ノ 88 板橋区の片隅に埋もれていい存在じゃねえぞ ! 頑張って『 HEY!HEY! HEYJ にも出演し ろ ! ダウンタウンさんとトークで渡り合えよ ! 」 思わすツバメのアーティストとしての才能を見直して、彼女の活躍を熱望する敬介であった。 「や、つーか居着くのはいいにしても、ほら、えーと、事務所とかマネージャーとかそ、ついう 業界的なもんは大丈夫なのかよ ? 「さあ ? きっと今頃、ボクが行方不明になって社長とかマネージャ 1 とか大騒ぎしてるんじ ゃない ? にやははは」 ひとごと 「オイ、他人事じゃねえだろ ! 連絡しろよ、警察に捜索願いとか出されたらどうすん 「この前の電車の事件 と、そこでツバメはむくりと起き上がり、敬介の台詞を遮って言った。 「あん ? 敬介がキョトンとすると、 「この前の電車の事件、どっこもニュースでやってないよね ? と、ツバメが説明し直した。 「ああ、そ、ついや、見てないな」 ここひと月あまりの報道を思い出し、敬介は頷いた。変な騒ぎになっていないか心配だった ので、彼自身それとなくニュースや新聞をチェックしていたのだが、どこも取り上げていなか いたばし
あまりのネーミングセンスの悪さにひだりが思わず繰り返した。 1 プルが俺の身体を改造した際 「ああ、その通りだぜ、ひだりちゃん ! これぞ、ドクタ 1 に施した、自立的制御システムー すると、ひだりが説明を求めていると勝手に勘違いした宮崎が、聞いてもいないことをスラ スラと説明し始めた。 「すなわち、データベース化された人の基本動作ならびに動作中の人間の各種情報を基に、体 内に組み込まれた人工筋肉自らが、装着者である俺に先立ってその動作を開始するシステムの ことさ。言ってて俺も何言ってるかあんまりわかんねーけどー 「えーと、つまり : : : ビデオデッキみたいに、事前にプログラムされた内容を自動的に再生す る機能ってこと ? デ 「さすがひだりちゃん ! 多分まさしくおそらくその通りだよ ! なんて頭がいいんだ、俺と ナ 結婚してくれ ! 」 「それより説明続けてくんないっ ? む すいません。どさくさ紛れにすいません。プロポーズはまたの機会にするよ」 「はい、 いきしょ・つちん 湯 ジロリとひだりに睨まれ、宮崎は意気消沈しつつ頷いた。 話 第 「ええと、で、ドクターパープルがプログラムしたのが『自動迎撃』動作。つまり、俺の身体 に、一定の範囲内に侵入したものを自動的に攻撃する動作をプログラムしたってわけ。対象と
〃 4 急いで体中のガムテープを剥がすと、 「た、たた、助けてくれええ ! こ、殺される、ココに殺されるー 衰弱した敬介は普段の強気もどこへやら、すっかり平常心を失った顔つきで一一人にすがりつ 「お、おお、落ち着け、敬介。こういうときは円周率を数えて落ち着くんだ。円周率は終わる ことのない無限少数。きっとお前の心に平静を与えてくれるぞ ! ほれ、一緒にレツッカウン っ 0 ・ 141 一ワ 0 : : ・・」 「兀っー 「確かにつ ! 」 敬介の明快な答えに思わず納得する主水。 「二人とも落ち着くでござるよ ! 」 揃って取り乱す主水と敬介に向かって十兵衛がツッコんだ。 「と、ともあれ、まずは状況を説明してくれでござるよ、敬介氏。一体何があったでござるか ? 」 十兵衛に促され、敬介はガタガタ震えながらこれまでの経緯を説明した。 ひょうへん 敬介の口から遊恋子の豹変ぶりを聞かされ、主水と十兵衛はぞっとした。好奇心が猫をも殺 すとはよく言ったものだ。興味本位で軽々に首を突っ込むんじゃなかった、と二人は心底後悔 した。
