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1. 経済セミナー 2014年12月・2015年1月号

2 ロードプライシンクの理論 ある都市間に人々が通勤に用いている道路 があるとする。地方自治体が道路管理者とし て道路サービスを提供しているわけだが、 のサービスの供給・消費の過程で、地方自治 体に道路建設費・維持費、道路利用者に燃料 費・時間費用、第三者に騒音・大気汚染費用 などが生じる。これらを年間費用に換算し、 年間交通量で割った交通量当たりの平均費用 を計算すると、一番大きな費用項目は時間費 用となる。人々は 1 分当たり 40 円程度の価値 を持っ時間を消費して道路を利用しているの である。道路利用に伴う外部不経済の中で混 雑が最も大きな費用項目となることは、金本 ( 2007 ) によっても示されている。したがって、 以下では時間費用に着目して費用を考える。 図 1 に道路サービス市場の需要曲線と費用 曲線を示している。この道路は交通量ク 1 か ら混雑が生じ、道路利用者の平均通勤時間、 すなわち社会的平均費用が増加する。社会的 平均費用は新たに道路を利用しようとする人 が負担しなければならない費用なので、その 人にとって私的限界費用でもある。したがっ て、支払意思額を示す需要曲線と私的限界費 用の交点 A で交通量は均衡する。しかし、 の人が新たに道路を利用することとなったた め、その他の道路利用者の時間費用も少しず っ増加することとなった。社会的限界費用は 交通量が 1 単位増えることによる道路利用者 の費用増加なので、 2 で交通量が 1 単位増え れば社会的限界費用から支払意思額を引いた AF の純損失が生じたことになる。 混雑に伴って増える時間費用は騒音・大気 汚染費用と同じ外部不経済に分類される。新 たに道路を利用し始めた人は混雑の原因者で あり、被害者でもある。道路利用者グループ 費用・価格 0 図 1 道路混雑料金 社会的限界費用 ( 私的限界費用 ) 社会的平均費用 しかし、上でみ 交通量 需要曲線 内の影響なので、必ずしも「第三者に及ぶ悪 影響」といえない面はある。 得税を減らすことができれば、「二重の配当」 えば自動車の購入を不必要に減らす自動車取 その収入分だけ資源配分をゆがめる税、たと にする良い税として道路混雑料金を導入し、 税することが考えられる。資源配分を効率的 って、料金収入分だけ他の自動車関係税を減 混雑料金収入を得たいためではない。したが るために料金を課すことを提案したのであり、 WaIters ( 1961 ) は最適な交通量を実現す りやすく解説している。 ( 2008 ) がロードプライシングの理論をわか 資源配分上の無駄がなくなる。なお、竹内 とする ) 。交通量が減れば、三角形 EAF だけ シフトさせ、道路利用者が直面する価格をカ 2 がある ( 私的限界費用曲線を EB だけ上方へ 混雑料金として道路利用者に負担させる必要 費用と私的限界費用の差分である EB を道路 通量ク 2 を 3 に減らすためには、社会的限界 が交わる E に対応するのである。過剰な交 最適な交通量は社会的限界費用と需要曲線 ある。 他の外部不経済と同じ性質を有しているので が非効率をもたらしている。そのような点で、 他の利用者への影響を考慮しておらず、それ たように本人は道路利用の意思決定に際し、 DECEMBER 2014/JANLIARY 2015 THE KEIZAI SEMINAR 31

