機会費用が大きい事前規制 高速バス事故の対策を話し合う会議の中で、 関係者の意見が分かれたのが「事前規制」と するか「事後規制」とするかという方針につ いてであった 7 ) 。バスを含めたわが国の旅客 輸送部門では、 2000 年前後に相次いで規制緩 和が行われたが、その頃、一連の規制緩和政 策を事前規制から事後規制へのシフトと説明 することが多かった。しかし、安全対策の観 点からみれば、世の中には完全な事前規制も 完全な事後規制もないので、そのような極論 を言うことにはあまり意味がない。 事前規制について言えば、事故は「事前」 に予防するに越したことはない。だが、事故 の可能性がある者すべての市場参入を禁じる ことは現実的ではない。発展途上国などと比 較してはるかに事故の少ないわが国の交通機 関では、安全性に関する多くの側面について、 われわれが持っている情報は、過去に類似の 事故が 1 件あったか、まったくなかったかだ けの場合が多い。このようなケースで事前規 制するとなると、事故を起こしたバスと何ら かの共通点を持っバスを、すべて運行できな いようにするということになりかねない。確 かに、高速ツアーバスをなくせば高速ツアー バスの事故はなくなるが、それでは帰省や就 事前規制を主張する人々が一番よく口にす ふれることであろう。 職活動の交通費が賄えない大学生が全国にあ DECEMBER 2014/JANLIARY 2015 THE KEIZAI SEMINAR 43
Feature 特集交通経済学への招待 表 2 バス会社の規模別事故率 ( 貸切バス、 1000 台当たり、 2011 年 ) 10 以下 11 ー 20 21 ー 30 31 ー 50 51 以上 車両数 事故 2.61 2.63 1 .67 件数 出所 ) 国土交通省「パス事業のあり方検討会 ( 新 ) 資料」 ( 201 2 年 ) る案は、会社ごとの最低車両台数の引き上げ という政策である。この台数については、 2000 年前後の規制緩和時にも大きくは変更さ れておらず、 5 台 ( 小型貸切バスで 3 台、乗 合バスで 6 台 ) となっている。これを、たと えば 15 台といった水準に引き上げれば大事故 を起こすような会社は世の中から一掃できる という主張である。 はたして、小規模な事業者は安全性を軽視 で実際の会社規模別の するのだろうか。ここ 事故率をみてみよう。表 2 の貸切バスのケー スでは、 10 台以下の会社は事故が少ない。全 体的にも、会社の規模と事故率の関係は相当 複雑である。 仮に小規模事業者の事故が問題であるとし ても、会社にはライフサイクルがあって、小 規模な会社が成長して大企業になる。小規模 での参入を禁じることは、長期的に産業の衰 退につながるであろう。海外のケースだが、 現在 1 万台ほどのバスを持っ世界最大規模の バス会社の 1 つになっている「ステージコー チ」社は、 1970 年代まで、スコットランドで の家族経営の小規模な会社であった。情報か 少ない中で事前規制をすれば、長期的にみて 機会費用を大きくする可能性がある。 これに対して、事後規制にはいろいろな段 階がある。理論上、完全な事後規制というの は、もつばら賠償などの司法プロセスにすべ ての安全対策を委ねることを意味する。しか 2.81 1 .75 し、これも現実にはあり得ない。結局のとこ ろ、クリスタルポールで未来を完全に予見で きないわれわれに残された選択肢とは、事前 規制と事後規制の中間に落としどころを見い だすこと、具体的には一種の「事後規制」で はあるが、できる限り事故を未然に防ぐとい うことになる。 5 運転時間規制の重要性 バス産業全体でみれば、毎年ある程度の頻 度で起こるバス事故の原因について、われわ れが全く情報をもっていないというわけでは ない。バス事故の原因は、他の車等に原因が ある、いわゆるもらい事故を別にすると、大 きくはドライバーに起因するもの、車両に起 因するもの、道路構造に起因するものの 3 っ に分けられる。直接の事故原因としては、圧 倒的にドライバーに起因するものが多い。