202 「 : : : どうだ、驚いたか、子供たちょ。これぞ日産のインテリジェントキーシステム。なんと キーを所持しているだけで、ドアの開閉からエンジンの始動停止まで操作できるのだ ! ふつ ふつふ、日産の技術力は世界一イイイツ ! 」 と、その反応に満足したらしく、楽太郎がまるで自分の手柄みたいに説明した。そ、つい、つ自 慢はせめて車を所有してから言ってほしいものだが、最先端の機能にすっかり心を奪われた敬 介たちは素直に感心した。 「そりや ! 」 そ、つしても、つ一度ドアをスライドさせる楽太郎 「おおお 5 っー 再び歓声を上げる敬介たち。 「よいしょー 「おおお 5 っ ! 」 「も、ついっちょ ! 」 「おおお 5 っ ! 」 それからしばらく、ドアの開閉だけで楽しむ椿家一同だった。 「ようし、それじや乗り込めーい
252 想像もできない凄みがあった。 「カハツー ひる が、対する宮崎は怯むことなく笑みを浮かべ、 「いいねえ。かかってこいよ、椿の野郎みたく居合いパンチで返り討ちにしてやらあ」 と迎撃態勢を取った。 「ふむ、実はさっきの説明をそこの木の陰から聞いてたんだけどね。それって、複数の方角か ら同時に近づいた場合どうなるんだい ? いくら接近してくる相手を察知できても、人間の関 節じゃあ、前後から攻撃された場合、普通に対応しきれないよね ? 「ていうか、人間は腕が一一本しかありませんから、三方向以上から攻撃された場合、絶対対応 できませんよねえ ? 」 楽太郎と余韻さんが冷静にツッコんだ。 その直後、 1 プルウ 「 : : : ああああああっ ! と、とんだ欠陥システムじゃねえかあああ ! ドクター ウウー 宮崎は初めてその事実に気づき青ざめた。 「よし、余韻さん。前後から挟み撃ちでいこう」 「はい」
ノ 28 そのとき、敬介は不意にある違和感を覚えた。 遊恋子の包帯は右手首に巻かれていた。そして包帯の下には傷一つなかった。 ここまではいい。 ( じゃあ、左手は : なるほど、今回の一件は遊恋子の狂言だった。それはまぎれもない事実である。 しかし一方、遊恋子が夏場でも長袖を着ているのもまた、まぎれもない事実である。 そして、先日聞かされた留学時代の話が作り話であるという確たる証拠はない。今現在はと もかく、過去に遊恋子が自傷癖の持ち主でなかったという確証はないのだ。 もし本当に十兵衛が説明したとおり、リストカットが利き手でない方の手首を傷つけるもの ならば、遊恋子の左手首には : 「いやいやいやいや、んなアホな ! 」 そこまで考えて敬介は自分の考えを打ち消した。 全て自分の推論に過ぎない。 ぬぐ が、心のどこかに拭いきれない疑惑が残る ( 一応、遊恋子の左手首も確認しておいたほうが : : : ) 敬介はチラリと遊恋子の顔を盗み見た。
りちゃんが伊豆に来てるなんて知らなかったけどさ」 と言って、宮崎は話を締めくくった。 「ええっと : : : 」 説明を聞き終えたひだりは、どうコメントしてよいかわからずあいまいに頷いた。とりあえ ずもう一度入院することを勧めた方がいいのかな、などと考えていると、 「ひだりイイ ! 」 突如、温室内に甲高い声が響き、誰かが熱帯植物をかき分けてこちらに向かってくる足音が 聞こえてきた。 その声を聞いた瞬間、ひだりは宮崎の話など忘れて顔を上げた。 たった一言でもひだりにはその声の主が誰であるかわかった。 彼女のピンチの時には必ず助けに来てくれる、幼なじみの少年の声だ。 たちまち宮崎の部下である誘拐犯グループの男たちが、侵入者を迎え撃つべく林の中へと分 け入っていく。 ひだりはその様子を見ながら、 かな ( あ 1 あ、敵うわけないのに : と、夜になれば星が見えるのと同じくらいの確信を持って思った。誰であろうと、あの少年 に敵うものか
