『美少年フェスティバル』のメイン会場となるのは、学園敷地内にある湖。 かれい 良家の子息ばかりが集まる華麗な学園にふさわしく、森に囲まれた湖周辺の景色は、それは それは麗しく、かっゴージャスなもの。 あずまや 青い湖面には小島が浮かび、白い屋根のメルヘンチックな東屋が緑のなかにのぞいている。 せいとうかん ぶと、つかい せいとうかい 湖のほとりには、青桃会主催の舞踏会などが開かれる社交会場である青桃館。 ゅうが 生徒たちの放課後の語らいの場となる、優雅なポートハウス。 上級生と下級生とが秘密の約束を交わす、美しい音楽堂。 ししゅうかだん 十九世紀フランスのカフェを模して造られたというカフェテリアが、広々とした刺繍花壇の にぎ 向こうに遠目に見えて、いまはそこかしこを各クラブの模擬店、出し物などが賑やかに彩って 「あのう、先輩。僕のエプロン姿、変しゃありませんか ? 」 「かわいいよ、キミ。ああ、『お ~ 果子研究会』の一年生だね。その美味しそうなマドレーヌ、 うるわ
子縁組を申し出て、晴れて僕たちは切っても切れない親族に ? みかど 「 : : : ちなみに、帝先輩って来るんですか ? 「はあはあ、素敵だよっ、モナムール ! キミが兄なら僕は弟。キミがイトコなら僕はハトコ 。違いないつ」 ひるがえとうすい 脱ぎかけのナイトウェアを翻して陶酔ターンを決める伊集院をまえに、朱雀は質問をあきら める顔だ。 「なあ、朱雀う。寝巻き脱げかけのトカゲ先輩が、着物脱げかけのマネキンのこと押し倒して るぞ」 しいかなあ、と剣か一言いかけたところに、コンコンと規則正しいノックの そろそろ帰っても ) 音がした。 どうやらこの部屋にお客のようである。 礼儀をわきまえたノックのあとに、ドアを開いて姿をあらわしたのは、 ろ 「むうつ ! 伊集院つ」 御霊寺密。 眉間に縦皺を刻んだ、 , で キ青桃院学園における生徒会である、青桃会。知性、品性、容貎、家柄、すべてにおいて優れ ホた青桃院生のなかの青桃院生だけがメンバーとなれるその青桃会の、会長。 ひまご いにしえおんみようどうつかさど 加えて学園理事長の曾孫にして、古より陰陽道を司る御霊寺家の末裔。
せいとういん 東の空を朝日の色が染めて、青桃院学園の森に小鳥のさえすりが響き渡る。 とうとう今日は『美少年コンテスト』開催日。 高等部一年生たちは、誰も彼もが目覚まし時計をふだんより最低一一時間は早くセットした。 しもきたきわ 「下北沢くんつ、お願いだよ ! キミの秘密の美容 ドリンク、一滴でいいから僕にくれないか なっ」 たけなか 「確か手芸が得意だったよね、竹中くん。今日のためにイタリアから買いつけた水着、リポン 引が一つ取れかけてるんだ。助けてー 「その肌のツャ ! ずるいつ、 いったいなにを使ったんだいっ ? 」 0 夜明けとともに起き出した彼らは、決戦に備えて大にしだ。 ン同じく、コンテスト開催を控えて青桃会執行部メンバーたちも、それぞれの仕事に追われて ここのえりよう 九重寮別館の青桃会室では、早くから彼らの声が響いていた。
ろ 九重寮第一一別館。ここは、青桃会室。 しらかば はくあ 白樺の林に囲まれた白亜の建物である。 で キ玄関ホールの入口には、デコラテイプな字体で『青桃少年宮』と刻まれたリポン状プレート ホが掲げられている。 青桃会の役員たちがサロンとして使う、学園生憧れの場所。 ここのえりよう そこは、九重寮へと向かう道のとちゅう。 木々のあいだに目を向けた剣が、びた、といったん立ちどまった。 「朱雀う。あそこにトカゲ先輩がいたぞ。あれつ ? でも、もう見えない」 「気のせーだろ」 伊集院先輩とはカフェテリアで落ち合う約束しただろ、と朱雀。 あたりをキョロキョロと見まわしてみた剣も、くびを傾げたあげくに納得だ。 「おかしーなー。腹減ったせいかなー。どーせマポロシ見るんなら、食いもののマポロシとか が良かったなー」 そして、一一人が歩き去ったあとの小径を、怪しい人影が、同しく学園の中心へ向かってヒタ ヒタとすすんでい かか かし
