る 「まあまあ、敬ちゃん。抑えて抑えて。ものすごお 5 く気持ちはわかるけど、楽太郎さんはこ ういう人じゃん。真面目に相手しちゃあダメだよ」 「う 1 ん、ひだりちゃん。おじさん傷ついちゃうなあ」 「楽太郎さんも黙りなさい ! 」 いったん ピシャリと言われ、さしもの無責任親父も一旦神妙な顔つきでロをつぐんだ。 「とにかく話が見えてこないんで説明してもらえますか ? 」 「聞きたい ? 聞きたい ? それでは仕方ない、ひだりちゃんにも話してあげよう。俺と余韻 なそ さんの馴れ初めを」 途端、コロッと表情を変え楽太郎は待ってましたとばかりに再び口を開く。 : ツツ殺すー 「敬ちゃ 5 ん ! お願いだからこらえてよお 5 」 さおとめ 「俺と彼女、早乙女余韻さん、あ、つってももう椿余韻さんなんだけどね、ムフフ。とにかく 俺と余韻さんはさ、同じ職場の同僚だったわけ」 必死で敬介を制止するひだりの苦労も知らす、楽太郎は滑らかな口調で話し始めた。要する むだ にこの椿楽太郎という無駄に顔がいい三十六歳のオッサンは、「空気を読む」という能力が致 命的に欠落した人物なのだった。 おれよいん
ノ 06 あしげ 敬介と小唄が凄まじい勢いで楽太郎を足蹴にした。わずか一日で早速息が合い始めている椿 兄妹だった。 「わかったわかった、わかッポぐアッ ! 話すってば ! やめて、あんまりやられると父さん 興奮しちゃうって。なぜなら父さんドだから ! 」 「 : : : ちゃちゃちゃ。こ、このお宅は : そして操はというと、顔面から血を吹き出しながらにやにやする楽太郎に圧倒され、果たし てこの家に上手く馴染めるかどうかちょっぴり不安になっていた。 今から八年前、当時一一十八歳だった椿楽太郎は京都に単身赴任していた。が、このときは今 させん のように子会社に左遷されたわけではない。 当時創業十年目のレッドピーク京都支社は、いまだ関西地区で安定した地盤を得ることがで こうちゃく だっきやく きす業績が伸び悩んでおり、その膠着状態を脱却すべく宣伝部に企業キャンペーンのプロジェ クトチームを新設することになっていた。当時はまだやり手だった楽太郎は有望な若手として このチームの一員に選出されたのである。現にこのプロジェクトを成功させれば次の人事で本 社に凱旋したとき、出世コースに乗ることが約束されていた。 はいざんへい だが、結果だけを列挙すると、一年がかりのキャンペ 1 ンはものの見事に失敗、敗残兵とし て本社に舞い戻った楽太郎は以後窓際生活を余儀なくされ、京都で作った愛人が東京にまで押 がいせん すさ
プロポーズしてめでたくオッケーされて、それから父さんと余韻さんは朝まで大ハッスルした のでした。めでたしめでたし。お互い二回目なんで式は挙げないつもりなんだけどね」 べらべらべらべらべら。 こういうのを立て板に水というのだろう。楽太郎は流れるように喋り尽くした。そしてその 間、敬介とひだりはヤケクソのようにチャーハ ンを食べ続けていた。 「なんで楽太郎さんが前の奥さんに逃げられたのか、心底理解できた気がする : : : 」 : っーか、ツッコミどころ多すぎてどっから片付けていいかわかんねえよ。とりあえず息 子の前で堂々と自分の性生活暴露するんじゃあねえ ! 聞いててイタイんだよ、クソ親父ー 二人は心底目の前のオッサンに呆れて言った。 それから敬介は深々とタメ息をつき、 「 : : : んで、その、え 1 と早乙女余韻さん ? その人とはいっ入籍するつもりなんだよ、親父 ? と、ようやく態度を軟化させ訊いた。元々楽太郎の再婚そのものに反対していたわけではな いし、ここまでくると反対するのも馬鹿馬鹿しくなったのだろう。出来の悪い親を持った息子 は、精神的に少しだけ大人になって、父親の幸せを応援するつもりだったのだ。 楽太郎の次の台詞を聞くまでは。 ・ : ・ : え ? も、つしちゃったよ、先週」 敬介とひだりは揃って「は ? ーという顔をした。 しゃべ
