主水はステッカーでべタベタにデコレートしたヘルメットを脱ぎ、 「うへえ、日差し強いなあ」 と、一瞬まぶしそうに目を細めつつも、嬉しそうに口元をほころばせた。 そうして改めて自分の愛車へと目をやった。 黒光りするメタリックプラックのボディ。洗練された滑らかなフォルム。水冷・ coc=o ・ きようじんげんすい 2 バルプエンジン。ドライバーの負担を極限まで軽減する高剛性アルミフレーム、強靭な減袞 性能に支えられたサスペンション。フロント、リア二十センチの大径ディスクプレーキ。長時 間ライドでも疲れない可変式大型ライダーズシート。さらに、そのシートの下には五十四リッ トルトランク。そして、のコックピットを彷彿とさせるハンドル周りには、五連メ 1 ター に加え外気温や電圧まで表示する充実のインストウルメントパネル。 スマートな走行性と快適な居住性が一体となったこのビッグスクーターは、まさに動くワン ルームマンション。 マジェスティ 00 ヤマハ 一九九五年の初代マジェスティ 250 の発売から今日まで絶大な人気を誇り、ビッグスク 1 タープ 1 ムのパイオニアとなった大ヒットシリーズだ。 「 : : : 長かった」 ばんかん と、万感胸に迫る思いで主水は一人ごちた。
「ジャイアンっ ? 「とにかく、このバイクは没収だ、ポケー そのまま敬介は無理やり主水をバイクから引きずり下ろし、シングルシートに跨る。 「旦那はん。よ、、 ーしメット」 「おう、サンキュ 一方の操もちゃっかりタンデムシートに腰を下ろし、テキパキとした動作で敬介にメットを かぶせた。 「ちゅ 1 か旦那はん、運転大丈夫なん ? 」 「へつ、任せろ。右がプレ 1 キで左がクラッチだろ ? 」 「ちゃ ? 確かスクーターにクラッチはついてへんのんとちゃいます ? 「 : : : やれやれ、これだから素人は」 操の台詞に敬介は大げさにかぶりを振った。 「あのなあ、 しいカ ? スク 1 ターはスクーターでもマジェスティはビッグスクーターなんだ ぞ。それはもはやスクータ 1 ではなく、バイクだ。、バイク ! 」 「ふえ ? や、確かバイクのスペルはやったようなーー・ 「うるせえ黙れ、余計な口挟むな ! 」 「わちゃっ、ジャイアンっ ? 」 またが
かぶ 一応メットを被っていたのが不幸中の幸いだったなと、亀裂が入り、すっかり使い物になら なくなったヘルメットを脱ぎながら、敬介はタメ息をついた。 それから地面に手をついて起き上がろうとした瞬間、 いイイつつ ! 」 右腕に激痛が走った。見れば二の腕の辺りが鬱血してへチマみたいに腫れ上がっている。受 け身を取ったときに、衝撃で折れてしまったらしい 「つつ : : : くくくうつー あまりの痛さに思わず泣き笑いを浮かべつつ周囲を見回すと、数メ 1 トル先でそこら中に破 片をまき散らして横倒しになっているマジェスティが見えた。前輪のホイールが完全にひしゃ げている。 「あー さて、どうしたものか。敬介がさすがに呆然としたとき、 「おや、敬介氏ではござらぬか」 突然背後から声をかけられた。 「・ : ・ : 身体痛くて振り返るのがおっくうだ。とりあえず正面に回ってこい 敬介はとりあえす背後の人物に向かってそう声をかけた。 「了解」 うつけっ
