つねに学園の秩序を乱す騒動のもとである青桃会副会長、伊集院躑躅はおりよく留守。 ふところ 胸を張ってそう告げる御霊寺に向かって、おもむろに懐から取り出したものを広げて見せる あてひと 前青桃会会長、帝貴人である。 テープルの上に広げられたそれは、一枚の古びた地図のようだ。 一目見るなり御霊寺は、はつ、と目を瞠って胸のまえに印を結ぶ格好になる。 「こ、これは : わぎわ なにやら災いの気配が、と。 にわかに厳しい顔つきになる御霊寺をまえに、帝前会長はゆとりの微笑みを口もとに浮かべ つつ、 「かわいい一年生への、わたしからのプレゼントにしようと思っている。初々しくて見どころ すいせん のありそうな『花』を一輪、推薦してくれるかな。御霊寺会長」 ちつじよ みは いん ほほえ
「〃会長みはやめたまえよ、御霊寺くん」 ちやわん ふ、と笑って茶碗に手をのばすのが、これまた美青年である。 青桃院学園高等部一一一年生。高校生というよりは、すでに大人の雰囲気を漂わせる、いかにも たんれい めいせき 容姿端麗、頭脳明晰でありそうな生徒だ。 ひたい 背丈はおそらく御霊寺と同じか、ほんの少し彼よりも高い。髪を額にかからないようにかき 上げているので、余計に大人びて見える。 しりぞ しいえ、会長。青桃会会長職を退かれたとはいえ、わたしたち後輩にとってあなたは、いっ みかど までも尊敬してやまない帝会長でいらっしゃいますので」 そう言いながらキンツバをさし出す御霊寺に向かって、彼、帝はわすかに苦笑してみせた。 「ところで、御霊寺くん。どうだろう、今年の一年生は。せつかくこの時期に学園に戻ってき たからには、わたしも『花摘み』に参加しようと思っている。元気のいい変わり種が、一人く らいはいるだろうか。実はそのために : ・少々面白いものを持ってきていてね」 「面白いもの、といいますと ? 」 いじゅういん こおど す「キミの幼なじみの伊集院くんあたりが、小躍りして歓びそうなものだ」 「むつ。伊集院 ! お言葉ですが、帝会長。アレはただいま学園を離れている最中。よって、 さまた いんらん 由緒正しい学園行事である『花摘み』も、呪われた淫乱大悪霊に妨げられることなく、無事に 1 催されることでしよ、つ」 はなっ よろこ
104 「むむつ、伊集院 ! なんとつ、篁 ! 」 砂につぎつぎと矢が突き刺さる。 かば 剣は朱雀に庇われて、無事。 武道の腕が確かな御霊寺も、すばやく矢を避けて無傷だった。 けれどもシマシマ水着の伊集院が、黒服たちによってたかって羽交い締めにされてしまう。 そして、朱雀が、 「なあなあ、朱雀 ? 」 「おまえ、血が出てるぞ ? 腕、怪我しちゃったのか ? もしかしてオレのこと、庇ってくれ たのか ? 」 ・ : 痛てー」 ぶあいそう 傷ついた腕を押さえて、いつも決まって無愛想な朱雀が、堪らす顔を歪めていた。 伊集院を捕らえた黒服のポスが、すいつ、とこちらへ一歩踏み出して一言う。 「おいつ、ガキども。こいつを返してほしかったら、洞窟の秘密の入り口が描かれたその地図 を、オレに渡すんだ。まさか、大事なダチを見殺しなんかにはしねえよな ! 」 せりふ すき その台詞に、眉間の縦皺を深くした御霊寺が、黒服たちのわすかな隙を突いて声を上げた。 「むつ、いまだ ! 逃げたまえ、諸君つ。わが御霊寺家に伝わる由緒正しき霊能力の告げると たかむら たま ゆが
