瞬間 - みる会図書館


検索対象: クインテット! 2
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1. クインテット! 2

ノ 50 「んむ ? すると、そうめんにべッタリマヨネーズを塗りたくっていたツバメは顔を上げ、 「できるよ、料理」 ケロリと応えた。 「ええええええええっ ? 直後、敬介たちは揃って驚きの声を上げた。 「え ? なに ? ツ、ツバメ。それ、マジで言ってんのか ? いや、それ以前にお前正気か ? 」 「ツ、ツバメさん、料理の定義は人間がおいしいと感じる食物をこしらえる技術のことだよ ? 大丈夫かい、何か別のものと勘違いしているんじゃあないのかい ? 「 : : : そ、そうですよ、ツバメサマ。食べた相手を死に至らしめる毒物の精製法とかではない のですよ ? 」 「ちゃっ、も、もしくはその毒物を利用した暗殺術とか ? よもやそうめんにマヨネ 1 ズぶつかけて食うような娘にまともな料理が作れるとは思えず、 一同は疑わしそうに訊ねた。 「んだよー、みんなしてそのリアクション。ボクが料理できちゃ悪いのかよ 1 ? 」 まなざ 全員から疑いの眼差しを向けられ、さすがにツバメはぶすっとした。 、や、悪かねえけどさ。あんまり意外だったもんだから。 : っーか実際、お前ウチに

2. クインテット! 2

ノ 04 さて、その日の放課後。 小唄、操、ツバメの三人は今朝話していたとおり、学校からそのままとしまえんへ向かい、 主水と十兵衛はひだりとともに敬介のお見舞いに向かった。 椿家に到着するなり三人は早速一一階へ上がり、敬介の部屋のドアをノックした。 すると、 ぎ、 昨日と同じように、ドアがわずかに開かれた。 「 : : : 何のご用ですか ? のぞ たず その隙間から遊恋子が瞳だけを覗かせて訊ねる。 「おっす、遊恋子ちゃん。ご無沙汰 5 」 「敬介氏のお見舞いにきたのでござるが、中に入れてもらってもよろしいでござるかな ? あからさまに迷惑そうな遊恋子の応対を気にする素振りもなく、主水と十兵衛がニコニコ話 しかける。こういうとき、無神経な人間は強いなあ、と二人の後ろでその様子を眺めていたひ だりは感心した。 一方の遊恋子は一瞬躊躇するように眉をひそめたが、すぐに、 「 : : : わかりました。ただし、敬介サマはまだお体の具合がよろしくありませんので、長い時 間の面会はご遠慮くださいましね

3. クインテット! 2

「いや、なんか、見張っとった連中全員寝惚け面したカボエラ女とツナギ着たアマレス女にボ コボコにされて追い返された一一一口うてましたわ」 「あはは」 と、操は思わす吹き出した。十中八九ツバメと小唄のことだろう。あの一一人ならいかにもや りそうなことだ。ヤクザ連中を相手に大立ち回りするツバメと小唄の姿を想像し、操は可笑し くなった。 「おっかない娘のいてる家ですな」 「そんなことない。みんないい娘ばっかりや」 操はフルフルと首を横に振った。 本当に、みんなお人好しばかりで困ったものだ、と操は思った。多分、後で敬介から事情を 説明されても、あの家の中で今回の一件に関して「操のせいで厄介ごとに巻き込まれた」など と考える者は一人としていないに違いない。 だから困るのだ。そんなお人好したちをこれ以上自分の家のごたごたに巻き込むわけにはい かない。 けじめだけは自分でつけなくてはならない。極道の家に生まれた人間として落とし前という ものはしつかりとわきまえなくてはならないのだ。 なあに、最悪死にかけの娘が本当に死ぬだけだ。たいしたことじゃあない。

