男たちは、それぞれ岩陰などに隠れながら双眼鏡をのぞき込む。 「ありゃあ、制服か ? こんな日に限ってガキが水遊びかよ」 三、四 : : : 四人だ。どうする ? 」 イライラと足を踏み鳴らす仲間たちに訊かれて、なかでいちばん体格のいい男が、手にした ボウガンで海のほうに狙いをつけてみながら舌打ちをした。 「おいつ、だれかポスに知らせに走るんだ。西側の浜辺のほうに降りてるはずだから。ガキど もは、ちょっと遊んだら飽きて帰るだろう。面倒なことになるようなら、ポスの指図で手つ取 り早く片づけちまうことになるさ」
どうか、とか : ・・ : 会社をひとっキミにあげてみようか、とか : ・・ : 今夜ひと晩キミの言いなりに なってあげよ、つか、とか : いろいろ迷ったすえに、ついさっき決めた」 「え ? プレゼント ? えへへ、それって食いもん ? 」 「いいや。食いもん、ではなく、飲み物だ。これをキミに」 これを、と言って帝が手を持ち上げる。 その手のなかにあるのは、水筒である。 さきはど剣が渡したばかりの、〃美少年之泉〃の水 : : : 実は海水だ。 キョトンと、剣ばかりかその場の一同が目をまるくして、帝前青桃会会長の顔を見る。 びもくしゅうれいようぼうたんせい 眉目秀麗、容貌端正、白い詰め襟制服姿に隙一つなしの帝が、にこ、と笑って一 = ロうには、 「そもそもコトのはじまりが会社の経営をめぐっての父との賭けだったことは、最初に話した ね。けれど、キミが水探しに出かけているあいだに、ふと気が変わった。不思議な水を手に入 れることが楽しいのではなくて、それを探し求めるあいだが楽しいのだとわかったよ。後輩諸 君のいれてくれた美味しいお茶を飲みながらジッと待っているのは、意外に退屈だった。だか ら、今度キミが旅に出かけるときには、ぜひわたしも同行することにしよう : : : 」 かし わかるかい、と目で訊ねられて、剣はくびを傾げるばかり。 「ええっと、つまり、先輩は、お茶よりも水が好きってコトなのか ? 」 「そう。だから、かわいいタンポポくん。この水を、半分キミにあげよう」 すき
「いいか、如月くん。不老長寿とは、年をとらずに長生きをするという意味なのだ。古来、人 はみな老いて死ぬことを恐れ、不老長寿や不老不死の秘法・妙薬を探し求めたものだった。こ とに国を治める王や権力者などは、手にした富やカを失わすに永遠に生きたいと望み、怪しげ しんしこうてい な薬を口に入れ、かえって命を縮めたものも多いと聞く。秦の始皇帝の命令で、不死の薬を手 じよふく に入れるために旅に出た徐福という男などは、なんと海を渡って日本に流れ着き : : : む、如月 くん。人の話を真面目に聞きたまえ」 剣たちが乗り込んだ帝家の飛行機は、座り心地のよいソフアやら、上等な酒のポトルの入っ ろ だたキャピネットやらを備えた、実に内装豪華な〃空飛ぶプライベート・ルーム〃だった。胸に す『帝印』をつけた黒スーツの乗務員が同乗し、なにからなにまで世話を焼いてくれるという、 ケデラックスさ。 飛行機が学園を飛び立つやいなや、さっそく剣はリュックから弁当を引っ張り出しての腹ご しらえである。御霊寺が熱心に〃不老長寿〃についての講義をしてくれるが、ふだんは味わえ じゅ からな 心配そうな竹千代に手を振られ、背中のリュックいつばいの弁当とお ~ 果子とともに〃不老長 寿の水み探しへと出発だ。 ふろうちょう