2. 経済セミナー 2014年12月・2015年1月号

表 3 大都市における走行キロ当たり原価 ( 2010 年 ) 車両数 1 ~ 50 台 51 ~ 100 台 101 台以上 運送費 人件費 104.99 119.31 燃料費 13.96 修繕費 4.23 固定資産償却費 3.22 保険料 3.98 施設使用料 2.23 自動車リース料 2.49 施設賦課税 0.49 0.62 事故賠償費 1 .08 0.77 道路使用料 0.43 0.38 その他運送費 4.54 6.86 一般管理費 19.44 1 1 .17 営業費計 159.76 167.74 可変費用計 135.96 123.61 固定費用計 36.15 3178 営業収入 157.09 166.1 営業損益 ー 2.67 注 1 ) * は可変費用を示す。 注 2 ) 単位は円。 出所 ) 「自動車運送事業経営指標 2012 年版」より作成。 5 大都市における流し市場の存在と い。流し市場では品質の良いタクシーが悪い タクシーに駆逐されることで、サービス品質 情報の不完全性 の劣る事業者でも市場で存続できる可能性が あり 7 ) 、市場メカニズムによる最適解は達成 タクシーの営業形態としては、電話等によ されない ( レモンの市場 ) 。情報の不完全性 り利用者から呼び出しを受けて配車する方法 と、市内でタクシーを走行させ、または公共 を解消する方法の一つは、利用者にシグナル のタクシー乗り場で待機して、利用者が通り を送ることである。例えば、新橋や東京駅、 新宿、銀座など都心 13 カ所に優良運転者表彰 かかったタクシーに乗車する流し営業が存在 する。地方の多くでは、呼び出しを受けての を受けた運転手や優良事業者に属する運転手 のみが入構できる優良タクシー乗り場が設け 配車が一般的であるが、大都市では流し営業 の比率が高くなっている。東京の場合、流し られており、利用者は優良なタクシーを選択 営業の比率は 95 % ともいわれる 6 ) 。 することが可能である。ただし同乗り場の利 用は多くなく、そもそも優良タクシー乗り場 運転手の接客態度など、タクシーごとのサ を知らない利用者が多いという課題も存在す ービス品質に差異が存在する場合、利用者が る。また企業や無線組合ごとに接客などの品 偶然通りかかったタクシーに乗車する流し営 質管理を行い、プランドを確立する方策もあ 業では、事前に品質を確認するのは容易でな る。ただし都内の大手事業者でも、車両べー い。また通りかかったタクシーを見送った場 スの市場シェアは 10 % を下回る水準であり、 合、いっ次のタクシーが見つかるか予測でき ないという問題もある。完全競争市場の条件 現状はシグナルとして十分でない。 の一つである情報の完全性が担保されていな 000000000000000000 0.83 0.49 6.11 14.94 156.02 123.93 32.09 154.06 ー 1 .96 DECEMBER 2014/JANLIARY 2015 THE KEIZAI SEMINAR 39

3. 経済セミナー 2014年12月・2015年1月号

ー特集交通経済学への招待 Feature に参入を認める許可制へ参入規制が緩和され た。これが法人事業者数と車両数の増加につ ながった。 前述のようなさまざまな新規サービスが登 場したが、その多くはニッチ市場であり、市 場全体の需要を拡大するまでには、まだ成果 を生み出していない ( 需要曲線の右シフトが 小さい ) 。この状況で供給量の増加がなされ たため、実車率の低下、事業環境の悪化につ ながっている。 2008 年度の収支状況をみると、 比較的経営環境が良いと考えられる大都市の ため、可変費用を回収して固定費用の一部を 事業者でも、調査対象である 79 事業者のうち、 回収できるならば、短期的に企業は事業を継 経常損失を計上している事業者が 52 社 続する。図 2 で示すと、損益分岐点は平均費 ( 65.8 % ) に達しており 4 ) 、厳しい状況を示し 用曲線と ( 個別 ) 供給曲線である限界費用曲 線 0 交点だが、企業カ : 実際に市場から撤 ている。 退するのは平均可変費用曲線と限界費用曲線 4 なぜ事業からの退出が の交点召の操業中止点である。損益分岐点 生じにくいのか ? と操業中止点の間では、企業は損失を発生さ せつつも事業を継続する。 大都市のタクシー事業を例に、費用構造を 新規サービスによる需要創出効果が少なく、 国土交通省のデータから試算しよう ( 表 3 参 また景気低迷により需要が伸び悩んだとして も、市場メカニズムにより供給量 ( タクシー 照 ) 。費目のうち可変費用に相当するのは、 運送費のうち人件費 5 ) と燃料費、修繕費、有 車両数 ) が削減されれば、大きな問題は生じ ないはずである。しかし、後述のタクシー特 料道路料金である道路使用料の各費目である。 措法に基づく減車が行われるまで供給量の削 これら以外の費目は固定費用と見なせる。デ ータからは、事業規模にかかわらず人件費が 減は進まず、むしろ増加傾向にあった。利用 高い比率を占めており、労働集約産業と言わ 者数が低迷するにもかかわらず、なぜ市場か れるタクシー事業の特色を裏付けている。ま らの自主的な撤退が生じないのであろうか。 た、すべての事業規模で営業損失が生じてお 経済学では企業を、利潤最大化を目的に行 動する組織と定義する。ただし企業は、損失 り、厳しい経営環境下にあることもわかる。 ただし営業収入と可変費用を比較すると、す が発生すると直ちに市場から撤退するわけで べての規模で営業収入が可変費用を上回って はない。これを損益分岐点と操業中止点の理 いる。これは、図 2 に示される損益分岐点と 論から説明しよう。 操業中止点の間に事業があることを示す。営 総費用は、生産量にかかわらす一定である 業損失が発生していながら、多くの企業が市 固定費用と、生産量と共に変化する可変費用 からなる ( 総費用 = 固定費用 + 可変費用 ) 。 場から撤退しない状況を理論的に説明してい 固定費用は生産量がゼロであっても発生する る。 38 THE KEIZAI SEMINAR DECEMBER 2014/JANLIARY 2015 図 2 損益分岐点と操業中止点 供給曲線 = 限界費用 平均費用 価格 平均 可変費用 損益分岐 , 操業中止点 B 数量 0

