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検索対象: 裸の王様・流亡記
275件見つかりました。

1. 裸の王様・流亡記

108 ししカけんなことをいってるぜ、雪がとけてみたら木がまる 「その報告書を読んで見給え。、、 : 裸になってたんでびつくりしたなんてトッポイことをヌケヌケ書いている。どうしてそんなこ とがいままでわからなかったんだ」 課長は目的を発見したので語気するどく、かさにかかった口調でそういった。俊介にはその 思わくがすぐのみこめた。この男は早くも責任回避の逃げ道を発見したのだ。予防策をなにひ とっ講じなか 0 たくせに、いまとな 0 て事の原因がまるで派出員の置だけにかか 0 ているか のようなもののいい方をする。派出員がどれほど熱心に山のなかを歩きまわったところで、雪 のためにネズミの音信は完全に断たれていたのだ。かろうじて雪の上にでた木の幹だけがネズ ミの活動を知らせる唯一のアンテナだったのだ。それに、なによりも問題なのは派出員が幹の こ、フしよ、つ 咬傷をどれほどくわしく熱心に調査したところでいまさらどうしようもなかったということで ある。いっそここでいやがる相手に動物学を講義して真相をすっかりさらけだしてしまうか、 それともその場かぎりのいいかげんな同意でお茶をにごすか、あるいはこれを機会に相手の歓 心を買うべくはじしらずに媚びるか。いろいろと手はあると思ったが、事件ははじまったばか りなので、いままでどおり俊介はどっちつかずに黙っていることにした。 彼の表情をどう読んだのか、課長は派出員を攻撃することをやめて、気づかわしげな表情で たずねて来た。 「君、いっか話のあった動物業者には、すぐ連絡がつくようになってるだろうね ? 「イタチですね。だいじようぶですよ、リストはとっくにでき上っています」

2. 裸の王様・流亡記

246 ての軍閥時代そのままだった。私たちは長途の徒歩旅行に疲れきっていたので、畑のかなたに 黄土の壁があらわれると軍歌や労働歌を大声で合唱しながら進んでいったが、町の人間は誰ひ とりとして出迎えにあらわれなかった。どの町も私たちが到着するよりまえに男たちが徴集さ れて出発したあとだ 0 たので、城門をくぐ 0 ても、家や路地からでてくるのはと子供と老 人ばかりであった。憲兵と収税吏は町が最低の生活を維持してゆくのに必要な男たちをのこし ておく習慣だったが、誰を徴集し、誰をのこすかという選択の権限はいっさい彼らに任せられ ているので、女たちは私たちの労働部隊の先導者に男たちの姿が見つかることを恐れ、私たち が街道のかなたにあらわれるのを見るや否や町の裏門から男たちを退避させた。女たちは法令 によって労働部隊の士気を鼓舞することを命じられているので、私たちが町に入ると、手に手 に水壺やのをも 0 てでてきた。ときには休息が夜までのびて宿泊するようなこともあ 0 たが、こんなときは女たちは広場にかがり火をたいて合唱や輪舞を見せてくれた。夜空にこだ まするその喚声や音楽は、しかし、私たちの疲労を回復するのになんの効果ももたなかった。 女たちの体は閉じて、ひからび、むなしい経血の匂いをたて、かがやかしい火のまわりの暗が りにうかんだり、消えたりする顔はゆがんで眼を伏せていた。朝になって私たちが町をでて、 街道をしばらくいってからふりかえると、男たちが畑をよこぎって町にもどってゆく姿が見ら れた。彼らは丘や溝や森から這いだしてきたのだが、そのと・ほと・ほした足どりは哀愁に犯され た泥酔者のように朝のものとも夜のものともけじめがっかなかった。 首都にちかづくにつれて街道はいよいよ災厄にわれはじめた。町、村、市場、畑、壁のな こぶ にお

