きる問題ではないのだ。 ( それでも : : : ) ひだりが声を発しようとした瞬間、 : ごめんなさい」 ・突如布団を被っていた四人娘たちがガバッと起き上がり、敬介に向かってペコリと謝った。 「なっ : 敬介、絶句。 途端四人は顔を上げ、慌てて弁解を始めた。 「 : : : あ、あの盗み聞きするつもりはなかったんですけれども」 「わ、わたしはひだりの隣で寝ていたものだから、ほら、彼女がトイレに起き出した音で目が 覚めてだね」 「ちゃちゃちゃ、ウチ、のどが渇いて目工覚めてもうて」 「んー、ボクはみんなが寝静まるのを待って敬介に夜這いかけようと機会を窺ってたら、なん かたまたま」 直後、 ごっごっごっごっごっごっー 敬介は見る間に顔を真っ赤にして部屋の壁に向かって頭を打ちつけ始めた。 かぶ
丿ーして浮き上がり、敬介の体が宙に浮き上がった。バイクはワンバウンドしてから横転し、 火花を散らして地面と接触した。一方敬介は空中で一回転した。そのままもんどり打って地面 を転がっていく。 「か、若頭 ! こんな街中で、なに考えてますのや ! 」 「心配いらんて。ただのパンク事故やがな。ええから前見て運転しい」 部下と神森の声がすいぶん遠くに聞こえた。 「ひく」 と、操はしやっくりをした。 そ、つして、 「わあああああああああああああああ ! 」 見る間に小さくなっていく敬介の姿を見ながら絶叫した。 挽 の ゴロゴロ転がっていた身体が完全に停止するのを確認してから、敬介は目を開けた。しばら く寝転がってばんやり空を見上げた。目に痛いほど、馬鹿みたいに晴れ上がった青空が視界に 極 映った。 話 呼吸するだけで体中が痛い。とっさに身体を丸めて衝撃に備えたもののどこかしら骨折した のはまず間違いなかった。
784 「あぶぶぶ、きゅ、急にエスボワールが揺れて : : : んん ? あれ ? 敬介に乱暴に揺さぶられ、ようやくツバメか目を覚ました。 「なあんだ夢か・ : しばらく辺りを見回すと、安心したようにも、つ一度ソフアに寝転がる。 「待て待て ! 寝るなら風呂入れっての ! 」 「ううん : ・・ : 明日入る、から、いい」 敬介がも、つ一度繰り返すと、ツバメは既に半分眠ったような声で答えた。 「いくねえよ。お前昨日もそんなこと言って入らなかっただろうが」 「むい、もううるさいにゃあ ! 昨日だけじゃないよ、おとといもだよっー 睡眠を妨げられ、ツバメがちょっとキレ気味に怒鳴った。 「自慢げに一一一口うな、なお悪いわ ! お前はフランス人かー 「うー、お風呂嫌いにゃんだよう。目工つぶって頭洗ってると、お化け出そうでおっかないん だもん」 「小学生みたいなこと言ってんじゃあない。夏場なんだから清潔にしとけ、っていうかむしろ アイドルなんだから身だしなみに気イ遣えよ」 いかにも敬介らしい物言いだった。基本的には粗雑なタチのくせに、この少年は時々自分の 身の回りの物や人に対して、やたらと細やかな気配りを見せることがある
238 一方の少年がそう一言って、誘拐グループの男たちにねぎらいの言葉をかけながらひだりの顔 を覗き込んで、硬直した。 「み、宮崎君っ ? ひだりもまたその人物の顔を確認して驚愕の声を上げた。 彼女の目の前にいたのは、病院帰りのクラスメート、宮崎豹吾だった。 「、つええええっ ? ひ、ひだりちゃ、えっ ? な、何でここにつ ? 途端に狼狽を露わにした宮崎がひだりに訊ねる。 「え、ええと、あたしは敬ちゃんと泊まりがけで旅行に来てて : : : 」 「と、ととと泊まりがけええっ ? 」 がくぜん ひだりの説明を聞いた途端、宮崎が目を見開き愕然とした。 「ひ、ひだりちゃんと椿の野郎がそんな関係だったなんてつ ! 」 そうして宮崎は信じられないといった様相でガックリとその場に膝をつく。 「あ、いや、うん : : : もう面倒くさいからそれでいいや。ていうか、宮崎君はどうしてここ と、ひだりは言葉通り心底面倒くさそうな表情で宮崎に尋ねた。どういう理由か知らないが、 この坊主頭のクラスメートがこの誘拐グループの主犯格ならば、布いものなしだ。という気分 がひだりの中に芽生えていた。
