とって、大きな不幸だった。なぜかというと、お客さんでもあるというような、何かたいせ つな機会に、校長先生は、いつもその子を呼び出して、 ( トムのことばを借りれば ) 「大ぶろ しきをひろげさせた」からである。札をためて、聖書をもらうまで、このたいくつな仕事を やりとおすのは、年上の子どもだけであった。それで、このごほうびがあたえられるのは、 ごくたまに起こる、注目すべきできごとだった。そして、この聖書をいただいた子どもは、 その日一日、まことにえらい、ひときわ目だつ人物となったので、すべての生徒たちの心は たちまち、新しい野心で燃えたち、その野心は、二週間くらいつづくこともたびたびあった。 トムの心が、ほんとうに一度でも、勉強して、このごほうびを獲ち得ようと思ったなどと、 めいよ うことは考えられないが、その名誉と、それにともなうかっさいとを味わってみたいとは、 たしかにいく日もの間、しんそこからのぞんだことであった。 時間が来て、校長先生が、説教台のまえに立った。先生は手に、とじた賛美歌の本を持ち、 ジのあいだに人さし指をさしこんで、静かにするようにと命令した。日曜学校の先生が、 力ならず手に賛美歌の本を持っているところを見る もつもちょっとしたお話をするときに、ゝ どくしよう がくふ と、その本は、音楽会の壇上に立って、独唱する声楽家の楽譜とおなじように、なくてはな だんじよう ふだ か さんびか
ひる近く、村じゅうは、とつじよ、おそろしいニースによって、上を下への大さわぎに なった。そのころ、まだ発明されていなかった電報などの必要はなかった。話は、人から人 へ、群から群へ、家から家へ、電報とほとんどおなじ速さでったわっていった。もちろん、 校長先生は、その日、学校を休みにした。そうしなかったら、村の人たちは、先生を変人だ と考えただろう。 血だらけのナイフが、殺された人間のすぐそばに発見された。そして、それは、マフ・ポ といううわさだった。またある村人が、 ノターのものだということを、だれかがみとめた しりゅう よそからおそく、その日の午前一時か二時ごろになって帰って来たところが、支流でからだ あら を洗っているマフ・ポッタ 1 に出くわした。すると、ポッタ 1 はすぐ、こそこそ逃げていっ しゅうかん たということなのだが これは、疑わしいことだった。ことに、そんな習慣のないポッタ 良心の呵責 かしやく うたが 171
人家からはなれた、小さい木造の学校のそばまで来ると、トムはまるで、前からちゃんと いそいで来た人間のように、きびきびしたようすではいっていった。そして、帽子を帽子か ぎよく 、、いたぞこ けにかけると、事務的なすばやさで自分の席にとびこんだ。大きなへぎ板底の安楽いすの玉 ざ ちんざ 座高くに鎮座していた校長先生は、生徒たちの勉強する、ねむけをもよおすような声にさそ われて、こっくりこっくりやっているところだった。が、その声がとぎれたので、先生は目 をさました。 マス・ソーヤー ! 」 自分の名まえが、ちゃんとよばれるときには、何か悪いことがあるのだということを、ト ムは知っていた 「はい、先生 ! 」 ちこく 「こっちへ来なさい。なぜまたあなたは、例によって遅刻したのです ? 」 に トムが、うそをついて逃げようとしたときだった、二本の長い金髪のあみさげをぶらさげ かれ こい うしろすがた た後姿が、彼の目にはいった。恋する者の持つ、電気のようなかんで、それがあの子だと、 トムはさとった。そして、その子のすぐわきに、女生徒席のたった一つの空席があった。 きんばっ ばうし 107
マス・ソーヤ であります。」 「そのとおり ! それで、 いい子だ。りつばな子だ。りつばな男らしい少年だ。二千句を というのは、知識こそ、この おばえるのに、苦労したことを後毎することはありますまい 世の何ものにもまさるものだからた。偉大な人間、よい人間をつくるのは、知識です。 むかし マス、あなたもいっかは偉大な人、よい人間になるだろうが、そうなったとき、あなたは昔 を思い出し、これはみな、あのありがたい日曜学校で教えてくださった先生のおかげだ これはみな、わたしをはげまし、わたしを見守り、わたしにあの美しい聖書をーーーあのりつ ゅうび ばな優美な聖書を、いつも自分のものとして持っているようにとくださった、あのよい校長 ト 1 マス、 先生のおかげだ、これはみな、ただしい教育のおかげだ、と思うにちがいない。 せいく あなたはきっとそう思いますよ。そして、二千句の聖句は、どんなに金をくれるといっこっ て、それととりかえようとは思わんでしよう。いや、けっして思わんでしよう。さて、それ では、これから、わたしとこのおばさんに、あなたの勉強したことを、すこし話してくれま みようじ 「このかたに、あなたの苗字をお話しなさい、 マス。」と、ウォルターズ先生が言っ わす た。「そして、であります、とおっしや、。 ' 。 おきようぎを忘れてはなりません。」 こうかい せいしょ