4. 経済セミナー 2014年12月・2015年1月号

交通経済学への招待 特集 Feature 図 1 空港コンセッションのしくみ 空港 国 所有 民間事業者 使用料 代金 運営権 出資者 出資 航空会社・旅客 ントロールするのが管制であり、航空会社は って効率性が改善することを範囲の経済性と その代金として航行援助施設利用料を支払っ いう。具体的には、ェアサイドとランドサイ ドの管理業務を共通化することなどの手法に ている。 よってそれが実現可能だとされる。 2 空港の管理運営システム いまーっの論点は、インフラの「民営」の 程度である。図 2 に示すように、民営化には わが国の空港には、会社管理空港といわれ 多くの手法がある。そのなかでコンセッショ る成田国際空港、関西国際空港および中部国 ンのポイントは、民間事業者がインフラの運 際空港を除いて共通の特徴がある。それは、 営を「すべて」引き受けることにある。「すべ 滑走路や誘導路などの基本施設 ( ェアサイド ) て」というのは、施設の運営だけではなく、 は国や地方自治体が管理するものの、ター インフラへの投資も含まれる。インフラ投資 ナルビルや駐車場 ( ランドサイド ) は第三セ には巨額な固定費が一度に必要である。例え クター、民間事業者および財団法人などが管 ば、現在、 2 本目の滑走路の建設が検討され ている福岡空港の滑走路は 1800 億円程度の費 理することである。こうした特徴は、国に十 分な資金がなかったことや空港ビルでの販売 用がかかるとされる。つまり、民間のリスク が営利事業であることから始まったが、管理 負担が大きいため、民営化らしい民営化かも 者の違いが効率的な空港の利用を妨げている しれない。 他方、固定費の大きさはコンセッションだ とされる。 したがって、コンセッションは会社管理空 からではなく、インフラのもつ共通した特徴 港と同様に、空港全体を一つの事業体が一体 である。つまり、インフラ事業の平均費用は 的に運営することを主眼としている 長期間にわたって逓減する ( 平均費用逓減を 規模の経済という言葉で習いましたね ) 。 問題になるのは、工アサイドとランドサイド を一緒に経営することによってコストが下が うして、規模が大きい事業者のコストは低く なるから、既存事業者が有利になり、新規参 るか、である。他領域を一体化することによ 26 THE KEIZAI SEMINAR DECEMBER 2014 / 於 NLI ハ RY 2015

