かって、胸を撫で下ろしている」 きっちりと黒い礼服を着て、腰までの長い髪を背におろした姿である。御霊寺青桃会会長 は、まさに主催の行事を取り仕切るのにふさわしい、上品ないでたちだ。 みけんたてじわ 満足気なその顔から、今朝は眉間の縦皺が消えている。 清潔に整頓された部屋の隅のゴミ箱のわきには、円筒形の箱が置かれていた。 ゆが そちらを、ちら、と見やりつつ、蝶タイの歪みを正すついでのように御霊寺はひとりごち る。 「しかし : : : あの躑躅にしては、今回は手ぬるいたくらみだった。たかだか、わたしの礼服を たわい 持ち去り、ドレスを置いていくだけの、他愛もない悪戯を仕掛けてこようとは。この御霊寺 そな 密、もしものときの備えに、替えの礼服の一着や二着、持たずにいると思ったか ? 」 「会長、なにか ? 」 「さては : ・躑躅によってもたらされる最悪の星巡りもとうとう終わりを迎え、十五年の長き に渡るわたしの不運もついに : : : ついにつ」 「御霊寺会長 ? 」 「む。いや、なんでもない。それでは青桃館へ向かおうか」 礼服姿の執行部メン・ハーとともに御霊寺も九重寮を出て、会場である青桃館へと向かってい
かって、胸を撫で下ろしている」 きっちりと黒い礼服を着て、腰までの長い髪を背におろした姿である。御霊寺青桃会会長 は、まさに主催の行事を取り仕切るのにふさわしい、上品ないでたちだ。 みけんたてじわ 満足気なその顔から、今朝は眉間の縦皺が消えている。 清潔に整頓された部屋の隅のゴミ箱のわきには、円筒形の箱が置かれていた。 ゆが そちらを、ちら、と見やりつつ、蝶タイの歪みを正すついでのように御霊寺はひとりごち る。 「しかし : : : あの躑躅にしては、今回は手ぬるいたくらみだった。たかだか、わたしの礼服を たわい 持ち去り、ドレスを置いていくだけの、他愛もない悪戯を仕掛けてこようとは。この御霊寺 そな 密、もしものときの備えに、替えの礼服の一着や二着、持たずにいると思ったか ? 」 「会長、なにか ? 」 「さては : ・躑躅によってもたらされる最悪の星巡りもとうとう終わりを迎え、十五年の長き に渡るわたしの不運もついに : : : ついにつ」 「御霊寺会長 ? 」 「む。いや、なんでもない。それでは青桃館へ向かおうか」 礼服姿の執行部メン・ハーとともに御霊寺も九重寮を出て、会場である青桃館へと向かってい
うわめづか 」名簿を手に名前を確かめられて、即座に相手を上目遣いに見上げた鹿ヶ谷が心細げな声を絞 りだす。 きりがみね 「ごっ : : ごめんなきい、霧ケ峰先輩つ。あの、僕 : ・ : 編人したばかりの如月くんを案内して きたら、遅れてしまって ! 」 「ああ、そうだったのかい。だったら頭ごなしには叱れないな。すぐに列のうしろに並びたま えー 「すっ、すみませんでした。僕、どんな理由があっても、絶対にもう遅刻なんてしませんつ。 これから気をつけますから、お願い、許してつ」 うる つぶらな瞳をうるうると潤ませた鹿ヶ谷は、青桃会の腕章をつけた相手の胸にいきなり顔を 埋める大胆さだ。 「すんごい荒技 : : : 」 ろ 執行部メン・ハーを見事に寄り切る鹿ヶ谷に、思わず感心して剣は。ハチ。ハチと拍手である。 い・列の最後につくようにと言われて並びながら、キョロキョロと部屋のなかを探してみると、 を , 「あっ、いたいた。お、い、朱雀つ」 ン、 委員に選ばれた一年生のなかでは目立って背の高い朱雀の後ろ姿が、部屋の奥のほうに見え ケ キ ていた。 翫遅えよ、と目つきで文句をよこす朱雀に向かって、剣はあたり憚らずに手を振って、 ひとみ はばか
さらに顔色を悪くした御霊寺が、目を閉じ、印を結んだあげくに、くびを何度も横に振って いる。 そんなことにはおかまいなしの伊集院は、楽しげにあたりをぐるりと見まわして、 「それはそうと、新委員たちの礼服は出来上がったのかい ? 服が間に合わなくては、みすぼ らしいことにな ? てしまうよ ? 彼ら、かわいらしい一年生たちの晴れ姿を、ぜひともキミと 肩を並べて仲良く眺めたいと思っていてね」 「心配はいらない。青桃院出人りの優秀な仕立屋たちが、徹夜で縫い上げてくれるそうだ。タ 方にはそろって届けられると聞いている。今夜、消灯時間を見計らって、執行部メン・ハーが各 部屋のドアのまえに配ってまわる予定だ」 「ふふふ。では、微力ながら僕も手伝いを」 こざいく いたずら ' 「いや、いい ! どんな小細工や悪戯をされるか知れたものでは : : : もとい、キミはすべてを 我々にまかせて、ゆったりと構えていてくれたまえ。来賓たちも、青桃会副会長であるキ、、、 : う : : : 美しい正礼装を、さぞかし楽しみにしていることだろう。伊集院」 せりふ 馬上の伊集院に向かって心にもない台詞を述べた御霊寺は、無理をして作り笑いまで浮かべ ようとしたあげくに失敗する。 愛馬の上で、ふふつ、と意味ありげに徴笑んだ伊集院が、剣たちをふり返ってすばやい投げ キスだ。