重 大事故の半分以上はドライバーの疲労、居眠 りと関係し、事故のかなりは夜間に起きてい る。重大事故の多くを防止するには、まずド ライバーの運転時間や勤務時間の規制が必要 となる。 一般の労働者は、その労働者自身の健康を 守ることを目的として労働基準法による労働 時間の規制を受ける。バスドライバーの場合 も同じである。労働時間の長短は、そのドラ イバー自身の健康だけでなく乗客らの安全に かかわる。そのためバスドライバーは、労働 基準法の一般的規定とは別に、「厚生労働大 臣告示・自動車運転者の労働時間等の改善の ための基準」 ( 略称、改善基準告示 ) というよ り厳しい規制を受けている。 現在のわが国でのバスドライバーの運転時 間等の規制内容は、表 3 のとおりである。連 続運転時間は 4 時間までで、その間の運転に 対し 30 分の休憩をとる。休憩は、 10 分以上の 44 THE KEIZAI SEMINAR DECEMBER 2014/JANUARY 2015
表 3 大都市における走行キロ当たり原価 ( 2010 年 ) 車両数 1 ~ 50 台 51 ~ 100 台 101 台以上 運送費 人件費 104.99 119.31 燃料費 13.96 修繕費 4.23 固定資産償却費 3.22 保険料 3.98 施設使用料 2.23 自動車リース料 2.49 施設賦課税 0.49 0.62 事故賠償費 1 .08 0.77 道路使用料 0.43 0.38 その他運送費 4.54 6.86 一般管理費 19.44 1 1 .17 営業費計 159.76 167.74 可変費用計 135.96 123.61 固定費用計 36.15 3178 営業収入 157.09 166.1 営業損益 ー 2.67 注 1 ) * は可変費用を示す。 注 2 ) 単位は円。 出所 ) 「自動車運送事業経営指標 2012 年版」より作成。 5 大都市における流し市場の存在と い。流し市場では品質の良いタクシーが悪い タクシーに駆逐されることで、サービス品質 情報の不完全性 の劣る事業者でも市場で存続できる可能性が あり 7 ) 、市場メカニズムによる最適解は達成 タクシーの営業形態としては、電話等によ されない ( レモンの市場 ) 。情報の不完全性 り利用者から呼び出しを受けて配車する方法 と、市内でタクシーを走行させ、または公共 を解消する方法の一つは、利用者にシグナル のタクシー乗り場で待機して、利用者が通り を送ることである。例えば、新橋や東京駅、 新宿、銀座など都心 13 カ所に優良運転者表彰 かかったタクシーに乗車する流し営業が存在 する。地方の多くでは、呼び出しを受けての を受けた運転手や優良事業者に属する運転手 のみが入構できる優良タクシー乗り場が設け 配車が一般的であるが、大都市では流し営業 の比率が高くなっている。東京の場合、流し られており、利用者は優良なタクシーを選択 営業の比率は 95 % ともいわれる 6 ) 。 することが可能である。ただし同乗り場の利 用は多くなく、そもそも優良タクシー乗り場 運転手の接客態度など、タクシーごとのサ を知らない利用者が多いという課題も存在す ービス品質に差異が存在する場合、利用者が る。また企業や無線組合ごとに接客などの品 偶然通りかかったタクシーに乗車する流し営 質管理を行い、プランドを確立する方策もあ 業では、事前に品質を確認するのは容易でな る。ただし都内の大手事業者でも、車両べー い。また通りかかったタクシーを見送った場 スの市場シェアは 10 % を下回る水準であり、 合、いっ次のタクシーが見つかるか予測でき ないという問題もある。完全競争市場の条件 現状はシグナルとして十分でない。 の一つである情報の完全性が担保されていな 000000000000000000 0.83 0.49 6.11 14.94 156.02 123.93 32.09 154.06 ー 1 .96 DECEMBER 2014/JANLIARY 2015 THE KEIZAI SEMINAR 39
