赤嶺 - みる会図書館


検索対象: クインテット! 1
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1. クインテット! 1

遊恋子にとって敬介の前で泣くのは至福の時間だった。 だが、そんなある日。 唐突に遊恋子はスイスの寄宿学校に留学させられることになった。いや、唐突というのには 語弊がある。遊恋子が知らなかっただけで、赤嶺家の人間は十歳になると国際人としてのマナ ーを身につけるべくみな海外の学校に留学することになっていたのだ。 ゅうざん 赤嶺グループの創業者で祖父の赤嶺遊山にそ、ス叩じられたとき、遊恋子は一瞬、 「・ : : ・すふ」 と息を吸い込んだ。 そしてそれから丸一昼夜、途切れることもなく世界の終わりみたいに大声で泣き続けた。 今まで一度も人前で泣かなかったはずの孫娘が狂ったように泣き始めたことに祖父は激怒し 、」 0 しゅ・つたい れんし テ 「世界に冠たる赤嶺グループの連枝ともあろう者が何たる醜態かー 「 : : : ちがう、ちがうつ ! おじいサマはなんにもわかっていないのです ! 」 はむ 生まれて初めて遊恋子は帝国の巨大なヒエラルキ 1 の頂点に君臨する老人に歯向かった。 とむら たむ これは、手向け。自分へのお弔いだ。敬介と離れ離れになることは自分の根っこの部分を失 話 くもっ 第うに等しいのだ。命そのものを奪われて死んでいく自分に供物を捧げているに過ぎない。 今までずっと自分を赤嶺家という鋳型に合わせるようにして捻じ曲げてきたのだ。このくら かん いがた

2. クインテット! 1

そ、つして、遠目からでもハッキリと動きがわかるくらい長いまっげをパチパチとしばたたか せ、丁寧に腰を折る。その腰がまた、見ていて危っさを感じてしまうほど細い 思わずクラス中から感嘆の息が漏れる。この少女の周りだけ、時間が優しく流れているみた いだ、と全員が思った。 「赤嶺はずっとスイスの寄宿学校で生活してたんだと」 篠塚先生の説明に、止まっていたクラス内の時間が再び動き始めた。 「しかもあのレッドピークの社長令嬢なんだってさ」 そしてさらに付け加えられた一言で、クラス中から一斉に「えーっ ! 」という驚きの声が上 かる レッドピーク社。ひだりの両親や楽太郎が子会社に飛ばされる前に勤めていたこの会社は、 日本が世界に誇る巨大複合企業、赤嶺グル 1 プの中核会社である。 さんか けた 傘下の企業は優に三桁を超え、金融、流通、鉄道、建築、芸能、娯楽、人材派遣業、電化製 品、重化学工業などなど、ありとあらゆる分野に精通し、その規模はマスコミから「赤嶺帝 やゅ 国」などと揶揄されるほどに大きい。お父さんの勤め先の親会社をたどっていくと、向こう三 軒両隣のお宅が親戚になるなんて逸話がまことしやかに信じられているくらいだ。 また、日本十ヶ所に支社を持ち、近年中国、台湾、韓国、タイ、インドネシアなどアジアを 中心に事業拡大を続けている。

3. クインテット! 1

「はえ ? 」 突如敬称付きで名前を呼ばれ、敬介はほかんとした。 「 : : : 逢いたかったあ、です、ずっと ! ずっと ! 」 そして遊恋子は大きすぎる瞳からボロポロと涙をこばしながら敬介に抱きついた。 「な」 4 イイイ ' 4 ・イツー 教室中から一斉に叫び声が上がる中、遊恋子の泣き顔を見た敬介は何かを思い出したように ハッとした。 「お前、泣き虫ココかっ ? 「 : : : ハイ、ですっ」 遊恋子は大きく首を縦に振った。 赤嶺遊恋子は見かけによらず我慢強い娘だった。また、自分の内に溜めたものを上手に吐き 出す方法を知らない娘だった。 そのため、子供の頃の遊恋子は許容量以上のストレスを溜め込むと、時々感情がパンクして 涙が止まらなくなることがあった。 けれど、周りの大人たちからは人前で泣いてはいけないとも教えられていたので、そういう ときはすぐにその場にうずくまりたいのを我慢して、屋敷の庭の隅っこまで駆けて行って、そ

