打った腰をさすりながら、剣は苦労のすえに植え込みから脱出した。 そこに、 「如月 ? 」 寮の玄関のほうから、聞き覚えのある声がよこされた。 痺れる腰をさすりながら顔を上げてみると、知った相手が立っている。 紺プレザーにリポンの制服姿。 ニコニコとこちらに笑顔をよこしているのが、″学年一の美少年〃だった。 「ええっと : : : し : : : し : ・・鹿ヶ谷 ? 」 集合時間十分まえのわりには、余裕の笑みを浮かべた鹿ヶ谷。 少しくびを傾けて愛らしく笑いかけてよこしつつ、やけに親しげな声でもって、 「変わったところからあらわれるんだね。キミもこれから青桃会室だろう ? よかったらいっ しょに行かないかい ? 」 、「つて : : : そりやそうなんだけど、おまえ、出てくるの遅くない ? 、人のこと言えねーけど、 いまからじゃ間違いなく遅刻って時間」 「うふふ、大丈夫だよ。いまから汗をかかないくらいの早さで走っていけば、ちょうどいい感 じに頬が紅く染まるしね。それに、ちょっと遅れて行ったほうがうまく目立てるじゃないか。 かわいい僕とキミとがそろって遅刻なら、きっと先輩たちも甘くしてくれるよ」 おあか かたむ
打った腰をさすりながら、剣は苦労のすえに植え込みから脱出した。 そこに、 「如月 ? 」 寮の玄関のほうから、聞き覚えのある声がよこされた。 痺れる腰をさすりながら顔を上げてみると、知った相手が立っている。 紺プレ・ザーにリポンの制服姿。 ニコニコとこちらに笑顔をよこしているのが、 " 学年一の美少年〃だった。 「ええっと : : : し : : : し・ : 鹿ヶ谷 ? 」 集合時間十分まえのわりには、余裕の笑みを浮かべた鹿ヶ谷。 かたむ 少しくびを傾けて愛らしく笑いかけてよこしつつ、やけに親しげな声でもって、 「変わったところからあらわれるんだね。キミもこれから青桃会室だろう ? よかったらいっ しょに行かないかい ? 」 、「つて : : : そりやそうなんだけど、おまえ、出てくるの遅くない ? 、人のこと言えねーけど、 いまからじゃ間違いなく遅刻って時間」 「うふふ、大丈夫だよ。いまから汗をかかないくらいの早さで走っていけば、ちょうどいい感 じに頬が紅く染まるしね。それに、ちょっと遅れて行ったほうがうまく目立てるじゃないか。 かわいい僕とキミとがそろって遅刻なら、きっと先輩たちも甘くしてくれるよ」 ほおあか
時計で時間を確かめる。 じゃま 目にかかって邪魔になる髪を、ひょい、と指先でつまんでみせながら、 「新しい制服も到着したし、ちょっとさつばりしよ、かなと思ってさ。竹中に訊いたら、九重 寮の別館ってとこに、いい店が人ってるからって」 予約を人れておいた時間がもうすぐなのだと、私服を突っ込んだ箱を抱え上げ、勝手に占領 していた朱雀のべッドから飛び降りた。 いじゅういん 「あ、そうだ ! なあ、朱雀。伊集院トカゲ委員長に、 " 風紀委員〃ってナニすんのって訊い といてくれない ? だいたい、中学んときからオレとおまえって、風紀乱すほうが得意だった だろ。この学校の風紀って言われても、いまいち理解に苦しむし : : : だいいち風紀委員長があ のトカゲ先輩だっていうところからして、理解できねー」 べッドの上で、面倒くせえ、とぼやいている相手に向かって、じゃ、とおかまいなしに手を 振ってみせる。五月編人の自分よりも一カ月も早く人寮したくせに、いまだに殺風景な朱雀の ろ い部屋から一歩そとへと踏み出した。 な や ン振り分けになっている個室のてまえのホール。 キ そこには、いつもどおりに、 「うつ : : : やつばりすんごい匂い ! 」 にお