「謝んな、馬鹿。泣くな、馬鹿。最初つからそう一一一口え、馬鹿ー いいんだよ、迷惑かけたって いいんだよ ! 本当のこと言うのに誰かに遠慮する必要なんかねえ ! 胸張れ、洗濯板みたい なうっすい胸をよオ ! 」 「うんつ、うん : : : っ ! 毎日牛乳飲んでおっきくするさかい、助けて。旦那はん ! 」 「おうよ、任された ! 」 そうしてとうとう敬介がべンツの隣に並んだ。 敬介が操に向かって手を伸ばす。操も敬介に向かって手を伸ばした。 そのとき、操の背後から神森が窓の外に腕を突き出してきた。その手に握られているのは、 黒光りする拳銃。 「アホか」 神森が呟いた直後、 ズダアンツー 乾いた銃声が鳴り響いた その瞬間、操の目の前の光景がビデオのようにコマ送りになった。スローモーションではな く、パッパッと映像が切り替わるコマ送り。 まず最初にマジェスティの前輪がパアンと弾け飛ぶ映像が映った。次に車体がプワッとウィ
「とにかく、バイクはマニュアルと相場が決まってんだよ。オートマなわけねえだろ ! 」 「ふえ 5 、そうなんどすかあ。すんまへん、ウチバイクとかそういうの疎いもんやさかい。堪 忍しとくれやす」 「おう、素人はおとなしく座ってな」 「はあい 操はすっかり安心して頷いた。敬介がこれだけ自信満々に言うのだから、マジェスティには きっとクラッチがついているに違いない、と思った。 などとい、つやりとりをしている、っちに、 「待て、コラア ! 」 ばせい と、背後からドスの利いた罵声が聞こえてきた。操がチラリと声の方を振り返ると、ロータ こわもて リーに停車したべンツから強面の男が数人降りてくるのが見えた。 歌「わちゃちゃ ! 旦那はん、はよう ! 」 : 「わかってるよ ! せかすな ! 」 ぎようそう た 道 受け答えながら、敬介も必死の形相でセルモーターを回す。 極 すぐ後ろまでヤクザが迫ってきた瞬間、 話 第 ボウンツ ! と、景気のいい音を立てエンジンがかかった。 うと
「よっしや、かかったー 「ちゃ、なんやハリウッド映画のワンシーンみたいどすなあ」 ゅうちょう 「悠長な感想抱いてる場合かー 「ほな、主水はん。さいなら 5 」 げんりゅうかい 「請求書は京都玄龍会に回しとけ ! 」 プロロロオオッー 主水が呆然としている間に一一人はいそいそとバイクを発進させていく。 やつばりクラッ 数秒後、交差点の方から急プレーキの音とともに、「旦那はんのアホー チついてへんやん卩「ご、ごめんなさい ! 知ったかぶりました ! 」という痴話喧嘩が聞こえ てきた。 ややあって、 「 : : : はあああああああっ ? 」 ロータリーに一人残された主水は呆然としたまま叫んだのだった。 その後、主水から強奪したマジェスティのおかげで何とかヤクザを撒くことに成功した敬介 と操は、しばらく街中をでたらめに走ってから適当な公園に腰を落ち着けた。敷地内にテニス コートやジョギングコースのある、そこそこ大きな運動公園である
〃 6 マジェスティ廃車にされたの、マジで根に持ってるし ! 」 「そ、そうそう ! それがしもぶっちやけ前々から敬介氏のことウザイウザイと思ってたでご ざる ! な、馴れ馴れしくしないでほしいでござるよ ? 」 「オイイイイツツ ! 巻き込まれたくないからって、むちゃくちやリアルな話すんじゃねえよ っ ! 仮に嘘でも本音でも、それは絶対本人目の前にして言っちゃいけないことじゃん ! 普 通に傷つくよっ ! 」 友人たちの口から思いもよらぬ本音トークを聞かされ、敬介は本気でヘコんだ。 と、そのときである。 「 : : : ただいマンモス」 玄関から、椿家特有の帰宅の挨拶が響いた。その声は言わずもがな、遊恋子のものである。 「げえっ ! は、早くねえっ ? まだひだりちゃんが連れ出してから十分くらいしか経ってな 「ひだり氏の声がしないところから察するに、おそらく一人で引き返してきたのでござろう ! 」 主水と十兵衛が慌てているうちに、ギシ、ギシ、ギシと階段をのばる足音が聞こえてきた。 途端、一一人は血相を変え、 「やべつ、こっちくるー・窓から逃げるぞ、十兵衛 ! 」 「承知っ ! こう見えてそれがし、窓から逃げるのは十八番でござるよー ナ / ヾー・エイティーン
