「 : : : 乗りたくねー」 〃波間に揺れる愛と美貌と追憶の躑躅号みのてまえ。桟橋の端に、それはロープで繋がれ、う ち寄せる波にプカプカと浮いている。 あき しろもの 剣たちが呆れて眺めるのは、どうひいき目に見てもイカダと呼ぶべき代物だった。 「見たまえ ! これが、我が伊集院家の誇る特別仕立て。そのむかし、有名な博士が有名な学 説を唱えて、世界的に有名な大漂流を思いついたのさ。それは海を越えた民族のルーツをたど る、まさに画期的な大実験。そのとき乗ったイカダの名前が〃コンチキ号 % そして、密と僕 との愛の大漂流のために造らせた、このイカダ。伊集院という僕の名前にちなんで、何を隠そ う〃インチキ号〃だよっ ・ : ますます乗りたくねー」 伊集院が得意気に紹介するその〃インチキみは、これで海が渡れるのかと危ぶまれるはどの 頼りないイカダである。四人乗ったとたんに沈むのが、むしろ当然と思われるような単純な造 けれども、他に稚児ヶ島へ渡る船はない。 にら 沖にかすかに見える漁船の小ささを睨んでから、御霊寺が観念したように〃インチキみのは うへと歩み寄った。 「む : む ! こうなったら、諸君。命の危険を冒して、この〃インチ
128 横波に押し込まれたような格好でインチキ・イカダが流れ着いたのは、黒っぽい岩肌の、の け反るように切り立っ崖のまえ。 手前の岩場がうまく海水を囲い込んで波を堰き止めてくれるので、いったんなかに入ってし まうと、まるで湖か池のような静かさだった。 固くてツルツルで登るにも降りるにも手がかりのない崖は、なるほどこうして潮の満ち引き イカダに乗った剣たちが稚児ヶ島の〃足〃のあいだに吸い込まれていくのを、黒ポスに見張 りを言いつけられた手下一一人が、岩陰から見守っている。 「おつ、いたぜ。あそこを見ろよっ」 「お。なんだ、あいつら崖のほうにまわり込む気か ? 」 「イカダが消えてくぜ。ポスに早く知らせねえと」 「まあ、待て。それより、もうちょっと近づいて待ちぶせしねえか ? もしも洞窟に入ってつ たんなら、出てくるときには例の水を持ってるはすだ」 ボウガンを構えた一一人は顔を見合わせ、ニャリと笑って岩場のほうへ。 せ
事。くれぐれも怪我などないように、無事に学園に帰ることが第一と心得てくれたまえ。こと ふらち のぞ に伊集院、いつものような不埒な心がけで、この探険に臨まれては困るのだ」 っ その忠告を、伊集院がどこ吹く風と聞き流すあいだに、インチキ・イカダは波間を新示い いに目指す島へとたどり着く。 風にも恵まれ、無事に浜辺にでも到着かと思いきや、 「うーんと・ : ・ : なあなあ、朱雀。イカダのプレーキってどこ ? 」 小さな岩が無数に頭を出した磯へと、波に押されて真っ直ぐに突っ込むコースだ。 「うひやあっ ! ソーナンしそーだぞっ」 大きな音を立てて、特製イカダは岩のあいだにガッチリと挟まった。 衝突の衝撃で投げ出された剣は、なんとか平らな岩の上に着地。 朱雀も抜群の運動神経で、難なく水没を免れる。 武道の心得のある御霊寺も当然、苦もなく足場を見つけたのだが、 ろ 「むむつ、ナニをするつ ! 伊集院」 おぼ す「おや、どうしたんだい、マイ・マーメイド・密 ? 僕といっしょに愛の海に溺れようと誓っ ケてくれたハズなのに」 華麗なる飛び込みで早速シマシマ水着を役立てた伊集院にすがりつかれ、たちまち御霊寺の 制服はビショピショになってしまった。 かれい けが