, さらに顔色を悪くした御霊寺が、目を閉じ、印を結んだあげくに、くびを何度も横に振って いる。 そんなことにはおかまいなしの伊集院は、楽しげにあたりをぐるりと見まわして、 「それはそうと、新委員たちの礼服は出来上がったのかい ? 服が間に合わなくては、みすぼ らしいことにな ? てしまうよ ? 彼ら、かわいらしい一年生たちの晴れ姿を、ぜひともキミと 肩を並べて仲良く眺めたいと思っていてね」 「心配はいらない。青桃院出人りの優秀な仕立屋たちが、徹夜で縫い上げてくれるそうだ。タ 方にはそろって届けられると聞いている。今夜、消灯時間を見計らって、執行部メン・ハーが各 部屋のドアのまえに配ってまわる予定だ」 「ふふふ。では、徴力ながら僕も手伝いを」 こざいく いたずら ・「いや、いい ! どんな小細工や悪戯をされるか知れたものでは : : : もとい、キミはすべてを 我々にまかせて、ゆったりと構えていてくれたまえ。来賓たちも、青桃会副会長であるキミ の、う : : う : : : 美しい正礼装を、さぞかし楽しみにしていることだろう。伊集院」 せりふ 馬上の伊集院に向かって心にもない台詞を述べた御霊寺は、無理をして作り笑いまで浮かべ ようとしたあげくに失敗する。 愛馬の上で、ふふつ、と意味ありげに微笑んだ伊集院が、剣たちをふり返ってすばやい投げ キスだ。
112 ごりようじ 御霊寺会長の目までは : : : と、ナイフ片手にひとりごちて、昨夜のことをふり返る鹿ヶ谷で ある。 『鹿ヶ谷くん。如月剣を見張ってくれたまえ』 『そ、それは、どういうことですか ? 御霊寺先輩』 『実は : : : 彼は、とある人物にそそのかされて、来たるべき大事な夜会に不謹慎な真似をして くれないとも限らないのだ』 『とある人物が、如月剣にそそのかされてつ ? 』 『いや、逆なのだが : : : まあ、いい。であるから、新学内報委員に指名されたキミを見込ん で、ひとっ如月くんの見張り役を頼みたいのだ。夜会まではあとほんの数日。そのあいだに、 彼が不審な行動をとらないかどうかを見守っていてくれたまえ』 『見張り役、僕が ? 』 『うむ。私や執行部がおもてだって動けば、事がおおげさになるに違いない。なにぶん委員選 抜試験を終えたばかりで、まだ学内が落ち着かない時期なのだ。夜会も控えていることではあ るし、極力騷がしい事態は避けたいと思っている。そこへいくと、同じ一年生で、なおかっ同 じ新委員に選ばれたキミならば、なにかと如月くんにも近づきやすいに違いない。いいかね ・彼にまんがいち怪しいそぶりが見えたときには、すぐさま私に連絡をよこすように』 まね
」名簿を手に名前を確かめられて、即座に相手を上目遣いに見上げた鹿ヶ谷が心細げな声を絞 りだす。 きりがみね 「ごっ : : ごめんなきい、霧ケ峰先輩つ。あの、僕 : : : 編人したばかりの如月くんを案内して きたら、遅れてしまって ! 」 「ああ、そうだったのかい。だったら頭ごなもには叱れないな。すぐに列のうしろに並びたま え」 。「すっ、すみませんでした。僕、どんな理由があっても、絶対にもう遅刻なんてしませんつ。 これから気をつけますから、お願い、許してつ」 つぶらな瞳をうるうると潤ませた鹿ヶ谷は、青桃会の腕章をつけた相手の胸にいきなり顔を 埋める大胆さだ。 「すんごい荒技 : : : 」 執行部メン・ハーを見事に寄り切る鹿ヶ谷に、思わず感心して剣はパチ。ハチと拍手である。 ろ い 列の最後につくようにと言われて並びながら、キョロキョロと部屋のなかを探してみると、 な タ , 「あっ、いたいた。お、い、朱雀つ」 委員に、選ばれた一年生のなかでは目立って背の高い朱雀の後ろ姿が、部屋の奥のほうに見え キ ていた。 遅えよ、と目つきで文句をよこす朱雀に向かって、剣はあたり憚らずに手を振って、 ひとみ うる うわめづか はばか
