おちごそう ら、証拠のオゴチソー、しゃなくって御稚児草。ビショーネンの形の泉のそばに、咲いてた花 だもん」 ほら、と取り出してみせるのが、〃美少年之泉〃のほとりに咲いていた、これまた伝説の白 ささや それを見せられた黒服たちが、互いに顔を見合わせてヒソヒソと囁きだした。 「おい、どうやら本物みたいだぞ。美少年型の泉とか、花が咲いてただとか、えらく一一 = ロうこと が具体的しゃねえか」 「それに、あいつの腕の屋我。確か、けっこう深い傷だったはずなのに」 うそ 「だいいち、あの小っこいガキにうまい嘘がつけるわけがねえ。ポスとは違って、顔がカワイ イぶん、どう見ても〃天然みだ」 早くこの仕事が終わってはしいという期待も込めて、どうも真実味がありそうだぞと信じて くれる気配 ろ 黒ポスが、ゆっくりとサングラスをはすす。 る す ン 鋭い目つきで、まっすぐに剣の手のなかの水筒を睨みつける。 ウそして、 「よおし」 地を這うほどに低い声で、そううなすいた。
「えへへ。コウモリとか住んでるドークツだといいな。ついでに、すんごいケモノとかもいた りして」 うれ 厳しい面持ちの御霊寺に対して、大冒険だぞ、といまから剣は嬉しそうにポキポキと指を鳴 らしている。 のぞき込む地図に描かれた見取り図は、確かに少々変わっていた。 小さな無人島とはいえ、稚児ヶ島は、グルリと周囲を歩いてまわればかなりの時間がかかる はどの大きさだ。 伝説の洞窟、玉蘭洞の入り口は、人型の稚児ヶ島のちょうど〃頭みの部分にあたる杉の大木 びしようねんのいずみ の近く。ただし、肝心の〃美少年之泉〃にたどり着くまえに、洞窟はいったん途切れている。 〃美少年之泉〃があるのは稚児ヶ島のもう半分で、見取り図で言えは、足のほうからしか入れ ない。なのに洞窟の足側には、入り口かどことは書かれていないのだ。 「プラボー それでは稚児ヶ島の下半身の秘密に、これから大接近で大征服というわけだ ね」 いじゅういん インチキ号のマストにつかまって、シマシマ水着の伊集院は上機嫌。 あんど このまま行けばどうやら波をかぶる心配はないようだと安堵しつつも、依然として厳しい顔 色の御霊寺が忠告である。 せいとうかい 「いいか、キミたち。この稚児ヶ島探険は、前青桃会会長のお指図による由緒正しい学園内行 おもも ゆいしょ
長が、これからここで盛大に淫らなアレコレをつ ? ああっ、無情 ! 」 その驚きようから察するに、この期に及んでそもそもの稚児ヶ島行きのいきさつを、まるで 理解していなかったらしい伊集院だ。 はがじ 前青桃会会長のまえで粗相があってはならないと、御霊寺がすかさず彼を背後から羽交い締 めにする。 剣は、くびにかけていた水筒を手に持ち替えて、うしろの朱雀を、ちら、と振り返ってか ら、 「えへへ、ミカド先輩。オレたち、伝説の島まで行ってきたぞ。でもって、ピショーネンのフ ローチョージュをめでたく見つけたぞ。とちゅうでイカダがインチキだったり、ゴリラに襲わ れたりで、けっこー大変だったけど、最後はタイやヒラメのどんちゃん騒ぎで、すんごくオメ デタイ感じ ? 」 びしようねんのいずみ これが伝説の〃美少年之泉みの水、と。 ろ しお もう片方の手に握っていた萎れかけの御稚児草とともに、預けられていた水筒を帝のまえに る ン差し出した。 ウ水筒のなかには確かに水が入っている。 けれどもそれは実のところ、網男に譲った本物の代わりに汲んだ、海の水である。 探してきてはしいと頼んだ伝説の水を目のまえにして、帝は、 そそう みだ あみお およ
