表情 - みる会図書館


検索対象: 裸の王様・流亡記
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1. 裸の王様・流亡記

103 ク 結局、この企画は水に流されてしまい、俊介は課長から反感を、同僚からは軽蔑を買うこと となった。仲間はササとネズミの関係をお・ほろげに知ってはいたものの、誰も積極的に発言し なかった。 / 彼らはその日その日のあたえられた仕事をなんとかごまかすことだけで精いつばい なのだ。来る日も来る日も、一日はろくにわかりもしない伝票に判コをおすことだけですぎて じちょううた しまう。そんな生活を酒場で「ポンボコ人生、クソ人生 . などと自嘲の唄でまぎらしているば かりなのであゑはじめ彼らは俊介がべつにム哭下されたわけでもない仕事に熱を入れるのを酔 狂だといって相手にしようとしなかったが、そのうち彼がほんとうに企画書を書きあけて局長 しっと 宛に提出するのを見ると、にわかにだしぬかれはしないかという不安と嫉妬を感じた。俊介は 急に課内でけむたがられ、うとんじられた。その疎外は、しかし、永つづきしなかった。みご とに彼が失敗したからである。安心した仲間はふたたび友情と、あるやましさのまじった同情 - 彼らは酒場で気焔をあげ、しきりに俊介を弁護して課長の官僚 を抱いて彼にちかづいて来た。 , 意識をののしったが、俊介自身は意見を求められても薄笑いするばかりで相手になろうとしな 、力 / 企画が却下されても彼はまったく平静だった。公的な場所でも私的な場所でも、抵抗らしい = そぶりや不満の表情を彼はみじんも見せなかった。それどころか、酒を飲むと彼はしきりに課 長と握手し、いわれるままに歌を歌ったり、踊ったりさえした。 「失地回復をあせってやがるー 「老獪ぶってるんだよ」 ろうかい きえん けいべっ

2. 裸の王様・流亡記

はんのう えたすばやいまなざしで・ほくの顔をうかがいを まくがなんの反応も示さないとわかると、また ふかで もとの無表情にもどった。その白い、美しい横顔に・ほくは深傷を感じた。 子供には子供独特の体臭がある。・ほくはいつでもそれを自分の手足にかぐことができる。・ほ くの皮膚そのものが子供のものではないかという気がするくらい、それは体にしみついている。 にお 日なたでむれる藁のような、乾草のような、甘いが鼻へむんとくる匂いである。子供はその生 温かい異臭を髪や首や手足から発散させてひたおしに迫ってくる。ところが、太郎にはそんな むんむんしたにごりがまったく感じられなかったのである。壁と本棚にある童話本やポスター やおびただしい児童画など、なにをみても彼は顔いろをうごかさなかった。・ほくの部屋には子 供の陽気な叫びや笑いや格闘や空想など、さまざまな感情の原形体がみちているのだが、太郎 はなにひとっとして浸蝕をうけないもののようであ 0 た。ときどき服のを気にしながら、ほ っておけば二時間でも三時間でも彼はいわれるままに様子に坐っていそうな気配であった。両 膝にきちんとそろえておかれた彼のきれいにつまれた爪をみて、ぼくはよく手入れのゆきとど いた室内用の小犬をみるような気がした。 「学科もわりによくできるほうですし、わがままなところもないんですが、なんだかたより 様 王ないんですの。画を描かせても男の子のくせに人形やチ = ーリップばかり。まあ画はできなく 裸ても主要学科さえ人なみなら将来かまわんだろうと、主人は申すんでございますが : 大田夫人は息子の薄弱さを訴えながらも、どことなくしつけのよさを誇りにしているような ところがあった。もし後妻だということを聞いていなければ・ほくはそのまま彼女を太郎の母親 ひざ わら

