さんじようりよう せいとういん 青桃院学園、一二条寮。 つるぎ おもむき 古い異人館の趣を漂わせる寮の一一階で、剣は夜食がわりのビスケット缶の三つ目を開けてい 「うまっ、うまっ、うまっ ! なあなあ、竹中。いつものよりチョコチップが多いみたい。さ つきのショートプレッドも いいけど、こっちのビスケットもすんごく美味 ! 」 きさ、り、 「すごいなあ、如月。それだけ食べててよく太らないなあ」 : つつーか、食えること自体が不自然だぜ」 まるで掃除機のような勢いでお ~ 果子をたいらげていく剣をまえに、ルームメイトの竹千代 すざく あき と、中学以来の友人である朱雀とが、一一人して呆れ顔だ。 如月剣、学園高等部一年生。圧倒的な食欲が、見た目のイメージを激しく裏切ってはいる が、目が大きくて顎がはそくて童顔の、典型的な〃カワイイ系み美少年である。 クマ柄模様のパジャマの竹千代と、竹千代が選んだキュートなタンポポ柄パジャマ着用の あご たけなか たけちょ
130 そんな期待に胸震わせつつ伊集院が見下ろす、窓の下。 朝の光眩しいなかを、こちらに向かって猛スピードで駆けてくる姿がある。 すざく く〉っ ! 朱雀つ、朱雀つ、朱雀つ」 「す つるぎ さんじようりよう 三条寮からつづく森の道を走ってきたのは、剣だ。 じよ - つかく 中世ヨーロッパの城郭を思わせる九重寮の玄関を速度を緩めずくぐり抜け、三階までの階段 を一気に駆け上がって、伊集院と朱雀の部屋の入り口。 バタンツ、と前室ホールの扉を開けたかと思うと、押し寄せる白百合の香りに鼻をつまん で、声を上げる。 さんじようりよう 「なあ、なあ、なあ、朱雀 ! 起きてるか ? 朝飯いっしょに食おーぜ。三条寮の食堂っ たけなか て、すんごく量が少ないんだもん。竹中のとこのビスケット缶も、昨日で全部食い終わっちゃ ったって」 バタバタバタと駆け込んできて、一一つ並んだ個室の扉のうちの一方、朱雀の部屋めがけてま っすぐに突進だ。 同室の風紀委員長に見つからないうちにと、すばやくドアノブをつかもうとしたのだが、 きさらぎ 「ポンジュ ルっー しいところに来たね、如月くん」 「うひやっ ! トカゲ先輩 ? 」 あいにく、となりの個室の扉が開くのが一瞬早かった。 ゆる
180 「あっ、早いぞ。もう戻ってたのか。なあなあ、すんごく賑やかな授業だったな。ヒガシグモ 先生なんかいつもより厳しめで、ムチがピシピシ鳴ってたぞ」 いじゅういん ここのえりよう 九重寮三階の伊集院の部屋。 おおくすだま つるぎすざく 剣と朱雀が戻ってみると、凡波がすでに大薬玉を抱えて待っていた。 とうかい 「さあ、急がないと。舞踏会の始まる時間までには、薬玉を会場に持っていかなくちゃ。父兄 ーティーだから、そのあいだに」 たちは、ホールが開くまでお庭でガーデン・ そう言って、金ピカ大薬玉をこちらに渡してよこす。あとから自分で大事そうに抱えるの は、隠し玉のほうだ。 早く早く、と凡波に急かされて、剣は「よ 5 し」と返事で、朱雀はひとこと「面倒くせー」。 ちそう 授業を終えてますます腹が減っちゃったぞと、剣はご馳走への期待が増して、やる気まんまん である。 「えへへ。会場って、用意できてるのかな ? だったらテープルに食い物がいつばい ? にぎ