Feature 東京特別区・武三交通圏 ( 100 万人 ) ( 100 万円 ) 特集 交通経済学への招待 表 1 タクシー事業の概況 ( 年 ) 1995 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 法人 事業者 7 , 070 6 , 969 7 , 018 7 , 046 7 , 374 8 , 048 8 , 766 10 , 445 12 , 254 12 , 844 12 , 786 13 , 679 14 , 319 14 , 798 15 , 271 全 法人 車両数 209 , 397 209 , 612 212 , 766 217 , 165 220 , 810 224 , 224 226 , 821 227 , 811 228 , 043 226 , 558 221 , 162 208 , 132 204 , 422 205 , 683 203 , 943 国 個人 タクシー 46 , 587 46 , 731 46 , 267 46 , 117 46 , 331 46 , 479 46 , 360 45 , 929 45 , 486 44 , 769 44 , 269 43 , 334 41 , 900 40 , 639 39 , 304 輸送人員 ( 100 万人 ) 2 , 758 2 , 433 2 , 344 2 , 366 2 , 353 2 , 244 2 , 217 2 , 209 2 , 137 2 , 024 1 , 648 1 , 640 1 , 660 1 , 783 1 , 948 法人 事業者 233 254 252 257 258 271 291 317 334 352 366 362 359 356 347 法人 車両数 25 , 163 27 , 851 28 , 262 28 , 539 29 , 045 29 , 663 30 , 819 31 , 948 32 , 958 33 , 866 33 , 473 31 , 799 27 , 998 27 , 794 27 , 659 個人 タクシー 18 , 768 19 , 022 18 , 733 18 , 798 18 , 644 18 , 572 18 , 482 18 , 229 18 , 027 17 , 744 1 7 , 456 1 6 , 933 16 , 307 15 , 673 15 , 098 実車率 48.4 44.8 44.3 43.8 43.4 43.8 44.8 45.6 45.5 42 39.2 39.7 40.7 41.9 43.1 0 輸送人員 368 351 347 347 345 348 358 365 355 312 284 272 266 268 271 運送収入 471 , 327 433 , 311 425 , 021 416 , 434 414 , 247 416 , 922 431 , 635 440 , 307 445 , 305 413 , 103 367 , 720 350 , 799 346 , 235 348 , 665 357 , 002 注 ) 全国の数値にはハイヤーを含む。 出所 ) 「数字で見る自動車」、「東京のタクシー 2014 」より作成。 て、小規模事業者が増加していることは明ら 2 参照 ) 。規制緩和前 ( 2001 年 3 月 ) と比較し 万円以下の企業は 8550 社、 59.7 % である ( 表 66.0 % を占める。また個人企業や資本金 500 データで、車両数 10 台以下の事業者は 9445 社、 規模の事業体が多かったが、 2011 年 3 月末の 台へ増加した。タクシー事業はもともと中小 352 社へ、車両数は 2 万 8262 台から 3 万 3866 法人事業者数は 2001 年の 252 社から 2008 年は 大都市圏である。東京特別区・武三交通圏の る。