をしていただきたいんです ! 」 どうやら『美少年コンテスト』における有利な採点のために、教師を買収しようという現場 であるらしい 「おやおや、掘り出すまえから小判がたくさん ? 「なあーんだ。オヤッしゃなかった」 : この際、穴のなかじゃなくてもかまわねー」 なか うんざりだぜ、と朱雀がつぶやき、剣は「そろそろお腹が減っちゃった」と訴える。伊集院 は百合柄作業着姿で「おかしいね」と仏像未発見をいぶかしむ顔だ。 きんばく 三条寮を出てからいままでに見つけたのは、森のなかで金箔仕立て水着を試着中のとある一 年生。 それから、フィギュア同好会の模擬店に並んだク麗しの歴代青桃会会長スペシャル・フィギ ろ ュア『美少年フェスティバル』記念純金モデル〃数十体。 仏像探知失敗のたびに、剣は空腹感が増すばかりである。 ぞうに 「なあなあ、朱雀う。ブッゾーってゆーのは、雑煮にして食える ? 」 ン「食えねーだろ」 「それしやマイゾーキンってゆーのは、きんとんにして : : : 」 「食ったら腹こわすだろ」
つ、穴に落ちろっ」 「下がれつ、色魔 ! 去れつ、大悪霊 ! む 睨み合い、見詰め合う青桃会会長と副会長とが、発掘作業現場でいまにもガップリと互いに 組み合おうかというときだ。 にぎ 「あれつ ? 朱雀。あっちのはうから、なんだか賑やかなのが来るぞ ? 」 剣が朱雀をつついて、そう言った。 ちょうどそちらは学内飛行場の方角。 なにやら騒がしくも優雅な一団が、ゆっくりとこちらに向かってやってくる。 『美少年コンテスト』に合わせて来園した来賓、もしくは審査員として特別に招かれた卒業生 かと思われたが、 あさって 「坊ちゃま、くれぐれもお忘れあそばされませんように。明後日には必す船のはうへお越しく ださいませ」 「〃坊ちゃまみはよしてほしいな。それはそうと、ニューヨークの株式については、明日の朝 ろ までに報告を。例の買収戦略はまかせるからと、一時間以内にシモンズに伝えてくれたまえ」 わかだんな 「かしこまりました、若旦那さま」 ン「あっ、あのつ、このまま湖のはうへ向かわれますか ? それともいったん青桃会室のはうに お席をお作りしましようかっ ? 」 「そうだな。直接会場のはうへ行こう」 にら
「はあはあ。おや、そうかい ? 御霊寺くん。はあはあ」 「こ、フしてキミの真の姿らしきものを目のまえにして、いまはしめて思、つのだ。もしかする ざんまい と、これまでの悪行三昧こそが夢幻ではなかったかと。いや、これは断して、いままでのあれ やこれやを記憶から消し去りたいと願うからではないのだ、伊集院」 「なるほど、そうなのかい、御霊寺くん。はあはあはあ」 「キミがもし、このままもとの大悪魔には戻らす、我が青桃院学園のために正しき青桃会副会 長となってくれるのであれは、これはどむ強いことはない ! 」 「残念。この穴もまたハズレだよ」 「伊集院つ。この御霊寺は : : : つ」 ためら 多少の躊躇いはまだあるものの、どうやら〃ニュー伊集院みにいたく感動を覚えたらしい御 霊寺が、穴の縁から手を差し伸べて、なかの菖蒲を引っ張り上げた。 ところが ろ だ 「ありがとう。さあ、御霊寺くん。さっさとつぎの穴へ。おや、危ない ? 」 「む ! 足元が : : : わたしとしたことが、これは不覚つ」 ンひっきりなしの霊力発揮で疲れていたらしい御霊寺がツルリと足を滑らせ、一一人はそろって その場に転倒だ。 「むつ、むつ、申し訳ない、伊集院。いやしかし、これはどの密着にも鳥肌ひとっ立たないと