外出禁止の規則もなんのそので、剣は寮の玄関からまんまと脱出だ。 とつぶりと日の暮れた学園敷地の森のなか。 ライトアップされた時計塔を目印に、九重寮まで駆けていく。 「あっ、朱雀朱雀 ! す , 〉 ~ ざくっ ! 」 じようかく 中世ヨーロッパの城郭の雰囲気を漂わせる九重寮のわきで、剣と同しく点呼を取り終えたら しい朱雀が待っていた。 そもそも死ぬほど面倒くさがりの朱雀は、剣の食い気と好奇心とに、今回一方的につき合わ された格好だが、 「つつっても、恋ができなくなるかもしれねーっつーから、この際しょーがねー」 「え ? え ? なんか言ったか、朱雀」 「ついでに、伊集院先輩のウワゴトが聞こえなくなるんなら、ありがてー」 ぶっちょうづら ほかく 仏項面ながらも、いちおうは騎士捕穫に意義を見いだしていると見えて、文句をこばしつつ 剣とともに第一校舎へ向かって走りだす。 はなまろきよう 青桃院学園高等部第一校舎は、学園の創立者である笹河原花麿卿の別邸をわざわざ移築し、 ゆいしょ それをもとに増改築して造られた、由緒のある建物だ。見た目は古めかしい教会建築さながら そうごん の重々しい造りで、教室の内装に至るまで、なにやら荘厳な雰囲気に統一されている。
136 くすだま 〃愛の薬玉爆発大作戦 % あんだま あめだま すざく 「なあなあ、朱雀。薬玉ってなんだ ? もしかして、飴玉とか、豚玉とか、餡こ玉とかの親戚 なのか ? うまっ」 「商店街の福引で一等が当たったときに、頭の上で割れるヤツだろ」 かみふぶき 中身は垂れ慕とか紙吹雪とか風船とかで、食えるワケがねーだろ、と制服に着替えながら朱 雀が一一一口、つ。 だんな 「それでは坊ちゃま、わたくしはいったんお屋敷へ。またあらためまして、旦那さまとご一緒 させていただきます」 なごりお みかさやま ひそか 「名残階しいよ、三笠山。僕と密のク愛の炸裂〃を、しつかりと見納めてから昇天してくれた まえ」 こた かしこまりました、と応えた三笠山は、自家用へリでふたたび空へと帰っていった。 ゆり いじゅういん きた 伊集院はその後、来るべき〃炸裂〃に備えて、百合の花を浮かべたバスタブでの念入りな入 さくれつ たたま しんせき
すると紺プレが涙声で訴える。 しいえつ、先輩を責めないでくださいつ、御霊寺会長 ! 僕、お慕いしてる先輩がほかの子 と親しくしてるのを見て、耐えきれなくなっちゃって。昨夜は一晩中〃寄り倒し〃の技を練習 すき して、いまやっと隙を見計らって実力行使したところなんですっ」 まゆ と眉をつり上げた御霊寺が、 その言い訳に、なんとー げ・こくじよう 「承知のとおり青桃院においては、必す高学年のものの意見が優先されるのだ。下剋上は風紀 の乱れるモト。今後このようなことがあったなら、すみやかに実家に報告しなければいけな きもめい 。肝に銘じてくれたまえつ」 「えへへ。〃しつりよくこーし〃って、どーゅーコトだ ? もしかしてケンカ ? ケンカ好き 好き。オレもまぜて。うにやっ ? 「・ : ・ : やめとけよ」 まざろうとするところを朱雀に襟首をつかまれて引き戻され、そのまま廊下へ出る羽目にな だる剣である。〃淫らな食生活〃とやらにはお目にかかれずに、食堂を過ぎて二階を目指してい あ くとちゅ、つ、今度は、 つぼ 〃「あれつ。あっちですんごく分厚い札束と、すんごく派手な壺が行ったり来たりしてる」 キ 剣に引きとめられた御霊寺が、ちら、と目だけでそちらを振り返り、 こっとうひん 「あれは骨董品の売買に違いない。実家の財政事情で時おりああした光景も見られるものなの した
きさ、りせ」 「ほんとに行くのかい ? 如月。もしかすると、キミ、恋できなくなっちゃうかも知れないの さんレレ、つり・よう その夜、三条寮。 ようよう たけちょ つるぎ 心配顔の竹千代に見送られて、剣は意気揚々と出発準備を済ませた。 かぎ 。だいしよぶ、だいしよぶ。ますは寮長のところに行って、鍵もらうだろー。でもっ 「えへへ すざく て、それからテンコだろ 5 。そしたらコッソリ玄関抜けて、朱雀のヤッといっしょに第一校 気が早くて、ついでにお腹がすくのも早い剣は、いまからマドレーヌ一年分を思い描いて舌 はず じなめすりである。弾みがついて、思わず夕食のスペアリプを三回おかわりしちゃったぞと、ヤ ル気満々だ。 せいとういん 一方、素敵な恋ができなくなるなんて青桃院生としては致命的だよ、とハンカチを目に当て なげ おもむ て嘆く竹千代は、なにやら戦地に赴く友を見送るような悲壮な顔である。 なか