その人物は軽快に応えると、プロロロというエンジン音とともに敬介の前方に回り込んできた。 あいがさじゅうべえ 相笠十兵衛だった。本日は真っ黒いライ 姿を現したのは「ござる」が口癖のクラスメ 1 ト、 ダースーツに身を包み、カワサキのニンジャに跨ってのご登場である。 ライムグリーンのスー ースポーツバイクを眺めながら、 「んで ? 」 とだけ敬介は訊ねた。 しゅんじゅん 十兵衛も心得たもので逡巡することもなく、 「うむ、実はそれがし、今日主水氏とツーリングの約東をしてござって、兄上のニンジャを借 りていざ待ち合わせ場所の駅前に向かったのでござる。するとそこにいたのが駅前ロ 1 タリー びわこ を第一一の琵琶湖と化す勢いで泣き崩れる主水氏。事情を聞いてみると何でも一一人組の窃盗団に 買ったばかりのマジェスティを強奪されたとのこと。ヘッドバンドの少年と浴衣の少女という 歌窃盗団の特徴を聞いたそれがしは、義によって犯人探しに乗り出し、方々を走り回っていたと 挽 の ころ、敬介氏と遭遇したというわけでござる」 ち た 道 と、テキパキ事の次第を説明した。 極 「なるほど」 話 敬介は小さく頷いた それから、
「敬介はん」と呼んだ。そこにはハッキリとした拒絶の意思が込められていた。 その一言が、逆に、途切れそうだった敬介の意識を再びハッキリさせる 「ぐっ ! 」 しった のうしんとう 軽い脳震盪を起こしてぐらっく身体を叱咤し、敬介は立ち上がった。 公園の入り口で黒塗りのべンツが発進するのが見えた。 「 : : : つけ、やがって ! このパターンは遊恋子んときに一度経験してんだよ ! 」 すぐさまマジェスティの元へと走り出しながら敬介は吠えた。 「ふざけやがって ! こんだけ迷惑かけられといて今さら他人面なんかさせるかよ、クソッタ レ ! っーか、こちとらワガママ押し通して十六年生きてきてんだ ! 運命なんて言葉で納得 できるほど聞き分けよくできてねえんだよ、馬鹿野郎 ! 」 ガラ 歌「ああ、俺ゃ。小嬢はんの身柄は押さえた。お前らも、つ家の方見張っとらんでええで。 挽 のあ ? なに ? : そ、そうか。まあええわ。とにかく、こっちと合流せえ」 車内で椿家を見張っていた部下に連絡を入れた神森は、部下の報告に少し困惑した様子で電 極 話を切った。 話 第 「なんやて ? 」 隣に座った操が訝しげに訊ねた。
どうやら女の子の方がへばってしまったらしく、男の方が小柄な女の子を小脇に抱えて走り 出した。 とおの というか、その男女はクラスメートの椿敬介と遠野操だった。 「おーい、敬介、操ちゃん。お前ら何やって と、主水が声をかけた瞬間、彼の姿を認めた敬介はなぜか「しめた ! 」という顔をした。 がぜん 直後、主水に向かって俄然猛ダッシュしてくるや、 「くうおおおおらっ ! 主水、テメ工この野郎 ! ロータリー内はバス、タクシー以外は駐車 みさわ 禁止だ、ポケ ! 喰らえ、三沢エルボー ! 」 ガスッ ! 有無を言わさぬ勢いでまくし立て、いきなり主水にエルポーを喰らわせた。 「ぎぶフっ ! なぜにつ ? 」 歌 「うるせえ黙れ、特に理由はないー の 「ジャイアンっ ? 」 ち た ・・ : : うおつ、マジェスティじゃんー 道 「とにかく、道路交通法も守れない奴にバイクなんか 極 言いかけて、敬介はテール部分のエンプレムに気づき驚きの声を上げた。 話 「あ、やつばわかる ? そうなんだよ、この前とうとう買ってさーーー」 「うるせえ黙れ、主水のくせに生意気なんだよ ! 」