5. 経済セミナー 2014年12月・2015年1月号

図 1 初等教育に関する MDGs の達成状況 100 80 60 40 20 0 やや / ペ / ペ卒ル 0 8 6 4 2 ロ 1990 年・ 2012 年 ロ 1990 年■ 201 1 年 (b) 小学校最終学年への進学率 (a) 小学校への純就学率 出所 ) UNESCO lnstitute fo 「 Statistics のサイトの UIS. Stat (http: 〃 data. uis. unesco. 0 「 (/) を使用。 図 2 仮想的な収入曲線 を満たすとして求めるこ 益率だは、 / = 1 十 高卒の場合の 年収 とができる。つまり、収益を何 % で割り引けば費 用と等しくなるか、を示すのが収益率である。費 用 / を現在 = 0) 払って、収益わ第 = 1 , 2 , ・・・ , T) 中卒の場合の 年収 を将来期間にわたって得るような投資の場合 を満たすだが収益率 ( 内部 には、 / = 1 ( 1 + 収益率と呼ばれる ) である。教育の場合には、数 年間にわたって教育費用・機会費用を払うため、 乙時点に発生するコストと収益をそれぞれな で表すと、内部収益率は 0 ( 1 + 0 ( 1 + を満たすだとして求めることができる。 高卒の場合の年齢「における収入をハ中卒の 場合の年齢「における収入を立「とすると、機会 費用を含めた年齢「 = 15 , 16 , 17 における投資費 用は = c 十立てであり、「 = 18 以降に収入上昇 分で表される投資収益て一立「を受け取るから、 17 c 十立「 65 ) ー立て て = 15 ( 1 十月て 15 , = 18 ( 1 十月て 15 年収 ・←一一機会費用 0 教育費用 費用 して、投資の収益性を表す指標として収益率が計 算されるのと同様、教育に関しても収益率を計算 することができる。 図 2 は、ある個人が、中学を卒業して働いた場 合に得られる年収と、高校を卒業して働いた場合 に得られる年収を、年齢ごとに表したものである。 図 2 では、各年齢における年収は中卒に比べて高 卒のほうが高くなると想定されている。教育水準 によらす、働いて収入を得るのは定年 ( 65 歳 ) ま でで、高校に行く場合には、毎年 c の教育費用 ( 授 業料、教材費など ) がかかる。教育投資 ( 高校に 行く ) の収益は将来の高い収入であり、費用には 直接的な教育費用 c の他、中学卒業後から働いて いれば得られたであろう収入 ( 機会費用 : 図の斜 線部分 ) も含まれる。 一般に、費用 / で収益わを生むような投資の収 65 年齢 8 すなわち 65 て 15 ( 1 十月て 15 , = 15 ( 1 十月て 15 として求めることができる。左辺は、中卒の場合 の収入を収益率で割り引いた割引現在価値である。 て 18 ( 1 十月。 15 58 THE KEIZAI SEMINAR DE CEMB ER 2014/JANLIAR Y 2015

6. 経済セミナー 2014年12月・2015年1月号

交通経済学への招待 特集 Feature ロードプライシング路側装置 ( 現在の課金額を表示 ) 図 2 3 加 1-5 : 30 ー $ 1 加 ー純 .50 E 旧旧ド 洋斗 1 ド置 = ーを曇ま ・シンガポール市内の路側装置。 [ 著者 2012 年撮影 ] じて料金を変える必要がある。しかし、複雑 なネットワークを形成する道路を空間的・時 間的に区分し、それぞれの混雑度を計測し、 その都度料金を課すのは実務的に難しい。 れまで導入されているロードプライシングで も大まかに課金地域・課金時間を決めている ものが多い。たとえば、ロンドンでは課金地 域を中心部 ( 21km2 ) 、課金時間をウィークデ イの 7 時から 18 時と決め、一律 11 . 5 ポンド ( 約 1900 円 ) の料金を課している。以下では、理 論に忠実にきめ細かく料金を変えているシン ガポールとアメリカ HOT レーンのロードプ ライシングを紹介する。 を得ることができる。 なお、この理論では道路容量 ( 車線数 ) は 固定され、混雑に応じて容量を増加すること は考えていない。混雑時の最適道路容量、そ の容量を達成するための料金を決める理論は ピークロードプライシング (PeakLoadPric- ing ) の理論と呼ばれている。同理論に従えば、 非混雑時には短期限界費用のうち本人が負担 する時間費用を除いた道路維持管理費、混雑 時には長期限界費用として道路建設費を加え た費用を料金として課す必要がある。 さらに、道路容量を扱った長期問題に関し て、「混雑料金収入は最適容量の維持管理更 新費用に等しい」との仮説が提示されたが、 近年、他の道路が限界費用価格形成をしてい ない場合や道路サービスの供給に規模の経済 性がある場合などについて研究が進められ、 同仮説の成立可能性について厳密な検討が必 要なことが明らかになっている (Verhoef and Mohring 2009 ) 。 3 ロードプライシンクの事例 ロードプライシングでは混雑の度合いに応 32 THE KEIZAI SEMINAR DECEMBER 2014/JANLIARY 2 5 3.1 シンガホールのロードプライシング 1975 年に導入されたステッカー方式のロー ドプライシングは、 1998 年に専用狭域通信方 式 ( わが国の ETC と同じ方式 ) の電子ロード プライシング (Electronic Road Pricing) に移 行したが、その後も拡張・改善され、今日に 至っている。 たとえば、課金箇所となるロードプライシ ング路側装置 ( ガントリー ) は、当初の 30 カ 所から 90 カ所に増加した。路側装置には可変