新規参入の多くも、東京をはじめとする 都市圏 1 ) に 5 万 9610 台、 22.0 % が集中してい 8 大都市圏に、その中でも東京特別区・武三 の 44.7 % に相当する 12 万 1956 台 ( 2008 年 ) が シーに個人タクシーを加えた全国の総車両数 大阪、福岡などの大都市圏で多く、法人タク タクシーの供給は、需要を反映して東京、 かである。 ックのうち 78 プロックで複数の運賃が併存し た国土交通省の調査では、全国 90 の運賃プロ 2007 年 12 月から 2008 年 1 月にかけて行われ 36 THE KEIZAI SEMINAR DECEMBER 2()14/JANLIARY 2075 ており、運賃の多様化も進んだ。さらに多様 な新規サービスが登場した。例えば東京特別 区・武三交通圏では、成田空港や羽田空港な どへの定額タクシーの運行、学校・塾・自宅 間を送迎するキッズタクシー、研修を受けた 乗務員によるリフト付き専用車両などを導入 した福祉タクシーサービス、事前登録した妊 婦を素早く、確実に病院へ輸送する陣痛タク シー、 GPS やデジタル無線導入による高品質 な配車サービス導入やスマートフォンアプリ による配車システム「スマホ de タッくん」な ど、さまざまな新サービスが生まれた。 ただし同時期の景気動向を反映して 2 ) 、輸 送人員は全国で 23.44 億人から 20.24 億人へ、 東京でも 3.47 億人から 3.12 億人へと 2 割以上 減少している。この結果、東京の実車率は 44.3 % から 42.0 % へ低下した 3 ) 。タクシー乗 務員の賃金制度は歩合給に依存する部分が大 きいこともあり、 2008 年の平均年収は、東京 都全産業の男性労働者の平均年収 ( 669 万円 ) より低い 436 万円となり、さらに 2010 年には
ー特集交通経済学への招待 Feature に参入を認める許可制へ参入規制が緩和され た。これが法人事業者数と車両数の増加につ ながった。 前述のようなさまざまな新規サービスが登 場したが、その多くはニッチ市場であり、市 場全体の需要を拡大するまでには、まだ成果 を生み出していない ( 需要曲線の右シフトが 小さい ) 。この状況で供給量の増加がなされ たため、実車率の低下、事業環境の悪化につ ながっている。 2008 年度の収支状況をみると、 比較的経営環境が良いと考えられる大都市の ため、可変費用を回収して固定費用の一部を 事業者でも、調査対象である 79 事業者のうち、 回収できるならば、短期的に企業は事業を継 経常損失を計上している事業者が 52 社 続する。図 2 で示すと、損益分岐点は平均費 ( 65.8 % ) に達しており 4 ) 、厳しい状況を示し 用曲線と ( 個別 ) 供給曲線である限界費用曲 線 0 交点だが、企業カ : 実際に市場から撤 ている。 退するのは平均可変費用曲線と限界費用曲線 4 なぜ事業からの退出が の交点召の操業中止点である。損益分岐点 生じにくいのか ? と操業中止点の間では、企業は損失を発生さ せつつも事業を継続する。 大都市のタクシー事業を例に、費用構造を 新規サービスによる需要創出効果が少なく、 国土交通省のデータから試算しよう ( 表 3 参 また景気低迷により需要が伸び悩んだとして も、市場メカニズムにより供給量 ( タクシー 照 ) 。費目のうち可変費用に相当するのは、 運送費のうち人件費 5 ) と燃料費、修繕費、有 車両数 ) が削減されれば、大きな問題は生じ ないはずである。しかし、後述のタクシー特 料道路料金である道路使用料の各費目である。 措法に基づく減車が行われるまで供給量の削 これら以外の費目は固定費用と見なせる。デ ータからは、事業規模にかかわらず人件費が 減は進まず、むしろ増加傾向にあった。利用 高い比率を占めており、労働集約産業と言わ 者数が低迷するにもかかわらず、なぜ市場か れるタクシー事業の特色を裏付けている。ま らの自主的な撤退が生じないのであろうか。 た、すべての事業規模で営業損失が生じてお 経済学では企業を、利潤最大化を目的に行 動する組織と定義する。ただし企業は、損失 り、厳しい経営環境下にあることもわかる。 