186 「あっ、あっ、ダメだぞっ。逃がさないぞっ」 「タンポポくんー わっ、と向かってくる『邪頭』メンバ 「つーか、危ねーだろ」 かば 腕を庇いながら、朱雀が剣のまえに出た。 その朱雀の首のうしろあたりに「どけ ! 」と、丘マクドナルドの部下が銃のグリップを振 り下ろす。 なぐ ガッン、と殴られ、グラリ、とふらっくところを、さらに、ドン、と体当たりで押されて、 「ひやっ、朱雀っ卩 朱雀はスローモーションで、『邪頭』の船から真っ逆さまに、海へと落下だ。
118 「政府筋を介して、担当省庁に指図を伝えさせているところです」 「時間はどのくらいかかるだろう」 「おそらく、今夜のうちには。日が昇りしだい、沿岸警備隊もしくは軍の出動ということにな るかと思われます」 「はかには」 「ただいまアジトを確認させているところです。このあたりの島のいすれかとは思われます が、衛星からの情報で、うまくしますと位置が : : : 」 「しや、わかったら教えてください」 お願いします、と。 さえぎ 帝とお世話係のやりとりを遮って、朱雀が言った。 ウェットスーツがあったらそれも貸してくださいと、クルーに向かってさっさと依頼する。 ただ 帝前会長が解せない顔色で、間い質す。 「番犬くん。いったい何をするつもりだい ? 」 「ナニって、決まってるでしょー」 「明日になったら警備艇を救出に向かわせるよ」 「つーか、待ってられません」 「キミ一人で泳いでいっても、おそらくあまり役には立たない」
ざいばっ おんぞうし 世界に名を馳せる帝財閥の、御曹司。 うわさ 泣かせた下級生は数知れすとされる〃青桃院の帝王 % ためら 何不自由なく暮らし、手に入らないものは一つもないという彼が、いささかの躊躇いもなく 剣のウエストあたりに腕をまわし、 「さあ、時間があまりない。今度は別のレッスンをしよう」 からだ ひょいと身体ごとを抱えて、ビリャード台の上に腰かけさせてしまった。 先ほどと同し要領で、あくまでも優雅に剣の肩を抱き、ゆっくりと覆いかぶさるようにして 押し倒し、 「あれつ ? ってゆっても、これだと玉が撞けない ? 「大丈夫だよ。つぎのレッスンも、ピリャードと同じ要領だ」 「ひやひやひやっ卩くすぐったいぞ ? 「シイ。静かに、タンポポくん」 : けれどラシャを汚すと、雅が困った顔をするに違いない つぶや すそ そんな呟きをこばしながらも、帝は剣のマリンルックの裾から大胆に手を滑り込ませ、 「少々強引だが、キミをこのまま、わたしのものにしてしまおう」 そのころ朱雀、伊集院、御霊寺の三人は、サンデッキ。 おお
本がぎっしりと並べられた、図書室だった。 なんだか勉強しないといけない感し ? そーいえば課題がたくさんって、ごりよ ーし先輩が言ってたぞ。『美顔術』の参考書ってどっかにある ? 『学園史』は ? 」 でもあんましャル気出ないなー、とうんざり顔の剣に、帝がやさしく教えた。 「残念ながら、ここにはあまり新しいものは置かれていないんだよ。おもに集められているの きこうぼん は稀覯本だからね」 けれどタンポポくんの望みとあれば、参考書、問題集のたぐいも置かせよう、といかにも せりふ 〃お城の王子様〃らしい台詞。 ライプラリのあとは、ギャラリー。 階下のスパとパーティー・ホールとをめぐって、ハイクラスの客船なみの『プライム・エン ペラー号』見学を満喫する。 ろ「ゲーム・ルームを見ていこう、タンポポくん」 昼食のまえに、と帝が最後に立ち寄ったのが、それまでの部屋よりは少々こぢんまりとした や一室だった。 レ ダ船のいちばん下の階。 おそらく船首にだいぶ近いあたり。 ふんいき なにやら隠れ家のような雰囲気の部屋の入口。これまたアールヌーポー様式と思われる扉に
156 「 : : : どこまで行ったんです、如月と」 「それは秘密だよ、番大くん」 ポートのエンジンを切ったあとは、一一人してオールを曹いで、しだいに島へと接近だ。 浜辺の位置はこのあたり、という帝の指図に従って、朱雀がグイグイとすばやくボートを囀 ぎ寄せる。 「到着だ」 波にさらわれないあたりまでポートを引き上げると、そこからは徒歩。島のてつべんにある はずのアジトを目指して、林のなかをかき分けていくコースだ。 懐中電灯で足もとを照らしては、あるかないかの道を確かめながらすすんでいき、 「 : : : サバイバルだぜ」 面倒くさいぜ、と溜め息つきながらも、朱雀は足を止めない。 帝も無言で急な山道を登っていく。 とちゅ、つ、 「明かり ? 」 林の向こうに、チカ、と輝く光を見つけて、朱雀が一度だけ立ち止まった。 追い越す帝が、振り返って、 「番犬くん、置いていくよ」
