130 そんな期待に胸震わせつつ伊集院が見下ろす、窓の下。 朝の光眩しいなかを、こちらに向かって猛スピードで駆けてくる姿がある。 すざく く〉っ ! 朱雀つ、朱雀つ、朱雀つ」 「す つるぎ さんじようりよう 三条寮からつづく森の道を走ってきたのは、剣だ。 じよ - つかく 中世ヨーロッパの城郭を思わせる九重寮の玄関を速度を緩めずくぐり抜け、三階までの階段 を一気に駆け上がって、伊集院と朱雀の部屋の入り口。 バタンツ、と前室ホールの扉を開けたかと思うと、押し寄せる白百合の香りに鼻をつまん で、声を上げる。 さんじようりよう 「なあ、なあ、なあ、朱雀 ! 起きてるか ? 朝飯いっしょに食おーぜ。三条寮の食堂っ たけなか て、すんごく量が少ないんだもん。竹中のとこのビスケット缶も、昨日で全部食い終わっちゃ ったって」 バタバタバタと駆け込んできて、一一つ並んだ個室の扉のうちの一方、朱雀の部屋めがけてま っすぐに突進だ。 同室の風紀委員長に見つからないうちにと、すばやくドアノブをつかもうとしたのだが、 きさらぎ 「ポンジュ ルっー しいところに来たね、如月くん」 「うひやっ ! トカゲ先輩 ? 」 あいにく、となりの個室の扉が開くのが一瞬早かった。 ゆる
外出禁止の規則もなんのそので、剣は寮の玄関からまんまと脱出だ。 とつぶりと日の暮れた学園敷地の森のなか。 ライトアップされた時計塔を目印に、九重寮まで駆けていく。 「あっ、朱雀朱雀 ! す , 〉 ~ ざくっ ! 」 じようかく 中世ヨーロッパの城郭の雰囲気を漂わせる九重寮のわきで、剣と同しく点呼を取り終えたら しい朱雀が待っていた。 そもそも死ぬほど面倒くさがりの朱雀は、剣の食い気と好奇心とに、今回一方的につき合わ された格好だが、 「つつっても、恋ができなくなるかもしれねーっつーから、この際しょーがねー」 「え ? え ? なんか言ったか、朱雀」 「ついでに、伊集院先輩のウワゴトが聞こえなくなるんなら、ありがてー」 ぶっちょうづら ほかく 仏項面ながらも、いちおうは騎士捕穫に意義を見いだしていると見えて、文句をこばしつつ 剣とともに第一校舎へ向かって走りだす。 はなまろきよう 青桃院学園高等部第一校舎は、学園の創立者である笹河原花麿卿の別邸をわざわざ移築し、 ゆいしょ それをもとに増改築して造られた、由緒のある建物だ。見た目は古めかしい教会建築さながら そうごん の重々しい造りで、教室の内装に至るまで、なにやら荘厳な雰囲気に統一されている。
立ち上る湯気のなかで派手に組み合う伊集院と御霊寺、そのどちらかの足に運悪くしたたか に蹴られて、 「うぎやっ ? 」 白百合と鍋の香りの立ち込める部屋のなかから、剣は廊下へと転がり出てしまった。 「モナム・ ~ ~ ルー もっと乱しておくれつ , いっせいとりしま たましい 「一斉取締りだ、伊集院。今日こそ魂ごと浄化してくれる ! 」 みやげ もはや風紀検査どころではない騒ぎとなったその場から、レンゲひとつを土産に剣はひとり 退場である。 九重寮の玄関まえ。 「うーんと、でもって、けつきよく〃風紀みって、なんだったんだ ? 腹が減ったなあ、とばやきつつ、芝生の茂った学園敷地をぶらぶら歩いていくと、 「あっ、朱雀だ ! す ~ ざ ~ く」 ちょうど伊集院が愛馬に草を食ませていたあたりで、朱雀がゴロリと寝転んで昼寝の最中だ あおむ 駆け寄った剣は、仰向けの朱雀の上にいきなり倒れ込む。 「なあなあなあ、朱雀、あのな。ごりよーじ先輩の風紀違反はトカゲ先輩で、トカゲ先輩の風