ただし営業収入と可変費用を比較すると、す が発生すると直ちに市場から撤退するわけで べての規模で営業収入が可変費用を上回って はない。これを損益分岐点と操業中止点の理 いる。これは、図 2 に示される損益分岐点と 論から説明しよう。 操業中止点の間に事業があることを示す。営 総費用は、生産量にかかわらす一定である 業損失が発生していながら、多くの企業が市 固定費用と、生産量と共に変化する可変費用 からなる ( 総費用 = 固定費用 + 可変費用 ) 。 場から撤退しない状況を理論的に説明してい 固定費用は生産量がゼロであっても発生する る。 38 THE KEIZAI SEMINAR DECEMBER 2014/JANLIARY 2015 図 2 損益分岐点と操業中止点 供給曲線 = 限界費用 平均費用 価格 平均 可変費用 損益分岐 , 操業中止点 B 数量 0
Feature 特集 交通経済学への招待 けられている。最近は、電子データでこれを 記録するデジタルタコグラフも普及している。 これらの機器を用いると改ざんが難しくな る。ほとんどの違反は証拠が残ってしまう。 しかし、その解析には相当な手間がかかるの で、検査率と違反率の関係を正しくつかんで 対応する必要がある。 EU では、ドライバー 数の 1 % 以上の検査を義務付けているが、将 来 4 % まで検査率を上げれば違反を減らすこ とができるとみている。日本でも同様の目安 を決めるべきである。 行政による運転時間などの法令順守の取り 締まりは、バス会社の車庫だけで行われてき た。しかし、書類改ざんを防ぎ、事故を水際 で食い止めるためには、運行中のバスを取り 締まる必要がある。 2013 年から、頻度は低い ものの、街頭検査というバスターミナルなど での検査も始められた 9 ) 。 2 人乗務が必要な 路線なのにドライバーが 1 人しか乗っていな いケース、運行指示書自体に違反があるケー ス、安全運行に必要な機器が備わっていない ケースなどをその場で取り締まることができ るようになった。 実際にはそのような例は出ていないが、場 合によっては、運行中のバスを差し止め、運 行中止にすることもできるようにした。その ようなバスに乗車していた利用者にははた迷 惑な話かもしれないが、事後規制がやむを得 ないとして、悲惨な事故を未然に防ぐために 社会が支払わなければならない最小限の機会 費用である。 違反があったときの処分の重さも重要であ る。従来はバス会社間の公平性や処分点数の 客観性に配慮しすぎていて、あまり効果のな い軽い処分もあった。そこで、悪質な場合に は一発でただちに事業停止 ( 廃業 ) となる仕 組みも採用した。また、処分の発令に半年以 上の時間がかかっていたことも改めた。あら ためて交通機関に安全規制を課すということ を考えてみると、従来は、行政側に違反を直 接取り締まることに対して過剰な慎重さがあ った。そして、そのことが機会費用の大きさ からすれば非現実的な事前規制への幻想を 人々に抱かせていた、ということに思い当た るのである。 注 1 ) 国土交通省バス事業のあり方検討会 ( 新 ) 、「高速・貸 切バスの安全・安心回復プラン」フォローアップ会議等。 2 ) 同論文の解説については、寺田 ( 1997 ) 参照。 3 ) エバンズは、もう一点、国内交通と国際交通の差も指 摘している。 4 ) 1 台を 1 つの契約で借り切るバスのこと。対する乗合 バスは、乗客ごとに個別に契約を行うバスのこと。 5 ) 高速ツアーバスとそのルーツについては、寺田 ( 2002 ) 参照。 6 ) 当該政策とその問題点、とくに発着場所確保と運行委 託の制限については、寺田 ( 2014 ) 参照。 7 ) 両規制の経済学的な対比については、横倉 ( 1997 ) が 参考になる。 8 ) 日通総合研究所 ( 2012 ) 、寺田 ( 2013 ) 参照。 9 ) 自動車運送事業者に対する監査のあり方に関する検討 ( 2012 ) の提案による。以下の処分厳格化も同じ。 