140 「思いきって、実はキュート・フォンターナでしたあ、なんて : 「言ったでしよ、いまさら無理だって」 「、つん、そう言ってた」 うそ 「全部嘘でしたってことになったら、公爵家が大恥かくわ」 「かもね」 「『かも』、じゃなくて、そうなるの。どうせ、キュート・フォンターナなんて名前、だれ も知らないんだから」 「『どうせ』って考えるよりも、『もしかしたら』って考えるほうがいい と田 5 、つけど」 「 : : : 『もしかしたら』って ? 「もしかしたら、みんながキュートを受け入れてくれるかもしれないし、もしかしたら大 受けするかも。もしかしたら、キュートの気持ちをわかってくれる人がいるかもだし、も しかしたら、みんながもっとキュートを好きになってくれるかもしれないじゃないか」 「そんな簡単には : : : 」 「少なくとも、オレがそうだし」 理刀は、思いきって言った。キュッと心臓が縮むような緊張感と恥ずかしさに、顔が熱 くなる。 ・いさかより : ・ 「きゅ、なによ : ほお ロごもったキュートの頬が何色なのか、弱い光の下では判別しにくい
だが、キュートは顔を動かそうとはしない。ただただ立ちすくんでいるだけ。 りと 理刀はずっと、そんなキュートから目をそらさなかった。彼女は、こちらの視線に気づ きながらも、決して顔をむけよ、つとはしない だから、待った。 キュートの表情から、疲れと、あきらめと、怯えが消える瞬間を。 くろひめ かばん 黒媛が、鞄から取り出したマジックを手にして、寄せ書きにレタリングされた『スキュ ース・フォンターナさんへ』という文字の上に横線を二本引いた キュートの顔が、再び下をむく。 そのため、彼女には見えていない。黒媛が、消したレタリングの下に書き足した、『キ ュート・フォンターナさんへ』という文字が 黒媛が、キュートの薄い胸へ突きつけるようにして、寄せ書きを差し出した。 、っち 「考えてみれば、いまの亜威家があるのも、キミの父上の助けがあったればこそ、みたい 42 もか だし : : : それなのに、契約を反故にしてしまって : : : 百香の魂は絶対に渡すつもりはない んだが、、 てきれば : : : これからもずっと友人でいてほしいー 「え ? 」 キュートが、弾かれたように顔を上げた。 間を置かず、 「これ : : : 腕輪の、代わり」 おび
児ンタ 1 ナさんの写真は絶対に撮らない、ということです。もし写真を撮ると、彼女の強す のろ へた ぎる魔カまで写り込んでしまい、撮った人が不幸になるそうです。下手をすると呪われる かもしれない、とのことです。ですから、写真を撮るという行為だけはあ、絶対にしない と約東して下さい。ビデオなども、同じですからね」 再び、低い驚きの声に包まれた生徒たちを眺めながら、理刀は思った。 どくぜっまる おそらく、毒舌丸が予防線を張ったのだろう。写真を撮られれば、キュートの幻術が破 られるから。 おおげさ 不幸とか呪いとか、多少大袈裟な気がしないでもないが、このくらい脅しておかないと、 きっと写真を撮られる。 紹介されている間、キュートはすっと教壇の前に立ったまま薄い笑みを浮かべていた。 スキュース・フォンターナさん、と名前を呼ばれたときも、その笑みは崩れなかった。 ひとみあお でも理刀には、そのときだけ、瞳の碧がわずかばかり濃くなったように見えた。 教師や生徒たちはみんな、キュ 1 トを一魔界の至宝スキュース・フォンターナとして 見ているようだ。波打っ銀髪や突き出した強烈な胸を見て、気圧され気味になっているの かよくわかる かわい でも、中身はちっちゃくて可愛らしい、キュート・フォンターナである 学校にいる間ずっと、キュートは常にそのギャップを幻術で埋め続けていなければなら ないのだ。精神的にも体力的にも疲れるだろうな、と理刀は思った。