らないもののように思われるのだがーーーその理由は、よくわからない。なぜかというと、賛 じゅなんしゃ 美歌の本も楽譜も、その受難者たちは、けっして使わないのだ。 校長先生は、茶色の髪の毛はみじかく、ヤギひげも、しよばしょぼの、三十五になる、や せた人だった。かたい、幅の広いカラ 1 をしていたが、カラ 1 の上のはしは、もうすこしで 耳までとどき、前のするどくとんがった先は、ロのすぐわきまでつき出していた。そのよう かきね すは、まるでカラーの垣根をめぐらしているようで、そのため、ぜひともまっすぐ前を見て いなければならず、横を見たいときは、ゝ カらだ全体を動かさなければならなかった。あごは、 札くらい広くてながい、 へりかざりのついたネクタイの上にのつかっていた。靴の先は、当 かっそうぶ 時の最新式で、そりの滑走部の先のようにきゅうとっきたっていたが、それは、青年たちカ かべ 何時間もその靴の先を壁にあてて、じっとしんぼうづよく腰かけていたあげくに得た結果で あった。 ウォルタ 1 ズ先生は、態度も非常にまじめで、気だてもたいへん真実みのある、正直な人 しゅうきようてき ぞく だった。そして、宗教的なものとか場所とかを、たいへんたっとび、ほかの俗つほい事がら とは区別をつけていたので、自分でも知らないまに、先生の日曜学校むけの声には、ほかの さっ かみ くっ
方面から申し出があろうなどとは、思っても ルターズ先生は、このさき十年間は、こういう しはらほしよう いな力「たが、もうひっこみはつかなか「た。さし出されたのは、支払い保証の小切手で、 がくめん 額面どおりの価値のあるものだ「た。そこで、トムは、判事さんやほかの選ばれた人たちと おなじ高いところに引きあげられて、この大ニースは日曜学校本部から発表された。これ は、この十年のあいだに起こった、もっともおどろくべきできごとで、これによって引きお えいゅう こされたセンセ 1 ションはまことに大きく、そのため新しい英雄トムは、判事さんとおなじ 高さに祭りあげられて、日曜学校の生徒たちは、ひとりのかわりに、ふたりの偉人をながめ ることになった。少年たちは、むの底までうらやましさでいつばいだった。けれども、一ば くつう んにがい苦痛をなめたのは、自分たちの札とトムが塀塗りでもうけた財産を交換して、トム がこのにくむべき手がらをたてられるように手つだってやったのは、まさに自分たちだとい うことを、いまになって気づいた子どもたちであった。その子たちは、わるがしこいさぎに ひっかかったばか者、草のなかにかくれていたずるいへビにやられたばか者だと、自分たち をさげすんオ 校長先生は、このような場合ではあったが、できるだけ大げさにほめたてながら、トムに ふだ こうかん いじん
トムのクラスは、おなじような型の子どもがそろっていたーーーすなわち、おちつきのない、 あんしよう うるさい、やっかいな子どもたちだった。暗誦するときになると、だれひとり、聖句をちゃ んとおぼえている者はなく、最後まで手つだってもらわなくてはならなかった。しかし、と もかくも、みんな暗誦をしてのけて、みんな青い札をごほうびにもらった。青札には、聖書 の句が書きつけてあって、聖句二節を暗誦するごとに青札一枚がもらえるのであった。青札 は十枚で、赤札一枚と交換でき、赤札は十枚で、黄色い札一枚になった。黄色い札が十枚集 まれば、校長先生は、ごくそまつなっくりの聖書 ( 物の安い、そのころでは、四十セントくら いなもの ) をその生徒にくれた。この本の読者のうちで、たとえ、ドレ・バイブル画家ギ あんしよう きんべん ターヴ・ポール・ドレ ) をくれると言われても、二千節の聖句を暗誦する勤勉さと熱心さを持。て が挿画をかいた聖書 しる者が、はたしていく人いるだろうか。けれども、メアリは、この方法で、もう一一冊も聖 トイツ人の 書をもらっていた。それは二年もかかる、しんぼうづよい勉強の結果であった。。 両親を持つ、ある少年は、四冊か五冊もらった。その子は、いっか三千句をたてつづけに暗 誦したことがあった。が、それは、その子のあたまには、あまりにもむりな仕事だったので、 その日からというもの、その子はほとんどばか同様だった。ということは、この日曜学校に こうかん ふだ さっ