かすかにする。礼と言ってはなんだが、あらかたのコトは説明をした。そろそろ我々は出発し なければならない」 さあ行こう、と言って真っ先に立ち上がる。 いよいよ稚児ヶ島探険に出発だと、剣と朱雀も御霊寺に倣って朝食の席から起立。 「おや、密。駄目だよ。僕がいっしょでなければ、島へは渡れないのさ」 がばつ、と飛びつく伊集院に引き止められて、御霊寺がバタバタとその場で足踏みになっ 「むむつ、なにを言う。離してくれたまえ、伊集院つ。我々はすでに善良な港のご老人に、稚 のろ 児ヶ島への送り迎えを依頼しているのだ。いらぬ心配は無用。関わり合いになれば、即座に呪 われる」 「ふつふつふつ。甘いよ、密。だってホラ、港のご老人たちのカントリー・ティストあふれる 船は、すでにあのとおり海の上だから。キミたちに残されているのは、伊集院家の豪華客船だ けなのさ。さあ、歓びの波に乗って愛の大航海へと繰り出そう ! 」 見てごらん、と伊集院に言われて、御霊寺は食堂の窓から海のほうへと目を向けた。 つられるように、剣と朱雀も。 見れば、窓の向こうに広がる青く光る朝の海には、すでに沖遠くへと出ている漁船の影が群 なら かか
〃玉蘭村には、どんな女もかなわないはど美しい少年があるそうな % 使いからそう聞かされた領主は、とたんに興味をそそられ、ぜひともその少年を自分のもと によこ、丁よ、つにと、村に〈叩じた。 した お城に上がるように迫られた少年は、慕う漁師と離れ離れになるの嫌さに、ひとり舟を出し て稚児ヶ島へと漕ぎ着き、奧の奧へはだれも足を踏み入れたことのないという、恐ろしい洞窟 に降りていく : あわ 、、【市ま、硫ててあとを追ったそうだ。洞窟のなかへと踏 「少年がいなくなったことに気づした漁自 ( み込んだが、少年を見つけたときにはすでに遅かった。少年は自分の胸を小刀で突いたあと。 苦しい息の下から、漁師に向かってこう言った」 あに : いっか必ず、生まれ変わってふたたび逢えたなら、添い遂げましよう。春も夏も 『兄さん : ・ 秋も、ずうっと : : : ふたりで舟を漕いで、きっと幸せに暮らしましよう』 ろ る なげく す「そう言って、嘆き悔やむ漁師に看取られながら、少年は息絶えたそうな」 ケふたりの涙が流れたところから湧き出したのが、百年に一度だけ不老長寿の水を湛える〃美 少年之泉み。 おちごそう かれん なきがら 少年の亡骸が横たわったそばからは、可憐な花を咲かせる御稚児草が生えたという話。 たた
「ポンジュ ル ! モナムール、そして、かわいらしい風紀委員のキミたち」 たまらんどう 「む。というわけで、これが玉蘭洞の地図なのだ」 ちちゅうかい 朝からポリュームたつぶりの食事が並んだ、地中海ムードあふれる食堂のテープルの上。一 りちぎ みかど 泊一一食付きの僴りは早めに返しておこうと律儀に思うらしい御霊寺が、伊集院のまえに、帝か ら預かった古地図を広げて見せていた。 すでに東の空には太陽がのばり、朝の海がテラス越しにキラキラと輝いて見えている。 これがバカンスならば、食事のあとには海辺の散歩がさぞかし心地よいだろう。 すい」、つ が、しかし、学内行事の遂行を第一に考える御霊寺には、そんな寄り道など許せるはずもな しきま 「この上は一刻も早く色魔の巣を脱し、無事に伝説の島に渡ることを目指すべきだ。いいか、 諸君。この地図から見受けるに、そもそも人の形をした島だったこともあって、稚児ヶ島と名 どうくっ びしようねんのいずみ 付けられたらしい。このとおり、地下に広がる洞窟もほば人型。目指す〃美少年之泉みは : むむ、ここ ! 」 覚えておきたまえ、と。 剣と朱雀に厳しく言い渡しながら御霊寺が指さす古地図には、ところどころ色褪せた洞窟の おちごそう 見取り図が記され、〃美少年之泉みの位置には、ご丁寧に湧き出る水と御稚児草が描き込まれ ている。 ていねいわ しま
