ワ 0 サバサバと朱雀が泳ぐ余波を受けて、御霊寺はゆらゆら揺れる星形ウキワの上。 「む 恐るべき災難の予感っ ! 」 ふところ はら 詰め襟制服の懐からすばやく取り出すお祓い棒で、『プライム・エンペラー号』の行く手を まっすぐに指し示しつつ、 「むつ、むつ、むむむ ! このまますすんでは、危険極まりない災いのただなかへと突入して しまうのだっ。至急、進路を変えなければつ。見える : : : ありありと見える ! 黒い人影がい まにも如月くんをつ、きえええ いっ ! あ ? 」 ザバン ! と。 ドリンク片手に華麗なる飛び込みを決めた伊集院のせいで、御霊寺のウキワはものの見事に 引っ繰り返ってしまった。 「チュ 式神ネズミもろとも、現青桃会会長は水のなか。 そこへ、プリッジから金髪船長が降りてくる。 おもも 少々厳しい面持ちの『プライム・エンペラー号』キャプテンが、プールサイドの黒服雅を呼 び止めて、 しきがみ えり つ」
見ろ見ろ、と指さす先に、明らかに周囲とは異なる様子の一隻の美しい船が停泊していた。 五本マストの真っ白な船。 ョットよりはすっと大きく、マンモスマンションのような大型客船よりはだいぶ小さい うるわ いまはたたんでいる帆を開いたなら、どんなに麗しかろうと思わせる。 プライムエンペラ *PRIME EMPEROR. 優美な船体に品の良いプルーで記された船名が : はんせん 「これ見よがしの大型デコレーション・ケーキかと思いきや、帆船かよ」 黒服雅が、誇らしげに案内をした。 「あれが貴人さまのお船、『プライム・エンペラー号』です」 帝貴人のプライベート・シップ『プライム・エンペラー』。 まどろ 桟橋に休むその様はまるで、海辺に徴睡む白い肌の貴婦人のようだ。 おもむきこと 帆船というところからして他の船とはだいぶ趣を異にしているが、桟橋からでも望めるデッ ろキの様子や、スラリと伸びた舳先あたりの装飾から、豪勢なプライベート・シップであること しの が偲ばれる。 いつの間にか、船の持ち主が姿を見せていた。 や桟橋へと下ろされたタラップに、 レ 「あっ、ミカド先輩だ ! 」 帝貴人。 青桃院学園高等部一一一年生。 へさき せき
翌日、『プライム・エンペラー号』船上。 別れのとき。 たず すざくみかど 朱雀が帝に向かって訊ねていた。 「どーしてですか、先輩」 「なにがだい、番犬くん」 「カリプ、連れてくんじゃなかったんですか」 ろ 「ああ、そういうつもりでいたことは確かだよ。けれど今回は、キミに勝ちを譲ってあげるこ とにした」 や 「どーゅー風の吹きまわしですか」 ダ「敵の船で、キミは迷わずタンポポくんを庇って海に落ちていた。その姿に心打たれた、とい うことにでもしておこう」 せいとうかい ほほえ 連れて帰りたまえ、と余裕の微笑みを浮かべる帝前青桃会会長。 199
太陽が西に傾き、美しい海は早くも日暮れ方。 「 : : : 寝過ごしたぜ」 こんべき すぎくからだ ャパいぜ、と朱雀が身体を起こしたのは、紺碧だった海の色がサーモンピンクに染まりはし めたころである。 きさらぎ 如月、と呼んでみるものの、返事はない。 ポートのなかには、ランチボックス & バスケットがそのまま。 ろ さはど遠くないところに『プライム・エンペラー号』のマストが見えていた。 「仕方ねー」 かんばん や いざとなったら甲板でだぜ、と。 みかど つるぎ ダ決意を新たにしつつオールを握り、おそらく剣が戻ったであろう帝の船に向かって、まっす み、に漕ぎ一民る。 戻ってみると、
「モ・ ( ~ ~ くナ 5 、ム 「きえええ いつ、去れ去れつ、亜平ーーーーーー・・つ ! 」 「ふーっふつふつふー いまこそ情熱のトロピカル・ウェディング ! 愛の高波に呑まれて、 ともに海の底へと沈むのさつ」 「チュチュ その夜。 風がやんだので、『プライム・エンペラー号』は帆をたたんでの夜間航海。 「明日は、景色のよい沿岸付近を航行いたします。美しい小島もあるようですので、よろしけ やればマリンスポーツなどをお楽しみください」 みかど つるぎ すざく レ 帝との丸一日デートを終了した剣は、日が暮れたあとになって朱雀たちと合流。 「なあなあ、朱雀う。ごりよーじ先輩とトカゲ先輩がやってるアレも、マリンスポーツ ? 」 「ある意味そーだろ」