7. 経済セミナー 2014年12月・2015年1月号

Feature 特集 交通経済学への招待 6 タクシー特措法の成立と 供給量の削減 最後に、タクシー供給量を削減するため導 入された現実の政策を検討しよう。 2009 年に 「特定地域における一般乗用旅客自動車運送 事業の適正化及び活性化に関する特別措置 法」 ( タクシー特措法 ) が成立した。同法では、 供給過剰問題が生じている地域を国土交通大 臣が特定地域として指定し、特定地域ごとに 事業者、行政、利用者、労働者、有識者から 構成される協議会が作成する地域計画に基づ き、協議会に参加する事業者が供給カ削減の ため減車や、需要拡大に自主的に取り組む制 度を導入した。さらに 2013 年秋の臨時国会で、 タクシー特措法を含む 3 本の法律の改正案が 成立した。改正法では、運輸政策審議会の諮 問により国土交通大臣が指定する特定地域と、 国土交通大臣が指定する準特定地域が設けら れた。特定地域では、新規参入や増車が禁止 されると共に、協議会に参加していない事業 者に対しても減車を強制できる権限が与えら れた。特措法により、例えば東京特別区・武 三交通圏の法人車両数は、 2008 年の 3 万 3866 台から 2011 年には 2 万 7998 台へ約 2 割削減さ れ、 2001 年の水準程度まで減少した。輸送人 員は増加していないが、供給量が削減された ことで実車率は上昇しており、乗務員の平均 年収も 2010 年の 348 万円から 2013 年は 403 万円 へ微増している。 市場メカニズムが有効に機能せずに市場の 失敗が存在する場合、規制当局による介入は 正当化される。また経済学の目的として、資 源配分の最適化とともに、所得分配の公正も 重要である。タクシー市場における市場メカ ニズムの有効性に対する考え方の違いや、タ クシー業界に中小事業者が多いことを反映し た所得分配の視点からの議論などもあり、タ クシー特措法の評価についてはさまざまな意 見が存在する。タクシー事業の規制緩和は、 理論と現実の制度設計の間に横たわる難しさ を表しているとも言えよう。 注 1 ) 東京 23 区に周辺の三鷹市、武蔵野市を加えた地域であ る。 2 ) 1995 年から 2012 年までの国内総生産 (GDP) の変化と タクシー利用者数を分析すると、 0.86 という高い相関を 小す。 3 ) 実車率は、事業者によると経験的に 53 % 程度の水準が 好ましいとされる。地方でみられる利用者による呼び出 しのみの営業形態では、実車率は 50 % である。 4 ) 「自動車運送事業経営指標」による。 5 ) タクシー乗務員の給与体系としては、営業収入の一定 比率を賃金として受け取る B 型賃金や、 B 型賃金に賞与 や退職金制度を設けた AB 型賃金など、歩合給比率の大 きな制度が広く採用されている。このためわが国では通 常、人件費を固定費用と考えることが多いが、本稿では 可変費用と見なした。 6 ) 東京乗用旅客自動車協会発行「タクシー展望 No. 38 』 ( 2005 年 3 月 ) による。デジタル無線の普及による呼び 出しサービスの向上により、近年はこの比率が若干低下 しているとされる。 7 ) 2001 年 1 0 月より、東京タクシーセンターがタクシー事 業者のサービス等に関するランク評価制度を導入した。 評価基準に基づき事業者を優良、 B 、 C と評価し、過去 3 カ年間連続で C 評価を受けた事業者や評価対象外事業 者は公表している。ただし、このような事業者が存在し、 公表されることは、市場の失敗を表しているとも言える。 参考文献 国土交通省自動車局編 ( 2013 ) 「自動車運送事業経営指標 2012 年版』日本自動車会議所 国土交通省自動車局監修『数字でみる自動車』 ( 各年版 ) 、 日本自動車会議所 東京ハイヤー・タクシー協会 ( 2014 ) 「東京のタクシー 2014 』東京ハイヤー・タクシー協会 40 THE KEIZAI SEMINAR DECEMBER 2 田 4 / 於 NLI. ハ RY 2015

