と敬介は記憶を探るように答えてから、 「ていうか、早えな。もうお前らがきて三週間も経つのか」 ふと思い出したように言った。 と、そこで交差点に差しかかった一一人は赤信号に捕まり、横断歩道の手前で一旦足を止めた。 「ちゃ、そう言われたらもうそんなになるんどすなあ」 つぶや そのまま並んで信号が青に変わるのを待ちながら、操が感慨深げに呟いた。 言われて敬介もまたここ三週間あまりの日々を思い返してみた。 らくたろう 。しきなり父親の楽太郎から再婚話を打ち明けられた ひだりが居候することになった当日こ、、 よいん と思ったら、翌日敬介の学校にいきなり遊恋子が転校してきて、しかもタ方、再婚相手の余韻 さんが入居するとともにいきなり同い年の義理の妹ができるわ、さらにその翌日、遊恋子が家 いい . な亠 , け 出してきていきなり椿家に転がり込むと同時に、親同士が決めた許嫁がいきなり京都から押し 歌かけてくるわ、さらにさらにその日の夜、仕事帰りの楽太郎がいきなり現役アイドルを持ち帰 挽 の ってくるわ、ともあれそれで押しかけ騒動も一段落したと思ったら、いきなり訳のわからない ち 悪の秘密結社と遭遇するわ、ツバメが本当に変身ヒロインだったり、遊恋子に続いて他の居候 いけぶくろ 娘たちまで敬介の高校に転入するわ、小唄が夜遊びしてるかと思いきや、実は深夜の池袋でス 話 第トリートファイトしてるわ、苦労して期末テストの問題を盗みに行ったのにまんまと赤点取っ て夏休み補習確定するわ、大騒ぎであった。
おわりなごや 「尾張名古屋は城でもっ ! 」 「つわものどもが夢の跡ー はいしゃ 「歯医者は負け大 ! しようしゃ 「商社は勝ち組ー いそうろうむすめ 身振り手振りを交え、敬介と居候娘たちはさながらプロードウェイのミュージカル俳優のよ うに唱和する。その表情は真剣そのもの。冷房の効いた室内にも関わらず、一同は額に汗の粒 を浮かべながらリビングのテープルを囲んで、歌い踊った。 「立直一発ああっー 「一撃必殺ああっ ! 」 そしてリビングの緊張感が最高潮に達した直後、 「お使いジャンケン、ジャーンケン、ポイ ! 」 一同は一斉に手を出した。 し、 一瞬の静寂の後、 「やったー 「うぎゃあ ! 」 と、家中に勝者と敗者の歓声と悲鳴が交錯した。
子を見下ろしてから、顔を見合わせクスクスと笑った。 その後、遊恋子は「冗談だって , と敬介たちが諭しても一言うことを聞かず白線の上を歩き続 けたのだった。 その日の夕食時。 「いただきマッスル ! 」 居候娘たちがもはやすっかりおなじみとなった椿家特有の食事のフレーズを合唱し、 「はい、アニさん」 「 : : : どうぞなのですよ、敬介サア だんな 「ちゃちゃちゃ、旦那はん」 デ 「ん、敬介。あ 5 ん」 ナ ガチガチガチガチ ! セ 情 慕 「ぎゃああああっ ! 」 む 「こらこらあ ! みんな敬ちゃんにお皿押しつけちやダメだって ! 敬ちゃんが圧殺されちゃ 湯 うでしよ」 話 しれつ 新例によって例のごとく、誰が敬介にご飯を食べさせるかで熾烈な争いを繰り広げていると、 「えへんえへん。はー、、 しみんな一旦注目ー
ノ 74 「長く険しい道のりだった : : : 」 七月三十一日、正午。 2 リい・す . け・ つぶや 学校からの帰宅途中、道端の街路樹から響いてくる騨の音を聞きながら敬介は感慨深げに呟 いそうろ・つ しんみよう 彼のすぐ後ろを歩く居候娘たちも、神妙な面持ちで敬介の言葉に耳を傾けている。 「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、猛暑の中、来る日も来る日も俺たちは学校へ赴い かげろう アスファルトから立ち上る陽炎に目を細めつつ、敬介は一語一語に力を込めながら言った。 「照りつける日差し」 「上がる気温」 「やまない皹の音」 「流れ出る汗」 「だるい講義。 第 8 話湯けむり慕情セレナーデ せみ