196 御霊寺密は泥だらけの格好のまま、教員宿舎の近くで運動部長と合流。 「むむむつ、木葉隠くん。コンテスト開催まであと一一時間余りと迫っているのだ」 くし ぐし 「はいつ、会長 ! しかしながら、あまりのお髪の乱れよう。櫛で整えさせていただいてもよ ろしいでしよ、つか ? 」 「いや、それどころではないのだ。いまは控えてくれたまえ」 その場には、青桃院生にあるましき体格の良さを誇る運動系クラブの部員たちが、手に手に スコップやシャベルやドリルを握って集合している。見れば教員宿舎の周囲は、どこもかしこ いちもくりようぜん も穴だらけで、カと勢いにまかせた発掘作業の様子が一目瞭然だった。 、残す穴掘り候補地は限られているつ。諸君、疲れているだろうが学園のため 「む に励んでくれたまえつ。無事に埋蔵仏発見のあかっきには、各同好会はクラブに昇格。新入部 員獲得に際しては、青桃会が格別の便宜をはかろう」 「ありかとうございます、会長つ。えいえいおーう ! たくま それでは解散、と御霊寺が号令をかけるやいなや、逞しい生徒たちが四方八方へと散ってい セモノみ ! おや、チョコレートと特上海苔とが相性抜群」
へいあん ひまご 染みにして、青桃院学園高等部青桃会会長。学園理事長の曾孫にして、平安時代より陰陽道を いなずけ おとめ つかさど 司る御霊寺家の跡取り息子。妹の御霊寺乙女は〃ニセモノ〃の許婚者。未確認情報によれ ば、怪しげな術を使う可能性アリ』」 すばやく手帳を読み込むと、リュックを背にすっくとふたたび立ち上がる。 目のまえの御霊寺を、ひた、と見つめれは、 「むつ、色魔 ! 」 お祓い棒を手に身構えた相手が、いつものとおりの攻撃体勢だ。 けれども菖蒲はしはしそのまま考える。 「青桃会会長 : : : というコトは、副会長職にある〃ニセモノ〃とは近しい間柄のはす。幼馴染 みとなれば、なおのことさ。当然、学園内のアレコレにも詳しいに違いない。下手に近づくの は危険ではあるけれど、このまま素通りする手はないよ。しかも、彼の妹がアレの許婚者ー とすると : : : 」 うるわ だ思案のあげくにふたたび麗しい微笑を浮かべて、菖蒲は御霊寺に向かって一歩歩み寄る。 そして、ひとこと、 で 々「やあ、お兄さま」 ホ 聞いた御霊寺はたちまち長い髪を、一気に逆立てた。 っ ! 極悪非道の物言いつ、野放しにはできないー 「む へた 医、、んええ
ええええ すさ 凄まじい叫びと同時に、がばつ、と跳ね起きたところに、コンコンとノックの音がした。 このはがくれ 「む。この音は、運動部長の木葉隠くん。入りたまえ」 時刻はまだ明け方。 ここのえりよう そこは九重寮三階の、御霊寺の自室。 せいとうかい 開かれたドアの向こうからあらわれるのは、青桃会メンバーの一員である運動部長だ。 くし ふところ 寝乱れた御霊寺の様子に、運動部長は懐からスイと柘植の櫛を取り出しつつ、 おぐし 「どうなさいましたか、御霊寺会長。ずいぶんと御髪に乱れが。おまけにひどく寝汗をかかれ ているご様子です」 ゅめみ えたい ようかい 「むむう、実はこのところひどく夢見が悪いのだ。得体の知れない金ピカ妖怪が、貧乏神と銭 わざわ 洗い弁天を呼び寄せ、我が学園に災いをなそうとしているらしい にじ はば 断固として阻まなければ、と疲労の滲む顔色でひとりごち、御霊寺はべッドから床へと降り ろ 0 みけん たてじわ 眉間には深い縦皺。 えり っ キ学園高等部一一年生の灰色詰め襟制服を、手早く隙なく着こなして、 ゆいしょ お「よりによって現在、学園では『美少年フェスティバル』を開催中なのだ。由緒正しき行事を とどこお 滞りなく行うことこそ、われわれ青桃会役員の重大なる使命と心得なければいけない。とき すき