島のダイバーたちが泳ぎまわって、たくさんの魚を捕ってきた。 その日のお昼は、『プライム・エンペラー号』サンデッキを借り切っての、船上シーフー ーティー ーベキュー にお 美味しそうな匂いが海の上まで漂って、ジュージューと捕れたて魚介の焼ける音が、みんな の食欲を刺激した。 かしら 〃お頭みの傷は思ったよりも浅く、疲れはあるものの、プールサイドのデッキチェアに腰を下 ろ ろしてのパーティー参加に支障はなし。 「〃お頭〃、オレの捕ってきた魚ですつ。あーん」 や 「〃お頭〃っ ! オレの貝も食べてくださいつ。はい、あーん」 うれ ダ入れ替わり立ち替わりダイバー仲間に口を開けさせられて、苦笑顔ながらも嬉しげな様子だ 「本当に、あんたたちにはなんとお礼を言ったらいいのか。今度また近くを通るときには、ぜ 195
172 『プライム・エンペラー号』のプリッジ。 みやび 帝家のお世話係雅が、手に通信機を握り締めながら、ひたすら主人の身を案じている。 「雅くん、チェアに腰かけるくらいはしたらどうですか」 船長にそう声をかけられて、はたと我に返った彼だった。 「キャプテン : あてひと 「貴人さまの新しいミストレスは想像以上にユニークな〃野草みのようですが、今回は貴人さ まご自身にもだいぶ驚かされるね」 「 : : : 護衛のクルーはきちんと貴人さまのおそばについているでしようか。貴人さまに、もし いえ、我々は」 何かあれば、わたしは : 気が気ではない雅に対して、少々は余裕を持ち合わせているとみえる船長がゆっくりと言い 聞かせる。 「けれど、あの方は帝家の御曹司ですから。こうした場面を切り抜けるお力は、備えておいで みかど おんぞうし われ
154 『プライム・エンペラー号』から下ろされたモーターポートに、一一人して乗り込んだ。 あてひと 「せめて護衛をつ、貴人さま ! 」 みやび 「ぞろぞろ乗り込んでは、敵に感づかれてしまうだろう。雅」 みかど すぎく あくまでも朱雀と一一人でクタンポポくん救出〃を、と譲らない帝が、慣れた手つきでハンド ルを握る。 「出発しようか、番犬くん」 「そーしましょー」 じゃとう 夜の海を、母船のライトを頼りに、『邪頭』のアジトの島へ向かって発進した。 朱雀も帝も、ウェットスーツ姿。 っざお 持っていくのが、モリに、釣り竿に、その他武器に使えそうなアレコレ。 つるぎ ひざ 朱雀の膝の上には、剣が食べ損ねてそのままになった〃お弁当ポックス〃 海を走るポートの上で、帝が訊いた。
『プライム・エンペラー号』。 みかどあてひとせいとうかい 帝貴人前青桃会会長が、プリッジで情報を待っていた。 だいざいばつおんぞうし 世界に名を馳せる大財閥の御曹司である彼にしては珍しく、ゆっくりとしたテンボではある たた が、トン、トン、とデスクを指で叩いている。 「貴人さま。コーヒーをお持ちしました」 みやび ろ 「ありがとう、雅」 「お寒くはございませんか ? 上着を」 や 上着をどうぞ、と差し出してよこすのへ、いらないと手を振って知らせたあとに、帝は黒服 たず ダお世話係にこう訊ねる。 「タンポポを無理やり摘もうとしたことへの、天罰かな ? これは」 天罰かな、と。 しばしのあいだ、海風にプラチナプロンドを遊はせてから、 「あとどれくらいだ ? ポプ」 「はいつ。あと五十分と少しです、ポス ! 」 「わからないャツだ。丘マクドナルドと呼べつ」
202 「手に取りかけたタンポポを、野原に戻してしまわれたのですね」 「そ、つい、フことになる」 「そうなさったのは、いったいなぜでしようか ? 」 欲しがっていたせつかくの花を、摘ますにおいた。 おんぞうし たず その理由は、と訊ねられて、品良く苦笑する帝財閥の御曹司である。 『プライム・エンペラー号』は、予定の寄港地に向かうために白い帆をマストに掲げようとし ている。 海風に乱される髪をかきやって、 「わたしは今回、すいぶんと楽しんだ」 「は ? 」 おちい 「そうは思わないか、雅。思いもかけない珍事に巻き込まれ、思いもよらない羽目に陥った。 興味を引かれたタンポポを摘もうと、ふだんなら足を踏み入れもしない野原に入り込んだおか はため げだろう。ふつうなら味わわないはずのいろいろを、だいぶ味わった。傍目から見てわたし は、楽しそうだったろう」 「いえ : : : はい こく、とうなすく雅に、帝は大人びた笑顔を向ける。 「タンポポくんを、あきらめたわけではないよ」 かか