8. 経済セミナー 2014年12月・2015年1月号

Feature とにする 2 特集交通経済学への招待 英国では、安全性への投資に対しても、公 共投資のケースと同じ費用便益分析が行われ ている。マンチェスター空港での航空機の火 災事故後、 1993 年には航空機客室へのスプリ ンクラー設置義務化に関する費用便益分析が なされた。その結果、スプリンクラーの設置 で救われる人命は世界で年間 14 人と予測され、 当該政策は費用が便益を上回るとして棄却さ れている。 英国の国内交通と関係する国際交通につい て死亡事故率をみると、事故率が低い交通機 関から順番に、公共交通、マイカー、船とな る ( 正確には、旅行時間当たり死亡者数の少 ない交通手段から、バス、鉄道、航空、自家 用車、徒歩、自転車、自動二輪の順 ) 。 なぜ、交通機関によって、安全対策の水準 ( 安全対策の限界費用 ) に違いが生じたまま になっているのであろうか。そのことを跡づ ける理由として、人々の世論を反映している であろう現実の政策がいくつかの特徴を持っ ていることを Evans ( 1997 ) は指摘している。 第 1 に、利用者自身が事故をコントロール できるかどうかである。たとえば、自家用車 のドライバーが危険を承知で単独事故を起こ すのは仕方がない。そのため、自家用車の安 全性は低くてよい、つまり公共交通の方が安 全でなくてはならないと考えられているので はないか。 第 2 に、一度に多くの死傷者が出る事故は、 死傷者数に対する比例以上に重く扱われる。 このため、事故 1 回当たり死傷者の多い公共 交通、とくに大量輸送には高い安全性が求め られがちになる。 第 3 に、物損 ( 環境面も含む ) と比較して 人損を大きく評価する傾向がある。このため、 船舶などの物流交通機関の事故と比べて旅客 42 THE KEIZAI SEMINAR DECEMBER 2014/JANUARY 2015 交通機関の事故が大きく捉えられる 3 ) 。 当然のこととして、単純な費用便益分析で は、自家用交通と比べてバスなどの公共交通 を特別扱いすべきということにならない。だ が、上記を総合すれば、社会は公共交通の方 に高い安全性を要求し、そのことには根拠が あるとみるべきである。 安全対策の限界費用に差が生じていて、追 加の一定額をマイカーの安全対策に投じた方 が助けられる人命の数が大きいのに、そのお 金を公共交通に投じているという現実は、 概に誤りとは言えず、バスは、マイカーより も事故率が低いばかりでなく、実は最も安全 な交通機関である。それにもかかわらず、社 会はバスにさらなる安全を求めていて、その ことはわが国にも当てはまると考えられる。 3 高速ツアーバスという運行形態 冒頭で言及した、 2012 年 4 月に関越道で事 故を起こし問題となったバス会社は、貸切バ ス 4 ) 市場で 2000 年に行われた規制緩和以後の 新規参入者であり、車両台数からみた規模も 19 台と大きくなかった。このことから、新規 参入バス事業者、中小バス事業者悪者論が起 きる。 事故を起こしたバスは、その時点の事業区 分で、正規の乗合バスではない運行形態の高 速ツアーバスであった。高速ツアーバスとは、 旅行会社が貸切バスの座席をばら売りするこ とで、乗合バスの許可とその運行のための事 業計画認可なしに運行されている事実上の定 期輸送サービスである 5 ) 。 2006 年にも、貸切バスの座席のばら売りと いう点で共通する夜行運転のスキーバスが、 大阪府で添乗員 1 名を死亡させる事故を起こ した。死亡事故を連続して引き起こしたとい