3. 裸の王様・流亡記

230 ばうぎよぶつ なんの防禦物ももたず、むきだしで、もろくて、誘惑を発散していた。人びとは屋台のかげや 夕食のテープルで声ひくく兵士について話しあうだろう。彼らの陽気さ、多血質、おとなの体 あぜみち と子供つ。ほい衝動。そんなことについて話しあったあげく人びとは彼らもまた遠からず畦道で ばくさっ 撲殺される運命にあることをかそえてみじめに自分を暗がりにむかって解放するのだ。 父は、四日間、裂けめから土埃りといっしょに侵入した死を相手に見こみがないことのわか りきったたたかいを演じ、尿と汁と膿のなかで息たえていった。猫の背のような丘に私たちは 彼を埋めた。幾人かの人びとが集り、私と母は女に一袋をや 0 て泣かせた。女は麦をせび 0 たのだが、私たちは貧しくて、それだけのことしかできなかった。一路平安のうたごえは女の 泣声がやむと、風に散って、あとかたもなかった。 父の死後、数年たって、私が雑貨商として独立するようになってからようやく戦争がおわっ た。ある北方の貴族が帝国を完成したのである。あらゆる情報の発生点からはるかに遠い田舎 町の物資交換所の経営者にすぎない私にはその間の大陸全土の年代記を書く資格がない。諸国 の行商人がもちこむ話題と、町に起る大小の事実を見るよりほかに時代の意味や原則を知る方 法を私はもたないのだ。 東西南北から戦火の切れめをぬってやってくる旅商人たちの話はいつごろからとなく次第に ば′、り、書っ・ はんぎやくしゃ あいつぐ野心家や叛逆者の人名表であることをやめ、主題をひとりの若い貴族とその幕僚たち っちぼこ うみ

4. 裸の王様・流亡記

絵具箱にかえて背にかけた。そんな点、彼はまったく従順であった。夫人は自動車を申しでた カ・ほくはことわった。太郎はデニムのズボンをつけ、ま新しい運動靴をはいた。 「汚れますよー ほくが玄関で注意すると、大田夫人はいんぎんに微笑した。 「先生といっしよなら結構でございます」 口調はていねいでそっがないが、を まくはそのうらになにかひどくなげやりなものを感じさせ られた。いわれのないことであったが、その違和感は川原につくまで消えそうで消えず、妙に しぶとく・ほくにつきまとってきた。 太郎をつれて駅にゆくと : ほくは電車にのり、つぎの駅でおりた。そこから堤防まではすぐ である。・ほくのいそぎ足に追いっこうとして太郎は絵具箱をカタカタ鳴らしつつ小走りに道を 走 0 た。月曜日の昼さがりの川原はみわたすかぎり日光と葦と水にみちていた。対岸の舐に そって一隻の小舟がうごいているほかにはひとりの人影も見られなかった。小舟は進んだり、 とまったりしながらゆっくり川をさかの・ほっていた。広い空と水のなかでひとりの男がシガラ ミをあげたり、おろしたり、いそがしく舟のなかでたち働く姿が小さくみえた。・ほくは太郎を つれて堤防の草むらをおりていった。 「あれは魚をとってるんたよ」 「こんな大きな川でもウナギやフナの通る道はちゃんときまっているんだ。だからああして せき

5. 裸の王様・流亡記

「私の市場は東日本、つまり東京以東ですな、ここは販売網がしつかりしてるから、子供が 買いに行きさえしたら売れる。この分だけは儲かりますな」 彼は言葉をきると、事務的な口調をすこしやわらけて・ほくの顔をみた。 「しかし、西日本ではおっしやるとおりです。私がいくらやったって敵さんの利益になるば かりだ。ソロバン勘定だけなら今度のこれは間がぬけていますよ。私ももうすこし若かったら こんなことはやらんです。商売人の慈善事業なんて誰も信用してくれませんからね。今度だっ て社員からずいぶんイヤ味だっていわれてるんです」 けんきょ ・彼の静かな言葉には円熟と謙虚のひびきがあった。それは・ほくに奇妙ないらたたしさと違和 そうめい 感をあたえた。彼はソーフアにゆったりともたれ、寛容で聡明であいまいだった。・ほくはコー ヒーをひとくち飲むと、探りを入れてみた。 「賞金で釣ってもろくな画はできませんよ。子供は敏感だからおとなの好みをすぐさとりま す。悪達者な画が集まるばかりですよ」 「わかっております」 様大田氏はうなずいて葉巻をコーヒー碗に投げこんだ。彼は・ほくのとげをいっこう意に介する 王 様子もなくつぶやいた。 の 裸「賞金で釣ったってなんにもならんだろうということはわかっております。しかし、日本全 体としてみれば、せめて賞金でもつけなきや画を描いてもらえないというのが現状じゃないで すか。幼稚園は小学校の、小学校は中学校の、また高校、大学はそれそれ官庁会社の予備校で も、つ