か、炊きたての白いご飯といっしょに食わせてもらえちゃう ? 」 聞いた剣が、たちまち舌なめずりだ。 一同が目を向ける海の上。 もうすぐ沈む夕日に照らされて、猛スピードでこちらへと向かってくるのが漁船の群れだっ かんばん なび それら十数隻の先頭。『兄弟丸』の色鮮やかな大漁旗を靡かせる船の甲板で、 「おおおー ちぎれんばかりに手を振っているのが、網男。 よくよく目を凝らして見れば、船を操縦しているのは体格逞しい青年漁師のようだ。 「ヤバイつ。ガキどもの応援だ ! 」 「しようがねえ。逃げろつ。早くボートに乗れつ」 形勢逆転とあきらめた黒服たちは、ポスを残したままでつぎつぎと逃げだしていく。 ろ 黒手下たちが残らず去り、剣、朱雀、御霊寺が制服の砂を手で払いつつ、まぶしいタ日に向 る ンかう波打ち際では、 ウ「筋肉よっ , ポ 「いいや、骨さ」 「筋肉だったらっ」 こ
いしてやろうしゃないか」 その言葉に、網男の肩に手を置こうとしていた漁師もうなすくようだ。 「そうか : : : そうだな。それがいい」 「賛成だよ。こうなったら、みんなで網男のために祈ってやることにしよう」 そうしよう、そうしよう、とまたたく間に意見の一致をみて、みなしてこぞって手を合わせ はじめる老漁師たちだ。 ちょうど家のまえを通りがかったものに、窓からだれかが声をかけ、 ) っしょに祈らないかねっ 「おおいつ、爺さんー こうなったら人数はできるだけ多いほうがいい。村の住人たちを集めてこようと、何人かが 急いで外へと走っていき、 「なあ、網男んところで祈ってるんだが、あんたも来ないかね . 「なんでも稚児ヶ島の水だそうだよ。ああ、ちょっと、そこの : : : おまえさんも、時間があっ ろ たら祈りに寄っていかないかい ? 」 ン玉蘭漁協の即売場のまえ。 いじゅういん ウ今晩のディナーのために魚を仕入れに来ていた伊集院家の執事と料理長までもが、お祈り要 員にスカウトされた。 「はて、なんでございますか ? 稚児 ? それはまた、なにやら効きそうな。よろしゅうござ じい
しオし 「うひやー、タイにヒラメ ? そしたら今度こそ刺し身で食い放題 ? うーんと、でもってオ トヒメってゆーのは、ナマでもいける ? 」 剣と伊集院がふたりして、危機感ゼロの期待に胸躍らせるあいだに、 「むむつ ! あれはつ」 「 : : : 洞窟でコウモリ食っといたはうが、断然マシだったぜ」 ハラバラと黒服の男たちが走りだしてきた。 いまのいままで静かだった浜辺に、 ふんいき どう見ても好意的な雰囲気ではない。 あっという間に前後から挟み撃ちにされる格好である。 敵の人数は、ざっと見てもこちらの倍以上。 体格のいい大人ばかりで、しかも手に手に物騒な武器。 どうやら一見したところ、タイやヒラメの熱烈歓迎ではないようだ。 ろ る す ン なかのひとりが、ドスのきいた低い声をかけてよこす。 ウ革のライダーズ・スーツにサングラス。 まるでハリウッド映画の悪役さながらの迫力で、剣たち四人を睨みつけ、 「おい、ガキども。おとなしくしていれば、怪我はさせねえ。持ってる地図を、黙ってこっち けが にら
「それしや、タンポポあげたら、かわりにクイズ ? でもって、実家で食べほーだい ? 確か竹中がそう教えてくれたつけ、と。 雑草と泥付きのタンポポを握ったままで「クイズよりケンカのほうが得意だな」と、剣はひ とりごとである。 すざく 泥まみれの剣の手を取る帝前青桃会会長を、面倒そうに斜めに睨みながら朱雀が舌打ちして えり ほほえ っ 微笑みを浮かべた帝は、白い詰め襟制服のポケットからなにかを取り出して、 「タンポポが似合うキミにあげたいのは、クイズではなくて、これだよ」 剣の目のまえに示されたのは、古びた一枚の地図。 きさ、り、 「如月くん。キミにはちょっとした学園外活動を頼もうと思っている」 「え ? え ? それって、食い物がらみのイベントかなにか ? 」 目を輝かせる剣のとなりで、すかさす朱雀が手を上げる。 「すいません、先輩。オレもいっしょに行っていいですか ? こいつ、カンベキに方向音痴な うえに、足が食欲に直結してるもんで」 たけなか にら