144 「痛てつ : : ・・うひやっ : ・・ : わわっ、滑ったぞ・・ : : えへへ、ごりよーし先輩、乗っかっちゃって ゴメン」 逃げる網男の足音が大音量で反響し、そこにキイキイと鳴き立てるコウモリの声と羽音とが 加わって、洞窟内は騒然。 必死で追いかけて、ついには玉蘭洞の秘密の入口。 がけ 崖の割れ目がばんやりと明るく見えはしめる。 にお おもてから寄せてくる潮の匂いが、いちだんと濃くなって、 「見つけたぞっ」 網男の後ろ姿が、そこに見えた。 インチキ・イカダを持っていかれては大変と、御霊寺が長い髪をなびかせてジャンプする。 カ 「むつ卩」 あえなく生け捕りは失敗。 網男は漁師らしく海へと飛び込んだ。 「うひやあ。すごいぞっ、どんどん泳いでいくぞっ」 剣が感心するあいだに、手早く朱雀がイカダのロープを解く。 三人そろってインチキ号へと乗船し、 ほど
の助けがなければ、なかなか近づきようのない場所ということになる。 どうにかひっくり返らすに済んだイカダの上で、剣たちはそれぞれ顔を上げた。 「すごい。こんなに近くでこの崖を見るなんて初めてだ」 「えへへ。なんだかスペクタクルって感しだぞ。モノのスパイ映画みたいだぞ」 「つつーか、アドベンチャーだろ」 じゃあく 「邪悪な霊の気配はなし。むむつ ! あれを見たまえ、諸君ー あそこを、と御霊寺が指をさしたところに、遠目には見つからなかった崖の亀裂が見えてい 岩肌が黒く、おまけに日の加減で陰になっていてわかりにくいが、崖がちょうど縦にパック リと割れて、その奧へと水がチャプチャプ入り込んでいる。 「もしかして : ・・ : 」 けんめい つぶやいた網男が懸命に水を手でかきだした。 ろ 剣と御霊寺もイカダをすすめるのに協力する。 ン近寄ってみると、亀裂の奧が空洞になっている。 ケ ウ 一同がいっせいに身を乗り出して、 「玉蘭洞の入り口だ ! 」 地図にハッキリ書かれているのとは別の秘密の入り口だぞと、そろって声を上げた。 きれつ
「うーんと、蹴ったらいけるかな ? 」 「む。蹴ろう」 「 : : : 足なら無事だぜ」 「じゃあ、せえの、でいっしょに」 ガッン、といっせいにインチキを蹴りつける。 ぎしよう 四人の脚力を合わせて、見事ひと蹴りで座礁したイカダの救出に成功だ。 「高い波が来るから気をつけて。いまだよっ、乗ろう ! 」 網男の号令でふたたびインチキ号の乗客になる、剣たち。 と、とたんに強い風と波とが、インチキ・イカダをぐんぐんと運びはじめた。 「うひやー、すごいぞ。漕がなくっても島のはうに近づいてくぞっ ? 」 「潮の流れで引っ張り込まれてるんだ ! ふつうの船じゃ、磯には近づけないから、こんな流 ろ れがあるなんて、いままで気がっかなかった。なんだか島に呼ばれてるみたい。あっ、危ない す ン っ ! 横波が来るからっかまってつ」 ウ「ひやああああああああ ! 朱雀朱雀つ、だいじよぶかっ卩」 「・ : ・ : 腕、つかむなよ」 つ、水難よっ、去れ 「む き、
204 「兄貴 ! 」 稚児ヶ島の眠る青い海に、『兄弟丸』が漂う。 その向こう。 輝く波間に、よくよく見れば、なにやら黒く小さい点が見えていた。 もてあそ 寄せては返す大小の波に弄ばれながら、その漂流物はドンプラコッコと海の上を流れてい さまよ いっそう どうやら身を寄せるべき港を求めてひたすら彷徨う、一艘の小さな舟らしい いや、目を凝らしてみれば、舟ではなくイカダだ。 ごくごく単純な造りに、帆が一枚。 色はローズピンク。 ペイントされている文字は、〃インチキみ 乗っているのは、 ほっほっはつほっはっー 「は だれがなんと言おうと筋肉よ いさぎよ たくま からだ せいかん 潔い五分刈り、逞しい身体に革のライダーズ・スーツ、精岸な顔にサングラスの、ムッシュ ウ黒ポスだ。 どうやらあのあと、インチキ・イカダで稚児ヶ島を脱出した模様。 めがね 波間を漂いつつ、お鑑にかなう救助を求めているようであるが、 0 0