786 要するに、居候娘たちがいつの間にか、家の中だけでなく、敬介の感覚の中にまで居座り始 めたということなのだろう。 ずうずう 「図々しい奴らだぜ」 と敬介は軽い敗北感を抱きつつも、いっそすがすがしい気分で苦笑した。不思議と腹は立た なかった。 まあいいさ、と敬介はった。 彼女たちが家に来たせいで、風呂上がりに裸で家の中をうろっくこともできなくなったし、 トイレに入るときもいちいち鍵をかけなければいけなくなったし、買ってきたアイスを勝手に 食われたりもすることもあるけれど、とりあえず毎日退屈はしなくなった。 否、毎日楽しくなった。 だから、まあいい、のだ。 心の中でそう考えつつ、敬介はポン、とツバメの頭に手を置いた。 「ふにや : と、ツバメが本物の猫みたいな寝惚け声を上げた。 その後敬介がばんやりテレビの音楽バラエティ番組を眺めていると、不意に液品画面の中に 見慣れた顔が映った。 おおっき 番組内のライプステージで、まるで筋肉少女帯の大槻ケンヂみたいにド派手なメイクをして、
膩ⅡⅧⅡ馴朋〃 9784797545014 1920195005905 旧 BN978-4-7973-4301-4 C0193 \ 590E 定価ー + 税 ジーエー文庫 発行 : ソフトバンククリエイティブ クインテット ! ② 父一人子一人で暮らす椿敬介の 家に突然やってきた、幼馴染みに押し かけ家来、義理の妹に許嫁、そして 現役アイドル。わけのわからないメン ーで構成された女の子だらけの 大家族に、最初は戸惑い気味だった 敬介だが、彼女らとともにやってきた 賑やかな日々を、少し気に入り始め てもいた とはいえ、居候娘たちに振り回さ れる日常は相変わらず。今回は操が 突然誘拐されたり、遊恋子が暴走し たり、ひだりがついにブチきれたり して大騒き。さらには悪の秘密結社 ボヘミアン・ラブソディーも、とうと う動き始めたりしているようで 絶好調のスラップス一等ック・コメ一等、 第 2 弾登場ー リサイクル資料 ( 再活用図書 ) 除籍済
情とか、そういうもんとは違うねん。もっと、フツーのもんなんよ」 「ははあ、そうでつか」 神森は操の台詞に付き合うのが面倒くさくなったらしく、投げやりに相槌を打った。おそら と操は思った。 く、彼が操の言葉の中に含まれる意味を理解することはあるまい。それでいい、 「それにな」 と、操は続けた。 「あんたのやり方は気に喰わへん。あんたのやり方は絶対許せへんけど、お父ちゃんのやり方 。ウチを旦那は も許せへんねん。お父ちゃんがなんでウチを椿はんの家に送り込んだんか : んのお嫁さんにするためやあらへん。ウチをあんたの手に渡さへんために、京都から避難させ たんや。仁義や何や言うて、あの人は最後の最後に、自分の娘可愛さでよそ様の家を巻き込も うとしたねん。ほんで : : : ほんで」 そこで操は一旦言葉を詰まらせた。 「 : : : ウチも、それに従ったんや。一度あんたに誘拐されかけて、すっかり怖じ気づいて、他 人騙してでも助かりたいって思てしもたんや : : : 」 たもと ギュッと浴衣の袂を握りしめ、操は呟いた。 「せやから、これ以上ウチにあの家に居候させてもらう資格なんかあらへんねん」 ざんげ じよ・つどしんしゅう 「なんや、まるで懺悔ですな。あいにく俺の実家はクリスチャンやのうて浄土真宗ですねん。
