か こにまだ枯れ葉や土が付着しているのが、なんとはなしにおそろしい。深く追及せず、ごほん と伝次は咳払いをした。 「無事でよかったといえるんかな、あの小僧は : : : 」 つぶやいて、眉の根をしかめる。 はたしてどのような戦闘があったのか、いまだ伝次たちは聞かされていなかった。そんな暇 がなかったというのもあるが、聞いたところで理解できるものではなかったかもしれない。 「イズミちゃんは、大丈夫よ」 ぼつりと静が答えた。 「とっても、強いもの : め「うむ。まアな」 それは知っている。静のいうとおりだった。 烙 ただ、暗いーー漠然とした不安を伝次がお・ほえるのには、理由がある。 伝次が消火活動のためにムラの前へかけつけたとき、すでにそれは終わっていた。深傷を負 記 って意識喪失に陥った少年のことを、両腕に抱きあげてそこから運び去るのは、伝次の識別が キサラギシロウ 正しければサイボーグの如月士郎であったはずだ。 イ どちらにも時間の猶予はない状況で、言葉もかわさず、ごく短く、その場をすれちがっただ け。こっこ ; ふちゃく ふかで
に、ほのめかす。ならば撃たねばならなかった。殺さぬまでも足を止めねばならなかったの ど。イズミの為ならばー 明白すぎる帰結だ。にもかかわらず ( なぜ撃てなかった ためら ありえない躊躇いが生じた。 みすみす自由な機会を、敵に与えたことになる・ : 「・ : ・ : イズミはどこにいる ? ・ きふね 「〈貴船〉からさっき、兵隊つれて鬼退治に出たわよー すかさず、翠が横から回答を返す。もともと、それを『お供』に伝えるためにここへ来たと もいえる。 「追っかける ? クルマは上にあるけど」 ちえん だが未だに如月の反応速度は倍以上に遅延し、甚大なレベルで狂わされているかに見えた。 けんのん 痺れをきらして翠がぐいと目の前の男の顎を指でみ、剣呑に、脅しをかける声音でつめよっ こ 0 「おら、車なら上だつつってんだよリどーすんの ? 」 「 : : : 恩に着る」 のど かすれた喉で如月が呟いた。次いで、はじかれる足取りで階段の上へと駆けだす。 しび じんだい
126 あってます」 そうか、とイズミは沈んだ顔つきで、短く答えただけだった。 「そこに、響子はいるんだな」 「ええ、もう しゅこう 少年の呟いた名をキョコだと信じて疑わず、無邪気に巽郎が首肯した。 「キョコ様はずーっとお城にいてはるって、みんな言ってます。お城のなかに入れさえすりや あ、絶対に、会えますよ」
トールはこの土地における活動の自由をうしなうことになる。〈ジリア〉の支配下にない 人形たちなど、ただのガラクタだ。 「おう。おっ始める前に一度、センサーの位置を確認しといてくれないか」 ひそめた声で、四十がらみの中年男が如月の背後から呼びかけた。苦々しい表情に刻まれた みけんしわ 眉間の皺が、永久にはりついているかに見える男だ。地元のゲリラ組織に属するひとりだ。名 前は聞いたはずだが如月もすぐには思いだせない。似たような、戦い疲れた風体の男たちが多 すぎるからだ。 今回の作戦には、三つのゲリラ組織が共同で絡んでいるが、どこの所属者をみても傾向はみ な同じだった。これまで何度も組織どうしで声をかけあい、中継基地襲撃の計画をたてはする ものの、遠くから花火を投げつけては逃げ戻ってくるといった及び腰の戦い方を続けてきてし まっている。 にやっかい たてまえ上、基地攻撃を継続しないわけにいかず、荷厄介な仕事をおしつけあえる合同作戦 こうれい が恒例化しているふしがあった。 ( それでは勝てないな ) もくし 基地そのものの規模が決して大きくないことを目視で確認し、如月は改めてそう思う。 逃げ方を一度お・ほえてしまうと、そればかり巧くなって、自力で壊せる障害物であっても手 ・」うび 4 っ を出さなくなる。自覚しないかぎり悪化していく業病だ。 から ふうてい
な女の高い声がはねあがった。 『よーやくアタシの出番だね工つ、さんざん待ったよッ卩』 「捜せ。この近くに必ず、イズミがいる」 無機的な声で、風間がそれに答えた。 のろし 「君のほうから先に、狼煙を上げてやればいい。 殺してもいいね卩』 『じゃあ、風間ッ " ・ 「ああ。そうだ」 速度をあげ、闇色の地表にぬけだす高速砂上車のハンドルを、ユキは大きく東へ切る。威圧 的に高く屹立する、京都都市の外壁へむけて。 曇りがちな夜空に今、月の光はない。開放したサイドウインドウから、冷たく冴えた空気が 助手席へ流れこむ。 「そうだ。 〈カスミ〉」 ヘッドフォンに付属する通信マイクに囁きかけ、風間祥は、優しげに響いてしまうほど静か に、そうして彼女に許可を与えた。 てかげん 「イスミは、。 手加減をする余地はない。君の全力で、倒していい」 『なら、殺すよ卩 はしゃいだ歓声が、返った。 きつりつ やりかたはわかっているはずだ」 いあっ
