270 一一人はたちまち闘牛のように額を付き合わせて睨み合う。 すると、 「 : : : 敬介サマ。またですか、また新しい女性の方ですか」 「ちゃちゃちゃ、旦那はん ! 自分、何人女作る気イですのん ? 」 みけん 横合いで二人のやりとりを眺めていた遊恋子と操が眉間にしわを寄せて言った。 「二人とも、もっと言ってやって ! 」 「そうだそうだ ! お前ばっかずるいんだよ ! 恋愛格差も大概にしろ ! 」 しり・つま と、どさくさ紛れにひだりと主水も尻馬に乗って文句を言った。どうやら二人とも腹に据え かねるものがあったらしい 「ひ、人聞きの悪いこと一一一一口うな ! 」 「だ、誰が椿クンの女ですかっー 敬介と黒髪の少女は揃ってその事実を否定した。 が、一一人の息のあったリアクションに、小唄とツバメも悔しそうに唇を噛み、 「くうつ ! そろそろかとは思っていたけれど、ついに恐れていたタイプが」 「うわー、来たよ。とうとう。そっかー、敬介はこういうのが好みにやのか 1 」 「だあああ、違、つって言ってんだろ ! 」 「いい加減なこと言わないで ! 」 たいがい
ゃねえしな。ただ」 と、そこで敬介は真顔になった。 「黙って出歩くのは感心しないな。余韻さん、心配してたぞ」 : ごめんなさい 「う、ん。 小唄は素直に詫びた。 「帰ったらちゃんと自分のロで説明しろ。そんときや俺も一緒に叱られてやっから」 「ふふ、言ったね ? 今の言葉しかと覚えたよ」 「安心しろ。俺は顔色一つ変えないで説教を聞き流すエキスパートだぜ。何時間でも付き合っ てやるよ」 と、敬介と小唄は楽しそうに笑い合った。 一方、その光景を眺めていたひだり、遊恋子、操の三人はむっとしていた。 まだ知り合ってほんの一週間程度だのに、この二人はしつかり兄妹している。その事実が三 うらや 人にはちょっぴり羨ましかったのだろう。 そうして最後に、アニさんは小唄に向かってこ、 2 言った。 「おう、やるからには絶対工負けんなよ」 「 : : : うん しか
「むう、それがしもアスラン萌え 1 、でござるよ」 「よーしよし、買ってあげるからこの縄を解いておくれ」 「一旦ガンダムから離れろや ! 」 プラモで買収しようとするセコイ親父と、まんまと釣られるクラスメートの二人を一喝し、 敬介は改めて楽太郎の方に向き直る。 うた 「とりあえずテメ工、知ってること全部謳っちまえ。な ? でなきや今日から芋虫として生き ろ」 「それもいいかもなあ。どうせ余韻さんも働いてるし 5 、ぶっちやけ稼ぎはしがない子会社勤 務の父さんよりずっといいし 5 」 「そうですねえ。楽さんの好きなようになさって結構ですよ ? 「よーし、決めた。俺今日から芋虫として生きよう ! そうして息子と娘の運動会や文化祭に テ 世界初芋虫の父兄として参加するんだ。「よっしゃ綱引きに参加ーーーっできない ! 』「よおし二 人三ーーー脚がないっ ! 一人二脚プラス一匹』みたいな ! 勿論授業参観だってーーぐギュウ しカバアアー・」 押 ズゴゴゴゴゴッ ! 話 第「やつばり芋虫じゃなく麦として生きろー 「強い麦を育てるには毎日こうして踏みつけるしかないね、アニさん」 きやく
232 たいく 敬介の制止も聞かす、好奇心を刺激された操が小柄な体軅を生かしてスイスイ人 ) 」みを掻き 分けていく。仕方なしに敬介たちも後を追う。 「ちょっと操ちゃん。勝手に行動しちやダメだってば。迷子にーー」 や、そんなことより、わちゃちゃ、ホラこれー 「ひだりはん。い ひだりの言葉を遮り、先にフェンスの前に辿り着いた操が興奮の面持ちでコートの方を指差 した。 ついつい釣られて一同がコートの方に目を向けると、 「な、なにこれ ? 」 「 : : : 格闘技か何かの集まり、なのですか ? 目の前の光景にひだりと遊恋子は息を呑んだ。 ひゅ 見れば広いコートの中央で、二人の人間が戦っていた。比喩表現などではなく、本当に一一人 けんか の男がただ単純に取っ組み合いの喧嘩をしていたのである。 対峙する一一人の風貌もまた、実に対照的であった。 かたやいかにもギャングつほいプカプカな服装をした高校生くらいの少年、も、つ一方はどう 見ても仕事帰りにしか見えないスーツ姿の男性だった。 そんなミスマッチングな二人が、深夜のバスケットコートのど真ん中で、両者一歩も譲らず 本気で相手に殴りかかっているのである。