9. 経済セミナー 2014年12月・2015年1月号

特集交通経済学への招待 Feature ッション受託者は空港の情報を完全に知り得 ない。空港の心臓部は空港ビルではなくエア サイドであり、情報は圧倒的に国に偏在して いるからである。しかも、年月をかけて整備 されてきただけに、国ですら完全な情報をも ちえない可能性がある。したがって、投資が 事業継続にとって不可欠で、それが提供サー ビスの改善につながると知っていても、必要 額を完全に予想することは容易ではない。 例えば、受託者は利潤最大化のためにでき るかぎり離発着数を増やそうとする。ただし、 空港にコンセッションが導入されたのは、 航空機が飛べばそれだけ滑走路は傷んでしま わが国の空港が立地上はほば整備 ( 建設 ) が うから、投資のサイクルも早くなる。しかも、 終わっているからである。したがって、極端 に大きな投資は必要とされないとされる 2 ) 。 安全性の問題から際限なく離発着数は増やせ ず、空港の容量は短期的には固定される。っ それでも、一定の周期で滑走路や誘導路の舗 まり、コンセッションでは、単価 x 容量 = 収 装は不可避であるため、施設費が必要である 入のうち、容量が決まっているのだから、価 ( 図の召 ) 。そのため、 0 にこれを加えた 格をどうするか ( プライシング ) がポイント 0 召を長期限界費用と考えてよい ( ここでは 長期限界費用を一定としており、その場合、 となる。 そして、注目されているのは空港ビルにお 長期平均費用と一致する ) 。 ける収入や駐車場の収入である。これらは航 さて需要サイドであるが、空港には、旅客 が何らかの理由で集中する時間帯 ( ピーク時 空とは直接関係のない活動から得られるため 間帯 ) がある。例えば、国内線では朝夕のラ に、非航空系収入と呼ばれる。コンセッショ ン受託者にとって、非航空系収入の拡大が腕 ッシュ ( これは道路や鉄道と同じです ) 、国際 の見せ所でもある。 線では到着地についてすぐに仕事ができる時 間帯にあわせた出発時間である。この需要を 4 コンセッションのプライシングと 〃 1 とし、比較的余裕のあるオフピーク時間 地域との関係 帯の需要を D2 とする。 こで、運営事業者がどこに価格を設定す るのが、地域 ( 社会 ) にとって最もよいので 図 3 は空港の費用構造を示している。空港 あろうか。その答えは、ピーク時には 0 召と には日常的な費用が必要であり、それを短期 し、オフピーク時には 0 員とすることである。 的な限界費用とみると、需給曲線の一致する オフピーク時にも 0 召としてしまうと、空港 点で価格が決まるのが普通である。しかも、 空港には飛行機の離発着数 ( 空港容量 ) が決 の施設は 3 まであるのに、 1 しか使われ められており、それを上回って航空機を受け ず無駄になってしまう。反対にピーク時には 入れることができないから、そこで垂直 ( Y 少し価格を上げて 0 召とすれば、施設費も負 軸と並行 ) になる ( = 容量制約 ) 1 ) 担できることになる。このような考え方はピ 28 THE KEIZAI SEMINAR DECEMBER 2 田 4 / 於 N リ ARY 2 田 5 図 3 空港の費用構造 短期限界費用 (SMC) Q ( 価格 ) 長期限界費用 (LMC) DI ( 着陸を希望 E する航空機 ) q ( 機数 / 日 ) 0