参考文献 自動車運送事業者に対する監査のあり方に関する検討会 ( 2013 ) 「自動車運送事業者に対する監査のあり方に関す る検討会・報告書』国土交通省自動車局 寺田一薫 ( 1997 ) 「交通におけるリスクと安全措置」 lfMobiIityJ NO. 109 , pp. 64 ー 67. 寺田一薫 ( 2002 ) 『バス産業の規制緩和』日本評論社 寺田一薫 ( 2013 ) 「高速ツアーバス規制と貸切バスの長時間 運転防止」 TIATSS ReviewJ 38 ( 1 ) , pp. 41 ー 48. 寺田一薫 ( 2014 ) 「新局面を迎える高速バスの課題」「高速 道路と自動車」 57 ( 1 2 ) 、近刊 日通総合研究所 ( 2012 ) 「 EU 諸国における自動車運転者の 法規制及び実態に関する調査研究・報告書」厚生労働省 委託調査 横倉尚 ( 1997 ) 「安全規制」植草益編著「社会的規制の経済 学』 NTT 出版、第 7 章 Evans , Andrew W. ( 1997 ) " 日 i sk Assessment by Transport Organizations," Transport Reviews, 1 7 ( 2 ) , pp. 145 ー 163. 46 THE KEIZAI SEMINAR DECEMB ER 2014/JANLIARY 2015
Feature とにする 2 特集交通経済学への招待 英国では、安全性への投資に対しても、公 共投資のケースと同じ費用便益分析が行われ ている。マンチェスター空港での航空機の火 災事故後、 1993 年には航空機客室へのスプリ ンクラー設置義務化に関する費用便益分析が なされた。その結果、スプリンクラーの設置 で救われる人命は世界で年間 14 人と予測され、 当該政策は費用が便益を上回るとして棄却さ れている。 英国の国内交通と関係する国際交通につい て死亡事故率をみると、事故率が低い交通機 関から順番に、公共交通、マイカー、船とな る ( 正確には、旅行時間当たり死亡者数の少 ない交通手段から、バス、鉄道、航空、自家 用車、徒歩、自転車、自動二輪の順 ) 。 なぜ、交通機関によって、安全対策の水準 ( 安全対策の限界費用 ) に違いが生じたまま になっているのであろうか。そのことを跡づ ける理由として、人々の世論を反映している であろう現実の政策がいくつかの特徴を持っ ていることを Evans ( 1997 ) は指摘している。 第 1 に、利用者自身が事故をコントロール できるかどうかである。たとえば、自家用車 のドライバーが危険を承知で単独事故を起こ すのは仕方がない。そのため、自家用車の安 全性は低くてよい、つまり公共交通の方が安 全でなくてはならないと考えられているので はないか。 第 2 に、一度に多くの死傷者が出る事故は、 死傷者数に対する比例以上に重く扱われる。 このため、事故 1 回当たり死傷者の多い公共 交通、とくに大量輸送には高い安全性が求め られがちになる。 第 3 に、物損 ( 環境面も含む ) と比較して 人損を大きく評価する傾向がある。このため、 船舶などの物流交通機関の事故と比べて旅客 42 THE KEIZAI SEMINAR DECEMBER 2014/JANUARY 2015 交通機関の事故が大きく捉えられる 3 ) 。 当然のこととして、単純な費用便益分析で は、自家用交通と比べてバスなどの公共交通 を特別扱いすべきということにならない。だ が、上記を総合すれば、社会は公共交通の方 に高い安全性を要求し、そのことには根拠が あるとみるべきである。 安全対策の限界費用に差が生じていて、追 加の一定額をマイカーの安全対策に投じた方 が助けられる人命の数が大きいのに、そのお 金を公共交通に投じているという現実は、 概に誤りとは言えず、バスは、マイカーより も事故率が低いばかりでなく、実は最も安全 な交通機関である。それにもかかわらず、社 会はバスにさらなる安全を求めていて、その ことはわが国にも当てはまると考えられる。 