先着した他の四人も敬介と同じく、顔から全ての感情が失われたみたいな表情で玄関を見つめ ていた。 ・ : た、ただいマンモスー」 「たはは : 楽太郎が敬介のご機嫌を伺うように上目遣いで言った。 「ナニソレ ? 」 と、敬介が楽太郎の背中に背負われたものを眺めながら訊ねる。 みやげ 「お、お土産 : ・ 「 : : : 親父、親父、親父。な、わかるよな ? しゅうきようが せいじん 敬介はフッと宗教画の慈悲深い聖人みたいな顔になった。 「わかるよな ? も、つわかるだろ、フツー。ここまでくるとさあ、ギャグじゃあねえんだよ。 てか、見ろよ。他の四人もさすがにノ 1 リアクションじゃん。な ? もうさ、そ、ついう次元じ 厂ゃあないんだわ、な ? な ? な ? 」 「ま、ままま、ままっ、待った、待った待った待ったああ ! 」 凵お土産の裸体に毛布一枚巻いただけの少女を抱えたまま、楽太郎は慌てて敬介を制止した。 押 「これにはわけがあるんだ ! 今度はちゃんとしたやつだ、聞けば誰だって納得する ! それ 話 第くらい深い事情があるんだよー 一応、言ってみな」
「わかったよう」 子供のように口を尖らせて長身の男、椿楽太郎はきびすを返した。と見せかけても、つ一度ク ルリと回れ右をして、 「ひだりちゃん。今日から自分の家だと思ってゆっくりしてってね」 「 : : : 帰りたくなっちゃいましたよ、楽太郎さ 5 ん」 半泣きになりながらひだりか応えた。 「あ 5 、ったく・ : 「それで、どうしたの ? あ、座って。上向いて、鼻つまんで」 敬介を玄関先に座らせながらひだりはポケットからティッシュを取り出す。敬介も素直に指 示に従い、ひだりはテキパキとした動作で彼の鼻にティッシュを詰め込んだ。この辺り、さす がに一一人の間には長年の付き合いが感じられた。 テ 「敬ちゃんが楽太郎さんと喧嘩するの久々じゃん」 ひだりの久々とはこの場合一週間ぶりという意味だった。 凵「ああ、あの馬鹿、いきなり再婚するとか抜かしやがった」 と敬介は言った。 話 第 惨憺たる有り様だったリビングの後始末を終えてから、三人はひとまずダイニングに腰を落 さんたん
「いやいやいやいやいや、何をおっしゃいますやら、お嬢さん、そんな。お顔をお上げになっ て ! も、つウチの息子でよかったらいくらでも ! 」 「ちょっと楽太郎さん、止めなきやダメじゃあないですかっ ! なんでそんないい加減なんで と、またしてもダイニングで緊急家族会議を招集している一同。基本的には敬介と楽太郎だ こうた けが終始発言するのが本会議の形式だが、今回はひだりと小唄も参加している。 あかみね 今回の議題は無論、「赤嶺遊恋子を家に置くか否か」というのがテーマだ。が、議長の楽太 かんらく 郎が早くも陥落していた。過去の議事録ではこのパターンだと百パ 1 セントなし崩しで議長の 思惑通りの決定を迎えることになっている。 「だって、断る理由ないしさ。いいんじゃない ? 議長がケロリと言った。 「受け入れる理由もないですってば ! 」 「それを言っちゃったらひだりちゃんもおんなじだろ ? おじさん、ひだりちゃんを追い返し たくないなあ」 「、つぐっ それを言われると居候という肩書きのひだりは辛い。というか、今回は楽太郎も自分に非が ない上、出世に直結している分、強気の発言が目立つ。 つら
778 わけだし。編入手続き済ませててもおかしくはない。 ・ : けど、なんで他の連中まで俺ん家に 来て一一日で手続き終えてんだよ ! しかもちゃっかり制服まで」 「パパさんが電話一本で手続きしてくれたみたいだよ」 という小唄の言葉に、 「おう、父さん頑張ってねじ込んでやったぞ」 らくたろう リビングの方からにゆっと顔を出した楽太郎が能天気に応えた。 「お前はホンツット余計なところに手回しいいよな ! 」 「フツ、そんなに褒めるなよ ・ : 照れるじゃん」 照れくさそうに鼻の頭をこする楽太郎 「バーカバ 1 カ ! もうお前死んじゃえよ、ホントにさあ ! 」 皮肉にも気づいてもらえず敬介はちょっぴり泣きそうになりながら楽太郎をなじった。 「敬ちゃん、も、つ諦めようよ」 「 : : : 世の中にはどうしようもない現実というものがあるのです、敬介サマ さと そうして哀れみの視線を向けながら敬介を諭すひだりと遊恋子。 ぜって 「嫌だああああっ ! だってこの後の展開が手に取るようにわかるもん ! 絶対ェクラスの男 さつりく うわば 子から殺戮光線浴びせかけられるんだ ! 上履き隠されたり弁当隠されたり陰湿なイジメにあ 、つんだ ! きっとそうだ、絶対そ、つだ。いかねえ、俺あ死んでも学校いかーーー」