時計で時間を確かめる。 じゃま 目にかかって邪魔になる髪を、ひょい、と指先でつまんでみせながら、 「新しい制服も到着したし、ちょっとさつばりしよ、かなと思ってさ。竹中に訊いたら、九重 寮の別館ってとこに、いい店が人ってるからって」 予約を人れておいた時間がもうすぐなのだと、私服を突っ込んだ箱を抱え上げ、勝手に占領 していた朱雀のべッドから飛び降りた。 「あ、そうだ ! なあ、朱雀。伊集院トカゲ委員長に、 " 風紀委員〃ってナニすんのって訊い といてくれない ? だいたい、中学んときからオレとおまえって、風紀乱すほうが得意だった だろ。この学校の風紀って言われても、いまいち理解に苦しむし : : : だいいち風紀委員長があ のトカゲ先輩だっていうところからして、理解できねー」 べッドの上で、面倒くせえ、とぼやいている相手に向かって、じゃ、とおかまいなしに手を 振ってみせる。五月編人の自分よりも一カ月も早く人寮したくせに、いまだに殺風景な朱雀の ろ い部屋から一歩そとへと踏み出した。 な じ 振り分けになっている個室のてまえのホール。 ケ キ そこには、いつもどおりに、 「うつ : : : やつばりすんごい匂い ! 」 にお いじゅういん
“剣が抜け出したばかりの植え込みのすぐそば。薄暗い木立のなかでは、駆けていくふたりの ひとみ 後ろ姿を見守る怪しげな二つの瞳が、、キラリ、と光っている。 朝食の時間までは、まだ一時間 さんじよう 三条寮と九重寮では、朝食終了以前の許可のない外出を禁じている。 じよう しやかん 舎監の見まわりが済んで、九重寮別館の玄関錠がはずされるのが午前六時半。それから朝食 開始までのあいだに青桃会室へ忍び込んてネ月 : し匱の注文票を書き替えてしまう作戦だ。 「商品番号への 6 6 6 の : : , ・ヘの 6 6 6 の >< : : : への 6 6 6 : : ・なあ、朱雀。、おまえさ、ト カゲ先輩のサイズって、だいたいわかる ? 」 「 : : : だいたいならな。おまえとの比較でー 「んじゃ、別館着いたら教えろよ」 「・ : ・ : なんで」 「先輩のドレスも、ついでに注文」 : ああ、そりゃあ楽しそうだな」 剣と朱雀が、まっすぐ九重寮別館を目指して走っていくうしろからは、 「はあはあ、あのふたり : : : はあはあ : : : いったい、どこへ行くつもりなんだろう ? 」 ししがたに 胸には上等のカメラ、腕に〃学内報委員〃の腕章をつけた鹿ヶ谷が、望遠鏡をのぞきながら あや
180 竹千代が嬉々として、リポンっきの箱を持ってきた。 青桃会から新委員に決まった生徒宛てに、お披露目用に届けられるという礼服。 しる 〃新風紀委員如月剣くんへ〃と、リポンに挟まれたカードに金文字で記されている。 そで クッキーのかけらで汚れたロもとを、剣は制服の袖で適当に拭きながら、 「サンキュー、竹中。ついでにこれの着方、教えてくれる ? オレ、燕尾服なんて、着るのも 触るのも初めてなんだよね」 「うん、まかせて。僕、実家が落ちぶれるまえまでは、何度か着たことがあるし」 慣れているから、と請け合ってくれる竹千代のまえで、早速きれいに結ばれた幅広のリポン に手をかけた。 飾り結びを無理やり引っ張って、がさごそと円筒形の箱のフタを取りはずす。 「ええっと、急がないと駄目だよな。集合時間まであと三十分ちょい ? 走っても、少なくと も十五分はかかるから : : : 」 時間の計算をしながら箱のなかをのぞき込んで、けれども、中身を引っ張り出そうとした手 をとめた。 しばしそのままの格好で、剣は、じいつ、と自分の手がっかみかけたものを見下ろしつづけ る。 「う、んと、竹中・ : : 燕尾服ってさ : ・・ : 赤いものなの ? 」
剣が抜け出したばかりの植え込みのすぐそば。薄暗い木立のなかでは、駆けていくふたりの あや 後ろ姿を見守る怪しげな二つの瞳が ) キラリ、と光っている。 朝食の時間までは、まだ一時間 さんじよう 三条寮と九重寮では、朝食終了以前の許可のない外出を禁じている。 しやかん しよう 舎監の見まわりが済んで、九重寮別館の玄関錠がはずされるのが午前・ハ時半。それから朝食 開始までのあいだに青桃会室へ忍び込んてネ月 : の注文票を書き替えてしまう作戦だ。 「商品番号への 6 6 6 の : : , ・ヘの 6 6 6 の、 : 、 : への 6 6 6 : ・ : なあ、朱雀。、おまえさ、ト カゲ先輩のサイズって、だいたいわかる ? 」 「 : : : だいたいならな。おまえとの比較で」 「んじゃ、別館着いたら教えろよ 「 : : : なんで」 「先輩のドレスも、ついでに注文」 : ああ、そりゃあ楽しそうだな」 剣と朱雀が、まっすぐ九重寮別館を目指して走っていくうしろからは、 「はあはあ、あのふたり : : : はあはあ : : : いったい、どこへ行くつもりなんだろう ? 」 ししがたに 胸には上等のカメラ、腕に " 学内報委員〃の腕章をつけた鹿ヶ谷が、望遠鏡をのぞきながら ひとみ