かすかにする。礼と言ってはなんだが、あらかたのコトは説明をした。そろそろ我々は出発し なければならない」 さあ行こう、と言って真っ先に立ち上がる。 いよいよ稚児ヶ島探険に出発だと、剣と朱雀も御霊寺に倣って朝食の席から起立。 「おや、密。駄目だよ。僕がいっしょでなければ、島へは渡れないのさ」 がばつ、と飛びつく伊集院に引き止められて、御霊寺がバタバタとその場で足踏みになっ 「むむつ、なにを言う。離してくれたまえ、伊集院つ。我々はすでに善良な港のご老人に、稚 のろ 児ヶ島への送り迎えを依頼しているのだ。いらぬ心配は無用。関わり合いになれば、即座に呪 われる」 「ふつふつふつ。甘いよ、密。だってホラ、港のご老人たちのカントリー・ティストあふれる 船は、すでにあのとおり海の上だから。キミたちに残されているのは、伊集院家の豪華客船だ けなのさ。さあ、歓びの波に乗って愛の大航海へと繰り出そう ! 」 見てごらん、と伊集院に言われて、御霊寺は食堂の窓から海のほうへと目を向けた。 つられるように、剣と朱雀も。 見れば、窓の向こうに広がる青く光る朝の海には、すでに沖遠くへと出ている漁船の影が群 なら かか
「〃青桃院のカラスミ〃 ? 、つら 「泣かせた下級生は数知れす。でも、あんまり優雅なかただから、恨む子はひとりもいなかっ もはん たって。そういうわけで、いまの一一年の先輩たちは、帝の君を慕って模範にしてるかたが多い んだ。先輩ご自身は、お小さいころから帝王学や経営学を学ばれて、この春に最上級生になら れてからは、ほとんどをご実家か海外かで過ごされてるっていう話でね」 そんな先輩だから、一年生にとってはますます雲の上の存在。 伝説上の人物といっても、はば過言ではない。 まさか今日の『お声がかり』に姿をあらわすとは、だれひとりとして想像もしていない ゆえにこの場の悲鳴なのだと、手にしたディジーをふたたび窒息状態に追い込みながら、竹 千代が教えてくれる。 かね そこに、十一一時の優雅な鐘が聞こえてきた。 鐘の音とはほ同時に、カフェテリアの玄関入り口に、灰色詰め襟の一一年生が姿をあらわし わんしよう 彼らの腕には『行事委員』の腕章。 あとにつづいて入ってくるのが、つねに背筋正しい青桃会会長の御霊寺だ。 「ああっ、御霊寺先輩だっ」 「憧れの御霊寺会長、いつ見ても素敵ー した ′」りよ - つじ
サングラスをかけたゴッい顔の黒ポスが、ゆっくりと振り返った。 黒服集団が明らかにこちらへと殺気を向けてよこす。 ひる それでもさすがに怯まない青桃会会長御霊寺が、崖の上で胸を張り、 「待ちたまえ ! 我々はこうして戻ってきた。キミたちの望みのモノを、このとおり持ってい る。古地図ばかりではなく、玉蘭洞の奧の奧までの探険を試みて、ついに伝説の水を手にして 戻ったのだ ! さあ、如月くん、水筒を」 促されて、剣は水筒を高く持ち上げてみせる。 「えへへ。見ろっ、水筒だぞ。フローチョージュのピショーネン入りだぞ。すんごい効き目 けが で、朱雀の怪我もこのとーりだぞっ」 このとおり、と指をさされた朱雀が、面倒くさそうに怪我した腕をグルグルと振りまわして みせる。 御霊寺がさらに胸を張り、 ろ 「あらためて聞きたまえ、悪人諸君つ。キミたちが人質を傷つけるつもりであるなら、我々は ンこの水筒をすぐさま逆さにする。由緒正しく秩序ある水ドロボウならば、おとなしく人質と水 ウの交換に応したまえつ」 いまだ行こう、という御霊寺の指図で、剣と朱雀は、せえの、で一気に崖から駆け降りた。 白砂美しい稚児ヶ島の浜辺で、黒服集団 >()n 剣たち三人。
「ポンジュ ル ! モナムール、そして、かわいらしい風紀委員のキミたち」 たまらんどう 「む。というわけで、これが玉蘭洞の地図なのだ」 ちちゅうかい 朝からポリュームたつぶりの食事が並んだ、地中海ムードあふれる食堂のテープルの上。一 りちぎ みかど 泊一一食付きの僴りは早めに返しておこうと律儀に思うらしい御霊寺が、伊集院のまえに、帝か ら預かった古地図を広げて見せていた。 すでに東の空には太陽がのばり、朝の海がテラス越しにキラキラと輝いて見えている。 これがバカンスならば、食事のあとには海辺の散歩がさぞかし心地よいだろう。 すい」、つ が、しかし、学内行事の遂行を第一に考える御霊寺には、そんな寄り道など許せるはずもな しきま 「この上は一刻も早く色魔の巣を脱し、無事に伝説の島に渡ることを目指すべきだ。