あわ 慌てて避けようとした剣だが、またたく間にトカゲの虜。優雅に伸びてきた伊集院の腕にガ ッチリ押さえ込まれて、身動き不能の憂き目に遭う。 ) ところに来てくれ 「ふく、っふつふつふ。おはよう、かわいい風紀委員のキミ。ちょうどいし た。昨夜は階しいところでお別れだったけれど、今朝はこのまま離さない。さあ、ともに朝食 まえにふさわしい〃必殺の一発みを ! 」 「ひやああー なんだなんだ ? あれつ、うーんと、三笠山さん ? でもって、べッドの上に もう一人 ? 」 あれって誰だ ? と目を丸くするあいだに、今度は朱雀の部屋のドアが、バタンと開いた。 「すいませんけど、伊集院先輩。如月の二発みは、オレのもんです」 開けた扉からそう言って顔を出すのは、、、 し力にも不機嫌そうな寝起きの朱雀である。腰に毛 布一枚を巻きつけただけで、いまべッドから出てきたはかりという格好。 「あはははー、朱雀。おまえ、すんごく変な格好だぞ ? 寝るときって、いつつもハダカか ? ろ だ る そんなんで風邪ひいたりしないのか ? 」 が「イロイロするコトがあって、風邪ひくヒマもねー」 こた ゃぶつきらばうに応えた朱雀が、ますは伊集院の腕のなかから剣の身柄をさっさと奪還した。 オ いつもどおり白百合の花とレースで飾り立てられたとなりの個室を、ちら、と見や とり、」 だっかん
てなに ? 」 大理石と御影石のモサイク模様が凝りに凝った、一階廊下の隅。授業終了のチャイムのまえ から、すでにウキウキとタ食に思いを馳せていた剣に向かって、となりからぶつきらばうに、 「なんでもかまわねー」 たかむら 同しく高等部一年、こちらはどこから見ても〃カッコイイ系〃の篁朱雀が、みしかい返事 を放っている。 剣が食欲とケンカ好きとを誇るなら、朱雀は無類の面倒くさがりだ。 せつかくの見た目もオソロシイほどの愛想のなさで、魅力半減。同級生からも「コワくて声 もかけられない」と遠巻きにされる始末。 「えへへ。べつに三条寮がイヤってわけじゃないけどさ。おまえと同し部屋だったら、毎日ケ ンカ ! でもって九重寮なら、朝飯とか晩飯とかオヤッとか思いっ切りルームサーピス ? 」 ろ : べッドの上で、隅から隅までいただきだぜ」 な「あ、あ、夜食と、それから夜明けのオムライスとサンドイッチもっ」 「 : : : 望むところだぜ」 ン どんかん ちよとつもうしん 、朱雀の天下一品の無愛想にも、鈍感かっ猪突猛進型の剣はお構いなし。中学時代以来の友人 もっか フ である剣に目下のところ良からぬ思いを抱く朱雀なのだが、その思いが相手に通じる気配は、 双方の性格ゆえにいっこうにナシだ。 こ
朱雀のまえで胸ポケットから鍵束を取り出すのは、学園に三つある高等部生の寮のうちの一 つ、九重寮の寮長、隅田川だ。 ようぼう 青桃院生にしては派手さに欠ける容貌だが、そのぶん清々しい印象の上級生。 めがね スラリと背が高く、短い髪と、凜々しいまなざしと、知的な眼鏡とが、いかにも頼れそうな ふんいき 雰囲気である。 「あれつ ? 朱雀もテンコの当番なのか ? おそろいだぞ」 寮長のてまえ声には出さすに、めんどくせー、とつぶやく朱雀の横では、剣が、面倒を言い つけられたのは自分だけではないと、あからさまに喜ぶ顔になっている。 歴史ある青桃院学園の寮には、規則が多い。 洗面から食事、入浴に至るまで、良家の子弟にふさわしい生活態度が事細かに決められてい る。ことに一年生については、夜になってからの外出は許可制で、ほかの寮との行き来にもい ちいち届け出が必要だ。 「寮の規則どおり、八時三十分になったら一年生の在室を確認してくれたまえ。鍵は明日の 朝、わたしのところまで持ってくるように。よろしく頼むよ」 もはん あこが 、そんな寮生のまとめ役である寮長は、なかなかの重責、かっ憧れの役目。みなの模範となる べく、日々清く正しい青桃院生であるよう努力しなければならない。 ゅ、 2 つつげ 朱雀に鍵を手渡しつつ、ふう、となにやら憂鬱気な溜め息をつき、廊下の隅のほうを見つめ すがすが
