〈カスミ〉は」 けぶ 赤い光線に煙る、混みあったフロアを縦断し。 ひとけ 人気のない地下駐車場への経路の半ばで、ふと風間が唇をひらく。 低く、ユキが応じた。 「調整は終わっていますー 「出せ」 えいり 鋭利に尖った語調で、風間が命じた。ひそかに一瞬、ユキはその横顔を観察した。 とな みじん 編ユキも迷わずに答える。その決定に、微塵たりとも、異を唱える理由はない。 紅酒場の入り口であずけられたキー・プレートと同じ番号が発光するガレージに、特殊装甲の オフ・ローダ 僻高速砂上車が待っていた。運転席に素早くすべりこみ、ユキはキー・プレートをオートマティ そうにゆうぐち ック・ガレージ壁面の挿入口にセットする。 ガレージ 戦 鍵を認識すると同時に車庫自体が一階層ぶん浮揚し、出口へむかってゆるやかな上昇カープ を描く地中の通路まで彼らを運びあける。 イ 『ーー風間アッ』 まだ車が地下にいるうちに、助手席で風間のとりあげたヘッドフォンの片側から、舌たらず 一一口 ふよ、つ
つ、巡りが悪いというんだリ 怒鳴りたてゑ = ロ葉の途中、イズミは五十メートル前方で地中からアンドロイドの群れが湧き シャッター 出る、地下通路の蓋がひらくのを見逃さずに右腕を振りおろす。があん、と目測びったりで 排出口に火柱がたちの・ほった。 てばさき 「見ろ、もう始まっちゃったじゃないか、どうするんだ僕の手間暇を " ーー手羽先一一発目ど かあんリ責任をとれ " 】責任をリ」 「そこまでが俺の責任だとはちょっと考えにくいんだが : : : 。先にセンサーを通過したのはお まえだろう」 「ああそうかリそうかもしれないなリ僕が間違えたのかもしれないなリ何を間違えたか って、最大のミスは人選ミスというやつだったなリ〈カ場〉を固めといてやるからおまえな 編 んかこのへんで勝手にやってろ、僕も勝手にやる」 烙「わかったが無茶は」 するな、と如月がいいおわるより早くイズミの防塵ケープがはじけとんだ。すさまじい瞬発 記 戦力でイズミは斜面の下方へ跳ねおり、まとわる対象をなくしたケープが力なく空気を孕んで如 月の傍らにすとんと落ちた。 ズ イ 特異な力のひとっーー敵の攻撃を遮蔽する、目にみえない〈カ場〉が、イズミが走り去って からも如月の周囲をつつんで健在であることはすぐにわかった。潰された排出口とは別方向か い、や ぼうじん はら
イズミが答える。 うわのそらに投げだす、静かな声だった。 「しかし : : : 風邪をひくかもしれないだろう」 「今の僕は調子がいい。調子が上がっていれば『気』のレベルも上だ、そんなときに病気だの 怪我だのはしない。風邪なんて気力のぬけて・ほんやりしてる奴がひくんだ」 「そうか」 「僕はいつだってつねに最強だ。レベルダウンは絶対にない。それが完璧ということだ。違う カ ? ・ そうだなと応じかけて、一瞬かすめた疑問を如月はそのまま口に出してしまった。 「なぜ、俺に訊く ? 」 編 蓮 そうぼう 烙がっと鋭い感情を双眸に燃やしてイズミがふりかえった。仰がれた目の強さに、如月は自分 の配慮のなさを知る。 記 戦 いや : : : 足りなかったのは配慮ではないのかもしれない。 何かを、信じる、はたらきのようなものが。 ズ 「すまん」 「謝れることなのか。その程度か。だったら初めから言うな」
170 「そうか」 ぼつりと、イスミが低く呟いた。 うけいれられぬまでも、直接に非難する色はそこからは消えていた。 「やつばりおまえとは合わないな」 「うむ。まあ、そんなことも世の中にゃあ一杯ある。気にするな」 励ますようにがははと笑って伝次が答えた。また例によって。ヒントは違うのだが。 ロ許に、諦めまじりのかすかな表情を浮かべて、イズミが無言で地面から腰をあげようとし た、そのとき。 「伝次イっリ」 あか どっ、と赫く染まった西側の夜空を仰いで、熊田が口を大きくあけた。 「なんじゃあツリ」 ライフルを掴みあげ、獣のように伝次が吠える。 ぐれん しれつ 紅蓮の熱が、闇の天空を背景に、一瞬のきっかけより轟と熾烈に、沸きおこっていた。燃え さかる火炎の影である。 「どこだあっリ火元あっ卩」 ・」う
爆圧でひしやげ潰れた黒いボディをさらして、機械仕掛けの疑似生命体が、まちがいなく十 よねっ 五体ぶん、まだ破壊の余熱をたちのぼらせていた。 肌寒い夜風になでられ、懐中電灯のあかりに照らしだされるその光景は、無残をとおりこし てシュールである。 「すンげえわ : : : 」 タッロウ 紅巽郎が何度もくりかえす。 僻「いやあ、こりやもう、たしかにこれ見たら、どこの土地のモンもみんな『凄い』としか言わ れへんな」 幻「凄すぎや」 イワマデンジ ズ 岩間伝次が率直な感想を口にした。 イ 「あんまりケタはずれやと、おそろしゅうなるわー 「べつに恐ろしいと思わんけどな。そりやちょっと気性の強い人やけど、卵とか貰うたし優し 一 = ロ アンドロイド もろ