なんくせ ここまで言われたら敬介だって難癖の付け所がない。そもそもこの娘に対して悪感情などな いのだ。楽太郎のあまりのいい加減さに腹を立てただけのことで、その怒りは決して八つ当た りなどではないつもりだったのだが、なんだかここまで来ると自分のせいでこの場が険悪な空 気に包まれているような気がしないでもなくなってきた。少なくとも自分の怒りのせいで目の 前の少女が何とか事態を丸く収めようと、自己犠牲的な意見を提示しているのは事実だ。 「新しいアニさんができると聞いて、わたしは今日をずっと心待ちにしてきたんだ。できるな ら今後敬介さんとは親密な関係を築いていきたいと考えている」 そ、つして最後に付け加えるようにそ、 2 言った。 「ほらほら敬介、小唄ちゃんもこう言ってることだし」 「お前は黙ってろ、ホントに黙ってろ ! 」 しか 余計な口を挟む楽太郎を叱りつけてから、敬介はふうとタメ息をつく。 「 : : : わかったよ。親父の馬鹿は今に始まったことじゃあないし」 と、そこで一旦言葉を区切りポリポリと耳の後ろを掻いて、 「フツ、新しい母さんと妹に罪はないからな : : : キラーン」 たいめん 対面の楽太郎が敬介の声色を真似て言った。 「黙れってんだろが、馬鹿野郎 ! 」 「いいじゃん、似たよ、つな台詞一一一一口うつもりだったんだろー ?
「 : : : だからテメ工はアア、そういう大事なことを忘れてんじゃあね工工ェッー 新しい母と妹が目を丸くする中、敬介は楽太郎に飛びかかった。 敬介とひだりと楽太郎と余韻さんと小唄が、ダイニングテープルを囲んでいる。 テープルの上には、ひだりが腕によりをかけた豪勢な料理が並べられていた。トマトとモッ ツアレラチーズの前菜、白身魚を煮込んだキノコのスープと、メインディッシュはカボチャの 肉詰めオープン焼き、デザ 1 トはハーゲンダッツのアイス。敬介が無理して選んだ高いシャン ハンもある 本来フルコースは「前菜、ス 1 プ、魚料理、肉料理、サラダ、デザート、フルーツ、コーヒ ー」で構成されるものなので若干簡略化してあるが、それでもそれはひだりにとってはカ作だ った。 テ なのでひだりは、料理が誰 ( こも手をつけられず、そよ風に撫でられるみたいにしてゆっくり うら と冷めていくのを恨めしそうに眺めていた。唯一無事なのは炊飯器の中にある五合も炊いたご 飯だけだ。 「なー いい加減機嫌直せよ、なーなー敬介ー」 話 第 一方、楽太郎はひっきりなしにお腹を鳴らしながら、自分の方を見ようともしない息子に向 かって甘ったれた声で言った。
「ああ、セガールが、ネイチャージモンさんがああ、わたしを呼んでいる」 「 : : : 仲良くやっていけそ、つですね、小唄サマ : : : うふ、、つふふ、つふふ」 「よろしく、遊恋子さん。 ひだりの説得もむなしく、アッサリ小唄は寝返った。いつの世も政治と汚職はコインの裏表 のように切っても切れない関係にあるものなのである。 「使えね工ェッ ! ダメだ、こいつ、全然使えねえっ ! 理論派キャラに見せかけて実はただ うさ・ん′、さ の馬鹿だ。そら胡散臭い通販にもだまされるわ ! ぐしゆっ」 きれつ と、またしてもひだりが壊れ始め、反対派内部の亀裂は決定的なものとなった。 しゆかい 切り崩し工作に成功した楽太郎は攻め込むチャンスとばかり、今度は反対派の首魁に向かっ ほこさき て矛先を向けた。 「それにさ、今回の発端は敬介だろ ? お前が彼女のこと家来にしちゃったんでしょ ? なあ、 ちぎ むす それってどうよ ? 主従の契りを結んでおきながら遊恋子ちゃんのこと見捨てちゃうわけ ? 「しよ、書面交わしたわけじゃあ : : : 」 苦しい言い訳だった。何より反対派の代表でありながら、今回敬介はあまり議論に参加して いなかった。発言しているのは主にひだりと小唄の一一人である。何度も確認するようだが、昨 きゅうだん こうかく 加日の家族会議の席で敬介がロ角泡を飛ばして楽太郎を糾弾したのは、楽太郎の行動に問題があ のったからであって、義理の母親と妹を迎え入れること自体に反対したわけではない。 ほったん