ますます老人めいた科白だなと苦笑いを浮かべつつ、戦闘服の上着を肩にひっかける。身だ け・いたい しなみというよりは、そこに各種の弾薬ほか、携帯ナイフをはじめとする戦争屋に不可欠な仕 事道具が常備されているためだ。 「迷惑だったかしらね ? こ ッカサ 「おおむね俺はかまわないんだが、ちなみに俺のべッドを横取りした件と、師にこっちの情報 を流してやっている件と、ここの現場の仕事を手数料二割で売りこんだ件と、どれに関して言 っているんだ ? 「そりやもう、お仕事お忙しいところに金目の素敵なお話をご紹介させていただいた件ですわ よ。ゃな男ねええ」 知ってたけど凄く、と翠はなげやりに吐きだして毛布をかぶりなおしている。独占したべッ ドで寝なおすことにしたらしい ささい 「少なくとも、あいつにはとるにたらない些細な仕事だろう。食いぶちが増えただけでよしと するさ」 もろ 楽観主義的な意見を告げておいて、紙のように脆い造りの扉をひらき如月は小屋の外に歩み 出る。 キャンプ 冷えた夜明け前の空気が山あいのこちんまりとした逗留地全体をつつんでいる。見晴らしの 悪、 し・ほんやりかすんだ青い色が、古びたプラスティックパイプを鉄線でぐるぐる巻きにして せりふ マージン
皿ときより彼らは三人きりの『組』となった。 それからだんだんと人員が加わったり減ったりをくりかえし、現時点では計八名の所帯であ 「お客じやア 「おおうつ。仕事かあッ 「仕事かはわからん。〈鞍馬〉のじいさんに、つなぎを取りたい、言うてる」 「おう。『天狗』に何の用だかな。タッ、おまえ、かわりにこれを洗え。洗って皮剥きして、 今夜の晩飯じゃー カネ 「兄イ。次の仕事は、ちゃんと金で払ってもらってやア 巽郎はなさけない声を出す。 「芋はもうええわ、もうトウモロコシもあかん、同じもん食いすぎやー 「阿呆、ムラの大事な食料、わざわざ差しだしてくれとんのやそ。ありがたくいただけ。いや ならそのへんの草でも齧っとれー どばた びしりと重い迫力で叱りつけておいて、岩間伝次は井戸端から腰をあげた。 鞍馬の老人といえば、この地域の戦闘組織ならだいたい皆が世話になっている『手配屋』 だ。そして新規の客が手配屋につなぎをとりたいとなれば、仕事の依頼が大半だ。手配屋への こうし髪っちゅうかい 交渉の仲介をしてやれば、プロの道義として、実際の仕事は自分たちにまわってくる。損には る。 かじ
ちゅうかい それらへ向けて依頼の仲介をするだけでなく、おおがかりな仕事があれば複数の組織に取りぶ んを割りふり、必要な武器弾薬の受注も請けおう。『手配屋』とはそういうものである。 手配屋がいなければ仕事ができないというものでもないが、依頼の信用度が違うのだと師は 言う。贋の仕事依頼にのこのこひきずりだされて〈ジ = リア〉の標的にされる可能性も、なき けいゅ にしもあらず、だからだ。名の売れたゲリラ組織ほどそれを警戒し、なるべく手配屋を経由し た仕事をとりたがる。結果として、実績のある組織が、信用のある手配屋の下に集うことにな る。 関東一円で実力トップクラスと評される師ファミリーがーー師の場合、他人に評されるだけ でなく第一人者を自称してしまうからカドがたつのだがーー信用して仕事を預ける相手がこの 老人である以上、名前が不明だろうが性格が偏屈だろうが大した問題ではない。 「おまえンとこの隊長だよ、先月で歳をとったろ」 「げつ」 まずい忘れてた、と老人の手元の画面を覗きこもうとして松島は額をはたかれた。 ひとさま 「他人様のデータを許可なく見る奴があるかい」 「すいません、許可ください」 「やらん」 折りたたみ式ハンディコンビュータのディスプレイを斜めに傾けたまま、老人は頑固に首を にせ
ロもききたくないほど深刻に、疲れはてていたのた。 Ⅷたのではない。 「そしたらな : : : どっかで余ってる通行証を、闇で、買うことになるな」 老人も客の返事を待っことなく、部屋の隅でラックにおさまっている古い型のパソコンの電 源をたちあげ、たどたどしい手つきでキーポードを打つ。 めんどり 、つっそ、つ かげ 窓のむこうからは雌鶏の鳴き声と羽音が、にぎやかに伝わってくる。もともと鬱蒼と日が翳 ほうかし るほどに木々が繁り、深緑と紅葉のゆたかであった鞍馬山では、多くの自然が〈崩壊〉当時に 地滑りや火災でうしなわれたが、西南側の斜面に杉や楓の樹林がかろうじて残った。その深い 森にまもられた斜面の頂上近くに、アジトの小屋はある。 けものみちとしか呼べぬような足場の悪い山道に案内されたイズミは、唖然として「これを イワマデンジきつもん 僕が登るのか ? ーと岩間伝次に詰問したものだが、ほかにいっさい道がないと言われては仕方 、力 / し カガサワシズカ 同行したのは案内人の伝次と、そして香ケ沢静である。 ク . ル、、、・カワ、、 1 トリ・ 来見川翠はといえば〈貴船〉にたどりつくなり、別件で仕事があると言い置いてさっさと姿 きをつかく を消した。まんまと登山をまぬがれるのだからたいした嗅覚だ。 「急ぐんなら一一枚、まわせそうだ。買うかね」 ディスプレイ ハソコンの画面に浮かびでてくるデータをのぞきこみ、老人が言った。 「支払いはどうなる ?