主水はステッカーでべタベタにデコレートしたヘルメットを脱ぎ、 「うへえ、日差し強いなあ」 と、一瞬まぶしそうに目を細めつつも、嬉しそうに口元をほころばせた。 そうして改めて自分の愛車へと目をやった。 黒光りするメタリックプラックのボディ。洗練された滑らかなフォルム。水冷・ coc=o ・ きようじんげんすい 2 バルプエンジン。ドライバーの負担を極限まで軽減する高剛性アルミフレーム、強靭な減袞 性能に支えられたサスペンション。フロント、リア二十センチの大径ディスクプレーキ。長時 間ライドでも疲れない可変式大型ライダーズシート。さらに、そのシートの下には五十四リッ トルトランク。そして、のコックピットを彷彿とさせるハンドル周りには、五連メ 1 ター に加え外気温や電圧まで表示する充実のインストウルメントパネル。 スマートな走行性と快適な居住性が一体となったこのビッグスクーターは、まさに動くワン ルームマンション。 マジェスティ 00 ヤマハ 一九九五年の初代マジェスティ 250 の発売から今日まで絶大な人気を誇り、ビッグスク 1 タープ 1 ムのパイオニアとなった大ヒットシリーズだ。 「 : : : 長かった」 ばんかん と、万感胸に迫る思いで主水は一人ごちた。
ノ 36 とうと、つ 突如人が変わったように低温殺菌牛乳と低脂肪牛乳の違いについて滔々と語る敬介を目の当 たりにし、操、小唄、遊恋子、ツバメの四人は目を丸くした。どうやら敬介は牛乳に対して 並々ならぬこだわりを持っ愛飲家らしい。 「、つるっさい ! たかが牛乳一バックで目くじら立てないでよ ! 」 「なんだとテメ工、謝れ ! 全国の酪農家の皆さんに謝れ ! そのたかが一バックのタメにみ んな朝早くから牛の世話してんだぞー 「黙れ、この乳フェチ ! 」 「誤解招くような表現すんじゃあねえ ! 」 「仕方ないじゃん ! 敬ちゃんの言ってるやっ、駅前のスー 1 まで行かないとないんだからー 「あ、認めたっ ! やつばりわかってたくせにわざと間違えて買ってやがったな、テメ工。な まじ低は合ってるだけに腹立つんだよ、半端な努力しやがって ! 」 敬介がそこまで怒鳴った瞬間、 「 : : : もおおおおつ、我慢できない ! もう敬ちゃんのワガママにはうんざりだよ、この馬鹿 王子 ! 人がせつかく面倒見てあげてるのに、グチグチ文句ばっかり言って ! もう少し感謝 の気持ち表そうとか思えないの ? 」 かんしやく 突然、ひだりがこらえきれなくなったように癇癪を起こした。 「オ、オイ、ひだり : ・
ンツであった。ナンバープレートに目をやると、三台とも京都ナンバーである。 その瞬間、操が手に持っていた買い物袋を取り落とした。たちまち袋の中の日用雑貨が歩道 に散乱する。 「あ、コラ ! 何やってんだ」 と、敬介が操を叱りつつ、辺りに転がった袋の中身を拾い集めた。 が、操は敬介の声など届いていない様子で目の前の車を凝視していた。 直後、その内の一台のドアが開き、車内から一人の男が姿を現した。 「ん 5 、誰やったかなあ。学生の頃、一回観たことあんねんけど」 男は、三十代後半くらいの男だった。まるでヘチマみたいに細長い顔立ちをしていたが、そ ういう自分の容姿をきちんと理解しているらしく、面長の顔によく似合うサッパリした色のス 1 ツを着込んでいる。総合して切れ者の営業マンといった印象の持ち主だった。 歌 へプバーン演じるアン王女と逃避行する新聞記者ジョ の「映画『ローマの休日』でオードリー・ た 道 ・ : ふ 1 む、なかなかやらしい問題やなあ。やらしい、主演のヘブバ 1 役の俳優は誰 ? か 極 1 ンを問題にせえへんとこが実にやらしいで」 話 第 と、男は手に持ったクロスワード雑誌を眺めながら、ポリポリと頭を掻いた 一方、男の姿を認めた操の顔からは完全に血の気が引いていた。 きようと