うたげ 「いざ、『秘密の宴』のまえに魅惑の風紀検査へと繰り出そう ! おや、それにしても〃風紀ノ というのは、いったいどういう意味だったつけ ? 」 風紀委員長としては実に頼りない一言をつぶやいたかと思うと、ひらりつ、と愛馬に跨がっ はいよー、と声をかけつつ華麗な手並で愛馬に鞭をくれる。 幼なしみにして想い人である御霊寺の部屋を目指して、一直線に駆けていこうとしたのであ るが、 「はいよ おや ? ど しらかば ちょうど白樺林を右に見るあたりで手綱を引いた。見れば、知った姿が実に面倒くさそうな 足どりで九重寮のはうから歩いてくるところである。 たかむら きさらぎ 「ねえ、篁 ? そこにいるのは、僕の忠実なシモべにして、如月くんの運命の恋人にして、四 ぶっちさつづら かむ / ~ ら 六時中仏項面のムツツリ〇〇〇な篁じゃないか。た おやっ、どうし て進路変更を ? 」 すざく 御霊寺の風紀検査を途中放棄してきた朱雀だ。 すばやくピリーを操り、見事な手綱さばきで朱雀の進路妨害をする伊集院である。 すぜん 「いけないね、篁。敵をまえに逃げるはオトコの名折れ、据え膳食わぬは恥なのさっ , 「 : : : 据え膳が先輩じゃなけりや、食いますけど」 たづな むち また
ここのえりよう 九重寮、三階。 ゆり かんばかお 豪勢なシャンデリアが輝き、下級生たちから贈られた百合の花が芳しく香る、個室。 せいとういん あこがまと いじゅういん 波打っフリルに飾り立てられたべッドの上で、青桃院生の産れの的である伊集院青桃会副会 長が苦しい息を吐く。 す 透き通るような白い肌に、咲き初めた薔薇のようにつややかなくちびる。 まっげ ひとみふち はねおうぎ 宝石の瞳を縁どる睫毛は、貴婦人の羽扇を思わせる長さ。 くもん ろ 苦悶の表情を浮かべていても女神が恐れ入って逃げ出すはどの超絶美形である彼、伊集院 からだ なが、べッドに身体を横たえたままで訴えた。 「はあはあ : : : 実は : : : 僕のために、騎士を捕らえてほしいのさ」 ン ハク騎士を捕らえて欲しい つるぎすぎく フ ワケのわからぬ頼みごとに、思わず目を見合わせた剣と朱雀である。 つつじ 伊集院躑躅、すなわち剣にとっての〃いじゅーいんトカゲ〃は、興味のあることには猛然と そ
178 今日は参観には顔を見せすにパーティーのはうの支度に没頭しているようだよ、と。をし ながら、彼らは舞踏会会場となる青桃館のほうへ。 「なあなあ、室伏い。顔、赤いぞ。鼻血だいしよぶか ? 」 ・ : だいひょーふら。オレたひも、会場まれ引き返ふろっ」 司と室伏も一一人して、父兄らと同じ道を急いでいく。 彼らが去ったあとの第一校舎の廊下では、 ひきよう 「なってないよ、如月剣 ! 今日こそ、伊集院先輩の愛をかけて勝負してつ。あっ、卑怯。逃 げる気かいつ」 すざく なあなあ、急いで〃一発〃運びに行こーぜ。でもってそ 「あ。朱雀 ! す ~ ざ 5 ~ メ、つー ちそう のあと、すんごいご馳走 ! 」 ここのえりよう そのころ、九重寮第一別館、青桃会室。 ごりようじおやこ せいこん もはや精根尽き果て気味の御霊寺父子が、アンティーク・テープルの上で互いを励まし合っ ていた。 「むむ。密よ、どうしても行くつもりか。たとえ恐ろしい宿命が、おまえを待ち構えていよう さいやく 「はい、父上。名誉ある青桃会会長である、この御霊寺密 : : : いかに目前に災厄が迫ろうと も、決して逃げ隠れはいたしません。それに、ここで逃げてはアレの思うッポ。由緒ある御霊