貶あるんだろ ? 」 : いいから放っとけよ」 「お。あったあった、カタログ。さっすが森んなかの学校。『青桃院学園御用達通信販売』 : なんでもかんでも通販できるなんて、ちょっと妙だけど、むちゃくちゃ便利だよな」 開くのは、学園専用の分厚い通販カタログである。 ・ハラ・ハラめくるべージには、実にさまざまな商品の写真が並んでいる。 「壁紙だろ、、べッドカバーだろ、、うわっ、レースびらびら。しかも、ピンク ! こっち薔 じゃぐち 薇模様だぜ ! へええ、洗面台の蛇口まで注文できるってさ。ちなみにおまえの部屋の風呂 も、やつばし猫足つき ? 」 初めて部屋に人ったときは驚いたよなと、明るく笑い飛ばし、 「シャンデリアとか、縁つきの鏡とか、やたら豪華なのはいいけど、そのうち壊しちゃいそう まんじゅう ベキン なんだよな。えっと、こっちは食べ物 : ・・饅頭に、北京ダックに、ロイヤル・プリリアント・ ホテルのディナーコース出張・ : あれつ、ページ折ってある ? " 寮生活ナイトライフ・ グッズ特集〃って、なに ? あっ、おいつ、見てるとちゅうに持ってくなよっ」 「おまえ、髪切りにいくって言ってなかったか」 「え ? うわっ、そうだった。いけね、時間時間 ! 重いカタログをひったくられたところで、剣は、あっ、と声を上げた。
180 竹千代が嬉々として、リポンっきの箱を持ってきた。 青桃会から新委員に決まった生徒宛てに、お披露目用に届けられるという礼服。 しる " 新風紀委員如月剣くんへ〃と、リポンに挟まれたカードに金文字で記されている。 そで クッキーのかけらで汚れたロもとを、剣は制服の袖で適当に拭きながら、 「サンキュー、竹中。ついでにこれの着方、教えてくれる ? オレ、燕尾服なんて、着るのも 触るのも初めてなんだよね 「うん、まかせて。僕、実家が落ちぶれるまえまでは、何度か着たことがあるし」 慣れているから、と請け合ってくれる竹千代のまえで、早速きれいに結ばれた幅広のリポン に手をかけた。 飾り結びを無理やり引っ張って、 力さごそと円筒形の箱のフタを取りはずす。 「ええっと、急がないと駄目だよな。集合時間まであと三十分ちょい ? 走っても、少なくと も十五分はかかるから : : : 」 時間の計算をしながら箱のなかをのぞき込んで、けれども、中身を引っ張り出そうとした手 をとめた。 しばしそのままの格好で、剣は、じいつ、と自分の手がっかみかけたものを見下ろしつづけ る。 「う、んと、竹中・ : : 燕尾服ってさ : : : 赤いものなの ? 」
あるんだろ ? 」 : いいから放っとけよ」 「お。あったあった、カタログ。さっすが森んなかの学校。『青桃院学園御用達通信販売』 : なんでもかんでも通販できるなんて、ちょっと妙だけど、むちゃくちゃ便利だよな」 開くのは、学園専用の分厚い通販カタログである。 ・ハラ。ハラめくるべージには、実にさまざまな商品の写真が並んでいる。 「壁紙だろ、、べッドカ・ハーだろ、、うわっ、レースびらびら。しかも、ピンク ! こっち薔 じゃぐち 薇模様だぜ ! へええ、洗面台の蛇口まで注文できるってさ。ちなみにおまえの部屋の風呂 も、やつばし猫足つき ? 」 初めて部屋に人ったときは驚いたよなと、明るく笑い飛ばし、 「シャンデリアとか、縁つきの鏡とか、やたら豪華なのはいいけど、そのうち壊しちゃいそう まんじゅう なんだよな。えっと、こっちは食べ物 : ・饅頭に、北京ダックに、ロイヤル・プリリアント・ ホテルのディナーコース出張・ : あれつ、。ヘージ折ってある ? " 寮生活ナイトライフ・ グッズ特集〃って、なに ? あっ、おいつ、見てるとちゅうに持ってくなよっ 「おまえ、髪切りにいくって言ってなかったか 「え ? うわっ、そうだった。いけね、時間時間 ! 重いカタログをひったくられたところで、剣は、あっ、と声を上げた。