港からは逆側になる岬の向こうから、闇に隠れて沖へと出ていくボートの影が、ポンリと小 さく見えている。 人目を避けるようにすすむそのポートが向かっていくのは、どうやら稚児ヶ島の方角らし そんなこととはっゅ知らす、 「さあっ、キミたち。そうと決まったら夜通しお肌のお手入れさ。なぜってそれは、お稚児さ んもピックリのこの美貌を最高の状態で保存したいから」 「むむ つ。離したまえ、伊集院 ! 」 「なあなあ、朱雀。トカゲ先輩ん家の海の幸ってどんなかな ? 」 「 : : : ウッポかマンボウの踊り食いじゃねーか」 ) 0 やみ
200 ら、 引き上げた網の手入れをしていた網男が、笑顔で彼を振り返る。 「なんだい、兄貴」 ゆったりと揺れる波と波とのあいだ。 兄弟ふたりが向かい合う。 しはし、やさしいまなざしで網男を眺めた船男が、 「これを、いっしょに飲んでくれねえか ? 」 「え ? そう言って、片手をさし出した。 船男が手にしているのは、水筒だ。 それは網男が稚児ヶ島から〃美少年之泉みの水を入れて持って帰ったときの。 目をまるくして網男は兄を見つめている。 「残り、捨てたんしゃあなかったのか ? 兄貴」 そう訊かれて、船男が照れたように目をほそめた。 波の向こうにポツンと浮いている稚児ヶ島を眺めて、遠いむかしを思い出す顔になりなが 「オレはな、こう見えても、だいぶ長生きをしてきた人間なんだ」 め息混しりにそんなことを打ち明ける。
77 ボウケンするだろ ! キ〃の世話になろう。幸い、水難の気配は感じられないようだ。風向きが変わらないうちに、 稚児ヶ島へと渡らなければ ! 」 意を決して、真っ先にイカダへと飛び移る。 かれい 喜び勇んだ伊集院が、あとから華麗なる乗船ポーズを決めた。 ますます冒険つほくなってきたぞ、と怖いもの知らすの剣もジャンプで、最後に朱雀が嫌そ うに乗り込むことになる。 かろうして取りつけられたマストとおほしき柱には、ピンク色で〃インチキみと大きくべイ ントされた帆が一枚。 シマシマ水着にウキワの伊集院が、三本のオールをそれぞれに配り、 「それでは、キミたち。張り切って漕いでくれたまえ」 こちらは、稚児ヶ島である。 青い海に囲まれて静かに眠るはずの伝説の島に、夜明けまえからあちこち動きまわる怪しい 人影があった。 こ
囲に魚一匹とれない漁師になってたら、情けないぞって叱られそうだから」 「しかしなあ、おまえさん」 「そういえば、昨日来てた人たちはどうしたんですか ? ほら、稚児ヶ島に渡りたいって言っ てた、制服の」 「ああ、あの子たちなら来なかったよ。おおかた早起きがつらかったんだろう。なんだかお金 やと 持ちそうな様子だったから、もしかするとよそで上等のポートでも雇ったのかもしれないな」 「・・・・ : そうですか」 うつむいて少々考えるそぶりを見せてから、網男は船に飛び乗った。 さんばし 馴れた手順で船を動かし、桟橋からたちまち離れてい 「おおいつ、網男 ! あんまり気を落とすなよっ」 年老いた漁師たちに見送られて、網男の船は沖へと出ていった。 スクリューが勢いよく水を巻き上げて、一直線に向かっていくのは、どうやら不穏な空気漂 う稚児ヶ島の方角である。 しか ちご しま