ドリトル先生と緑のカナリアとびらをあけるメアリー・ポピンズ 長い長いお医者さんの話 刊 ポピンズ新 公園のメアリー・ ふしぎなオルガン ドリトル先生の楽しい家 ヴィーチャと学校友だち ウサギどんキツネどん 人形の家 円 ながいながいペンギンの話ピーター 庫星のひとみ ふしぎの国のアリス レムラインさんの超能力 ( 0 文イソップのお話 0 イワンのばか アンデルセン童話集ー 冖 0 年ジャータカ物語 冖 0 * きゅうりの王さまやつつけろ床下の小人たち 少クマのプーさん チボリーノの冒険 クリスマス・キャロル 冖 0 皮プー横丁にた「た家 各 ピノッキオの冒険 錦の中の仙女 価 岩 定 オタバリの少年探偵たち ハ・イジ上下 せむしの小馬 フランダースの大 みどりのゆび 森は生きている C) LD クオレ上下 古事記物語 とんでもない月曜日 装 太陽の東月の西 ドリトル先生アフリカゆき星の王子さま 新 在 日本民話選 ドリトル先生航海記 黒馬物語 つ」 ムギと王さま ドリトル先生の郵便局 エミールと探偵たち アラピアン・ナイト上下 フ / ドリトル先生のサーカス ふたりのロッテ 8 キュリー夫人 ドリトル先生の動物園 ネギをうえた人 付 クローディアの秘密 ドリトル先生のキャラバン 公子 ンピ カ ドリトル先生と月からの使い 公女 判 トムは真夜中の庭で ドリトル先生月へゆく 秘密の花園上下 6 ドリトル先生月から帰る 風にのってきたメアリー・ポピンズ隊商ーキャラバン ドリトル先生と秘密の湖上下帰ってきたメアリー・ポピンズ太陽通りのばくの家
サッチャ 1 は、すぐに進み出て、おじさんにあいさっし、学校じゅうの子どもの羨望のまと となった。もしつぎのようなささやきがジェフにきこえたら、ジ = フはそれを音楽のように 聞いただろう。 「ジ = フを見ろ、ジム ! あそこへあがってくぞ。ほら、見ろ ! あの人と握手するぞ 握手してるよ ! ちえつ、おまえ、ジェフになってみたいと思わないか ? 」 いそが ウォルターズ先生は、急にあらゆる仕事が忙しく、活動的であるところを「見せびらかし」 たくなって、命令を出したり、意見をのべたり、あ「ちゃこ「ち、あたるをさいわい、用を 言いつけたりしはじめた。図書係の先生もまた、腕いつばいに本をかかえ、つまらない上役 たちがこのんでやるように、ぶつぶつ、ばたばた、ロやかましくやりながら、「見せびらかし」 わか た。若い女の先生がたは、ちょっとまえに平手でなぐられた子どものそばにやさしくかがみ 、、子ま、 、いたずらな少年たちにきれいな指をあげて注意したり、 こんで、なぐさめたり こごと なでてやったりして、「見せびらかし」た。若い男の先生たちは、ちょっと小言をいってみた 、先生らしいようすをしてみせたり、しつけのきびしいところを示したりして、「見せびら せつきようだん かし」た。そして、たいていの先生は、男も女も、説教壇のわきの書庫に用事ができた。そ ひらて うで あくしゅ せんほう
トムは、すぐ言った。 「、ツクルべ リ・フィンと話して来ました ! 」 先生の脈は、とまり、どうしていいかわからないように、先生は、ただじろじろとトムを むてつばう ながめた。がやがやいう勉強の物音もやんだ。そして、生徒たちは、この無鉄砲な子どもは 気がおかしくなったのではあるまいかとあやしんだ。 先生は言った。 「あなたーー・あなたは、何をしましたと ? 」 「、ツクルべ リ・フィンと話して来ました。」 も、つ、まちかえよ、つもなかった。 こくはく 「ト 1 マス・ソーヤー、わたしは、これほどおそるべき告白を聞いたことはありませんぞ。 手のひらをたたいたくらいでは、この罪はつぐなえない。上着をぬぎなさい。」 先生の腕は、疲れはてるまで、そして、そなえつけのムチの数さえだいぶ減るまで、働き つづけた。それから、命令がくだった。 そして、これを今後の警告としなさ 「さあ、では、女生徒の席へいってかけなさい ! うで つか 108