4. クインテット! 1

いや、まだ時間あるし、別に急ぐこともねえけど 「あん ? 「ほら、早くいこ ! 」 そで 引っ張んなよ、袖伸びんだろ ! 」 「おわっ ! あかみね 「じゃね、赤嶺さん。また休み明けにね」 「いででつ。ココ、そんなわけだから。悪イな」 「 : : : ハイです、さようならなのですよ。敬介サマ、ひだりセンパイ」 とまあ、放課後こんなやり取りがありつつ、敬介とひだりは途中スー でから帰宅した。 「け、けけ、敬介、ど、どうしよう、父さん緊張してきた ! 」 い「レレレレレレッ 1 ノ 1 ノー′ 1 ′ 1 ′ 1 / らくたろう 週末だというのにさっさと仕事を切り上げて帰ってきた楽太郎は、ダイニングに腰かけ工事 テ 現場のドリルみたいな貧乏ゆすりを繰り返している。 そすう 三 : : : 素数は一と自分の数でしか割ること 「素数だ、素数を数えて落ち着くんだ、俺 ! 一一、 凵のできない孤独な数字 : : : 五、七、父さんに勇気を与えてくれる。十一」 押 ド - レレレレレレッ 話 第 「るっせえ ! ちっとは落ち着け ! 」 怒鳴りつつ、敬介も先ほどからそわそわして落ち着きがない ーで食材を買い込ん

5. クインテット! 1

「いってきマンボウ」 と、五人娘は声を揃えて合唱し、嫌がる敬介を引きずって家を出たのだった。 さくらがわ 都立桜川高校は、最寄り駅から徒歩一一十分ほど、緑豊かな都立公園に隣接し、ちょうど板 橋区と練馬区の境目に位置する学校である。 学校のすぐそばを小川が流れており、通学時間になると、この川沿いの道が桜川高校の生徒 たちで埋め尽くされる。 連休明けの生徒たちはささやかな川の流れに目をやりながら、いつもと変わらぬ通学路を歩 いていた。 かと思いきや、生徒たちの視線は見慣れた通学路の見慣れない集団に注がれていた。 ざわざわ。 「オイ、なんかあそこの女子グループ、むちゃくちやレベル高工んだけど」 「見かけない顔だな。ウチの学校にあんな娘たちいたか ? 園 「つーか一緒に歩いてるの、椿君じゃね ? 学 ざわざわ。 話 あかみね 「そういえば先週、赤嶺グループの社長令嬢が転校してきたって噂聞いたけど」 「にしたって人数多くない ? なんであんないつばい

6. クインテット! 1

「いやいやいやいやいや、何をおっしゃいますやら、お嬢さん、そんな。お顔をお上げになっ て ! も、つウチの息子でよかったらいくらでも ! 」 「ちょっと楽太郎さん、止めなきやダメじゃあないですかっ ! なんでそんないい加減なんで と、またしてもダイニングで緊急家族会議を招集している一同。基本的には敬介と楽太郎だ こうた けが終始発言するのが本会議の形式だが、今回はひだりと小唄も参加している。 あかみね 今回の議題は無論、「赤嶺遊恋子を家に置くか否か」というのがテーマだ。が、議長の楽太 かんらく 郎が早くも陥落していた。過去の議事録ではこのパターンだと百パ 1 セントなし崩しで議長の 思惑通りの決定を迎えることになっている。 「だって、断る理由ないしさ。いいんじゃない ? 議長がケロリと言った。 「受け入れる理由もないですってば ! 」 「それを言っちゃったらひだりちゃんもおんなじだろ ? おじさん、ひだりちゃんを追い返し たくないなあ」 「、つぐっ それを言われると居候という肩書きのひだりは辛い。というか、今回は楽太郎も自分に非が ない上、出世に直結している分、強気の発言が目立つ。 つら

7. クインテット! 1

第 0 話押しかけクインテット リンダ歌うとき以外ここまで頭振らねえぞ、コラアー 「そうだなあ、テメ工は昨夜腰振るのに一所懸命だったろうからなアア ! 上も下も振り過ぎ で使えなくなりやいいんだよオオ、クソがアア ! ずずつ 「オ、オイ。キャ、キャラ変わってるぞ、ひだり。鼻もーーー」 「そら鼻水の一つ二つも出るわいや、ポケ ! なすりつけてやる、ずびびびび」 「アニさん、隣の娘は誰だい ? すっかり口調の変わってしまったひだりをよそに小唄が訊ねる : って、ダレエ工ェッ ? 「あん ? 言われて枕元に目をやった敬介はギョッとして飛び上がった。 と、その騒ぎでようやく渦中の人物が目を覚ました。もぞもぞ布団の中から這い出した娘は、 丁寧に赤毛を手櫛で撫でつけてから敬介の方にペコリと頭を下げる。 「 : : : おはようございます。敬介サマ」 「コ、ココっ ? 敬介の隣で寝ていたのは、赤嶺遊恋子だった。 「 : : : ハイです、ココは今日から住み込みで敬介サマの身の回りのお世話をさせていただくで すよ」 てぐし