3. 裸の王様・流亡記

百姓にすぎないのだ。徴発されて以来の迫害は私たちをその薄暗く低くせまい肉のなかへ追い こんでしまった。。 とんな演説も私たちをそこからひきずりだす力をもたなかった。流刑囚たち えっぺい は閲兵式のはじめの二日か三日は、自分たちにそそがれた上層者たちの感情の壮大さにとまど し、はじらい、困惑のまなざしを眼にたたえたのだ。しかし、六日六夜にわたるたえまない音 楽と激情、身ぶり、演説、波のような祈り、これらの連続は、あの、夜に抵抗するかがり火に たいして抱かせられる快感とあいまってすっかり私たちを解除してしまった。私たちは主催者 の技術的攻撃に抵抗するにはあまりに多数で、あまりに分散しすぎていたのだ。六日めのさい ごの晩、私たちのあるものはついに酔って叫びはじめた。将軍や評論家や作家たちの呼びかけ に応じて広場の群集はおずおずとたがいに眼をかわしあい、溶解の予感にはにかんだり、ため らったり、いらいらしたりしていたが、やがて叫声ははるかかなたの最前列部隊から発せられ て暗がりのなかを体から体へ川のようにひろがりだしたのである。私のたっているところから は演壇はあまりに遠くて、人物の表情や動作はほとんど見えないといってよかった。しかし、 壇上の男がゆるゆると両手を高くさしあげたとき、流刑囚たちはいっさいの拘束から解放され あばうきゅう てしまった。暴風のような叫声が阿房宮をおそったのだ。私は背骨をゆるがす衝撃にたえられ 亡なかった。私は肉からはなれて、叫んだ。その瞬間、皇帝も宮殿も煽動者も、また、数知れぬ ちょうまんばら 流 寡婦や老人や塵芥溜めに群がる脹満腹の子供たち、いっさいが消えてしまった。私は自分の腹 部や肩や額から揮発した自我が厖大な夜の群集のうえをい、拡散してゆく快感にたえられな か 0 た。腋と汗にまみれて額に穴をあけられた男たちは手を組んでひしめき、ロぐちに軍歌、 = = ロ ごみた せんどう

4. 裸の王様・流亡記

大田氏は満足げな表情でソーフアにもたれ、足をくんで細巻の葉巻をくゆらせた。中肉中背 の男だが、その血色のよい頬や、よく光る眼に・ほくはしたたか実力を感じさせられたような気 がした。 「賞金をつけたんですね ? 」 皮まそっ。ほをむいて、こともなげにつぶや 留保条件のことをほのめかしたつもりなのだが、彳を 「ああ、それはね、つまり、今日の新聞をごらんになりましたかな。教育予算がまた削られ ましたよ。そういう事情なもんだから、個人賞より団体賞のほうが金が生きるだろうと思いま してな」 しやこうしん ・ほくはあっけにとられて彼の顔をみつめた。この口実のまえで誰が教師の射倖心や名誉欲を そそる罪を告発することができるだろうか。しかも美しいことに彼は自社製品の宣伝は一言半 句も入れていないのだ。いったい結び目を彼はどこにかくしたのだろう。・ほくはテしフルにお かれたコーヒーをゆっくりかきまぜながらつぶやいた。 「つまり子供に画を描く動機だけつくってやるわけですね。子供がどこの会社のクレ。ハスを 使おうが知ったことじゃないと、こないだおっしゃいましたね。そうするとこれはよそのもの を売るために賞金をつけるようなものじゃありませんか ? 」 「そうでもないでしよう」 のなかへおとすと、微笑を浮かべた。 大田氏は葉巻の灰を飲みのこしのコーヒー ほお

5. 裸の王様・流亡記

いかに殿様がふざけた、趣味のわるい、そして下手な画であるかを口ぐちに説明した。大田氏 は細巻の葉巻を指にはさみ、にこにこ笑いながら画を眺めた。そして、彼は彼としてもっとも 正直な意見をのべた。 「たっふりぬりこんでいますな、なかなか愉决じゃないですか」 彼はそれだけいってひきさがった。 皮の眼には同情と和解の寛大な表情 すると、それまでだまっていた山口が体をのりだした。彳 彼まくの顔をみつめ、よく言葉を選んで静かにいった。彼は自信を回復し、 カうかんでいた。 , はを 余裕たつぶりで、ののしられたことなどすっかり忘れて譲歩もし、いさめもしてくれた。 「わかったよ、君。この子供は正直に描いたんだ。下手は下手なりに自分のイメージに誠実 だ。フンドシと王冠とどちらが地についたものか、それは大きな問題だけれど、とにかくこの 子はアンデルセンを理解した」 彼は微笑してすこし声を高めた。 「その理解の直接動機はこのコンクールなんだ。これがなければこの子はたとえアンデルセ ンを理解しても描かなかったかもしれない。また理解もせず描きもしなかったかもしれない。 しかし、げんにこの子はこうやって画を描いた。描くことは理解の確認なんだ。だからやつば ールはけっして無意味じゃない」 りその意味でもコンクールは必要だったんだよ。このコンク どうしてこう機敏なのだろう。彼はあきらかに自分の声と大田氏との距離を計算しているの だ。彼はこのチャンスを待ちかまえていたのだ。他の連中が自分の批評眼を弁護することに腐 へた