「行ってらっしゃいませ、皆さま」 「いただきまーすっ、大ダコに大イカにサメ弁当ー 「むうつ、如月くん。くれぐれも『美顔術』を忘れずに ! 」 「ああっ、マイ・ピューティフル・マーメイド・密 ! 熱愛シュノーケリングまで、ついに秒 読み ! 」 ・ : っーか、決めるぜ」 それぞれの思惑を乗せて、ポートは穏やかな海へと漕ぎだした。 こんべき あたりは美しい紺碧色である。 ぐるりと見回せば、さまざまな形の小島がたくさんだ。 さをこしよう 白い珊瑚礁とまではいかないようだが、島のまわりの浅瀬あたりは水の色も変わって抜群の 眺めである。 ろ「船の人がいろいろ貸してくれたぞ。水着に、タオルに、水中メガネに、足に付けるヒレ : あみ あっ、網だ ! なあなあ、朱雀。魚がいたら、獲っていい ? や なにはともあれ、水着に着替え。 レ それから島までひと泳ぎ。 ウキウキとマリンルックを脱ぎだす剣に向かって、 「サンオイル、塗ってやるせ」
きさらぞ一 「番犬くん。キミは、如月剣くんの、どこに魅かれているんだい ? 「 : : : 先輩は、どのあたりなんです ? 」 ほんぼう 「わたしは、彼の自由奔放な明るさに興味をひかれたんだよ。わたしがどういう家に生まれた 誰であろうと、そんなことはさして気にもかけない。それどころか、わたしのはうを見もせず に、自分の太陽に向かってひたすら葉と花を広げる、健気でかわいいタンポポだ」 キミは ? と問われて朱雀は、 「 : : : 押し倒したいつつートコロです」 こた ぶっちょうづら 仏項面のままで、そんな応え。 帝が慎重にポートを操りつつ、笑い声をこばす。 「はは。ずいぶん即物的なんだね」 「ヤリたい理由にいちいち説明つくんなら、苦労しません」 ろ 「ふだんいっしょに過ごしていて、それでもキミたちになかなか進展がないのだとしたら、原 因はそのあたりかな」 や 「 : : : 痛いトコロ突きますね」 ダ「おや、すまなかった」 「食いもんとケンカ以外に、あいつの気い引けるモノがあったら教えてほしいんですけど」 「さあ、どうだろう。それはわたしにもわからないな」
あたりの海域についての情報ですと、前置きしたあとに、 「実は、このあたりには、人身売買組織のアジトがあるとのことなのです」 「人身売買 ? 「組織の、アジト ? 思わぬその情報に、一同はそろって驚きの顔となった。 かいわい たち 「かなり以前から質の悪い組織が、この界隈で少年の売り買いをしているそうなのです。悲し むべきことですが、貧しい村などではいまでも子供が売買されることがあるらしく、それを仲 、もう・ 介して金を儲けようとするものも後を絶ちません。関係筋に問い合わせましたところ、界隈の 組織をウラで操るのは、どうやら外国人。外資系有力企業の重役が一枚噛んでいるとのこと : 如月 で、なおさら当局も摘発に一一の足を踏む状態がつづいているようです。もしかすると : さまたちは、彼らに連れ去られたのかも知れません」 ろ 少年を売買するという、質の悪い組織。 だ 当局も摘発に乗りだしかねているというその組織に、剣、伊集院、御霊寺の三人は、捕らわ や れてしまったかも知れない、とのことだ。 ダ「つつーコトは、如月は売り飛ばされるってコトですか」 「はい : : : 救出が遅れれば、そのようなこともあり得るかと」 みやび 「雅。沿岸警備隊への連絡は」 117
いかかしましよ、つ、と雅。 どのくらいの大きさの船かな、と帝。 「リヒャルトに、あたりの状況を調査するよう伝えてくれたまえ。特にこれといった問題がな ければこのまま航行をつづけよう。せつかくのお客に、せつかくのクルーズだ」 そう言って帝は、運ばれてきた冷たいミネラルウォーターのグラスを、となりのデッキチェ アで眠る剣の頬に、スイと当てる。 剣はヒンヤリ美味しい夢のなか。 へへ、かき氷 : ・ : ・うひやひや、アイスクリーム : : : 幸せ」 「うんにやっー
105 ミダレりゃいいだろー むしろオレの監督不行き届きです、と。海のほうを振り返って、朱雀は舌打ちである。 ゅうば ク恋のライバルみと二人して、タ映えのなかに点々と黒く浮か島影を睨みながら待っこと、 十数分。 「貴人さまっ ! 」 黒服雅が息せききって戻ってきた。 先はど引き返していったときとは、明らかに顔色が違うようだ。 「貴人さまっ、大変です ! ただいま海域の警備担当省に政府筋を介して連絡を取らせました ところ、このあたりには : ・・ : 」 ちょうどそこへ、キャプテン・リヒャルトも駆けてくる。 「見つかりました ! 貴人さまっ。ですが」 「言いたまえ、キャプテン」 「ですがっ : : : ポートは、カラで、漂流中とのことですっ」