もはや、一魔界の至宝一スキュース・フォンターナを演じる理由はない。 を見れば、素の自分に戻って魔界へ帰るつもりだったことがわかる ももか 理刀は、百香の肩越しにキュートへ声をかけた。 「なにも言えないなら、立っているだけでいいからさ。でも、下ばっかり見てたんじゃ前 が見えないだろ ? まずは顔を上げなきや」 かす キュートのツインテールが、微かに揺れた。 「ほら」 少しだけ、あごが上がる。 「も、つ少しー ようやく、顔が正面をむいた。それでも、だれとも目を合わせようとしない。 ひとみ 明るかった空色の瞳は濁り、白目部分が赤く充血している。昨晩は、泣いて過ごしたの かもしれない みじん だがいまは、その瞳に涙は微塵もなかった。代わりに、疲れとあきらめと怯えが色濃く 浮かび上がっている くろひめ そんな彼女に、黒媛がわずかに体を近づけた。 「キュート・フォンターナ。きのう、キミに渡した寄せ書き、返してくれないか ? キュートの体が、小さく震えた。 「わたしの、腕輪も : ・ ツインテール おび
その他、様々な『声』が書かれている。 だがそれは、スキュース・フォンタ 1 ナへ贈られた『声』である。キュートへ、ではな いのだ。結局、自分はなにもしていない。ただ、みんなといっしょに授業を受けただけ。 みんなの問いに、当たり障りのないこたえを返しただけ。それだけ : すべての「声』はキュート・フォンターナを素通りし、一魔界の至宝一へむけられてい る。 キュートではなく、スキュースだから、これだけの『声』が集まったのだ。 たど 読んでいて、その『声』に辿り着いた。 「あなたがいた時間は、決して忘れません素敵な友へ』 素敵な友へ、という文字の隣に、亜威黒媛の名前が書かれている ーー友へ うそ 黒媛が友だと思っている相手は、一魔界の至宝一でもなんでもなく、幻術しか取り柄の 催ない、ちょっとした困難からも逃げ出すような出来損ないなのだ。 まんのわずか。それなのに、彼女たちは好 たった三日。しかも、いっしょにいた時間は : テ 意を寄せてくれている。だがそれは、自分が『スキュース・フォンターナ』だから。 も・もか キュートは、百香にもらった人形を胸に抱き締めた。この人形も : 章 、っち 五 魔界へ帰りたい。 も、つ、ここにいるのは嫌だ。
238 結局、最後まで彼女の笑顔を見ることはできなかった。それでも、これでいいと思う。 友達と友達をつなぐ一つひとつの思い出は、なにも笑顔ばかりとは限らないのだから。 魔界大使館へむかう車内で、キュートは泣き続けた。 泣いて泣いて泣いて・ : 体の内側に溜まったものを吐き出していく もっと、自分を見せていればよかった。 もっと、自分の内側に入ってもらえばよかった。 どうして、幻術なんかで壁をつくってしまったのだろう。 コンプレックスぬぐ 劣等感を拭えなかったことの後悔が、ギリギリと心を締めつけてくる。 くろひめ 黒媛に返してもらった寄せ書きには、『キュート・フォンターナさんへ』の文字が確か に並んでいる キュート・フォンターナ。 自分の名前。 フォンタ 1 ナ公爵家の末娘。 チビで能ナシで逃げ癖のある出来損ない 得意なことは幻術 : 最近手に入れたものは、友達。
174 分厚い嘘をまとった自分だから、仲間外れにされるのは当然かもしれない 自ら輪に入ろうとしないのだから。 さら 幻術を解いて、いっそのことすべてを晒してしまおうか : とい、つ思いが、胸の内側 をチクチクと刺している。 あすの朝には、魔界へ帰らなければならない。その前に素の自分をぶつければ、みんな 受け入れてくれるだろうか最後に、キュ 1 ト・フォンターナという女の子がいたことを、 、いに残してくれるだろうか キュート・フォンターナで : 自分は : 、本当は : だが、すぐに思い直す も、つすぐ、彼らに憎まれることをやらなければならない。いまここで幻術を解いたとこ ろで、なんの意味もないのだ。 おも 暗い想いに下唇を噛んだそのとき、三つのスポットライトがキュートに注がれた 周りにいたスターライトたちが、スッと光の輪から身を退いた まぶしさに目を細めながら、キュートは歩み寄ってくるふたりの人物へ顔をむけた。 くろひめともえ 黒媛と巴だった。 黒媛が、手に持っていた大判の色紙を手渡してくる。 「これ、ペンタグラムの生徒全員からです , うそ