10. 経済セミナー 2014年12月・2015年1月号

表 1 教育の私的収益率と社会的収益率 私的収益 ( % ) 平均所得 社会的収益 ( % ) (US$) 初等教育中等教育高等教育初等教育中等教育高等教育 低所得国 363 25.8 19.9 中所得国 2 , 996 27.4 18.0 高所得国 22 , 530 25.6 12.2 平均 7 , 669 26.6 17.0 出所 ) Psacha 「 opoulos and Pat 「 inos ( 2004 ) 右辺は、高卒の場合の収入の割引現在価値から教 育費用の割引現在価値を引いたものであり、高校 に行くことのネットの収入の割引現在価値と考え られよう。なお、両辺とも、中学卒業時点で評価 した割引現在価値となっていることに注意しよう。 内部収益率は、中卒で働く場合の割引現在価値と、 高校に行ってから働く場合のネットの割引現在価 値を、等しくするような割引率として求めるこ とができる。 このように計算された教育の内部収益率は、 般的な投資の内部収益率と同様の概念で比較可能 であるため、個人や家計の観点からは、教育の内 部収益率が他の投資の内部収益率よりも高ければ、 教育投資を優先させることが望ましいことになる。 一方で、公立学校にかかる費用の何割かを政府が 負担するなど、教育を受ける個人や家計は負担し ないが、社会として負担する費用もある。また、 教育の普及によって犯罪が減少したり、教育を受 けた者が新たな技術を開発して社会全体が恩恵を 受けたりと、教育を受けた者以外が得る便益もあ るだろう。このように、教育を受けた者を含めた 社会全体が教育から得る収益と費用は、それぞれ 社会的収益、社会的費用と呼ばれ、「社会的収益 = 私的収益 + 社会の他の成員が受ける便益」、「社会 的費用 = 私的費用 + 社会の他の成員が支払う費 用」として定義できる。 概念上はこのように教育の内部収益率を定義で きるが、実際の計測には、図 2 が示すように、あ る個人が異なる教育水準を修了した場合のそれぞ れについて、生涯にわたる年齢ごとの収入の期待 値を求める必要がある。しかし、ある個人の年齢 ごとの収入を生涯にわたって計測することが困難 であるだけでなく、ある教育水準の個人 ( たとえ ば高卒 ) が、別の教育水準 ( 中卒や大卒 ) を選ん だ場合の収入はそもそも観察することはできない。 これは連載第 1 回でも述べた、反事実的状況の結 19.0 12.4 19.3 26.0 21.3 18.8 13.4 18.9 12.9 10.3 13.1 10.8 果が観察できないという問題である。実際上は、 データから教育が各年齢の収入に与える影響を推 計し、各教育水準における年齢ごとの収入を推計 するわけだが、後述するように、教育が収入に与 える影響を、バイアスを排除して正確に推計する ことは簡単ではない。 こうした推計上の問題を完全に克服することは 難しいものの、 Psacharopoulos and Patrinos ( 2004 ) は、教育の内部収益率に関する 80 カ国以上 の既存研究の結果から、私的収益率、社会的収益 率について、表 1 のような傾向を見出している。 農村やインフォーマル部門における収入の把握は 困難なことから、フォーマル部門での雇用者を対 象にした研究が多く、サンプルが都市の労働者に 偏っていることには留意する必要がある。なお、 社会的収益率については、本来であれば社会的便 益と社会的費用の両方を考慮する必要があるが、 社会全体が教育から受ける便益を計測することは 困難なので、政府による教育への公的支出のみを 社会的費用として考慮している。表 1 に示すよう に、低所得国、中所得国、高所得国を通じて、初 等教育の私的収益率は平均 25 % 以上であり、初等 教育の私的収益率は非常に高いことがわかる。ま た、社会的収益率は、上述のとおり社会的便益を 考慮せす社会的費用のみを考慮しているので私的 収益率よりも低くなっているが、その度合いはと くに低所得国の高等教育、および高所得国の初等 教育において顕著である。これは、低所得国にお いては高等教育に多くの政府財政が投入されてい た一方、高所得国では初等教育無償化など、初等 教育に多くの政府支出があてられていたことを反 映している。社会的収益率については、低所得国、 中所得国、高所得国ともに、初等教育が一番高く、 高等教育が一番低くなっている。 DECEMBER 20144ANu ハ RY 2m5 THE KEIZAI SEMINAR 59