204 海水浴場に到着した途端、あらかじめ服の下に水着を着込んでいた敬介と居候娘たちは車中 に服を脱ぎ散らかし、一斉に砂浜をかけだした。 と思いきや、その直後、海の手前で一同はピタリと足を止めた。 ざっぱああああああああああんっ ! 目の前には、さながら東宝映画のオープニングのように荒れ狂う大時化の海が広がっていた。 台風直撃。 横殴りの豪雨をまともに受けながら、無人の浜辺に横一列に並んだ敬介たちは呆然とした。 、は - っふうはろ - つけいほう この日、大型で強い波の勢力を保った台風八号の上陸に伴い、伊豆半島全域に暴風波浪警報 が出されていたのだった。 「使えね工ェッ ! ホンツト使えねえなあ、テメ工はよオオッ ! 」 げしげしげしげしー 「なんだよう、台風は父さんのせいじゃないだろ ! こればっかりはどうしようもないじゃん いだだだだっ ! ゃーめ 1 ろーよー、蹴るなよ 1 」 「うっせえ、ハゲッ ! 気合いでウェザー・リポートの一つも発動して見せやがれ ! なんな ら弓矢で串刺しにしてやろうか、ああっ ? 」
/ 83 第 8 話湯けむり慕情セレナデ 余韻さんの背後で溶けてなくなってしまいそうな勢いですすり泣いている楽太郎を指差し、 敬介は言った。 「 : : : あら ? 」 美人の奥さんは一人、何故夫が泣いているのかわからないといった表情で首をかしげたのだ った。 「つたく、晩飯前に一回風呂入ったってのに」 夕食後、楽太郎のせいでも、つ一度入浴し直すハメになった敬介がリビングを訪れると、ツバ メがソフアの上でどんぶらこっこと川を流れる桃みたいに丸くなって眠っていた。居候娘たち リザーブ が押しかけてきてから一ヶ月あまり。この家のソフアは、すっかりこの拾われアイドルの指定 一席になりつつあった。 「オイ、ツバメ。寝るんなら風呂入ってからにしろ」 ひざ よくこんな恰好で熟睡できるものだと半ば感心しつつ、敬介が膝を抱えて眠りこけるツバメ を揺り起こす。 「う、、つーん : : : グーだ、グーを買い占めろ ! 「どんな夢っ ? なんでカイジの限定ジャンケンっ ? 起きろ、ツバメ ! 」 ガクガク !
そういう目でぐるりと部屋の中を見回してみると、どこか部屋全体がよそよそしくなってい る気がした。 ひとごと ホーム 多分もう、あっちが本宅になっちゃったんだろうな、とひだりは他人事のように考えた。 「なんであのくらいで飛び出してきちゃったんだろ ? ポツリと呟いた。 訊ねつつ、実はひだりにはその理由がわかっていた。 理由は、居候娘たちがやってきたことにある。 なるほど、敬介自身は以前と同じつもりでひだりにワガママを言っただけなのだろうが、受 け取り手のひだりにとっては状況が違う。 椿家には、彼女と同じ年頃の娘が四人もいるのだ。 当然、他の四人娘に対して、敬介がワガママをぶつけることはない。それは敬介が彼女たち オ チ に対して、ひだりほどに親しみを抱いていないということであるが、翻って言えば、彼女たち プ 力を異性として意識しているということでもある。 戸 のそんな中、自分一人だけ以前と同じように家族として扱われていることがひだりにとって不 天 満だったのである。 話 敬介にしてみれば、もちろんそれだけひだりを気の置けない仲と認識しているからこその行 為なのだろうが、ひだりにしてみればたまったものではない。自分一人だけ女の子として見て