6. 裸の王様・流亡記

141 ク ランド・ドック 「たかが知れてる。あいつらは下水管に陸封されたようなもんだからね。一匹すっシラミ つぶしにやつつけていけばいいのさ しばらく考えてから俊介は顔をあげ、薄明の霧のひかった湖をはるばる見わたした。 「名前をちょっと思いだせないんですが、スコットランドになんとかいう湖がありましたね。 あの、前世紀の怪物がでるとかで名所になった」 「ロッホ・ネスのことかい ロッホ・ローモンドというのもあるよ」 かっこう 農学者はすっかり酔いがさめて小きざみにふるえている俊介の恰好を見て皮肉な眼つきをし 「怪物はどうだかあやしいもんだが、とにかくウイスキーの名所ではあるらしい。これはた しかだね , 俊介は苦笑して手をふった。 「いや、そうじゃない。・ほくはこの湖にその名前をつけたらいいと思ったんです」 「どうして ? 」 「百一一十年たっと、またササがみのってネズミがでてくるわけでしよう。つまり連中は死ん せんぶくき = だのじゃなくて、ただ潜伏期に入っただけなんだと考えてもいいわけですね。だからここには 怪物が寝ていると立札をたててもいいと、・ほくは思った」 農学者はだまって肩をすくめると踵をかえし、湖岸の土堤に待たせてあった自動車の方へ草 むらを去っていった。俊介はそのあとを追った。沖の方ではしきりに小さな悲鳴が聞えた。 きびす

7. 裸の王様・流亡記

真顔で、まるで落し物でも聞くような口ぶりである。 「山だろう ? 」 大郎は不興けに頭をふった。・ほくはそれとなく新しい紙をとりだしながら、 「お化けは足が速いからなア。。ほくの知ってる奴なんざ、お酒を飲むと、いちもくさんにつ っ走ってね」 「どこいったの ? 」 太郎は眼を光らせた。 「デンマークへいったよ」 「ちがうよ、町へでてきたんだよ 彼は・ほくの手から紙をとり、筆をポスター・カラーの絵具皿につつこむと、もどかしげによ たよたとなにか描きあげた。まだぬれたままになっている非定形をみせて彼はいうのであった。 「お化けが子供になったんだよ」 「ほう 様「子供になってね、バスにのったんだ」 王 「なるほど」 の 裸 「そいで、死んじゃった」 彼はそういって画の一部をぬりつぶした。 この日は二枚だけ描いて彼は帰っていった。フィンガー ・ペイントの分は完全ななぐり描き、

8. 裸の王様・流亡記

しはじめるにちがいない。彼らは訓練主義教育で育てられた自分の肉眼の趣味にあわせて子供 に年齢を無視した整形やぬりわけを強制するだろう。その結果子供の内側では微妙な窒息が起 るのだ。個性のつよい子ならぼくと両親の両方に気に入られるよう、二様の画を描いてきりぬ けるかもしれないが、薄弱な子は板ばさみになって混乱するばかりである。・ほくがだまってさ えいれば、いままでどおり、両親はすくなくとも画についてだけは子供に干渉することはない だろう。彼らの大部分は中産家庭の流行として子供を画塾にかよわせているにすぎないのだ。 キャルにそそのかされて・ほくは事をはじめたのだったが、そのうちにこの話は思いがけぬ方 向に発展しだした。ヘルガ嬢の第一一便から一週間ほどして : ほくはとつ。せん大田氏の秘書から、 社長が。せひ会いたいと申しておりますから、という電話を受けたのである。その日の夕方、ア トリエで待っていると、迎えの自動車がやってぎた。運転手にいわれるままのると、ホテルの まえでおろされた。大田氏が別室で待っているはずだから帳場で聞いてくれという。帳場では すぐ連絡がついて、ポーイが案内してくれた。大田氏は食卓を用意させて、ひとりで・ほくを待 っていた。食事はマルチニからはじまってコニャックにおわる豪華なコースであった。 ごやっかい 「息子がたいへん御厄介になっているそうで、一度そのお礼を申しあげようと思いまして ねー あいさつあいそ 大田氏の挨拶は愛想がよかったが、会食の真意はそれではなかった。食事中の会話は児童画 うわさばなし 界の噂話や画塾の経営状況、おたがいの酒の趣味などが話題にの・ほって、ほとんど世間話の域 をでないものであったが、大田氏は、、フランデーのグラスをもって食卓からはなれてから用件を