クを受けとり、持参した保護ケースのなかにおさめた。 西側のーーもともと自分たちの勢力範囲ではないのだが、それでも師が気にかけずにおけな 〈京都〉方面の、最新にして細密な情報が、そのそっけないフロツ。ヒー一枚に詰めこまれて いる。これ一枚入手するためにどれだけストレスのたまる仕事を隊長はかたづけたものかと、 しようちゅ、つ 松島は掌中のケースの軽さに、やや嘆かわしい気分になる。 ッカサェイスケ 師英介にストレスを与えるには、不眠も不休も苦労も困難も、必要ない。やり甲斐のない、 簡単で、平凡な、知性や洞察力を発揮する余地もない、安泰すぎる仕事を三つもこなさせれば 充分である。そのうえ、スマートかっ合理的であるべき戦闘行為を、この不安な状況へのうつ ぶんばらしと勘違いしているような野蛮な組織と共同戦線でも張らされたものなら不機嫌のあ まり熱を出す。もっとも彼には優秀な主治医がいるのでそれも長引きはしないが。 ぐち 会計収支をあわせる目的さえなかったら、初めから師も、さんざん愚痴をこ・ほさなければな らない種類の仕事を請け負ったりしないだろう。 かぎよう いつまでやってんだい、今の稼業をな」 「二十七か。師ア、 「さあ・ : : ・」 あらためて尋ねられると松島はロごもりぎみになる。考えたことがない。 「どうも、あのひとの場合、天職っぽいすからねー 「そうかね」 ファミリー あんたい
再び伝次がぐわははと笑った。 「いやいや案じるな。なんとかなる」 : しいか飽くまで僕個人的にはだ、かまわないが : : : 」 さすがに心根が萎えるのを通りこして、イズミは声を半ばで失った。 岩間伝次を含め八人の組員が、その程度の装備で、これまでどうやって生き延びてきたの か。荷台に乗っている他の者たちが今の会話に平然としていること自体、理解不可能である。 「やりくりが悪いんじゃないのか。二十クラウンごときで仕事をうけるからだ」 「とんでもない、二十クラウンちや大金よ。しかもきちんと現金で払われりや上等じゃ。あり : こいことよ。気に病むな」 め伝次の返答はイズミの意図するところから、徹底的に。ヒントがずれている。その横から巽郎 紅が首をつきだして、 「しゃあないです。ウチみたいのが仕事うけたらないと、このへんの集落はみんな小ちゃくて 貧乏やし、やってかれません」 戦 だから、なぜそこに初めから格差があり、この地域の小集落群ばかりが苦しい生活を強いら ズれるのかが問題なのだ いっかい イ そんなことを一介の戦争屋である彼らに告げたところで、たとえそれが正しく事実であると しても、岩間組の組員たちにはどうしようもないだろう。 ゲンナマ ムラ
血の気のうすい唇に指の関節をあてながら、事務的にイズミが尋ねる。 「戦争でいいのか。だったら、すぐがいい。早ければ早いほど僕は助かる」 「ちょうど、そういう仕事がある」 てんぐ もっそりと『天狗』は頷いた。 かめおか 「〈亀岡〉のほうにある集落から、急ぎの依頼が入ってきたところだ。人間狩りの、 ちかば 一団が近場をうろついてるんで、ここ何日も住民が避難壕に隠れて身動きがとれない。そこに ムラがあるってのを気づかれずに、そいつらを追い払ってもらえないか。謝礼は、二十クラウ ンに、通行証一一枚」 「安いな」 め正直に、イズミが失笑した。この地域の相場はずいぶん低いようだ。翠や如月の請け負って 紅くる仕事とは、桁から違う。 「まあいいか。じゃあ僕が通行証をとる、二十クラウンは道案内の奴らのギャラだ。明日まで 4 にはケリがついてる、それでいいな ? こ 戦 「承知した」 老人が商談を成立させるとともに、道案内役をまわされた岩間伝次が満足の表情で顎を上下 イ にゆらした。このやりとりで自動的に二十クラウンが岩間組へころがりこんだことになる。 「あの、だけど、イズミちゃん : : : 大丈夫なのかしら : : : ? 顔色はよくないし、ちょっと 一 = ロ ムラ あ′」