ささや ろした声でイズミが囁いた。あざけるように。 「あとのふたりが消えて僕が残るのか ? こ みち 「 : : : 残るのは、全員だ。その途はあるはずだ。だから『響子』を捜しているんだろうー 「おまえが言っているのは理想論だ。ばかな子供が空を飛びたがって地べたでばたばたもがい てるのと同じだ。現実には、道が右か左にしかわかれちゃいないことのほうが多いんだ、本物 の現実ってやつにはなリ」 「そのときはおまえがいるほうを択る」 が ~ をん 答えた如月を、愕然としてイズミが見返した。 と砂に靴音を鳴らして如月の身を突き放し、勢いよくイズミが立ちあがる。 言ってはならないことだった。 編 皿響子の望みを・ : : ・彼女が誰の無事を願い、誰を待つのかを、知るなら。 烙「ーー頭を冷やせ」 カガサワシズカ 吐きすててイズミは窪んだ地面の段差を踏みこえ、香ケ沢静のキャン。ヒング・ロー 職るほうへ足早に歩きだす。 「イズミ。明日から、俺はルートを外れてみる。それはかまわないな」 ズ イ 「好きにしろ 「イズミ」 ご一口 ・ハーがあ
168 キサラギ 「おまえが如月と合わないのはいかにもだな」 ひざあご 抱えた膝を顎の近くにひきよせ、イズミがはねつけるように言った。 「一生、特攻やってろ」 「 : : : それで怒ったんか」 「僕は怒っていないそ。みじめなものを見てると僕まで憂鬱になる。エネルギーが落ちる。も のすごく迷惑だ。それだけだ」 「うむ。簡単に死んでいいと、俺も思うわけではない。ちゃんと勝てりゃあそれが一番だ。だ がな、実際、もう八年も兵隊やっとりゃあ俺んとこの仲間で死んだやつもある。死なねえのが 大事なのは本当よ。けどいざとなりゃあ、どうにも右も左もせつばつまったときゃあ、爆弾か かえてつつこむことも、あっちゃあならねえことだが、ほんとに誰かがそうせにゃあならんこ ともあった。そいつも本当だ」 じゅうししっ 地面にライフルの銃床をついて、伝次はとっとっと、そう答えた。 さわ 「気に障ったんなら、すまんかったな。ただ俺らも、勢いでぶちあげとるんではない。覚悟っ ちゅうもんの話をしたんだ」 「 : : : 全然だめだ」 ふたたびイズミがまなざしを上げたとき、たしかに彼が怒りを煮立たせてはいないことが伝 次にも見てとれた。 ゅ、 2 つつ
そこにいるのが鹿野葉子であることをーー・・ただの移住者ではなく例の一一人が〈忍野〉に連れ こんでぎた人物だとーーやっと思いだしたようすで、遅ればせながら師が尋ねた。ぬけめのな い師英介にしては勘が悪すぎたといえる。 「ときどき、ですけど」 葉子も万人に愛想がいいほうではないので、ロ数すくなく答える。 「如月さんたちのおかげで、ここまで送信してもらえてます。あの、隊長との連絡に便乗させ てもらってて : : : ありがとうございますー 「いや、利用してもらえば何より」 ワタナベタクミ 本心から師は言う。なにしろ、渡辺拓己の私信というついででもなければ現状報告の必要性 は′、 ) レっ 〉などすぐに忘れ去ってくれる薄情な親友だ。 皿「隊長・ーー 烙迷ったあげくに葉子が口をひらいた。 「本当は最近、しばらく手紙、とぎれてるんです。・ : : ・あの二人、大丈夫なんですか」 「ああもちろん」 かんはっ 間髪をいれずに師が肯定した。 ズ イ 「私も別ルートで彼らの動向は掴んでるんでね、当人たちに問題がないのはたしかなんだが。 おそらく通信網の精度がよくない地域にいるんで、用心して文書データの送信を控えてるんだ 一 = ロ びんじよっ
細い声で、ひっそりと静が答える。 たくま ひっそりとーー・ではあるのだが、外見的には身長二メートル強、筋骨逞しい巨漢である香ケ 沢静の『ひっそり』には異様な印象を与えずにいないものがある。 クライシス 背丈も肩幅も如月をうわまわる、立派な体驅をもっ香ケ沢静は、〈崩壊〉以来、優秀な せいけ ) エンジニア 技術屋として生計をたてている人物だ。 れつきとした男性である。 口を開きさえしなければ無愛想な大男ですむのだ。顔のほとんどを覆う作業用ゴーグルがな こわもてはくしゃ おさら強面に拍車をかけるのだが、実際にはただひたすらシャイな性格のために人前でゴーグ ルをはずせないだけなのだという。そんな内面のギャップも彼の個性だと如月は認めていた。 さと そのきめこまかい観察力と、人の心に敏いデリケートさは信用に足りるものだ。叱られるま 編 でもなく鈍感な冷血漢を自任する如月としては、正直に、友人の資質を賞賛したいと思う。 烙思うのだが。 「はいはいはい、ちょっとお邪魔するわよー うんぬん リビングスペース上方からいきなり、デリケート云々とは縁遠い声が降ってきた。簡易梯子 にとりつけたスライドバー をんで身軽に、ポッドの内側に滑りおりてくる。 ズ ラガー イ 「お酒ある ? 」 栗色のつややかな髪をばっさり払い、埃まみれの戦闘服の胸をはってな・せか堂々と尋ねる来 ばし′」 クル
164 「兄イ しばらくたって、巽郎の大声が、夜空をこえて戻ってきた。 「ほんまやったわアっリ見てみいリ」 「ぬああああーっ卩」 あぜん 今度こそ、伝次が唖然として両眼を剥いた。 「どういうこっちゃあ : ( にかか 0 た 0 " :) ソニックフォール そのとき、闇を裂いて一閃した衝撃音の轟きに。 ー 0273 〈カスミ〉は、歓喜した。 みつけた。 「ばかじゃん」 舌なめずりして、お・ほろに浮かぶ月下の荒野をーー渡る。 さつりく 絶好の場と夜だった。殺戮のゆるしはすでに、あらゆるものから与えられていた。 いっせん かんき