4. クインテット! 2

ノ 60 一方その頃、敬介は自室のべッドに寝転がってふてくされていた。 ツバメに指摘されるまでもなく、敬介自身自分に非があることは理解しているのだ。 だがその一方で、ツバメは自分とひだりの関係がわかっちゃいない。この件は世間一般の物 差しで判断する問題ではないのだ、という不満が敬介の胸中にあった。 なせかというと、今回のような一件はこれ以前にも、敬介とひだりの間ではごく ) 」く日常的 に行われていたからだ。 ここで重要なのは、敬介がひだりに対してワガママを一一一口うことが、当たり前のことだったと いう点である。敬介にとって、ひだりにワガママを言っことは呼吸するのと同じくらい無意識 な行為であり、そこに悪意はないのだ。 敬介は決してひだりに辛く当たっているわけではない。少なくとも本人にそのつもりはない。 むしろ逆で、長年付き合ってきたひだりに対して、一切遠慮をしていないのである。 しんしやく 親しき仲には礼儀などいらない。家族同然と思っているからこそ、敬介はひだりに対し斟酌 せすにワガママをぶつけているのである。 いわば彼がひだりに対して無遠慮な態度を取るのはそれだけひだりに気を許している証拠な のである。 つまり彼の口からこばれ出る不平の数々は、親愛表現の下手くそなこの少年なりのスキンシ ップといってよかった。

5. クインテット! 2

と、隣を歩く小唄が、結局旅行の間中ずっと不平ばかり垂れていた同い年の兄に向かって言 った。 「それに、今の面子が揃ってから全員一緒に出かけるなんて初めてだったしね。こうして家族 旅行をしたこと自体に意味があったと思うよ」 そうしてなだめるように付け加える。 敬介は頑固だが、勘の悪い少年ではない。何より、こういうやんわりとした説得に弱いので、 すぐに自分の非に気づき、 わり そうだな、悪イ」 と、少しバツが悪そうに耳の後ろを掻きながら謝った。 その様子を見て、小唄が可笑しそうにクスリと笑う。どうやらこの娘もだんだん、気性の荒 デ 一い兄の諫め方がわかってきたらしい。 ~ 「考えてみれば、妙なものだと思わないかい、アニさん ? 」 情 それから小唄は話題を転じた。 む 「生まれも育ちも違う、何一つ接点のない人間が集まって、今こうして一つ屋根の下で生活し 湯 ている。ほんの少し何かが違っていたら、一生顔を合わせることもなかったかもしれないんだ 話 第よ。これって実はすごいことだと思わないかい ? 「ああ」 メンツ

6. クインテット! 2

70 石 つけか、コラ ! 」 と、十兵衛から手渡された族車専門雑誌にツッコミを入れつつも、敬介はにこやかに一一人を 迎えた。 一方のひだりも、いつにもまして勢いよくツッコむ敬介の姿を確認して内心ホッとしていた。 実のところ、昨日遊恋子に面会を拒否されてから、彼女が寝たきりの敬介によからぬ真似をし ているんじゃなかろうかと気が気でなかったのである それから、主水と十兵衛とひだりの三人は遊恋子に座布団を勧められて、敬介の枕元に座り、 「そういや宮崎の奴、まだ入院してるんだせ」 「マジで ? っーかあいっ生きてんの ? 」 「彼はもうダメかもしれないでござるなあ」 「ちょっと、十兵衛ちゃん。冗談でもそ、ついうこと言っちやダメだってば」 などと近況報告を交えつつ、しばし世間話を楽しんだ。 ところが、ものの十分もしない、っちに、 「 : : : 敬介サマ。そろそろお休みになった方がよろしいですよ」 と横合いで四人の会話を聞いていた遊恋子がそっと敬介に声をかけた。 「え ? いや、まだ全然平気だって」 途端、敬介はひどく落胆した顔になる。 ゾク

7. クインテット! 2

すると、小唄とツバメが顔を上げ、 「うん、子守唄代わりにと思ってね。ふふ、こう見えてわたしは小学校六年生のとき都の朗読 コンクールで惜しくも入賞を逃したほどの実力の持ち主なんだ。安心していいよ、アニさん。 あ・え・い・う・え・お・あ・お・あ」 「んい、病気のときはジョジョが一番だぜよ、敬介。『凄み』が出れば怪我なんか一瞬で治るぜい」 と、言った。 「あふおかああああ ! どふおのふえかいにおおふえけんふあぶふおうとジョジョききながふ あやふらかにねむふえうにんえんがいふんだほ、むはくはうなふあえふわ ! 」 「アホかああああ ! どこの世界に大江健三郎とジョジョ聴きながら安らかに眠れる人間がい るんだよ、むちゃくちゃうなされるわ ! と敬ちゃんは言ってます」 なぜだか「ジョジョ , の部分だけちゃんと発音できる敬介だった。 歌そうして大声を出した拍子にべッドからすり落ち、敬介は床に身体を打ちつけた。 挽 の 「いっふええっ ! 」 道 「いつでええっ ! と敬ちゃんは言って・・・ーー」 極 「こんなふおのまえつうふあくしなふていいっ ! 」 話 第 「こんなものまで通訳しなくていいっ ! あ、そうだね」 言ってひだりはハッと我に返り、慌てて敬介を抱え起こした。