長が、これからここで盛大に淫らなアレコレをつ ? ああっ、無情 ! 」 その驚きようから察するに、この期に及んでそもそもの稚児ヶ島行きのいきさつを、まるで 理解していなかったらしい伊集院だ。 はがじ 前青桃会会長のまえで粗相があってはならないと、御霊寺がすかさず彼を背後から羽交い締 めにする。 剣は、くびにかけていた水筒を手に持ち替えて、うしろの朱雀を、ちら、と振り返ってか ら、 「えへへ、ミカド先輩。オレたち、伝説の島まで行ってきたぞ。でもって、ピショーネンのフ ローチョージュをめでたく見つけたぞ。とちゅうでイカダがインチキだったり、ゴリラに襲わ れたりで、けっこー大変だったけど、最後はタイやヒラメのどんちゃん騒ぎで、すんごくオメ デタイ感じ ? 」 びしようねんのいずみ これが伝説の〃美少年之泉みの水、と。 ろ しお もう片方の手に握っていた萎れかけの御稚児草とともに、預けられていた水筒を帝のまえに る ン差し出した。 ウ水筒のなかには確かに水が入っている。 けれどもそれは実のところ、網男に譲った本物の代わりに汲んだ、海の水である。 探してきてはしいと頼んだ伝説の水を目のまえにして、帝は、 そそう みだ あみお およ
驚く三人を見まわしてから、茶碗を手に帝はさらにつづけていわく、 とぎばなし 「曾祖父が手に入れたのは、この古い地図と、お伽話の本だったそうだ。本のはうは、古くか しる ら島の付近をおさめていた領主の家に伝わる昔話を記したものでね。その昔話のなかに、稚児 びしようねんのいずみ ヶ島の〃美少年之泉〃にまつわる、不思議な物語が入っている。島の秘密の洞窟の奥にある、 ふろうちょうじゅ 百年に一度しか湧き出さないという、不老長寿の泉の話だよ」 大人びた顔を、にこ、と笑わせて、帝が打ち明けるのは、そんな不思議な物語だ。 帝家所有の島には、伝説がある。 さらには秘密の洞窟がある。 その洞窟の奧に、百年に一度しか湧かないク美少年之泉〃があるという。 おまけに、泉の水は、不老長寿の水だという。 そして、 「如月くん、わたしからのキミへの課題は、その水を汲んできてはしいというものだ」 : 伝説の水を、吸んできてほしい。 こ目をまるくしていた剣は、さらに目一杯大き 帝のその言葉に、ただでさえ不思議な泉の話。 く瞳を見開いた。 「えつ、水 ? 」 「むむむつ、美少年 ! 」 ちやわん どうくっ
「ば、僕なんかっ、実家の爺やに運ばせた取っておきの薔薇が、今朝になって萎れはしめちゃ ったんだ。なんていう悲劇なんだろう , 彼らの慌てぶりを眺めた剣は、缶に残った最後のクッキーを口に放り込んで、目を。ハチクリ とさせている。 となりの竹千代が、手にした白いディジーの花を大事そうに見つめながら、こう言った。 「いやだなあ、如月。忘れちゃったのかい ? 今日はこれから『お声がかり』なんだよ」 『お声がかり』。 くだ そう聞かされてみてもまだ、剣はロいつばいのクッキーを噛み砕いて飲み込みつつ、てんで わからない顔だ 「んん : : : うまっ。うまかったなー、このクッキー。特に最後のチョコチップ。でもって、え えっと、『お声がかり』 ? ソレってなに ? 食えるモノ ? 指を舐めながら訊くついで、そばを歩く朱雀のはうを見やって、あれ、と目を丸くした。 「なあ、朱雀。おまえ、なに持ってるんだ ? 花か ? しかも、枯れたやっ ? 」 ぶあいそう ふだんの無愛想から花など手にするとは思えない朱雀が、いかにも面倒くさそうに片手に花 をぶら下げていた。 ゆり 百合である。 いや、〃以前は百合の花であったモノみと表現したはうが適当だ。 しお