「安売りはしたくないわねえ」 ざ 愚痴がこ・ほれた。女の武器は立派な芸のひとつだ。自信があるだけに、そんじよそこらの雑 魚に使うのはもったいない。 ビジネス から 仕事と思いきり絡んでいるとはいえ、それでもこの来見川翠さんの寛大なサービスにあずか れる恩恵は、よほど特筆に価することなのだというあたりを問題の鈍感男もさっさと知るべき ゞ」っ - 」 0 ( あたしもキライじゃないけど ) 救われない性格の悪さはさておき。 やりかたは、悪くない。 め左腕が特にいい。 女の騙し方をまちがえない、精度がいい 僻心中する気分などはさらさらないが、上物のランクがつく男をキープしておきたいと考える のも自然な流れである。 戦 深入りしているという自覚は翠にはない。最悪にまずい局面になれば逃げだすだけだと ズ思っている。 イ 超能力者イズミの謎に関与しつづけている時点ですでに、かなり充分にまずいのだが。 「いい夜ね」 こ ぐち だま じトつもの かんだい
まぎ れいほうふじ ーー霊峰〈富士〉の裾野に息づく天然の森林に紛れるようにして、その集落はある。 規模は中型だが、湧き水に恵まれた自然条件、優良な生活環境、バランスのとれた住民構 成、そして高い防衛力を見るならば、ムラとしては上級レベルと評価することができるはず おしの ムラの名を、〈忍野〉という。 編 ュウカ 皿「悠香先生 ! 」 烙森から切りだした木材で建てられた頑丈な小屋の、あけはなした扉にたどりつき、人影のな シカノョウコ い診察室にむけて鹿野葉子が声を投げかけた。日ざしの弱い午後のことである。 「女の子たちでおせんべい焼いたんで、配 0 てるんです。お味見してくださいね : : : あ」 勝手知ったる気安さで居間のほうに踏みこんだ葉子が、びつくりして立ち止まった。 ズ イ いるはずのない人物がいる。 たしか、予定では、師ファミリー 総勢十五名、そろって長期遠征の仕事にでかけている時期 0 - 」 0 すその ッカサ ムラ
120 出陣だ、と岩間伝次がテントの前で組員たちに号令をかけた。日没間近ーー天狗の棲む山を 降りてきて、すぐのことである。 ヒトガタ 「〈亀岡〉のムラに人形が出とる。メシを済ましたら夜ん間に移動して、日の出になったら戦 争じゃー 「現場に僕を運ぶだけでいい」 はりきって指示をくだしている伝次のかたわらで、眉をひそめてイズミが制止した。 「僕ひとりで充分だ。戦闘の準備なんて、させるだけ無駄だ、やめとけ」 「そうはいかん とたんに、言ったイズミのほうがたじろぐほどの大声で伝次は吠えると、 「ならんならん、男が一度かかわった仕事、中途で放って知らんぶりなどはせぬリ気に病む もつば な。いや、おまえさんが腕の立っ戦争屋だとかいう専らの噂は聞いておる。だが、この岩間伝 しゆらば としは こんな細っこい若者ひとり、修羅場に置いてゆくことはせん。それが男 次、年端もいかない、 茫然と静がひとり、その後ろ姿をみおくって、ひっそり小声で呟いた。 「でも : : : イズミちゃんが、知らない人のことで、こんな親切なことを言ったのは、初めてな んじゃないかしら : ・