8. クインテット! 2

7 〃第 7 話天の岩戸カプリチオ ってたって証拠だもんな」 それから敬介は気を取り直したよ、つに真剣な顔になってひだりに言った。 「え ? それって : ・ 「ちょ、ちょっと待った ! とりあえず何にも言わずに俺の話最後まで聞いてくれ。実際、謝 ろうと思ってても、やつばいざお前に謝ろうと思うと恥すかしくなってなかなか話しづらいん だ。一気に言わせてくれ」 慌てて敬介はひだりの言葉を遮り、続ける。 「いや、実は昼メシの時、ツバメに説教喰らってさ。まあ、あいつは俺とひだりの付き合いの 長さ知らないから、そのときは正直的外れだなって思ったんだ。けどさ、考えてみりや、それ は、そういう世間一般の常識が的外れになるくらい、お前が俺のワガママ受け入れてくれてた ってことでさ。いやまあ、ガキの時分に自然とできあがった関係なわけだし、無意識のことだ あ ったんだろうけど、それを今日まで続けてこれたのはやつばりお前のおかげなわけで : つまりだな、何が言いたいかつつーと、要はそれだけ俺が、その、なんだ、甘えてたって ことだ。ひだりに : それから敬介は変にムスッとした顔になって、 「 : : : だから、その、今まで悪かったな。あとありがとう」 最後にほとんど聞こえないくらいの音量でポソッと呟いた。敬介の口から「ありがとう」と

9. クインテット! 2

/ 66 ていればよかった。そうすれば絶対に安全だと、頭から思いこんでいた。敬介という男の子に 甘えていただけだったのだ。 そんな敬介が母親を失って、初めて見せた弱さ。 もちろん、母親がいなくなってからも敬介は表向き普段と変わらなかった。人前で弱音を吐 くような軟弱な男の子ではない。 けれど、すっと敬介の背中を見つめてきたひだりには、彼が無理をしているのがわかった。 敬介はいつも通り外を駆け回り、近所の子供達を引き連れてやんちゃなことばかりしていた。 けれど、日が暮れる頃になっても帰ろうとせず、他の子供達が一人また一人と家に帰っていく のを「また明日な」と見送りつつ、最後まで残っていた。 ひだりはいつも敬介と一緒に帰宅することにしていたので知っている。敬介が、明かりのつ いていない自分の家に帰るのを嫌っていたことを知っている。 椿家と涼原家の前で、敬介と別れたときの敬介の後ろ姿。背中をちょっと丸めて、家の中に 入っていく敬介の後ろ姿。 ひだりは一日の終わりに、あの背中を見るのがどうしようもなく辛かった。 だからひだりは、自分が彼のお母さんになろうと思ったのだった。 完璧な人間など、この世界のどこにもいない。誰にだって弱い部分はある。もし弱い部分の ない人がいるのなら、それはその人が誰かのために頑張っている証拠だ。弱い部分を見せない

10. クインテット! 2

266 「えーと、これで一応、話さなきゃいけないことは全部話したかな ? それから楽太郎は記憶を探るように軽く頭を振って、 「ていうかぶっちやけ、父さんこう見えて既に三回くらい世界を救ってるんだよね」 「はああああああっ ? なに、そのグローバルな規模っ ? 楽太郎の口から能天気につけくわえられた驚愕の事実に、敬介、ひだり、遊恋子、小唄、操、 ツバメの六人は同時にツッコんだ。 「実際、一一十代の頃はほとんど週一ペースで世界中のマフィア潰したり、武装勢力壊滅させた りしてたもんさ。ちなみに父さんが戦った悪の組織で一番すごかったのは、隕石に付着した未 知のウイルスを、字宙の意思がどうたら言って、全世界にばらまこうとしたカルト教団だった ね。あんときやさすがに、あー、人類絶滅するなあと思ったよ。ちょうど一九九九年だったし ね。予言当たってたね 5 、とか当時同僚と話してたよ」 ものすごく非現実的でものすごくスケールの大きな話を、世間話でもするように話す楽太郎 に、一同は絶句した。 そうして呆然とする椿一家を乗せたエルグランドは、帰りの東名高速を軽やかに走り抜けて いくのだった。