さらに顔色を悪くした御霊寺が、目を閉じ、印を結んだあげくに、くびを何度も横に振って いる。 そんなことにはおかまいなしの伊集院は、楽しげにあたりをぐるりと見まわして、 「それはそうと、新委員たちの礼服は出来上がったのかい ? 服が間に合わなくては、みすぼ らしいことにな ? てしまうよ ? 彼ら、かわいらしい一年生たちの晴れ姿を、ぜひともキミと 肩を並べて仲良く眺めたいと思っていてね」 「心配はいらない。青桃院出入りの優秀な仕立屋たちが、徹夜で縫い上げてくれるそうだ。タ 方にはそろって届けられると聞いている。今夜、消灯時間を見計らって、執行部メン・ハーが各 部屋のドアのまえに配ってまわる予定だ」 「ふふふ。では、徴力ながら僕も手伝いを」 こざいく いたずら ・「いや、いい ! どんな小細工や悪戯をされるか知れたものでは : : : もとい、キミはすべてを 我々にまかせて、ゆったりと構えていてくれたまえ。来賓たちも、青桃会副会長であるキ、、、 の、う : : う : : : 美しい正礼装を、さぞかし楽しみにしていることだろう。伊集院」 せりふ 馬上の伊集院に向かって心にもない台詞を述べた御霊寺は、無理をして作り笑いまで浮かべ ようとしたあげくに失敗する。 愛馬の上で、ふふつ、と意味ありげに徴笑んだ伊集院が、剣たちをふり返ってすばやい投げ キスだ。 ほほえ
「それにしても、うらやましいなあ、如月は」 きゅうす 自分の部屋から茶碗と急須をのぜた塗りの盆を抱えてやってきた竹千代が、溜め息混じりに そう一一一口った。 たず 胸のあたりをとんとんと握り拳で叩きながら、やつばり饅頭が欲しかったのかよ、と剣が訊 ねると、 「違うよ。委員の話だよ」 剣のプレザーの胸の・ハッヂをのぞき込んで、うっとりと応えてよこす。 「僕なんて、家柄もあんまりよくないし、顔も如月に比べたらかわいくないし : : : でも、選抜 試験でうんとがんばってマグレで指名されたら、なんて考えてたのになあ。青桃院で委員に選 ゆいしょ ばれるっていうことは、シンデレラが王子さまに見初められるのと同じことなんだ。由緒正し うるわ いお血筋の麗しい先輩に見初められて、夢のような上流階級のかたがたの仲間人りをするって ことなんだよ、如月 ! ろ い茶碗をぎゅっと抱き締めて、竹千代はつねにないハイテンションである。 や「キミもそのうち、先輩がたの優雅なサロンに招かれたり、ご実家のお屋敷の仮面舞踏会に呼 ンばれたりで、忙しくなるさ。最初に週末のお披露目夜会 ! いまごろ新委員に選ばれた一年生 キ は、ひとり残らず肌に磨きをかけてるに違いないよ。来賓がたくさんだし : : : 委員の先輩たち と、青桃会執行部のメン・ハーがた : : : それに同窓会委員がリストアップした卒業生までいらっ みそ らいひん
「そんなことでは困るだろう。そもそも来たるべき夜会は、彼らのお披露目が目的なのだ。め ういうい でたく新一年生のなかから選ばれた各委員が、初々しい正礼装で来賓のまえに並ぶセレモニ 。それなのに主役の服がそろわなくては、まったく話にならない」 「は : : : はいつ」 「よくよく気を引き締めて準備をすすめてくれたまえ。日にちがないのは毎年のことなのだか ら、今年の執行部だけが失態を演じるわけにはいかない。まんがいち失態を演じれば、伝統あ ちつじよ るわが学園の秩序は乱れ、輝かしい歴史にも傷がつく。由緒正しき青桃院における青桃会の名 誉を、ここで損なうわけには断じていかないのだ」 「ごもっともです、御霊寺会長 ! 」 「思い起こせば : : : 過日の新委員選抜試験ではあまりにもハプニングが多すぎた。乱れに乱れ てしまった学内の風紀を、夜会までにはきっちりと正さなければならない」 しか ろ 厳しい口調の御霊寺に叱られて、一同はそろって背筋を正している。 だ い 「とにかく、新委員たちの採寸を明日までに済ませてくれたまえ。いまから仕立屋を呼びつけ な やている暇はない。彼らをこの青桃会室に呼び出して、いっぺんにサイズを測ればいいだろう。 ンすみやかに滞りなく礼服の注文を キ 「わかりました」 「それから、シャン。ハンは例年どおりのものでかまわない。来賓のなかでことにうるさいの とどこお さいすん