「なあなあ。アレとられちゃったら、ミカド先輩に叱られたりすんのかな ? 」 「つつーか、それ以前にトカゲ先輩が絶減の危機だろ」 どたんば あえ つ。苦難に喘ぐ旅人への土壇場での裏切り。規律正しい青桃院学園、青桃会会長 「む として、このまま見過ごすわけにはいかない ! 」 「あれつ ? 朱雀朱雀。あそこ見ろよ。あの岩の上から黒いだれかが、こっちに向かってなん かするところ ? 」 なんだろう、と。 剣が指をさすのと同時に、ビュン、となにかが飛んできた。 「うひやああっ ! 」 鋭いボウガンの矢。 危うくイカダから逸れたのが、海中深くに突き刺さった。 黒服の手下である。 ろ 見張りに来ていた一一人組が、どうやら不老長寿の水の奪取を狙って、攻撃を仕掛けてきたよ る ンうだった。 ウグンツ、とふたたびイカダが波に運ばれだす。 剣たちは、海の上を磯に向かって滑るように引っ張られてい 行く手には、もうすぐ磯に怺ぎ着こうという網男の姿。 しか ねら
たのはデンセッのリヨーシュ ? 」 ゴチャゴチャしてわかんないぞ、と首を傾げた瞬間、濡れた岩でツルリと足を滑らせた。 「うひやっリ 危うく崖から落ちそうになるところを、またしても引っ張り上げるのが朱雀である。 「なあなあなあ、朱雀朱雀朱雀っ ! おまえ、腕から血が出てるぞっ , 「 : : : そー思うんなら、滑んなよ」 そうこうして戻ってきたのは、稚児ヶ島のちょうど〃足〃のあたり。 剣たちが洞窟探険をしているあいだに満ち潮の時間を迎えたとみえて、網男の言ったとお り、はしめに島に到着したときとはあたりの様子が一変していた。 大小の岩がそこらじゅうに突き出していたのが海に沈んで、大きなものの頭だけが突き出し た格好になっている。 島の〃両足みのあいだまでが海に浸かった格好で、切り立った崖になっているそこへ近づく のには、確かにイカダに乗っていくのが良さそうだ。 「あったぞ、インチキ ! 」 大きな岩と岩のあいだに挟まったインチキ・イカダが、まだかろうして水没せすに見えてい 海の上に頭を出している岩から岩へと飛び移りながら、剣たちはなんとかそこまでたどり着 かし
それを見て目をまるくした網男が、なぜだかそのあと複雑な面持ちだ。 駄目でもともと、とにかくインチキ・イカダで秘密の入り口探しに挑んでみようと、剣たち はふたたび出発する。 黒服たちの目を避けつつ森を抜け、イカダを残してきた岩場まで下っていくとちゅう、 「なあなあ。おまえってさ、ここの洞窟探険したことあるの ? 」 そう気安く網男に訊ねるのは、剣。 「ううん、ないよ。稚児ヶ島には近づかないほうかいいって、村の漁師のあいだしゃあ、言い 伝えみたいだから。悲しい伝説があるから、そっとしておくようにつて。それに、むかしは魚 がとれたみたいだけど、いまじゃ島のまわりはサッパリだし」 「ふうん。だって、フローチョージュだろ ? 飲んだら元気で長生きするんだろ ? 」 「それはそうだけど。オレはとくに、伝説の島なんかには軽々しく近づくもんじゃないって、 兄貴から強く言われてたし」 ろ 「アニキ ? 」 る す ン 「 : : : うん」 ウ雑草をつかんで身軽に岩場を降りていく網男の声が、急に悲しい調子になる。 剣は、港で漁師たちから聞いた話を、はた、と思い出して、 リヨーシュとケンカでドークッ行き ? 、つーんと、あれつ。ドークツに行っ 「あっ、そーか。 おもも