の店員さんが顔を出し、 「たいしたもの置いてなくて、ごめんね」 と声をかけてきた。 、や、そんなことはないですよっ ? 敬介たちが慌ててかぶりを振ると、 「いやいや、無理に気を遣わなくてもいいよ」 店員さんが笑って言った。 聞けば、最近は団体の観光客が少なくなり、大量に商品を仕入れてもさばききれないので、 品数を抑えているのだという。 「この辺りも、バブルの頃は会社の慰安旅行で訪れる団体客でにぎわってたんだけどねえ , おうじ デ と、往事を回想しつつ店員さんは遠い目をして説明した。 ナ セ「それに、ちょっとしたおみやげなら、各旅館の売店で間に合うからねえ。独立した店舗で土 産物扱、つ理由もなくなっちゃったんだよ」 む 「はああ : : : 。観光地も色々大変なんすね」 湯 思わぬところで観光地の厳しい現実を目の当たりにした敬介は、ついつい店員さんに同情し 話 第てそう言った。 「今日は久々に若いお客さんが来てくれて嬉しいよ。おまけするから、ゆっくり買うもの選ん
〃 0 「ええと : : : 聞いた感じ、特に不審な点は見あたらないと思うんだけど」 と、改めて主水の口から説明を聞いたひだりが言った。実際、こうして客観的に考えてみる と遊恋子の行動に不自然はところはない。確かに、多少敬介に対して過保護すぎるきらいはあ るものの、それも彼の体調を思っての行動である。というより、今にして思えば、門前払いを 喰わされたひだり自身が、遊恋子に対してヤキモチを焼いてしまっていたのだろう。 「いや、たった一つ不審な点がある」 が、主水はひだりの言葉にかぶりを振り、 「敬介の愛想がよすぎる ! 」 と断言した。 「あっ ! 」 その言葉を聞いた瞬間、ひだりは思わず息を呑んだ。 愛想がいいと不審に思われるというのも皮肉な話だが、言われてみれば確かに、平素の敬介 ならばクラスメートがお見舞いに来てくれたからといって、いちいち愛想を振りまくとは思え ない。むしろ面倒くさそうな顔で憎まれロの一つも叩きそうなものだ。 「それに遊恋子氏に対して聞き分けがよすぎるのも気になるでござるよ」 と、付け加えるように十兵衛が言った。 「こりゃあ、ひょっとすると何か裏があるかもな」
「いや、なんか、見張っとった連中全員寝惚け面したカボエラ女とツナギ着たアマレス女にボ コボコにされて追い返された一一一口うてましたわ」 「あはは」 と、操は思わす吹き出した。十中八九ツバメと小唄のことだろう。あの一一人ならいかにもや りそうなことだ。ヤクザ連中を相手に大立ち回りするツバメと小唄の姿を想像し、操は可笑し くなった。 「おっかない娘のいてる家ですな」 「そんなことない。みんないい娘ばっかりや」 操はフルフルと首を横に振った。 本当に、みんなお人好しばかりで困ったものだ、と操は思った。多分、後で敬介から事情を 説明されても、あの家の中で今回の一件に関して「操のせいで厄介ごとに巻き込まれた」など と考える者は一人としていないに違いない。 だから困るのだ。そんなお人好したちをこれ以上自分の家のごたごたに巻き込むわけにはい かない。 けじめだけは自分でつけなくてはならない。極道の家に生まれた人間として落とし前という ものはしつかりとわきまえなくてはならないのだ。 なあに、最悪死にかけの娘が本当に死ぬだけだ。たいしたことじゃあない。