とも、え 巴が、右手の小指にはめていた指輪を取り、彼女の手に押しつけた。 黒媛が、すぐに言葉を添える 「巴が指輪をプレゼントするのは、心からの友人だと思っている相手だけだ」 ひとみ キュートの瞳が、ふるふると震え始めた。乾いていた空色に、潤いが戻ってくる。 はい、できたあー 「あ 5 ん、ちょっと待ってえ。もう少しでえ 理刀の横に座り込み、膝の上で針と糸を懸命に動かしていた百香が、裁縫道具を足下に 置いて立ち上がった。 「完成で 5 すー 人形を高々と頭上に抱き上げた。 人形の左胸に縫いつけられていた「スキュ 1 ス・フォンターナ』の名札が、「キュート ・フォンターナ』につけ替えられているのに加え、銀髪が頭の左右でそれぞれ東ねられ、 女 かわい 少可愛らしいツインテールになっている。 「はい、キュートさん。あらためて、プレゼントです ! もらって下さい」 コ人形を受け取ったと同時に、キュートの目から涙がこばれ落ちた。 あふ ラ次々と溢れ出してくる涙が、彼女の表情から疲れやあきらめや怯え、その他様々な暗い 感情を洗い流していく。 章 「きゅ、きゅう、ふえっきゅ、あふ、ふえええ、あ、ありが、と、ふええええええええ」 朝の空気に染みゆくキュートの泣き声に、理刀は心の安らぎを覚えた。 ひざ
新た逆三角形のロは、笑顔を表現するためなのだろう。手作りのようである だれを模した人形なのか、ひと目でわかった。左胸に縫いつけられた名札に、『スキュ 1 ス・フォンターナ』という手書きの文字があったから。 「あ、ありがとう」 くろひめ キュートは、寄せ書きと、腕輪と、そしてスキュ 1 ス人形の重みを胸に、黒媛たちに背 をむけた。 そのまま、バルコニーのほうへ足を進める 黒媛の目を見続けることができなかった。 ともえ 巴の視線を受け続けることもできない ももか 百香の明るさを浴び続けることは、もはや苦痛でしかなかった。 くらやみ 全身を針で刺されるような痛みから逃げるように、暗闇をつくるために引かれていた遮 すきま 光カーテンの隙間から、キュートはバルコニーへ出た。 カーテン越しに、大きな拍手が聞こえてくる。 うれ 感極まったスキュース・フォンターナが、嬉し涙を見られたくないため、バルコニーへ 姿を隠したとでも思ったのだろうか 感激は、している でも
がとう」と笑顔をつくる。きのうの気まずさは、もうほとんど消えているようだ。 しつぼ みやあおお、とシイちゃんが尻尾で理刀の後頭部をピシバシと叩く。 しそりゅう そんな始祖竜を無視して、レゾン学院の制服に身を包んだキュートを、まじまじと眺め かわい た。自分の目で見た彼女は、やつばり可愛い 思わず胸元に目がいってしまうのは、十代の男としては当然の反応であって : : : 。偽物 とわかってはいても、である 「なによ、文句ある ? 」 いらだ 理刀の視線に対し、キュートが照れと苛立ちを滲ませ、目を細めた。 わら 文句はない。しかし彼女は、底上げした自分の胸を見て、理刀が内心で嘲笑っていると でも思ったらしい 聞いてもいないのに、キュ 1 トが言葉を続ける。 験「だって : ・ スキュースお姉様の代わりに留学してきたんだし : : : 」 ム「本当はキュ 1 ト・フォンターナなんです、って言えば ? グ 「無理よ。いまさら : : : 」 タ ン 「そういうもんかな ? でも、なんでお姉さんの、スキュース・フォンターナの名前で留 。へ 章学してきたの ? 「 : : : それは : : : その : : : 」 キュ 1 トが、言葉を詰まらせる