関してだ」 。花の名前にはあまり、詳しくないんだが」 「べつに僕だっておまえの口から奇々怪々な絶減種の名前が出てくるなんて期待してない」 「なら、スイセンかな」 そこでまじめに答えてしまうから如月もいけないのだ。 ナルキッサス 「水仙 ! 厭味な奴だな」 「そうなのか ? 「確かに僕はまちがいなく否定しがたく絶世の美少年ではあるが事実がそうだから仕方なく認 ごんげ めているんだ、決して自己愛の権化じゃない。まあいいか、美の極みという点で合格だ、採用 してやる」 編 皿「何の話なんだ ? 」 烙「スペシャル・ビューティー・アタックだ」 当然といわんばかりにイズミが言いはなっ。 記 しまったと如月が気づいたときには、すでに手遅れである。 「必殺リ」 ズ イ 勢いをのせて握った右の拳を、半旋回する曲線をえがきイズミは地表ぎりぎりまで振りおろ す。 ひっさあーっ こぶし
襯は、休んだほうが」 イズミのうしろでおろおろと気遣わしげにしていた静が、そこでさすがに反対意見を口にし 「無理しすぎちゃ、いけないわ。士郎ちゃんもきっと心配するし」 「逆だ」 イズミはにべもない。 「無理なんかまだぜんぜん足りてないんだ、もっと徹底的に、僕がぶつ壊れるくらいにやらな いと駄目なんだ」 掘立小屋のまわりはこちんまりとした菜園と、養鶏場になっている。 まだ十歳にもならないだろう幼い子供たちが数人、騒ぐこともなく、おとなしく黙々と鶏の 世話をしていた。 「あれは何なんだ ? 」 こうじってき 双眼にふりかかる長い前髪をはらいのける手間も惜しみ、恒常的な疲労をおもてに出したイ ズミが、それでも幼すぎる子供たちのありさまには疑念を消さずに呟いた。 「あれア、孤児だ。身寄りがないんだ。『天狗』のじいさんは、そういうガキどもを育てて、 きづか シロウ ようけいじしっ
106 きるものか。 「どいつつも、こいつもオ : かっかと頭上に湯気をたちの・ほらせる心地で、伝次がテントをぐるりとまわりこみ、客の姿 をさがしたときである。 華奢な体驅の少年がひとり、伝次の視界の先に立っていた。 あまいろ すすけた防塵ケープの内側で両腕を抱くように組みあわせ、鈍い太陽光線に透ける亜麻色の みす 前髪の下から岩間伝次のことを一直線に、見据えていた。 ( みたこともねえ ) 違う生命体を見た、という感触がまず真っ先に、あった。 眼が強すぎる ちゃんと影があるか、思わず彼の足下の地面を確認してしまったほどだ。影はそこに落ちて いた。生身の、岩間伝次とかわらぬだけの濃度をもって。 「鞍馬山の手配屋に、案内を頼めるか」 ふいに、少年が口をひらく。 てんりゅう オダミシオ 「紹介状はある。〈天竜〉の織田美潮からだ。それで足りなければ、イズミが用があると伝え
152 「凄えっちゅうて、どう凄い」 がたがたと振動に跳ねる荷台で佐治元太が尋ねる。純然と、興味があるのである。 よこはま すずか 「だから〈横浜〉とかア、〈豊橋〉とか〈飛騨〉やとか、こないだやと〈鈴鹿〉とか、これま で〈ジリア〉の基地えろういつばい、ぶつつぶしてきてん。ほんま有名なお人やって、言う てるやんか」 イワマタッロウ 岩間巽郎が口をとがらせて答える。壮年の佐治とは、息子と父親ほどに年齢が違う。巷で流 れる情報に対する感度が、みごとにズレている。 「ほっほオー、そんな凄えこと、どないやったらできる ? 」 「さア あっけらかんと、正直に巽郎が首を横に振った。 「なんじゃあタッ」 デンジ 後ろで聴いていた岩間伝次が、その臆面のなさに呆れた。 「立派そうに言いよって、結局はそれか」 「知ったかぶりよりア、マシじゃ」 巽郎は悪びれない。 そもそも本人が同乗している車上でこういう話題を普通に、組員たちが言いあってしまうの 0 サジガンタ おくめん そうねん ひだ ちまた
そうして、イズミの存在が強大であればあるほど。 隠しようのない、その強い光輝に招きよせられる蛾も増える。 ( 俺も、蛾のうちのひとりでしかないんだが ) うぬ・ほれず正確にそう認識もする。しかし今は、むらがるそれらにイズミの進路が遮られる ことをこそ憂えなければならなかった。 「すると、おまえにとっての太陽が、さしずめ『響子』なのか ? 」 座りこんだ膝をくずして、くつろいだ姿勢をとりながら如月はそんな問いを投けかける。 イズミからの答えはなかった。黙りこむ横顔は、回答を拒んでいるようでもあり、まじめに もさく 自分のなかの真実を模索しているようにも見えた。 「さっきまでおまえの夢をみていたんだ」 触れにくい問題でイズミが結論を導きにくいのならばと、別の方向に如月は話を運んでみ る。片方の眉をかすかにひそめてイズミが、低い位置にいる如月のことを見返った。 「救いのない、ちょうど今みたいに暗い世界のなかで、おまえだけが光だった」 せりふ 如月はひどく臆面のない科白を口にしているのだが、イズミがそれを世迷いごととして聞い たか、当然の話として聞いたかは、さだかでない。 うれ おくめん