9. 裸の王様・流亡記

もう をつよめた。 「これは外交事業としては意味があるけれどね、それだけだよ。あとは大田のおやじさんが 儲けるだけだよ。それに、君たちの選んだ画は描かされた画ばかりで、ちっとも子供の現実が でていないじゃないか 山口はしばらく・ほくの顔をみつめていたが、やがて蹴るようにして席をたち、だまって壇を はりふだ おりていった。みていると彼は「親指姫と貼札をしたテーブルにいって作品を選んでいたが、 すぐに二枚の画をもってもどってきた。 「子供の現実がでていないというのはいいすぎだよ。これは一例にすぎないがね」 彼は一一枚の画をテーブルにならべた。みると、一枚は親指姫が野ねずみの婆さんにいじめら れ、一枚は彼女が女王になって花にかこまれている図であった。山口はそれをひとつずっさし て説明した。 エンドは女の子だ。これだけでも子供の 「ねずみのほうは男の子が描いたんだ。ハッビー・ じよじよう 現実がでているじゃないか。男の子は闘争の世界、女の子は抒情の世界と、はっきり反映して いるじゃないかー ・ほくは彼をのこして席をたっと壇をおりていった。そして、「裸の王様」と書いたテー。フル にまっすぐ歩みよると、いちばんうえにあった一枚をすばやくとり、山口にみえないよう床に かがんで、それまで、新聞に巻いてもっていた画をほどいた。その一一枚をもって壇にもどった とき、ちょうど審査が完了したらしく、大田氏を先頭に審査員一同がどやどやともどってきた。

10. 裸の王様・流亡記

173 なまけもの われた。そこにはさまざまなスローガンや人名を書いたビラにまじって、ほとんど床から天井 まで、壁いつばいになるまでギッシリ、五十銭紙幣や十銭貨が貼りつめてあったのだ。壁は手 垢とに埋もれていた。それを眺めて・ほんやりしている堀内の腹を沢田は肘でついた。 「この金、なんのおまじないや知ってるか ? 堀内が答えに窮していると、沢田は顔をちかづけ、耳もとで、 「トーセン、ゴトーセン、御当選やちゅうわけや。かしよるやないか ! 」 鼻にをよせて沢田は笑 0 た。 しばらく待 0 ていると、二階からひとりの男がおりてきた。彼は夏にもかかわらず羽絣、 をつけ、土間におりると、ゴム裏の駄をはいた。顔色がわるく、頬やくちびるにはほとんど まゆ 血色がなかった。薄い眉、こけた頬、赤ちやけた髪。ひげのない、黄いろい皮膚をしている。 しろたび 埃りひとつない白足袋や、筋の正しい袴などを見ると潔癖らしいことはわかるが、全体として はなんとなくみすぼらしく、砂埃りをかぶったような印象を消すことができなかった。 男は足音ひとったてずに二人のほうへやってきた。そのやわらかい身ごなしに堀内は猫を感 じさせられた。沢田は堀内をうながしてその男のまえへつれていった。 「この男もひとったのみます。学もあるし、筆も弁もたっ奴です。ちょっと、いま、困っと りますんで : : : 」 男はルをしがみながら沢田の言葉にうなずき、小さな眼をうごかして堀内をちら 0 と眺めた。 沢田がくどくどと説明をならべるのを男はだまって聞き、話がおわると、かきとった爪を舌の