いいか、 諸君。この地図から見受けるに、そもそも人の形をした島だったこともあって、稚児ヶ島と名 どうくっ びしようねんのいずみ 付けられたらしい。このとおり、地下に広がる洞窟もほば人型。目指す〃美少年之泉みは : むむ、ここ ! 」 覚えておきたまえ、と。 剣と朱雀に厳しく言い渡しながら御霊寺が指さす古地図には、ところどころ色褪せた洞窟の おちごそう 見取り図が記され、〃美少年之泉みの位置には、ご丁寧に湧き出る水と御稚児草が描き込まれ ている。 ていねいわ しま
初夏の風に撫でられるアンティーク・シャンデリアのクリスタルが、なんとも一一一一口えず上品な 音を立てて揺れる下で、 「お珍しいですね、会長。本日はご実家のほうから、わざわざ ? 」 ′」りようじ 現青桃会会長の御霊寺が、不意の客に向かってそう問いかけていた。 ひそか 御霊寺密。 まっえい おんみようどうつかさど ひま′」 青桃会会長にして、学園理事長の曾孫にして、平安以来つづく陰陽道を司る家筋の末裔に して、霊能力の持ち主である。 高等部一一年のグレーの詰め襟制服姿に、腰まで届くほど長い黒髪が少々異様。 きりりと結んだロもとに、厳しいまなざしの切れ長の目。 詰め襟制服も似合うが、ぜひとも着物姿も見てみたいと思わせる、純和風の美青年だ。 ていねい その御霊寺が、丁寧な手つきで日本茶をいれている。 学園高等部生の項点に立つ、青桃会会長 : : : ふだんならば他の執行部メンバーやお付きの下 級生たちが、彼にお茶などいれさせないのだが、 「どうぞ、甘みの濃い宇治です。お口に合うといいのですが、会長」 ノ ( しカカてすか、と。 お茶、つけにキンンヾま ) 、ゞ。 話しかける相手は、窓際の椅子にゆったりと足を組んで腰かけた、白い詰め襟制服の生徒だ へいあん
西日の色のなかに浮かぶ、稚児ヶ島。 「んしや、行こーぜ ! 朱雀つ、ごりよーじ先輩卩 つるぎすぎく 剣、朱雀、御霊寺は、網男と別れた磯から、伊集院救出に向かって出発した。 ウ剣はヤル気しゅうぶんにポキポキと指を鳴らし、朱雀は黒服から奪ったボウガンを手にさげ ている。 とな 御霊寺はブップッと唱えごとをしつつ、自分たちの行く末を占うらしい これは恋だろうか、と。 とつじよ 〃青桃院のカリスマみからの予想外のご下間に、執行部メンバーは突如として激しい呼吸困難 おちい こカ旧っこ。 あとじさ ョロヨロとドア近くまで後退り、顔面蒼白のまま激しくくびを左右に振る。 たわむ 「かっ、会長っ ! お、お、お、お戯れをつ。いけませんつ。そのようなお言葉を口にされて みぞう は、学園しゅうが未曾有のパニックにつ」 そうはく
中電灯で照らしてみたら、白い骨がたくさん山になってたっ ! 」 「・ : ・ : 人骨かよ」 「え ? え ? うーんと、にしたら小さくってコマゴマしてた ? 」 「 : : : しや、コウモリしゃねーか ? 」 「あっ ! そっか。なーんだ、良かったー」 「 : : : 腕つかむなって。痛てー」 剣の乱入で、網男の話は中断だ。 そこに御霊寺も帰ってくる。 「この先は曲がり角も少なく、空気の通りもあるようだ。篁、疲れはとれたか ? む、網男く んは、どこか具合でも ? 」 どうやら御霊寺の道のほうが当たりだったらしい 剣の行った道は骨の山で行き止まりだったということで、ふたたび一行は歩きだす。 ろ 網男は時おり目をこすりながら、トボトボと気落ちしたような足どりだ。 ンそして、しばらくすすんだのち。 ウ「むむつ。なにやら広めの場所に出たようだ」 ごりよーし先輩、地図地図っ。ええっと : : : さっきのが、このあた 「はんとだ、ほんとだー ・ : もうちょっと行ったところが、デンセッのピショーネンのはすだぞっ」 りだとすると :