6. 裸の王様・流亡記

彼女の口調やものごしはつつしみ深く、上品で、ドレス として信じてしまったかもしれない。 , も渋い色のものを選んでいた。息子に対する善意のおしつけはさておき、彼女が外出好きで派 手な性格だという山口の毒をふくんだ説明を、すくなくともその場で・ほくはみとめる気になれ よ、つこ 0 ただ、彼女が小学校一一年生の子供の母親として注意深くふるまっているにもかかわらず、ど こか年の若さが包みきれずにこ・ほれるのはさけられないことであった。どうかしたはずみに彼 女の動作や表情のかげにはいきいきしたものがひらめいた。彼女が腕をあげたり、体をうごか したりすると、おちついたドレスのしたでひどく捷な線が走るのに・ほくは気がついた。彼女 ぜいにく の顎にも首にも贅肉や皺のきざしはほとんどといってよいほど感じられなかった。 「なにしろ主人はああして忙しいもんでございますから、子供のことなんか、まるでかまっ てくれないんでございます。私ひとりであれこれ手本を買ってやったりもしてみたんですが、 しろうとはやつばりしろうとで、眼を放したらさいご、もう描いてくれませんー 彼女はそれを一枚ずつ繰 彼女はそういって苦笑し、太郎のスケッチ・ブックをとりだした。 , って、どういうふうにして描かせたかという事情をいちいちていねいに説明しはじめた。太郎 ほくは大田夫人からスケッチ・ブックをと はだまって礼儀正しい姿勢でそれを聞いていたが、・ りあげると、それとなく話題をあたりさわりのない世間話にそらせてしまった。すこし児童画 に知識のある母親なら誰でもがやりたがるように彼女は画で子供の症状を説明しようとしたの だ。子供のいるまえでそんなことをやれば、せつかくの善意も負荷をのこすばかりである。子

7. 裸の王様・流亡記

もうすこし年齢の高い子は自分をいじめるタヌキの画をまっ赤にぬりつぶして息をついた。タ ヌキは彼の兄のあだ名であった。 太郎の場合に困らされたのは・ほくが彼の生活の細部をまったくといっていいほど知らないこ ちゅうてつ やしき とだった。鋳鉄製の唐草模様の柵でかこまれた美しい邸のなかで彼がどういうふうに暮らして いるのか、そこでなにが起っているのか、・ほくには見当のつけようがなかった。ビアノ教師や 家庭教師をつけて大田夫人が彼に訓練を強制し、また、作法についてもかなりきびしく彼を支 配しているらしい事実はわかっても、太郎自身がどんな感盾でそれを受けとっているのか、内 のぞ 心のその機制を覗きこむ資料を・ほくはなにひとっとしてあたえられていなかった。彼はほとん ど無ロで感情を顔にださず、ほかの子供のようにイメージを行動に絡することがないのであ る。フィンガー ペイントがしりぞけられたので、・ほくはつぎに彼を仲間といっしょに・ほくの そうめい まわりにすわらせて童話を話して聞かせたが、その結果、聡明な理解の表情は浮かんでも、彼 の内部で発火するものはなにもないようだった。話がおわると子供たちは絵具と紙をもってア ト丿工のあちらこちらにちらばり、太郎はひとりとりのこされた。プランコにのせることもや 様ってみたが、失敗だった。彼はほくがこぎはじめると必死になってロープにしがみつき、笑い 王 も叫びもしなかった。おろしてやると、この優等生の小さな手はぐっしより汗ばんで、蛙の腹 の 裸のようにつめたかった。・ほくは自分の不明と粗暴を恥した。彼は恐怖しか感じなかったのだ。 こうぶち これで彼の清潔な皮膚のしたに荒蕪地があることはありありとわかったが、うつかりすると聞 きもらしてしまいそうな、小さなつぶやきを耳にするまでは、・ほくはただその周辺をうろうろ からくさ さく