8. クインテット! 1

篠塚先生は事も無げに言った。 とうとっ 唐突に付け加えられた一言にクラス中がざわめく。一学期も残すところあと一ヶ月のこの時 期に、なんでまた。 「中途半端な時期だけど、ツッコまないでヨロシクどーぞ。先生のせいじゃあないからな。文 句なら転校生に言ってくれや」 ざわざわ。なんでこの教師は、何の罪もない転校生に責任を押し付けるようなことを言、つの だろう。これから新しくクラスの一員になる仲間に余計なプレッシャーを与えてどうするんだ。 わざわ 災い転じて福となす。何事にも投げやりな勤務態度の篠塚先生に反感を抱いた生徒たちは、 みんなで温かく新しい仲間を迎えてあげようと一致団結した。 「うい、じゃ転校生入場」 篠塚先生の声で教室の扉が開き、転校生が入ってきた。 その途端、クラス中の人間が息を呑んだ。 まるで西洋のおとぎ話の中から抜け出してきたような少女だった。赤みがかった長い髪を三 はくじ っ編みでまとめ、白磁の作り物のように整った容姿をしたその娘は、柔らかく地面の上に着地 する鳥みたいに教室の中央に進み出た。 話 あかみわゆここ 第 「 : : : 赤嶺遊恋子と申します。皆サマ、よろしくお願いするのですよ」 かし と、チョコンと小首を傾げるようにして言った。

9. クインテット! 1

「お前まさか、今さら自分が信用してもらえると思ってんじゃあないだろうな ? 「嘘つくつもりなんかなかったんだよー、忘れてただけなんだってば」 「なお悪いわ、ポケッ ! お前ホント軽くアルッハイマ 1 だぞ ! 」 「つーかマジ頼む。父さん夕方から仕事入ってるんだよ。土日助つ人で休日出勤する約東で昨 日早上がりさせてもらったんだから」 と、赤嶺グループ傘下のイベント会社に勤務するオッサンは、珍しく真面目な口調で懇願した。 「これからイベントの会場準備で現場入りしなきゃなんだって。日本武道館。ほら、知ってる じんない だろ ? アイドルの陣内ツバメっていう娘のライプでさ。グル 1 プの系列企業がスポンサーだ からこのイベントこかすと俺、ホントにやばいんだって」 「知らね。誰だそれ ? 顔だけはそんじよそこらの芸能人に負けない父親に向かって敬介は冷淡に返す。 冖「あ、あたし知ってるよ」 と、代わりにひだりが応えた。 「俺も知ってる。今大手消費者金融のやってる娘だよな ? 「金融仮面キャッシュライダーでござるな。何でも現金で解決するというマスコットキャラ」 話 第ひだりの言葉に主水と十兵衛が同調した。どうやら最近よくある、タレントがキャラクタ ふん 1 に扮してショートストーリーを流すパターンのスポットコマーシャルらしい すけ

10. クインテット! 1

つまり篠塚先生の言葉は、生徒たちに「巨大帝国の皇女様がウチの学校にやってきた」とい うのと同じ意味の衝撃を与えたのである。 しかし、そんな上流階級の出身が何でまた、特に伝統もない昭和末年創立の都立高校なんぞ に編入してきたのだろう。一同は首をひねった。 「んじゃ、赤嶺はとりあえす今入院中の宮崎の席に : と、篠塚先生が廊下側の一番後ろの席を指差すと、遊恋子はまるで見当違いの方向へ歩き出 した。しかしその動作があまりに自然で、ジグソ 1 パズルの最後のピースをはめるみたいに迷 いがなかったので、誰もそれを指摘することができなかった。 ばうぜん 一同が呆然と見つめる中、遊恋子はつかっかと歩を進め、窓際の後ろから三番目の席でピタ リと止まった。 そこには、先ほどから窓の外の景色を眺めながら、何やら考え事をしているヘッドバンドの 冖少年が座っていた。 かあ 「うーむ、ちくしよう。第一声なんて言やあいいんだ ? 「はじめまして、お義母さん』・ いや、無理無理無理無理っ ! ん ? と、そこでようやく少年は自分に注がれる視線に気づき振り向いた。 話 第その瞬間、遊恋子は目に涙を浮かべ震える唇で呟いた。 「 : : : 敬介サマ卩 けいす . け おうじよ