3 高速ツアーバスという運行形態 冒頭で言及した、 2012 年 4 月に関越道で事 故を起こし問題となったバス会社は、貸切バ ス 4 ) 市場で 2000 年に行われた規制緩和以後の 新規参入者であり、車両台数からみた規模も 19 台と大きくなかった。このことから、新規 参入バス事業者、中小バス事業者悪者論が起 きる。 事故を起こしたバスは、その時点の事業区 分で、正規の乗合バスではない運行形態の高 速ツアーバスであった。高速ツアーバスとは、 旅行会社が貸切バスの座席をばら売りするこ とで、乗合バスの許可とその運行のための事 業計画認可なしに運行されている事実上の定 期輸送サービスである 5 ) 。 2006 年にも、貸切バスの座席のばら売りと いう点で共通する夜行運転のスキーバスが、 大阪府で添乗員 1 名を死亡させる事故を起こ した。死亡事故を連続して引き起こしたとい
C ONTENTS 交通経済学への招待 9 対談交通経済学は消えるのか 分野を越えて広がる可能性 金本良嗣 中条潮 空港コンセッションとは何か 情報通信技術で蘇るロードプライシングの理論 シンガポールとアメリカの事例から タクシー事業の規制緩和と経済学 交通機関の安全を規制することの難しさ 高速バスの事故防止 海運市場の価格形成 不定期船の事例からみる海運経済学 特集 Ushio Chujo Yoshitsugu Kanemoto 加藤一誠 25 根本敏則 30 青木亮 35 寺田一薫 41 手塚広一郎 47 TOPICS 『エコノミストの戦後史』を読む オーラルヒストリーでたどる経済動向と経済政策 尾高煌之助 54 [ 特集対談雑記 ] 「交通経済学は初学者が経済学へと入門するのに最適」、 「研究者としては交通経済にこだわらず、さまざまな分野へと 研究対象を広げてほしい」とのお話が印象的でした。 経セミの携帯サイト http://katy.jp/keisemi 2014-2015 、 Mo 浦 T H E K E I Z A I S E M I N A R 経済セミナー
表 2 事業者の規模 車両規模別事業者数 2001 年 3 月 資本金規模別事業者数 2001 年 3 月 区分 法人計 ~ 10 両 ~ 30 両 ~ 50 両 ~ 100 両 101 両 ~ 個人タクシー 2011 年 3 月 区分 法人計 個人企業 ~ 500 万円 ~ 1000 万円 ~ 3000 万円 ~ 5000 万円 ~ 1 億円 1 億円 ~ 個人タクシー 2011 年 3 月 7 , 018 2 , 889 2 , 284 808 698 339 46 , 267 100 % 41.20 % 32.50 % 1 1 .50 % 9.90 % 4.80 % 14 , 317 9 , 445 2 , 648 41 , 900 388 765 1 , 073 100 % 66.00 % 18.50 % 2.70 % 5.30 % 7.50 % 7 , 018 421 2 , 385 2 , 363 1 , 349 309 134 57 46 , 267 100 % 6.00 % 34.00 % 33.70 % 19.20 % 4.40 % 1 .90 % 0.80 % 14 , 319 2 , 653 5 , 897 3 , 344 41 , 900 134 224 406 1 , 661 100 % 18.50 % 41.20 % 23.40 % 1 1 .60 % 2.80 % 1 .60 % 0.90 % 出所 ) 「数字で見る自動車』より作成。 図 1 価格 P* 0 需要曲線と供給曲線 供給曲線 供給曲線 / Q* 均衡点 E 需要曲線 需要曲線′ 数量 348 万円まで低下した。労働環境の悪化は、 優秀な新規乗務員の確保を困難にし、乗務員 の平均年齢上昇や接客態度不良など、一部で サービスの質の低下を引き起こしている。 3 タクシー事業における需要と供給 財やサービスの価格は、どのように決定さ れるのであろうか ? ある需要量のもとで消 費者が支払ってよいと考える金額を結んだ曲 線を需要曲線と呼ぶ。これは財やサービスに 対する消費者の支払意思額を表している。 