「うひや。なんだか腹が減りすぎて、クラクラしてきたぞ。あ、あ、こんなところにラムチョ ップ ? じゃなくて、ローストビーフ ? わかった ! さっきの特大スペアリプだ ! 」 いただきま 5 す、と喜び勇んで噛みつくのは、朱雀の首筋あたり。 がぶり、と噛まれた朱雀が無表情のまま、ばそっ、とつぶやいて、 がまん 「おかげで、こっちも我慢切れだぜ」 限界だぜ、とたちまち剣を押し倒すのは草むらのなかだ。勢い余ってゴロゴロ転がりながら の格闘である。 「うまっ、うまっ : : : でも、なんだかこのスペアリプ、味が薄い ? 」 「つつーか、そんなに噛んだら痛いだろ」 「うーん。しかも、噛んでも噛んでも噛み切れない ? 」 「そんなに、歯、立てるなよ」 「あれつ ? 薄味のスペアリプが喋った ? でもって、オレの制服脱がしてる ? これもやっ ろ ばし、ロミオとジュリオのタタリ ? 」 る 「今日こそ残らすいただくぜ」 や器用にベストを脱がし、シャツのボタンを残らすはすし、噛まれた仕返しとばかりに、ぎゅ オ ううつ、と剣を抱き締める。この際、食い物に間違われたままのほうが都合がいいぜと、朱雀 は肩に噛みつく剣をゴロンと転がして、 しゃべ
司なんかがあったら真っ先に食っちゃうぞ。えへへ」 「つつーか、目の前にいるヤツに食いっきたいぜ」 剣と朱雀が、伊集院の登場待ちだった。 きた 来るべきご馳走タイムに思いを馳せて、目を輝かせている剣。 面倒な〃秘密の一発作戦みにつき合わされて、朱雀はもはやウンザリの顔色だ。 「そーいえは、凡波ってどこの寮だか訊いたつけ ? トカゲ先輩のとこにいたから九重寮 ? さんじようりよう 三条寮だったら、オレといっしょだぞ」 「どっちでも構わねー」 「にしても、ちょっと変わったヤツだよな 5 。ご馳走食うより、〃一発みのほうが好きなんて 「オレも好きだぜ」 くさ 「そーいえば、凡波に訊かれたぞ。この学園が腐ったりなくなったりしたら、どー思うかっ て。えへへ。そしたら、今度はおまえと一緒に転校だな。でもって絶対に、すんごく学食の美 味しいとこ」 おまえと食いもんがあったら、どこでもいいぞ、と。とびきりの笑顔で剣に言われて、朱雀 はしばし無言だ。 そこで、どうやら空腹に耐えかねたらしい剣のお腹が、キュウウーと請求の声を上げる。
学園敷地内の湖のはとり。 「なあなあ、朱雀。あのひとたち、校舎んなかで夜食とオヤッ食ってたワケか ? にしても、 あんなキュークッそーな格好だと、きっと腹いつばいは食えないな」 第一校舎からはるはる一一体の騎士を引っ張ってきた剣は、朱雀に向かってそんな疑間であ る。 「腹いつばいつつーより、胸いつばいだったんじゃねーか」 「えっ ? 胸いつばい ? そんなに限界まで食ったのか ? うらやましーぞ」 「 : : : オレもある意味、胸いつばいで腹いつばいになりたいぜ きんばく 隅田川と花矢代が脱いだ甲胄は、念のためにロープで緊縛。 あとは伊集院の望みどおりに、一一体を湖に沈めるだけである。 手近な石を一つ二つ括りつけ、あとは自らの重みで湖の底へと沈んでくれることに期待し 「えへへ。こっから沈めちゃえつ。えいっ ! 」 トハウスのすぐわきで、ロープでグルグル巻きにした騎士を、剣は力いつばい水の中へ と放り込んだ。 ついで朱雀もさっさと、もう一体を湖へ。 青白く輝く湖に、伝説の騎士が二体寄り添うようにしてプクプクと沈んでい て、
198 「そー言われてもなー。ここの学校ってそもそも、ビショーネンとかピセーネンばっかしだも んなー」 「名前、わからないんですか」 追跡中の犯人の名前は、と。 ウンザリ顔の朱雀が、最後の最後にそう訊いた。 すると、制服のリポンを息子に結んでもらうとちゅうの司が、明るい声でひとこと。 せいぞう 「凡波だぞ。凡波清蔵」 それを聞いた剣は、たちまち目を丸くする。 「凡波っ ? 」 無言の朱雀と顔を見合わせて、 「えつ、えっ ? 凡波が、バクダン魔 ! 」