ノ 94 旅先のことなら総帥の目も届くま 1 よ。何しおあの老人の目は片っ方しかないだしょ そう言って電話を置くと、少女はも、つ一度低い声で笑った。 少女の名前は、ミシェル・ササーランド。もっとも舌足らずな彼女が一一一口うと「ミシェう・サ サーやンド」に聞こえてしま、つか ともかくも彼女こそ弱冠十七歳の企業コンサルタントにして、悪の秘密結社ボヘミアン・ラ プソディーの参謀、シスタープラックであった。 その夜、深夜三時過ぎ ふじむらきくのすけ ゲイの格闘家こと、藤村菊之助は人気のない池袋の路地裏を歩いていた。 つい先程、毎月偶数週に開催される池袋ストリートファイトクラブの試合を終え、帰路につ いている最中であった。 この夜、藤村は念願の一一位と対戦し、得意の「話拳」で見事勝利を収め、クラプ内のランキ ングを四位から一一位にアップするという央挙を成し遂げていた。 無敗の新一一位の誕生に、今夜のは先月の対小唄戦以来の大盛況のままお開きとなり、 藤村自身もいまだ醒めやらぬ勝利の余韻に浸りながら、上機嫌で歩を進めていた。 胸中、今なら一位にも勝てる。今日の俺は誰よりも強い、という自信がフッフッと湧き上が っていた。 いけぶくろ
792 しゅ・つれい そうめい めいせき 聡明にして秀麗、可憐にして明晰。彼女はその芸術的なソフトウェアのみならずハードウェ ちょうあい アの面においてもまた、神の寵愛を一身に受けたような容姿の持ち主だった。 さて、その経営戦略部の部長室で、この部屋の主であるその少女が重厚感溢れる椅子に腰掛 けてテレビを眺めていた。 長いプロンドの髪を両側頭部で結わえ、黒のパンツスーツにリポンタイ。赤いワイシャツを 着込んだ白人の娘である テレビに映っている映像は、やたらとメタルな歌を歌う陣内ツバメのそれである。 ツバメの歌が終わった後、少女はフン、と鼻を鳴らしてテレピの電源を切った。 かし それから黒光りする樫材のデスクの上に目を向けた。デスクの上には瓶詰めのゼリ 1 ビ 1 ン ズや、チョコバ 1 、スティックキャンディが所狭しと並べられ、あたかも小規模な駄菓子屋と 化していた。少女は手近にあったスティックキャンディを手に取り、べリべリと乱暴に包装を 剥がし、まるでヘビースモーカーのように斜めにキャンディを咥えた。 そうして今度はデスクの隅に置いてある茶封筒を手に取って、中から書類を取り出す。 しばらく無言で目を通し、やがて「くっーと小さな笑い声を漏らした。その口元には魔女の ような残忍な笑みが浮かんでいた。 「く・・ : ・・くふ、ふふふふ。・・ : : あっははははは ! 」 やがてこらえきれず少女は声を上げて笑い始めた。 くわ
もらっていない、とい、つようなものではないか うっせき そういう不満が知らず知らずひだりの中に鬱積していて、ついに昨日爆発してしまったのだ った。 とはいえ、無論敬介のことだ。悪気がないのはわかっている わかっていたけれど、ほんの少し拗ねてみたくなったのだ。 お母さんポジションは損だな、と思いつつ、ひだりはそのまま目を閉じた。 「あたしが、ずずつ。けいちゃんの、お母さんになる : : : ぐしゆっ」 と、ひだりが鼻をすすりながらそう宣言した瞬間、敬介は一瞬キョトンとした。それからこ らえきれなくなったように吹き出した。 : ぐじぐじゅっ。ほんと 「わらわないでよ ! あたし、じゅっ。ほんとのほんきだからー にけいちゃんのお母さん、なるから ! 」 ひだりは必死で訴えた。 すると敬介はにやにや笑いながら、 「はなみずたらしてる母ちゃんなんかいるかよ」 と一言った。 けれど、その後敬介はちょっとだけ嬉しそうな顔をして、元気づけようとしてくれてありが