8. 裸の王様・流亡記

212 ろうばい 後藤の顔に意外そうな表情がうかび、それはついで狼狽のいろにかわった。それは学生たち でもまったくおなじであった。 , 彼らはいまのいままで沢田と後藤を共犯だと思っていたので、 すっかりうろたえてしまった。沢田から罵倒されようなどとは思いもよらぬことだったのだ。 学生がざわめきだしたのを感じて後藤は沢田の腕に手をかけ、 「まあ、そうむげにおっしやらず、とにかくいっしょにいそがしい目をした仲でもあるんで すから : 沢田は狡猾な表情で後藤を眺めた。 , 彼の眼は薄笑いで豚のように光り、露骨に後藤の顔や体 の弱点をさがし歩いた。 「あんたの思いちがいや」 沢田は酒焼けでしらちやけたくちびるをなめていった。 「堀内に聞いたらわかるがな、おれは将棋をさしただけのこっちゃ。将棋をさして、昼寝し て、ビラはどぶへほった。えらいすまんが、ま、そういうこっちゃ。かんにんしてんか」 彼は早口にそれだけいうと、足音たてて講堂をでていった。 はかますそ 後藤は袴の裾をひるがえしてかけだそうとしたが、すぐに思いとどまってもどってきた。は じめて堀内は彼の眼がくるしんでいるのを見た。暗く、はげしい光りがあった。彼は傷をかく そうとしてあせったが、手おくれであった。学生たちは彼にすわりこまれるよりさきにたちあ 、刀り , ( とにか / 、、とにかど、・・ こうかっ ばと、つ

9. 裸の王様・流亡記

133 ク 原稿の内容は伝染病に直接の関係はないが、刺激にはなる。想像力は野放しにしておくと際限 なくひろがるからね、どんなことをでっちあげられるかわからない。 これが危険なんだ」 俊介は策略のむだを説明しようとして口をひらきかけたが、圧倒的な不利をさとってやめる ことにした。局長の眼と表情は緊張して一歩もしりそく気配はなかったし、課長は杯をおいて 二人をひそかに見守っていた。今度口をひらけば俊介に迫ってくるのはこの男た。イ 夋介は眼を 伏せてイクラの粒をよりわけるふりをした。 ふつきゅう ( やつばり復仇されたな ) 彼はだまっている課長にしたたかな策略を感じさせられた。弱点をつかんだと思ったのは完 全な誤算たった。彼はまんまとおびきよせられ身動きならぬ共犯者に仕立てられようとしてい るのだ。終戦宣言という悪質な茶番を思いついたのは局長かもしれないし、知事かもしれない。 にお しかしそれを彼におしつけるよう進一一 = ロし、画策したのはこのいやな匂いをたてている胃弱の男 「明日の会議には君もでてくれたまえ。くわしいことはそのとききめよう。だいたいはのみ こんでもらえたようだね」 局長はていねいに。ハイプをハンカチにくるんで立ちあがった。だまりこんでいる俊介の表情 をどうとったのか、さいごに局長はもとのいんぎんな口調にもどった。 「ネズミ騒ぎが終ったら一度・ほくの家へも遊びに来てくたさいよ。政治からはなれて、ゆっ

10. 裸の王様・流亡記

130 てからいくらネズミをやつつけたところで、何にもならないのです。もちろん無視はできませ ん。連中は飢えて気ちがいじみていますからね」 ストレート・グレーン 局長は話の途中でポケットから。ハイプをとりだした。みごとな柾目模様のダンヒルである。 しかがわ 俊介の話を聞きながら局長はせっせとそれを鹿皮でみがいた。癖なのかもしれないが、みがき おわると電燈にすかしてつやをためっすがめつ、うっとりした眼差しで見とれていた。いった いこの男はなにしに来たのだろう。俊介はパイプをみがいている局長の眼にはっきり A. 趣味家 の表情を読んで疑問を感じた。局長はパイプをみがきあげると胸のポケットからモロッコ皮の 煙草袋をとりだし、焼香するような手つきで葉をひとつまみずつ火皿へつめこんだ。そして、 ふと俊介が手もちぶさたな表情でだまりこんでいるのを発見すると、あわてて仲居に酒をすす めさせた。 「や、どうも、パイプというやつは子供のおしゃぶりみたいなものでね、つい夢中になっち 局長は顔をちょっと赤らめて弁解した。俊介はにがにがしさを苦笑と酒でまぎらした。局長 は彼が飲み終るのを待って、あらたまったようにたずねた。 「ねえ、君。どうなんだろう。ネズミの勢力はいまが最高頂だといえないかね。一般にはど う受けとられているか、そこが知りたいな」 「そうですね。こないだ小学生を総動員しましたね、あのときは一〇八〇で相当やつつけた ことを新聞にも写真入りで発表しましたから、こちらもポンヤリしてるんじゃないってことは