方、ある価格のもとで企業の生産量を示す曲 線が供給曲線であり、これは追加的な生産 1 単位に要する費用である限界費用を示す。経 済学では、完全競争市場の仮定のもと、需要 曲線と供給曲線が交わる市場均衡点 E で価 格召 * と生産量 Q * が決定される ( 図 1 参照 ) 。 市場均衡点 E では、消費者余剰 ( △〃 E * ) と生産者余剰 ( △召 * E のの和である社会的 余剰 ( △勧 E ) が最大になり、資源配分の最 適化が達成される。市場メカニズムが有効に 機能する完全競争市場の条件を以下に示そう。 ①多数の需要者と多数の供給者が市場に存 在 ②市場で取引される財は同質 ③情報の完全性 ④市場への参入、市場からの退出は自由 タクシー事業は市場メカニズムが機能しや すい分野と考えられてきた。そのため需給調 整規制が廃止されれば、創意工夫に富んだ新 規サービスにより需要が創出されると共に ( 需要曲線 ' への右シフト ) 、価格競争力のあ る事業者が供給量を拡大することで ( 供給曲 線 ' への右シフト ) 、市場の活性化と利用者 利便が向上すると期待された。競争力に劣る 事業者は市場から撤退を余儀なくされ、効率 化が進む。安全性に影響を与えるような要件 ( 社会的規制 ) については規制当局の審査を 継続するものの、需給調整規制を前提とする 免許制から、一定以上の能力を有する事業者 DECEMBER 2014/JANlIARY 2015 THE KEIZAI SEMINAR 37
タクシー事業の規制緩和と 経済学 タクシー事業の規制緩和により、タクシー市場の効率性が高まると期待されたが、 実際のところはどうなのか。 初歩的な経済学とテータを使って、タクシー市場を概観してみよう。 月木売 東京経済大学経営学部教授 1 はじめに 道路運送法の改正により、 2002 年からタク シー事業で規制緩和が実施され、参入規制な どの緩和が行われた。規制緩和により市場メ カニズムが機能して品質の高いサービスを提 供する事業者が需要を獲得する一方、競争力 の劣る事業者は市場からの撤退を余儀なくさ れ、タクシー市場の効率性がより高まると期 待された。本稿では、規制緩和後のタクシー 市場の状況を初歩的な経済学を用いて分析す ることで、なぜ予想ほど市場メカニズムに基 づく効率化がタクシー事業で生じなかったか を検討しよう。 Aoki Makoto 2 規制緩和後のタクシー事業 最初に、規制緩和後のタクシー市場を概観 しよう。タクシー事業では、 2002 年に参入規 制や料金規制の緩和が実施された。規制緩和 により事業への参入は免許から許可へ、タク シー台数については認可から事前届出へ変更 された。また最低保有台数が 60 台から 10 台へ、 営業所および車庫が自社保有からリースでも 可能に、導入車両が新車から中古車でも可能 になるなど、参入障壁の引き下げが行われた。 運賃についても、平均原価方式に基づく同一 地域同一運賃の原則から、下限割れについて は厳格な審査を行うが、上限運賃以下の一定 範囲内であれば自動認可される方式に緩和さ れた。その結果、規制緩和前の 2001 年と規制 緩和後の 2008 年を比較すると、全国で法人タ クシーの事業者数は 7018 社から 1 万 2844 社へ、 法人車両数は 21 万 2766 台から 22 万 6558 台へと、 後述のタクシー特措法が 2009 年に成立するま で増加傾向にあった ( 表 1 参照 ) 。これは個 人タクシーの台数が減少傾向にあるのと対照 的である。 著者紹介 1967 年生まれ。慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取 得満期退学。富山大学経済学部助教授、東京経済大学経営学部助 教授・准教授を経て、 2009 年より現職。論文 : 「交通事業における ニ部料金の導入」「運輸と経済」第 70 巻第 11 号、 pp. 52 ー 60 、 2010 年 なと。 DECEMBER 2014/JANUARY 2015 THE KEIZAI SEMINAR 35