しかけてくるというゴタゴタもあり、翌年三十路を迎える直前に一人目の奥さんと離婚するこ とになる 「あったな : : : そういやあー 「あったね : : : そ、ついえば」 敬介とひだりは当時のことを思い返し、なんとも形容しがたい表情になった。様々なことがあ りすぎ、またそれらに対し複雑な感情を抱きすぎたため、当時のことを思い出すとき、一一人はい つも笑えばいいのか悲しめばいいのかわからなくなる。昼間優しかった敬介の母親が、夜になる と人が変わったように楽太郎に怒鳴りかかることもあった。楽太郎が朝方まで帰宅しないことも あったし、不意に休暇をとって敬介とひだりを千葉のネズミの国に連れて行ってくれたこともあ った。そして椿家と涼原家で揃って縁日に行って、それからすぐに敬介の両親は離婚した。 中でも、母親が敬介とお別れをするために、結局予定を大幅にずらして家の前で待っていて テ くれたときのことは、今でも忘れがたい記憶の一つだ。夕暮れが迫っていたせいか、二人が泣 いていたせいか、そのときの母親の顔は覚えていないけれど、彼女は敬介とひだりを順々に抱 凵きしめて、一言「いつばい楽しんで生きなさいね」と言った。「幸せに」でもなければ「元気 で」でもなく、「楽しめ」と言ったのが印象的だった。 話 かけら 第 なんにせよ八歳から十歳までの多感な頃の思い出は、今でもいくつもの欠片となって二人の 、いに深く刻み込まれていた。 みそじ
ノ 02 呆れる主水と十兵衛に麦茶を手渡しながら余韻さんがのんきに言った。 「暑かったでしよう ? よろしかったらお二人もおそうめんどうぞ」 いやー、どうもすいません」 「え ? そうすか ? 「この方が敬介氏のお父上の再婚相手でござるか。ふむ、お父上のどこが良かったんでござる か ? 」 「うふふ、ナイショ 大人の女だあああ ! そうめんも美味いぜ、ずずすするつー 「かあ 1 「ご本人もお父上の良いところがわからないのではござるまいな ? ずずずするつー オブザ 1 ーの一一人はすっかり中立を決め込んで、余韻さんと一緒にのんびりそうめんをす すっている。 そして、 「 : : : あのー、すいませーん。心から反省しておりますんでー、とりあえずこのガムテープ何 とかしていただけませんか 1 ? 」 恐る恐る楽太郎が言った。 「また逃げようとするからダメだ」 敬介がにべもなく却下する。 「逃げないってー。頼むよー、これじゃあまるでレクター博士みたいじゃないか ! 」
〃 2 「ラ、ライダ 1 なのに徒歩かよ : : : つ」 けいすけがくせん と、リピングの大画面液晶テレビでを眺めていた敬介は愕然とした口調で呟いた。それ からテレピを消し、一度大きくタメ息をついてから二階へ上がる ガチャリと自分の部屋のドアを開けてから、敬介は一気に脱力した。 「許嫁のウチが旦那はんと相部屋なんは当たり前ですやろー」 ふけっ 「 : : : 婚前交渉なんて不潔なのです」 「ふむ、では遊恋子さんはいざそういう機会に恵まれたとしてそういう行為に及ばないという ことだな」 「ちゃちゃちゃ、競争相手が減って助かるわあ。どぞどぞ、一人で空き部屋自由に使っとくれ やす」 ぜんげん ・ : 前言を撤回するのです。ガンガンやるですよ。ガンガン 「はやっ ! 遊恋子ちゃん、意外に臨機応変っー 夜十時現在、敬介の部屋では住人たちの部屋割りをめぐって激しい争いが行われていた。そ りゃあわずか三日で住人が五人も増えれば、居住環境をめぐって騒動の一つも起きようとい、つ ものだ。 もっとも、その争点は一般的なそれとはちょっぴり違っていたのだが。 「とにかく、相部屋はウチどすー」
「待たれよ ! 」 そそくさとその場を去ろうとする和服の少女を一一人は慌てて引き止める。 「わちゃちゃ ! さらわれるつ ! 東京の人間にさらわれるー 「わあっ、違う違う ! 」 ざたかんにん 「冗談でござる ! ポリス沙汰は堪忍 ! 」 「ちゃちゃちゃ : : : ほ、ほんまどすかー ? 」 疑わしそうな目で二人を眺める少女はジリジリ距離を取りながら言った。 「ほんまほんま」 あんど うなず と、一一人は気のよさそうな笑顔で頷く。それを聞き、娘は素直に安堵の表情を浮かべた。え てして誘拐犯はそうやって幼児に近づき、十分な信用を得てから犯行に及ぶものなのだが、幸 いにして一一人は本当に誘拐犯ではなく、娘も幼児ではなかったので特別問題には発展しなかっ 「あの、ほしたら道聞きたいんどすけども」 「よいよ、、 何十回でも教えるぜ」 「一回でええですわ」 「遠慮深い娘さんでござるな」 「回数の問題ちゃいます。第一、何十回もてそれ、間違った道教えたはるやないの」 えんりよ
その後、敬介は校舎をぐるりと回り込むように逃走し、北校舎の裏手にたどり着いていた。 すぐそばに、先日敬介たちが打ち合わせに使った部室棟がある。 ふかん 俯瞰的に言えば、エの字の下辺から上辺の中央付近に移動したことになる。 「みんな、ついてきてるか : と、追っ手がいないことを確認し、敬介がようやく後ろを振り返って声をかけた。 「はあはあ : : : な、なんとか」 「うー、ぞでより誰がティッシュ持つでない ? ぐしつ、ざっぎのくしやみで鼻水出ぢつだ。 ずずつー 「いてて、植え込みの枝で膝すりむいちまったぜ」 敬介についてこれたのは、ひだり、ツバメ、主水の三人だけだった。 ッ「オイ、主水。ココと操は ? 「わからねえ。途中ではぐれちまったみたいだ」 戦 「まずいな。あの一一人じゃあ生徒会に囲まれたら逃げられねえ - かといって今から助けに戻ろうにも、一一人の現在位置がわからない 話 第どうしたものかと敬介が思案していると、 「二人に連絡してみよっか ? 」
プロポーズしてめでたくオッケーされて、それから父さんと余韻さんは朝まで大ハッスルした のでした。めでたしめでたし。お互い二回目なんで式は挙げないつもりなんだけどね」 べらべらべらべらべら。 こういうのを立て板に水というのだろう。楽太郎は流れるように喋り尽くした。そしてその 間、敬介とひだりはヤケクソのようにチャーハ ンを食べ続けていた。 「なんで楽太郎さんが前の奥さんに逃げられたのか、心底理解できた気がする : : : 」 : っーか、ツッコミどころ多すぎてどっから片付けていいかわかんねえよ。とりあえず息 子の前で堂々と自分の性生活暴露するんじゃあねえ ! 聞いててイタイんだよ、クソ親父ー 二人は心底目の前のオッサンに呆れて言った。 それから敬介は深々とタメ息をつき、 「 : : : んで、その、え 1 と早乙女余韻さん ? その人とはいっ入籍するつもりなんだよ、親父 ? と、ようやく態度を軟化させ訊いた。元々楽太郎の再婚そのものに反対していたわけではな いし、ここまでくると反対するのも馬鹿馬鹿しくなったのだろう。出来の悪い親を持った息子 は、精神的に少しだけ大人になって、父親の幸せを応援するつもりだったのだ。 楽太郎の次の台詞を聞くまでは。 ・ : ・ : え ? も、つしちゃったよ、先週」 敬介とひだりは揃って「は ? ーという顔をした。 しゃべ